●リプレイ本文
●出発
この現し世は流水の曲線でできている。まずまずの好天気で、空は海の鏡のような、海は空の影絵のような、絵本そっくりに蒼く。
「いーいお天気」
日射しをとりこむカヤ・ツヴァイナァーツ(eb0601)。体ができあがれば次は礼儀で、御挨拶をしましょうか、と、秀吉は――いる、向こうに。
なんだか偉い人らしいけど(関白はわんぱくと似てる←どうでもいい)、ふつうになのればいいよね。ツヴァイはそこらへんあまり悩まない――懊悩どころは他。
「ギルドの人って僕のことどう紹介してんだろう」
まさか『蚊帳・津倍菜阿都』とか、『茅・椿稲津』も植物っぽくて捨てがたいぞ?
「やだっ。せめてひらがなでかわいらしく‥‥かわいいのはダメなんだってばーっ。男らしいなかにも一抹の侘び寂びをーっ」
そりゃすでに人間のしゃべる言語じゃねぇ。すると真神美鈴(ea3567)が、包みを抱きながら近付いて、
「冒険者名簿? なら私がギルドからあずかってきたよ。おつかい大好き☆」
「見せてっ」
『○▽□×‥‥(以下同文)』
「なに、これ」
「忍びいろはー♪」
私が清書したんだよ。美鈴、これでも伊賀忍らしく(それ、きみつじこーじゃ?)――ってあんたどこの世界に忍びいろはを堂々とさらす忍びがおるんだ、ここにいるんだけど。ツヴァイはしげしげと一面を見やる。
「で、どうやって読むの?」
「読めません☆ だって、暗号だもん。暗号ってのは、誰にも読めないものなんだよ」
美鈴、層一層ずずいっと胸、それどこ?を、をものすごくあるがごとく見せかける。いや、書いた本人ぐらいは読めな意味ないやろが、と常識は付加しておく。
すると、一部始終を見ていたフェネック・ローキドール(ea1605)、
「私が書き改めましょうか?」
と、羽根ペンをつらつら移して、早速できあがるもの。
『〜〜〜(もはや文章におこすことすら不可能)』
「アラビア語です」
読めるわけがありません。
時空ををかけて多岐にわたる言語をおさめたツヴァイ、しかしそれでもまにあわないことってある、ジ・アースって奥深い「うわああん(狂化寸前)」はからずも挫折におちいった一幕。
●船上
なにがあるのかしら? わくどき宝物探訪ー♪
船腹にもぐってすぐ佐々宮鈴奈(ea5517)がしたこと。あの、秀吉の船なんだから、水母の骨、優曇華の花とまではいかねど、すごく珍しいものがあるのじゃないかな、と。しかし積み荷はわりに少なく、それはまぁ十人もの冒険者に追加してるのだから、どこかを差し引かねば。
「残念ねぇ」
せめて小物ぐらいは、と、思ったところ、どうしてか衝立がぬっと目先をふさぐ。これはめずらしいなぁ、と――だって衝立なんておいても高が知れているだろうに、ふと横へずらせば、
「きゃあん。えっちー☆」
昏倒勇花(ea9275)。鈴菜とおなじ巫女服をはらりとしどけなくさせて、あらわな上半身を肉感的にくねらせる。
緋邑嵐天丸(ea0861)との水泳勝負のためのお着替え中だった、とは、あとから教えられた。
鈴奈は神話のごとき静寂ののち、おもむろに浄化の聖光を射かけて、あとはもう後ろ向き、すたすたすた、ひたすらまっすぐまっすぐ、たったの一度も見返らず。
でも、昏倒さんならまだよかったかも、と思う鈴奈もいる。
「湯田さんが毛生え薬をためしてる場面に遭遇したら、目もあてられなかったわ」
「待てこら。人の出番のまえに、何をする」
湯田鎖雷(ea0109)、初登場第一位(何が)。
「よっ」
短い威勢をふるって、蛟静吾(ea6269)の放る釣り竿の糸の軌跡、帚星のように落下して海面の内側に帰する。あとはもう落葉松の突っ立つように待つだけ。静吾、亀の子といっしょ、甲羅干ししながら光が陰へやつすのを、それを過程という、藤豊秀吉がうしろから立ち見する。
「ほぅ、釣りか」
「秀吉公もいかがです?」
「遠慮しておこうかのぅ」
しなれぬことに手を出して海へ落ちてもいかんからのう――と云うので、静吾は首肯し、
海。
漣。
水はいつも一介の水であることを守る、人のように雑踏へ惑うことはしなくて――魚はまだ釣れない。静吾はゆるゆる棹を律動させる。
「公は、今の世情をどう見られます?」
「ふむ、五条の宮殿が手を尽くしておられるようじゃし、京の今後は安泰じゃろな」
「‥‥それは京の世相でしょう?」
静吾の口調がいささか強くなったのは、秀吉の発言がすげかえであると気づいたからで。京は首府であり、その世柄は重要だが、しかし挙国のことではない。静吾が求知するのはその先だ。
「東国は家康殿の治むるところじゃしのぅ、わしがどうこういっても仕方あるまい」
「では、秀吉公は我々が発つ直前に、新撰組の拠点に五条の宮卿の兵が押しかけたとお聞きには?」
切っ先を替えたのはアラン・ハリファックス(ea4295)、黒豹のように大きな男は、その上背をも抜ける長柄の槍を両腕にかいこむ。
「そんなこともあったかのう」
「ありました」
「ちがうな」
秀吉は、にんまり、と、
「攻め入ったのは五条の宮の『私兵』ではない。見廻組とその手兵じゃろ? つまり京都守護としての働きじゃ。わしごときが守護代に口出ししては、却って失礼にあたる」
――つまり、知っている、と。
多数の言質から、アランはそれのみを取り出す。死骸から心臓を引き抜くように。彼が東海でよく流布されているという長柄槍を、知っているだろうか、と見せると、承知、とあっさり。
「そりゃわしの義務じゃからな」
軍師を用いたからといって、それに任せきりの諸侯がどうして信じられよう? そんなふうな言い回し。
質問は質問を呼ぶようで、高槻笙(ea2751)も秀吉に尋ねる。彼が知りたかったのは西国の実態、力関係、しかし秀吉は一言、ぴしゃりと、
「ぬし、わしの云うことを信じるつもりか?」
ひやり、とした。
笙、志士として堂々と出で立ちの、秀吉はそれに比べれば猿のような壮年なのに、ひどく重く気圧された。
「毛利も島津も血気に逸るところがあるようじゃが、彼等なりのお家の勝手があるんじゃろ」
緞帳のあけるように語られる、秀吉の弁はありきたりの、静吾でも知るような長崎のあれこれ。笙は知った。これはよっぽどでないと純正を吐かぬ男だ、と。
「わしもものを尋ねたいんじゃが、きゃつら、」
秀吉が指を付けたのは、海上。嵐天丸と、勇花。差しつ抑えつ泳法を競い合っている。兜率にくぼむ日輪に似た赤褌ひらめかせる、嵐天丸が一馬身抜けて、しかし、すなおにはゆかず体を返した。
「秘技・水中ばーすとあたっく!」「きゃあっ。乙女の乳房をねらいうちするなんて卑怯よお。せっかく巻いた手ぬぐいが、とれちゃったじゃない」「どこに房があるんだ、房が! それに、これくらいは戦法のうち!」
「のぅ。おくれてないか?」
万が一のときに命綱はつけてるんだけど、競泳が水中格闘戦に様変わりしたせいで、ともづなもだんだんとゆるみかけている。このままでは置いてかれること必死、「秘技・海の女神の抱擁!(めきめき)」「ちょ、たんま。みょうなとこにみょうなもん押しつけんなよーっ」みたいに。分かりません。
「捕ってきます」
笙が投網をひろげ、静吾が棹を振りなおし、撒き餌代わりにつかったのは純白の下帯。捕れるんかい。
捕れたらしいよ。
●酒宴
あまり深い夜さりはできないので、月と星の健やかなうち。名も知らぬ浜辺に係留して、可惜夜。
「お刺身はいりまーす」
ど、ど、ど、そんなかんじに、美鈴、大皿をいちどきに一枚と一枚持ち運ぶ。魚はむろん静吾がひっかけたばかりのを捌いたので。美鈴は、ぺろり、と一切れをすなわち彼女の口内に。
「ん。お魚大好き☆」
「くおら、勝手になにしてる」
「はいはーい。やー、盛り上がってるねー」
どれくらい煉獄だったかは省くとして、対岸の火事を決め込むものもいる。
フェネックはひとり静かに水飲みをかたむけていた、海ではより尊い真水だ。月光にぬるくなったそれは甘露にはほど遠かったが、発声器官にはなおなつく。いっぺんには空けずひやひや流し込んでいると、嵐天丸がひょいと顔見せする。
「酒呑む?」
「私にはこちらのほうが合ってますから」
返事の声はずいぶん低まった。空知らぬ雨のよう。
「じゃ、欲しくなったらいつでも云ってくれよ」
嵐天丸がわやわやと駆け出す先は鎖雷がいて、目が行き合うから、フェネックが目礼をささげれば鎖雷の頬はほんのり赤らむが、じつのところ彼の腹はもっと赤い。嵐天丸の描いたへのへのもへじ。
「では、湯田鎖雷、隠しゲイご披露いたしまーすっ」
「そうだ、なんで長崎にもギルドが必要だって思ったの?」
視点はいきなり切り替わる。秀吉にツヴァイがずずっと詰め寄っていた。
「もしかしてさぁ。公には出来ない事を僕らを使って調べたり出来るから?」
「うんにゃ。安い値段で漫談披露してくれると、もっぱらの評判じゃからの」
こけた、ツヴァイ。
「はい! お次はもへじ君とわたくしが手に手を取って、木の実をわってみせましょう!」
否定できない。生き証人があんなところに。
「‥‥じゃ、僕も」
ツヴァイ、地の魔力は不可視の鞭を打ち、ぽーんともへじ君の飼い主を転ばせる。
サイコキネシス。それ、芸じゃない。
「ゲイか?」
「鎖雷さん、水に落とすよ?」
「いっやああーっ。それだけは!」
もはやサドというより佐渡おけさな、鎖雷。
そういう夜は誰某もが寝がたいのか、鈴奈はふわんと点った頬を冷まそうと、海辺をそぞろに回流する。
――おもしろかったな。
嵐天丸さんが茶壺みたいな容れ物に酒を下拵えしてきたけど、秀吉様には案の定ことわられて、でも私は一口いただくことにしたの。だって嵐天丸さんがあんまり必死で、捨て身で、『ほら、滅多に拝めない味だぜ? それとも、俺が毒でも入れてると疑うのかよ?』上目遣いがなんだかかわいかったから(でもいくら若造だからって私のこと「いきおくれ」っていったら、世界の果てまで、殺シキル)。でも、私が舌を付けるまえに勇花さんが「あら、私もちょうだい」って、
『勇花、たっぷりご奉仕しまーす』
――最終的に、勇花さんが気持ちよく脱ぎまくってました、と。
禁断の壺って、おもしろいものが世の中にはあるのね。
「でも、昼よりはマシかしら」
さすが巫女様、悟りがはやい。
鈴奈が一歩を踏み出せば、かぁん、かぁん、と瑞山にひびくような鳴動。遠目には端倪しにくいが、アランと静吾で、彼等は互いに棒をつかって、打ち合っている。引きせめぎ突き戻すたび、雷火がさらさら散り乱れる。
ふと目線を換えれば、フェネックが動物たちにささやきかけるのは、月の魔力、メロディー、フェネックの目のゆきとどかないところで鎖雷が動物係の自分はフェネックに声をかけるべきかとはらはらする、そのまたうしろ、何故か筆をにぎる嵐天丸がにひひと笑み曲ぐ。分かった、鎖雷さんの隙を突いていたずらしようとしてるんでしょ。ほんと、男の子ってしかたがないわ。
「でも、私は寝ちゃお」
●長崎
「上陸!」
「かすていら!」
嵐天丸が肩にのせた鷹の子よりかろく着地すれば、鎖雷も負けじとつづき、旅の疲れなどどこ吹く風。
されど五日。顔馴染みとなった船員たちと、しばしの別れを告げて、笙が馬や荷を下ろす手伝いに専念していると、一組の少女と青年が彼等に寄る。
「わたしは滞在のあいだ、皆様方のお世話を勤めさせていただく、相馬屋のぬいです。こちらは、」
洋装を着込む少女が、隣の、いかにも武士然とした青年を案内する。
「周布政之助と申す。藤豊殿に急ぎ伝えたい用事がござったのだが」
「秀吉様ですか?」
帰着のきっかけがずれたのか、いまだ上陸のきざしのない幾人かに、秀吉もふくまれている。笙がぐるりと首をめぐらせると、
「たいへんーーっ」
慌てふためくツヴァイがさしだした、白布。
「これ見て。しららが拾ってきたの」
「それ‥‥嵐天丸さんたちの餌‥‥」
「違う。裏を返して」
云うとおりにしてみれば、文字列が、
『秀吉とその仲間はあずかった。返して欲しければ(以降、判読不能)』
「非常識な犯人ですね。下着にしたためなくてもよろしいでしょうに」
「つっこむところはそこじゃなーいっ」
「ただいまー」
かすてら一番の本能で嵐天丸より一足早く、小判を得点した鎖雷の帰巣、抜き打ちに増えた人員をいぶかしんでいると笙が耳打ち、こそりと。
「周布政之助様だそうです」
「周布?」
鎖雷の顰みがゆがむ。
「お知り合いですか?」
「長州藩のえらい人だって聞いたことがあるような」
だが、笙は鎖雷に止める目をすぅと細める。
「いえ、周布様は鎖雷さんとはまったく別種のお人ですよ」
「なに?」
「長州藩の毛ない人、でしょう? 周布様は、ほら、ふさふさ」
「今、俺のなかに生まれた熱情を、殺意と読ぼう」
いや、そんなおもしろいことはあとまわしにして。周布が厳しい眼を、冒険者らにそそぐ。
降ってわいた変事。周布に知られれば、同行の冒険者の不手際を責められるかもしれぬ。長州藩の彼には伝えるべきか、晦ますべきか、そもそもこの事件は――‥‥。
アラン、これでよかったのかな、と。
「付いてこい」
秀吉がじきじきの采配をアランに振ったので、そのとおりにした。命の下ったのはアランだけだが、従ったのはひとりではなく、鈴奈と――、
「‥‥ん。ここは、どこかしら?」
「長崎じゃ」
鈴菜は目を覚ました。しかしそこが長崎だという手当たりはわかず、なんなれば、荷を休ませるような屋内だったから。鈴菜だけでなく、勇花、美鈴が綿々起き上がる。
「なに?」
「誘拐じゃよ」
「ゆーかいっ!?」
勇花は前あわせをかきいだく、
「いやっ、私を○○して××して、口では言えない(略)」
「すごいねぇ。秀吉様の誘拐って一大犯罪だね。これを解決したら、私たち有名人になれるかな?」
里長にも褒めてもらえるかな? 内定する側がかどわかされるなんて前代未聞だねー、と、あどけなく笑む美鈴。
秀吉は「そうじゃな」と首をふって、
「これを平和的に解決してみぃ」
アランに向き直り、
「‥‥つまり」
「これは、狂言誘拐じゃ。わし掠われたことにしてあるんじゃ」
「俺は‥‥」
「そ。だから誘ったんじゃよ」
おぬしの風情、犯人役にぴったりだったから。――それだけでもないが、な。
アランはそれほどの間抜けではない。昏睡の同士を運ばされたときに、なんらかの異変は悟っていたのだ。けれど、ここまでつい付き従ったのは、報酬と、それ以上の芳香に酔わされたからで――秘密。
「繰り返す。これを見事、解決してみぃ。したらば長崎での、おぬしがのぞむような査察の手配をしちゃる」
でも、下手なことやったら首とばすから。
アランは――実に困ったことに――胸底の泉から、ふつふつと愉快が湧くのを抑えられなかったのである。