●リプレイ本文
●最後の長崎
以前、九州の中核は大宰府であった。けれど今、かつての政庁は思い起こすもの少なく、それほど近年の長崎の発展はすさまじい。
たしか秀吉の始めの文句「長崎にもギルドが欲しい」だった、が、ギルドを興したとして依頼する側の供給はあるだろうか、そんなにも長崎はおっとりとして。たとえば軍備。江戸や京都のより小作りな、ではない、確実に零細だ。質は、いい。が、間近に迫った危難を想定して、とは、どうも違う。
ダザイフってワイフと似てるな(そうか?)、と、いちおうは妻帯者のアラン・ハリファックス(ea4295)、つくねんと長崎の街を歩く。今、見てきたものを考える。
「『傭兵』が必要な場とは思えんな」
傭兵、であるアランだから、そう決まりをつけずにおられない。
――では何故、秀吉は自分へ声をかけたのだろうか。
アランと共に視察に見舞ったフェネック・ローキドール(ea1605)は頬に風があたるほど間近によぎる轟音に――箱馬車だ。お姫様でも乗っていそうな愛らしい馬車が揺られて、今日はこれで三度めの遭遇。そんな長崎の静穏を食い破るものがいるとするなら、
「抹茶味制覇! では、ちょっと冒険のチーズ味を探しに縦横無尽ー!」
アレ、湯田鎖雷(ea0109)のかすていら探し。いや、きっと、江戸や京では学び尽くせぬ海外の妙、身をもって体感しようと――「かすていらしか見当たりませんが‥‥」そのとおりだ、フェネック。しかし、鎖雷、あるところできゅっと一旦停止。すなわち、唖然と見守る冒険者らの手前。
「おう、アランさん。今日も生え際元気かー?」
「ハハハ。ヨク似タ他人ダヨ」
「アランさん、別人格です」
「湯田さんと別れたのは、正解でした」
と、高槻笙(ea2751)、彼もまたアランの連れ、買いたてのかすていらをかじりつつ。買い食いはちと御行儀わるいのだけども、今日までいろいろ我慢したのだから勘弁してもらおう。
寸暇も惜しい、と、去る鎖雷に入れ替わりあらわれるはカヤ・ツヴァイナァーツ(eb0601)。
「見てー、おみやげー♪」
ほぅら、とひろげてみせる。まずは木刀「定番だね、それから」ぴらりとたなびく三角旗、御丁寧にも藤豊秀吉の似顔絵刺繍入り。長崎って、バカ?(←謝れ、長崎の人に謝れ)。
「秀吉さんの評判っていいねー」
「あ、」
ツヴァイ、笙の抱えるのから勝手にちぎり、口へと運ぶ。
弥栄の都市。派手好きの秀吉はそれを民へ還元すること度々、嫌われる要素はそうない。こんな危険な引用もいけるほど「江戸の民が源徳へ寄せるのより、長崎の民が藤豊へ寄せる思いのほうが篤い」と。
笙、彼もまた買い物のついでに聞いたこと、思案する。秀吉の評判はむしろ下層ほど、よい。成り上がりとさげすむものもいるが、草の民に慕われるのが善政だとするなら、長崎はまるで、それ。
「しかし、まるごと屋さんのないのはちょっと」
そこが唯一の減算ですね、と、思うまもなくたちまちに、喊声。
「チーズ味かすていらも制覇! 次回は、幻のみかん味を求めて!」
すると、ハーフエルフの耳先、ぴくりとさせて、ツヴァイ、
「か、か‥‥ちょっと待ってて」
ツヴァイ、声の聞こえてきた方角に消えて、
「うわあああん。シフール共通語もコロポックル語もまだできないけど、ツヴァイ、負けないっ。カヤって云うなーっ!」
「ぎゃーっ。が、みかん味だけはご勘弁ーっ」
見事に前後がつながらない。とりあえず、なんか、加害者と被害者が一丁上がりになったのは実際、ふたたびのツヴァイ、憑き物堕としたようにすっきりした顔付き。
「魔法つかうと、お腹減っちゃう。笙さん、おかわりーっ」
この剣を捌くのは幾日ぶりだろう、と、緋邑嵐天丸(ea0861)。鯉口に親指を添わせ、離す、ふたつの仕草は軌条のごとく綴じ目なし、跳ね上げられた剣紐は一度空に唐草を舞わす。
「行くぜ!」
嵐天丸の流儀は、夢想流。神速の抜刀、対峙する周布政之介は示現流、だが疾速では嵐天丸にかなわぬと見て取ったか、周布は嵐天丸の一太刀を待つ、受けるでなく、彼の勢いを用いるつもりか、剛の剣同士が組み合い、やがて両者は――‥‥、
「な、俺のが速かったよな。な?」
「うーん」
立ち会いの蛟静吾(ea6269)も自信なく、こうまで脚の勝負になるとは思わなかったのだ。「先に一撃を入れた方が勝ち」というあらかじめの決めごと。私情なく見切るには、八咫鏡のごときあまねく乾坤照らし尽くす眼識が要ったろう。「僕には龍宮(たつみや)が神鏡みたいなものだけど」と内心、愛亀(なんだ、この単語)への思いににへらにへらしながら、そっとさしだす折衷案。
「引き分けというのは?」
この場でどちらに肩入れしてもよいことはなさそうだ。ぷ、と、嵐天丸は頬ふくらます。
「えー。じゃ、もう一回!」
「ごはんができましたよー、あとにしたら?」
昼餉、である。佐々宮鈴奈(ea5517)、前掛けで両手を拭きつつ、建物の奥からあらわれる。ここは冒険者らの宿の内庭だ。
「いいお天気だもの。せっかくだから外で食べない? 手伝ってくれるとたすかるんだけど‥‥」
「お、いいよ。じゃ、これ食い終わったら、ぜってーだからな!」
と、嵐天丸と鈴奈が一時退場して、のこされたは静吾と周布に、もうひとりふたり。
秀吉だ。真神美鈴(ea3567)と、彼女の柴犬とたわむれる。
長崎は、快晴。見張る静吾を掬いそうなほどの青、この空をたぐってゆくと、天下を分かつ擾乱に着くとは信じがたい。――京都守護代、五条の宮の「謀叛」。それの発生を、秀吉は隠そうとはしていない。静吾がなんのきなしに目を横にやると、周布が秀吉へ語りかけようとする矢先、識らず、龍宮を撫でる手を固くする。聞き耳を立てようとしたが、それよりはやく目敏く秀吉に見つけられた。
「聞きたいか?」
「‥‥まぁ」
「借金の話じゃよ。毛利殿におねがいしてあったのじゃが、意外にはやく片付きそうでな」
ところへ、「ただいま」と、視察組の帰還。いや、ひとつあたま足りない、鎖雷。約束の時刻より遅い、だから、静吾が彼の代わりに審判を努めてやったのだが‥‥今頃、鎖雷、たぶん、どこかでのびている。
「って、これ全部鍋!?」
「そうよ」
「でかすぎ! 分かった。佐々宮さん、全部ひとりで喰う気だろ?」
「それは、いい考えね。‥‥煮られたい?」
ほほえましいやりとりしながら、力自慢の嵐天丸とほどほどの鈴奈とが支えてもまだ足りず、相馬屋ぬい(出番これだけ(笑))も加勢して、運び出したる鍋はまるで陣料理。ツヴァイは興味津々。
「これなんて云うの?」
「ほうとうよ。味噌煮込みうどんじゃないからね」
「ほー、とー(そー)なんだ」
うわぁ。
「どうしてみんな黙っちゃったの? おなかすきすぎた? そんじゃ、私がよそったげるよ」
配膳も大好き☆ 気分は勝ち組、美鈴、てきぱきと――さっそくこぼした。
くだんの(狂言)誘拐騒ぎも、どうにかこうにかアランの尽力で格好がつき、こうして皆々で和気藹々と午餐を味わえるひととき。
「もっとまったりとしてコクのある仕舞いが、わしとしては好みじゃが」
「俺はこれで十分です」
それで今日明日にも京へ帰ろうとする、わけだが。秀吉といっしょに、また京へ。ほうとう鍋のおしまいの一滴までも呷った美鈴、それに尽きましては、の前置き、
「では食後の質問です。関白様は京でコレからどうされますか、教えてエロイ人!」
しかし、秀吉は軽笑しながら、
「わしはわしにできることをするだけじゃよ」
「ん、とー。それじゃあ、伊賀は、あ、伊賀ってっても東湯舟の藤村様なんだけど、藤豊勢の尻馬にのるのがいいよって伝えまーす」
マテ。
一から十までただしい自己紹介を晒しあげる忍びが、だから、どこにいる。
が、静吾は、今しかない、と思った。美鈴がさりげなく(もない)切り込んだこのときが、腹の底に力をひたす、剣を振り上げるのよりなお究竟に喉から震わせて、
「今回の旅は我々は、秀吉公が京都不在の理由のダシに使われたのでしょうか?」
美鈴が「やっちゃった」ときとは異なる静寂。
秀吉は、に、と、癖のある笑みをつくる。
「わしが五条の宮の真意を知っておった、と、いうか? 宮をそそのかしたと?」
そうじゃないの、と、ツヴァイは内心思うけれども、口にはしない。笙は無口にほうとうの麺をついばみ、アランは首を直す。――彼が有り金はたいて仕入れた報せでは、いまだに秀吉軍に動きはない。
「あの宮殿がたやすく唆されるような性格しとるかのぅ。たしかにわしが都を離れてすぐ五条の宮は兵を挙げた‥‥それが逆に、証憑じゃよ。容喙して、自身はさっさと逃亡して高みの見物、そんな卑怯者を宮が信任するか?」
さぁて。秀吉はもう自分の科白に興を失ったように、そういえば、とあたりを見回す。
「でかいコンバット越中褌はどこ行った?」
「昏倒さんなら‥‥」
昏倒勇花(ea9275)は、「あぁ、かすていら‥‥」京に、いる。ほろりと涙、真珠の粒、それだけは美しく、彼の着物へ白糸のあとをのこして、のこるは四十路の肉体派の浪人がひとり。
京で動乱が起こったと聞き付け、いてもたってもいられなくなった、それで必殺の転移護符をつかって京に飛び、神皇軍本陣の黒虎部隊隊長の鈴鹿紅葉に言づて、秀吉直筆の書状を京に駐留する秀吉軍にとどけるよう頼んだ。あとは‥‥、
「出たとこ勝負ね。乙女は度胸!」
いや、あんた、男ですがな。というのは初歩すぎるので。勇花は御所へざくざくと進む、いざ藤豊軍へ。
「おじゃましまーす。昏倒ですが、お手紙とどいてますー?」
しかし、口調はあいかわらず乙女模様、だが意外にも突貫はすんなりと。
「あぁ、読んだ」
ほ、と、撫で下ろす。では、おねがいしていた遊撃兵はどうなるかと思いきや。
「秀吉殿は『そちらへ派遣するのは名のある冒険者だから、彼に有事の訓練の指導をおねがいした』と云っておられる」
にゃんだってー?
「有事って今じゃないの?」
京の防備をになうべき、しかも神皇家の別の末裔、ともいうべきお方の叛乱なのだ。これを有事といわずになんとする、が、相手はけろりと云いのける。
「いや。今はまだ、戦火は洛外。都に火の手が上がるときこそ、心得る」
「そ、そうかもしれないけど」
そんな狭義にしぼるのなんてアリか。あくまでも秀吉は、神皇をまもる最後の砦、洛内の伏兵を気取るつもりか。
「ムリよ、指導なんて。やぁん、腕をひっぱらないで、私には夫も子どももー!」
いないだろ。
●帰りの船上
「また、お世話になりますね」
「よぅ、兄ちゃん。長崎はどうだった?」
散々でした、とは、云いにくく、笙はあやふやな笑みを船員たちにたむける。彼等が秀吉の狂言に関わったかどうかは、もう終わったことで、どうでもいい。気のいい彼等との再会を喜ぼう、と、笙、
「って、人がしんみりしたときに」
「こぅら。船のうえで暴れないの」
め、と、鈴奈が怖い目を向けたのは、嵐天丸と鎖雷。体も凝らぬうち、アランを追い回し始める。
「狂言誘拐の敵ー!」
さて、帰りの船旅は。勇花の消えた代わりに、別に同乗者が出たので、差し引きはまったく変動のなかった。その増えたひとり、美鈴、んー?と再確認。
「すーちゃんも?」
「某には周布という名が‥‥」
「また逢えるような気はしましたが、そもそも別離もなかったんですね」
どうも嵐天丸の「決着付ける! 京まで来い!」に折れたかたちはとっているが、秀吉も彼をいざなったようで、それが気になるけれど、静吾はひとまず周布に手をさしのべる。
「では、これから京までよろしくおねがいします」
「あぁ。‥‥しかし、冒険者の乗船の作法は変わっているな。異国の御仁、縛られて悶えて喜んでおるが」
「幻です」
フェネック、もしかすると、自分は夜に生まれたのかもしれない、と思う――記憶喪失の彼女にはそれを察するすべはなかったが。それほど天上の藍はしっくりと似つく、別にそれは自分がバードだから、というだけでないようにおもえる。月の夜だ。寝付けなかった。
「湯田さんは起きてるかな?」
月の光を追うような足取りで、甲板をさまよう、鎖雷の名は彼に頼まれたことを解消するのに、今晩がちょうどいい、と思っただけで他意はない。ない――はず。鎖雷の牝馬、めひひひひん、をテレパシーでみるようにのぞまれて、その解析をつたえるのを思い出した。
「僕が連れているサライに一目惚れしたなんて」
おまけに、荷馬と駿馬で釣り合うかどうか悩んでいたなんて、かわいらしいですね。
くす、と、片頬笑みつくりながら、フェネックはどうしてか、長崎で見たお姫様の馬車を思い出す。――サライも憎からず思っていたようだから、湯田さん
で、そのころの鎖雷は、
「ふふふ。後頭部の苦労、貴様も思い知るがよい」
笙に、
彼のかたわらに跪き、耳元へ息吹きかけんばかりに口寄せてささやく、あるときはうっとりと、あるときは強く激しく、
「俺はハゲじゃないハゲじゃない‥‥」
するとそこに、とうとうフェネックが。まずいとこを見られたと思う鎖雷、だがフェネックが鎖雷に向ける目つきはもう一際、剣呑。
「‥‥湯田さん。いくらなんでも夜這いはまずいと思います」
「え゛」
翌朝。船内は「生え際組」「後頭部組」あらため「夜這い組」「へたれ攻め組」「襲い受け組」よく分かりません、な班分けができあがる。
「だから、云ったじゃないですか。フェネックさんにあらぬ誤解をされますよって」
「マテ、笙。昨日、実は起きてたろ?」
「湯田さん、アランさんひんむき競争、俺の負けでいいや。だって俺、まだ無垢な体でいたいし」
「ほぅ、嵐天丸。一度その身にとっくり味わわせてやろう」
冒険者らの船が京にもどってきたのは五月の二十九日――意外と早い。が、五条の乱の帰趨はすでに期したあとである。神皇軍の勝利、五条の宮は縄についたと。
「狛ちゃん、どうしてるかしら? 狛ちゃんのことだから、たいした怪我なくやってると思うけれど。お土産のかすていら持ってって、元気づけてあげましょうっと」
「僕は戦場に行ってみようかと思います‥‥鎮魂歌を捧げに」
そして冒険者らは、冒険者であるから、行きとおなじように思い思いの方角へ別れる。あとに残るは、たたずむ、アラン・ハリファックス。彼は――彼は生粋の『傭兵』である。藤豊候、と呼び止めて。
「俺は船がつき次第欧州へ戻ります」
――が、有事には藤豊に一介の傭兵風情として参入する事をお許しを。
アランはついに貫くのだ、ずっと傭兵であることを。
「おぅ。いつでも待っておるぞ」
周布にともなわれて先に長州藩邸を訪れようとする秀吉、が、ふと足を留めると振り返る。
案外、長く待たせぬかもしれぬな、と。
●おまけ
「訓練ってなに、兎跳びってなに、こんなの、戦場に出たほうがよっぽど楽じゃなーーーいっ」