●リプレイ本文
●直後
「これが‥‥」
きりりと白い褌をかかげて、高槻笙(ea2751)、しかしいざまともにこうしてみると、発狂しそうだ。長崎に来てまで真っ先にとりくむのが男の下着である人生、哀しいを通り越し、無性に呪いたい。
「それ、ぜってー変」
すると緋邑嵐天丸(ea0861)、ぬぅっと横合いから顔貌をさし、
「脅迫文をこんな中途半端に、しかもふんどしって、まともな頭ならやんねぇよな?」
もっともらしく切り出すさまなぞ、さぞ自分は常識人であるというふうが嵐天丸の態度だが、まぁたしかに。笙も目新しい傍証はないものかと下帯くるりと返し、そこへ鼻歌が――‥‥、
「めひん♪ めひひん♪ めひひひひん♪ あたまかくして♪ しりからぷぅ♪」
何故、この場で、それ。
ひんやりと、四辺をたゆとう殺意。愛馬めひひひひん、をくしけずっていた湯田鎖雷(ea0109)、険悪の集まるところが自分と勘付くと、そこだけはねらってくれるなと後ろ頭を大事にしながら主張することに、
「俺にいい考えがある! ちびすけに追跡させるんだ」
笙からうばい、ボーダーコリーの「南蛮ちびすけ焼菓子風味」に押しつけるようにする、と、たぁんと空転、いぬころは目玉をぐるぐるしてばったり笑点もとい昇天。
「‥‥緋邑さん。こちらの按検はつつしんで、おまかせします」
「ぜったい、やだ」
それより以前、少しさかのぼる。周布政之助と名告る武士へ、笙は周到な会釈しながら己の名を告げ、
「これはたいへんな御無礼をつかまつりました。では、周布様と秀吉の関係はいかような?」
周布政之助は困惑したか、太い眉をしかめると、
「某は長州藩に属する武士であり、藩主の名代で参っただけだ。どのような用件であるかは藩主直々の下命により、貴殿らには告げられぬ」
「俺の記憶はあたりだな?」
藩主直々、ということは下位ではなかろう――鎖雷がこそと耳打ちしたのはあいかわらず笙で、彼に代えて周布へ面談をこころみたのはフェネック・ローキドール(ea1605)である。三日月を剥いたような青い瞳を流して、フェネック、いちおう冒険者の総意をたしかめようと、蛟静吾(ea6269)をはじめ冒険者らがこくりとうなずく中、異質がひとり。
「俺の馬鹿! どうして男の流し目に照れなきゃいけないんだ!」
「湯田さん、そういうことは心の中でだけ思っててください」
驚くなかれ! これこそ、敵の目をあざむく策略で!
嘘だけど。
「秀吉様は間者の目からのがれるため、『他の仲間』と共に別口で長崎へ入国されます」
こっちこそが本命の策略、静吾がとうとう茶色く育った亀の子を大事そうにかかえながら、周布に打ち明ける。――の、あいだに、フェネック、物陰に身を寄せる。彼女(鎖雷が暴れたように、おもてむきは「彼」であるけれども)の月魔法により、ひっそりと水面下で現実を知らせる、それが策略で、しかし教えられる定量の少なさ。
秀吉と彼等の同士が、長崎についてまもなくくらましたこと。犯行声明をはじめ、ほうぼうに怪訝の多いこと。
周布は冒険者らの共通の思想――ひとまず騒ぎ立てたくはない――を尊重するおもむきをみせる。こんなところで突っ立っていてもしかたがないというので、皆、相馬屋ぬいの紹介する宿屋へ移ろうとして、手前、笙、はたと思い至った。
「ぬいさんには、どうしましょう」
「おなごに心配をかけてもしかたあるまい」
と周布が云うので、引き揚げる道すがら。「ねね、フェネックさん」カヤ・ツヴァイナァーツ(eb0601)、間合いをはからって花色の吟遊詩人に話し掛ければ、
「ツヴァイ負けない! 目にもとまらぬ早業で、もうアラビア語おぼえちゃったもんね!」
すると、フェネック、きょとんとしながら。
「シフール共通語は?」
「え、」
「近頃では、コロポックル語というものも使われているそうです。どちらも文字はもたないそうですが」
「‥‥えーと、」
「それから、ジャパンには河童なる方々も‥‥」
「うわあん」
ツヴァイ脱兎し、誰か教えてあげれ、河童語はとりたててないから安心していいよって。
●誘拐
「えいっ」
女心は冬の風のようにめまぐるしく、張り詰めながら、ぽきんと折りやすく。
アラン・ハリファックス(ea4295)の向こう脛、佐々宮鈴奈(ea5517)はしこたま蹴り上げると、唐紅の袴を揺さぶりながらその場を退出する――その寸前、くるんといったん振り向けば、御膳上等のあかんべぇをアランに向けて、再び戦場の勇士のようにざくざくと御拾いへ。残されたアランは、猫科めく彫りの深い顔立ちに、紛らす苦笑浮かべて。
「嫌われちまったかな」
アランと鈴奈は話をこじらせてしまい、――怒らせるつもりはなかったんだがな。真神美鈴(ea3567)はぺたりとしゃがむと、アランのそこへてのひらをかぶせた。
「痛いの痛いの飛んでけ〜☆」
「乙女心は繊細で複雑なのよ」
むろん自分も、といわんばかり、昏倒勇花(ea9275)、筋で鎧う大柄をよろめかせる。打ち見ながら、アラン、ふと遠い気持ちになったものだ。俺はもしかして女装に呪われているのではないか、と、安心していい、祝われているだけ。
突然の椿事、「わーい。お仕事大好き☆」な美鈴はともかく、鈴奈に勇花は当然のことながら不機嫌をおぼえた。勇花、身は肉肉しい四十二のむくつけき殿御、本人だけがそのことを見ないようにしている、が、技術にはたしかなおぼえがある。それをこんなにたやすく、しかし秀吉が云うには、
「趣味だけでもないぞ? こんばっと越後は酔い潰れとったし、佐々宮殿もほんのり酔い気味だったろ」
「でも私はやっぱり納得できません」
とは鈴奈、何も知らず右往左往しているだろう仲間のところに戻って、これが狂言誘拐であることを触れたい――をあきらかにすると、それは仕方あるまい、と、秀吉、こころよく送り出すそぶりを見せるだけでなく、
「ほれ」
「え、手切れ金?」
待て、手切れ金もらえるような関係を結んだ記憶があるのか。鈴奈もその事実に気がつき、ほんのり頬染めて、以下はじめに戻る。
「‥‥あたしは残るわ」
勇花、決めた。おそらく秀吉はこの誘拐をつかって西国諸藩のながれをはかる胸算用だろう、ならば自分は「せっかくだから俺は秀吉様を亡き者にするぜ!」を「わたしの ぼうけんは これで おわってしまった!」にするため、あわよくば「ねんがんの ○○ を てに いれたぞ!」をやるため。
「私もがんばるよー」
と、美鈴。何故なら、彼女の任務は関白を守ること――ではなく「伊賀に疑いがかからぬ様」何かあれば彼を守り、より先に死ぬこと「だからっ☆」力いっぱい誇らしく、言い切る。って宣言したら、それ、なんにも意味なくなるから。
「じゃあ、俺のつかいを頼まれてくれるか」
「ほいさっさ」
市女笠に礼服を二そろえずつ――資金はこれまた秀吉の懐から――アランから書き付けを受け取ったかとおもえば、美鈴、駆け出すことに。いわゆる忍法の「疾走の術」を、だから町中で堂々と忍法をあばく忍びがどこの世界におるねんーっ(どんがらがっしゃん)。が、アラン、そこまで忍びというものを知らぬから、美鈴が出てくのをみとどけて、あとはぷかりと束の間の休息。
「腹くくってゆくか」
チャーム専門剣舞士、蒼穹楽団トップスター、その他省略の呼び名にかけても。どこをどうとっても事犯の解決に寄与するとおもえないのが、いさぎよい。
●錯綜
「ね、かすていら組と金銭餅組に分かれるってのは?」
ツヴァイが提案すると、はい、はい、と、立候補相次ぐ。
「俺、かすていら」「俺も!」
すさまじく己に忠実な人々。探索班が二つに分かれようとしたとき、自然ひとりしかいない周布と、彼といっしょにならない人々に分かれることとなり、まずは後者。
「私は港へ戻ろうと思うのですよ」
とは、笙、船中で顔馴染みになった人々に、事件における懸念を晴らすため、今一度会話を試みるつもりである。がんばってね、と、ツヴァイ、彼の心は決まっている。
「じゃ、僕そのあいだ長崎名物食べに行こうっと。おなかすいちゃったー」
「俺も」
そして、鎖雷。己に忠実すぎる人々。
残りのからすみだか、周布と同行することとなった静吾、周布をあらためて見やる。己のそう変わらぬ年頃の、大大名である毛利氏の治むる長州藩でそれなりのもの、そう認識すると腹がむずがゆくなる。――やっかみ、だとは思いたくない。と、そんな伝心したのか周布が何気なしにかたむけた目に、静吾は負けじ魂を決めた。試されるのなら試されよう、しかしそれは自分が彼を試すのだ、と。
「な、あんた強いの?」
臆面もなく、嵐天丸が尋ねる。さぁ、と曖昧な返答に、待ってました、とばかり、嵐天丸、これまでのやり場のなかった苛つき気分なぞどこ吹く風で、たぎる予感に、
「じゃ、俺と手合わせすっか!」
「歩きながら‥‥か?」
それから、フェネック。フェネックはとりたてて周布と歩きたかったわけではない。ただ、なんとなく、鎖雷といっしょにいたくなかった。鎖雷は周布を監視したかったようだが、フェネックが周布に付くのを知ると言い訳めきながらすぅっと離れて――、
「ざまぁみろ、です」
つるぺたと云われたことを怒ってるわけではない。自分は男装しているのだから。らしくない言詞を使いこなしたことに、なぜかしら、罪悪感のようなものを冷たく感じた。
しかし、鎖雷ときたら、
「湯田さんじゃない」
長崎の繁華をすこぅし外れて、丸山、という地名がある。そこにおいしいカステラ屋があると聞きつけ行ってみたところ、ひょっこり思案橋でめぐりあったのは、鈴奈。
「ちょうどいいわ。いっしょに歩いてくれない?」
「そりゃ、このへんは‥‥」
江戸の吉原、京の島原と並び称される、長崎の丸山。丸山の女郎は、着倒れの京すらかなわぬ、衣装のきらびやかさ。巫女装束をまとう鈴奈、少々風変わりな女郎のひとりぐらいにあつかわれること、しばしばで。
「ね、おねがい」
ざらり、と、硬貨をいっぱいに詰めた革袋、
「秀吉様からせしめてきたの。お腹いっぱい食べられるわよー?」
こんな魅力的な条件をもちだされて、人は断れるだろうか、否や。
「‥‥‥‥」
さて、ここに突然わりこんできた謎の人影とは、
「じゃじゃーん。ふふふ、新畑・ツヴァ三郎の目はごまかせない!」
茅・椿稲津(名前、また増えましたね)、サンワードにグリーンワードを駆使しての「ずばり、本気で探索」の挙げ句があんた何を調べてますか。
「だって鎖雷さん、ひとりだけでいいとこ行こうとしてるし」
何事も中途半端はよくない。やるならとことん、愉快さを追求するんだ、ツヴァイ、うきうきした足取りでふたりを付ける。
『さて、秀吉の身柄が欲しくば、まず次の手紙まで其処を動くな。更に、これから出す要求を全て呑め。ただし、要求は今そちらにいる者のみで達成せよ。また、その場の者以外誰にも口外するべからず。さもなくば(略)』
そして、Byアラン♂ ♂までしっかりいただきなさい、ぜんぶ。
「シフール便は頼んできてくれたか?」
「うん。完璧☆」
美鈴、疾走の術で見知らぬ街をかけずりまわったあげく、屋台を引き倒し、謝罪に大分時間をとられた果て、辿り着いたのがそもそもずいぶん時間遅れであったことを、アラン、知らない。「そうか」と納得し、美鈴から女物の服を受け取って、これを秀吉や自分に着せて偽装にしようと、
「さぁ、秀吉様。出発しますか」
「ここでいいじゃろ、なかなか快適じゃぞ」
「えぇ、あたしのおかげで!」
勇花、血涙。彼がどうやって無聊をなぐさめてたかといえば「世界の半分をお前にやろう」ごっこ、祝われてるなぁ(笑顔)。まぁ、とにかく「次にあずける文は‥‥」とアラン、慣れぬ習字に一苦労。
『ひとつ良い事を教えてやろう。俺は穏健路線の長崎を良しとしない薩摩長州一派のある一人の武士に雇われた者だ』
「お、よい出来」
「でも、なにか物足りないわねぇ。お花は、どう?」
「私は、忍びいろはー♪」
確実にひびいってる、緊迫感。
探索は数刻ごとに宿に帰り、顔合わせすることにしていた。そしてフェネックが見たのは、鎖雷と――
「佐々宮さん?」
「久し振り☆」
鈴奈。相馬屋ぬいの連れ立ったときにはいなかったはずの彼女、まるでずっと前からの上客のように、そこにおちついている。
「留守にしちゃって、ごめんなさい。ふたりで丸山に行ってたの」
「ちょっと待て」おちつけフェネックはイスパニア人だ丸山がどうかなんて絶対に分かりっこない
「そうですか‥‥丸山へ‥‥」
ものすごく知ってそうな雰囲気ーっ。
「おい、これは誤解で!」
「誤解じゃないよ、ふたりで仲良かったよ」
ツヴァイ、横やり。なんならサンワードで証言もしちゃうよ、と、だめ押し。目の裏まで凍らしそうに青い、フェネックの双眼。彼女は荷をまとめると、宿の裏手へまわる。今宵は、満月だ。はぁぁ、と、静吾、世界の終末に掠う悪風のような吐息をついた。
「これは僕にもムリです」
かっか来た仲間がいたら抑えてやれれば、と、思っていたけれど、この手の厄介は範囲外だ。鈴奈はおそるおそる鎖雷を見返す。
「‥‥悪いことしちゃった?」
「それより、誘拐のほうはっ!?」
「あ、それなんだけど――」
「――なんだよ、狂言だってか?」
むす、と、嵐天丸。見ればようやく届けられたアランからの通信も二枚ほど、と、ふぃっと最後の一枚がまるで見計らったように窓から投げ込まれる、シフール飛脚が跡をつけられないよう細工した結果で、嵐天丸は知らず飛翔のははきを握った手、いったんとりはずした。
「だいじょうぶ、待ちましょ。それより、ここはお台所借りられるのかしら?」
ほうとう鍋、を作るのだ。そのために鎖雷に荷物持ちをさせてまでしたのだし、鈴奈は宿のなかをめぐったが、しかしぬいはおらず、そのころ――‥‥。
「お待ちしておりました」
移動した秀吉らをある屋敷で出迎えた彼女は、ぬい、という。相馬屋の、ぬい。秀吉、アラン以外にも協力者は用意していた。それには置いてけぼりにした冒険者らとも通じ、武士より自由な商人の立場にある彼女が都合がいい。けれど、彼女の正体に気付かぬアラン、律義に挨拶する。
「とりあえず、最後の文を支度するか」
あとはここまでの略図だけ。とうとうこの重荷から解放されるのだ、が、ぬいと一言二言会話を交わした秀吉、アランのほうにさぞおもしろげな顔貌をして近付く。
「のぅ、アラン殿。ぬしの思案が的中したようだぞ」
『前』京都守護代、五条の宮、謀叛。
「さすがに、わしも京へ向かわねばならんのぅ。のぅ、どうせなら五条の宮に負けず劣らず、派手な仕舞いをつけてみんか?」
所詮、この世は動転流転、なにがあってもおかしくはない。しかし、せめてもう少しぐらい俺に断りをいれろ、と、アラン、ちょっと思う。