●リプレイ本文
●荒波を越えて
流石に前田綱紀の用意した船は新しく丈夫そうだったが、乗っているのは皺深い熟練の海の男達ばかりだった。若い者をこれで失うわけにはいかないと言うのも理由のひとつのようだ。
坊さんは、ありがたいもんだと、神木祥風(eb1630)が護りにと置いた金ぴかの仏像を固定していた漁師達を見て、くすりと笑う。伝承や禁忌などは無いかと顔を出したアトゥイチカプ(eb5093)だ。
「そうさなあ。知ってる事は奥村様にお話したが‥‥海坊主が出たら死ぬ気で逃げろっちゅうのは、漁師はほとんど子守唄代わりに聞いてるしな?」
「やっぱり、悪いのは海坊主か?」
「船を転覆させるからな。まあ、ワシもこの年まで生きてきて初めて見るが」
あまり役に立たない話で悪いなあと、言う年寄りというには、壮年のように元気な海の先輩達が、荒波にゆれる船の上でからからと笑うのに、アトゥイチカプはありがとうと手を振って、仲間達に話し。
そして、今は帆柱の上から落ちないように頑張っている。
揺れは、ぐんと上に上がれば、急に落下するような。そんな激しいものだった。
「そろそろと言った所でしょうか」
ルメリア・アドミナル(ea8594)が、空を睨む。先ほど呼び寄せておいた雨雲が、船の上をついて来るのを確認し、マストに自らの身体を固定した縄を確認する。ここからならば、攻撃に参加する事も出来る。魔力に対する備えも十分である。
祥風と鳳翼狼(eb3609)に、マキリ(eb5009)は、立花潮に加賀の様子を聞いていた。加賀の犬鬼の殲滅戦から半年が経とうとしている。
「そういうわけで、よろしくね☆」
「‥‥はい」
「あ。またその顔するっ!」
小さく、しかし深く溜息を吐いた潮に、船上での指示を出した翼狼が似てないからと笑う。
加賀の状況は、この状況に至るまで、とりたてて、平穏無事で、奥村親子が易英が子供が居ない為に側室を取る取らないで、傍迷惑で楽しく賑やかな戦いをしているぐらいですと言われる。
「これは、かなり戦い辛い?」
マキリは舵を取る船頭の近くに陣取り、ロープで身体を固定し、耳を澄ます。なるべく、船を動かす人々の近くに居たかった。船の上では、先輩の人々だけれど、妖と戦う場所に近付くのだ。冒険者が少しでも近くに居れば。
(「少しは安心してもらえるかな」)
そんな、マキリ達の心使いは、海の男達はちゃんと受け取っているようだ。
遠目からも、妖怪達の戦いが見える。大きな海坊主の顔が、島のように浮かんでは沈む。
(「海坊主の行く手を遮ってるように見えるが‥‥」)
じりじりと、海坊主がこちらへと向かう様が見える。それを阻むかのように立ち塞がる妖。
「半端ねぇな‥‥けどよ。やっぱ、海坊主だろ‥‥悪そうなのはよ。オイラ、欧州の北海で海坊主とやりあった。それが根拠だ」
船にしがみついていた黄桜喜八(eb5347)は、戦いの場が近付くと、水中へと飛び込むべく、ウサギさんきぐるみを脱ぎ捨てる。
海中には、連れて来た小さな水神亀甲竜のオヤジと、優れた水馬タダシが控えている。水中で戦いの補助を頼みにするつもりだ。
「‥‥ただ、でっかい奴らの喧嘩に、いきなり飛び込むのは‥‥ちょっとな」
近寄れずに終ってしまうかもしれないし、双方から敵扱いされると始末に終えない。
喜八は、敵と海坊主を射しつつも、どう関わろうか考えつつ、飛沫を上げて荒れる海へと飛び込んだ。
「精霊かと思いましたが、どうやらあれは‥‥」
波に揺れる体が跳ね上がるが、お経を読んでくれる、ありがたい坊さんが大変だと、船員達が祥風を捕まえていてくれる。
白海獅子。
身体の前半分が獅子、後半分が魚の尾になっている。普通は南海に棲み、色は白い。人語を解する頭の良い種族として知られる。だが、戦っている獅子の色は、綺麗な青い色をしている。同じ種には違いないとは思うのだが。
それにしても、自身よりも遥かに大きな海坊主を二体相手取るだけでも、青い獅子には、かなりの精神力が必要なのは見て取れる。
「おーいっ。また海坊主が一体増えるぞ。今度は黄色い奴だ」
マスト上から、アトウィチカプが叫んだ。
それと同じに、海から咆哮のような声が飛ぶ。
「木っ端船など一撃で沈む。いぬるが良い!」
青い獅子から発せられた言葉だった。
●海坊主と獅子
ルメリアが声を上げる。
「海の守護者様とお見受けします。 貴方様の苦難は、この海を友とする者全ての苦難。どうかお力添えをさせて下さい」
「苦難などではない。お主等、引かぬなら、木っ端微塵になっても文句は言うな?!」
「ですが、漁師達に取っては海の変事は他人事では有りません。此度の異変を解決する為に、我々にも出来る事は御座いませんか?」
「ならば、引き返すが良い」
祥風が叫び返せば、船を庇うように動く獅子が、また吼える。言葉は悪いが、船を海坊主からの攻撃から守るつもりのようだ。
激しい波が甲板を洗う。
翼狼が祥風の後を繋ぐ。
「俺たち、加賀の友達が困ってるから、助けにきたんだ。海が荒れて、漁師さんが海に出られないって。獅子さんは、加賀を守ろうとしてくれているんだよね‥‥? 俺も、加賀の友達を助けたいんだっ。一緒に戦わせて!!」
「助けだと? 戦うと? その小さな姿でかっ?」
「俺達も困るんだ! そいつらが加賀に上がってきたら、被害はどれだけになるだろう? 俺達の為にも参戦したいんだ」
「ならば、避難を早急に進めるが良い。じき、彼奴等は本島にとりつく。急ぐが良い!」
聞く耳持たずとはこの事か。
だが、誠心誠意の言葉はちゃんと伝わっているようで、海坊主からの射線に、割り込むように、青い海の獅子が移動する。
そんな中、空を裂いて、矢が飛んだ。
長距離を飛ぶ弓ファーサイトを引いたのはアトウィチカプ。黄色の海坊主へとその矢は刺さる。
「当てる的が、でかいのだけは助かるよな」
一手を制したアトウィチカプが呟き、二矢をつがえる。話で了承を貰うのも良いが、つい身体が先に動く。
「まずは、敵や庇う者が増えたんじゃないって、わかってもらうのが先みたいだぞ」
揺れる足場は悪いが、彼の言うように的は大きい。
二矢目がまた、空を裂いて飛んで行く。
「味方と見ていただけるようですね」
船上に浮かぶ雨雲をちらりと見上げ、ルメリアが淡く光る。雨雲から、細心の注意を払いつつ、打ち落とされるのは稲妻。空を割るような稲光と雷鳴が轟き、紅い海坊主をしたたかに打ちのめせば、青い獅子と戦いを続けていた疲労もあり、紅い海坊主は波に飲まれて海中へと沈んで行く。
「大絶賛格闘中の真っ只中だもんね。そりゃそうだね」
マキリがにこりと笑い、短弓早矢を引き絞る。黄色い海坊主まではまだ届かないので、一番近場の紫黒の海坊主へと射掛け。
「数が多いしねー卑怯だなと思ってたから」
空飛ぶ箒ベゾムに乗り、翼狼が空に浮かぶ。流石に、船から槍が届く距離に近寄るのは無理があった。
翼狼が、海上を見下ろす距離に飛び上がる。最初は仲間割れかと思った。けれども、話してみて青い獅子が味方なのがはっきりした。なら、戦う相手は海坊主。
「‥‥気ぃ抜くなよ‥‥オヤジ」
会話は一端終了と見て、喜八がオヤジへ、体当たりを指示し、タダシの背に乗り、河伯の槍を手に荒海を突っ切って、新手の黄色の海坊主へと迫る。
黄色の海坊主が淡く光り、海坊主から青い獅子と冒険者の乗る船へと向かい、吹雪が押し寄せる。
「余程でなければ」
船中央から半円を描くのは、祥風の作る聖なる結界である。揺れる甲板の上で、船員達に助けられつつ、祥風が発動させる。その姿に、ざばりと、波が足を洗うが、かまってはいられない。
「次は撃たせません」
再びルメリアが、雷鳴を轟かせる。次の標的は黄色の海坊主だ。雷に打たれた黄色の海坊主がぐらりと傾ぐ。深手を負ったのだ。
そこへ、アトゥイチカプの矢が届き、上空から迫り、乗り移った翼狼のトリグラフの三叉槍が軽く痛手を負わせ、喜八のオヤジが突進をかけ、タダシの背から、飛びついた喜八の穂先が波をものともせずに入れば、黄色の海坊主は息も絶え絶えに海中へと沈んで行く。
ぶつかってその進行を弱めていた青の獅子が、紫黒の海坊主に何度目かの突進をかければ、マキリの矢が紫黒の海坊主へと軽い傷を負わせ。
二体が沈んでいけば、後は仲間達の集中攻撃が待っている。
「こいつも倒すよ?」
翼狼が、青い獅子に声をかける。
「なかなか、お目にかかれぬ人物達と言うわけか!」
獅子の咆哮のような笑い声のようなものが聞こえてくる。それを了承の印と受け取れば。
一斉に紫黒の海坊主へと寄る冒険者達。勝敗は見えていた。
●加賀に眠る神
「神様居るんだ」
話を聞いてみたいなと、無邪気に笑う翼狼に、紺青ノ獅子が頷く。
神が起きる気配で目覚めるのは、紅坊主、紫黒坊主、山吹坊主。そして、自分と松葉ノ獅子だと、紺青ノ獅子が笑う。
「海坊主達は、神が起きる前に神を倒すのが指令なのだが‥‥」
どうもおかしいのだと。
「神の眠る場所は、七つ島に眠る黒鳶の獅子しか知らぬ‥‥坊主共を退治してもらったから。もう、妨害する者が居らぬはずなのだが‥‥黒鳶の獅子が眠る島を護る松葉ノ獅子が、見当たらぬ」
確かめてはもらえないかと、紺青ノ獅子が冒険者達へ頼む。
七つ島には、祠がひとつづつ。七つある。その何所かに、松葉ノ獅子が眠り、松葉ノ獅子が眠る祠の奥に、黒鳶の獅子が眠るという。
「どんな方なのかな」
マキリが尋ねれば、松葉ノ獅子は、虎人であると。
「虎であり、虎の姿を残して、人のような姿にもなる、獣人だ」
「では、黒鳶の獅子のお姿は、どのようなお姿でしょう?」
祥風が穏やかな笑みを浮かべて尋ねる。
「小さな猫よ。燕の羽が生えている」
丸まって、ずっと寝ているのだとか。
「黒鳶の獅子は、松葉ノ獅子が起こさねば、起きぬ。そういう、何重にもかかった鍵で、加賀に眠る神は、ゆっくりと眠っておられる」
紺青ノ獅子は、そう言うと、溜息を吐いた。
松葉ノ獅子は、森で目が覚めた。
倒さなくては。
そう、心が占めるのは負の感情。
黒鳶の獅子を倒さなくては。
まだ力を取り戻す前に。
だが、何所に居るのか。この島の祠には居なかった。確かに、ここに預けたはずなのに。
倒してはいけない。
そう、心の奥で叫ぶ声がある。
「私は‥‥」
松葉ノ獅子は、再び倒れた。
その近くで、舌打ちをする者が居た。舌打ちをした、それは、小さな犬のような姿をしていた。毛むくじゃらのそれは、邪魅。下級悪魔であった。
七つに散る島。
その島は、どの島も、大きくても、冒険者の足で一日歩き回れば制覇出来るような島だった。その七つの島の何所かで、静かに戦いが起こっていた。