●リプレイ本文
「‥‥駄目かよ‥‥」
魔法の指輪を使った黄桜喜八(eb5347)は、黒鳶ノ獅子に内容が通じているか、自信が無かった。
言葉の壁を越えても、種族の壁は越えられないのか。黒鳶の獅子の話す内容は犬猫並であり、喜八の真摯な訴えを、理解していない節がある。
必死な顔の喜八に、黒鳶ノ獅子は、小さな首を傾げ、背の燕の羽が、大きく広がり、顔が空へと向かう。踏ん張る四肢が、ぐっと上空へと伸びて、飛び立とうとする。
「この群れの中に飛んで行くというのですね」
溜息を吐くと、ルメリア・アドミナル(ea8594)は、ぐっと降下してきた大鴉の群れへと、高速詠唱で放つのは雷撃の魔法。辺りを一瞬眩しく照らし、耳を劈く。
空に広がる大鴉の群れの一部が、その雷撃をまともに受ける。だが、全てとは行かない。
「船へ急ごうっ‥‥っ! カムイは、人の意に添わないかっ?」
数が少なくなったとはいえ、大鴉はまだ居る。アトゥイチカプ(eb5093)が、何はともあれ、船がある場所へと急ごうと、仲間達へと声をかける。見れば、大鴉の一部が、船へと向かっている。
可愛らしい姿に、アトウィチカプはカムイの使いであっても、保護欲が沸いてくるのを感じる。だが、カムイは人と思考が違うという事も、この旅で学んだ。
その攻撃をかわしつつ、一筋の矢となって、飛び出す黒鳶ノ獅子を止める手立ては、もう冒険者達には無いようだった。
「黒鳶ノ獅子さんっ!」
びょう。
空を切るのは、マキリ(eb5009)の短弓早矢から射掛けられる三本の矢。
黒鳶ノ獅子の進行方向へと向かう矢が、何羽かへと突き刺さる。
「私達で無く、船を襲うとは‥‥船室に隠れていてくだされば良いのですが‥‥」
僅かに眉を顰めて、神木祥風(eb1630)も大鴉の行くへを見る。
「まあ、そんだけじゃ無いみたいだけどなっ!」
降下してくる大鴉へ、アトウィチカプの槍、霊矛ワダツミが、上空へと真白い三又の刃を閃かせる。真っ青な柄が、森の中で青く白い波のような軌跡を描く。
「無理に‥‥攫っちまえば良かった‥‥かよっ?!」
丸い盾、ボーティングの中に。
意思の疎通が出来ない相手は、荒っぽくても、抱え込めば良かったのか。その後の事は、無事であった後に考えれば‥‥。
はたして、空に小さな点となる黒鳶の獅子。
その飛び様は大鴉よりも襲いが、淡く白光すれば、大鴉は近寄れない。結界を張ったようだ。
「あれは‥‥結界。どれほどの時間、守って下さるでしょう」
松葉ノ獅子が、黒鳶ノ獅子を守って欲しいと言ったからには、使える魔法自体、弱いものである可能性が高い。祥風は、自分の使う魔法を思い、長時間持つものでは無いと判断する。
みんな勾玉になってしまった。わからない事だらけだと、鳳翼狼(eb3609)は首を振る。五色の勾玉に、ならば、他に赤や黄色の獅子も居るのかなと。
「とりあえずわかることは‥‥今は黒鳶さんを守ることだねっ。潮っ、書状書いてもらえる? 俺、加賀へと先に戻るよ、何とか援軍頼めれないかなっ?」
共に走る、立花潮に翼狼が声をかける。空飛ぶ箒に乗って、出来るだけ早く加賀の地へ戻り、何とか人手を集めれないかと。
「沿岸には、奥村易英様が直々に部下を連れて、臨戦態勢をとっております」
御座船は小型で、解り難いが、濃紺の旗が下がっていると。急ぐのでしたら、これをと、懐から出したのは複雑な螺鈿細工の印籠である。それを見せれば、奥村までは簡単に通るからと。そもそも、皆様のお顔は、知れておりますと。
「ありがとっ!」
「このっ!」
マキリが、船に群がる大鴉へと、矢を放てば、大鴉は、一瞬集中が船からそがれ、島奥から飛び出してきた冒険者達へと向かう。
「大丈夫そうかっ!」
アトウィチカプが、船にもしも悪魔が乗っていたらと指輪を確認する、石の中の蝶の羽ばたきは無い。
一目散に、黒鳶ノ獅子を連れて船を出すつもりだったが、当の黒鳶ノ獅子はまだ目視出来る範囲で飛んでいる。
冒険者達の目的は、黒鳶ノ獅子を守る事である。
「オヤジっ」
喜八が方向を確かめて、被害が出ないように、小さな水神亀甲竜へと指示を飛ばす。冷たい息が、大鴉へと吐き出され。
(「‥‥空に居る奴等には手が出ねえ‥‥悔しいけどよ」)
「とにかく、傷つければ、思うように飛べないだろっ?」
アトウィチカプが、甲板へと飛び乗りつつ、大鴉を払いのける。大鴉の大きさは大柄な人ほどもある。その大きさが、いくら一斉にと言えども、船に取り付く数は少ない。嘴や爪に気をつければ、退治するまでいかなくても、十分払い落とせる。
「必ず、皆さんをお守りします」
祥風が、船員達へと深々と頭を下げれば、それを言うなら、必ず戻してみせると、海の男達は大鴉に傷つきながらも笑う。謝辞を告げ、祥風は、傷を癒して行く。
「とりあえず、出しますわ」
通常の雷撃で大鴉を打ち落としていたルメリアは、その魔法を変える。
風を生み出す魔法が、船の帆へと、向かい、帆は、風をはらみ、ぐっと動く。
「‥‥オヤジ、頼む‥‥置いてく事になるかもしれねぇがよ‥‥」
喜八が再び小さな水神亀甲竜へと指示を出す。水流は操られ、風を受けてもいる船は島から完全に離れた。
「大鴉、かなり減りましたが‥‥危ないっ!」
祥風が、船へと自身の身を括りつけつつ、聖なる結界を展開する。目を細めて、遠くを見れば、黒鳶ノ獅子が、低空を飛ぶ。一撃、大鴉の爪が入り、ぐらりと揺れるのに、ひやりとするが、また結界を張るのが見えた。やはり、結界は弱いようだ。
「この距離なら、ついて行けますね」
ルメリアの雷撃が、黒鳶ノ獅子へと迫った大鴉へと光りの筋となって飛ぶ。
「加賀の神様の眠りを守り抜く為に、大鴉の連中を黒鳶ノ獅子様に近づけさせません。この、意思在るような追撃の数々。悪意ある者が関わっている事は間違いありませんわね」
海風に、ルメリアの銀糸のような髪がさらわれて光る。
「じゃ、俺行くよっ」
翼狼が、空飛ぶ箒で飛び上がる。潮を背に括り付けて飛ぼうかとも考えたのだが、どうも安定が悪い。魔法をかけてもらえば速度が上がるかなとも考えるが、ルメリアとそういう話は打ち合わせていないようで、ルメリアは船員達に、帆に吹き付ける風の威力は何処まで大丈夫かと聞いている。
追い縋る大鴉も少なくなった。
「邪魅の暗躍が気にかかります‥‥まだ、他にも居るかもしれませんね」
祥風が呟く。
保護した黒鳶ノ獅子は、意思の疎通が出来ず、飛んでいってしまったが、速度がそう速く無く、何とか併走が出来そうである。
「デビルとしては、加賀の神を目覚めさせたくは無いという事なのでしょうね‥‥」
大鴉は、ぐっと減ったが、殲滅出来たわけでは無い。どこからか、飛んでくるのだ。その方向は、加賀。
飛んで行く翼狼を見送りつつ、祥風は、加賀を睨んだ。
「何とか振り切って加賀を目指した先に、黒幕が待っているようですね」
背後を飛んで来る、黒鳶ノ獅子を見て、先へと急ぐ翼狼は、海風を受けて、身を竦めると、唇を噛締める。
(「黒鳶さんはどこへ向かうんだろう。加賀の神さまはどこにいるんだろう。神さまが起きたら‥黒鳶さんも、松葉さんたちみたいに消えちゃうのかなぁ。神さまは‥‥どんな人なんだろう。目が覚めるのは‥‥悪魔が増えてきてることに、関係しているのかな‥‥」)
浮かぶ疑問に答えは無い。
黒鳶ノ獅子を守りきった後、幾つかはわかるだろうかと、千路に乱れる思いを乗せて、海上を行けば、加賀が眼下に見えてくる。
通常の船が何艘も見える。そのひとつに、紺色の長い旗を確認し、翼狼は、高度を下げた。
神の復活を、虎視眈々と狙っていたのだとすれば、この大鴉の群れも、悪鬼が裏で手を引いているのだろうか。
だったら、絶対に負けるわけにはいかない。マキリは不確かな事実を確実なものとして手に入れるために、弓を引く。
「長旅もあと少しっ!」
疲労が蓄積してきているが、力を振り絞る。
(「加賀の神様って、どんなのかな。この国、甦った神様によっては、人と争ったりしてるけど。仲良く出来る相手だと嬉しい、かも」)
何本目かの矢が大鴉へと突き刺さった。
真っ直ぐに加賀へと向かう黒鳶ノ獅子の進路は用意に推測出来、それに併走するには、ルメリアのストームがとても有効だった。魔力加減を調節しつつ、黒鳶ノ獅子から離れずに船は加賀へと向かう事が出来るのだから。
主に、大鴉は黒鳶ノ獅子を狙うが、その数が増えると、船へとも飛んでくる。それ等は、アトウィチカプの槍の餌食になる。船頭までは届かない。祥風が何度も結界をかけ直すからだ。
「‥‥無事、送り届ける事が出来たら、カムイが今目を覚ます理由がわかるかな」
アトウィチカプは、燕の翼で滑空したり、羽ばたいたりする小さな黒鳶ノ獅子を眺めて、軽く息を吐く。
獅子達は勾玉になった。色からして、海坊主達も勾玉になったのではないかと思う。それは、倒すモノ、護るモノ。相反する力が一緒になって神の前へと行くという事で。
(「‥‥わからない事だらけだ」)
時折、船の横の海に、大ガマが現れる。喜八の術で呼ばれた大ガマだ。船へと向かう大鴉は、何羽か、その突然の大ガマの攻撃を受けて負傷する。
それより近くに来る事があれば、河伯の槍を振るい、大鴉はなす術もない。
「‥‥間に合ったという事ですね」
加賀の方向を油断無く見ていた祥風が呟く。
空飛ぶ箒に乗って、翼狼が戻って来る姿がある。
その背後からは、何艘もの船が。
飛んでくる大鴉は、矢襖と化している。
「っ! あれはっ?」
「何っ?」
祥風が叫ぶ。
黒鳶ノ獅子が、何かに攻撃されて、海面へと叩きつけられたのだ。
すかさず、不死者の探査魔法を発動する祥風は、何も無い空間に、一体を確認する。
「デビルだと思います。あの辺りにっ!」
姿が見えないのは、悪魔の特殊能力によるものだろうと、すぐに推測が立つ。
「あの辺りですわね?」
ルメリアの雷撃が飛べば、何かに当たる。そして、姿を現したのは。
黒い翼持つ、黒い獣。
この国では見かけない姿だった。
近くまで戻ってきていた翼狼が、空飛ぶ箒の上でバランスを崩しながら、トリグラフの三叉槍を振り抜いて。海に落ち。舌打ちをすると、アトウィチカプの手から、手裏剣が飛ぶ。喜八の大ガマが海中にと現れて。
冒険者達の心臓が炙る。
まさか。失ってしまったのか。
「ここまで来てっ!!」
よろめくその黒い四足の獣に、マキリの矢が飛び、再びルメリアの雷撃が黒い翼を捉えれば、さしもの悪魔も命を保つ事無く。
「‥‥あと一息の所で‥‥申し訳‥‥ありま‥‥せん‥ハボ‥‥ム‥様‥‥」
何事か呟いて、黒い獣の姿は海の中へ落ちて行き、かき消えた。
アトウィチカプが首を横に振る。
「嘘だろ‥‥」
「お守りすると、誓いましたのに‥‥」
ルメリアが項垂れる。
「‥‥駄目‥‥かよ」
喜八が目を細めて海中を見れば。
「息あるよっ!」
落ちた翼狼が黒鳶ノ獅子を抱えて叫ぶ。
「ならば、逝かせはしませんっ」
早く船へと、祥風が答える。
「生きてる‥‥良かった」
マキリが溜息と共に、甲板に座り込む。
息も絶え絶えだったが、黒鳶ノ獅子は一命を取り留め。
加賀へと戻った冒険者達は、白山へと飛び去る黒鳶ノ獅子を見送る。
黒鳶ノ獅子が辿り着いたであろう時刻。僅かに、山が光ったかのように見えた。
もしもそなた達が行くならばと、前田綱紀は、その報告を聞き、この加賀を統治する者達が山に入る時には身に纏い参拝するのだという護法の冠と月下の浄衣をひと揃えづつ、冒険者たちへと手渡した。
白山の峰の奥で、白山大神がが目を覚ましていた。
足元には、小さな黒鳶ノ獅子。
ひとつ撫ぜるとその姿は大きくなる。一間ほどの大きさだ。毛並みは同じく雉のまま、その顔つきは精悍になり、背の羽も逞しくなる。
『獅子が勝ちました』
口には出さず、黒鳶ノ獅子が、見てきた事の顛末を女神に伝えれば、鈴が鳴るような笑い声が漏れる。
「ほ‥‥。獅子が勝ちましたか‥‥。それにしても悪魔の気配が濃厚よの‥‥またここで戦いが始まるのは好かぬなあ」
眠たげに微笑む、美しい女神だった。
滝のように流れる白い髪。透明な灰色の瞳は白く長い睫毛に縁取られ。
色の薄い肌。幾重にも重なる衣に、やわらかな布が纏わりつき。
「すでに印がついているのを邪魔と思うか、幸いと思うかの」
来るであろうか。白山は動かぬがと、白山大神は小首を傾げて黒鳶ノ獅子を撫ぜた。