七つ島

■キャンペーンシナリオ


担当:いずみ風花

対応レベル:11〜lv

難易度:やや難

成功報酬:35 G 91 C

参加人数:6人

サポート参加人数:-人

冒険期間:12月27日〜02月01日

リプレイ公開日:2009年01月05日

●オープニング(第1話リプレイ)

●荒波を越えて
 流石に前田綱紀の用意した船は新しく丈夫そうだったが、乗っているのは皺深い熟練の海の男達ばかりだった。若い者をこれで失うわけにはいかないと言うのも理由のひとつのようだ。
 坊さんは、ありがたいもんだと、神木祥風(eb1630)が護りにと置いた金ぴかの仏像を固定していた漁師達を見て、くすりと笑う。伝承や禁忌などは無いかと顔を出したアトゥイチカプ(eb5093)だ。
「そうさなあ。知ってる事は奥村様にお話したが‥‥海坊主が出たら死ぬ気で逃げろっちゅうのは、漁師はほとんど子守唄代わりに聞いてるしな?」
「やっぱり、悪いのは海坊主か?」
「船を転覆させるからな。まあ、ワシもこの年まで生きてきて初めて見るが」
 あまり役に立たない話で悪いなあと、言う年寄りというには、壮年のように元気な海の先輩達が、荒波にゆれる船の上でからからと笑うのに、アトゥイチカプはありがとうと手を振って、仲間達に話し。
 そして、今は帆柱の上から落ちないように頑張っている。
 揺れは、ぐんと上に上がれば、急に落下するような。そんな激しいものだった。
「そろそろと言った所でしょうか」
 ルメリア・アドミナル(ea8594)が、空を睨む。先ほど呼び寄せておいた雨雲が、船の上をついて来るのを確認し、マストに自らの身体を固定した縄を確認する。ここからならば、攻撃に参加する事も出来る。魔力に対する備えも十分である。
 祥風と鳳翼狼(eb3609)に、マキリ(eb5009)は、立花潮に加賀の様子を聞いていた。加賀の犬鬼の殲滅戦から半年が経とうとしている。
「そういうわけで、よろしくね☆」
「‥‥はい」
「あ。またその顔するっ!」
 小さく、しかし深く溜息を吐いた潮に、船上での指示を出した翼狼が似てないからと笑う。
 加賀の状況は、この状況に至るまで、とりたてて、平穏無事で、奥村親子が易英が子供が居ない為に側室を取る取らないで、傍迷惑で楽しく賑やかな戦いをしているぐらいですと言われる。
「これは、かなり戦い辛い?」
 マキリは舵を取る船頭の近くに陣取り、ロープで身体を固定し、耳を澄ます。なるべく、船を動かす人々の近くに居たかった。船の上では、先輩の人々だけれど、妖と戦う場所に近付くのだ。冒険者が少しでも近くに居れば。
(「少しは安心してもらえるかな」)
 そんな、マキリ達の心使いは、海の男達はちゃんと受け取っているようだ。
 遠目からも、妖怪達の戦いが見える。大きな海坊主の顔が、島のように浮かんでは沈む。
(「海坊主の行く手を遮ってるように見えるが‥‥」)
 じりじりと、海坊主がこちらへと向かう様が見える。それを阻むかのように立ち塞がる妖。
「半端ねぇな‥‥けどよ。やっぱ、海坊主だろ‥‥悪そうなのはよ。オイラ、欧州の北海で海坊主とやりあった。それが根拠だ」
 船にしがみついていた黄桜喜八(eb5347)は、戦いの場が近付くと、水中へと飛び込むべく、ウサギさんきぐるみを脱ぎ捨てる。
 海中には、連れて来た小さな水神亀甲竜のオヤジと、優れた水馬タダシが控えている。水中で戦いの補助を頼みにするつもりだ。
「‥‥ただ、でっかい奴らの喧嘩に、いきなり飛び込むのは‥‥ちょっとな」
 近寄れずに終ってしまうかもしれないし、双方から敵扱いされると始末に終えない。
 喜八は、敵と海坊主を射しつつも、どう関わろうか考えつつ、飛沫を上げて荒れる海へと飛び込んだ。
「精霊かと思いましたが、どうやらあれは‥‥」
 波に揺れる体が跳ね上がるが、お経を読んでくれる、ありがたい坊さんが大変だと、船員達が祥風を捕まえていてくれる。
 白海獅子。
 身体の前半分が獅子、後半分が魚の尾になっている。普通は南海に棲み、色は白い。人語を解する頭の良い種族として知られる。だが、戦っている獅子の色は、綺麗な青い色をしている。同じ種には違いないとは思うのだが。
 それにしても、自身よりも遥かに大きな海坊主を二体相手取るだけでも、青い獅子には、かなりの精神力が必要なのは見て取れる。
「おーいっ。また海坊主が一体増えるぞ。今度は黄色い奴だ」
 マスト上から、アトウィチカプが叫んだ。
 それと同じに、海から咆哮のような声が飛ぶ。
「木っ端船など一撃で沈む。いぬるが良い!」
 青い獅子から発せられた言葉だった。

●海坊主と獅子
 ルメリアが声を上げる。
「海の守護者様とお見受けします。 貴方様の苦難は、この海を友とする者全ての苦難。どうかお力添えをさせて下さい」
「苦難などではない。お主等、引かぬなら、木っ端微塵になっても文句は言うな?!」
「ですが、漁師達に取っては海の変事は他人事では有りません。此度の異変を解決する為に、我々にも出来る事は御座いませんか?」
「ならば、引き返すが良い」
 祥風が叫び返せば、船を庇うように動く獅子が、また吼える。言葉は悪いが、船を海坊主からの攻撃から守るつもりのようだ。
 激しい波が甲板を洗う。
 翼狼が祥風の後を繋ぐ。
「俺たち、加賀の友達が困ってるから、助けにきたんだ。海が荒れて、漁師さんが海に出られないって。獅子さんは、加賀を守ろうとしてくれているんだよね‥‥? 俺も、加賀の友達を助けたいんだっ。一緒に戦わせて!!」
「助けだと? 戦うと? その小さな姿でかっ?」
「俺達も困るんだ! そいつらが加賀に上がってきたら、被害はどれだけになるだろう? 俺達の為にも参戦したいんだ」
「ならば、避難を早急に進めるが良い。じき、彼奴等は本島にとりつく。急ぐが良い!」
 聞く耳持たずとはこの事か。
 だが、誠心誠意の言葉はちゃんと伝わっているようで、海坊主からの射線に、割り込むように、青い海の獅子が移動する。
 そんな中、空を裂いて、矢が飛んだ。
 長距離を飛ぶ弓ファーサイトを引いたのはアトウィチカプ。黄色の海坊主へとその矢は刺さる。
「当てる的が、でかいのだけは助かるよな」
 一手を制したアトウィチカプが呟き、二矢をつがえる。話で了承を貰うのも良いが、つい身体が先に動く。
「まずは、敵や庇う者が増えたんじゃないって、わかってもらうのが先みたいだぞ」
 揺れる足場は悪いが、彼の言うように的は大きい。
 二矢目がまた、空を裂いて飛んで行く。
「味方と見ていただけるようですね」
 船上に浮かぶ雨雲をちらりと見上げ、ルメリアが淡く光る。雨雲から、細心の注意を払いつつ、打ち落とされるのは稲妻。空を割るような稲光と雷鳴が轟き、紅い海坊主をしたたかに打ちのめせば、青い獅子と戦いを続けていた疲労もあり、紅い海坊主は波に飲まれて海中へと沈んで行く。
「大絶賛格闘中の真っ只中だもんね。そりゃそうだね」
 マキリがにこりと笑い、短弓早矢を引き絞る。黄色い海坊主まではまだ届かないので、一番近場の紫黒の海坊主へと射掛け。
「数が多いしねー卑怯だなと思ってたから」
 空飛ぶ箒ベゾムに乗り、翼狼が空に浮かぶ。流石に、船から槍が届く距離に近寄るのは無理があった。
 翼狼が、海上を見下ろす距離に飛び上がる。最初は仲間割れかと思った。けれども、話してみて青い獅子が味方なのがはっきりした。なら、戦う相手は海坊主。
「‥‥気ぃ抜くなよ‥‥オヤジ」
 会話は一端終了と見て、喜八がオヤジへ、体当たりを指示し、タダシの背に乗り、河伯の槍を手に荒海を突っ切って、新手の黄色の海坊主へと迫る。
 黄色の海坊主が淡く光り、海坊主から青い獅子と冒険者の乗る船へと向かい、吹雪が押し寄せる。
「余程でなければ」
 船中央から半円を描くのは、祥風の作る聖なる結界である。揺れる甲板の上で、船員達に助けられつつ、祥風が発動させる。その姿に、ざばりと、波が足を洗うが、かまってはいられない。
「次は撃たせません」
 再びルメリアが、雷鳴を轟かせる。次の標的は黄色の海坊主だ。雷に打たれた黄色の海坊主がぐらりと傾ぐ。深手を負ったのだ。
 そこへ、アトゥイチカプの矢が届き、上空から迫り、乗り移った翼狼のトリグラフの三叉槍が軽く痛手を負わせ、喜八のオヤジが突進をかけ、タダシの背から、飛びついた喜八の穂先が波をものともせずに入れば、黄色の海坊主は息も絶え絶えに海中へと沈んで行く。
 ぶつかってその進行を弱めていた青の獅子が、紫黒の海坊主に何度目かの突進をかければ、マキリの矢が紫黒の海坊主へと軽い傷を負わせ。
 二体が沈んでいけば、後は仲間達の集中攻撃が待っている。
「こいつも倒すよ?」
 翼狼が、青い獅子に声をかける。
「なかなか、お目にかかれぬ人物達と言うわけか!」
 獅子の咆哮のような笑い声のようなものが聞こえてくる。それを了承の印と受け取れば。
 一斉に紫黒の海坊主へと寄る冒険者達。勝敗は見えていた。

●加賀に眠る神
「神様居るんだ」
 話を聞いてみたいなと、無邪気に笑う翼狼に、紺青ノ獅子が頷く。
 神が起きる気配で目覚めるのは、紅坊主、紫黒坊主、山吹坊主。そして、自分と松葉ノ獅子だと、紺青ノ獅子が笑う。
「海坊主達は、神が起きる前に神を倒すのが指令なのだが‥‥」
 どうもおかしいのだと。
「神の眠る場所は、七つ島に眠る黒鳶の獅子しか知らぬ‥‥坊主共を退治してもらったから。もう、妨害する者が居らぬはずなのだが‥‥黒鳶の獅子が眠る島を護る松葉ノ獅子が、見当たらぬ」
 確かめてはもらえないかと、紺青ノ獅子が冒険者達へ頼む。
 七つ島には、祠がひとつづつ。七つある。その何所かに、松葉ノ獅子が眠り、松葉ノ獅子が眠る祠の奥に、黒鳶の獅子が眠るという。
「どんな方なのかな」
 マキリが尋ねれば、松葉ノ獅子は、虎人であると。
「虎であり、虎の姿を残して、人のような姿にもなる、獣人だ」
「では、黒鳶の獅子のお姿は、どのようなお姿でしょう?」
 祥風が穏やかな笑みを浮かべて尋ねる。
「小さな猫よ。燕の羽が生えている」
 丸まって、ずっと寝ているのだとか。
「黒鳶の獅子は、松葉ノ獅子が起こさねば、起きぬ。そういう、何重にもかかった鍵で、加賀に眠る神は、ゆっくりと眠っておられる」
 紺青ノ獅子は、そう言うと、溜息を吐いた。
 

 松葉ノ獅子は、森で目が覚めた。
 倒さなくては。
 そう、心が占めるのは負の感情。
 黒鳶の獅子を倒さなくては。
 まだ力を取り戻す前に。
 だが、何所に居るのか。この島の祠には居なかった。確かに、ここに預けたはずなのに。
 倒してはいけない。
 そう、心の奥で叫ぶ声がある。
「私は‥‥」
 松葉ノ獅子は、再び倒れた。
 その近くで、舌打ちをする者が居た。舌打ちをした、それは、小さな犬のような姿をしていた。毛むくじゃらのそれは、邪魅。下級悪魔であった。

 七つに散る島。
 その島は、どの島も、大きくても、冒険者の足で一日歩き回れば制覇出来るような島だった。その七つの島の何所かで、静かに戦いが起こっていた。

●今回の参加者

 ea8594 ルメリア・アドミナル(38歳・♀・ウィザード・エルフ・ビザンチン帝国)
 eb1630 神木 祥風(32歳・♂・僧侶・人間・ジャパン)
 eb3609 鳳 翼狼(22歳・♂・武道家・ハーフエルフ・華仙教大国)
 eb5009 マキリ(23歳・♂・カムイラメトク・パラ・蝦夷)
 eb5093 アトゥイチカプ(27歳・♂・カムイラメトク・パラ・蝦夷)
 eb5347 黄桜 喜八(29歳・♂・忍者・河童・ジャパン)

●リプレイ本文

●神の視点
 あの大波が嘘のように凪いだ海を船は行く。
 併走するのは紺青ノ獅子。波間に蒼く、僅かに虹色がかった鱗が煌く。
 目を丸くしつつ、海の男達は、不思議な事態を飲み込んで、冒険者達の良いようにと度胸を見せて船を操っている。
 七つ島を視界に捉えながら、マキリ(eb5009)は小さく溜息を吐く。
「加賀に眠る神様かぁ‥‥」
 ギルドで依頼を受けた時には思いもよらない展開になったなあと思うのだ。今回探す事になった黒鳶ノ獅子が眠る場所は、紺青ノ獅子も知らないというのだから、漠然としすぎる。疑念は次々に浮かぶが、しっかりとした印象が結べない。
「‥‥潮さんとかは聞いた事無いのかな?」
「申し訳ありません。初耳です」
 依頼主である前田綱紀との仲介役、同行する立花潮に問いかければ首を捻られる。
「頼りにしてるよっ♪」
 にこりと潮に笑いかける鳳翼狼(eb3609)は、また渋面を作る潮にくすりと笑う。少し前に、勿論一緒に探索してくれるんだよね☆ と伝えた時に、深い溜息が返ってきたのを思い出したのだ。きっとまた、前田家家老奥村易英と比べたんだろうなと想像がついて、何所が似てるかなあと首を傾げる。
 それにしても。
「何で今、目が覚めるんだろう」
 長い間眠っている口振りだった。島を目指しながら、紺青ノ獅子に話を振る。
「紺青ノ獅子さんは、何でも知っているの?」
「いいや。我の知る事は少ない。何しろ長くこの海域から出た事は無い」
「色々と謎だらけだなぁ」
 海坊主は、神様を倒すよう、誰かから指令されているのだろうか。島が七つあるのは、何か意味があるのか。
「黒鳶さんは燕の羽が生えている小さな猫さんかぁ‥‥可愛いなぁ。松葉さんは虎の獣人なんだねっ。カッコいいんだろうなぁ」
 真剣に考えつつも、七つ島の獅子達を想像して、少し空想に飛んでいた翼狼は、いけないと、首を横に降り、紺青ノ獅子に大きく頷く。
「獅子さんも心配になっちゃうよね。陸の捜索なら、俺たちに任せておいてよっ! 一緒に加賀を守ろう♪」
「さて? 確かに心配ではあるが、加賀を守るという声には賛同は出来ぬ」
「ええええっ?! だって、加賀を守ってくれてたんじゃないの?」
「確かに、人が多く惨い目に遭うのは好まぬが、加賀を守護する責は無い。我が守るは眠る神のみ。その神の命であれば、あるいは加賀の守護ともならん。命が無ければ‥‥」
「‥‥そっかあ」
 翼狼は、人ならぬモノの思考に複雑な表情を浮かべる。僅かに口ごもった紺青ノ獅子の言葉に首を傾げつつ。
 各地で神が現れたという話を聞いていた神木祥風(eb1630)は、静に考えを纏めていた。
「姿を現さぬ松葉ノ獅子を探して欲しいとの事ですが。先の海坊主達は、本来の役割を捨てて本島を目指さして暴れた様ですね」
「黒鳶ノ獅子を倒すのが先になるからの」
 祥風の問いに、紺青ノ獅子の肯定する答えが返り、祥風はひとつ頷く。
「つまり、海坊主達は何者かに唆されたか、操られたかした可能性があると言う事でしょうか」
「無いとは言えぬ。その真偽が海からでは解らぬのだ」
 困り果てたという雰囲気を受け取り、祥風はまたひとつ頷いた。
「‥‥そうした事をする、何者かが、暗躍しているとしたら、松葉ノ獅子が姿を現さぬのも、その何者かが関わっている可能性が高い。松葉ノ獅子も、捕らえられたか、操られたかしているかもしれません」
 祥風は小さく息を吐く。
「ひとつ、お尋ねしてもよろしいでしょうか」
「答えられる事ならば」
「貴方や海坊主に指令を出し、神を起こさぬようにしているのは、どなたなのでしょうか?」
 勿論、答える事を許されていないなら、無理は言いませんと、穏やかに問う祥風に、紺青の獅子は吠えるように唸ると、口を開いた。
「眠る前に、言い置かれたのだよ、神がな。海坊主達も、その神が封じてお眠りになった。神が眠る深さに呼応して、眠り続け、神が起きる前兆として現れる」
 盛大な溜息とも言える言葉が紺青ノ獅子の口から吐き出された。
 アトゥイチカプ(eb5093)は、首を捻る。
「神が起きる気配を察知して、海坊主達が神を倒しに現れた。で、海坊主達が現れたから、紺青ノ獅子が対峙した。なら、紺青ノ獅子は、海坊主達よりも先に目が覚める‥‥というか、何時も起きてると考えていいんだっけ?」
「それで構わぬよ。我は、何時もは七つ島の内海を回遊しておる」
「そうだとすると、松葉ノ獅子がまだ現れないのには、神木さんの言うように、本来の敵以外の何かが関わってる可能性もあるって事か。起きる前に辿りつかなきゃ‥‥目が覚めた時、独りじゃ、いくらカムイだって寂しいよな」
「ええ。さて、まずはその祠を目指して各島を探索するとしましょうか。その祠の周辺に、松葉ノ獅子の手がかりも有るでしょうし」
 マキリも頷く。
「だよね。普通なら姿を見せる松葉ノ獅子さんが姿を見せないってのは、海坊主以外の妨害があるんだろうし‥‥地道に島をひとつづつ探ろうか」
「‥‥片っ端から‥‥尋ねて歩くしかねぇな‥‥」
 頬を指でかくと、黄桜喜八(eb5347)が飄々とした風で七つ島を見た。
「探索でしたら、お役に立てるかと思いますわ」
 どちらの獅子様の行方も気になりますわ。と、ルメリア・アドミナル(ea8594)は、どうもこっそりついて来ていたウオータードラゴンパピーを船の傍で待機させ、呼吸で島の探査を試みる魔法を万全にする為の確認を始めた。

●七つ島の探索
 呼吸の魔法の範囲は狭い。
 その能力が卓抜していても、島ひとつが収まるほどの範囲にはならない。自然、ひとつひとつ、島を探索して歩くことになった。七つ島には、人の気配は無い。大きな島だが、何故か、人は住まなかったようだ。
 先頭は喜八が勤める。
 耳を形をかたどった像の取り付けられた、木製の魔法の指輪インタプリティングリングで、小動物が現れたら異変があるかどうか聞き込もうと思ったのだが、小動物は、人の気配に表れる気配が無い。
「ま‥‥あれだ。駄目もとだったしよ‥‥」
 出来る事は全て試みる。
 何しろ、情報が無い。
 地面の様子、草木の様子、自然のままでは無い痕跡を、喜八は丁寧に探り、歩く。
 仲間達と紺青ノ獅子との会話から、何者かの関与は、ほぼ間違いが無い。ならばと。
「世界中で‥‥悪魔騒ぎがあるからよ」
 時折、覗き込むのは、蝶の姿が内部に刻まれた、大粒の宝石がはまった指輪。石の中の蝶と呼ばれるそれは、悪魔に反応する。
 世界が騒然となっている昨今、この国でも、多くの悪魔が表に、裏にと現れている。いつ何時、隣に居てもおかしくないのだ。喜八はその指輪を依頼時には常に持ち歩いている。
 鼻を動かすのはマキリ。喜八のすぐ後ろから、何時でも射撃出来るように、油断無く構えながら、音と匂いに神経を集中させる。
 すでに、この島で四島目になる。
 祠は、どの島も島中心の、目立たない森の中にあった。
 ひっそりとかくれるようにある、小さな祠。中には、どれも、卵型の小さな石が置かれていた。残りの祠も同じだろうか。
「虎? は、目立つだろうなあ」
 アトゥイチカプも、地面、木の枝や幹に何か傷跡が残っていないか、獣毛が残っていないか、確認しつつ仲間の後に続く。祠周辺では、足跡を確認する。
「何か手掛かりがあると良いですが‥‥」
 同じく、祠周辺を確認するのは祥風。
「‥‥なあ?」
「ああ」
「足跡ですね」
 喜八が顔を上げれば、アトウィチカプと祥風も頷く。
 人の足跡。
 獣人だと、紺青ノ獅子は言っていた。
ならば、人型で動いている、松葉ノ獅子の可能性は高い。
 その足跡は、祠の前で止まり、幾分か足踏みか、惑うかして、森の中へと消えていっている。探索は、難しく無さそうだ。さして、気にせず動いているようで、その方向の木々や草など、踏み歩く痕跡が残っている。
「‥‥あ。でも‥‥どうも呼吸が荒いですわ」
 ルメリアが、呼吸探索の範囲に、人とおぼしき大きさの呼吸を感じ取った。
 その方向は、踏み歩いていったとみられる方向と同じである。
「じゃ、俺上空から探してみるよっ」
 翼狼が、空飛ぶ箒ベゾムで浮かび上がるが、森の中は良く見えない。まだ、森の中に居るのだろう。
「来るよっ!」
 マキリが声を上げる。
 森がざわめき、何かがこちらに迫ってくる。

●邪魅
 人型の虎は、居並ぶ冒険者達へと、何の策も無いのだろうか、急に飛びかかってきた。鋭い爪と、がっと開いた真赤な口腔に、鋭い牙。
「どうなってるのっ?! 松葉ノ獅子さんだよねっ?! 紺青ノ獅子さんが心配してるよっ!!」
 矢を牽制の為に、射掛けるマキリが、攻撃に怯まない獣人へと叫ぶ。
「困りますわ」
 ルメリアの手から稲妻が一直線に獣人の足元へ飛ぶが、動きは止まらない。
「危害を加えるわけにはいきませんね」
 祥風が拘束の魔法を放てば、身動きが取れなくなった松葉ノ獅子が苦悶の表情を浮かべる。
「何所かに、悪魔が居るぞ」
 明確な敵意を持って現れた、松葉ノ獅子とおぼしき獣に、アトウィチカプは、自分の石の中の蝶を見て、その羽が羽ばたくのを見た。しかし、石の中の蝶は範囲を知るだけであり、場所、方向の特定は出来ない。全周囲の何所に悪魔がいるのかまでは解らないのがもどかしい。
 喜八は、慎重に周囲を見回し、じりじりと後退する。
(「紺青ノ獅子‥‥によ‥‥助言仰ぐのが良いんじゃねえかって‥‥思うぜ」)
「様子が変?」
 上空から松葉ノ獅子らしき獣人が現れたのを見て、翼狼も首を傾げる。
(「潮に紺青ノ獅子さんに連絡とってもらおう!」)
 もがく松葉ノ獅子が、首を振る。
「私の考え違いで無ければ」
 祥風の解呪の呪文は上手く働かない。
「松葉ノ獅子さん? 俺達は敵じゃないよ?!」
 マキリが声をかけ続ける。
「‥‥あそこだ‥‥」
 周囲を見ながら下がっていた喜八は、松葉ノ獅子から遠くない場所に、動くものを発見した。
「カムイに悪影響を与えられるのは、きっと‥‥同属か魔物くらいだろ?」
 アトウィチカプが、喜八の示し、走り出した方向へと一緒に、走って行く。
「真の敵というわけですわね?」
 ルメリアの手から、稲妻が走る。
 鮮やかな閃光が、木陰を一瞬明るく照らし、対象へと、激しい衝撃が入る。
 嫌な悲鳴が上がる。
 それは、小さな毛むくじゃらの犬のような、しかし、犬ではない姿。
「これが効くのなら」
 祥風が再び付与する魔法は、悪魔の使用する魔法に対し防御力を得る魔法。
 そして‥‥。
「あれは、邪魅」
 祥風は膨大な知識の中から、森の中でもがく毛むくじゃらの姿を見て、確信する。
 松葉ノ獅子は、ほどなく正気を取り戻し。

●黒鳶ノ獅子と‥‥
 申し訳ないと恐縮しきりの松葉ノ獅子は、起きた事すら曖昧にしか覚えていなかった。
 起き抜けに命令の魔法がかかったようだ。
 対象からあまり距離をとってはかけ続けられなかったのが、冒険者達にとっては有利に働き、周囲の状況を確認する事で発見が出来たのだった。
「紺青ノ獅子さん、すっごく心配してるよ」
 マキリや、アトウィチカプ、翼狼などに続け様に告げられれば、大きな男と変化した松葉ノ獅子は、また申し訳無さそうに謝罪する。
「それで、黒鳶ノ獅子殿はどちらに?」
 祥風がくすりと微笑み。
 
 黒鳶ノ獅子は、次に探索する予定の島の祠に居るという。
 あと少し探索が遅れたら、黒鳶ノ獅子はもうこの世に居なかっただろう。
 それを考えるとぞっとすると、松葉ノ獅子は唸る。紺青ノ獅子は、ひとくさり説教じみたお小言を松葉ノ獅子へと向けて語った後、無事で何よりと、そっぽを向いて呟いたのが、素直じゃないと、冒険者達はこそりと思う。
 そんなこんなで、やっとの事で辿り着いた祠には、小さな卵形の石しか無い。
「あれぇ」
「‥‥石‥‥だな」
 翼狼が、少しがっかりめの声を上げ、喜八が不思議そうに呟くと、松葉ノ獅子は、人好きのする顔でにっこりと笑い、手に取った。
「あら」
 ルメリアが、軽く目を見張り、祥風がひとつ頷く。
「神の施す封印とは、また、不可思議なものですね‥‥」
「カムイの息吹という事かな」
 素直にその顕現をアトウィチカプが寿ぐ。
 松葉ノ獅子の手の中で卵形の石は、みるみるうちに丸く眠る小さな雉猫へと姿を変えていく。
 ただの猫と違うのは、その背に一対の燕の羽。
 もぞりと動くと、松葉ノ獅子の手の中で伸びをして、目を開けた。真っ黒な瞳孔の、すらりとした子猫。
 羽を広げて、空を見れば。
「む‥‥」
 松葉ノ獅子が、渋面を作る。

 黒鳶ノ獅子が、一直線に飛んで行きたそうな空には、黒い影が。
 三十羽以上の大鴉が、黒雲のように空を覆いつつあった。
 黒雲と違うのは、一箇所に固まって動くものでは無いという事だ。大鴉は一体づつならば、簡単に倒す事が出来るが、次々と現れる大鴉の攻撃をかわしきり、打ち落とすのは難しい。
 今にも飛び出しそうな黒鳶ノ獅子は、人語は解さないようである。
「黒鳶ノ獅子の護衛を頼んで良いだろうか、人の子達」
 松葉ノ獅子の不思議な言い様に、冒険者達は首を傾げる。
「黒鳶ノ獅子が目覚めた。という事は、私も、紺青ノ獅子もこの姿を保つ事は出来ない」
「え? どういう事っ?」
 マキリが声を上げる間もなく、松葉ノ獅子は、その姿をかき消した。
 立っていた場所には、小さな緑の勾玉がひとつ。
「‥‥ちょっ‥‥待てや‥‥」
 喜八が小さく舌打ちすれば、大きな声で鳴く黒鳶の獅子の声に反応するかのように、何所からとも無く、飛んできたのは、四つの勾玉。
 赤、黒、黄。そして、青。
「これは」
 ルメリアが僅かに目を眇める。
 落ちていた緑の勾玉も浮き上がり、くるくると五つの勾玉は重なり、黒鳶ノ獅子の首に収まった。それほど小さな勾玉だった。
「紺青ノ獅子殿も、すでに海上にはおられない‥‥という事でしょうね」
 祥風が首を横に振る。

 空の大鴉と、冒険者達を見比べて、どうすると言わんばかりに鳴く黒鳶ノ獅子。
 放っておけば、こちらに襲い掛かるのはもとより、船にも襲い掛かるだろう。
 際限なく増え続ける大鴉をかいくぐり、勝手に飛んで行くであろう黒鳶ノ獅子を無事加賀まで護衛して戻る事が出来るだろうか。
 加賀に戻れば、守備隊が異変に気がつき、弓矢で応戦してくれるはずである。