●リプレイ本文
●神の視点
あの大波が嘘のように凪いだ海を船は行く。
併走するのは紺青ノ獅子。波間に蒼く、僅かに虹色がかった鱗が煌く。
目を丸くしつつ、海の男達は、不思議な事態を飲み込んで、冒険者達の良いようにと度胸を見せて船を操っている。
七つ島を視界に捉えながら、マキリ(eb5009)は小さく溜息を吐く。
「加賀に眠る神様かぁ‥‥」
ギルドで依頼を受けた時には思いもよらない展開になったなあと思うのだ。今回探す事になった黒鳶ノ獅子が眠る場所は、紺青ノ獅子も知らないというのだから、漠然としすぎる。疑念は次々に浮かぶが、しっかりとした印象が結べない。
「‥‥潮さんとかは聞いた事無いのかな?」
「申し訳ありません。初耳です」
依頼主である前田綱紀との仲介役、同行する立花潮に問いかければ首を捻られる。
「頼りにしてるよっ♪」
にこりと潮に笑いかける鳳翼狼(eb3609)は、また渋面を作る潮にくすりと笑う。少し前に、勿論一緒に探索してくれるんだよね☆ と伝えた時に、深い溜息が返ってきたのを思い出したのだ。きっとまた、前田家家老奥村易英と比べたんだろうなと想像がついて、何所が似てるかなあと首を傾げる。
それにしても。
「何で今、目が覚めるんだろう」
長い間眠っている口振りだった。島を目指しながら、紺青ノ獅子に話を振る。
「紺青ノ獅子さんは、何でも知っているの?」
「いいや。我の知る事は少ない。何しろ長くこの海域から出た事は無い」
「色々と謎だらけだなぁ」
海坊主は、神様を倒すよう、誰かから指令されているのだろうか。島が七つあるのは、何か意味があるのか。
「黒鳶さんは燕の羽が生えている小さな猫さんかぁ‥‥可愛いなぁ。松葉さんは虎の獣人なんだねっ。カッコいいんだろうなぁ」
真剣に考えつつも、七つ島の獅子達を想像して、少し空想に飛んでいた翼狼は、いけないと、首を横に降り、紺青ノ獅子に大きく頷く。
「獅子さんも心配になっちゃうよね。陸の捜索なら、俺たちに任せておいてよっ! 一緒に加賀を守ろう♪」
「さて? 確かに心配ではあるが、加賀を守るという声には賛同は出来ぬ」
「ええええっ?! だって、加賀を守ってくれてたんじゃないの?」
「確かに、人が多く惨い目に遭うのは好まぬが、加賀を守護する責は無い。我が守るは眠る神のみ。その神の命であれば、あるいは加賀の守護ともならん。命が無ければ‥‥」
「‥‥そっかあ」
翼狼は、人ならぬモノの思考に複雑な表情を浮かべる。僅かに口ごもった紺青ノ獅子の言葉に首を傾げつつ。
各地で神が現れたという話を聞いていた神木祥風(eb1630)は、静に考えを纏めていた。
「姿を現さぬ松葉ノ獅子を探して欲しいとの事ですが。先の海坊主達は、本来の役割を捨てて本島を目指さして暴れた様ですね」
「黒鳶ノ獅子を倒すのが先になるからの」
祥風の問いに、紺青ノ獅子の肯定する答えが返り、祥風はひとつ頷く。
「つまり、海坊主達は何者かに唆されたか、操られたかした可能性があると言う事でしょうか」
「無いとは言えぬ。その真偽が海からでは解らぬのだ」
困り果てたという雰囲気を受け取り、祥風はまたひとつ頷いた。
「‥‥そうした事をする、何者かが、暗躍しているとしたら、松葉ノ獅子が姿を現さぬのも、その何者かが関わっている可能性が高い。松葉ノ獅子も、捕らえられたか、操られたかしているかもしれません」
祥風は小さく息を吐く。
「ひとつ、お尋ねしてもよろしいでしょうか」
「答えられる事ならば」
「貴方や海坊主に指令を出し、神を起こさぬようにしているのは、どなたなのでしょうか?」
勿論、答える事を許されていないなら、無理は言いませんと、穏やかに問う祥風に、紺青の獅子は吠えるように唸ると、口を開いた。
「眠る前に、言い置かれたのだよ、神がな。海坊主達も、その神が封じてお眠りになった。神が眠る深さに呼応して、眠り続け、神が起きる前兆として現れる」
盛大な溜息とも言える言葉が紺青ノ獅子の口から吐き出された。
アトゥイチカプ(eb5093)は、首を捻る。
「神が起きる気配を察知して、海坊主達が神を倒しに現れた。で、海坊主達が現れたから、紺青ノ獅子が対峙した。なら、紺青ノ獅子は、海坊主達よりも先に目が覚める‥‥というか、何時も起きてると考えていいんだっけ?」
「それで構わぬよ。我は、何時もは七つ島の内海を回遊しておる」
「そうだとすると、松葉ノ獅子がまだ現れないのには、神木さんの言うように、本来の敵以外の何かが関わってる可能性もあるって事か。起きる前に辿りつかなきゃ‥‥目が覚めた時、独りじゃ、いくらカムイだって寂しいよな」
「ええ。さて、まずはその祠を目指して各島を探索するとしましょうか。その祠の周辺に、松葉ノ獅子の手がかりも有るでしょうし」
マキリも頷く。
「だよね。普通なら姿を見せる松葉ノ獅子さんが姿を見せないってのは、海坊主以外の妨害があるんだろうし‥‥地道に島をひとつづつ探ろうか」
「‥‥片っ端から‥‥尋ねて歩くしかねぇな‥‥」
頬を指でかくと、黄桜喜八(eb5347)が飄々とした風で七つ島を見た。
「探索でしたら、お役に立てるかと思いますわ」
どちらの獅子様の行方も気になりますわ。と、ルメリア・アドミナル(ea8594)は、どうもこっそりついて来ていたウオータードラゴンパピーを船の傍で待機させ、呼吸で島の探査を試みる魔法を万全にする為の確認を始めた。
●七つ島の探索
呼吸の魔法の範囲は狭い。
その能力が卓抜していても、島ひとつが収まるほどの範囲にはならない。自然、ひとつひとつ、島を探索して歩くことになった。七つ島には、人の気配は無い。大きな島だが、何故か、人は住まなかったようだ。
先頭は喜八が勤める。
耳を形をかたどった像の取り付けられた、木製の魔法の指輪インタプリティングリングで、小動物が現れたら異変があるかどうか聞き込もうと思ったのだが、小動物は、人の気配に表れる気配が無い。
「ま‥‥あれだ。駄目もとだったしよ‥‥」
出来る事は全て試みる。
何しろ、情報が無い。
地面の様子、草木の様子、自然のままでは無い痕跡を、喜八は丁寧に探り、歩く。
仲間達と紺青ノ獅子との会話から、何者かの関与は、ほぼ間違いが無い。ならばと。
「世界中で‥‥悪魔騒ぎがあるからよ」
時折、覗き込むのは、蝶の姿が内部に刻まれた、大粒の宝石がはまった指輪。石の中の蝶と呼ばれるそれは、悪魔に反応する。
世界が騒然となっている昨今、この国でも、多くの悪魔が表に、裏にと現れている。いつ何時、隣に居てもおかしくないのだ。喜八はその指輪を依頼時には常に持ち歩いている。
鼻を動かすのはマキリ。喜八のすぐ後ろから、何時でも射撃出来るように、油断無く構えながら、音と匂いに神経を集中させる。
すでに、この島で四島目になる。
祠は、どの島も島中心の、目立たない森の中にあった。
ひっそりとかくれるようにある、小さな祠。中には、どれも、卵型の小さな石が置かれていた。残りの祠も同じだろうか。
「虎? は、目立つだろうなあ」
アトゥイチカプも、地面、木の枝や幹に何か傷跡が残っていないか、獣毛が残っていないか、確認しつつ仲間の後に続く。祠周辺では、足跡を確認する。
「何か手掛かりがあると良いですが‥‥」
同じく、祠周辺を確認するのは祥風。
「‥‥なあ?」
「ああ」
「足跡ですね」
喜八が顔を上げれば、アトウィチカプと祥風も頷く。
人の足跡。
獣人だと、紺青ノ獅子は言っていた。
ならば、人型で動いている、松葉ノ獅子の可能性は高い。
その足跡は、祠の前で止まり、幾分か足踏みか、惑うかして、森の中へと消えていっている。探索は、難しく無さそうだ。さして、気にせず動いているようで、その方向の木々や草など、踏み歩く痕跡が残っている。
「‥‥あ。でも‥‥どうも呼吸が荒いですわ」
ルメリアが、呼吸探索の範囲に、人とおぼしき大きさの呼吸を感じ取った。
その方向は、踏み歩いていったとみられる方向と同じである。
「じゃ、俺上空から探してみるよっ」
翼狼が、空飛ぶ箒ベゾムで浮かび上がるが、森の中は良く見えない。まだ、森の中に居るのだろう。
「来るよっ!」
マキリが声を上げる。
森がざわめき、何かがこちらに迫ってくる。
●邪魅
人型の虎は、居並ぶ冒険者達へと、何の策も無いのだろうか、急に飛びかかってきた。鋭い爪と、がっと開いた真赤な口腔に、鋭い牙。
「どうなってるのっ?! 松葉ノ獅子さんだよねっ?! 紺青ノ獅子さんが心配してるよっ!!」
矢を牽制の為に、射掛けるマキリが、攻撃に怯まない獣人へと叫ぶ。
「困りますわ」
ルメリアの手から稲妻が一直線に獣人の足元へ飛ぶが、動きは止まらない。
「危害を加えるわけにはいきませんね」
祥風が拘束の魔法を放てば、身動きが取れなくなった松葉ノ獅子が苦悶の表情を浮かべる。
「何所かに、悪魔が居るぞ」
明確な敵意を持って現れた、松葉ノ獅子とおぼしき獣に、アトウィチカプは、自分の石の中の蝶を見て、その羽が羽ばたくのを見た。しかし、石の中の蝶は範囲を知るだけであり、場所、方向の特定は出来ない。全周囲の何所に悪魔がいるのかまでは解らないのがもどかしい。
喜八は、慎重に周囲を見回し、じりじりと後退する。
(「紺青ノ獅子‥‥によ‥‥助言仰ぐのが良いんじゃねえかって‥‥思うぜ」)
「様子が変?」
上空から松葉ノ獅子らしき獣人が現れたのを見て、翼狼も首を傾げる。
(「潮に紺青ノ獅子さんに連絡とってもらおう!」)
もがく松葉ノ獅子が、首を振る。
「私の考え違いで無ければ」
祥風の解呪の呪文は上手く働かない。
「松葉ノ獅子さん? 俺達は敵じゃないよ?!」
マキリが声をかけ続ける。
「‥‥あそこだ‥‥」
周囲を見ながら下がっていた喜八は、松葉ノ獅子から遠くない場所に、動くものを発見した。
「カムイに悪影響を与えられるのは、きっと‥‥同属か魔物くらいだろ?」
アトウィチカプが、喜八の示し、走り出した方向へと一緒に、走って行く。
「真の敵というわけですわね?」
ルメリアの手から、稲妻が走る。
鮮やかな閃光が、木陰を一瞬明るく照らし、対象へと、激しい衝撃が入る。
嫌な悲鳴が上がる。
それは、小さな毛むくじゃらの犬のような、しかし、犬ではない姿。
「これが効くのなら」
祥風が再び付与する魔法は、悪魔の使用する魔法に対し防御力を得る魔法。
そして‥‥。
「あれは、邪魅」
祥風は膨大な知識の中から、森の中でもがく毛むくじゃらの姿を見て、確信する。
松葉ノ獅子は、ほどなく正気を取り戻し。
●黒鳶ノ獅子と‥‥
申し訳ないと恐縮しきりの松葉ノ獅子は、起きた事すら曖昧にしか覚えていなかった。
起き抜けに命令の魔法がかかったようだ。
対象からあまり距離をとってはかけ続けられなかったのが、冒険者達にとっては有利に働き、周囲の状況を確認する事で発見が出来たのだった。
「紺青ノ獅子さん、すっごく心配してるよ」
マキリや、アトウィチカプ、翼狼などに続け様に告げられれば、大きな男と変化した松葉ノ獅子は、また申し訳無さそうに謝罪する。
「それで、黒鳶ノ獅子殿はどちらに?」
祥風がくすりと微笑み。
黒鳶ノ獅子は、次に探索する予定の島の祠に居るという。
あと少し探索が遅れたら、黒鳶ノ獅子はもうこの世に居なかっただろう。
それを考えるとぞっとすると、松葉ノ獅子は唸る。紺青ノ獅子は、ひとくさり説教じみたお小言を松葉ノ獅子へと向けて語った後、無事で何よりと、そっぽを向いて呟いたのが、素直じゃないと、冒険者達はこそりと思う。
そんなこんなで、やっとの事で辿り着いた祠には、小さな卵形の石しか無い。
「あれぇ」
「‥‥石‥‥だな」
翼狼が、少しがっかりめの声を上げ、喜八が不思議そうに呟くと、松葉ノ獅子は、人好きのする顔でにっこりと笑い、手に取った。
「あら」
ルメリアが、軽く目を見張り、祥風がひとつ頷く。
「神の施す封印とは、また、不可思議なものですね‥‥」
「カムイの息吹という事かな」
素直にその顕現をアトウィチカプが寿ぐ。
松葉ノ獅子の手の中で卵形の石は、みるみるうちに丸く眠る小さな雉猫へと姿を変えていく。
ただの猫と違うのは、その背に一対の燕の羽。
もぞりと動くと、松葉ノ獅子の手の中で伸びをして、目を開けた。真っ黒な瞳孔の、すらりとした子猫。
羽を広げて、空を見れば。
「む‥‥」
松葉ノ獅子が、渋面を作る。
黒鳶ノ獅子が、一直線に飛んで行きたそうな空には、黒い影が。
三十羽以上の大鴉が、黒雲のように空を覆いつつあった。
黒雲と違うのは、一箇所に固まって動くものでは無いという事だ。大鴉は一体づつならば、簡単に倒す事が出来るが、次々と現れる大鴉の攻撃をかわしきり、打ち落とすのは難しい。
今にも飛び出しそうな黒鳶ノ獅子は、人語は解さないようである。
「黒鳶ノ獅子の護衛を頼んで良いだろうか、人の子達」
松葉ノ獅子の不思議な言い様に、冒険者達は首を傾げる。
「黒鳶ノ獅子が目覚めた。という事は、私も、紺青ノ獅子もこの姿を保つ事は出来ない」
「え? どういう事っ?」
マキリが声を上げる間もなく、松葉ノ獅子は、その姿をかき消した。
立っていた場所には、小さな緑の勾玉がひとつ。
「‥‥ちょっ‥‥待てや‥‥」
喜八が小さく舌打ちすれば、大きな声で鳴く黒鳶の獅子の声に反応するかのように、何所からとも無く、飛んできたのは、四つの勾玉。
赤、黒、黄。そして、青。
「これは」
ルメリアが僅かに目を眇める。
落ちていた緑の勾玉も浮き上がり、くるくると五つの勾玉は重なり、黒鳶ノ獅子の首に収まった。それほど小さな勾玉だった。
「紺青ノ獅子殿も、すでに海上にはおられない‥‥という事でしょうね」
祥風が首を横に振る。
空の大鴉と、冒険者達を見比べて、どうすると言わんばかりに鳴く黒鳶ノ獅子。
放っておけば、こちらに襲い掛かるのはもとより、船にも襲い掛かるだろう。
際限なく増え続ける大鴉をかいくぐり、勝手に飛んで行くであろう黒鳶ノ獅子を無事加賀まで護衛して戻る事が出来るだろうか。
加賀に戻れば、守備隊が異変に気がつき、弓矢で応戦してくれるはずである。