●リプレイ本文
「ふぉふぉっふぉ。まあ、大まかには『伊織』の風体は判ったから、気にするでない」
船上で、マギー・フランシスカ(ea5985)は、結城友矩(ea2046)に対して笑い顔を向ける。
アイーダ・ノースフィールド(ea6264)は憮然とした面持ちで船の舳先とその先を眺めていた。
ともあれ、マギーがふたりに期待したのは、マンモンと目される不死鳥教典の『伊織』の人相風体であったが、残念ながらアイーダも友矩も、表現力に長けているタイプの冒険者ではなかった。
伊達兵の攪乱の為に、マギーは『伊織』の外見を表現できるようになりたかったが、なにもかもうまく行くという事にはならないようであった。
北の港が見えてくる。3人はさりげなく別れ、下船に備えた。
悪目立ちも、自覚して使えば武器になる。
友矩は愛馬2頭を引き連れて、青いコートに身を包み、威風堂々と北の地に降り立った。他者を圧倒する武芸者としての姿である。
「一番、酒が上手くて。一番、余所の土地の噂の仕入れられる店を知らぬか? 拙者大不便者故、まず酒から始めたい」
酔っぱらい達が何人か口論になったが、押し詰まる所、水連亭という店の方向に話は収束していった。
「成る程、水連亭か! では、寄らせてもらうぞ。出来れば、案内してもらいたい。酒の一杯も奢ろうではないか」
(成る程、水連亭ね)
(水連亭かい)
アイーダとマギーは打合せ場所を目配せだけで確認すると、彼女自身の道を選んだ。
「お坊さん──じゃないのかい?」
そう、露天商から問われる、マギーの風体は三度笠に数珠、更に金髪のエルフという、仙台では異物であった。
「何、旅の商人だよ。手形見せようか? もちろん、間違っていたら、そちらの方から振ってくる商談ではイロをつけていたくだよ」
「よし、それは覚悟だ。見せてもらおうじゃないか」
「良い覚悟だよ。百年前なら惚れていたかものう」
マギーは笑みを浮かべ、露天商に手形を見せる。
泣き笑いを浮かべる露天商。
「すまん、オレの負けだ。確かにマギー・フランシスカと裏書きがあったよ」
「くっくっく、判ればよいよ、判れば。では、商談をしようじゃないか?」
「で、具体的には何の商いしているんだい?」
「今のところは情報かのう。形の無いものに値をつける商売じゃ」
ざっと手に入った噂としては、政宗はいつまで江戸城に居座るか(そして、月道を使って、京都との往復の日々を繰り返しているのか)、奥州の事情、特に奥州藤原氏のお家問題がいつ変わるか判らない現状では、早めに戻って欲しい。
「ふむふむ、わしが仕入れてきた噂だと、江戸城は怪物との戦いで半壊したそうだよ。そんな中でも天守閣に居座る当たり、並みの肝っ玉では真似ができないのう?」
「おばあちゃん、ウソはもうちょい上手くつくものだぜ?」
「ふぉっふぉっふぉ」
商売は勉強してもらった金額でも、商人として才覚が高くない、マギーは損をしない事に精力を傾けざるを得なかった。
友矩も地道に、水連亭で情報の伝播に努めていた。
「何故仙台に来たかって?」
「ああ、そうだ」
酔漢が勢いだけは良く、友矩に詰め問答する。
「そりゃあ、気になるだろ? 天下の大猪だぜ。首が味噌漬けでくるなら、判るけどな」
「まあ、首を落とされた事もある。愉快な体験では無かったが。まあ、それはさておいて、拙者が仙台に来た理由は、ここだけの此処だけの話だ。怒らないで聞いてくれ」
一呼吸置く。
「拙者、ご存じの通り、江戸の冒険者でござるが。伊達の配下と切り結ぶ機会がござった、その中に人に化けたデビルがいたでござる」
「はあ、何だ? そのデ‥‥とかいうのは?」
友矩は周囲に目をやって、デビルというものが、少なくとも仙台では縁遠い者である事を認識した。
「大きな声では言えないが、伊達政宗は───デビル、いや、物の怪と組んでるかも知れぬ。その真偽を探る為に本拠地たる仙台に乗り込んできたのさ」
常に周囲に気を配り仙台の治安関係者の気配を探っていた積もりの友矩が、幾つかの異分子に気がつく。
網が放たれた。
友矩は咄嗟に抜き打ちした一太刀で一陣目の網を破壊し、二太刀、三太刀目は追いつかなかった。
がんじがらめにされて、そのまま仙台城の地下牢に放り込まれた。
得物は全てはぎ取られ、石の床が冷たい。ゴザには南京虫が新しい隣人と友愛を深めるつもり限り無しのようだ。
「絶体絶命の大苦難という事でござるな」
マギーは水連亭の騒動を知ってから、友矩をどうするべきか、判断が付かなかった。アイーダが平泉に向かい、彼女の行動のさじ加減では友矩を見捨てるべきかもしれなかった。
アイーダは、ちょうど秀衡が病気という事に目を付け、後方撹乱なら、やはり後継者争いを誘発するのが一番、と目処をつけていた。
(骨肉の争いはそう簡単には収まらないわ。
もし凡庸な嫡男の他に、優秀な庶子でも居れば、仲が良い事の方が稀だもの)
冷徹な視点。しかし、それは自分に向けられてはいなかった。
軍馬に乗ったお国柄を知らない、異邦人。
ともあれ平泉につく頃には、方針は決まっていた。
(長男で庶子の国衡‥‥都合の良い人物も居たものね。
こいつを次男で、嫡男の泰衡にぶつけましょう。
最終的には泰衡に勝たせた方がやりやすそうだけど)
しかし、初めて来る街、土地勘も何もなく、特に国衡、泰衡の顔と行動パターンを憶えたい、というのが狙いというのはあまりに拙速過ぎた。
10日ない期間でふたりの人間の行動パターンを把握し、それが可能だとした上で、泰衡が外出し、なおかつ国衡にも不在証明が無い丁度良い時間帯を探して、そこで泰衡を狙撃できそうなポイントを見つける。
さすがにそれは、ひとりではムリだろう。
単純に自分が実行犯ではないというのを気取られずに、狙撃する事は十分可能。
アイーダは決断を迫られる。これまでの時間投資をムダにしないため、いつ来るか、判らない狙撃を狙うか。それとも別の道を模索するか‥‥。
これが6月の冒険の顛末であった。