●リプレイ本文
結城友矩(ea2046)は夜の中薄い笑みを浮かべる。
「しゃらくさい──地獄で獅子の大公アロセールや、猛将モレク、更には大元帥バアルと切り結んだ拙者でござる。
万魔殿に突入し、ルシフェルとも斬り結ぶ所存。
強欲の魔王マンモン本人ならいざ知らず、部下ごときは力不足。戦ったデビルの強さを証明する訳ではござらんが、負ける訳にはいかんでござる」
際どく涼しい風が吹く、平泉の森の中。
距離を詰めてくる、双角獣、否『双角』の肉体が淡い桃色の光に包まれる。驚いたのは、スピード。まるで隼が地を走っているかの如く、加速する魔馬の姿は一同の算段を崩すのに充分であった。
マギー・フランシスカ(ea5985)は淡褐色の光に包まれながらも空中にルーンを描き、ふたりに触れていく。触れた端から皮膚が岩の如く硬化し、堅固な守りを形成した。
「マギー」
「感謝」
ギリギリの間合いで、友矩はアイーダ・ノースフィールド(ea6264)の槍にオーラパワーを付与する。
(───マンモンもこちらも同じ事を考えていたのね。しかし、狙うタイミングは違う? うーん、ウラに何が‥)
雑念を振り払い、アイーダの梓弓からホーリーアローが放たれる。
しかし───!
「弾く!」
黒い馬体の手前で弾かれる一矢。
「‥虎の子の聖なる矢を」
ダメージさえ通れば、後に繋がる‥しかし、布一筋ほどの間で矢は地面に落ちた。
「よもやと思ったが、猪口才な」
冒険者達は看破した。
先刻の光はオーラボディか。だが梓弓で無傷とは、それだけでは無いと感じる。
「試してくれよう」
友矩は下がりつつ、胴田貫にオーラパワーを乗せる。
念を込める、その致命的な隙を双角が見逃すはずがない。
「ぐおっ!」
二本角の突撃を受け、天下の大猪が地面に転がった。友矩は集めた念を放棄、咄嗟に崩れた態勢から胴田貫を薙ぎ払う。
「マギー殿!」
手応えはあった。飛び退って正眼に構える。
魔馬は馬体の半ばまで深々と斬りつけられて、激しい血飛沫をあげる。少しぐらい固かろうと、友矩の得物は並みの業物とは違う。
「そう、急かさんでも」
マギーは淡い褐色の光に包まれながらも空中にルーンを描き、大地に手をかざし、呪文を唱える。大地から水晶の剣が生えてきた。
デビル魔法の定石とも云えるエヴォリューションに対抗するには、使う武器を多くするしかない。
「エヴォリューションで通じなくなったら作成しなおせばよい‥‥はずじゃ」
悪魔の技には未だ確証の持てないものが多い。もし目算が外れた時は、次の手を考える。
「前衛じゃないんだけどね」
アイーダは弓を捨て、オーラを付与した槍を構える。
クリスタルソードを拾う友矩を、アイーダがガードする。が、スピードの差がここでも出る。双角はアイーダの間合いをやすやすと迂回して、水晶剣を弾き飛ばした。
「おのれ!」
友矩の袈裟斬りは予想通り、今度は弾き返された。
「ピンチじゃのう」
マギーは焦ったのか、空中に慌ただしくシンボルを描いた。成功率は低かったが、黒い一筋の、夜の闇より尚暗い重力波が魔馬に伸びていく。
今の彼女の最大の技だ。これが効かない時は、三十六計の最高の策を取るしかない。
信じ難い光景を見た。
重力波が当たる直前、双角の肉体が煙を噴き出して爆発した。
「‥‥なん‥だと?」
クリスタルソードを掴んだ友矩が周りを見回すと、数十m離れた場所に魔馬が立っていた。双角は三人を一瞥し、森の中へ消えた。
「あれは、もしやバイコーンかのう‥‥」
そう言って、マギーは呼吸を整える。
「噂に聞いた話じゃが、デビルの力を取り込んだ魔馬が、二本の角を持つバイコーンであるそうじゃ。元はユニコーンであったともいうが、一角馬の癒しの力とは逆の、毒の力を持つという。だが、オーラを使い、忍法まで操るとは驚きじゃ」
最後に使ったのは微塵隠れだろう。エルフはしきりと不思議がりつつ、応急手当の手を休めない。
「一撃で斬れねば、デビルは屠れぬか。天下の胴田貫を以てしても、討てぬとは。しかし、オーラ魔法に、デビル魔法に、忍法か。双角──タネが割れれば、次は準備の暇は与えぬ」
傾いていく月に固く誓うのであった。
冒険者らは警戒したが、結局そのあと襲撃は無く、仙台に辿り着いた。
そこでアイーダと友矩は手配した船に、速効で身を隠し、マギーは先日培った人伝に、平泉の話を広める。
「平泉で、何かあったようじゃぞ。あたしが聞いただけでも、奥州がひっくり返る騒ぎであるそうな」
曰く、藤原泰衡が暗殺された。国衡が叛乱を起こした。泰衡が秀衡を弑逆し、兄弟の粛清を始めた等と吹き。
「とにかく、色々な噂が飛び交っておった。何か起きたのは確かじゃ、実際、あたしはこの目で大勢の兵士が松明を手に巡回したのを見ておる」
マギーは、少し大げさに伝えた。
「むう、それは容易ならぬこと。今晩は当家にお泊まり下さい。是非とも詳しい話をお聞きしたい」
「いやいや、悪いが騒ぎに巻き込まれては面倒じゃ。早々に退散するつもりじゃて」
マギーとしては、根掘り葉掘り聞かれてはボロが出る。本職の忍者のようには行かない自覚はある。三人の船が港を出た頃には、平泉から事件の詳細な情報が流れてきた。マギーの初物としての価値は大きく下落してはいた。
そして、江戸。
小田原での戦に、湧きに湧いた市中を通り過ぎ、一行は八王子の源徳長千代に事件の報告。
「───以上、故に情報戦を仕掛けるなら今」
と、アイーダが冷静に進言する。
「そうか、大義であった」
長安が彼女に声をかける。
知恵にて伊達の後方を脅かす。暗殺未遂は、冒険者らしい成果か。どんな実を結ぶかは不明ながら、十分な成果である。
「少なくとも、政宗が今、奥州本家を頼みと出来なくなったは重畳。独眼竜め、早くも江戸城より逃げ出したぞ。長安、勢子を集めよ」
長千代が、声を張る。
「はっ。八王子同心一千、一人残らず準備は出来ておりまする」
「父君にも報せを」
小田原の源徳軍と連携し、伊達勢を迎え撃つのが長千代の構想らしい。
「しかし、鎌倉が──」
長安が声に出すが、長千代は手で遮り。
「邪魔にならないなら放っても置くが、この期に及んで中立は通らぬ」
八王子からも鎌倉へ使者を出すよう長千代は長安に命じた。
「奥州に内乱ありと伝えよ。鎌倉も、どちらに利があるか判る筈だ」
一方でマギーは堂々と、平泉で情報を仕入れた、と江戸の商人達に奥州内乱の情報を恣意的に流した。
「あなたが種を撒いたので?」
「まさか。あたしはたまたま、平泉に居合わせただけだからね」
マギーは微笑む。
「あたしは天使でも悪魔でもないんだから。フォフォフォ」
これが冒険の顛末である。