●リプレイ本文
●村の様子
「‥‥まずいっつーか、早過ぎんだろ」
風の流れに逆らう形で、とある村がある方へ徐々に迫る異形の黒き雲‥‥それを見た村人達が駆け出しては自身の家へと舞い戻っていく中、黒き雲をただ見つめては呻いたのは一行の中で唯一、村に残っていた木賊崔軌(ea0592)だった。
「ま、間に合っただけでもマシってなもんだが。とりあえず急がねぇとな‥‥先ずは」
だが漏らした嘆息はそれだけ、次いで頭を掻きながらも何をすべきか見出せば辺りへ視線を配して彼、村人達へ指示を出している村長を見付ければ大声にて叫ぶのだった。
「うぉーい‥‥見ての通り、ちぃとばかし面倒な連中が近付いてる。一旦皆を集めて貰えるか?」
●魔女達の動き
村に残る崔軌が村長と掛け合い村人達を一箇所へと集めている頃、魔女と自称するシリルが家の近辺では他の皆が頭を寄せ合い黒き雲を最小限の被害で打倒すべく、知恵を集めていた。
「妖の類がやって来るとの事ですが‥‥もしかしてまた、何時もの方々でしょうか」
「かも知れぬでござるな」
近付いてくる雲を一瞥し、緋芽佐祐李(ea7197)が微かな溜息と共に伊勢にて暗躍‥‥と言う言葉は似つかわしくないか、妖孤らの存在を思い出しては呟くと普段と変わらぬ表情ながら滋藤柾鷹(ea0858)も小さく肩を竦め言えば
「本当にマメな方々ですね、しかし‥‥目当ては」
「シリルお姉さん‥‥?」
「私、ですか」
視線を黒き雲からシリルへと視線を移しつつ佐祐李が言葉紡ぐと、その続きは魔女と言う存在に夢見ている陰陽師の慧神やゆよ(eb2295)が言えば小首を傾げる魔女だったが
「可能性として、無くはないな」
「えぇ、貴女の事を知る以前から既に魔女の二つ名が小さな範囲とは言え一人歩きをしていた‥‥それを嗅ぎ付けたのなら」
「あらあら」
「麗しい貴女、笑っている場合ではないと思いますが」
カノン・リュフトヒェン(ea9689)が応と頷けば、その根拠は巨躯なる陰陽師の宿奈芳純(eb5475)が明示すると、それを受けて困惑こそ表情に浮かべながらも微笑む魔女に流石のドナトゥース・フォーリア(ea3853)が穏やかな口調で釘こそ刺すが、変わらない笑顔につい笑みを返す彼。
「だとしたら尚の事、好き勝手にやらせる訳にはいきませんわね」
「‥‥天岩戸の二の舞は御免被りたいしねぇ」
「ならば時間が限られている以上、早急に動くとしよう」
そして推測ではあるも、黒き雲が此処へ迫る理由を聞けば佐祐李とネフィリム・フィルス(eb3503)、伊勢にて過去にあった出来事を知るからこそそれぞれに掌を硬く握り締めると、その時の事情を多少なりとも知っているカノンが限られている時間を上手く使うべく皆を促せば、魔術師のアシュド・フォレクシーも頷けばそれを合図にして一行は散った。
●妖魔跋扈
「えーと、数はどれ位なんだっけ?」
「良く分かんないけど‥‥足りるかなぁ?」
「飛べる奴で強いのって僕ら以外にいないじゃーん、それなのに数も微妙ってそれどうなの?」
一方、冒険者達が待ち受けている事は未だ知らない黒き雲を率いる三匹の妖孤‥‥相変わらず、微塵の緊張感もない口調にてのんびりと『魔女』の家を目指していた。
「まぁ、『魔女』の奪還だけだからねぇ」
「あー、そっか。えーと、それじゃあ‥‥」
だがその内の一匹‥‥七枝だか八亦だか九重だか、どれがどれだかは分からないが今回の目的を今更に思い出して言うと、別の一匹が頷けば次にすべき事に逡巡するが
「取り敢えず全軍、『魔女』の家へ突撃〜!」
「あ、それ言いたかった!」
また別の一匹が声を発すれば、悩んでいた一匹がそれへ抗議する中でいよいよ黒き雲は散り魔女の家へと殺到するのだった。
●
その頃、村人達の全員を何時でも避難出来る様に隣村へと至る道の前へ崔軌が集め終えていたが状況の詳細が知れないからこそ、彼も表情にこそ出さないながら多少の困惑を覚えており、先ず村人達へ何と言おうか逡巡していたその時。
「すいません、遅くなりました」
「よ、助かったわ‥‥とりあえず村の皆に状況の説明を頼む。俺は向こうで聞くわ」
「えぇ、お任せ下さい。崔軌さんはシリルさんのお手伝いを」
「任せとけ」
その後方より空飛ぶ箒と木臼に乗って二人の冒険者がその場へ飛来すれば、地へ降り立つなり崔軌の元へ歩み寄ると遅参を詫びる芳純にそれは気にせず彼が応じれば、今までの役割を交代して海沿いの方へ駆け出す崔軌と村人達に対する芳純とやゆよ。
「なぁ、あんたらは細かい状況を知っているみたいだけど‥‥何が起きているんだ?」
「粗方は皆さんがご存知の通りで、伊勢周辺を騒がしている百鬼夜行の類がこの村へと近付いています」
「もしかして、村外れの‥‥」
「残念ながら、あの群れの狙いまでは分かっていませんが彼女が関与して起きた事ではありません。ですが、他の冒険者や魔女のシリルさんが海沿いにて防衛線を引いていますので今の内に村から村人全員を隣村まで避難させて下さい。そして撃退するまでの間、そちらでお過ごし下さい」
その中でやがて、初めて村人の一人が今は散り散りとなっている黒い霧を見つめ口を開くと、至って穏やかな声音で芳純が答えれば‥‥それを機にして密かな声で一部の村人達がさざめくが、その光景を見止めた彼がすぐに言葉を紡いで他の村人達へ余計な不安を与えない様、今起きているだろう『魔女』の家近隣での事態を打ち明ける。
「あの、魔女が‥‥か」
「シリルおねぇさんはとっても良いおねぇさんだよっ!」
だが、それでも腑に落ちないのか一人の村人がまた密かに毒づくが今度はそれを確かに聞き止めたやゆよがその彼を真直ぐな眼光にて射抜き叫べば、後ずさる村人だったが
「申し訳ありませんが時間も余りありません、詳しくはまた後程としましょう」
「‥‥うん。それじゃ、早く逃げよー!」
「それとどなたか、隣の村と多く接点のある方は居ませんか? この状況を先んじて隣村へ伝えて頂きたいのですが‥‥」
やゆよの肩へ掌を置いて芳純が彼女を無言で宥めると、大きく息を吐いた彼女を見た後に村人達を見回しては陰陽師と揃い、一先ずこの村よりの脱出を促す。
「‥‥っ」
そしてそれぞれが動き出す中、落ち着いたやゆよは一つやるべき事を思い出すと移動が始まる直前の今、フォーノリッヂの詠唱を織ってはそれを確かに成功させると垣間見えたビジョンは執拗に拡散した黒い雲の断片に追われているシリルの姿。
「シリル先輩おねーさんが狙われている‥‥?」
「それだけ、確かに向こうへ伝えとくぜ」
その映像を前、果たして息を飲み狼狽する彼女だったが直後に己の肩を叩かれて身を震わせ、振り返ると最後に様子だけ見に来た崔軌がそれだけは約束を交わすと、頷くやゆよに腕だけ掲げ応じれば魔女の家を目指し、今度こそ駆け出すのだった。
●
そして、シリルの家周辺にて身を潜めていた七人は魔女の家目掛け殺到してきた妖魔の群れと漸く、激突を果たす。
「何処から誰の差し金で、何の目的で来たかを聞きたいのでアイスコフィンで是非!」
「対象はそれなりに選別させて貰うが‥‥それよりも先ずはその鼻柱、へし折る!」
とは言え相手の大部分が飛翔している以上、地に足をつけている一行がその高みへ至る事は出来ず‥‥だからこそ、アシュドはドナトゥースの申し出を受けつつも先ずその先手に空の高み目掛け、氷乱の嵐を叩きつけると抑えられた威力ながらもそれを回避し切れなかった一部の妖魔は地へ舞い落ちる。
「所で、何か心当たりは?」
「いいえ、特には。呪法に手を染めている訳でもありませんし」
「となるとやはり、『魔女』の名に引き寄せられた、か」
その最中、一先ず相手の出方を伺いつつ柾鷹は傍らにいる魔女へ今更に問いを投げるも独特の空気が流れ始めている場の中で相変わらず笑みは絶やさないまま彼女が応じれば、カノンはその答えから敵の目論見を確定付けるも、目前にて崩れていた妖魔の群れが次々と身を起こせば
「しかし、それよりも先ずは眼前の敵を!」
「えぇ」
その事態をいち早く察知したからこそ地を蹴ると、目の前の悪魔を地へ縫い止める様にその背中を貫いては振り抜き、上半身だけを両断すれば速度をそのままに駆けながらも叫ぶと佐祐李は声も高らかにして妖魔の群れへ確かな事実を告げる。
「ここに貴方方の求めるモノはありません、お帰り下さい。シリルさんは魔法の使い手と言うだけです‥‥っ!」
「すまん、遅くなった!」
しかしその最後、木々の枝に張り巡らされている罠を意にも介さず凄まじき勢いで高みより突貫してくる以津真天に舌打ちする彼女、他の悪魔と対していたからこそ突かれた隙に回避する術がなかったが寸での所、その場に割り入ってきた崔軌がそれを打ち落とせば場にいる皆へ詫びるなり携える得物を空へ突き付け、不敵に笑むのだった。
「さぁて、やろうか」
それから多少の距離を置きつつも互いの状況が確認出来る形で布陣する一行はアシュドが放つ氷の嵐と、紗祐李が木々の枝へ巧みに張り巡らせた縄に誘われると持つ翼を封じられ地へ落ちれば、次々と蹴散らしていく一行。
「しかし、しつこいなぁ‥‥おたくらっ」
個々でのレベルで見れば間違いなく一行の方が上ではあったが、数に勝る妖魔の群れはそれでも引かず崔軌が呆れる程に魔女の家の方へ押し寄せてくる。
「ん‥‥?」
「少々、向こうの手勢を屠るのに梃子摺ったが‥‥シリルは無事」
その中、一度戦線より後退するシリルに連れ添ってネフィリムと柾鷹が辺りを警戒する中で木陰より姿を現して二人へ近付いてきたのはアシュドだったが、紡がれた言葉が言い終わるより早く、銀髪の剣士が振るった拳は容赦なく魔術師の顔面を打ち据える。
「ぷぎー、いてー!」
「悪いけどさ、二番煎じ‥‥ってジャパンでは言うんだっけ? まぁ、この前と全く同じ事じゃあ通じないねぇ」
すると何時もとは違う口調で悶絶する彼の姿はやがておぼろとなり、本来の姿を取り戻せば眼前にいた狐の姿を見てネフィリム、内心で安堵こそしながら鼻を鳴らすが
「鬼ー、悪魔ー、外道ー、人でなしー!」
「お前の母ちゃんでべそー!」
「ばーかばーか」
「‥‥どっちがだ」
口だけは達者な妖孤、何時の間にやら集まった三匹に揃い小馬鹿にされると唇をわななかせて彼女は怒りに震えるが
「ともかく、今の内に」
「その場より、動くな‥‥二人ともな」
シリルの傍らにつく柾鷹が妖孤を捕まえようと提案するも、その途中‥‥響いた声の後に魔女を除く二人、唐突に体の自由が利かなくなれば視線だけを辺りへ巡らせた侍はやがて、暗がりの中に何時から潜んでいたか焔摩天の姿を捉える。
「駒に余裕がある訳ではないのでな。一応、返させて貰う‥‥」
『一応ー?!』
「‥‥隙ありぃっ!」
だがその抜き身の視線を受けても現れた焔摩天は動じず、三匹の妖孤へ歩み寄ればその首元を掴み嘆息を漏らすと三匹が叫んだその間隙、地に突き刺さっていた聖剣の柄を掴み抜いたネフィリムは一気に焔摩天へ肉薄するが、刹那の間で残る片手に携えていた刀にて彼女が剛剣を受け止めれば
「ふん、抵抗したか」
「生憎、レジストマジックさ」
「どちらでも構わん。だが、らしくもなく話に振り回されていた事は事実だったな‥‥ならば戦う必要は既にない」
「‥‥そっちにゃなくともこちらはあるんだよっ、ルルイエっちを返して貰うってな!」
次いで互いに嘲笑し合うネフィリムに焔摩天だったが、先まで戦場の様子を見ていたからこそ焔摩天がそれだけ告げれば彼女が二撃目に放った渾身の一撃は寸で受け流し、飛翔すれば舌打ちする剣士だったが敵は既に手の届かぬ高みへ至り、シリルも健在なら深追いする理由がなく虚空に浮かぶ焔摩天を睨み据える。
「焦っていた? 焔摩天が‥‥」
そしてその中、身動きが叶わない柾鷹だったが先のやり取りの中で僅かにだけ垣間見えた焔摩天の表情を思い出せば、その理由が思い浮かばないからこそその表情を心の片隅に留め‥‥それから程無くして妖魔の群れは去るのだった。
●雲去りて
「‥‥ともかく、一難は去ったと見て良いのでしょうか」
「腑に落ちない所こそ、あるがな‥‥」
妖魔の群れは去りゆく光景を見つめたまま、佐祐李は未だ気を抜かず呟くとカノンも言葉こそ濁らせつつ一先ずの収束と判断すれば漸く、ぶら下げていた聖剣を鞘へ収めるも
「しかし、元々は子供を驚かせる為にとは言え安易に『魔女』と言う言葉を使った事でよもやこの様な事態になるとは‥‥思慮が甘く今回、この様な事態を招いてしまい申し訳ありませんでした」
「シリル先輩おねぇさんは悪くないよぅ、悪いのはあいつらなんだから」
「えぇ、それにこの様な事になるとは‥‥誰しも予想はしていなかったでしょうから、余り気になされなくとも」
しかしシリルは漸く落ち着いた風景の中、今回の事態について過去を振り返って皆へ頭を垂れては詫びると、唐突な告白を前にやゆよが先輩魔女を慰めれば佐祐李も多少うろたえつつ、彼女を宥めるようと声を掛けるも‥‥暫しの間を置いて顔を上げた彼女の顔色はそれでも、芳しくなかった。
「‥‥で、これからどうする?」
「そうさねぇ」
だが一先ず場も落ち着けば崔軌、今後の行動について皆を見回し尋ねるとネフィリムもまた彼に倣って首を傾げるが
「宜しければ、伊勢か冒険者ギルドまでご同行と言うのはどうでしょう。確約は出来ませんが、あちらでなら受け入れて貰えると思いますし私達もその為の尽力は惜しみませんので」
「そう、ですね‥‥」
「一段落が着いた時に此処へ戻られた方が良いかと思いますよ」
「それなら、一つだけ事を済ませてからにさせて下さいな」
「と言いますと?」
「今までの経緯からすれ違いもあったかと思いますし、今回の一件も考えると‥‥お詫びも兼ねて村人の皆さんの為に何か、したいです」
シリルを眼前にかしまづいてドナトゥースが先ず一つ、予め考えていた案を言うと頬に掌を当てては考え込む魔女へ尚、巨躯の彼は言い寄るもシリルがやがてその答えを発すれば、簡潔なそれの詳細を尋ねる紗祐李を見つめ彼女は抽象的な答えを紡ぐが
「でも先ずは森のお手入れを少々、した方が良さそうですね」
「‥‥確かに」
それよりも先ず今回の主戦場となった森を見回して魔女はもう一言だけ添えれば、同意して芳純は呻くのだった。
一先ず、今回の戦闘にて人的な損害は出る事こそなかったが物的損害としては村と魔女の家の間にある森の一部が朽ち、欠けてしまった事位か。
そして『魔女』はこれを機にして一時、この地を離れる事こそ決意するもその対価として村人達との交流を一行へ望む旨、申し出る。
果たしてそれに皆はどの様に応じるか‥‥出来得る限りの手を尽くして森の復旧を行いながら一行は、残されたもう多くない時間の中で考えるのだった。
〜続く〜