【蓑虫騒動】 水の底を揺らす風

■キャンペーンシナリオ


担当:津田茜

対応レベル:11〜lv

難易度:やや難

成功報酬:35 G 91 C

参加人数:6人

サポート参加人数:-人

冒険期間:04月12日〜05月18日

リプレイ公開日:2008年04月20日

●オープニング(第2話リプレイ)

 その日、
 朝一番の早馬で旅籠に到着した客人の姿を見つけ、アイリス・フリーワークス(ea0908)は歓声を上げて二階の窓から飛び出した。
 よく晴れた空と同じ青い羽根が、春の日射しに機嫌よく微風を紡ぐ。

「紅水さ〜ん! 間に合ったですね〜 心配してたですよ〜」

 仲間の到着を喜ぶアイリスの声に、田之上志乃(ea3044)も朝餉の箸を放り出して階段を駆け下りた。驚いて退ろうとする紅桜の轡を両手で捕まえ、志乃は馬上の御神楽紅水(ea0009)に笑顔を向ける。

「無事に着いただな。時間になっても来ねェもんで、何かあったのでねェかと心配しとっただよ」
「うん。手紙出したつもりなんだけど、届いてなかったみたいで。――心配かけて、ごめんねぇ」

 騒ぎに何事かと二階の窓から顔を覗かせた陣内晶(ea0648)とレイナス・フォルスティン(ea9885)も、紅水の到着を喜んだ。

「いらっしゃい、お待ちしていましたよ。いやもう、紅水さんがいないと、ほら‥‥潤いが足りなくて‥‥」

 何しろ、シフールと子供と、枯れた老人。‥‥残りは、野郎ばっかり。
 面子に不満があるワケではないけれど、やっぱり女の子は多いほうが断然、やる気の出る陣内である。――そして、今度は暮空銅鑼衛門(ea1467)を不幸が見舞った。


●山の神に会いに
 さて、山登りである。
 依頼人の意向とはいえ、なんだか振り回されているような気がしないでもないけれど。
 ともかく、旅籠に頼んでお弁当を作ってもらい、ますます水嵩を増して荒れ狂う川の水ガ溢れ出さないうちに早々と街を発つ。
 川の変異で仕事にならぬ船付場の人足と話をつけて、山までの駕籠も確保した。奈良屋としても、温泉はともかくとして覗きの片棒は担ぎたくなかったらしい。――山ノ神の祠までは細いなりに道もあり、危険な魔物が出るという話は聞かないが、万が一、ということもある。
 哨戒役のアイリスを先頭に、前衛を申し出たレイナス、志乃と奈良屋を挟んで紅水、殿に陣内という布陣(?)で、細い参詣道を登ることになった。

「川の神様に、山の神様ですか。ジャパンには神様がたくさん居るですよ〜」

 見えそうで、見えない。山道の哨戒と皆の応援を兼ね、陣内をやきもきさせる高さをふよふよと漂いながら嘆息するアイリスに、志乃は物知り顔で頷いた。

「おっしょさまの話によるたァ、八百万はいなさるっつぅ話だべ」
「は、八百万ですか〜」

 うっかりすると江戸の人口より多いかもしれない。
 確かにそれは凄いと驚くフォルスティンに、紅水も曖昧な笑みをこぼした。

「善い神様ばかりじゃないんだけどね‥‥」

 暴れ川と変じた境川の流れも、絶えれば人はたちまち困るのだから。
 善くも悪くも尋常なる力を持つモノを、総じて《神》と呼ぶ。――とりあえず祀っておけば、悪さもするまい。そんな安易さもどこかに伺えた。あるいは、昔の人々にとって《神》はもっと身近なモノであったのだろうか。

「でも。山の神様ってどんな方なんでしょうね〜」

 くれぐれも美人でありますように。祈りつつ奈良屋の腰を押して九十九折の階段を上る陣内の呟きに、紅水はどうだろうと首をかしげる。

「‥‥山の神様は女の人だって話は聞くけど‥‥醜女が多いって言うよね‥」

 そして、とても嫉妬深いのだ。女性の立ち入りを禁じる山は多く、また、そんな山の神を安心させるために、祭事にオコゼ(虎魚)を供える地方もある。

「まぁ、白山さんみたいにえれェ別嬪っつぅ話もあるだけんどなァ」

 尤も、準備を兼ねて調べてはみたものの、こちらの山の神様には残念ながら、その手の話は残されていなかった。
 薪や茸、山菜、薬草などを採りに訪れる者たちが折りに付け手入れはするが、何か大きな祭事があるわけでもなく、川の神同様、御伽噺に語られるだけの存在である。――川の神を治めた功から、厄除けや縁結びにご利益があると言う者もいた。

「天狗なら男に決まっとるだら」

 お供え用に酒と牡丹餅を携えた志乃の言葉に、陣内と紅水は無言で顔を見合わせた。
 言われてみれば、女性の天狗というものは聞いたことがない。‥‥まあ、あまり見てみたいとも思わないが。


●奈良屋の秘密(2)
 たどり着いた山頂はまだ少し肌寒さも残っていたが、見下ろす景色は春らしく暖かい。
 大地を這う川の流れを眼下に見下ろす開けた場所に、山ノ神の祠はあった。――古い切り株が昔話を彷彿とする。

「そういえば、奈良屋さんが山の神様に会う目的って聞いてなかったよね?」

 ふと口にした紅水の素朴な疑問に冒険者たちの視線が奈良屋に集まった。
 好事家として知られた男である。――よもやこの祠に、珍しいお宝が置かれているなんて話を聞きつけて、コレクションに加えるつもりじゃあ‥。
 幾人かの疑惑のこもった視線に、奈良屋は少し渋い顔をした。少し考え込むように眉を顰め、ゆるゆると息を吐き出す。

「‥‥誰にも言わぬと約束したのだが‥。まあ、ここまで来て蚊帳の外ではお主らも落ち着きが悪かろう」

 言いながら、老人は懐から小さな包みを取り出した。
 絹の袱紗に包まれたそれは、先日、旅籠の座敷で冒険者たちがちらりと垣間見たモノに間違いない。

「コレを捨てに来たのだ。‥‥理由は知らんが、江戸に置いては善くないモノだと言われたのでな‥‥おっと。中身は山の神を探してからにした方が良いだろうの」

 旅立つ前は半信半疑であったものが、江戸から持ち出した先で奇異に出会いなるほどと得心した。
 得心はしたが、ただ捨てるだけでは不安が残る。それで、山の神を頼ってみようと思い立ったのだ。――本当に山の神が現れるかどうかは、半分、賭けであったのだけれども。

「でも、肝心の山の神様はどこにいるですかね〜?」

 きょろきょろと周囲を見回したアイリスに、奈良屋は肩をすくめて古い切り株に腰を下ろすと煙管を取り出した。白い煙がふわりと青空に香り立つ。

「それを探すのも、お主らの役目ではないか」
「ええ〜?!」

 まったく、我儘な雇い主だ。
 顔を見合わせ、吐息をひとつ。
 まずは、お神酒とお餅を祠に供え‥‥それから、アイリスの笛と紅水の神楽舞でお出ましを願ってみることに――
 これでダメなら、川の神に直談判が必要かも。

■□

 先刻まで、確かに誰もいなかったのに。
 踊る紅水の動きに合わせてひらりひらりと宙を舞う巾を目で追いかけた‥‥その、一瞬。
 皆の視界から外れた祠の上に、彼は静かに立っていた。

「―――っ!!?」

 山伏の装束に、一本歯の高下駄。驚くほど鼻梁の高い、白髪の老人。――思わず、ぽかんと口を開けて立ち尽くした冒険者たちの視界の中で、彼もまた、興味深げに彼らを見下ろす。

「‥で、で‥た‥‥」

 悲鳴を上げて逃げるのもあり?
 会えなければ、困ったことになるのだけれど。――出会ってしまったら、それはそれで大変な‥。
 先刻までの長閑さが豹変し、ぴりぴりと肌を引き締めていく緊張感に思わずそんなコトまで脳裏をかすめる。
 最初のひとことを紡ぐのに、ずいぶんと時間が掛かった。


●解けた魔法

「境界に異変を感じて参じてみれば‥‥なるほど、あヤツが目覚めたか‥」

 境川の異変を訴えた一行の言に、天狗は深い眼窩の奥から川を眺める。
 彼の眼には、怒れる川の神の姿が見えるのだろうか。

「――それで、川の神が怒っている理由に心当たりはあるのか?」

 とりあえず話のできる相手でよかったと安堵しつつ、フォルスティンはゆっくりと剣にかけた手を離した。
 怒りの理由が明らかになれば、それを静める方法も見えてくる。フォルスティンの問いに天狗はのんびりと首をかしげた。
 各地で神の名を冠されたモノが目覚めの声を上げている。――覚醒を促した理由は、他にあるかもしれない。だが、

「おそらくは、術が解けたのだろう」
「術?」
「――おんしらは、昔話を頼りに此処へきたのだろう? 儂が川辺郷の者たちにしてやったことと言えば、ひとつしかあるまい」

 面白そうに問い返されて、志乃と紅水は顔を見合わせた。
 川の神様に手を焼いた村人たちは、山の神様に相談し‥‥彼らの願いを聞き入れた山の神様は‥‥

「人形を作ったんだっけ?」
「いくら神木とはいえ所詮は『木』、長い時が過ぎれば朽ちて『土』に還るのが理というものだ」
「‥‥そういえば、嫁取りに苦労したとか言ってましたよねぇ」

 ようやく手に入れた花嫁が、儚く消えてしまったら。
 落胆する気持ちは、理解る。なんだか少し川の神様が可哀想になった陣内だった。

「んだば、川の神様を鎮めるにゃあ、新しい花嫁さ拵えてやったらええっつぅことか」
「それが、1番手っ取り早い。無論、人形である必要はないが‥‥」

 若い娘が生贄に身を差し出すのも、もちろんアリだ。
 重い言葉に、紅水は口を噤む。それで、全てが上手くいくのなら‥‥そう思わないでもないけれど。
 ただ、生身の人を差し出せば、ひとりでは済まない可能性もある。

「『人』は『木』よりずっと保ちが悪い。――とはいえ、最近は呪いに耐えられそうな古縁を持つ神木もそう簡単には見つからぬ」
「いっそ川の神を排してしまうのはいかがかの?」

 奈良屋の言葉に、どきりとしたのはきっと志乃だけではないはずだ。
 ここにいる冒険者たちの力を持ってすれば、あるいは『神殺し』も不可能ではないかもしれない。――ひどく大それて聞こえる提案に、天狗は頷く。

「それも、ひとつだ。まあ、賢い策だとは思えぬが」

 アレでもこの辺りの水精を統べる神だ。
 水難は確かに除かれる。だが、ひとつ精霊力の均衡が崩れれば、その次に何が起こるか‥‥想像がつかない。

「困りましたよ〜」

 はぁ、と。しょんぼりと肩を落としたアイリスの嘆きに、陣内とフォルスティンもどうしたものかと思案を巡らせる。
 何か良い方法はないだろうか。
 どこか思いつめた風な紅水の顔色に、声をかけようとした志乃の言葉を遮ったのは奈良屋であった。

「‥‥呪いに使えそうな神木に心当たりはないが、これは使えぬかの?」

 差し出された袱紗に、視線が集まる。
 ゆっくりと開かれた包みの中から現れた小さな茶色の塊に、志乃は目を見開いた。――志乃だけではない。アイリスと紅水、そして、陣内もまた思わず息を呑む。

ずっと探し続けていたもの。
 心を残し、気に掛けて‥‥彼らが、今、此処にいる理由のひとつにも通じる琥珀の玉が‥‥目の前にあった。


●琥珀玉
 《蟲封じの玉》――そう呼ばれていた。
 光に透かせば深い飴色の琥珀の内に、一匹の蟲が閉じ込められているのが確かに見える。
 その異形か。あるいは、神体として納められていた遺跡の性質が、琥珀に由来したのかもしれない。

「‥‥江戸にあってはいけないものだ‥」

 虫干しの日、蓑虫茶寮の庭先に現れた少女は、縁の先で埃を払っていた小間使いに言ったのだという。
 年の頃は、十かそこら。晦日の闇夜を思わせる光のない眸と、抜けるように色の白い、どこか人を怯ませる雰囲気を持った子供であった、と。小間使いの少女がひどく怯えたせいで、ちょっとした騒ぎになった。
 無論、俄かにその言葉を信じたわけではなかったのだが、
 大火に見舞われ、
源徳公が江戸を追われ‥‥立て続けに続く騒乱に、その言葉を重ねても不思議はない。

「そんで、捨てる場所を探しとったつぅことだべか‥‥」

 危ないところだった。
 何事も起こらぬまま、奈良屋の帰りを江戸で待っていたらと思うとぞっとする。ただ、安堵ばかりもしていられない。

「なるほど。大地より生み出された宝玉とは面白い。神体であったというなら、尚、好都合‥‥朽ち果てぬ分、神木より使えそうだが‥‥さて‥‥」

 そう太鼓判を押し、天狗はちらりと複雑な色を浮かべた冒険者たちに視線を向ける。
 この災難を収める新たな礎とするか、あるいは、別の手法で切り抜けて琥珀玉を江戸へ持ち帰るべく知恵を捻るか。
 選ぶ道は、ふたつにひとつだ。

●今回の参加者

 ea0009 御神楽 紅水(31歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 ea0648 陣内 晶(28歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea0908 アイリス・フリーワークス(18歳・♀・バード・シフール・イギリス王国)
 ea1467 暮空 銅鑼衛門(65歳・♂・侍・パラ・ジャパン)
 ea3044 田之上 志乃(24歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 ea9885 レイナス・フォルスティン(34歳・♂・侍・人間・エジプト)

●リプレイ本文


 江戸にあっては善くないモノだ――

 少女は言った。
 暴かれた遺跡の裡に封じられていた古の蟲。
 大火に見舞われた江戸の町。
 そして、奥州勢力による江戸城の開城と源徳氏支配の瓦解‥‥突き詰めれば、尾張・三河同盟の崩壊、ジャパン全体を押し包もうとする不穏の影にまで飛び火する。
 取って付けたような理屈であるような気もするけれど。因果の程が明らかでないだけに、動乱を乗り越える力を持たぬ者たちにとっては幾重にも気味が悪い。

 神に預けることが出来るなら‥‥
 少なくとも手放すまいと護ってはくれるはずだ。
 
 現在の所有者である奈良屋茂左衛門にとっては、決して悪い取引ではない。
 天狗としても術に耐え得る御物が既に用意されているのなら、骨を折る手間が省けるというもの。彼らが生きる時間は人に比べて悠久だが、だからといって気長に待ってくれるモノでもない。――神や魔物と呼ばれるモノたちは、むしろ短気な者の方が多いのだから。
 異論があるのは‥‥むしろ、
 曰くの玉を追いかけていた者たちにとっては、彼らが今ここにいる理由でもあるそれを、容易くあきらめることは、やはり出来ない相談で。

「正直なところ、数珠で済むならこれで‥‥と言いたい所ですがねぇ」

 しみじみと嘆息する陣内晶(ea0648)の言は、あるいは、皆の心中の奥底に共通する想いでもあった。
 ひとつの災いを取り除く礎となったのならば、木地師の衆もきっと納得はしてくれるのではないかとも思う。彼らの村は、その蘇った災厄によって滅びたのだ。‥‥古より続く災いの恐ろしさは誰よりも判っているだろう。

「だども‥‥オラ達ァそのお数珠さ探しとって、大旦那さぁの帰りさ待っとっただよ」
「あの数珠は大切な物なんですよ〜」
「できれば、元の村に戻してあげたいなぁ」

 田之上志乃(ea3044)とアイリス・フリーワークス(ea0908)の訴えに、御神楽紅水(ea0009)もどこか育ちの良さを感じさせる綺麗な顔に思案の色を浮かべた。
 それで間に合うものなら身を差し出すのもいいかもしれない。そんなこともちらりと考えた紅水だったが、とりあえずは言葉を飲み込む。――仲間の命を天秤にかけるなら、皆、迷わず数珠を差し出すだろうから。
 陣内ではないが、寝覚めは良いに越したことは無い。
 
「したっけ代わりさ探すだから、呪ぇ掛けるなァぎりぎりまで待ってくんろ」
「ほう、心当たりがあると言うのか?」

 志乃の言葉に、天狗は興味深げに顎を引いた。
 曲がりなりにも神に差し出すものである。――どこにでもあるようなモノで良いとは思えないのだけれど。

「まあ、待てというのならば待たぬこともない。こちらも色々と準備があるでな。――この玉であれば3日というところだが、モノによっては時間が掛かる」

 川辺郷への往復と川の神を沈める儀式に費やす時間。
 奈良屋と共に江戸に帰る道のりをも考慮に入れれば、1週間といったところか。とはいえ、天狗が待つと言っても、川の神が待ってくれるとは限らない。

「せば山神さま、教えて下せェ。ご神木だら、太ぇ枝さ分けて貰やええだか? 他にどんなモンだらその呪ぇに耐えられるだ? 確か『ごぎょうそうしょう』‥‥っつぅた筈だども、おっ師ょさまァ「金ァ水さ生む」っつぅとっただ。『水』と相性のええ『金』‥‥例えば名のある刀なんぞどうだべ?」

 矢継ぎ早に畳み掛けられ、天狗は少しうるさげに顔をしかめた。
 答えの全てを最初から当てしていては、自らの力に問う意味がない。――新たな神を探し出すのに準じる行為なのだから、天啓を得られるよう奮ってもらわねば。

「‥‥よもや枝を折る程度なら許されようなどと、ムシの良いことを考えておるワケではあるまいの?」

 天狗のしゃくった顎の先には、古い切り株がひとつ。――かつて、神木と呼ばれていたナナカマドがここに枝葉を広げていたのだろう。
 木霊、すなわち木の霊力‥‥命を取り込んで成る術だ。
 拝借したのが枝であっても命の源を奪われれば、間違いなく元の木は枯れる。

「むろん、金でも構わぬぞ」

 錬金術師たちに言わせれば、黄金は地上でもっとも安定した物質だ。
 ただ、金属でありさえすれば何でも良いというものでもない。――例えば、神皇家に伝わる『草薙』や『八咫鏡』のように。百年、二百年の時を越えて崇められ、それ自体が神格を持つような‥‥『蟲封じの玉』に白羽の矢が立ったのも、そちらの意味が強いのだろう。

「そのようなモノを見つけられるか?」

 仮に条件を満たす御物が見つかったとして。
 おそらくは神として祀られているであろう「それ」を容易く手に入れるコトができるのだろうか。――暴かれた遺跡から持ち出された神体を手に入れる為に、他の神体を納めた神域を暴いたのでは、それこそ本末転倒というものだ。
 投げられた問いに、冒険者たちは改めて選ばんとする道の険しさを自覚する。
 それでも。
 ‥‥それでも、可能性があるならば‥‥賭けてみずにはいられなかった。


●お道具袋の中身

「いやはや、ひどい目にあったでござるよ」

 たとえギックリ腰を疑われても、背嚢にはモノを詰めておかなければ落ち着かない。
 ある意味、商売人の鏡ともいえるコダワリを持った男‥‥暮空銅鑼衛門(ea1467)は、川辺郷の旅籠で自慢の秘滅道愚を広げて吐息を落とす。
 貴重なものから、褌まで。軽く200種を越える道具の中に、さて使えそうなものはあるのだろうか。

「御神体だと、鏡とか刀が一般的かな」

 決して狭くはない畳の上にずらりと並べられた道具を眺めて、レイナス・フォルスティン(ea9885)も思案を巡らせた。暮空同様、直接、関わったワケではないが、仲間の意思は尊重してやりたいと思う。――ナンパや武術の向上に関心を向けているだけでなく、ちゃんと仲間を思いやる熱い心も持っているのだ。
 こういう男は、やっぱりモテる。なかなか強力な好敵手の出現を知った陣内だった。いや、だが‥‥ふたりで上手に持ち上げれば、シフールの空中舞踊も夢ではないかも。
 などとこの期に及んでまだ、そちらの夢も捨てきれない陣内の心中には気づくはずもなく、順繰りに道具を検分していた暮空が衝撃を隠しきれない声をあげる。

「なんと! 銅鏡しかないでござるよ。ミーとしたことが不覚でござる。‥‥銀のトレイではダメでござるか?」

 うきゅv、と。壮年のオヤジに可愛らしく見つめられ、フォルスティンは絶句する。これが妙齢の女の子であれば、思わず賛成してしまうかも。悪い意味で早くなった心拍を抑えフォルスティンはとりあえず、気まずく視線を逸らした。

「‥‥確かに‥‥か、顔は映るかもしれないが‥」
「―って、顔が映るかどうかは、問題じゃないですからっ!」

 芸人を目指す者として、とりあえずツっこんでおかねば。
 意外な盲点に落とした肩を揺すって気を取り直し、暮空は一振りの小太刀を取り上げる。――刻まれた銘は『永遠愛』‥‥作成者の思惑はともかく、向き合う難題のテーマとしてはなかなか使えそうな気もするが。

「問題は、山の神様のお眼鏡に叶うかどうかなんだろうね」

 紅水の嘆息に、皆、顔を見合わせた。
 暮空の道具はみな貴重ではあるが、商品として取り扱われている品だ。――魔力を付与されているモノもあるが‥‥さて、どうだろう。


●思惑の限界
 術に耐えうる霊力を秘めたモノ。
 前回は運よく手近にあった神木を使うことが出来たが、今回は‥‥候補は既にあるのだけれど、少しばかり事情が異なる。
 何よりも神が治めていた時代を思えば、人が増え過ぎたのかもしれない。
 能動的に野山を開拓し、活動範囲を広げていくのは、もちろん悪いことではないのだけれど。無限ではない世界で、ひとつの勢力が爆発的に増えたとしたら‥‥見えないところで何かが減っているということだ。
 それが、神魔と精霊たちの世界であったという話。あるいは、彼らの耐えうる限界を超えたのが、各地で神や精霊が目覚め始めた要因だろうか。
 神木、あるいは、神体と呼ばれるモノを探すのは予想以上に困難だった。
 川の神を鎮める為だと言われれば、川辺郷の者たちも知らん顔はできない。

「そういう道具があれば、山の神様がもう一度呪いをかけてくれるそうなのですよ」

アイリスにそう元気付けられ、紅水や志乃と一緒になって心当たりを探してくれてはいるのだけれども。
 高い空の上からそれらしいものはないかと一生懸命視線を配るアイリスのふわふわ揺れる衣の裾をちらちらと眼で追いながら、陣内はふと湧いた疑問を口にする。

「ところで奈良屋さんは、この数珠をどうやって手に入れたんすかね?」

 ぽそりと呟いた陣内の言葉に、奈良屋はちらりと視線を向けた。その目が、何を今更と言っている。

「いやホラ、売主について一応きちんと聞いてみたいなーと」
「買ったモノではない。虫干しの日に騒動があったという話は聞いたのだろう?」
「‥‥ええ、まあ‥」

 小間使いの少女は、突然、現れた女童の手に握られていた『数珠』を、虫干し中の骨董品のひとつだと思ったのだった。
 縁側に並べられた名品・珍品の数々が烏や風に飛ばされぬよう見張りを兼ねていた娘が返還を要求したのは当然で。

「まあ、石の葉っぱや、魚などもあったでな‥‥勘違いしたのだろうが‥‥」

 似た様なガラクタの中に紛れ込ませれば、安全だとでも思ったのだろうか。あるいは、自身がそれ以上の関わりを避けたのかもしれない。――あの女童の行動は、時々、どこか子供の浅知恵を思わせるところがあった。
 ともかく、小間使いの娘に数珠を渡し、件の警告だけを発していずこかへ消えたのだという。

「やはりあの子は心配してくれてたんだ」

 手放しで喜んで良いモノなのか判らないけど。それでも、紅水の声と表情はやわらかかった。

「でも、なかなか無いものですね〜」
「んだな」

 しょんぼりとため息を付いたアイリスの隣で、志乃も難しい顔をして足元を見る。
 まったく無いワケではない。
 ただ、やはり皆、大事に祀られていた。
 川辺郷の災難に同情し、気遣ってはくれるけれども‥‥ならば、これをどうぞと差し出してくれるような性質の問題ではない。
 似たような曰くを持つ品であれば、失われれば次はこちらが災厄に見舞われるかもしれないのだ。――それを思えば‥‥誰も迂闊に頷けないだろう。

 心を決める刻限が迫っていた。


●水の底を揺らす風
 良いものを見た。
 温泉とシフールのスカートの中は惜しかったけれども。今回は、これを見られただけでも労を厭わなかった甲斐があったかもしれない。

「こりゃあ、たまげた。どっから見てもお姫さまだべ!」

 天狗に伴われて川辺郷へとやってきた娘に、皆、目を丸くした。
 とても人形だとは思えない。どこからどう見ても、立派な人間。それも、暴れん坊の川の神に差し出すにはもったいない美人である。――――琥珀色をした長い髪と眸が、知っている者だけにその名残を告げていた。

「眼福ですな〜」
「‥‥‥そうだな‥」

 助平を自負する陣内とフォルスティンの反応は、当然として。
 暮空や奈良屋の鼻の下も伸びている。あと×年若ければ‥‥なんて、悔やむ気持ちがほんの少し理解できた。
 高価なお供えを積み上げても、あの娘を前にした川の神の意思を変えることはできるまい。そんなことさえ漠然と納得できてしまうほど。

「お綺麗な人ですよ〜」
「うん。美人だね」

 ぽかんと大きな口を開けたままの志乃と、顔を見合わせて嘆息したアイリスと紅水の表情に、天狗はからからと笑う。

「誰の目にも好ましく映る。そういう風に作ってあるのだ」
「へえ、そうなんだ。うん、すごいなぁ」

 街全体がのぼせてしまったかのような。ふわふわと良い匂いのする空気のなかで、娘はちらりと冒険者たちに視線を向ける。そして、にこりと微笑んだ。

『‥‥皆様にお礼を言いたくて‥』

 銀鈴を震わせる綺麗な声は、聞き取れぬほど細く。だが、はっきりと志乃の胸に届いた。その意外な言葉に、志乃は激しく首を振る。

「礼? 礼だなんて‥‥おめぇさんを元の場所にけぇしてやれなかっただよ‥‥」

 いいえ、と。
 琥珀玉の娘はゆるゆると首をふる。

『元の場所に戻されたとしても、護るべき封印は既に解かれているのです。ただあるだけの存在である私に、あなた方は、今一度、役割を与えてくださった。――感謝しています』

 花嫁を送り出す晴れやかな喜びと喪失の寂しさが混ざり合い、胸の裡よりこみ上げた想いが堰を切って溢れた。
 花嫁のたたずむ瀬より、波立つ川面に静謐が広がっていく。
 空を映す鏡の如く凪いだ水の底より、ふつふつと水泡が湧き上がり‥‥立ち上がった水の中から直垂を纏った若い公達が姿を見せた。

「‥‥やっぱり、川の神様は女性であるべきですよね‥」
「うむ」

 粛々と進む儀式を眺めつつ、やはり心残りは‥‥と、呟きあう陣内とフォルスティンに奈良屋は呆れた風に息を吐く。

「ほれ、のんびり構えておるわけにはいかんぞ。まだ、行くところがあるだろう」
「え? 温泉ですか?」

 もちろん、違う。
 江戸に戻り、この結末を待っている者たちに伝えること。――決して、望んだ結果ではなかったが――それでも、琥珀玉が残した言葉を聞くべき者に届けるまでが、冒険者たちの仕事なのだから。