●リプレイ本文
○迷宮の試練
パンドラの迷宮とここを呼んだのは円卓の騎士パーシ・ヴァルであった。
扉を開けると絶望や災厄が飛び出し、最後に人の側に希望が残った。
それが伝説におけるパンドラの函であるが、この遺跡においても開かれた扉は冒険者にある災厄を与えた。
「ヘンルーダさんが連れ去られるなんて‥‥」
七神斗織(ea3225)は手を強く握り締めた。噛み締められた唇からも音が出そうな程だ。
(「兄上はここに来た方が良かったのかも知れない、でも居なくて正解だったのかもしれない。居たらきっと自分を責めた事でしょうから‥‥」)
この遺跡を開封する鍵となる娘、ヘンルーダ・ロールは遺跡の中、最初の扉が開いた直後、遺跡の番人と名乗る『もの』に連れ去られたのだ。
正確には憑依されて、自ら姿を消した。
この遺跡を知り尽くした番人を止める事は難しかったであろうが、それでも恋人が目の前で攫われては平静ではいられなかったろう。
「まあ、あの様子からしてヘンルーダが危害を加えられるってことはないだろ。とりあえず、目の前の問題に集中だ。最後に敵として現れるってことはあるかもしれなけどな」
肩を竦めながら言うキット・ファゼータ(ea2307)に同意、とリースフィア・エルスリード(eb2745)やリ・ル(ea3888)と首を縦に振る。
おそらくヘンルーダは実体を持たない番人‥‥アンドーラの器として連れ去られたのだろう。
「幸い、バックパックは一緒に持っていかれましたから食べ物はあるでしょうが、それがちゃんと出される保障はありませんわ」
「そうだな。それも含めたタイムリミットだと思うとのんびりもしていられないだろ」
目の前の扉をトントン、叩きながらメイユ・ブリッド(eb5422)の言葉に閃我絶狼(ea3991)は目で頷いた。
「とりあえず、罠などは無いようですね。勿論注意するに越した事はありませんが」
扉の周囲を調べていた大宗院透(ea0050)の側に
「周囲に敵はいないようです。他に道もありませんし、やはり前に進むしかないようですね」
アルテス・リアレイ(ea5898)とグロリア・ヒューム(ea8729)も集まる。
「なんとなくシャフツベリーとエイムズベリーの遺跡の繋がりが見えてきた様に感じますぅ〜」
「何がだ?」
不思議な微笑を浮かべるエリンティア・フューゲル(ea3868)にリルは首をかしげて問うた。
彼が見ているのは扉の乙女。
「なんとなく〜、ベルさんに似てるんですよぉ〜。あの扉の乙女も、さっきの女神も〜」
「? まあ、言われてみればそうかな?」
「金色の髪と青い瞳の女神像のモデルが聖女なら〜、アリオーシュを倒す又は封印する手がかりがあるかも〜って気がしますぅ〜」
「俺も、なんとなくこの遺跡は『あたり』のような気がする。ま、これだけ勿体つけて何にも無しっての凹むけどな」
話に割り込んで来た絶狼にそうですねぇ〜と笑って答えるエリンティア。彼の目はもう扉に向かう仲間達を見ている。
「あと〜、ひょっとしたら〜」
背中にかかった小さな呟きに気づいてキットは振り返った。
「何か、言ったか?」
「い〜え。これはちょっと考え飛びすぎですからぁ〜」
手を振ったエリンティアにそうかとだけ答えて、キットはまた扉に向かう。
「どっちにしろ〜、ここに本当に希望が残っているといいですぅ〜」
祈るように呟いたエリンティアはゆっくりと仲間達の方へ歩いていった。
○定められた答え
「This is a ”little” difficult ”riddle”」
透のため息交じりの呟きが冗談、というか言葉遊びであると冒険者が知るまで、数十秒。
「あー、それ洒落だったのか?」
冷ややかな反応に
「余りイギリス語は得意ではないんです‥‥」
照れくさそうに透は頭を掻いた。
一つ目の扉の問題は、正直それほど難しいものではなかった。
「天使と悪魔と人がいる。天使は常に真実を語り、悪魔は常に嘘をつく。人は嘘を言うか真実を言うか解らない。汝天使の道を探し、進むべし
青い服の娘は言う。『私は天使ではない』
白い服の娘は言う。『私は人ではない』
紅い服の娘は言う『私は悪魔ではないと』
これは白い服の娘が天使、ですね?」
そうだな、と絶狼は頷いた。
「青い人は人間以外だと矛盾するからありえない、白い人は人間か天使のどっちか、で人間はもう青い人だから天使だ」
出た結論に反論は無い。冒険者達は迷う事無く白い服の娘の扉を開いた。
そうして冒険者は第二の扉に着く。今度は四つの扉に同じように娘が描かれている。
「紅い服の娘と青い服の娘、白い服の娘と黒い服の娘。
一人はデビルで、残りは人である。
デビルは常に嘘を言い、人は常に真実を言う。だが一人は魔法の指輪をしていて、その指輪をしている者は常に嘘をつく。
デビルを見つけ出しその扉を進むがいい。
黒い服の娘は言う。『白い服の娘はデビルではない』』
紅い服の娘は言う。『私は魔法の指輪をしていない』
青い服の娘は言う。『白い服の娘はデビルである』
白い服の娘は言う。『魔法の指輪をしているのは黒い服の娘である』 」
「これも理屈は同じです。リドルというのは選択肢を一つ一つ正解だと仮定して他のものと突き合わせていけばいいのです。おそらく青い服の娘がデビルでないと矛盾が生じますね」
リースフィアの言葉に冒険者達は頷く。
「ああ。赤い娘の言葉が嘘だと嘘が三つになるからコレは本当。
白い服の娘の言葉が本当だと本当の事を言うデビルという矛盾が出来るからこれは嘘。
青い服の娘の言葉が本当だと白い服の娘の嘘と矛盾するからコレは嘘。
嘘も本当も二つずつだから黒い娘のいう事は本当。
白い服の娘はデビルではなく、嘘を付いてるので指輪持ちの人間‥‥ってことになるか?」
青い扉の前に立ち絶狼は静かに押す。最初の扉と同じように何の障害も無く、扉は開かれた。
「待ってくれ。ちょっと確かめたいことがあるんだ」
先に進もうとした仲間をキットが呼び止める。残りの扉を叩いたり押したりしている彼に仲間達は彼の意図を理解した。
「どうだ? 開けられるか?」
「うーん、ダメだな。なんだかロックされている」
「つまり、一度に開ける扉は一つのみということですわ」
「先に進んで次の扉が出るまで当たりかどうか解らないってことか。まったく『こちらが当たりです。大正解!』とでも書いてくれりゃあいいのに」
冒険者の呟きは半分冗談である。だがやはり暗く細い道を歩いていると不安が生まれてくるもの。
だから次の扉が見えてきた時には、彼らは気づかずホッとする自分を感じていた。
「あれは‥‥ゴーストですわ」
今度の扉は二つ。その両方の前にそれぞれ一人ずつ二人の人が立っていたのだ。
人と言ってもメイユの言うとおり彼らはゴーストであるのは簡単に見て取れる。
「ここにも問題があります。‥‥一つは正しき扉で、もう一つは後悔への扉である。前には番人がいるが、どちらかは正直でどちらかが常に嘘をつく。質問はどちらかに一度のみ。
正しき質問を問いかけ、正しき道を進むが良い」
「つまりあれは試練の番人ということです。浄化は避けて下さい。メイユさん」
アルテスの言葉にメイユは静かに頷く。
これもリドル。謎かけである。でも
「‥‥ちゃんと明確に答えの出るものですね」
「ええ、片方に対して質問への答えを問えばいいのだと思います」
リースフィアと透の言葉に少し考えていたキットが一歩前に進み出た。
そして手近にいた方、紅い扉の番人にこう問うた。
「向こうの番人はどちらが本当だと言うと思う?」
紅い扉の番人は微笑んで相手の扉を指差す。
「ありがとさん。こっちだ」
キットは仲間達を紅い扉に呼び寄せる。
彼が本当を言っているのか嘘を言っているのかは解らない。
だが本当を言っており紅い扉が正解なら『相手は嘘をついている。嘘をついた結果、間違っている扉を教えるだろう』と間違っている扉を正直に教える筈であり、もし嘘をついているなら相手は『正直に紅い扉が正しいと伝える筈』と思い、それを嘘にするから間違っている扉を教える筈だろう。
要するに、どちらに聞いても間違った方の扉を指すのでその反対に行けばいいのだ。
慎重に紅い扉は開かれ、冒険者達は先に進んでいく。
「えっ?」
微かな声を確かに聞いて、冒険者は振り返る。
だが、そこにはもう誰も、何もいなかった。
『ありがとう』『頑張れよ‥‥』
小さな感謝の言葉だけを残して‥‥。
○問われているもの
謎かけ‥‥リドルとは論理的に考え、答えれば確実に答えが出るとリースフィアは言った。
それで言うならあれは謎かけでは無かったと冒険者は後に思う。
最後の扉の問いかけを思った時‥‥。
「先に‥‥不死者がいます。でも、一体だけ?」
メイユの言葉に緊張して進んだ冒険者は二つの扉と、扉の前に佇むゴーストの少年を見ることとなったのだ。
二つの扉の前に問題を示す板は無く、ただ少年が涙ながらに訴えている。
『黒い扉の先が次への正しい道だよ。
でも、お願い。僕を助けて。紅い扉を開けないと僕の妹が殺されてしまうんだ。どうか紅い扉を開いて妹を助けて下さい』
冒険者は彼の言葉を噛み締めるように聞いていた。
目の前にいるのはゴースト。死者であり既に命亡き者だ。
「望みを聞く必要は無いでしょう。こんな所に在る者に真実がある訳はありません。正し道である事が嘘ならば、”妹がいる”という事も嘘です‥‥。リドルに心情はいりません、必要なのは真実を見破る力です。捨て置きましょう」
冷静に告げる透。
「何か今までと傾向が違過ぎね? 単なる謎掛けなら黒い扉を開けた後赤い扉を開けてから黒い扉の中、って事なんだろうけど今までだと一度開けたら他の扉は開けないだろ?」
絶狼も腕を組んで考えるが、膝を折り少年のゴーストと一度だけ目を合わせたリルは
「紅い扉を開こう」
迷い無く、仲間達にそう告げた。
微かにざわめく冒険者達。
「この子が罠であるなら黒い扉が本当ってのは嘘だろ? で、本当ならこの先にいる妹ってのを放って置く訳にはいかない」
だが、明確な反対意見は透からでさえ出る事は無かった。
「私もそうしたいです。例え騙されているのだとしても目の前で助けを求める者の声を無視することはできません。一人ででも助けたいと思います」
「少年が嘘をついていたとしても、慈愛神の教えでは彼の妹を救うべきなのではないかと思います。
道は『正解』ではなく『人としての正しい道』を選択できるかが問われているのではないでしょうか?」
「ま、そんなところだろうな。俺としては黒い扉と紅い扉を同時に開けて、黒い扉をって思うけど、どちらかをってなら紅い扉だ」
「僕もキットさんと同じ意見ですね。紅い扉を開くことに反対はしません」
「彼の望みをかなえてあげたいと思います」
無言の絶狼の背中をぽん、リースフィアは叩いた。
「迷うなら騙されても助ける道を選びましょう。そもそもそのための力を探しに来たのですから、それ以外の道を選ぶのはどうか、というのもありますよ。
もしそれが間違いだというならば、罠も扉も叩き壊して進めばいい。デビルとの戦いはもともとそんなものですから」
多数決はとるまでもなかった。
慎重に注意深く冒険者は紅い扉を開く。
緩やかに開いた扉の先は、不思議な広場に通じていた。
見れば横にある黒い扉も同じ広場に通じている。
そこから先に続く道は一本。どちらを選んでも同じ場所に辿り着いたのであろうか。
だが紅い扉の前には、鎖に繋がれた一人の少女のゴーストが立っていた。
『お兄ちゃん!』『ミアナ!』
駆け寄った少年のゴーストは少女のゴーストを胸に抱きしめる。
瞬間、鎖は消え去り少女は解き放たれて笑顔で少年の腕に抱かれた。
『ありがとう‥‥冒険者の皆さん。この先は皆さんの心を試す試練です。仲間を信じて、自分を信じて進んで下さい』
少年は頭を下げてそう言うと静かに消えていった。
妹の手をしっかり握り締めて。
紅い扉を開いた事を後悔する者はもはやも誰もいない。
○現れた『敵』
薄暗い道を、冒険者達は進む。
二つの扉からの道は一つとなり、細い、細い道となった。
どこまでも続く微かな下り坂。
周囲にはコケが生し終わりの見えない道をカンテラや松明と共に不思議に照らしている。
(「おかしい? こんなに長く歩いても先が見えないなんて。地図で考えるなら‥‥もうとっくに‥‥」)
誰かが、もしくは全員がそんな事を考え始めた時だった。
ガシャン!
「うわっ!!」
突然闇の中から光の矢が放たれた。
一つ、二つ、三つ‥‥。
矢は冒険者達の持つカンテラ、松明を一つ一つ射抜いていく。
そして最後の矢が放たれ、周囲は漆黒の闇に染まる。
「みんな!!」
冒険者達は互いの姿を見失い、闇の中、顔をめぐらす。
明かりを探そうとするもの、予備の明かりに灯を入れようとするものそれぞれが闇の中で次なる行動を移そうとした其の時、ふと、小さな光が冒険者達の前に現れ、近づいてきた。
「えっ!」
闇の中、冒険者達は己が目を疑う。
光を掲げる『もの』は共に遺跡に入ってきた仲間の冒険者ではなかったのだ。
「どうして‥‥ここに?」
片手に灯りを、片手に武器を持って笑みを浮かべるのは‥‥冒険者達の最愛の人物だったのである。
「どうして‥‥」
その答えに返事は返らなかった。言葉では。
ただ無言で彼、もしくは彼女は‥‥
「! なにを!」
冒険者達に攻撃を仕掛けてきたのである。
迷宮の最下層。
『彼らはここに辿り着けるかしら』
と遺跡の番人は笑う。
『自らの心と、仲間。それを信じることができれば‥‥きっと、な』
と守護者は微笑む。
冒険者は今、自らの心と戦っているだろう。
最愛の人物が敵に回った幻の中で。
幻影をなんらかの形で打ち破れば冒険者達は最後の扉の前に辿り着くだろう。
遺跡の守護者は苦笑する。
『まったく、趣味が悪いな。ゴーストだけじゃなくあんなのを封じておくなんて‥‥』
だが、この階の試練は幻影の後にこそ現れるのだ。
十一人目、十二人目の冒険者となって。
彼らは試練を打ち破れるだろうか?
自分達と同じ姿をした敵から真実を見つけ出して‥‥。
『貴方も言ったでしょう? 自らの心と仲間を信じることができれば‥‥と。この遺跡は元よりそんな人を導くためのものなのですから』
遺跡の番人は、目の前に立つ『守護者』にそう微笑みかけた。
その表情はどこか寂しげだ。
彼は知っていた。彼女の思いの意味を。
生きている時にはきっと知れなかった思い。同じ存在となった今だからこそ‥‥。
『そうだな。‥‥これは相応しい人物の手に渡されなければならない』
手に槍を握り、黒い髪を靡かせ彼は空を仰ぐ。
彼女の瞳が見つめる天は石の壁。
だが、彼にはその先に希望が見えているようだった。