【パンドラの迷宮】導きの女神

■キャンペーンシナリオ


担当:夢村円

対応レベル:11〜lv

難易度:難しい

成功報酬:59 G 72 C

参加人数:10人

サポート参加人数:-人

冒険期間:08月01日〜09月20日

リプレイ公開日:2009年08月09日

●オープニング(第1話リプレイ)

○導きの女神
 闇に続く道を進んだ先に金色の髪、青い瞳の女神が立っていた。
 冒険者を待つように、導くように‥‥。

「綺麗‥‥」
 その神々しさに思わず声を上げた七神斗織(ea3225)。彼女の横で
「やっと、ここまで辿り着きましたね」
 噛み締めるようにリースフィア・エルスリード(eb2745)は呟き、女神の像を見上げた。
「その言葉はまだ早いだろ? 探索はこれからだ」
 からかうような口調のリ・ル(ea3888)に
「おや? 彼女とはもういいんですか?」
「うっ‥‥」
 軽い反撃をしつつもリースフィアはその言葉が正しい事を知っている。
 逆に冒険者達はリースフィアの言葉が正しい事も知っていた。
 調べようとすると常に邪魔されるように何かが起きた。
「やっぱりエイムズベリーにも遺跡があったんですねぇ。ソールズベリとエーヴベリーの遺跡が対であった様にぃ、シャフツベリーとエイムズベリーの遺跡が対である可能性は高いですぅ〜」
 エリンティア・フューゲル(ea3868)の言葉はそのまま、冒険者達の希望でもあった。
 シャフツベリーの遺跡には復讐と裏切りの悪魔、アリオーシュが封じられていた。
 その対となる遺跡なら、あの最悪のデビルを止める力が隠されているのではないかと。
「天に絶望地に希望ねえ、イメージ的に天に希望地に絶望の方があってる気がするんだがなぁ」
「だからこそ逆に封じたのかも知れませんわ。何にしても最後まで調べれば謎は解き明かされる筈です」
 閃我絶狼(ea3991)とメイユ・ブリッド(eb5422)の会話に同意するように大宗院透(ea0050)も頷く。
「どちらかというと、こういう仕事が本職ですから‥‥」
「ただ希望を手にするのは真の勇者のみ、と文書にもありましたから、様々なものが待ち受けていることになる筈ですが」
 リースフィアの微かな心配。だが
『いいじゃないか』
 キット・ファゼータ(ea2307)はそれを払い飛ばす。
「宝探しは命がけがこの世界のルール。本当の宝はいつも福袋に入ってるものじゃないよな」
「危険があってこその冒険ってやつでしょ。危険が大きいほど、お宝もたくさんってね。何をするにも先立つものが無いと!」
 グロリア・ヒューム(ea8729)のウインクに冒険者達の肩から、程よく力が抜ける。
「よし、じゃあ、ここを少し調べてから出発だ。頼むぞ、ヘンルーダ」
 振り返ったリル。だが、呼びかけられた娘、ヘンルーダ・ロールの目は中空を見つめている。
「おい!」「ヘンルーダ様!」
 斗織に肘を突かれ、ハッとしたヘンルーダ。手に持ったペンもおぼつかない様子にキットは少し膨れ気味だ。
「しっかりしてくれよ。大事なマッピングを任せたんだから」
「おい! キット。ちょっとここを見てくれ」
「今行く!」
 キットがリルに呼ばれたのを確かめて、斗織はヘンルーダにそっと問うた。
「何がありましたの?」
 ずっと自分を気遣ってくれる恋人の妹、彼女だけにヘンルーダは静かに小さな不安を口にした。
「‥‥なんだか、遺跡に入ってから、ずっと誰かが呼んでいるような気がするの」
「呼んでいる?」
「気のせいだとは思う。でも、なんだか気になって」
「ご無理はいけませんよ。何かあったらすぐにおっしゃって下さいね」
「ありがと!」
「じゃあ、そろそろ行きましょう。準備はいいですか?」
 リースフィアに呼ばれ二人は走り出す。
 後で、斗織はこの時の会話を何度となく思い出す事となった。

○聖書の道
 女神像の右と左に道が分かれている。
 その二つの道を女神が持つ物になぞらえ聖書の道と槍の道、と冒険者達は呼んだ。
 そして、まず先に聖書の道の探索を始めたのだ。
 カンテラに油を入れ、前に進む。進んだ先を調べ、地図に記録する。
 角ごとに印をつけて、疲れたら戻る。それを何度となく繰り返していた。
「聖書と槍‥‥何か故事などがありましたでしょうか?」
 考えながら進むメイユ。だが手は既に冒険者達に合図をしていた。冒険者達は身構える。
「来ます!」
 剣を構えたアルテス・リアレイ(ea5898)の言葉通り、そしてメイユの合図通り、
『ガガ‥‥ギ‥‥』『ググ‥‥ウウ』
 冒険者の前にはスケルトンがうなり声にも似た音を立て集まって来ていた。
 その数は20、いやもっとだろうか。
「またこいつらか!」
 言いながらももう冒険者達は慣れたものだ。陣形を崩さず、的確に倒していく。
 キットと盾を構え突進していくリースフィアの連携攻撃。
 絶狼のローリンググラヴィティにエリンティアのライトニングサンダーボルト。
 グロリアとリルの鞭が唸れば、普通のスケルトンなど倍の数がいてもものの数分で片がつく。
 ただ、今回だけは少し違った。
 最後に一匹、残ったスケルトンがいたのだ。
 剣を持ち、冒険者に身構える、少し身体の大きなスケルトン。その構えは生前、少しは使える剣士であったと告げている。
 そして、その背後には壁と‥‥何かが見える
「そろそろ、ゴールかな? じゃあ、生かせて貰うとするか!」
 楽しげに笑って前衛の戦士達が踏み込もうとした、その時
「動かないで!」
 そう告げた音よりも早く、彼らの後方から、間をすり抜け放たれた。
 透が放った一矢は、真っ直ぐにスケルトンの眉間に突き刺さったのだ。
 崩れる足元。
「やれやれ。美味しいところ持っていかれたかな?」
 冒険者の剣が振り下ろされた後には、崩れた骨と『彼』が使っていた剣と指輪。
 そして‥‥ひとつの宝箱が残されているだけとなったのだった。
「少し、離れていてください‥‥」
 戦士達の冗談めいた言葉を背に、透は宝箱に向けて膝をついて罠の解除をはじめた。
 遺跡最初の宝箱。その中に入っているものは何かと、冒険者は心を躍らせる。
 だが暫くの後、透が注意深く開錠した宝箱の中身は冒険者を驚かせ、がっかりとさせた。
 中に入っていたのは、たった一本の石の棒、それだけだったのである。
     
○槍の道と二つの宝箱
 まる二日間をかけた探索の結果が一本の棒であったことに、冒険者達は落胆を隠すことはできなかった。
「ま、どうせなら隅々まで残しなく全部見て回りたいもんだからな、こういうのって」
 エリンティアがどう調べてもまったく何の反応も無かった石の棒を持ちつつ、冒険者達はもう一つの槍の道の
探索を続けていた。
 先に作った聖書の道の地図があり、それとほぼ対を成す形をしていた槍の道の探索は、ある意味聖書の道よりは簡単なものとなった。
 いくつかの落とし穴や吊り天上のトラップはあったが、それも注意深く探れば解るもの。
 エリンティアなどはフライングブルームで移動していた為、それにさえ引っかかる事無く、進むことができた。
 出てくる敵はガーゴイル。スケルトンの群れに比べれば、多少やっかいではあるものの、冒険者にとってそれほど難敵ではないことに変わりはなかった。
「ふう、と。お嬢もなかなかやるじゃないか?」
 何度目かのガーゴイルの襲来を退けた後、キットはヘンルーダにそんな声をかけた。
 足手まといのイメージがあったが、敵との戦い方はなかなかしっかりとしたものがあった。
 ホーリーダガーと長剣を使い分け、彼女の役割はしっかりと果たしている。
「元より運動神経はよろしいようです。素質はあると思いますから後は実践を積み技術を磨けば、ひとかどの実力者になれると思いますよ」
 以前手合わせをした斗織の評価はあながち外れてもいないようである。
「さて、地図のとおりであるなら、槍の道もここが終着点。宝があるかな?」
「ありましたわ!」
 リルの言葉どおり、ガーゴイルの屍の下に宝箱はあった。
 聖書の道にあったものと、ほぼ同じものだ。
「透さん」
「お任せ下さい」
 透は再び注意深く宝箱を開錠する。そして、ゆっくりと箱を開いた。
 だが、中に入っていたのはやはり、ただの石の棒である。
「これで二本揃ったって訳か。だが、これが希望って訳でもあるまい?」
「魔法も何もかかっていない、ただの棒ですよぉ〜」
 絶狼の言葉にリルは棒を手に取ると、手の中に持て遊ぶと、
「キット!」
「わっ!」
 ふいにキットの方へ投げ上げた。
「な、なんだよ。リル。危ないだろ!」
 なんとかキャッチしたキットにリルは自分の棒を振る。
「これの使い道、あれだと思わないか?」
「あれ?」
 言われてキットは考える。
 リルと何かをしたと言えば、あの女神の壁画の調査くらい。 
 女神の遺跡は大きな一枚板に描かれていて、足元には‥‥。
「あっ! そうか!」
 首を傾げる仲間達にリルは、にやりと邪笑を浮かべたのだった。

○器の娘と四つの扉
 そして、冒険者達は見つけた石の棒を持って女神像の前に戻ってきた。
「確かに地図では二つのエリアの真ん中に不自然な空白がありますわね」
 メイユの言葉に頷くとそっと、リルは足元にあった小さな穴へと差し込んだ。
 カチッ。
 かすかな音を立てて、何かが動く音がした。
 リルはキットと顔を見合わせると、女神の像の真正面に立ち、真っ直ぐにそれを押した。
「あっ!」
 女神の像は中央から左右に開き、新たなる道が現れたのである。
「この棒は扉のロックを開くものであったというわけですか」
「多分な。扉の境目は巧妙に絵の具で隠されていたから、女神像をちゃんと調べないと解らなかったろう」
「私達の目の前に次の階への入り口が用意されていたのですね‥‥」
 斗織は静かに女神に礼を捧げた。
 まるで女神に抱きかかえられているように開いた扉。
 新たなる階層に続く、漆黒の道。
 その先には何が待ち受けているのだろうか。
「行きましょう」
 冒険者達は注意深く、闇色の階段を静かに下りていった。

「くっ‥‥?」
「どうしたんです? ヘンルーダさん?」
「な、なんでもないわ。ちょっとめまいがしただけ‥‥」

「あれは‥‥なんでしょう?」
 階段の突き当たりには大きな扉があった。
「え〜っと、何か刻まれていますねぇ〜」
 待っていたというように前に進み出るエリンティア。
 彼が言うには古代魔法語で刻まれた文章にはこう書かれてあったという。
『この扉は真実の門。希望への入り口であり、番人の待つ扉。真実を見抜く眼と心を持った者のみが希望を手にすることであろう』
「どうしますぅ〜?」
 と、エリンティアは聞かなかった。聞く必要もない事だ。
 鍵のかかっていない扉を躊躇わず開き、先に進む。
 やがて道の先に三つの扉が見えてきた。
 扉には三人の乙女の絵が描かれていた。それぞれ青い服と、白い服と、紅い服を着た乙女。
 扉の横には小さな石版が埋め込まれている。
『天使と悪魔と人がいる。天使は常に真実を語り、悪魔は常に嘘をつく。人は嘘を言うか真実を言うか解らない。汝天使の道を探し、進むべし‥‥』
「うーん、これだけじゃ解らないですぅ〜」
「謎解きにしても情報が足りないな。何か、手がかりは書いていないのか?」
 考え込むエリンティア、手がかり探しに動き出す冒険者達、その後ろで
「‥‥青い服の娘は言う。『私は天使ではない』
 白い服の娘は言う。『私は人ではない』
 紅い服の娘は言う『私は悪魔ではないと』と」
「ヘンルーダさん?」
 振り返った斗織が見つめた先、そこにいたのは確かにヘンルーダである。
 だが、その笑みは彼女の兄が愛する、彼女が良く知るヘンルーダのものではなかったのだ。
「違う! 貴方は誰です!」
 剣を抜き放った斗織にヘンルーダ、いや彼女の意識を乗っ取った者が微笑む。
「アンデッドの気配です! お気をつけて!」
 メイユに言われるまでもなく、冒険者の多くはそれに気づいていた。だから
『私の名はアンドーラ。遺跡の番人である。』
 冒険者は動きを止めた。人質をとられているという事以上に、彼女が放つ不思議な威厳に圧倒された、ということもあるのだが‥‥。
『汝ら私を目覚めさせしものよ。最初の試練を潜り抜けし者よ。
 謎を解き先に進むがいい。この遺跡は試練の迷宮である。戦う力と、真実を見抜く目と心を持った者のみが、遺跡の奥に眠る希望を手にするであろう。
 但しチャンスは常に一度、過ちの扉を開いたら二度と先への扉は開かぬと知れ』
「待ちなさい! 貴方は一体!」
 リースフィアが手を伸ばすより早く、それだけ言うとヘンルーダの姿をした者は姿を消していた。
『さらばだ。扉が開いて後、また会おう』
 魔法で、ではなく物理的な仕掛けを使って、だ。石壁を叩き、扉を開いて‥‥。
「な、そんなところに隠し扉が!」
「ダメだ。こっちからだともう動かない!」
「つまり、扉を行く以外に俺達には道は無いってことか」
 カチン。
 地面に落ちたペンを拾い手の中で握る。
「面白い!」
 絶狼の目が輝いた。それは他の冒険者も同じである。
 不謹慎と言えるかもしれない。だがヘンルーダが消えた事に冒険者の落ち度は無かったし、あの様子からしておそらく、ヘンルーダ自身に危険が及ぶ事は無いだろうと冒険者は確信していた。
 迷宮からの挑戦に胸が高鳴る。
 久々のそれは間違いの無い『冒険』であった。

 迷宮の最下層。
『四つの問題が全て解けるかしら』
 と遺跡の番人は笑う。
『それくらいできないとデビルとの戦いは勤まらない』
 と守護者は微笑む。この階を通るにはさらに三つの扉を潜り抜けなくてはならないと冒険者は知るだろう。

『四人の娘が描かれた扉がある。
 紅い服の娘と青い服の娘、白い服の娘と黒い服の娘。
 一人はデビルで、残りは人である。
 デビルは常に嘘を言い、人は常に真実を言う。だが一人は魔法の指輪をしていて、その指輪をしている者は常に嘘をつく。
 デビルを見つけ出しその扉を進むがいい。
 黒い服の娘は言う。『白い服の娘はデビルではない』』  
 紅い服の娘は言う。『私は魔法の指輪をしていない』
 青い服の娘は言う。『白い服の娘はデビルである』
 白い服の娘は言う。『魔法の指輪をしているのは黒い服の娘である』

『紅い扉があり、黒い扉もある。
 一つは正しき扉で、もう一つは後悔への扉である。前には番人がいるが、どちらかは正直でどちらかが常に嘘をつく。質問はどちらかに一度のみ。
 正しき質問を問いかけ、正しき道を進むが良い』

『紅い扉と黒い扉がある。その前で傷ついた少年が冒険者に訴える。
「黒い扉の先が次への正しい道だよ。
 でも、お願い。僕を助けて。紅い扉を開けないと僕の妹が殺されてしまうんだ。どうか紅い扉を開いて妹を助けて下さい」』


『確かにね。見込みはありそうだったわ。‥‥この子も素質はありそう。私を‥‥くれるかしら?』
『‥‥あいつに託された冒険者。しかも、お前を救ってくれた者達。‥‥期待しているのだからな。こう見えても。なあ、ヘンルーダ?』
 知らない声と、懐かしい声。 
「二人」の会話を心の中で聞きながらヘンルーダは動かぬ身体で祈る。
 無意識に胸元の祈りの水晶と、大切な人から預かったペンダントに触れながら。
 冒険者が無事に辿り着くように‥‥と。

●今回の参加者

 ea0050 大宗院 透(24歳・♂・神聖騎士・人間・ジャパン)
 ea2307 キット・ファゼータ(22歳・♂・ファイター・人間・ノルマン王国)
 ea3225 七神 斗織(26歳・♀・僧兵・人間・ジャパン)
 ea3868 エリンティア・フューゲル(28歳・♂・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 ea3888 リ・ル(36歳・♂・ファイター・人間・イギリス王国)
 ea3991 閃我 絶狼(33歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea5898 アルテス・リアレイ(17歳・♂・神聖騎士・エルフ・イギリス王国)
 ea8729 グロリア・ヒューム(30歳・♀・ナイト・人間・神聖ローマ帝国)
 eb2745 リースフィア・エルスリード(24歳・♀・ナイト・人間・フランク王国)
 eb5422 メイユ・ブリッド(35歳・♀・クレリック・ハーフエルフ・イギリス王国)

●リプレイ本文

○迷宮の試練
 パンドラの迷宮とここを呼んだのは円卓の騎士パーシ・ヴァルであった。
 扉を開けると絶望や災厄が飛び出し、最後に人の側に希望が残った。
 それが伝説におけるパンドラの函であるが、この遺跡においても開かれた扉は冒険者にある災厄を与えた。
「ヘンルーダさんが連れ去られるなんて‥‥」
 七神斗織(ea3225)は手を強く握り締めた。噛み締められた唇からも音が出そうな程だ。 
(「兄上はここに来た方が良かったのかも知れない、でも居なくて正解だったのかもしれない。居たらきっと自分を責めた事でしょうから‥‥」)
 この遺跡を開封する鍵となる娘、ヘンルーダ・ロールは遺跡の中、最初の扉が開いた直後、遺跡の番人と名乗る『もの』に連れ去られたのだ。
 正確には憑依されて、自ら姿を消した。
 この遺跡を知り尽くした番人を止める事は難しかったであろうが、それでも恋人が目の前で攫われては平静ではいられなかったろう。
「まあ、あの様子からしてヘンルーダが危害を加えられるってことはないだろ。とりあえず、目の前の問題に集中だ。最後に敵として現れるってことはあるかもしれなけどな」
 肩を竦めながら言うキット・ファゼータ(ea2307)に同意、とリースフィア・エルスリード(eb2745)やリ・ル(ea3888)と首を縦に振る。
 おそらくヘンルーダは実体を持たない番人‥‥アンドーラの器として連れ去られたのだろう。
「幸い、バックパックは一緒に持っていかれましたから食べ物はあるでしょうが、それがちゃんと出される保障はありませんわ」
「そうだな。それも含めたタイムリミットだと思うとのんびりもしていられないだろ」
 目の前の扉をトントン、叩きながらメイユ・ブリッド(eb5422)の言葉に閃我絶狼(ea3991)は目で頷いた。
「とりあえず、罠などは無いようですね。勿論注意するに越した事はありませんが」
 扉の周囲を調べていた大宗院透(ea0050)の側に
「周囲に敵はいないようです。他に道もありませんし、やはり前に進むしかないようですね」
 アルテス・リアレイ(ea5898)とグロリア・ヒューム(ea8729)も集まる。
「なんとなくシャフツベリーとエイムズベリーの遺跡の繋がりが見えてきた様に感じますぅ〜」
「何がだ?」
 不思議な微笑を浮かべるエリンティア・フューゲル(ea3868)にリルは首をかしげて問うた。
 彼が見ているのは扉の乙女。
「なんとなく〜、ベルさんに似てるんですよぉ〜。あの扉の乙女も、さっきの女神も〜」
「? まあ、言われてみればそうかな?」
「金色の髪と青い瞳の女神像のモデルが聖女なら〜、アリオーシュを倒す又は封印する手がかりがあるかも〜って気がしますぅ〜」
「俺も、なんとなくこの遺跡は『あたり』のような気がする。ま、これだけ勿体つけて何にも無しっての凹むけどな」
 話に割り込んで来た絶狼にそうですねぇ〜と笑って答えるエリンティア。彼の目はもう扉に向かう仲間達を見ている。
「あと〜、ひょっとしたら〜」
 背中にかかった小さな呟きに気づいてキットは振り返った。
「何か、言ったか?」
「い〜え。これはちょっと考え飛びすぎですからぁ〜」
 手を振ったエリンティアにそうかとだけ答えて、キットはまた扉に向かう。
「どっちにしろ〜、ここに本当に希望が残っているといいですぅ〜」
 祈るように呟いたエリンティアはゆっくりと仲間達の方へ歩いていった。 

○定められた答え
「This is a ”little” difficult ”riddle”」 
 透のため息交じりの呟きが冗談、というか言葉遊びであると冒険者が知るまで、数十秒。
「あー、それ洒落だったのか?」
 冷ややかな反応に
「余りイギリス語は得意ではないんです‥‥」
 照れくさそうに透は頭を掻いた。
 一つ目の扉の問題は、正直それほど難しいものではなかった。
「天使と悪魔と人がいる。天使は常に真実を語り、悪魔は常に嘘をつく。人は嘘を言うか真実を言うか解らない。汝天使の道を探し、進むべし
 青い服の娘は言う。『私は天使ではない』
 白い服の娘は言う。『私は人ではない』
 紅い服の娘は言う『私は悪魔ではないと』
 これは白い服の娘が天使、ですね?」
 そうだな、と絶狼は頷いた。
「青い人は人間以外だと矛盾するからありえない、白い人は人間か天使のどっちか、で人間はもう青い人だから天使だ」
 出た結論に反論は無い。冒険者達は迷う事無く白い服の娘の扉を開いた。
 そうして冒険者は第二の扉に着く。今度は四つの扉に同じように娘が描かれている。
「紅い服の娘と青い服の娘、白い服の娘と黒い服の娘。
 一人はデビルで、残りは人である。
 デビルは常に嘘を言い、人は常に真実を言う。だが一人は魔法の指輪をしていて、その指輪をしている者は常に嘘をつく。
 デビルを見つけ出しその扉を進むがいい。
 黒い服の娘は言う。『白い服の娘はデビルではない』』  
 紅い服の娘は言う。『私は魔法の指輪をしていない』
 青い服の娘は言う。『白い服の娘はデビルである』
 白い服の娘は言う。『魔法の指輪をしているのは黒い服の娘である』 」
「これも理屈は同じです。リドルというのは選択肢を一つ一つ正解だと仮定して他のものと突き合わせていけばいいのです。おそらく青い服の娘がデビルでないと矛盾が生じますね」
 リースフィアの言葉に冒険者達は頷く。
「ああ。赤い娘の言葉が嘘だと嘘が三つになるからコレは本当。
 白い服の娘の言葉が本当だと本当の事を言うデビルという矛盾が出来るからこれは嘘。
 青い服の娘の言葉が本当だと白い服の娘の嘘と矛盾するからコレは嘘。
 嘘も本当も二つずつだから黒い娘のいう事は本当。
 白い服の娘はデビルではなく、嘘を付いてるので指輪持ちの人間‥‥ってことになるか?」
 青い扉の前に立ち絶狼は静かに押す。最初の扉と同じように何の障害も無く、扉は開かれた。
「待ってくれ。ちょっと確かめたいことがあるんだ」
 先に進もうとした仲間をキットが呼び止める。残りの扉を叩いたり押したりしている彼に仲間達は彼の意図を理解した。
「どうだ? 開けられるか?」
「うーん、ダメだな。なんだかロックされている」
「つまり、一度に開ける扉は一つのみということですわ」
「先に進んで次の扉が出るまで当たりかどうか解らないってことか。まったく『こちらが当たりです。大正解!』とでも書いてくれりゃあいいのに」
 冒険者の呟きは半分冗談である。だがやはり暗く細い道を歩いていると不安が生まれてくるもの。
 だから次の扉が見えてきた時には、彼らは気づかずホッとする自分を感じていた。
「あれは‥‥ゴーストですわ」
 今度の扉は二つ。その両方の前にそれぞれ一人ずつ二人の人が立っていたのだ。
 人と言ってもメイユの言うとおり彼らはゴーストであるのは簡単に見て取れる。
「ここにも問題があります。‥‥一つは正しき扉で、もう一つは後悔への扉である。前には番人がいるが、どちらかは正直でどちらかが常に嘘をつく。質問はどちらかに一度のみ。
 正しき質問を問いかけ、正しき道を進むが良い」
「つまりあれは試練の番人ということです。浄化は避けて下さい。メイユさん」
 アルテスの言葉にメイユは静かに頷く。
 これもリドル。謎かけである。でも
「‥‥ちゃんと明確に答えの出るものですね」
「ええ、片方に対して質問への答えを問えばいいのだと思います」
 リースフィアと透の言葉に少し考えていたキットが一歩前に進み出た。
 そして手近にいた方、紅い扉の番人にこう問うた。
「向こうの番人はどちらが本当だと言うと思う?」
 紅い扉の番人は微笑んで相手の扉を指差す。
「ありがとさん。こっちだ」
 キットは仲間達を紅い扉に呼び寄せる。
 彼が本当を言っているのか嘘を言っているのかは解らない。
 だが本当を言っており紅い扉が正解なら『相手は嘘をついている。嘘をついた結果、間違っている扉を教えるだろう』と間違っている扉を正直に教える筈であり、もし嘘をついているなら相手は『正直に紅い扉が正しいと伝える筈』と思い、それを嘘にするから間違っている扉を教える筈だろう。
 要するに、どちらに聞いても間違った方の扉を指すのでその反対に行けばいいのだ。
 慎重に紅い扉は開かれ、冒険者達は先に進んでいく。
「えっ?」
 微かな声を確かに聞いて、冒険者は振り返る。
 だが、そこにはもう誰も、何もいなかった。 
『ありがとう』『頑張れよ‥‥』
 小さな感謝の言葉だけを残して‥‥。

○問われているもの
 謎かけ‥‥リドルとは論理的に考え、答えれば確実に答えが出るとリースフィアは言った。
 それで言うならあれは謎かけでは無かったと冒険者は後に思う。
 最後の扉の問いかけを思った時‥‥。

「先に‥‥不死者がいます。でも、一体だけ?」
 メイユの言葉に緊張して進んだ冒険者は二つの扉と、扉の前に佇むゴーストの少年を見ることとなったのだ。
 二つの扉の前に問題を示す板は無く、ただ少年が涙ながらに訴えている。
『黒い扉の先が次への正しい道だよ。
 でも、お願い。僕を助けて。紅い扉を開けないと僕の妹が殺されてしまうんだ。どうか紅い扉を開いて妹を助けて下さい』
 冒険者は彼の言葉を噛み締めるように聞いていた。
 目の前にいるのはゴースト。死者であり既に命亡き者だ。
「望みを聞く必要は無いでしょう。こんな所に在る者に真実がある訳はありません。正し道である事が嘘ならば、”妹がいる”という事も嘘です‥‥。リドルに心情はいりません、必要なのは真実を見破る力です。捨て置きましょう」
 冷静に告げる透。
「何か今までと傾向が違過ぎね? 単なる謎掛けなら黒い扉を開けた後赤い扉を開けてから黒い扉の中、って事なんだろうけど今までだと一度開けたら他の扉は開けないだろ?」
 絶狼も腕を組んで考えるが、膝を折り少年のゴーストと一度だけ目を合わせたリルは
「紅い扉を開こう」
 迷い無く、仲間達にそう告げた。
 微かにざわめく冒険者達。
「この子が罠であるなら黒い扉が本当ってのは嘘だろ? で、本当ならこの先にいる妹ってのを放って置く訳にはいかない」
 だが、明確な反対意見は透からでさえ出る事は無かった。
「私もそうしたいです。例え騙されているのだとしても目の前で助けを求める者の声を無視することはできません。一人ででも助けたいと思います」
「少年が嘘をついていたとしても、慈愛神の教えでは彼の妹を救うべきなのではないかと思います。
 道は『正解』ではなく『人としての正しい道』を選択できるかが問われているのではないでしょうか?」
「ま、そんなところだろうな。俺としては黒い扉と紅い扉を同時に開けて、黒い扉をって思うけど、どちらかをってなら紅い扉だ」
「僕もキットさんと同じ意見ですね。紅い扉を開くことに反対はしません」
「彼の望みをかなえてあげたいと思います」
 無言の絶狼の背中をぽん、リースフィアは叩いた。
「迷うなら騙されても助ける道を選びましょう。そもそもそのための力を探しに来たのですから、それ以外の道を選ぶのはどうか、というのもありますよ。
 もしそれが間違いだというならば、罠も扉も叩き壊して進めばいい。デビルとの戦いはもともとそんなものですから」
 多数決はとるまでもなかった。
 慎重に注意深く冒険者は紅い扉を開く。
 緩やかに開いた扉の先は、不思議な広場に通じていた。
 見れば横にある黒い扉も同じ広場に通じている。
 そこから先に続く道は一本。どちらを選んでも同じ場所に辿り着いたのであろうか。
 だが紅い扉の前には、鎖に繋がれた一人の少女のゴーストが立っていた。
『お兄ちゃん!』『ミアナ!』
 駆け寄った少年のゴーストは少女のゴーストを胸に抱きしめる。
 瞬間、鎖は消え去り少女は解き放たれて笑顔で少年の腕に抱かれた。
『ありがとう‥‥冒険者の皆さん。この先は皆さんの心を試す試練です。仲間を信じて、自分を信じて進んで下さい』
 少年は頭を下げてそう言うと静かに消えていった。
 妹の手をしっかり握り締めて。
 紅い扉を開いた事を後悔する者はもはやも誰もいない。 
 
○現れた『敵』
 薄暗い道を、冒険者達は進む。
 二つの扉からの道は一つとなり、細い、細い道となった。
 どこまでも続く微かな下り坂。
 周囲にはコケが生し終わりの見えない道をカンテラや松明と共に不思議に照らしている。
(「おかしい? こんなに長く歩いても先が見えないなんて。地図で考えるなら‥‥もうとっくに‥‥」)
 誰かが、もしくは全員がそんな事を考え始めた時だった。
 ガシャン!
「うわっ!!」
 突然闇の中から光の矢が放たれた。
 一つ、二つ、三つ‥‥。
 矢は冒険者達の持つカンテラ、松明を一つ一つ射抜いていく。
 そして最後の矢が放たれ、周囲は漆黒の闇に染まる。
「みんな!!」
 冒険者達は互いの姿を見失い、闇の中、顔をめぐらす。
 明かりを探そうとするもの、予備の明かりに灯を入れようとするものそれぞれが闇の中で次なる行動を移そうとした其の時、ふと、小さな光が冒険者達の前に現れ、近づいてきた。
「えっ!」
 闇の中、冒険者達は己が目を疑う。
 光を掲げる『もの』は共に遺跡に入ってきた仲間の冒険者ではなかったのだ。
「どうして‥‥ここに?」
 片手に灯りを、片手に武器を持って笑みを浮かべるのは‥‥冒険者達の最愛の人物だったのである。
「どうして‥‥」
 その答えに返事は返らなかった。言葉では。
 ただ無言で彼、もしくは彼女は‥‥
「! なにを!」
 冒険者達に攻撃を仕掛けてきたのである。

 迷宮の最下層。
『彼らはここに辿り着けるかしら』
 と遺跡の番人は笑う。
『自らの心と、仲間。それを信じることができれば‥‥きっと、な』
 と守護者は微笑む。

 冒険者は今、自らの心と戦っているだろう。
 最愛の人物が敵に回った幻の中で。
 幻影をなんらかの形で打ち破れば冒険者達は最後の扉の前に辿り着くだろう。
 遺跡の守護者は苦笑する。
『まったく、趣味が悪いな。ゴーストだけじゃなくあんなのを封じておくなんて‥‥』
 だが、この階の試練は幻影の後にこそ現れるのだ。
 十一人目、十二人目の冒険者となって。
 彼らは試練を打ち破れるだろうか? 
 自分達と同じ姿をした敵から真実を見つけ出して‥‥。
『貴方も言ったでしょう? 自らの心と仲間を信じることができれば‥‥と。この遺跡は元よりそんな人を導くためのものなのですから』
 遺跡の番人は、目の前に立つ『守護者』にそう微笑みかけた。
 その表情はどこか寂しげだ。
 彼は知っていた。彼女の思いの意味を。
 生きている時にはきっと知れなかった思い。同じ存在となった今だからこそ‥‥。
『そうだな。‥‥これは相応しい人物の手に渡されなければならない』
 手に槍を握り、黒い髪を靡かせ彼は空を仰ぐ。
 彼女の瞳が見つめる天は石の壁。
 だが、彼にはその先に希望が見えているようだった。