【パンドラの迷宮】導きの女神

■キャンペーンシナリオ


担当:夢村円

対応レベル:11〜lv

難易度:難しい

成功報酬:59 G 72 C

参加人数:10人

サポート参加人数:-人

冒険期間:08月15日〜10月04日

リプレイ公開日:2009年08月24日

●オープニング(第2話リプレイ)

○迷宮の試練
 パンドラの迷宮とここを呼んだのは円卓の騎士パーシ・ヴァルであった。
 扉を開けると絶望や災厄が飛び出し、最後に人の側に希望が残った。
 それが伝説におけるパンドラの函であるが、この遺跡においても開かれた扉は冒険者にある災厄を与えた。
「ヘンルーダさんが連れ去られるなんて‥‥」
 七神斗織(ea3225)は手を強く握り締めた。噛み締められた唇からも音が出そうな程だ。 
(「兄上はここに来た方が良かったのかも知れない、でも居なくて正解だったのかもしれない。居たらきっと自分を責めた事でしょうから‥‥」)
 この遺跡を開封する鍵となる娘、ヘンルーダ・ロールは遺跡の中、最初の扉が開いた直後、遺跡の番人と名乗る『もの』に連れ去られたのだ。
 正確には憑依されて、自ら姿を消した。
 この遺跡を知り尽くした番人を止める事は難しかったであろうが、それでも恋人が目の前で攫われては平静ではいられなかったろう。
「まあ、あの様子からしてヘンルーダが危害を加えられるってことはないだろ。とりあえず、目の前の問題に集中だ。最後に敵として現れるってことはあるかもしれなけどな」
 肩を竦めながら言うキット・ファゼータ(ea2307)に同意、とリースフィア・エルスリード(eb2745)やリ・ル(ea3888)と首を縦に振る。
 おそらくヘンルーダは実体を持たない番人‥‥アンドーラの器として連れ去られたのだろう。
「幸い、バックパックは一緒に持っていかれましたから食べ物はあるでしょうが、それがちゃんと出される保障はありませんわ」
「そうだな。それも含めたタイムリミットだと思うとのんびりもしていられないだろ」
 目の前の扉をトントン、叩きながらメイユ・ブリッド(eb5422)の言葉に閃我絶狼(ea3991)は目で頷いた。
「とりあえず、罠などは無いようですね。勿論注意するに越した事はありませんが」
 扉の周囲を調べていた大宗院透(ea0050)の側に
「周囲に敵はいないようです。他に道もありませんし、やはり前に進むしかないようですね」
 アルテス・リアレイ(ea5898)とグロリア・ヒューム(ea8729)も集まる。
「なんとなくシャフツベリーとエイムズベリーの遺跡の繋がりが見えてきた様に感じますぅ〜」
「何がだ?」
 不思議な微笑を浮かべるエリンティア・フューゲル(ea3868)にリルは首をかしげて問うた。
 彼が見ているのは扉の乙女。
「なんとなく〜、ベルさんに似てるんですよぉ〜。あの扉の乙女も、さっきの女神も〜」
「? まあ、言われてみればそうかな?」
「金色の髪と青い瞳の女神像のモデルが聖女なら〜、アリオーシュを倒す又は封印する手がかりがあるかも〜って気がしますぅ〜」
「俺も、なんとなくこの遺跡は『あたり』のような気がする。ま、これだけ勿体つけて何にも無しっての凹むけどな」
 話に割り込んで来た絶狼にそうですねぇ〜と笑って答えるエリンティア。彼の目はもう扉に向かう仲間達を見ている。
「あと〜、ひょっとしたら〜」
 背中にかかった小さな呟きに気づいてキットは振り返った。
「何か、言ったか?」
「い〜え。これはちょっと考え飛びすぎですからぁ〜」
 手を振ったエリンティアにそうかとだけ答えて、キットはまた扉に向かう。
「どっちにしろ〜、ここに本当に希望が残っているといいですぅ〜」
 祈るように呟いたエリンティアはゆっくりと仲間達の方へ歩いていった。 

○定められた答え
「This is a ”little” difficult ”riddle”」 
 透のため息交じりの呟きが冗談、というか言葉遊びであると冒険者が知るまで、数十秒。
「あー、それ洒落だったのか?」
 冷ややかな反応に
「余りイギリス語は得意ではないんです‥‥」
 照れくさそうに透は頭を掻いた。
 一つ目の扉の問題は、正直それほど難しいものではなかった。
「天使と悪魔と人がいる。天使は常に真実を語り、悪魔は常に嘘をつく。人は嘘を言うか真実を言うか解らない。汝天使の道を探し、進むべし
 青い服の娘は言う。『私は天使ではない』
 白い服の娘は言う。『私は人ではない』
 紅い服の娘は言う『私は悪魔ではないと』
 これは白い服の娘が天使、ですね?」
 そうだな、と絶狼は頷いた。
「青い人は人間以外だと矛盾するからありえない、白い人は人間か天使のどっちか、で人間はもう青い人だから天使だ」
 出た結論に反論は無い。冒険者達は迷う事無く白い服の娘の扉を開いた。
 そうして冒険者は第二の扉に着く。今度は四つの扉に同じように娘が描かれている。
「紅い服の娘と青い服の娘、白い服の娘と黒い服の娘。
 一人はデビルで、残りは人である。
 デビルは常に嘘を言い、人は常に真実を言う。だが一人は魔法の指輪をしていて、その指輪をしている者は常に嘘をつく。
 デビルを見つけ出しその扉を進むがいい。
 黒い服の娘は言う。『白い服の娘はデビルではない』』  
 紅い服の娘は言う。『私は魔法の指輪をしていない』
 青い服の娘は言う。『白い服の娘はデビルである』
 白い服の娘は言う。『魔法の指輪をしているのは黒い服の娘である』 」
「これも理屈は同じです。リドルというのは選択肢を一つ一つ正解だと仮定して他のものと突き合わせていけばいいのです。おそらく青い服の娘がデビルでないと矛盾が生じますね」
 リースフィアの言葉に冒険者達は頷く。
「ああ。赤い娘の言葉が嘘だと嘘が三つになるからコレは本当。
 白い服の娘の言葉が本当だと本当の事を言うデビルという矛盾が出来るからこれは嘘。
 青い服の娘の言葉が本当だと白い服の娘の嘘と矛盾するからコレは嘘。
 嘘も本当も二つずつだから黒い娘のいう事は本当。
 白い服の娘はデビルではなく、嘘を付いてるので指輪持ちの人間‥‥ってことになるか?」
 青い扉の前に立ち絶狼は静かに押す。最初の扉と同じように何の障害も無く、扉は開かれた。
「待ってくれ。ちょっと確かめたいことがあるんだ」
 先に進もうとした仲間をキットが呼び止める。残りの扉を叩いたり押したりしている彼に仲間達は彼の意図を理解した。
「どうだ? 開けられるか?」
「うーん、ダメだな。なんだかロックされている」
「つまり、一度に開ける扉は一つのみということですわ」
「先に進んで次の扉が出るまで当たりかどうか解らないってことか。まったく『こちらが当たりです。大正解!』とでも書いてくれりゃあいいのに」
 冒険者の呟きは半分冗談である。だがやはり暗く細い道を歩いていると不安が生まれてくるもの。
 だから次の扉が見えてきた時には、彼らは気づかずホッとする自分を感じていた。
「あれは‥‥ゴーストですわ」
 今度の扉は二つ。その両方の前にそれぞれ一人ずつ二人の人が立っていたのだ。
 人と言ってもメイユの言うとおり彼らはゴーストであるのは簡単に見て取れる。
「ここにも問題があります。‥‥一つは正しき扉で、もう一つは後悔への扉である。前には番人がいるが、どちらかは正直でどちらかが常に嘘をつく。質問はどちらかに一度のみ。
 正しき質問を問いかけ、正しき道を進むが良い」
「つまりあれは試練の番人ということです。浄化は避けて下さい。メイユさん」
 アルテスの言葉にメイユは静かに頷く。
 これもリドル。謎かけである。でも
「‥‥ちゃんと明確に答えの出るものですね」
「ええ、片方に対して質問への答えを問えばいいのだと思います」
 リースフィアと透の言葉に少し考えていたキットが一歩前に進み出た。
 そして手近にいた方、紅い扉の番人にこう問うた。
「向こうの番人はどちらが本当だと言うと思う?」
 紅い扉の番人は微笑んで相手の扉を指差す。
「ありがとさん。こっちだ」
 キットは仲間達を紅い扉に呼び寄せる。
 彼が本当を言っているのか嘘を言っているのかは解らない。
 だが本当を言っており紅い扉が正解なら『相手は嘘をついている。嘘をついた結果、間違っている扉を教えるだろう』と間違っている扉を正直に教える筈であり、もし嘘をついているなら相手は『正直に紅い扉が正しいと伝える筈』と思い、それを嘘にするから間違っている扉を教える筈だろう。
 要するに、どちらに聞いても間違った方の扉を指すのでその反対に行けばいいのだ。
 慎重に紅い扉は開かれ、冒険者達は先に進んでいく。
「えっ?」
 微かな声を確かに聞いて、冒険者は振り返る。
 だが、そこにはもう誰も、何もいなかった。 
『ありがとう』『頑張れよ‥‥』
 小さな感謝の言葉だけを残して‥‥。

○問われているもの
 謎かけ‥‥リドルとは論理的に考え、答えれば確実に答えが出るとリースフィアは言った。
 それで言うならあれは謎かけでは無かったと冒険者は後に思う。
 最後の扉の問いかけを思った時‥‥。

「先に‥‥不死者がいます。でも、一体だけ?」
 メイユの言葉に緊張して進んだ冒険者は二つの扉と、扉の前に佇むゴーストの少年を見ることとなったのだ。
 二つの扉の前に問題を示す板は無く、ただ少年が涙ながらに訴えている。
『黒い扉の先が次への正しい道だよ。
 でも、お願い。僕を助けて。紅い扉を開けないと僕の妹が殺されてしまうんだ。どうか紅い扉を開いて妹を助けて下さい』
 冒険者は彼の言葉を噛み締めるように聞いていた。
 目の前にいるのはゴースト。死者であり既に命亡き者だ。
「望みを聞く必要は無いでしょう。こんな所に在る者に真実がある訳はありません。正し道である事が嘘ならば、”妹がいる”という事も嘘です‥‥。リドルに心情はいりません、必要なのは真実を見破る力です。捨て置きましょう」
 冷静に告げる透。
「何か今までと傾向が違過ぎね? 単なる謎掛けなら黒い扉を開けた後赤い扉を開けてから黒い扉の中、って事なんだろうけど今までだと一度開けたら他の扉は開けないだろ?」
 絶狼も腕を組んで考えるが、膝を折り少年のゴーストと一度だけ目を合わせたリルは
「紅い扉を開こう」
 迷い無く、仲間達にそう告げた。
 微かにざわめく冒険者達。
「この子が罠であるなら黒い扉が本当ってのは嘘だろ? で、本当ならこの先にいる妹ってのを放って置く訳にはいかない」
 だが、明確な反対意見は透からでさえ出る事は無かった。
「私もそうしたいです。例え騙されているのだとしても目の前で助けを求める者の声を無視することはできません。一人ででも助けたいと思います」
「少年が嘘をついていたとしても、慈愛神の教えでは彼の妹を救うべきなのではないかと思います。
 道は『正解』ではなく『人としての正しい道』を選択できるかが問われているのではないでしょうか?」
「ま、そんなところだろうな。俺としては黒い扉と紅い扉を同時に開けて、黒い扉をって思うけど、どちらかをってなら紅い扉だ」
「僕もキットさんと同じ意見ですね。紅い扉を開くことに反対はしません」
「彼の望みをかなえてあげたいと思います」
 無言の絶狼の背中をぽん、リースフィアは叩いた。
「迷うなら騙されても助ける道を選びましょう。そもそもそのための力を探しに来たのですから、それ以外の道を選ぶのはどうか、というのもありますよ。
 もしそれが間違いだというならば、罠も扉も叩き壊して進めばいい。デビルとの戦いはもともとそんなものですから」
 多数決はとるまでもなかった。
 慎重に注意深く冒険者は紅い扉を開く。
 緩やかに開いた扉の先は、不思議な広場に通じていた。
 見れば横にある黒い扉も同じ広場に通じている。
 そこから先に続く道は一本。どちらを選んでも同じ場所に辿り着いたのであろうか。
 だが紅い扉の前には、鎖に繋がれた一人の少女のゴーストが立っていた。
『お兄ちゃん!』『ミアナ!』
 駆け寄った少年のゴーストは少女のゴーストを胸に抱きしめる。
 瞬間、鎖は消え去り少女は解き放たれて笑顔で少年の腕に抱かれた。
『ありがとう‥‥冒険者の皆さん。この先は皆さんの心を試す試練です。仲間を信じて、自分を信じて進んで下さい』
 少年は頭を下げてそう言うと静かに消えていった。
 妹の手をしっかり握り締めて。
 紅い扉を開いた事を後悔する者はもはやも誰もいない。 
 
○現れた『敵』
 薄暗い道を、冒険者達は進む。
 二つの扉からの道は一つとなり、細い、細い道となった。
 どこまでも続く微かな下り坂。
 周囲にはコケが生し終わりの見えない道をカンテラや松明と共に不思議に照らしている。
(「おかしい? こんなに長く歩いても先が見えないなんて。地図で考えるなら‥‥もうとっくに‥‥」)
 誰かが、もしくは全員がそんな事を考え始めた時だった。
 ガシャン!
「うわっ!!」
 突然闇の中から光の矢が放たれた。
 一つ、二つ、三つ‥‥。
 矢は冒険者達の持つカンテラ、松明を一つ一つ射抜いていく。
 そして最後の矢が放たれ、周囲は漆黒の闇に染まる。
「みんな!!」
 冒険者達は互いの姿を見失い、闇の中、顔をめぐらす。
 明かりを探そうとするもの、予備の明かりに灯を入れようとするものそれぞれが闇の中で次なる行動を移そうとした其の時、ふと、小さな光が冒険者達の前に現れ、近づいてきた。
「えっ!」
 闇の中、冒険者達は己が目を疑う。
 光を掲げる『もの』は共に遺跡に入ってきた仲間の冒険者ではなかったのだ。
「どうして‥‥ここに?」
 片手に灯りを、片手に武器を持って笑みを浮かべるのは‥‥冒険者達の最愛の人物だったのである。
「どうして‥‥」
 その答えに返事は返らなかった。言葉では。
 ただ無言で彼、もしくは彼女は‥‥
「! なにを!」
 冒険者達に攻撃を仕掛けてきたのである。

 迷宮の最下層。
『彼らはここに辿り着けるかしら』
 と遺跡の番人は笑う。
『自らの心と、仲間。それを信じることができれば‥‥きっと、な』
 と守護者は微笑む。

 冒険者は今、自らの心と戦っているだろう。
 最愛の人物が敵に回った幻の中で。
 幻影をなんらかの形で打ち破れば冒険者達は最後の扉の前に辿り着くだろう。
 遺跡の守護者は苦笑する。
『まったく、趣味が悪いな。ゴーストだけじゃなくあんなのを封じておくなんて‥‥』
 だが、この階の試練は幻影の後にこそ現れるのだ。
 十一人目、十二人目の冒険者となって。
 彼らは試練を打ち破れるだろうか? 
 自分達と同じ姿をした敵から真実を見つけ出して‥‥。
『貴方も言ったでしょう? 自らの心と仲間を信じることができれば‥‥と。この遺跡は元よりそんな人を導くためのものなのですから』
 遺跡の番人は、目の前に立つ『守護者』にそう微笑みかけた。
 その表情はどこか寂しげだ。
 彼は知っていた。彼女の思いの意味を。
 生きている時にはきっと知れなかった思い。同じ存在となった今だからこそ‥‥。
『そうだな。‥‥これは相応しい人物の手に渡されなければならない』
 手に槍を握り、黒い髪を靡かせ彼は空を仰ぐ。
 彼女の瞳が見つめる天は石の壁。
 だが、彼にはその先に希望が見えているようだった。

●今回の参加者

 ea0050 大宗院 透(24歳・♂・神聖騎士・人間・ジャパン)
 ea2307 キット・ファゼータ(22歳・♂・ファイター・人間・ノルマン王国)
 ea3225 七神 斗織(26歳・♀・僧兵・人間・ジャパン)
 ea3868 エリンティア・フューゲル(28歳・♂・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 ea3888 リ・ル(36歳・♂・ファイター・人間・イギリス王国)
 ea3991 閃我 絶狼(33歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea5898 アルテス・リアレイ(17歳・♂・神聖騎士・エルフ・イギリス王国)
 ea8729 グロリア・ヒューム(30歳・♀・ナイト・人間・神聖ローマ帝国)
 eb2745 リースフィア・エルスリード(24歳・♀・ナイト・人間・フランク王国)
 eb5422 メイユ・ブリッド(35歳・♀・クレリック・ハーフエルフ・イギリス王国)

●リプレイ本文

○『人』の弱点
 呪文を紡ぎ終えた『彼女』薄闇の中、試練に挑む冒険者達を見つめている。
『彼女』は誰よりも知っている。
 デビルの狡猾さを。
『人を愛する心は我が領域だ。誰かが誰かを思う気持ちこそが我が力の根源』
『彼』はそう言って笑っていたっけ。もう決して届かぬ場所にいる『彼』に語りかけるように彼女は呟く。
『でも‥‥貴方には解らないわ‥‥。人は愛する心故に強くなれるということを』
 彼女は遺跡に眠る秘宝を手に入れる為の三つ目の試練をここに仕掛けた。
 今、それぞれが心の中の、最愛の者と対峙している筈である。それは恋人であるかもしれないし、家族であるかもしれない。
『どうか‥‥、神よ‥‥』 
 祈るような遺跡の番人の声を、彼らは知る由も無い。
ただ向かい合うのみ。
 自らの心が指し示す真実と。

○誰よりも大切なひと
 冒険者は知らない事であるが彼らは遺跡の番人の作り出した幻影の中にいた。
 彼女が与えた試練は
『その人物が一番大切に思う人が襲ってくる』
 所詮幻影ではあるが、与えられる痛みは肉体に与えられるものも、心のそれも冒険者達にとっては偽りの無い真実だ。
 それは時として愛する者の姿をとる。
「何故‥‥ここに?」
 黒髪青い瞳の神聖騎士が剣を構える姿に大宗院透(ea0050)は一瞬の躊躇いを見せた。
 彼と同様に自分を見つめる碧の瞳に閃我絶狼(ea3991)も息を呑んだ。目の前にいる人物は自分の知る彼女の特徴を持っている。
「何故こんな所に‥‥いやしかしその大きさは確かに‥‥」
 アルテス・リアレイ(ea5898)も赤い髪を靡かせた細身の少女の存在に慄いた。何よりも武器を構える彼女にだ。
 三人は互いの戦いを知りはしない。
 だが、直後剣を構え、魔法を放つ愛する者達の攻撃を同じように必死でかわしていた。
「おいおい‥‥冗談はよせよ」
「貴女らしくありませんよ!」
「偽者? でも、そう断じるには‥‥憑かれている可能性だって」
 だが彼女達の行動に遠慮は無く、躊躇も無い。
 少しずつ、だが確実に彼らを追い詰めていく。
 やがて三人はそれぞれに決意を決めるとそれぞれが正反対の、だが同じ行動に出る。
 絶狼は剣を捨て、透は武器を持って、アルテスは彼女の攻撃を、避けずに受けて愛するものの胸元に飛び込んで行ったのだ。
「貴女は‥‥いいえ彼女は冗談でもその様な事はしません。もし、私達がこの様な状況になったら自害しますし、操られているなら、私が引導を渡します‥‥。私がそうなっても同様です」
「そんな能面みたいな面すんなよ。困った顔は面白いんだよな、一緒に行けなくて悲しい顔もさせちまったな‥‥それでも俺は、優しく笑う君が、好きなんだ、こんな何処の誰ともわからない風来坊を好きだと言ってくれた、お前が!!たとえ俺の過去がどうあろうとこの想いは絶対、変わらない!」
「この試練の主は何を求めているのか‥‥。力を示してみよ、いえ‥‥僕は胸の想いで勝って見せます。だから!」
「だから! 戻って来い!」「戻って来て下さい!」「戻って下さい! 愛する人よ」
 三人の思いは幻影達の動きを止めた。その作られた心に届いたかどうかは解らない。
 だが彼らの上に愛する者達からの刃が降る事は無かった。

 愛する者達の姿を持った敵、だが彼女らは冷静にその瞳で真実を見据えていた。
「貴女は‥‥」
 グロリア・ヒューム(ea8729)、リースフィア・エルスリード(eb2745)そしてメイユ・ブリッド(eb5422) 彼女達の前に現れたのは、剣を持った母親の姿であった。
「何をしているの?」
 グロリアは彼女の拙い剣を避けながら目を閉じた。
「貴女は剣を振るうような人では無い筈です」
 リースフィアもまた武術を極めた彼女に届くはずの無い剣を避け、自分を襲う母親を見つめている。
「そう‥‥貴女は‥‥」
 メイユだけは‥‥微かに悲しそうな目で顔を伏せていた。
 彼女達の思いはそれぞれ。
 だがやはり彼女らの行動もまた正反対でありまた同じであった。
「ここにいない筈の存在は幻。私は‥‥家族に楽をさせる為に剣を取ったのだから」  
「武器を相手に振るったのであれば、相手のそれが自分に振り下ろされるのは当然のこと。それは貴女の教えでもあります」
 グロリアとリースフィアは躊躇わず彼女達を切り捨てた。
 メイユは愛する母親の姿に向けて微笑んで手を差し伸べ、彼女と決別する。
「愛しています、今でも。でも貴方たちは私の思い出なのですね‥‥」
 遠い記憶の底、今はきっともう違っている母親達の笑顔が消えていく。
「これは私達の‥‥我ら武門にとっての覚悟なのです」
 消えていく幻影に目を送らずリースフィアは虚空に向けてそう宣言した。

 彼と彼女は愛する者に刃を向ける事を選択しなかった。
「おい! どうしてここにいるんだ? 待ってろって言ったろ?」
「お兄様‥‥どうしてここに?」
 リ・ル(ea3888)と七神斗織(ea3225)
 二人は互いの姿を見ていた訳ではない。
 だが、まるで同じように愛する者を前に惑う自分を感じていた。
「! 何をするんだ!」
「お兄様? どうして!?」
 自らに向けて暗い目で剣を向ける愛する者達の眼差しを見ても、二人は剣を向けず、ただ守りに徹していた。
 どちらも目の前の人物が本物では無い事には直ぐに気づく。
「あいつが‥‥こんなに強いわけないな?」
「お兄様がこんなに弱いわけはありません!」
 懐に飛び込み、剣を落としその手を掴む。
 暴れる『それ』を倒すことも止めをさすことも二人には簡単にできた。
 だが最後までリルは彼女に刃を向ける事はしなかった。
「俺が抱きとめてやる。傷つけても構わない。お前を俺は守る‥‥」
 強く、強くその小さな身体を抱きしめるだけ。
 最後まで斗織は彼に剣を降ろす事はできなかった。
「例え偽物だと判っていても‥‥兄上の顔を持つ者を殺す事など、わたくしには到底無理です」
 泣き笑いの顔で目を閉じ、膝をつく。
 二人の姿を‥‥包み込むような優しい眼差しが見つめていた。

「あの人がこんな所にいる筈無いですからこれは幻影ですねぇ」
 現れた幻影に対して驚きもせずあっさりとエリンティア・フューゲル(ea3868)はそう言い放った。
「僕の大事な人達は僕に武器を向ける事は絶対にしないですぅ、するとしても先に僕に助けを求めてそれでもどうしようもない時ですぅ」
 武器を向けられてもいつもと様子を変える事はまったくない。
 その心のようにゆらりゆらりと攻撃を避ける。
「尤もぉ、そのどうしようもない時になったら僕の命位差し上げますけどねぇ」
 足掻いて足掻いてどうしようもなくなった時の最後の手段ではあると彼が言葉にする事はない。
「でも今はその様な状況ではないですしぃ、その時ではないですから幻は消えて下さいねぇ」
 一時たりとも笑顔を消す事無く、相手を見据えてきっぱりと彼は強い意思で拒絶する彼に従うように幻影は静かに黙って消えていった。

 激しい怒声と怒気が空間を揺らす。
「許さねえ、絶対にゆるさねえええ!!」
 今までのどんな相手にも見せた事の無い怒りの形相をキット・ファゼータ(ea2307)は目の前の少女に叩き付けた。
「俺との約束はどうした!? どうしてお前が剣を握る。その短剣を‥‥どうしてお前は俺に向けるんだ!」
『誰かを守る以外に絶対に抜くな。いいな?』
 少女が握る短剣を贈ったのは自分、その時彼女は彼の言葉に頷いてくれた。
 黄金の髪の明るい少女。辛い過去を背負いながらも前を向く少女はキットにとって光であった。
「だから俺はお前の剣になろうとしたんだ。俺やあいつがお前を守り、お前の為に、お前の信じるものの為に剣を振る。お前がいてくれるから戦えると思えるその思い!」
 騎士の道は望まない。だが『彼』が心の支えとするその高潔な思いを、キットはあの少女の笑顔に感じていたのだ。
「それを、それをよくも踏みにじってくれたなあッ!」
 目の前の人物が同じ姿でも、彼女ではないのはもうキットには解っていた。
 だから、躊躇う事無く切り捨てる。
 一刀の元に。
 幻影の少女は溶ける様にその姿を消す。屍が残らない事に少し感謝をしながらキットは
「変なこと言わせやがって‥‥」
 その影と共に自らの思いにもう一度静かに蓋をした。 

○十二人いる?
 それは突然の変化だった。
「えっ?」「あれっ?」
 さっきまでの靄が一瞬にして晴れ、冒険者達は自分達が広場に立っているのを見る事となった。
 ぐるりと円を描く形で。いつの間にこうなったのかは勿論解らないが仲間が戻った事にとりあえずホッとする。
 だがその安堵は一瞬の事だったことを冒険者は直ぐに知る。
「まだ、幻を見ているのでしょうか?」
 透は幾度も瞬きして自分の斜め前を指差し、
「あれは‥‥僕?」
 二人のアルテスはほぼ同時にそう呟き視線を合わせた。
 この遺跡に入った冒険者は十人。だが一人、二人と数えたエリンティアは
「おかしいですねえ〜。十二人います〜」
 彼には珍しく困ったような口調で微笑んだ。

 白い光を帯びて閉じていた目を開いたメイユは首を横に振った。 
「アンデッドではないようですね。どちらも反応しません」
「当たり前です。私は本物ですから」
「僕が偽者であるわけは無いじゃないですか?」
 透とアルテスが拗ねたように腕を組む。
 実はこの時点でもう冒険者達の大半は、どちらが本物かなんとなく以上に感じていた。
 声は確かに同じ。仕草も似ていなくは無い。
 だが、数日以上の時を一緒に過ごしてきた冒険者仲間。
 記憶や行動の癖までもコピーする事はできないようだった。
「そいつを早く倒してしまいましょう」「こんなところでのんびりしている暇はない筈です」
 焦るように冒険者を促す二人とそれを静かな沈黙で見つめる二人。
「僕は別に同じ人が二人いても構わないですよぉ、僕達に武器を向けないのでしたらそれだけ戦力が増えると言う事ですからねぇ」
 大きくあくびをしながらエリンティアは笑う。だがその目は笑顔を作っていても真剣そのものだ。
「ただしぃ、仲間に武器を向けるのでしたらそれなりの覚悟をして下さいねぇ」
 エリンティアの言葉に対する四人の反応を確かめて後
「‥‥一つ、聞かせて下さい。アルテスさん、透さん」
 リースフィアは二人と二人を見つめ、問いかけた。
「ゲヘナの丘で行われた儀式の支援行動をなんと言うか解りますか?」
「そ、そんなこと。何の関係が」「お、お前達は解ると言うのか?」
 焦る二人の背後にふわりと、二体の影が浮かび上がる。
 どうやら‥‥羊皮紙を差し出して書かせるまでも無かったようだ。
「‥‥教えてくれるのか? ‥‥ありがとな。大丈夫だ」
 リルは微笑み、キットと、仲間達と頷き合う。
「「えっ?」」
 驚く二人に見せ付けるように伸ばした透の手の先にジニールが舞い降りた。
「姿は真似できても、絆は真似できないようですね」
 アルテスは一歩前に立ち、剣を構える。
「僕は仲間を信じます。今までこの遺跡を共に歩んできた方達を!」
 驚く二人と向かい合うように、冒険者達は彼らと違う二人、透とアルテスの背後に立った。
 剣を抜き、武器を構えて‥‥。
「待ってくれ! 僕達は」
「俺達は信じる。自分を、そして仲間を!」
 踏み込み、駆ける冒険者。
 怯え動けなくなった『彼ら』を躊躇う事無く切り伏せて。
 
○最後の試練 遺跡の守護者
「ふう〜。まったく趣味が悪い話ですね」
 自らの姿をしていた存在を足元に、透は深いため息と共に見つめていた。
 最悪自らを傷つけてもと思っていた自らの証明は、なんとか果たすことができた。
 一度は見捨てようと思った最後の扉のゴーストが助けてくれた事にほんの少しのバツの悪さを感じるが、心は澄み切っている。
「僕は信じていましたよ。皆さんは必ず本当の僕を解って下さると」
 にっこりと微笑するアルテス。自信に満ちた笑顔に、仲間達は無言。
 だがどこか照れくささを感じさせる笑みで答えた。
 一つの試練をまた超え、冒険者達は何かを得たようである。
「どうやら僕達がお互いに信じきれるか試しているみたいですねぇ、ますますこの遺跡の存在理由の確信が強まって来ましたぁ」
「しっかし、あの扉の番人とかは本当のゴーストだったのか。この遺跡に縛られてたとは、幻影か何かだとばっかり思ってたがちぃっと倫理観に掛けてる様だなここの設計者」
 広場の隅に見つけた一本の道を進みながら絶狼はそんな愚痴にも似た思いをこぼす。手の中には何故かそれぞれの足元に落ちていた石を弄んで。
 返事など勿論期待してはいなかった。だが‥‥
『まあ、そう言うな。少なくとも俺達は自らの意思でここに繋がれたんだ。希望を届ける為にな』
「「「「「「「「「「えっ!!?」」」」」」」」」」
 突然闇から響いた声に、冒険者達は目と心を見開く。
 同時に開けた眼前には連なる石像を従えるように、冒険者が良く知る人物が立っていた。
「ヘンルーダ様。ご無事で!」
 駆け寄ろうとする斗織を手でリルが、声でリースフィアが制した。
「ダメです」
 冒険者達も多くがその身を震わせている。
 目の前の人物への緊張に。リースフィアは声を上げて問うた。
「ヘンルーダさんの中にいるのは誰です?」
 目の前にいるのは確かにヘンルーダ。
 だが彼女の姿勢。そして対峙しているだけでも感じる内在する力は彼女のそれでは決してなかった。
 手に持っている槍も、普通ではない。
『彼』は無言。ただパチンと指を鳴らす。
 彼の背後の石像たちが動き出し、ガーゴイルとなって彼の背後に伏した。
 同時に彼は一部の隙も見られない動きで槍を構える。
 明らかに感じる戦闘の『意思』
 冒険者達もその覇気に気圧されぬように武器を握り締め、構えた。
『我が名はアルバ。遺跡の守護者なり。遺跡の番人アンドーラの名にかけて冒険者に最後の試練を与える』
 アルバ。
 その名に記憶を持つ者もいるが、今それを考える猶予、問う時間は冒険者に与えられてはいなかった。
 目の前の『人物』はおそらくイギリス最速の名を持つ円卓の騎士が師と仰ぐ槍の使い手。
 一瞬の隙が
「キャアア!」「わあっ!」
 懐に入られ槍で跳ね飛ばされた、斗織やグロリアの二の舞を招く。
 槍を払ったヘンルーダ。いや、アルバは冒険者達に宣言する。
『我を敗北せしめよ。『さすれば汝らを希望を託す者と認めよう』』
 途中から重なった声と共に彼を守るように、濃い影がアルバの背後で手を広げる。
 ヘンルーダの握る槍と、彼女の背後の二つの宝箱が呼応するように光って見えた。
「宝を手に入れる為の最後の試練ってやつか」
 冒険者達は意思を手と心、そして武器と共に握り締めて前を向く。
 敵はガーゴイル十数匹に友の身体を持つ卓越した槍使い。
 そして今もその正体見えぬ遺跡の番人。
 だが、彼らは臆する事無く立ち向かう。

 やっと冒険者達の前に現れた希望を手に入れる為に‥‥。