●リプレイ本文
○『人』の弱点
呪文を紡ぎ終えた『彼女』薄闇の中、試練に挑む冒険者達を見つめている。
『彼女』は誰よりも知っている。
デビルの狡猾さを。
『人を愛する心は我が領域だ。誰かが誰かを思う気持ちこそが我が力の根源』
『彼』はそう言って笑っていたっけ。もう決して届かぬ場所にいる『彼』に語りかけるように彼女は呟く。
『でも‥‥貴方には解らないわ‥‥。人は愛する心故に強くなれるということを』
彼女は遺跡に眠る秘宝を手に入れる為の三つ目の試練をここに仕掛けた。
今、それぞれが心の中の、最愛の者と対峙している筈である。それは恋人であるかもしれないし、家族であるかもしれない。
『どうか‥‥、神よ‥‥』
祈るような遺跡の番人の声を、彼らは知る由も無い。
ただ向かい合うのみ。
自らの心が指し示す真実と。
○誰よりも大切なひと
冒険者は知らない事であるが彼らは遺跡の番人の作り出した幻影の中にいた。
彼女が与えた試練は
『その人物が一番大切に思う人が襲ってくる』
所詮幻影ではあるが、与えられる痛みは肉体に与えられるものも、心のそれも冒険者達にとっては偽りの無い真実だ。
それは時として愛する者の姿をとる。
「何故‥‥ここに?」
黒髪青い瞳の神聖騎士が剣を構える姿に大宗院透(ea0050)は一瞬の躊躇いを見せた。
彼と同様に自分を見つめる碧の瞳に閃我絶狼(ea3991)も息を呑んだ。目の前にいる人物は自分の知る彼女の特徴を持っている。
「何故こんな所に‥‥いやしかしその大きさは確かに‥‥」
アルテス・リアレイ(ea5898)も赤い髪を靡かせた細身の少女の存在に慄いた。何よりも武器を構える彼女にだ。
三人は互いの戦いを知りはしない。
だが、直後剣を構え、魔法を放つ愛する者達の攻撃を同じように必死でかわしていた。
「おいおい‥‥冗談はよせよ」
「貴女らしくありませんよ!」
「偽者? でも、そう断じるには‥‥憑かれている可能性だって」
だが彼女達の行動に遠慮は無く、躊躇も無い。
少しずつ、だが確実に彼らを追い詰めていく。
やがて三人はそれぞれに決意を決めるとそれぞれが正反対の、だが同じ行動に出る。
絶狼は剣を捨て、透は武器を持って、アルテスは彼女の攻撃を、避けずに受けて愛するものの胸元に飛び込んで行ったのだ。
「貴女は‥‥いいえ彼女は冗談でもその様な事はしません。もし、私達がこの様な状況になったら自害しますし、操られているなら、私が引導を渡します‥‥。私がそうなっても同様です」
「そんな能面みたいな面すんなよ。困った顔は面白いんだよな、一緒に行けなくて悲しい顔もさせちまったな‥‥それでも俺は、優しく笑う君が、好きなんだ、こんな何処の誰ともわからない風来坊を好きだと言ってくれた、お前が!!たとえ俺の過去がどうあろうとこの想いは絶対、変わらない!」
「この試練の主は何を求めているのか‥‥。力を示してみよ、いえ‥‥僕は胸の想いで勝って見せます。だから!」
「だから! 戻って来い!」「戻って来て下さい!」「戻って下さい! 愛する人よ」
三人の思いは幻影達の動きを止めた。その作られた心に届いたかどうかは解らない。
だが彼らの上に愛する者達からの刃が降る事は無かった。
愛する者達の姿を持った敵、だが彼女らは冷静にその瞳で真実を見据えていた。
「貴女は‥‥」
グロリア・ヒューム(ea8729)、リースフィア・エルスリード(eb2745)そしてメイユ・ブリッド(eb5422) 彼女達の前に現れたのは、剣を持った母親の姿であった。
「何をしているの?」
グロリアは彼女の拙い剣を避けながら目を閉じた。
「貴女は剣を振るうような人では無い筈です」
リースフィアもまた武術を極めた彼女に届くはずの無い剣を避け、自分を襲う母親を見つめている。
「そう‥‥貴女は‥‥」
メイユだけは‥‥微かに悲しそうな目で顔を伏せていた。
彼女達の思いはそれぞれ。
だがやはり彼女らの行動もまた正反対でありまた同じであった。
「ここにいない筈の存在は幻。私は‥‥家族に楽をさせる為に剣を取ったのだから」
「武器を相手に振るったのであれば、相手のそれが自分に振り下ろされるのは当然のこと。それは貴女の教えでもあります」
グロリアとリースフィアは躊躇わず彼女達を切り捨てた。
メイユは愛する母親の姿に向けて微笑んで手を差し伸べ、彼女と決別する。
「愛しています、今でも。でも貴方たちは私の思い出なのですね‥‥」
遠い記憶の底、今はきっともう違っている母親達の笑顔が消えていく。
「これは私達の‥‥我ら武門にとっての覚悟なのです」
消えていく幻影に目を送らずリースフィアは虚空に向けてそう宣言した。
彼と彼女は愛する者に刃を向ける事を選択しなかった。
「おい! どうしてここにいるんだ? 待ってろって言ったろ?」
「お兄様‥‥どうしてここに?」
リ・ル(ea3888)と七神斗織(ea3225)
二人は互いの姿を見ていた訳ではない。
だが、まるで同じように愛する者を前に惑う自分を感じていた。
「! 何をするんだ!」
「お兄様? どうして!?」
自らに向けて暗い目で剣を向ける愛する者達の眼差しを見ても、二人は剣を向けず、ただ守りに徹していた。
どちらも目の前の人物が本物では無い事には直ぐに気づく。
「あいつが‥‥こんなに強いわけないな?」
「お兄様がこんなに弱いわけはありません!」
懐に飛び込み、剣を落としその手を掴む。
暴れる『それ』を倒すことも止めをさすことも二人には簡単にできた。
だが最後までリルは彼女に刃を向ける事はしなかった。
「俺が抱きとめてやる。傷つけても構わない。お前を俺は守る‥‥」
強く、強くその小さな身体を抱きしめるだけ。
最後まで斗織は彼に剣を降ろす事はできなかった。
「例え偽物だと判っていても‥‥兄上の顔を持つ者を殺す事など、わたくしには到底無理です」
泣き笑いの顔で目を閉じ、膝をつく。
二人の姿を‥‥包み込むような優しい眼差しが見つめていた。
「あの人がこんな所にいる筈無いですからこれは幻影ですねぇ」
現れた幻影に対して驚きもせずあっさりとエリンティア・フューゲル(ea3868)はそう言い放った。
「僕の大事な人達は僕に武器を向ける事は絶対にしないですぅ、するとしても先に僕に助けを求めてそれでもどうしようもない時ですぅ」
武器を向けられてもいつもと様子を変える事はまったくない。
その心のようにゆらりゆらりと攻撃を避ける。
「尤もぉ、そのどうしようもない時になったら僕の命位差し上げますけどねぇ」
足掻いて足掻いてどうしようもなくなった時の最後の手段ではあると彼が言葉にする事はない。
「でも今はその様な状況ではないですしぃ、その時ではないですから幻は消えて下さいねぇ」
一時たりとも笑顔を消す事無く、相手を見据えてきっぱりと彼は強い意思で拒絶する彼に従うように幻影は静かに黙って消えていった。
激しい怒声と怒気が空間を揺らす。
「許さねえ、絶対にゆるさねえええ!!」
今までのどんな相手にも見せた事の無い怒りの形相をキット・ファゼータ(ea2307)は目の前の少女に叩き付けた。
「俺との約束はどうした!? どうしてお前が剣を握る。その短剣を‥‥どうしてお前は俺に向けるんだ!」
『誰かを守る以外に絶対に抜くな。いいな?』
少女が握る短剣を贈ったのは自分、その時彼女は彼の言葉に頷いてくれた。
黄金の髪の明るい少女。辛い過去を背負いながらも前を向く少女はキットにとって光であった。
「だから俺はお前の剣になろうとしたんだ。俺やあいつがお前を守り、お前の為に、お前の信じるものの為に剣を振る。お前がいてくれるから戦えると思えるその思い!」
騎士の道は望まない。だが『彼』が心の支えとするその高潔な思いを、キットはあの少女の笑顔に感じていたのだ。
「それを、それをよくも踏みにじってくれたなあッ!」
目の前の人物が同じ姿でも、彼女ではないのはもうキットには解っていた。
だから、躊躇う事無く切り捨てる。
一刀の元に。
幻影の少女は溶ける様にその姿を消す。屍が残らない事に少し感謝をしながらキットは
「変なこと言わせやがって‥‥」
その影と共に自らの思いにもう一度静かに蓋をした。
○十二人いる?
それは突然の変化だった。
「えっ?」「あれっ?」
さっきまでの靄が一瞬にして晴れ、冒険者達は自分達が広場に立っているのを見る事となった。
ぐるりと円を描く形で。いつの間にこうなったのかは勿論解らないが仲間が戻った事にとりあえずホッとする。
だがその安堵は一瞬の事だったことを冒険者は直ぐに知る。
「まだ、幻を見ているのでしょうか?」
透は幾度も瞬きして自分の斜め前を指差し、
「あれは‥‥僕?」
二人のアルテスはほぼ同時にそう呟き視線を合わせた。
この遺跡に入った冒険者は十人。だが一人、二人と数えたエリンティアは
「おかしいですねえ〜。十二人います〜」
彼には珍しく困ったような口調で微笑んだ。
白い光を帯びて閉じていた目を開いたメイユは首を横に振った。
「アンデッドではないようですね。どちらも反応しません」
「当たり前です。私は本物ですから」
「僕が偽者であるわけは無いじゃないですか?」
透とアルテスが拗ねたように腕を組む。
実はこの時点でもう冒険者達の大半は、どちらが本物かなんとなく以上に感じていた。
声は確かに同じ。仕草も似ていなくは無い。
だが、数日以上の時を一緒に過ごしてきた冒険者仲間。
記憶や行動の癖までもコピーする事はできないようだった。
「そいつを早く倒してしまいましょう」「こんなところでのんびりしている暇はない筈です」
焦るように冒険者を促す二人とそれを静かな沈黙で見つめる二人。
「僕は別に同じ人が二人いても構わないですよぉ、僕達に武器を向けないのでしたらそれだけ戦力が増えると言う事ですからねぇ」
大きくあくびをしながらエリンティアは笑う。だがその目は笑顔を作っていても真剣そのものだ。
「ただしぃ、仲間に武器を向けるのでしたらそれなりの覚悟をして下さいねぇ」
エリンティアの言葉に対する四人の反応を確かめて後
「‥‥一つ、聞かせて下さい。アルテスさん、透さん」
リースフィアは二人と二人を見つめ、問いかけた。
「ゲヘナの丘で行われた儀式の支援行動をなんと言うか解りますか?」
「そ、そんなこと。何の関係が」「お、お前達は解ると言うのか?」
焦る二人の背後にふわりと、二体の影が浮かび上がる。
どうやら‥‥羊皮紙を差し出して書かせるまでも無かったようだ。
「‥‥教えてくれるのか? ‥‥ありがとな。大丈夫だ」
リルは微笑み、キットと、仲間達と頷き合う。
「「えっ?」」
驚く二人に見せ付けるように伸ばした透の手の先にジニールが舞い降りた。
「姿は真似できても、絆は真似できないようですね」
アルテスは一歩前に立ち、剣を構える。
「僕は仲間を信じます。今までこの遺跡を共に歩んできた方達を!」
驚く二人と向かい合うように、冒険者達は彼らと違う二人、透とアルテスの背後に立った。
剣を抜き、武器を構えて‥‥。
「待ってくれ! 僕達は」
「俺達は信じる。自分を、そして仲間を!」
踏み込み、駆ける冒険者。
怯え動けなくなった『彼ら』を躊躇う事無く切り伏せて。
○最後の試練 遺跡の守護者
「ふう〜。まったく趣味が悪い話ですね」
自らの姿をしていた存在を足元に、透は深いため息と共に見つめていた。
最悪自らを傷つけてもと思っていた自らの証明は、なんとか果たすことができた。
一度は見捨てようと思った最後の扉のゴーストが助けてくれた事にほんの少しのバツの悪さを感じるが、心は澄み切っている。
「僕は信じていましたよ。皆さんは必ず本当の僕を解って下さると」
にっこりと微笑するアルテス。自信に満ちた笑顔に、仲間達は無言。
だがどこか照れくささを感じさせる笑みで答えた。
一つの試練をまた超え、冒険者達は何かを得たようである。
「どうやら僕達がお互いに信じきれるか試しているみたいですねぇ、ますますこの遺跡の存在理由の確信が強まって来ましたぁ」
「しっかし、あの扉の番人とかは本当のゴーストだったのか。この遺跡に縛られてたとは、幻影か何かだとばっかり思ってたがちぃっと倫理観に掛けてる様だなここの設計者」
広場の隅に見つけた一本の道を進みながら絶狼はそんな愚痴にも似た思いをこぼす。手の中には何故かそれぞれの足元に落ちていた石を弄んで。
返事など勿論期待してはいなかった。だが‥‥
『まあ、そう言うな。少なくとも俺達は自らの意思でここに繋がれたんだ。希望を届ける為にな』
「「「「「「「「「「えっ!!?」」」」」」」」」」
突然闇から響いた声に、冒険者達は目と心を見開く。
同時に開けた眼前には連なる石像を従えるように、冒険者が良く知る人物が立っていた。
「ヘンルーダ様。ご無事で!」
駆け寄ろうとする斗織を手でリルが、声でリースフィアが制した。
「ダメです」
冒険者達も多くがその身を震わせている。
目の前の人物への緊張に。リースフィアは声を上げて問うた。
「ヘンルーダさんの中にいるのは誰です?」
目の前にいるのは確かにヘンルーダ。
だが彼女の姿勢。そして対峙しているだけでも感じる内在する力は彼女のそれでは決してなかった。
手に持っている槍も、普通ではない。
『彼』は無言。ただパチンと指を鳴らす。
彼の背後の石像たちが動き出し、ガーゴイルとなって彼の背後に伏した。
同時に彼は一部の隙も見られない動きで槍を構える。
明らかに感じる戦闘の『意思』
冒険者達もその覇気に気圧されぬように武器を握り締め、構えた。
『我が名はアルバ。遺跡の守護者なり。遺跡の番人アンドーラの名にかけて冒険者に最後の試練を与える』
アルバ。
その名に記憶を持つ者もいるが、今それを考える猶予、問う時間は冒険者に与えられてはいなかった。
目の前の『人物』はおそらくイギリス最速の名を持つ円卓の騎士が師と仰ぐ槍の使い手。
一瞬の隙が
「キャアア!」「わあっ!」
懐に入られ槍で跳ね飛ばされた、斗織やグロリアの二の舞を招く。
槍を払ったヘンルーダ。いや、アルバは冒険者達に宣言する。
『我を敗北せしめよ。『さすれば汝らを希望を託す者と認めよう』』
途中から重なった声と共に彼を守るように、濃い影がアルバの背後で手を広げる。
ヘンルーダの握る槍と、彼女の背後の二つの宝箱が呼応するように光って見えた。
「宝を手に入れる為の最後の試練ってやつか」
冒険者達は意思を手と心、そして武器と共に握り締めて前を向く。
敵はガーゴイル十数匹に友の身体を持つ卓越した槍使い。
そして今もその正体見えぬ遺跡の番人。
だが、彼らは臆する事無く立ち向かう。
やっと冒険者達の前に現れた希望を手に入れる為に‥‥。