【パンドラの迷宮】導きの女神

■キャンペーンシナリオ


担当:夢村円

対応レベル:11〜lv

難易度:難しい

成功報酬:59 G 72 C

参加人数:10人

サポート参加人数:-人

冒険期間:08月29日〜10月18日

リプレイ公開日:2009年09月04日

●オープニング(第3話リプレイ)

○『人』の弱点
 呪文を紡ぎ終えた『彼女』薄闇の中、試練に挑む冒険者達を見つめている。
『彼女』は誰よりも知っている。
 デビルの狡猾さを。
『人を愛する心は我が領域だ。誰かが誰かを思う気持ちこそが我が力の根源』
『彼』はそう言って笑っていたっけ。もう決して届かぬ場所にいる『彼』に語りかけるように彼女は呟く。
『でも‥‥貴方には解らないわ‥‥。人は愛する心故に強くなれるということを』
 彼女は遺跡に眠る秘宝を手に入れる為の三つ目の試練をここに仕掛けた。
 今、それぞれが心の中の、最愛の者と対峙している筈である。それは恋人であるかもしれないし、家族であるかもしれない。
『どうか‥‥、神よ‥‥』 
 祈るような遺跡の番人の声を、彼らは知る由も無い。
ただ向かい合うのみ。
 自らの心が指し示す真実と。

○誰よりも大切なひと
 冒険者は知らない事であるが彼らは遺跡の番人の作り出した幻影の中にいた。
 彼女が与えた試練は
『その人物が一番大切に思う人が襲ってくる』
 所詮幻影ではあるが、与えられる痛みは肉体に与えられるものも、心のそれも冒険者達にとっては偽りの無い真実だ。
 それは時として愛する者の姿をとる。
「何故‥‥ここに?」
 黒髪青い瞳の神聖騎士が剣を構える姿に大宗院透(ea0050)は一瞬の躊躇いを見せた。
 彼と同様に自分を見つめる碧の瞳に閃我絶狼(ea3991)も息を呑んだ。目の前にいる人物は自分の知る彼女の特徴を持っている。
「何故こんな所に‥‥いやしかしその大きさは確かに‥‥」
 アルテス・リアレイ(ea5898)も赤い髪を靡かせた細身の少女の存在に慄いた。何よりも武器を構える彼女にだ。
 三人は互いの戦いを知りはしない。
 だが、直後剣を構え、魔法を放つ愛する者達の攻撃を同じように必死でかわしていた。
「おいおい‥‥冗談はよせよ」
「貴女らしくありませんよ!」
「偽者? でも、そう断じるには‥‥憑かれている可能性だって」
 だが彼女達の行動に遠慮は無く、躊躇も無い。
 少しずつ、だが確実に彼らを追い詰めていく。
 やがて三人はそれぞれに決意を決めるとそれぞれが正反対の、だが同じ行動に出る。
 絶狼は剣を捨て、透は武器を持って、アルテスは彼女の攻撃を、避けずに受けて愛するものの胸元に飛び込んで行ったのだ。
「貴女は‥‥いいえ彼女は冗談でもその様な事はしません。もし、私達がこの様な状況になったら自害しますし、操られているなら、私が引導を渡します‥‥。私がそうなっても同様です」
「そんな能面みたいな面すんなよ。困った顔は面白いんだよな、一緒に行けなくて悲しい顔もさせちまったな‥‥それでも俺は、優しく笑う君が、好きなんだ、こんな何処の誰ともわからない風来坊を好きだと言ってくれた、お前が!!たとえ俺の過去がどうあろうとこの想いは絶対、変わらない!」
「この試練の主は何を求めているのか‥‥。力を示してみよ、いえ‥‥僕は胸の想いで勝って見せます。だから!」
「だから! 戻って来い!」「戻って来て下さい!」「戻って下さい! 愛する人よ」
 三人の思いは幻影達の動きを止めた。その作られた心に届いたかどうかは解らない。
 だが彼らの上に愛する者達からの刃が降る事は無かった。

 愛する者達の姿を持った敵、だが彼女らは冷静にその瞳で真実を見据えていた。
「貴女は‥‥」
 グロリア・ヒューム(ea8729)、リースフィア・エルスリード(eb2745)そしてメイユ・ブリッド(eb5422) 彼女達の前に現れたのは、剣を持った母親の姿であった。
「何をしているの?」
 グロリアは彼女の拙い剣を避けながら目を閉じた。
「貴女は剣を振るうような人では無い筈です」
 リースフィアもまた武術を極めた彼女に届くはずの無い剣を避け、自分を襲う母親を見つめている。
「そう‥‥貴女は‥‥」
 メイユだけは‥‥微かに悲しそうな目で顔を伏せていた。
 彼女達の思いはそれぞれ。
 だがやはり彼女らの行動もまた正反対でありまた同じであった。
「ここにいない筈の存在は幻。私は‥‥家族に楽をさせる為に剣を取ったのだから」  
「武器を相手に振るったのであれば、相手のそれが自分に振り下ろされるのは当然のこと。それは貴女の教えでもあります」
 グロリアとリースフィアは躊躇わず彼女達を切り捨てた。
 メイユは愛する母親の姿に向けて微笑んで手を差し伸べ、彼女と決別する。
「愛しています、今でも。でも貴方たちは私の思い出なのですね‥‥」
 遠い記憶の底、今はきっともう違っている母親達の笑顔が消えていく。
「これは私達の‥‥我ら武門にとっての覚悟なのです」
 消えていく幻影に目を送らずリースフィアは虚空に向けてそう宣言した。

 彼と彼女は愛する者に刃を向ける事を選択しなかった。
「おい! どうしてここにいるんだ? 待ってろって言ったろ?」
「お兄様‥‥どうしてここに?」
 リ・ル(ea3888)と七神斗織(ea3225)
 二人は互いの姿を見ていた訳ではない。
 だが、まるで同じように愛する者を前に惑う自分を感じていた。
「! 何をするんだ!」
「お兄様? どうして!?」
 自らに向けて暗い目で剣を向ける愛する者達の眼差しを見ても、二人は剣を向けず、ただ守りに徹していた。
 どちらも目の前の人物が本物では無い事には直ぐに気づく。
「あいつが‥‥こんなに強いわけないな?」
「お兄様がこんなに弱いわけはありません!」
 懐に飛び込み、剣を落としその手を掴む。
 暴れる『それ』を倒すことも止めをさすことも二人には簡単にできた。
 だが最後までリルは彼女に刃を向ける事はしなかった。
「俺が抱きとめてやる。傷つけても構わない。お前を俺は守る‥‥」
 強く、強くその小さな身体を抱きしめるだけ。
 最後まで斗織は彼に剣を降ろす事はできなかった。
「例え偽物だと判っていても‥‥兄上の顔を持つ者を殺す事など、わたくしには到底無理です」
 泣き笑いの顔で目を閉じ、膝をつく。
 二人の姿を‥‥包み込むような優しい眼差しが見つめていた。

「あの人がこんな所にいる筈無いですからこれは幻影ですねぇ」
 現れた幻影に対して驚きもせずあっさりとエリンティア・フューゲル(ea3868)はそう言い放った。
「僕の大事な人達は僕に武器を向ける事は絶対にしないですぅ、するとしても先に僕に助けを求めてそれでもどうしようもない時ですぅ」
 武器を向けられてもいつもと様子を変える事はまったくない。
 その心のようにゆらりゆらりと攻撃を避ける。
「尤もぉ、そのどうしようもない時になったら僕の命位差し上げますけどねぇ」
 足掻いて足掻いてどうしようもなくなった時の最後の手段ではあると彼が言葉にする事はない。
「でも今はその様な状況ではないですしぃ、その時ではないですから幻は消えて下さいねぇ」
 一時たりとも笑顔を消す事無く、相手を見据えてきっぱりと彼は強い意思で拒絶する彼に従うように幻影は静かに黙って消えていった。

 激しい怒声と怒気が空間を揺らす。
「許さねえ、絶対にゆるさねえええ!!」
 今までのどんな相手にも見せた事の無い怒りの形相をキット・ファゼータ(ea2307)は目の前の少女に叩き付けた。
「俺との約束はどうした!? どうしてお前が剣を握る。その短剣を‥‥どうしてお前は俺に向けるんだ!」
『誰かを守る以外に絶対に抜くな。いいな?』
 少女が握る短剣を贈ったのは自分、その時彼女は彼の言葉に頷いてくれた。
 黄金の髪の明るい少女。辛い過去を背負いながらも前を向く少女はキットにとって光であった。
「だから俺はお前の剣になろうとしたんだ。俺やあいつがお前を守り、お前の為に、お前の信じるものの為に剣を振る。お前がいてくれるから戦えると思えるその思い!」
 騎士の道は望まない。だが『彼』が心の支えとするその高潔な思いを、キットはあの少女の笑顔に感じていたのだ。
「それを、それをよくも踏みにじってくれたなあッ!」
 目の前の人物が同じ姿でも、彼女ではないのはもうキットには解っていた。
 だから、躊躇う事無く切り捨てる。
 一刀の元に。
 幻影の少女は溶ける様にその姿を消す。屍が残らない事に少し感謝をしながらキットは
「変なこと言わせやがって‥‥」
 その影と共に自らの思いにもう一度静かに蓋をした。 

○十二人いる?
 それは突然の変化だった。
「えっ?」「あれっ?」
 さっきまでの靄が一瞬にして晴れ、冒険者達は自分達が広場に立っているのを見る事となった。
 ぐるりと円を描く形で。いつの間にこうなったのかは勿論解らないが仲間が戻った事にとりあえずホッとする。
 だがその安堵は一瞬の事だったことを冒険者は直ぐに知る。
「まだ、幻を見ているのでしょうか?」
 透は幾度も瞬きして自分の斜め前を指差し、
「あれは‥‥僕?」
 二人のアルテスはほぼ同時にそう呟き視線を合わせた。
 この遺跡に入った冒険者は十人。だが一人、二人と数えたエリンティアは
「おかしいですねえ〜。十二人います〜」
 彼には珍しく困ったような口調で微笑んだ。

 白い光を帯びて閉じていた目を開いたメイユは首を横に振った。 
「アンデッドではないようですね。どちらも反応しません」
「当たり前です。私は本物ですから」
「僕が偽者であるわけは無いじゃないですか?」
 透とアルテスが拗ねたように腕を組む。
 実はこの時点でもう冒険者達の大半は、どちらが本物かなんとなく以上に感じていた。
 声は確かに同じ。仕草も似ていなくは無い。
 だが、数日以上の時を一緒に過ごしてきた冒険者仲間。
 記憶や行動の癖までもコピーする事はできないようだった。
「そいつを早く倒してしまいましょう」「こんなところでのんびりしている暇はない筈です」
 焦るように冒険者を促す二人とそれを静かな沈黙で見つめる二人。
「僕は別に同じ人が二人いても構わないですよぉ、僕達に武器を向けないのでしたらそれだけ戦力が増えると言う事ですからねぇ」
 大きくあくびをしながらエリンティアは笑う。だがその目は笑顔を作っていても真剣そのものだ。
「ただしぃ、仲間に武器を向けるのでしたらそれなりの覚悟をして下さいねぇ」
 エリンティアの言葉に対する四人の反応を確かめて後
「‥‥一つ、聞かせて下さい。アルテスさん、透さん」
 リースフィアは二人と二人を見つめ、問いかけた。
「ゲヘナの丘で行われた儀式の支援行動をなんと言うか解りますか?」
「そ、そんなこと。何の関係が」「お、お前達は解ると言うのか?」
 焦る二人の背後にふわりと、二体の影が浮かび上がる。
 どうやら‥‥羊皮紙を差し出して書かせるまでも無かったようだ。
「‥‥教えてくれるのか? ‥‥ありがとな。大丈夫だ」
 リルは微笑み、キットと、仲間達と頷き合う。
「「えっ?」」
 驚く二人に見せ付けるように伸ばした透の手の先にジニールが舞い降りた。
「姿は真似できても、絆は真似できないようですね」
 アルテスは一歩前に立ち、剣を構える。
「僕は仲間を信じます。今までこの遺跡を共に歩んできた方達を!」
 驚く二人と向かい合うように、冒険者達は彼らと違う二人、透とアルテスの背後に立った。
 剣を抜き、武器を構えて‥‥。
「待ってくれ! 僕達は」
「俺達は信じる。自分を、そして仲間を!」
 踏み込み、駆ける冒険者。
 怯え動けなくなった『彼ら』を躊躇う事無く切り伏せて。
 
○最後の試練 遺跡の守護者
「ふう〜。まったく趣味が悪い話ですね」
 自らの姿をしていた存在を足元に、透は深いため息と共に見つめていた。
 最悪自らを傷つけてもと思っていた自らの証明は、なんとか果たすことができた。
 一度は見捨てようと思った最後の扉のゴーストが助けてくれた事にほんの少しのバツの悪さを感じるが、心は澄み切っている。
「僕は信じていましたよ。皆さんは必ず本当の僕を解って下さると」
 にっこりと微笑するアルテス。自信に満ちた笑顔に、仲間達は無言。
 だがどこか照れくささを感じさせる笑みで答えた。
 一つの試練をまた超え、冒険者達は何かを得たようである。
「どうやら僕達がお互いに信じきれるか試しているみたいですねぇ、ますますこの遺跡の存在理由の確信が強まって来ましたぁ」
「しっかし、あの扉の番人とかは本当のゴーストだったのか。この遺跡に縛られてたとは、幻影か何かだとばっかり思ってたがちぃっと倫理観に掛けてる様だなここの設計者」
 広場の隅に見つけた一本の道を進みながら絶狼はそんな愚痴にも似た思いをこぼす。手の中には何故かそれぞれの足元に落ちていた石を弄んで。
 返事など勿論期待してはいなかった。だが‥‥
『まあ、そう言うな。少なくとも俺達は自らの意思でここに繋がれたんだ。希望を届ける為にな』
「「「「「「「「「「えっ!!?」」」」」」」」」」
 突然闇から響いた声に、冒険者達は目と心を見開く。
 同時に開けた眼前には連なる石像を従えるように、冒険者が良く知る人物が立っていた。
「ヘンルーダ様。ご無事で!」
 駆け寄ろうとする斗織を手でリルが、声でリースフィアが制した。
「ダメです」
 冒険者達も多くがその身を震わせている。
 目の前の人物への緊張に。リースフィアは声を上げて問うた。
「ヘンルーダさんの中にいるのは誰です?」
 目の前にいるのは確かにヘンルーダ。
 だが彼女の姿勢。そして対峙しているだけでも感じる内在する力は彼女のそれでは決してなかった。
 手に持っている槍も、普通ではない。
『彼』は無言。ただパチンと指を鳴らす。
 彼の背後の石像たちが動き出し、ガーゴイルとなって彼の背後に伏した。
 同時に彼は一部の隙も見られない動きで槍を構える。
 明らかに感じる戦闘の『意思』
 冒険者達もその覇気に気圧されぬように武器を握り締め、構えた。
『我が名はアルバ。遺跡の守護者なり。遺跡の番人アンドーラの名にかけて冒険者に最後の試練を与える』
 アルバ。
 その名に記憶を持つ者もいるが、今それを考える猶予、問う時間は冒険者に与えられてはいなかった。
 目の前の『人物』はおそらくイギリス最速の名を持つ円卓の騎士が師と仰ぐ槍の使い手。
 一瞬の隙が
「キャアア!」「わあっ!」
 懐に入られ槍で跳ね飛ばされた、斗織やグロリアの二の舞を招く。
 槍を払ったヘンルーダ。いや、アルバは冒険者達に宣言する。
『我を敗北せしめよ。『さすれば汝らを希望を託す者と認めよう』』
 途中から重なった声と共に彼を守るように、濃い影がアルバの背後で手を広げる。
 ヘンルーダの握る槍と、彼女の背後の二つの宝箱が呼応するように光って見えた。
「宝を手に入れる為の最後の試練ってやつか」
 冒険者達は意思を手と心、そして武器と共に握り締めて前を向く。
 敵はガーゴイル十数匹に友の身体を持つ卓越した槍使い。
 そして今もその正体見えぬ遺跡の番人。
 だが、彼らは臆する事無く立ち向かう。

 やっと冒険者達の前に現れた希望を手に入れる為に‥‥。

●今回の参加者

 ea0050 大宗院 透(24歳・♂・神聖騎士・人間・ジャパン)
 ea2307 キット・ファゼータ(22歳・♂・ファイター・人間・ノルマン王国)
 ea3225 七神 斗織(26歳・♀・僧兵・人間・ジャパン)
 ea3868 エリンティア・フューゲル(28歳・♂・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 ea3888 リ・ル(36歳・♂・ファイター・人間・イギリス王国)
 ea3991 閃我 絶狼(33歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea5898 アルテス・リアレイ(17歳・♂・神聖騎士・エルフ・イギリス王国)
 ea8729 グロリア・ヒューム(30歳・♀・ナイト・人間・神聖ローマ帝国)
 eb2745 リースフィア・エルスリード(24歳・♀・ナイト・人間・フランク王国)
 eb5422 メイユ・ブリッド(35歳・♀・クレリック・ハーフエルフ・イギリス王国)

●リプレイ本文

○甦った騎士
 冒険者達は目の前に甦った騎士の巧みさにただ、言葉を失うばかりであった。
「キャアア!」
 今度悲鳴を上げたのはメイユ・ブリッド(eb5422)。
 胸を深く槍の柄で打ち込まれた彼女に仲間達は駆け寄った。
「大丈夫ですか?」
 神速の踏み込みとそれが放つ威力は絶大。
 それでも駆け寄り心配そうに問うたリースフィア・エルスリード(eb2745)に彼女は、大丈夫、と笑って見せた。
 穂先で突かれていたら危なかったが、彼は寸前で槍を返し、柄で攻撃してくれていたのだという。
 一番体術に劣る回復役を狙った除去にしては、優しい判定だ。
「あれぇ〜? この土壇場でもぉ〜、僕達にぃ〜手加減してくれているんですかぁ〜?」
 首を捻るように問うエリンティア・フューゲル(ea3868)に勿論返事は帰らない。
 だが、憑依されたヘンルーダの笑顔がその下の騎士の肯定を写すかのようで、冒険者は息を飲み込んだ。
 ここに至ってもまだ、冒険者達は挑戦者、であるのだ。
「その余裕、あいつを思い出すな‥‥、パーシの師か。面白い。ガッカリさせるなよ!?」
 キット・ファゼータ(ea2307)はさりげなくグロリア・ヒューム(ea8729)や七神斗織(ea3225)を背後に庇いながら閃我絶狼(ea3991)やリ・ル(ea3888)と顔を合わせる。
 勿論油断は怠らないままに。
「ここでぱっちんのアニキ師匠登場かよ、弟子にも合わずこんな所で引きこもって妹の体まで使って何やってんだか」
 刀を構える絶狼の言葉に『彼』は妹の身体で肩を、竦めて見せた。
『そう言うな。こっちにもいろいろと事情ってものがあるんだ。第一、死者があまり出張っては世の理や生者の役割が壊れるというものだろう?』
「では、今の貴方達には世の理を犯してもなお、やらなくてはならないことがあるということですね? ここまで来たら、いったい何を得られるのですか‥‥」
 率直な大宗院透(ea0050)の質問に、だが彼は構え直した槍で答える。
 元々ここで答えを貰うのはカンニングが過ぎるというもの。透も答えを期待していた訳ではない。
「今は戦いましょう。不安に駆られては、目の前のことに集中できません。彼の試練、力を合わせて必ず彼を納得させるような結果を‥‥見せましょう」
 アルテス・リアレイ(ea5898)の決意の篭った言葉。そして、冒険者の真っ直ぐな瞳。
 それに満足したかのようにアルバは笑うと指をパチン。と鳴らした。
 改めて彼の背後でガーゴイルが列を成す。
「最後の試練ですぅ、頑張って希望をお譲りして貰いましょうかぁ」
「始め!」
 と誰が宣じた訳でもないし測った訳でもない。
 だが彼らは、同時に動き始める。
 互いの全てを出し合う、最後の試練が今、始まった。

○何の為に戦うか
 守護者アルバは一人。
 冒険者は十人。
 しかもここにいる多くはこの国どころか世界でさえ折った指の中に入るかもしれない練達の冒険者達だ。
 多勢にものを言わせてかかればそれほど極端には負けないだろう、という自信が彼らにはあった。
 相手もそれは十分承知している。
 だから、ガーゴイルで場を撹乱し神速のヒット&アウェイで隙を見せる冒険者を確実に撃って、即座に戻るを繰り返していた。
 合わせた槍は最大で数合。まだまともに戦わせてさえ貰えないのだ。
「あの戦い方は流石にパーシ卿の師ですね」
 殆ど戦っていないリースフィアと、
「だが、あいつの方が上だ。予定通りタイミングを合わせよう」
 まったく戦っていないキットは顔を見合わせて頷きあった。
『ほお。あいつを知っているのか? 俺の事まで知っているとなるとだいぶ親しいようだな。元気か?』
 ヘンルーダの顔が心底嬉しそうな表情を浮かべたのを見て、リースフィアはええ、と頷いた。
「円卓の騎士となって忙しい日々を送っていますよ」
「安心しろ。今はお前より奴の方が強いさ」
 二人の言葉にアルバは目を見開き、そして、心底嬉しそうな顔をした。
『そうか。ならば、それを俺に見せてくれ』
 足を使った素早い攻撃がグロリアを狙う。カウンターをと考えていたが構える暇さえもなく、グロリアはその勢いに弾き飛ばされた。
「大丈夫ですか?」
 グロリアに駆け寄るリースフィア。それさえも今は作戦だと気づかれないように動く。
 会話をしながらもタイミングを探り、有利な場所をとる。
 気づかれているかもしれないが、後衛の仲間達は準備を整えつつある。
 勝負は動き始めたら一瞬で決まるし、決める。
「ああ、証明してやるさ!」
 キットの声が図らずも合図となった。
 アルバの指し示す槍に従い一斉攻撃をはじめるガーゴイル。
 それになんとか布陣を間に合わせた冒険者達は一気に攻撃と反撃を始めたのである。

「神よ。我らを守りたまえ‥‥」
 壁を背にしたメイユのホーリーフィールドが展開される。
 最上級の強度を誇るそれに、ガーゴイルたちは完全に侵入を阻まれる形になった。
「よし、上手く行ったな」
 安全な陣地の確保に成功した事に絶狼はひとまず胸を撫で下ろした。
 勿論油断する隙など無い事は解っている。
「絶狼様! 来ます!」
 壁に張り付いてがしがしと彼らには開かぬ壁を叩くガーゴイル。
「ああ。リル!」
「了解!」
 それを視線と心を合わせて一刀両断に切り伏せた。
 今、ガーゴイルはアルバの側に数体いる他は全てこちらに来ている。
 ならばこちらを掃討すれば、後は一気にアルバにかかれるだろう。
「これで最後ですね‥‥。最後に戦闘とは、なかなかに盛り上げてくれます‥‥」  
 皮肉めいた口調だが番えた矢を放つ透の渾身の思いに迷いは無い。
「ああ、これで最後だ。‥‥あいつは本当に昔の奴と似ているさ。一人で全てを背負い戦ってる。でも、俺達は一人じゃないんだ。仲間がいる。助け合える。‥‥声出していくぞ!」
「はい!」「解りました!」「ええ!」
 白い光の中から声と共に幾筋もの魔法が放たれ、冒険者の眼前に迫っているガーゴイル達の動きを止めた。
 それを解っていたかのように前で彼らを守る戦士達は、ガーゴイルを打ち砕く。
 強い意志を持って。
「気をつけてくださいねえぇ〜」
 ムーンアローで援護をしながらエリンティアは、ふと虚空を見つめ呟いた。
「アルバさんがヘンルーダさんの身体を使っている男性ならぁ、もう一人の女性の声は誰なんでしょうねぇ〜」
 暗い虚空を彷徨う影は、守護者と冒険者達の戦いを見つめ不思議なほどに沈黙していた。
  
○最後の問い
 後衛がガーゴイル達の殲滅の布陣を完成させつつある頃、前衛の戦い、守護者アルバと冒険者の戦いは膠着の状態を迎えていた。
『なかなか、やるな』
「そいつは、どうも!」
 素直な賛辞。だがそれを受ける方のキットは素直にはなれず、攻撃と共に彼から後退した。
 アルバの護衛に残ったガーゴイルは既に無く、冒険者の前に残る敵はアルバのみ。
 だが、彼にはまだ三人がかりで決め手となる攻撃を与えられないでいたのだ。
「やはり戦闘考察力の差、ということですか?」
 リースフィアはグロリアを庇いながら手を握り締める。
「でも、付け入る隙はあります!」
 これがアルバ本人との戦いであればまた違ったであろう。
 だが相手はヘンルーダの身体を使っている。彼女の体格から放たれる攻撃の一撃一撃は鋭さこそあるものの軽い。
「こちらもヘンルーダさんに攻撃しづらいというのもありますが、そこを乗り越えてこその試練だと私は考えます!」
 背後に回りこんだキットがリースフィアの肩を叩いて囁く。
「リースフィア。忘れるなよ。ヘンルーダは仲間だ」
「解っています」
「それならいい。グロリア。いいか?」
「いつでも」
『ほう‥‥』
 冒険者達の言葉と布陣に決意を感じたのだろう。アルバは微笑すると低い姿勢で槍を構えた。
 カウンターアタックと見る。ここで決められなければ大きな反撃を食らうだろう。
 けれど‥‥リースフィアの手が首筋に触れる。
「負ける訳には行きません! グロリアさん!」
 キッと前を向くとリースフィアは駆け出した。それ呼応するようにグロリアも走り出す。
 両方向からの攻撃にもアルバの構えは崩れない。攻撃が当たる時間差で捌こうという自信が彼には確かにあったのだろう。
 だが、
「行くぞ!」
 それを第三方向目からのソニックブーム。
 さらに
『なに!』
 第四方向足元からの攻撃と、第五方向背後からの鞭がその自信を完全に打ち砕いた。
 畳み掛ける第六方向、遥か遠距離からの光の矢。
「ムーンアローよ。遺跡の守護者の肩を撃て!」
『うわああっ!!』
 完全に無防備になった身体にリースフィアとグロリアの同時攻撃が撃ち込まれた。
 音を立てて彼の手から離れる武器。
 そして、遺跡の守護者は膝を静かに折ったのだった。

 俯く彼の周りに一人、また一人。冒険者が集う。
 ガーゴイルとの戦いを終えた者達がやってきてもまだ動かない『彼』に
「俺達の勝ちだ‥‥」
 キットは視線を落とし、そう宣した。
『お前達は、何の為に希望を、強さを求む』
 戦いの時とは違う、静かな声が冒険者にそう問いかけた。
 崩れ倒れるヘンルーダを斗織は支える。まだ、意識は無いが大きな怪我は見当たらない。
 いつしか虚空から聞こえた声に、槍を拾い上げたリルが静かに答えた。
「力は欲しいさ。でも最初は一番の売りだったのに、気が付けばそれが全てじゃなくなっていた。
 まぁ強いに越したことはないんだけれど、どんな手段を使ってでも求めるってモノではなくなったな、俺の中で。俺は誰かと違って全てを守りたいって程欲張りじゃない。今そこにある誰かの笑顔を守れれば、それでいいさ。その為の強さが俺は欲しい‥‥」
『そうか‥‥』
 もはや声だけなのに、冒険者には『彼』が微笑んでいたのが感じられた。
『‥‥アンドーラ。俺の負けだ』
 静かな声に呼ばれるように、今まで沈黙を守っていた影が冒険者の間に舞い降りる。
「貴方は〜? もしかしてぇ〜?」
 無防備に近づこうとしたエリンティア。
 だが幾人かは最後まで警戒を失ってはいなかった。
「危ない!!」
 無表情で彼女は手を上げエリンティアの頭上に打ち下ろす。
 それをアルテスは全力の踏み込みで間に入り、文字通りの盾となった。
「うわっ!」
 何かを吸い取られた感覚に思わず膝をつく。
 アルテスを庇うように守るように冒険者達は影にひるむ事無く武器を向ける。
「何をする!」「まだ終わってはいないと言うつもりですか?」
『いいえ、これで終わりです』
「えっ?」
 瞬間、目の前のゴースト。その放つ空気が変わったように冒険者は感じた。
『冒険者よ。汝らに我らが希望を託しましょう』
『彼女』は微笑む。
 冒険者を祝福する聖母のごとく。
 
○託された希望
 冒険者がアンドーラに促されて開けた二つの宝箱には古い聖書と、小さな小箱が入っていた。
 全員に贈られた指輪以外の三つを彼女は希望の宝、と呼んで冒険者に託したのだ。
『聖なる槍ロンゴミニアドはデビルと戦う上で大きな武器となってくれるでしょう。黄金の聖書は代償を必要としますがデビルの行動を大きく阻害することができます。祈りの指輪はささやかですが貴方達の身を守る力があります。』
「俺で本当にいいのか?」
 槍を手に問いかけるリルにアルバの影は微かに肩を竦め笑ったような気がした。
 彼が向けた視線の先にはキットがいる。アルバが決めるのであれば悩むところであろうが、アンドーラは冒険者を率い、心を示したリルを気に入ったようである。
「じゃあ、預かっとく」
 アルテスに託されたのは黄金の聖書である。
『この聖書は使う者の命と覚悟があって始めて効果を表すものです。貴方にはその覚悟がありますか?』
「はい。僕はこう見えてけっこう丈夫なんです。使いこなして見せます」
 聖書を胸に抱き、アルテスは主君と神にする様に膝を折って誓った。
『そして‥‥真実の瞳。これは、私と同じ宿命を持つ貴方に‥‥』
 小箱を開いたリースフィアは美しい指輪と向き合った。
『その指輪は一時ですが貴方に真実を見せるでしょう。デビルの偽りの姿も見抜くことができるのです』
 指輪を手に取りかざすリースフィア。ブランの台に取り付けられた青い石の色には見覚えがあった。
 海よりも、空よりも深みのある聖者の蒼。
 きっと、生前の彼女はこの指輪の石と同じ色をしていたのだろう。
「あの〜アンドーラさん? お聞きしたいのですけどぉ、貴方はアリちゃんと何かご関係があるのですかぁ?」
 思わずアリちゃんと言ってしまったが彼女には通じたようだ。静かに頷いて見せた。
『私にとっては真実の思い。ですがあの人にとっては違った。‥‥ただ、それだけの事です』
「でも〜それだけで〜、何百年、いえ、ひょっとしたらそれ以上の時を待つことができるのですかぁ〜」
『それだけの事があったということです。あの人やデビルにとっての戯れで国は滅び、多くの命が奪われました。そんな事を繰り返したくない。その思いで、私達はここに残ったのです。希望を‥‥確実に未来に繋ぐ為に‥‥』
 寂しげに微笑したアンドーラは話はここで終わりと首を振る。
『でも、今はそのような事を話しているときでは無い筈です』
 そして遺跡の番人として顔を上げた。
『揺ぎ無い宝石の心を持つ冒険者よ。私達の悲劇を繰り返してはなりません。人々が生きるこの国を守って下さい。貴方達ならそれができると信じています』
『俺達の役目はここで終わりだ。後は、お前達に任せたぞ‥‥。こいつと、未来は任せた』
 まだ意識を戻さないヘンルーダの髪がそっと揺れる。
 頭を撫でたであろうアルバの影に
「待って下さい!」
 斗織は呼びかけた。
「もし、できるならこの遺跡に留まっては頂けませんか? 兄と話をして頂きたいのです。ヘンルーダ様を大事に思う兄と‥‥」
「俺もあんたとパーシ卿を合わせたいな。どうだ?」
『だが、俺達の役目は‥‥』
『いいではありませんか』
 懐かしい名前に心を揺らすアルバにアンドーラは優しく微笑した。
『いつか、戦いが終わったらそれを知らせに来て下さい。私達はそれをここで待ち続けましょう』
 覚悟を決めていたであろうアルバの纏う空気が楽しげに輝く。
『だが! 半端な事している間は合わないと伝えろ。どっちにもだ。揺ぎ無い答えを出し、この国が平和になったらここに来いとな。待っているぞ』
 影は消えていく。
 だが、どこか明るく弾んだ声は冒険者の心にも光を灯したのだった。

 導かれた扉から遺跡を出た冒険者。
 閉ざされた扉はもうヘンルーダの血でも開く事はない。
 まるで夢を見ていたよう。
 だが託された希望と、冒険者の指に輝く指輪がこの冒険を真実と伝えている。
「もう用はない。帰るぜ」
「ああ。さて腹を括らないとな」
 歩き出す冒険者達。だが誰とも無く一度だけ足を止め、振り向いた。
 
 人々が希望を託した迷宮という函。
 役目を終えた今も希望を灯し冒険者を待ち続けている。