●リプレイ本文
○甦った騎士
冒険者達は目の前に甦った騎士の巧みさにただ、言葉を失うばかりであった。
「キャアア!」
今度悲鳴を上げたのはメイユ・ブリッド(eb5422)。
胸を深く槍の柄で打ち込まれた彼女に仲間達は駆け寄った。
「大丈夫ですか?」
神速の踏み込みとそれが放つ威力は絶大。
それでも駆け寄り心配そうに問うたリースフィア・エルスリード(eb2745)に彼女は、大丈夫、と笑って見せた。
穂先で突かれていたら危なかったが、彼は寸前で槍を返し、柄で攻撃してくれていたのだという。
一番体術に劣る回復役を狙った除去にしては、優しい判定だ。
「あれぇ〜? この土壇場でもぉ〜、僕達にぃ〜手加減してくれているんですかぁ〜?」
首を捻るように問うエリンティア・フューゲル(ea3868)に勿論返事は帰らない。
だが、憑依されたヘンルーダの笑顔がその下の騎士の肯定を写すかのようで、冒険者は息を飲み込んだ。
ここに至ってもまだ、冒険者達は挑戦者、であるのだ。
「その余裕、あいつを思い出すな‥‥、パーシの師か。面白い。ガッカリさせるなよ!?」
キット・ファゼータ(ea2307)はさりげなくグロリア・ヒューム(ea8729)や七神斗織(ea3225)を背後に庇いながら閃我絶狼(ea3991)やリ・ル(ea3888)と顔を合わせる。
勿論油断は怠らないままに。
「ここでぱっちんのアニキ師匠登場かよ、弟子にも合わずこんな所で引きこもって妹の体まで使って何やってんだか」
刀を構える絶狼の言葉に『彼』は妹の身体で肩を、竦めて見せた。
『そう言うな。こっちにもいろいろと事情ってものがあるんだ。第一、死者があまり出張っては世の理や生者の役割が壊れるというものだろう?』
「では、今の貴方達には世の理を犯してもなお、やらなくてはならないことがあるということですね? ここまで来たら、いったい何を得られるのですか‥‥」
率直な大宗院透(ea0050)の質問に、だが彼は構え直した槍で答える。
元々ここで答えを貰うのはカンニングが過ぎるというもの。透も答えを期待していた訳ではない。
「今は戦いましょう。不安に駆られては、目の前のことに集中できません。彼の試練、力を合わせて必ず彼を納得させるような結果を‥‥見せましょう」
アルテス・リアレイ(ea5898)の決意の篭った言葉。そして、冒険者の真っ直ぐな瞳。
それに満足したかのようにアルバは笑うと指をパチン。と鳴らした。
改めて彼の背後でガーゴイルが列を成す。
「最後の試練ですぅ、頑張って希望をお譲りして貰いましょうかぁ」
「始め!」
と誰が宣じた訳でもないし測った訳でもない。
だが彼らは、同時に動き始める。
互いの全てを出し合う、最後の試練が今、始まった。
○何の為に戦うか
守護者アルバは一人。
冒険者は十人。
しかもここにいる多くはこの国どころか世界でさえ折った指の中に入るかもしれない練達の冒険者達だ。
多勢にものを言わせてかかればそれほど極端には負けないだろう、という自信が彼らにはあった。
相手もそれは十分承知している。
だから、ガーゴイルで場を撹乱し神速のヒット&アウェイで隙を見せる冒険者を確実に撃って、即座に戻るを繰り返していた。
合わせた槍は最大で数合。まだまともに戦わせてさえ貰えないのだ。
「あの戦い方は流石にパーシ卿の師ですね」
殆ど戦っていないリースフィアと、
「だが、あいつの方が上だ。予定通りタイミングを合わせよう」
まったく戦っていないキットは顔を見合わせて頷きあった。
『ほお。あいつを知っているのか? 俺の事まで知っているとなるとだいぶ親しいようだな。元気か?』
ヘンルーダの顔が心底嬉しそうな表情を浮かべたのを見て、リースフィアはええ、と頷いた。
「円卓の騎士となって忙しい日々を送っていますよ」
「安心しろ。今はお前より奴の方が強いさ」
二人の言葉にアルバは目を見開き、そして、心底嬉しそうな顔をした。
『そうか。ならば、それを俺に見せてくれ』
足を使った素早い攻撃がグロリアを狙う。カウンターをと考えていたが構える暇さえもなく、グロリアはその勢いに弾き飛ばされた。
「大丈夫ですか?」
グロリアに駆け寄るリースフィア。それさえも今は作戦だと気づかれないように動く。
会話をしながらもタイミングを探り、有利な場所をとる。
気づかれているかもしれないが、後衛の仲間達は準備を整えつつある。
勝負は動き始めたら一瞬で決まるし、決める。
「ああ、証明してやるさ!」
キットの声が図らずも合図となった。
アルバの指し示す槍に従い一斉攻撃をはじめるガーゴイル。
それになんとか布陣を間に合わせた冒険者達は一気に攻撃と反撃を始めたのである。
「神よ。我らを守りたまえ‥‥」
壁を背にしたメイユのホーリーフィールドが展開される。
最上級の強度を誇るそれに、ガーゴイルたちは完全に侵入を阻まれる形になった。
「よし、上手く行ったな」
安全な陣地の確保に成功した事に絶狼はひとまず胸を撫で下ろした。
勿論油断する隙など無い事は解っている。
「絶狼様! 来ます!」
壁に張り付いてがしがしと彼らには開かぬ壁を叩くガーゴイル。
「ああ。リル!」
「了解!」
それを視線と心を合わせて一刀両断に切り伏せた。
今、ガーゴイルはアルバの側に数体いる他は全てこちらに来ている。
ならばこちらを掃討すれば、後は一気にアルバにかかれるだろう。
「これで最後ですね‥‥。最後に戦闘とは、なかなかに盛り上げてくれます‥‥」
皮肉めいた口調だが番えた矢を放つ透の渾身の思いに迷いは無い。
「ああ、これで最後だ。‥‥あいつは本当に昔の奴と似ているさ。一人で全てを背負い戦ってる。でも、俺達は一人じゃないんだ。仲間がいる。助け合える。‥‥声出していくぞ!」
「はい!」「解りました!」「ええ!」
白い光の中から声と共に幾筋もの魔法が放たれ、冒険者の眼前に迫っているガーゴイル達の動きを止めた。
それを解っていたかのように前で彼らを守る戦士達は、ガーゴイルを打ち砕く。
強い意志を持って。
「気をつけてくださいねえぇ〜」
ムーンアローで援護をしながらエリンティアは、ふと虚空を見つめ呟いた。
「アルバさんがヘンルーダさんの身体を使っている男性ならぁ、もう一人の女性の声は誰なんでしょうねぇ〜」
暗い虚空を彷徨う影は、守護者と冒険者達の戦いを見つめ不思議なほどに沈黙していた。
○最後の問い
後衛がガーゴイル達の殲滅の布陣を完成させつつある頃、前衛の戦い、守護者アルバと冒険者の戦いは膠着の状態を迎えていた。
『なかなか、やるな』
「そいつは、どうも!」
素直な賛辞。だがそれを受ける方のキットは素直にはなれず、攻撃と共に彼から後退した。
アルバの護衛に残ったガーゴイルは既に無く、冒険者の前に残る敵はアルバのみ。
だが、彼にはまだ三人がかりで決め手となる攻撃を与えられないでいたのだ。
「やはり戦闘考察力の差、ということですか?」
リースフィアはグロリアを庇いながら手を握り締める。
「でも、付け入る隙はあります!」
これがアルバ本人との戦いであればまた違ったであろう。
だが相手はヘンルーダの身体を使っている。彼女の体格から放たれる攻撃の一撃一撃は鋭さこそあるものの軽い。
「こちらもヘンルーダさんに攻撃しづらいというのもありますが、そこを乗り越えてこその試練だと私は考えます!」
背後に回りこんだキットがリースフィアの肩を叩いて囁く。
「リースフィア。忘れるなよ。ヘンルーダは仲間だ」
「解っています」
「それならいい。グロリア。いいか?」
「いつでも」
『ほう‥‥』
冒険者達の言葉と布陣に決意を感じたのだろう。アルバは微笑すると低い姿勢で槍を構えた。
カウンターアタックと見る。ここで決められなければ大きな反撃を食らうだろう。
けれど‥‥リースフィアの手が首筋に触れる。
「負ける訳には行きません! グロリアさん!」
キッと前を向くとリースフィアは駆け出した。それ呼応するようにグロリアも走り出す。
両方向からの攻撃にもアルバの構えは崩れない。攻撃が当たる時間差で捌こうという自信が彼には確かにあったのだろう。
だが、
「行くぞ!」
それを第三方向目からのソニックブーム。
さらに
『なに!』
第四方向足元からの攻撃と、第五方向背後からの鞭がその自信を完全に打ち砕いた。
畳み掛ける第六方向、遥か遠距離からの光の矢。
「ムーンアローよ。遺跡の守護者の肩を撃て!」
『うわああっ!!』
完全に無防備になった身体にリースフィアとグロリアの同時攻撃が撃ち込まれた。
音を立てて彼の手から離れる武器。
そして、遺跡の守護者は膝を静かに折ったのだった。
俯く彼の周りに一人、また一人。冒険者が集う。
ガーゴイルとの戦いを終えた者達がやってきてもまだ動かない『彼』に
「俺達の勝ちだ‥‥」
キットは視線を落とし、そう宣した。
『お前達は、何の為に希望を、強さを求む』
戦いの時とは違う、静かな声が冒険者にそう問いかけた。
崩れ倒れるヘンルーダを斗織は支える。まだ、意識は無いが大きな怪我は見当たらない。
いつしか虚空から聞こえた声に、槍を拾い上げたリルが静かに答えた。
「力は欲しいさ。でも最初は一番の売りだったのに、気が付けばそれが全てじゃなくなっていた。
まぁ強いに越したことはないんだけれど、どんな手段を使ってでも求めるってモノではなくなったな、俺の中で。俺は誰かと違って全てを守りたいって程欲張りじゃない。今そこにある誰かの笑顔を守れれば、それでいいさ。その為の強さが俺は欲しい‥‥」
『そうか‥‥』
もはや声だけなのに、冒険者には『彼』が微笑んでいたのが感じられた。
『‥‥アンドーラ。俺の負けだ』
静かな声に呼ばれるように、今まで沈黙を守っていた影が冒険者の間に舞い降りる。
「貴方は〜? もしかしてぇ〜?」
無防備に近づこうとしたエリンティア。
だが幾人かは最後まで警戒を失ってはいなかった。
「危ない!!」
無表情で彼女は手を上げエリンティアの頭上に打ち下ろす。
それをアルテスは全力の踏み込みで間に入り、文字通りの盾となった。
「うわっ!」
何かを吸い取られた感覚に思わず膝をつく。
アルテスを庇うように守るように冒険者達は影にひるむ事無く武器を向ける。
「何をする!」「まだ終わってはいないと言うつもりですか?」
『いいえ、これで終わりです』
「えっ?」
瞬間、目の前のゴースト。その放つ空気が変わったように冒険者は感じた。
『冒険者よ。汝らに我らが希望を託しましょう』
『彼女』は微笑む。
冒険者を祝福する聖母のごとく。
○託された希望
冒険者がアンドーラに促されて開けた二つの宝箱には古い聖書と、小さな小箱が入っていた。
全員に贈られた指輪以外の三つを彼女は希望の宝、と呼んで冒険者に託したのだ。
『聖なる槍ロンゴミニアドはデビルと戦う上で大きな武器となってくれるでしょう。黄金の聖書は代償を必要としますがデビルの行動を大きく阻害することができます。祈りの指輪はささやかですが貴方達の身を守る力があります。』
「俺で本当にいいのか?」
槍を手に問いかけるリルにアルバの影は微かに肩を竦め笑ったような気がした。
彼が向けた視線の先にはキットがいる。アルバが決めるのであれば悩むところであろうが、アンドーラは冒険者を率い、心を示したリルを気に入ったようである。
「じゃあ、預かっとく」
アルテスに託されたのは黄金の聖書である。
『この聖書は使う者の命と覚悟があって始めて効果を表すものです。貴方にはその覚悟がありますか?』
「はい。僕はこう見えてけっこう丈夫なんです。使いこなして見せます」
聖書を胸に抱き、アルテスは主君と神にする様に膝を折って誓った。
『そして‥‥真実の瞳。これは、私と同じ宿命を持つ貴方に‥‥』
小箱を開いたリースフィアは美しい指輪と向き合った。
『その指輪は一時ですが貴方に真実を見せるでしょう。デビルの偽りの姿も見抜くことができるのです』
指輪を手に取りかざすリースフィア。ブランの台に取り付けられた青い石の色には見覚えがあった。
海よりも、空よりも深みのある聖者の蒼。
きっと、生前の彼女はこの指輪の石と同じ色をしていたのだろう。
「あの〜アンドーラさん? お聞きしたいのですけどぉ、貴方はアリちゃんと何かご関係があるのですかぁ?」
思わずアリちゃんと言ってしまったが彼女には通じたようだ。静かに頷いて見せた。
『私にとっては真実の思い。ですがあの人にとっては違った。‥‥ただ、それだけの事です』
「でも〜それだけで〜、何百年、いえ、ひょっとしたらそれ以上の時を待つことができるのですかぁ〜」
『それだけの事があったということです。あの人やデビルにとっての戯れで国は滅び、多くの命が奪われました。そんな事を繰り返したくない。その思いで、私達はここに残ったのです。希望を‥‥確実に未来に繋ぐ為に‥‥』
寂しげに微笑したアンドーラは話はここで終わりと首を振る。
『でも、今はそのような事を話しているときでは無い筈です』
そして遺跡の番人として顔を上げた。
『揺ぎ無い宝石の心を持つ冒険者よ。私達の悲劇を繰り返してはなりません。人々が生きるこの国を守って下さい。貴方達ならそれができると信じています』
『俺達の役目はここで終わりだ。後は、お前達に任せたぞ‥‥。こいつと、未来は任せた』
まだ意識を戻さないヘンルーダの髪がそっと揺れる。
頭を撫でたであろうアルバの影に
「待って下さい!」
斗織は呼びかけた。
「もし、できるならこの遺跡に留まっては頂けませんか? 兄と話をして頂きたいのです。ヘンルーダ様を大事に思う兄と‥‥」
「俺もあんたとパーシ卿を合わせたいな。どうだ?」
『だが、俺達の役目は‥‥』
『いいではありませんか』
懐かしい名前に心を揺らすアルバにアンドーラは優しく微笑した。
『いつか、戦いが終わったらそれを知らせに来て下さい。私達はそれをここで待ち続けましょう』
覚悟を決めていたであろうアルバの纏う空気が楽しげに輝く。
『だが! 半端な事している間は合わないと伝えろ。どっちにもだ。揺ぎ無い答えを出し、この国が平和になったらここに来いとな。待っているぞ』
影は消えていく。
だが、どこか明るく弾んだ声は冒険者の心にも光を灯したのだった。
導かれた扉から遺跡を出た冒険者。
閉ざされた扉はもうヘンルーダの血でも開く事はない。
まるで夢を見ていたよう。
だが託された希望と、冒険者の指に輝く指輪がこの冒険を真実と伝えている。
「もう用はない。帰るぜ」
「ああ。さて腹を括らないとな」
歩き出す冒険者達。だが誰とも無く一度だけ足を止め、振り向いた。
人々が希望を託した迷宮という函。
役目を終えた今も希望を灯し冒険者を待ち続けている。