●リプレイ本文
●宝島へ第一歩
「ふぅ‥‥やっと島にたどり着けたか」
入り江に停泊しているのは、冒険者達のゴーレムシップ。
その船室から出てくるや鳳レオン(eb4286)(以下鳳)は、甲板に立つと朝方の新鮮な空気をたっぷり吸い込みながら、感慨深げに呟く。
眼前に広がるのは、島全体を覆い尽くさんばかりの広大な密林――そしてその中央からぴょこんと頭を出している岩山。
この地形は、大海賊ヴィルの手記に残された情報通り。
どうやら、此処こそが彼らの捜し求めた『宝島』に間違い無さそうだ。
「この前は気絶なんてしちゃってあんまり役に立てなかったからね。今度こそ頑張るぞー」
そんな鳳の横から、意気揚々と歩み出てくるテュール・ヘインツ(ea1683)。
そして指示されるままに、遠見の魔法テレスコープを唱え始めた。
航海の際にも物見を務め、道標のない大海原において一同の目鼻となった彼に任せておけば、今回も安泰であろうと誰しもが思う所。
そんな期待を知ってか知らずか――。
「んーと‥‥その遺跡の入口って、岩場の高台の一番上にあるのかな?」
「え? さあ、どないやろ? ヴィルはそない詳しい位置までは書いてへんかったけど‥‥」
「じゃあ、その形や外装とかは? もしかして、虎っぽい動物が口を開けている様な感じだったりとかしないかな?」
矢継ぎ早に掛けられる質問に、ティーナは慌てて手記を見返す。
「え〜〜と‥‥‥‥うん、外見はそうみたいやね。まるでセトタからこの島に近付こうとする船を見張っているかの様に、恐ろしい形相を西北西に向けてはるって‥‥‥‥え?」
「おい、テュール。お前、まさか‥‥」
キルゼフル(eb5778)が恐る恐ると言った感じに尋ねれば、テュールの表情は見る見る内に満面の笑みを浮かべて。
「だったら、『あれ』に間違いないよ! テレスコープ使ってないと見えにくいけど、それっぽい人工物は確かに岩山の頂上にあるよ!」
「そ、そうか。思いの外あっさり見付かっちゃったな」
レオン・バーナード(ea8029)(以下レオたん)が苦笑交じりに呟けば、他の仲間達も一気に気が抜けたらしく、微妙な表情で小刻みに首を縦に揺らしていた。
「けど、問題はあそこまでどうやって辿り着くか、だな」
「そうだね。ティーナさんの話を聞く限り、つまりとにかくなんでもジャイアントみたいだし‥‥」
「ああ、無事に遺跡まで辿り着く為には、出来るだけ安全な道を選んで通る他無いな。‥‥それにしても、この島に巨大生物が多いと言うのは、これも『精霊の瞳』の影響なんだろうか」
「どうだかな。そもそも巨大生物に限らず、『精霊様』ってのが俺達を歓迎してくれているか分からねぇ。いや、前のウェイプスやらを見た限りだと、どうも嫌われちまってる様にさえも思えるな。‥‥勿論、精霊に会ったら最大限の礼を尽くすつもりじゃあるが、相手の出方次第では‥‥」
――全力でぶっ潰す。
キルゼフルの言葉に、ゴクリと生唾を飲み込む一同。
そう、例え相手がもし高位の精霊であったところで、敵意を示して来る様であれば立ち向わなければならない。
その決意を改めて問われ、顔に迷いの色を浮かべるのは‥‥この中では唯一アトランティス生まれのティーナのみ。
そんな彼女の心の内に気付かないまま、キルゼフルは花霞と言う名の香水を投げ渡し。
「はぐれた時とか目印代わりに香水使え。匂いでレラが追跡できるからよ」
言いながら、傍らに擦り寄る忍犬の頭を撫でる。ちなみに言うと、そんな彼の愛犬レラは雌らしい。
ともあれ、いざ出発せんと一同が宝島の大地に降り立った――直後。
ふと、レオたんが口を開く。
「あ、遺跡に向かう前にさ‥‥ちょっと立寄りたい所があるんだけど、良いかな?」
●残骸
漁師としての経験上から生態を知り尽くしたレオたんの案内で、海辺の巨大生物との遭遇を避けつつ、一同が辿り着いたのは‥‥船の停泊している入り江に程近い、見晴らしの良い岬だった。
その崖下に、促されるまま視線を向ければ――。
「あれは‥‥船の残骸か?」
鳳の言葉に、小さく頷くレオたん。
「今朝早く、散歩がてら見回りをした時に見付けたんだ。あれって多分‥‥」
「ヴィルの船‥‥アドゥール号やね」
ティーナの言葉に、目を伏せる一同。
船舶に詳しい鳳でなければ恐らくはそれとは分らない程に朽ち切った木片達は、風に揺られてカタカタと音を立てている。
かつてこの宝島に降り立ち、そして全てを失った大海賊ヴィル・ハーベスト‥‥まるで、そんな彼とシムの海を巡った日々を思い起こし懐かしみ、泣声を上げているかの様に哀しげに。
「お、おい、レオン!?」
ふと、岩を跳び移りつつその残骸に近付くレオたん。
仲間達は慌てたが、そんな彼が拾い上げ、抱えて来た物を見るや、その意図を察して目を見開く。
――それは、大きく『アドゥール号』と記されたプレート。
セトタ語の読めないレオたんでも、これがかつてどの様な役割を務めていた物だったのか‥‥容易に想像出来た。
「これだけでも‥‥何とか弔ってやれないかな? ヴィルの手記を頼りにここまで来たおいら達が、彼の想いに報いる為、って事でさ‥‥」
彼の提案に、無論異を唱える者が居る筈も無く――。
かくしてバックパックにヴィルの遺志と言う重みを感じながら、一同はいざ目前に広がる密林へと足を踏み入れて行った。
●一大スペクタクル?
「たく、何食ったらそこまでデカくなりやがんだ‥‥イチイチ相手してたらキリがねぇぜ!」
ズバッ!
深い森の中に何度目とも知れない断末魔が響き渡ると、周囲の動物達は本能的に敵わないと察したか、一斉に散らばって行く。
森林に関する土地勘を持ち合わせた鳳とティーナの案内の元、迷う事無く真っ直ぐ遺跡のある高台へと向かっていた一同。
‥‥だがしかし、二人ともやはり動物達との遭遇を完全に免れ得る程の知識は持ち合わせておらず、故にここに至るまでもかなりの数の巨大生物を相手にして来ていた。
それでも無事に乗り切れていると言うのは、やはり一同の戦力とそれを生かす為の効果的な役割分担があってこそだろう。
「うーん、それにしてもティーナさんの香水はちょっと失敗だったかも。さっきのエイプなんかは、その匂いに釣られて寄って来たって感じだったし‥‥」
「だな‥‥いや、すまねぇ。はぐれた時には効果的かと思ったんだが‥‥」
「良えって良えって。この匂い、ウチ嫌いじゃないし」
キルゼフルに渡されたリカバーポーションを呑みながら、ティーナはけらけらと笑みを浮かべる。
「しかし、そのまま森の中を歩くのは危険だな。この辺りの植生を鑑みるに、近くに泉がある筈だ。そこで匂いを落として行った方が良いかも知れないな」
「‥‥え゙? せ、せやかて、まだ冬の盛りやで? いくらこの森ん中が暖かい言うても、流石に‥‥」
鳳の提案に、途端にしどろもどろになりながら反論するティーナ。
‥‥その顔が真っ赤な辺り、寒いからという以上の理由があるらしく。
そんな彼女の意図を察し、「ははーん」と呟きながら口元を吊り上げるキルゼフルは。
「大丈夫だ、防寒具なら有り余ってるしな。『この前』ん時みたく着換えを持ってこなかったんは残念だが、背に腹は代えられねぇだろ」
「っ‥‥キ、キルゼんっ!?」
カラカラと愉快そうな笑い声を上げる彼に対し、ティーナは耳まで真っ赤になっていて‥‥そして傍らのレオたんは何やらどんよりと影を背負い、そんな彼らの様子を鳳は乾いた笑みを浮かべながら眺めていた。
「‥‥? 『この前』?」
「わーーーーーーーっ!?!? な、何でも、何でも無いんよっ!?!?」
唯一人、事情を知らないテュールだけは首を傾げていたが‥‥まあまさしく、天界で曰く『知らぬが華』と言った所であろうか。
ともあれ、そんなじゃれ合いを経て、確かにこのまま香水の匂いを付けて森を歩くのは危険だと判断したティーナは、渋々ながら泉で水浴びをする事にした。
「‥‥まあ、ティーナも女性だからな。覗こうとしたら、凍らせるからな?」
「分かってるって。‥‥ちっ、折角例の貴族向けに良い土産話が出来ると思ったんだがな‥‥」
「何か言ったか?」
「いや、別に」
木々の向こうで聞こえる水音から意識を逸らす様にしながら、思い思いに視線を泳がせる男性陣。
その中で、ふと口を開くのはテュール。
「‥‥そう言えばさ、ヴィルさんの仲間の成れの果てとかが出てくるかと思ったんだけど‥‥今の所、見当たらないね?」
「ああ、確かに。いや、今まで出会ってきた動物達のサイズから考えると、もしかして‥‥」
「アンデッドとなる前に、食われちまった、か? ‥‥死体ごとな」
有り得なくは無い話である。
何しろ、現れるのはどれもこれも規格外な大きさの動物達ばかり。そんな彼らの繰り広げる生存競争の只中へ、無闇に人間が飛び込んだりすれば‥‥文字通り、骨も残らないだろう。
ふと一同が沈痛な面持ちで顔を俯ける――と。
「キャアアァァーーー!?!?」
ふと聞こえてくる悲鳴に、思わず肩を震わせる。
「‥‥ティーナさんの声だ!」
「しまった、やはり目を離すべきじゃなかったか!」
慌てて武器を取り、木々を掻き分け泉に赴くと――。
一同の眼前に現れたのは、畔で腰を抜かしながら身を震わせているティーナの姿。
そんな彼女の視線の先を追ってみると‥‥泉の中に、白い何かが浮かび上がっていた。
それを、キルゼフルが摘み上げてみれば――。
「‥‥これって、もしかして‥‥」
「ああ、白骨死体だ。それも、人間の‥‥」
「って事は、ヴィルの仲間のモンだな。‥‥死体が残ってただけ運が良かった、ってトコか」
「ち、ち‥‥ちっとも良うないわっ!! お陰でこちとら水浴びするどころじゃ――――」
よくよく一同が視線を向けてみれば、ティーナは一糸纏わぬ姿のまま。
――時が止まった。
「‥‥‥‥キャアアァァーーー!?!?」
‥‥この後、彼女の悲鳴に釣られた動物達の相手をしなければならなくなった事は、言うまでも無い。
●辿り着いたるは
「やれやれ‥‥漸く到着か」
「ここ数日だけで、一生分戦った気がするよ‥‥」
船上からテュールの見た遺跡の入口、其処に辿り着いた一同の表情には、見るからに疲労の色が浮かんでいた。
大抵の敵はレオたんの一刀の前に手も足も出ず、お陰で被害は余りなかったのだが‥‥それでもその後の足場の悪い岩山登りは大分堪えたらしく、おまけに道中のトラブル以来ずっと不貞腐れていたティーナの機嫌を取ったりもしていた為、誰しもが心身ともに磨耗しきっている状態になっていて。
「まあ、一先ず遺跡に入るのは、昨晩野宿した洞窟で休んでからでも遅くないだろう。それに、調べておきたい事もあるしな」
言いながら、虎の様な動物の顔を模した石造りの建造物、その周囲を念入りに調べ始める鳳。
――それから暫くして、壁面に刻まれた文字らしきものを発見した彼は、仲間達の方に向き返った。
「‥‥あったぞ。ティーナ、読めるか?」
「うん、これは古代魔法語やね。掠れてはいるけど、取り敢えず読み取れるんは‥‥‥‥ええと、『海』『守護者』‥‥それにちょっと飛んで『災い』?」
「何だそりゃ? 海の守護者が災いを齎すってぇ事か?」
「さぁな‥‥それかもしくは、以前のアルテイラの封じられていた遺跡みたいに、守護者が居ると言う可能性もあるか?」
「何にしても、一度戻ってから考えようよ。ヴィルさんの手記にも、何か手がかりが残されているかも知れないしさ」
テュールに促されるまま、一先ず洞窟へと引き返して行く一同。
そう、今回の目的地であった遺跡には、誰一人として欠く事無く、無事に辿り着く事ができた。
その内部を調べるのは、また綿密に作戦を練った上で良いのだ。
――その夜。
煌々と輝くランタンの光の下、ティーナの口から語られるのは、ヴィルの遺した手記‥‥その遺跡内部に関する内容。
『島の中央に聳える岩山を登りきった俺達は、そこにあった悪趣味な建造物の内部へと足を踏み入れて行った。
中は人が居なくなってから久しく、既に廃墟と言える様な状態になっていて、足場が悪いばかりか潮の満ち引きで構造まで変わる‥‥まったく、性質の悪い大迷宮だったぜ。
仲間達はどっかの部屋に取り残されて満ち潮に呑まれたり、迷ってそのまま帰って来れなくなったりと、ここでもどんどん数を減らして行った。
そんな中、一度はぐれたレニとまた会う事が出来たのは、奇跡と言う他ねえ。
‥‥この遺跡に辿り着けたってんなら、折り入って頼みがある。
此処のどっかに、俺のこの世で何よりも大切にしていた物が二つ、取り残されている筈だ。
一つは、俺を護り続けてきた相棒。そしてもう一つは、俺を支え続けてきた愛する妻。
俺はその両方を‥‥此処で手放しちまった。
頼む、どうかそれらを見付け出し‥‥そして、お前なりのやり方で、弔って欲しい。
でなければ俺は、死んでも死に切れねえ‥‥』