●リプレイ本文
●地雷?
「やっと遺跡か‥‥これからが本番だな。気を引き締めよう」
野営中の洞窟の中、広げられたヴィルの手記を前に声を響かせるのは鳳レオン(eb4286)(以下鳳)。
「ああ、いよいよ正念場だからな。気合い入れてくぜ‥‥‥‥って、どうしたテュール?」
「え? あ、いや、その‥‥な、何でもないよ」
キルゼフル(eb5778)が尋ねれば、テュール・ヘインツ(ea1683)は恥かしげに顔を俯ける。
「何でもない言うても‥‥顔真っ赤やん。大丈夫、風邪でもひいたんや――」
「ほ、本当に大丈夫だから、気にしないで下さい!」
ティーナが覗き込めば、慌てて距離を取るテュール。
(「女の人の裸なんて見るの初めてだったから、この前のはびっくりしちゃったな‥‥」)
‥‥うん、間違っても本心は口に出せない。人それを、天界的に『地雷』と呼ぶ。
そんな彼の様子に一同は首を傾げながら――キルゼフルだけは何やらニヤニヤしているが――ともあれ今一度ヴィルの手記へと目を戻す。
「これによると、潮の満ち引きによって構造が変わるらしい。これが迷宮の中で水没する地域があるって意味なら、水の魔法とティーナに予め渡しておいた分水珠が役に立つな」
「うん、もしくは満ち潮になると水圧を利用してスイッチが作動する、なんて仕掛けもあるかも知れないな。そんな罠で閉じ込められたら絶望的だし、出来るだけ引き潮の時間を見計らって入ろう」
「目に見える罠ならわしが解除すっけど、そう言うのは流石にお手上げだかんな‥‥。頼んだぜ、お二人さんよ」
キルゼフルが海の知識、経験共に豊富な鳳とレオン・バーナード(ea8029)(以下レオたん)の肩を叩けば、二人は大きく頷く。
――と、そこでレオたんがふと口を開き。
「‥‥そう言えば、ヴィルの奥さんの持ち物とかについての記述って、この手記にはなかったのかな? もう生前の姿なんて分からないだろうから、弔おうにも判別できる何かがないと難しそうだし‥‥」
「へ!? あ、ああー、そないもんは無かった思うでー?」
途端に余所を見ながら、口笛を吹き始めるティーナ。
‥‥怪しい。
「――ほう、ヴィルってのの妻の名前は『レニ』‥‥道案内の間にも何度か出て来た名前だな。そいつは水に浮きやすい上質なコートをヴィルから贈られていた他、ワインが大好きで‥‥」
「‥‥って、キルゼん!? な、何勝手に人のメモをスッてはるん!!」
「がははは、ガードが甘いぜ。って言うかそもそも、てめぇはヴィルの遺品を独り占めする気だったんだろが!」
「え、あ、いや、そないことは‥‥‥アッー!!」
まあ、おいといて。
ティーナが隠し持っていたメモの内容から、ヴィルの妻『レニ』が当初どの様な格好をしていたか大体把握できた。
後は、もし彼女の遺体を見付ける事が出来た場合‥‥。
「弔いは遺品を持ち帰って、全部終わったらヴィルさんの手記と一緒に埋めるか燃やすって辺りでどうかな? ‥‥ヴィルさんは海賊だけど、海に生きた男の願いを叶えてやりたいんだ」
「そうだな‥‥それが彼の無念に報いてやる事にもなるだろう」
悲しげに手記に目を落とす一同――無論、反対する者は居ない。(ティーナを除く)
かくして、準備も万端に、一同は遺跡内部へと足を踏み入れていくのであった。
●水の大迷宮
『船長、何をしているの?』
『ん‥‥水の音を聞いてるのさ。こうして壁に耳を当てて‥‥ああ、この先に大量の水が流れてる。ここは罠だな、となるとさっきの道を‥‥? どうかしたか?』
『ううん、そんなのでよく分かるなって。私が耳を澄ましても、水の音さえ聞こえないのに‥‥』
『そりゃ、伊達に大海賊の名を張ってねえからな。こんな構造の遺跡だって、今までに幾つ荒らしてきたか知れねぇ』
『ふふ‥‥その言葉は本当なのかしら?』
『さあな。だが、少なくともこの先に進めねえ事だけは確かだ。野郎共、また水に呑まれたく無けりゃ、さっさと引き返すぞ!!』
――――。
「‥‥この先は罠、だそうだね」
狭い通路を進む冒険者達、その中のテュールが石床に刻まれた文字をなぞりながら言う。
遺跡の入口を潜った一同を迎えたのは、地下空間へと続く長い長い階段。
そこを下ると、今度は段々と空間が開けてきて‥‥そして気が付けば、幾つあるとも知れない分かれ道によって作り上げられた大迷宮へと迷い込んでしまっていたのだ。
途方に暮れた一同を導いたのが、他ならぬテュール。彼は遺跡に入る前から「あったら良いな」程度のつもりで、ヴィルの遺した道標を探すつもりで居たのだが‥‥これが的中、構造的罠があるらしき空間を避け、一同は恙無く迷宮を進む事が出来ていた。
「それに、段々どんな所に罠があるかも分かって来た。万一の事故を防ぐ為か、正しい通路には所々に排水溝があるけれど‥‥間違った道には無い。しかも大分老朽化が進んでいるからか、そう言った所は水漏れしてて足場も悪いからな」
「ああ、おまけにそれさえ分かっちまえば、後ブービートラップらしき物は殆ど見当たんねぇからな。こいつぁ思ったよりも楽に突破できちまったりしてな」
「‥‥ああ、これで正しい道さえ分ればな」
そう言う鳳の表情は、疲れ気味。
と言うのも、ヴィルの残した道標で罠を回避出来て居るのは良いが‥‥それは、決して正しい道程を示すものではなかったのだ。
つまりは、ヴィル達も迷っていたらしく、同じ所をグルグルと回るばかりで。
「あー、もうしんどー‥‥」
とうとうティーナが、音を上げて座り込んでしまった。
「そうだね、僕も流石に疲れたな‥‥ちょっと休憩しよっか。キルさん、ここまでで良い場所は無かったかな?」
「ああ、そんなら少し戻った所の階段付近が良いだろな。確認したが、あそこなら罠なんかも特に無さそうだ」
「しかし、出来れば干潮の今の内に進めるだけ進んでおきたいな。何しろ満潮と干潮の間は6時間もある。無理せず進めるならいいが、間に合わなかった時に6時間待ちはキツイ」
「それは一理あるな。けど、疲れて集中力を欠いた状態で探索って言うのも危ないし‥‥」
「此処は一旦休んだ方が良いよ。ね?」
結局相談の末、最初に降りてきた階段付近で小休止を入れる事にした一同。
だがしかし、こんな陽精霊の光も届かない空間を延々と気を張って歩き続けていた為か、皆が皆心身ともに疲れ切っていた様子で‥‥‥‥‥気が付くと。
「恐らくは今、外は夜‥‥ちょうど満潮の時間だな」
「ああ、ちょっくらのんびりし過ぎちまったな」
いけないいけないとばかりに苦笑いを浮かべながら、早足で通路を進む一同――と、そんな彼らの目の前に。
「‥‥あれ? こんな所に脇道なんてあったか?」
「ううん、さっきは無かった筈だよ。‥‥もしかして、遺跡の中の構造が変わってる?」
「どうやらその様だな。満潮で無ければ進めない場所もあると言う事か‥‥」
額を押さえながら呟く鳳。
一先ず道が開けたは良いが、この調子だと思った以上にこの遺跡の攻略は手古摺りそうだ‥‥。
テュールとキルゼフルが先の安全を確認した後、足を進めて行く冒険者達‥‥その誰しもが、何とも言えない不安を胸に抱えていた。
●冷水に沈む‥‥
冒険者達が遺跡に入ってから、数日が経った。
事前の食料等の準備は欠かさなかった為、一先ず現時点では特に問題は起きていないが‥‥。
「こんな真冬に何が居るとも分からない危険な場所であまり泳ぎたくはないが‥‥仕方ない」
ぼやきながら、水に潜る準備をする鳳。
そんな彼らの前には行く手を阻む石扉と、小さな水路。
キルゼフルの勘によれば、この水路の先にきっと扉を開くスイッチがあるだろうとの事で。
「悪ぃな、ウォーターダイブの使えるおたく以上に適任な奴はいねぇからな」
「なに、気にするな。本当ならマジカルエブタイドで底まで水位を下げたかったが‥‥それが出来ないのだから、仕方ないさ」
「危なくなったらすぐに戻って来てね? 鳳さんが居ないと、僕達もこの島から出られなくなっちゃうから」
心配そうな視線を向けてくる仲間達に大きく頷くと、鳳は自身にウォーターダイブを掛け、水路の奥深くへと潜って行った。
「‥‥もしかすると、拙いかも知れへん」
――ふと、口を開くのはティーナ。
その手には、ヴィルの手記が広げられていて‥‥。
「? 何がだ?」
「そ、それが‥‥この手記によると、ヴィルの妻のレニは‥‥‥っ!?」
「あ、危ない!!」
ボタッ、ボタタッ――!
直後、テュールに庇われ飛び退いたティーナの元居た場所に落ちてくるのはゲル状の物体。
それは、この遺跡の中に入ってから既に何度見たとも知れないクレイジェルにシャドウジェル、そしてビリジアンスライムにブラックスライムと言った不定形生物達で。
「けど、今までにはこんな大量に出てくる事なんて‥‥!!」
「ちぃっ‥‥! 逃げようにも出口は反対側だし、それに鳳がまだ戻ってきてねぇ‥‥如何するよ、レオン?」
「決まってる。何とか食い止めるしかないだろ‥‥っ!!」
――一方、未だ底の見えない水路の中を潜っていた鳳。
ウォーターダイブの魔法を何度も掛け直している為、窒息する心配は無いが‥‥それ以上に、先程から彼の全身は思いも因らぬ物に襲われていた。
それは――。
「くっ、何だってこんなに水が冷たいんだ‥‥!? それも、深く潜れば潜る程、更に冷たくなって‥‥!」
鳳はしきりに凍えそうな身体を掌で擦る。
今の時期を考えれば、確かに水が冷たい事自体は不思議ではないのだが‥‥それにしたって、この水温は余りにも不自然過ぎる。
もしかすると、水の精霊力と言ったものが変に作用しているのでは無いか‥‥。
そんな疑念は――やがて、とある『証拠』をもって、確信へと変わった。
「っ!? こ、これは‥‥っ!?」
驚き目を見開く鳳の眼前に現れたもの、それは――――漸く見えてきた水路の底に沈む、人間の遺体。
生前はさぞ美しい女性であったのだろう。その面影は、死して尚『崩れる事無く』残されている。
そして、その身体に羽織っているのは皮製のコート‥‥そう、恐らくは彼女こそが、ヴィルの妻の『レニ』に間違いない。
――それにしても、おかしい。
ヴィルがここ宝島に訪れたのは、今から百年以上前の事の筈だ。
にも関わらず、その時に死んだ筈の人間の遺体が、そのままの形で残っているなんて‥‥。
「‥‥水温、か?」
深く潜れば潜るほど、水が冷たくなっていったこの水路‥‥それが水底ともなると、もはや凍て付く程になっていた。
恐らくは、この異常な水温が彼女の遺体を腐らせる事無く、百年もの間そのままの姿を保たせ続けていたのだろう。
ともあれ、今は仕掛けを解除する方法を探さなければ。余り長いことこんな寒い場所に居ては、それこそ彼女の二の舞になってしまう。
鳳が水底に手を付けながら、仕掛けを探そうとした――次の瞬間。
「な‥‥っ!?」
突然、レニの死体が彼の腕を掴んで来た。
そのまま彼女は、掴んだ腕に噛み付いてくる――。
「くっ‥‥やはりカオスの魔物にっ‥‥!!」
慌ててそれを振り解くと、全速力で水面へと向かう鳳。
幸いカオスの魔物、動く死体は泳ぐ事が出来ない。このまま昇り続ければ、彼女は追って来る事が――。
「!!?」
唐突に鳳の身体を、水底に引き戻そうとする強烈な水流が襲う。
――いや、違う。咄嗟に下へ目を向ければ、見えたのは微かな明かり。
どうやら、水底のレニが動き出した拍子に何かの仕掛けが作動して、底だった部分が開きそこから水が流れ出て居る様だ。
鳳は流れに抗う事が出来ないまま流され‥‥‥‥そして気が付けば、微かに外の明かりが入り込む開けた部屋の中へと放り出されていた。
――無論、レニの死体と共に。
「キャプテン!! 無事か!?」
そこへ、部屋の隅にある階段を駆け下りて来るのは、水路の上で待たせて居た筈の仲間達‥‥どうやら水を抜く仕掛けが作動した事で同時に上の扉が開き、此処へ来る事が出来たらしい。
彼らは諸々あって弱りきっている鳳に駆け寄ると、同時に部屋の隅で蠢いている者の姿を見て、驚き目を見開く。
それはそうだ、ヴィルの遺志を継いで弔ってあげようとしていた遺体が、まさかそのままの姿で残っていようとは、一体誰が想像できただろう。
「‥‥へっ、それがおたくの面かい。随分な別嬪じゃねぇか」
ふとレニの前に歩み出るのはキルゼフル。彼は懐から、以前に宝島から帰還した後のヴィルの棲家となっていた海食洞、そこを調査した際に入手した古いメダルを取り出すと、それを彼女に突き付け。
「あんたの大事な人からの伝言だ。おまえを弔わねぇと死んでも死にきれねぇとさ。さっさといって向こうで温かく迎えてやんなよ」
「‥‥」
静寂。
それがもし意思ある者であれば、或いは愛する夫の事を憂いていたのかも知れない。
だが、今の彼女は最早意思どころか感情さえも持たない存在‥‥当然、差し出された腕はメダルごと振り払われ、返す手で追撃を――。
――ザシュッ!
「キ、キルゼん‥‥?」
「悪いが弔いに経読んだり祈りを捧げたりするのはガラじゃねぇんでね」
次の瞬間、後ろ手に構えていた彼の槍が、レニの死体の胸を一突きに穿ち貫いていた。
「これは‥‥ヴィルさんの遺品かな?」
「多分、そうだと思うで。きっと彼は鳳れんと同じ様に水路に潜って、そのまま帰って来えへんかった妻に捧げるつもりで、身の回りの物を投げ込んだんやろね‥‥」
水のはけた部屋の中で見付かるのは大量の金貨と、その中に混じって特殊な存在感を放つコインが数枚、そして一本のワイン。
加えて、既に動かないようにされたレニの死体が羽織っていたコート‥‥それをレオたんは自身のバックパックに積めた。
無論、後で弔う為である。
「けっ、それにしても‥‥自分だけ生き残ってヴィルみてぇにウジウジ余生を過ごすなんてのは、わしゃ死んでもゴメンだね」
そんな様子を横目で見ながら、キルゼフルは先程無くしたメダルの代わりに見つけたコインを、指で高く弾き上げた。
――一先ずはヴィルの妻レニの遺体を見付け、手荒な方法ではあったものの弔う事に成功した冒険者達。
だが、遺跡の最奥は未だ見えず、冒険者達の前に立ち塞がる。
果たして、この迷宮は何処まで続くのか‥‥そして、その先では一体何が彼らを待ち構えているのか。
それは、かつて此処に訪れたヴィルさえも知り得ぬ所。
そう、ここから先は冒険者達が自らの力をもってして、切り拓いていかなければならないのだ。
彼らは改めて気を引き締めると、慎重な足取りで更に奥深くへと進んで行くのであった。