●リプレイ本文
●洞察と決断
――ウォーターボムを放って来てからと言うもの、それ以降は一同の周囲の水場を泳ぎ回るばかりで、何も手出しをして来ないアドゥール。
いつ破られるとも知れない、一時の平穏‥‥その只中で冒険者達は顔を突き合わせ、相談を始めていた。
「‥‥何かが怪しいな」
ふと、部屋の内部構造を見渡しながら口走るのは鳳レオン(eb4286)(以下鳳)。
「部屋の中央と四隅で、足場は五箇所。けれどその内祭壇があるのは中央と奥二箇所の計三箇所だけ‥‥。こういう場合、普通は全ての足場に祭壇があるものじゃないだろうか?」
「言われて見れば確かに‥‥」
レオン・バーナード(ea8029)(以下レオたん)も頷きながら、入口側ニ箇所の足場を見遣る。
部屋の右手側は倒壊している為、本来其処がどの様な形をしていたのか、今では窺い知る事叶わないが‥‥少なくとも、倒壊していない方の足場には、やはりそれらしき物は見当たらない。
「伝承なんかだと、全ての祭壇に『何か』を捧げれば精霊は帰ってくれるものなんだがな。或いはマジカルエブタイドを使って水位を下げてみれば、水面の下に隠れた祭壇が出てくるんじゃないかとも思ったが‥‥‥‥‥‥いや。よくよく考えてみると、その可能性は薄いか?」
「そうだな。さっきからアドゥールの泳ぎ回っている場所や、部屋の構造、それに部屋を満たしている海水‥‥色々観察して見た感じ、水位が変わって祭壇が水に沈んだって事はまず無さそうだ」
水域に関する知識に長けた鳳とレオたんの二人が言えば、これ以上無い程の説得力がある。
「それに、祭壇にも魔法的な仕掛けは無いみたいだよ。リーヴィルマジックにも反応がなかったしね。‥‥けど、人が出入りしてたならアドゥールだって人の言葉か考えを理解出来るのかも。今は気が立ってるみたいだけど荒らしに来たんじゃないって聞いてくれるようにすれば、倒さなくても済むよね」
「っつっても、相手は既に敵意剥き出しだしよ‥‥どうやって伝えようってんだ?」
キルゼフル(eb5778)が尋ねれば、テュール・ヘインツ(ea1683)はティーナが道中で発見した『鍵』たる杖を掴み。
「これを見せれば、もしかしたら‥‥‥‥っ!?」
それを掲げながらゆっくりと海面に近付いて行くテュール――を、襲うのは先程よりも格段に強力なウォーターボム。
「テュール!? おい、大丈夫か!?」
「いたた‥‥うん、何とかね。けど参ったな。どうも聞く耳持たずって感じだね‥‥」
テュールが苦笑交じりで言えば、仲間達も険しい表情を浮かべる。
「そうなると‥‥手加減して勝てるような相手じゃないし、今は戦うしかなさそうだ」
「海の守護者にあんまり酷い事はしたくないけど、やるしかない‥‥か」
「面白ぇっ、わしの全てを見せてやろうじゃねぇの! ただし、高くつくぜっ! いくぞコラぁっ!」
各々武器を構え、水面下の敵と対峙する冒険者達。
そんな彼らの前に、またも水柱が上がり――それを割る様にして飛び出たアドゥールが、牙を剥いて襲い掛かってきた。
●力を示せ
――ドゴォッ!!
勢いを乗せて飛び掛ってきたアドゥール、その突進は突如冒険者達の前に出現した石壁に阻まれる。
かと思えば、その向こう側から響いてくる水音。どうやら、水中へと戻って行ったらしい。
「ふぅ、何とか凌げたね」
「‥‥いや、そうでもあらへんと思うで」
「ああ、相手が水中に要る限り、此方の攻撃はまず届かない‥‥が、あっちは魔法で攻撃が出来る訳だからな」
「叩くなら、水中から引きずり出すか、また上がってきた所を狙わないと」
言いながら、慎重に水面へにじり寄って行くのはレオたんにテュール。
その眼下に、ゆっくりと巨大な魚影が近付いて来て――。
「――今だ!!」
テュールの声と共に、水面へ向けて放たれるレオたんのソードボンバー。
魚影の進行方向を塞ぐ様にして放たれたそれは、一直線に水飛沫を上げ――そして驚いたアドゥールは一旦深く潜り姿を晦ませたかと思えば、一同の背後から水柱を上げながら飛び出てきた。
「!? こっちだ!!」
咄嗟に振り返り、破魔弓に番えたヤドリギの矢を放つのは鳳。
だがアドゥールはその攻撃を往なしながら、一直線にティーナへ向けて飛び掛って来る。
「させっかよ!! てりゃあああぁぁぁ!!」
その前に立ちはだかるのはレオたん――そして、彼の肩を踏み台にし、宙へ躍り出るのはキルゼフル。
真正面から飛び込み、そして両手と口にそれぞれ携えた刃により繰り出された三連撃。それは見事にアドゥールの巨体を捉え、その身体を揺らがせる。
だが、それは逆に相手にとっても絶好の反撃の機会。
空中で碌に回避行動へと移れないキルゼフルの右肩に、鋭利な牙が深く抉りこまれる。
「がっ‥‥!?」
「キルさ‥‥‥くっ!!」
そのまま床面へと叩き付けられる様に放り出せば、今度は直下のレオたんへと向かってくるアドゥール。
足場が悪い事もあり、さしものレオたんでもその攻撃を避ける事叶わず、左腕に噛み付かれてしまった。
「ぐあぁぁぁっ!!」
腕が食い千切られてしまうかの様な激痛に、顔を歪ませるレオたん。
振り払おうにも手に力が入らず、視線を降ろせば凄まじい形相のアドゥールが此方を睨み付けていて――。
「グギュッ!?」
次の瞬間、飛来したヤドリギの矢がその胴体を射抜いた。
途端に暴れ出すアドゥール、その拍子に牙がレオたんの腕から離れ。
「今だレオン!」
「く‥‥うあぁぁぁぁぁっ!!!」
ドゴォッ!!
右腕に握り締めたバイキングショートソードによる斬撃が、のた打ち回るアドゥールを薙ぎ払う。
その衝撃は巨体をもろともせず吹き飛ばし、水中へと叩き落とした。
●精霊の祝福
「や、やってもうたんかな‥‥?」
恐る恐る、水面を覗き込むティーナ。
幾ら相手が敵意を持って襲い掛かってきたと言え、相手は高位の精霊。
もし完全に殺してしまったら、大変な事になるだろう。
彼女だけでなく、誰しもが不安げな表情で底の見えない水場を見詰めていると――。
――ザバァッ!!
「!?」
突然眼前に水柱が上がり、再びアドゥールがその姿を現した。
一同は胸を撫で下ろすと同時に、慌てて武器を構え直し‥‥。
「――待て!」
ふと声を張り上げるのはキルゼフル。そして、彼はじっとアドゥールの顔を見詰める。
「‥‥どうやら、もう害意はねぇみてぇだぜ」
「そうみたいだね。けど、どうして突然‥‥」
「――――もしかして、俺達を試してたのか?」
鳳が尋ねれば、アドゥールは首を僅かに下げる。
どうやら、頷いている様だ。
「そうかい。‥‥だったら、わし等は晴れて精霊様に認められたっつぅことか」
「けど、わざわざどうしてそんな事を‥‥って、あれ?」
レオたんが腕を組みながら言うと、唐突に水中へと舞い戻って行くアドゥール。
かと思えば、部屋全体にガコンと振動が走り、同時に中央の祭壇の先の壁面がゆっくりと開き出した。
其処から現れたのは――過去に何かが祀られていたらしき台座と、一枚の壁画。
「あれは‥‥何かドラゴンの様なものが描かれている様だが‥‥。ティーナ、分かるか?」
「‥‥ん、うん。多分アレは――『バハムート』の絵やわ。似た様なものなら、今までにも幾つか見てきてはる‥‥けど‥‥」
――バハムート。
別名プラチナドラゴンとも呼ばれ、最高位の陽精霊と謳われる伝説上の存在である。
壁画に描かれているのは、それが何やら丸い物体を携えている姿。
「もしかして、あれが‥‥!!」
思わず身を乗り出――す余り、あわや水場に転落しそうになるティーナを、キルゼフルと水面から飛び出て来たアドゥールが支える。
そう、きっとそこに描かれている物こそが、彼女の探し求める精霊の瞳なのだろう。
「そうか、バハムートか‥‥成程、それなら持っている精霊の瞳が『太陽の瞳』と呼ばれているのも、納得できるな」
「まあ、それは良いんだけどよ‥‥まさか、アレが此処宝島に隠された秘宝、って訳じゃねぇよな?」
「それか、あの台座には元々精霊の瞳が置いてあった‥‥つまりは、『元宝島』ってことなのかも知れないね」
「お、おいおい、そりゃねぇぜ‥‥」
がっくりと項垂れ、地面に手を着くキルゼフル――。
「ねぇぜ〜」
「‥‥あん?」
――顔の横から聞こえて来た声に視線を向けると、其処に居たのは小人くらいの体格の精霊。
見れば、他の仲間達の傍にもそれぞれ似た様な者が寄り添っていて。
「これは、ウンディーネ?」
ふとアドゥールに目を向ければ、彼はまた大きく頷いた。
「おいら達と一緒に連れて行け――って事で良いのかな?」
「どうやら、そうみたいだね。ありがとう精霊さん♪」
テュールが嬉々とウンディーネの頭を撫でながら言うと、次の瞬間、青い輝きを湛えるアドゥールの身体。
そして、紡がれたのはマジカルエブタイドの魔法。これによって、一部の水場の水位が下がると――その先の壁面に、大人が一人通れる位の大きさの横穴が現れた。
アドゥールに促されるまま、一同はその中を進んで行く。
すると、やがて彼等は遺跡の外、宝島の沿岸部へと辿り着いた。
「おおっ!? こんな隠し通路があったとは‥‥」
「あはは、今までの苦労は何やったって感じやね‥‥。もしかすると、あの入口に書いてあった『災い』って、道中にあった罠とかの事やったのかも知れへん」
「笑えねーぞ、ヲイ」
むぎゅ〜〜〜〜〜〜!!
キルゼフルはティーナが泣くまで、抓るのを止めなかった。
●帰還、そして伝説へ
「う〜ん、15歳になって初めての陽精霊の光だ。外ってやっぱりいいなぁ」
ゴーレムシップを泊めていた入り江に戻って来ると、その甲板で伸びをしながら言うのはテュール。
けれど、未だ気を抜くには早すぎる。
そう、何しろ此処へ来る折に宝島近海で遭遇したウエイプス‥‥それをまた突破して行かなければならないのだから。
「やれやれ、一難去ってまた一難って所かな」
「全くだぜ。取り敢えずキャプテン、帰りも宜しく頼まぁ」
「ああ、全力は尽くすが‥‥いざと言う時の為、覚悟だけはしておいてくれ」
そう言う鳳は口元に笑みを湛えているも、とても冗談には聞こえない。
かくして鳳の操舵の下、大陸へ向けて出航する冒険者達のゴーレムシップ――は。
「‥‥あれ? どないしたん、鳳れん? 未だ全然進んでへんのに、何で止まって‥‥っ!?」
ガクッ!!
「お、おい、嘘だろ‥‥!?」
「そんな、こんなに早く現れるなんて‥‥!!」
揺れと共に、船尾から顔を覗かせるのは黒光りする大きな頭。
――忘れもしない、ウエイプスである。
どうやら、船体が完全に掴まれてしまっているらしく‥‥鳳が進めようとしてみても、ビクともしない。
「まずい‥‥! 皆、掴まれ!!」
鳳の声に、一同は船の縁やマストに掴まり、各々衝撃に備える。
――が。
「あ、あれ?」
船体をひっくり返されると思いきや、予想に反して真っ直ぐに走り始めるゴーレムシップ。
一同が目を点にしながら海面を見遣ると、其処には船に並んで泳ぐ巨大な魚影があった。
「アドゥール!? ‥‥そうか、ウエイプスもこの島を護る為に‥‥」
――言葉を交わせない為に真意こそ知れないが、恐らくウエイプスは船を抱え、大陸まで送り届けようとしてくれているのだろう。
途端にどっと甲板に座り込む一同。何しろもう駄目かと思って覚悟を決めた矢先だった為、その脱力感ときたら言葉に言い表せない程である。
――と、そこでふと思い出した様に、荷物をまさぐるレオたん。そして取り出したリカバーポーションを。
「おーい! これ、怪我の手当てに使ってくれー!!」
口元に手を当てて叫びながら、甲板から放り投げる。
すると、アドゥールはそれを跳ねてキャッチし――暫く後、その空き瓶だけを返してきた。
ゴミは持ち帰れ、と言う事らしい。流石は海の守護者。
かくしてアドゥールに見送られるまま、宝島を後にした一同。
その船上で、新しい相棒と戯れる愛犬のレラを見遣りながら、キルゼフルは一人黄昏ていた。
――心に秘めたるは、口に出せない想い。それを言ってしまえば、少なからず年若い相手を縛る事になってしまう。
見た所、彼女の方は他の誰に対して特別な想いを抱いている訳では無さそうだが‥‥けれども、その幸せを一番に願うならば。
「何考えてはるん?」
「‥‥あ? 何でもねぇよ。それよか、さっきからチャイナドレスが濡れて透けてんぞ」
「なっ‥‥!?」
甲板を埋め尽くすのは喧騒と笑声。
そう、二人の関係はそんなもの。少なくともティーナが目的を果たし、他の事を考える余裕が出来るまでは、このままで良い――。
「‥‥ん?」
ふとバックパックを見れば、何やら羊皮紙が詰め込まれていて。
開いてみれば、それはティーナからの手紙だった。
どうやら、今回の冒険において何度も助けられた事、それに対する感謝の言葉が綴られているらしい――のだが。
「‥‥読めねぇっつぅの」
キルゼフルはアプト語で書かれた手紙をグシャリと握り締め、それに包まれていたチェリーピアスをバックパックの奥深くに詰め込むと、再び視線を相棒達へと戻すのであった。
そして、船に揺られる事数日。
近海までゴーレムシップを送り届けてきてくれたウエイプスに別れを告げた一同は――翌日、とうとうセトタ大陸はイムンへと帰還した。
彼等を迎えるのは、地元民の他にゴーレムシップを提供してくれたイムン分国王姪姫ベルドーラ・イムン。
何しろその存在の是非さえも定かでは無かった幻の地、宝島へと辿り着き、尚且つ其処を守護する精霊と会った上で、誰一人欠かさず無事に帰ってきた――かつて伝説の海賊ヴィル・ハーベストでさえも為し得なかった偉業を、たった五人でこなして来たのだ。
後に彼等は、イムンの船乗り達に英雄として称えられる事になるのだが‥‥それはまた、別の話。
かくして、盛大な祝宴と共に、彼等の『宝島』での冒険は幕を閉じるのであった。