●リプレイ本文
●嵐の前に
「天におわす我等が父タロンよ、是より精霊の聖地を守る為の戦いに赴きます。どうか我等が意思を御照覧あれ」
静まり返った早朝の教会で、ファング・ダイモス(ea7482)はその身に宿った英雄の紋章に手を当てながら心静かに祈っていた。
「これは奇遇ですね」
聞き覚えのある声に顔を上げると、そこにはアレクセイ・スフィエトロフ(ea8745)の姿があった。
「人は同じような事を考え付くものなのですね」
彼女はそう言って笑うとファングの隣で膝を着き同じようにして祈りを捧げ、それを見たファングもまた静かに頭を垂れた。英雄たちの志を継ぎカオスの穴を封印し、必ずや再び皆でこの地に帰り立つ事を願って。
「こんな早い時間から連れ出して申し訳ありません」
「いえ、無理にお誘いしたのは私ですからっ」
馬車を降りるなり侘びを入れるカフカにリューズ・ザジ(eb4197)は赤面しつつ答えた。朝の貴族街はまだ静かだ。二人は開いている店に入ってハーブティーを注文した。
「鎧姿以外の貴方を拝見出来て良かった。水色のドレス、大変お似合いですよ。勿論、普段のお姿も凛々しくていらっしゃるが」
「カフカ殿、そのような気遣いは」
リューズが困っているのを見て、カフカは思わず微笑む。貴族の娘はこの種の世辞を並べられるのに慣れているものだが、それと対照的な彼女の瑞々しさに彼は好感を持っているようだった。
「あの‥‥ミケーネ様も参加されるのですね」
リューズはつい心に掛かっていた事を口にした。これは只の噂なのだがミケーネは婚儀を控えているという話で、今回の作戦から外して欲しいと両家から強い要望があったという。カフカは彼女にリザベの任に就くよう進言したのだが、ミケーネは断固拒否。カフカは根負けして彼女の乗船を許可したという。
「私がまだ尉官だった頃からの付き合いでね。彼女は優秀な軍人だが、私は彼女に幸せな家庭を築いて欲しいと願っています。これは女性蔑視と取られるかな」
「いえ、その様な」
と、生返事を返しながらリューズは思う。
ああ、やはりカフカは気付いていないのだ――ミケーネは婚約者よりもカフカを選んだというのに。
(私の邪推かもしれぬ)
そう心の中で呟きながら、リューズは冷めかけたカップに口を付けた。
丁度その頃、フォーリィ・クライト(eb0754)も珍しくドレス姿で琢磨の部屋を訪れていた。勿論、前に約束した食事に行く為であるが、正装した彼女を見るなり『なんで髪も結わないんだ。素材はいいのに』と細かい文句を付ける琢磨にフォーリィが逆ギレ。乱闘騒ぎになった所へ琢磨に金を高利で貸し付けようと思ってやって来たアリオス・エルスリード(ea0439)が現れてなぜか仲裁役に回る事となり、ついでにフォーリィの髪を巻き髪風に仕上げて無事二人を貴族街へと送り出した。お疲れ様である。
又、その日の午後にはバルザー・グレイ(eb4244)が愛馬2頭を連れてダロベルが置かれている格納庫に向かっていた。ペットの乗船は提督の許可を得たものだ。すると同じように荷を積みに来たグラン・バク(ea5229)に出くわす。
「俺は過ちを二度と繰り返す気はない。必ずこの地の平和を守る」
彼は過去同様の危機に遭遇し、滅び去ってしまった都の事を振り返る。勿論だとバルザーも深く頷いてみせた。
「此れでは御別れの挨拶みたいですわね」
ジャクリーン・ジーン・オーカー(eb4270)はそう言って書き掛けの手紙を破り捨てた。それは故郷ウィルに送るはずのものだったが、彼女は思う。必ず戻って来て自分の口で報告すれば良いのだ――と。
そしてこの夜、同様にペンを握っていた者が二人。ソフィア・ファーリーフ(ea3972)とクーフス・クディグレフ(eb7992)だ。鎧騎士として身を立てんとメイディアに出て来たクーフスにとって、この作戦への参加は彼にも家族にも大層な誉であり、彼はその思いの丈を故郷への手紙に認めた。又同時に彼は『混沌の刻印』の女性の事を思い、混沌の正体を知りたいと願った。
ソフィアも想い出のハロウィン羽根ペンを握り締め、逝ってしまった親友を思う。
(きっとこの空の下のどこかで、私と同じように空を見上げてますよね)
彼女はそっと友の名を呼んだ。
●乗船
「ソフィア〜〜元気だったか!」
ブリッジに上がって来たソフィアの姿を目にすると巫女は矢庭に駆け出して彼女に抱きついた。
「はいはい♪ ナナちゃんこそ調子は?」
ナナルは笑顔でブンブンと手を振り回す。すると今度はリューズが大きな竜のぬいぐるみを巫女に贈り、彼女は大喜びでそれを受け取った。また、巫女はフォーリィから琢磨が約束を果たした事を聞くと自分の事のように喜んだ。
「今度は女性陣だけでお菓子食い倒れツアーに行こうね!」
「お菓子食い倒れ♪」
「だから、『絶対皆で一緒に』帰るんだからねっ」
フォーリィの言葉に一瞬顔が曇ったナナルだったが、すぐに笑顔で頷いた。
それから巫女は異国の模様が入った布に巻かれた『阿修羅の剣』をカフカの元から持って来る。
「カフカも琢磨も剣を持つと気が散ると言って困っていたのだ。アレクセイが守ってくれると助かる」
決して剣を抜かない事を巫女に誓い、剣の防護を申し出た彼女はそれを受け取った。
「ファングは本当に背が高いなー、うわっ!」
女性陣の背後に控えていたファングの傍に寄った巫女の前で彼はふいに屈んで片膝を着いた。
「ご無礼をお許し下さい、見下げるようで心苦しかったのです。――カオスの穴を封じ、必ず幸せな未来への道を切り開いてご覧に入れます」
たとえ巫女にどんな運命が待っていても、と彼は言葉に出さなかったがナナルは彼の強い思いを受け取った。
「緊張するなと言うのは無理だろうが緊張しすぎても満足に動けん。決死の覚悟と言うやつはどうも空回りしがちなんでな、落ち着いていけば大丈夫だ。後、倒れられても面倒を見切れんから無茶はせんようにな」
とバルザー。
「恐れは決して悪いものでない。それは時に強さに変わるぞ。ただ後悔しない生き方が出来るかどうかだ。なので、言うべき事は言わねばな」
とグランはなぜかフォーリィに目線を振る。
「今更怖がってないっ! 言いたい事はいつも言ってるってば!」
と心配する二人の前でじたばた悪態を付く琢磨であったが、その時カオスの地に差し掛かるという声が艦内に流れ、同時にブリッジに緊張が走った。
●強行突破
「では、これより巫女と数名の兵がテレスコープを使って広範囲の索敵を行なう。状況は琢磨がテレパシーで逐一味方艦とグライダーに連絡。各自連携を怠る事無く、犠牲を最小限に抑えて敵を牽制すべし!」
カフカの号令で皆が持ち場へと散った。
「クーフス、宜しく頼むな」
「りょ、了解!」
初めて巫女と顔を合わせたクーフスが少し緊張していたのを察していたのか、巫女は彼の名を呼んでから彼を格納庫へと送り出した。
ちなみに、母艦に管制官を置く案は琢磨と同時にアリオスからも上がった。地球人の琢磨は兎も角、ジ・アース出身の冒険者からも近代戦(というらしい)の戦術が考案される状況に時代の流れを感じたカフカであった。
「何だかんだで年少コンビだ、うまくやろう。俺は母艦が落ちるのは二度と見たくないんでね」
グライダーの操縦席に着いたリューズに声を掛けたのはそのアリオスだ。確認された敵艦は2隻のみだが、しかし翼竜の数が半端では無かった。その数50いや100騎‥‥その異様な数からしてあるいはカオスの魔物たちが化けて混じっているかもしれなかった。
「下手に囲まれてはこちらが不利だ」
「味方のバリスタに巻き込まれない為にも高度を維持しつつ、極力敵を落としていくとするかね」
リューズとバルザーは機体を発進させ、アリオスは弓矢で遠距離魔法を仕掛けてくる魔術師を、バルザーに同乗したアレクセイは母艦に接近してくる敵の弓兵や操者を狙ってウインドスラッシュで応戦した。
一方甲板に出たジャクリーンのヴァルキュリアは母艦の進路を塞ごうとする翼竜を矢で払いのけていた。味方の艦2隻が敵の抑えに回ってくれたからだ。
「力を合わせて戦乙女の名に恥じぬ戦いをしましょう!」
足場の悪い甲板では多少のハンデはあるものの、ヴァルキュリアが放つ矢はあれほど冒険者が手こずった中型翼竜を一撃で落した。
一方、クーフスが乗るオルトロスは実質、突貫してくる翼竜や弓兵の矢から船を守る盾となっていた。オルトロスは船の損傷を抑えるべく可能な限り甲板を動き回り、長柄武器と大型の盾で敵を牽制したが、翼竜から甲板に飛び降りて直接ブリッジを狙いに来る敵歩兵も少なくなかったので、彼らの一掃にはグランとファングが当たった。剣豪である彼らはソードボンバーを初め豪快な剣さばきを披露。その凄まじい修羅場の中で勇気を振り絞ってソフィアはグラビティーキャノンを放つ。これは主に敵艦の船底を狙って発射されたが、直線的に威力を発揮するその重力波動は敵翼竜部隊にも大きなダメージを与え得た。
「しつこいと男性も船もあしらわれ方は同じですっ!!」
「う〜〜〜〜っっ」
と、ブリッジで唸っているのはフォーリィだ。
「気になるなら外に出ていいぞ。こっちは何とかする」
「駄目! もしカオスの魔物が入ってきたらどうすんのっ! あたしは此処を死守すんの!」
「死なれちゃ困る。一緒に飯が食えなくなる」
「あたしは死にませんっ!」
と、フォーリィが声を上げるのと同時にナナルも声を上げた。
「カフカ、敵は照準をこちらではなく他の艦に向けたようだ。残った翼竜部隊が一斉に火責めを始めたらしい」
「他の艦を追詰めてこちらの足をも止める気か!」
ブリッジから外を見ると確かに周囲に群がっていた翼竜の多くはすでに移動し、囲まれた味方の艦から火の手が上がり始めている。
「提督」
刹那、琢磨が神妙な顔つきで会話に割って入る。
「前衛の艦長から伝言だ。『我等に構わず突入されたし。我等この地に散ろうともメイの誇りは散る事はない』」
「そんな!」
「どうするのだ、カフカ」
巫女は冷静に提督に問いかけ、カフカは深く息を吸ってから船尾にも届くほどの大声を張り上げて皆に命じた。
「我が艦はこれより2分以内に全速力で穴へ突入する! よってグライダー隊とゴーレム隊を大至急収容、琢磨は急ぎ伝達、手の開いている者は全て突入に備えて守備を固めよ!」
カフカの苦渋の決断であった。味方を助けに行けばダロベルも損傷を受けるのは必須であり、加えて敵に次の手を許す事になるのだ。
「琢磨、艦長に伝えてくれ。必ず生きてメイの地を踏んでくれと」
「‥‥了解した」
琢磨の連絡を受けた冒険者たちは直ちにブリッジに集合した。
ダロベルは進路を定めるとまさしく全速力で穴へと急降下し、避け切れなかった翼竜は次々に船体にぶつかって弾かれた。彼らは味方の無事を確認する事は出来なかったが、声を上げて泣き叫ぶ者はいなかった。必ず生きて再び会えると信じたから――。
●カオスの穴
「これがカオスの穴‥‥」
暗闇に目が慣れてきたファングは思わず呟いた。穴の中は完全な闇ではなかった。というのも、所々光が洩れている箇所もあったからである。そうして、穴の中はいわゆる洞窟のそれと変わりは無いように見えた。広さはダロベルが辛うじて通れる広さだ。
「我等を追ってきた艦がある」
と巫女。にわかにブリッジがざわつく。
「どのくらい離れているのですか」
「正確には分からぬが、精霊砲とやらが届く距離ではないな」
「不慣れな場所でぶっ放して己が進路を塞ぐほど敵も無能じゃないわけだ」
と言うアリオスに続いてグランが提案する。
「マジカルミラージュで追跡を妨害しては」
「それ、面白そうだな、やってみるか♪」
とナナルが詠唱に入った瞬間――ダロベルは今まで体感した事の無い強い衝撃を受けた。
そして次の瞬間、冒険者は信じられない様な光景を目の当たりにした。
「町が‥‥ええ、町です! 確かに!」
アレクセイがそう叫ぶと幾人かが甲板に駆け出した。狭い通路を抜けて大きな空洞に出た船はそこに『浮遊する町』を見た。ぽかりと浮かんだ大地には人気の無い小さな町があり、緑があり、そして空があった。
「幻影か」
「いや、幻でないものもあるぞ」
「あれはまさかガナ・ベガでは‥‥」
ジャクリーンの声が上擦る。確証は無かったが、噂に聞いた事のある敵の新手ゴーレムだと彼女は直感で判断した。
奇妙な町の広場にガナ・ベガ1騎とゼロ・ベガ1騎、バグナが2騎確認された。そして後方からは敵艦が迫っている。果たして冒険者はこの戦場を駆け抜ける事が出来るだろうか。