混沌竜封印

■キャンペーンシナリオ


担当:月乃麻里子

対応レベル:8〜14lv

難易度:やや難

成功報酬:34 G 36 C

参加人数:10人

サポート参加人数:-人

冒険期間:11月17日〜01月20日

リプレイ公開日:2007年11月27日

●オープニング(第4話リプレイ)

●ダロベル
「船内の空気が心なしか澱んでいるな」
 次の作戦会議の為に冒険者がブリッジに上って行くのを踊り場の少し離れた所から眺めていた巫女ナナルが隣にいた琢磨にそう呟いた。
「多少は仕方ないだろ。家族と離れ、深い穴の中に何週間も釘付けにされて、おまけに戦闘はいつ始まるかわからないという緊張感に絶えずさらされて‥‥。よほどの精神力がなければ弱音を吐かない方が不思議だよ」
「なるほど、それでお前は幼い少女を前にして弱音を吐いているわけか」
 都合の良い時だけ子供になるな! と返したいのを堪えて琢磨は小さく笑った。確かにナナルの言う通りだ。だが――。
「心配するな、琢磨。お前たちがカオスの穴を封印し、王都へ凱旋する日は近い」
「ん‥‥今何か言ったか?」
 船内の防火設備の強化策を纏めた書類に目を通していた琢磨が慌てて巫女に尋ねたが、彼女はただ静かに微笑むのみであった。

「まあ、普通に考えて罠だよな。話がしたいというならその場でしても良かったんだ。 目的は戦力の分断か何かの時間稼ぎか‥‥どっちにしろ、ろくなものじゃないな」
 晩餐会についてアリオス・エルスリード(ea0439)が意見を述べると、それにジャクリーン・ジーン・オーカー(eb4270)が続く。
「彼の狙いが何なのか分からないのは不安ですが、それに出席せねば進展はなさそうですわね」
「鬼が出るか蛇が出るか、それでも敵を知る為にも避けて通れない道ですね。私は館へは阿修羅の剣を持参せず、ユニコーンのアリョーシカと共にナナルの元に残そうと思います。彼女の精神安定を兼ねてサーシャも残してゆきますね」
 陽の妖精はアレクセイ・スフィエトロフ(ea8745)の傍で明るく元気に飛び回っている。
「それから相手は恐らく『言霊』を使えるから話を聞く間中も絶対油断するなよ」
「呪い、言霊‥‥魔物とは厄介だな」
 アリオスの説明にリューズ・ザジ(eb4197)が思わず唸る。だが、それらを打ち破らねば勝利は無いのだ。
 その後冒険者は館の門番への対策を話し合ったが、ソフィア・ファーリーフ(ea3972)はこの日に限って発言が目立たなかった。皆が気付かない所で彼女はある決意を固めていた。
 会議の後、リューズはバルザー・グレイ(eb4244)と共にカフカ提督の元を訪れた。現在ダロベル内に拘束中のバの捕虜を森へ連行する承諾を得る為である。
「彼らはバの国の騎士。魔物に操られているばかりではない強い意志もありました。捕虜の返還を条件に一時休戦を申し入れてみます」
「それから我々が出発した後はダロベルを浮上させてはいかがでしょうか。少なくとも敵ゴーレム部隊の相手はせずに済みますし、合流地点は琢磨殿のテレパシーで伝えてもらえば問題もないでしょう」
 カフカは彼らの申し出を承諾した。状況が状況である。捕虜の件は自分が責任を持つと述べ、カフカは二人を笑顔で送り出した。

「カオスの魔物め、一体何を考えている!」
 蒼き蝶を内側から食い破ろうとした奴が冒険者を船から引き離すなど――どうも嫌な予感がする。
 装備を整え終えたファング・ダイモス(ea7482)は琢磨を探していた。英雄ペンドラゴンは国を救ったがカオスの穴は封印出来ず、巫女の伝承も伝わってはいない‥‥。
「あ、ファング、フォーリィ知らないか」
 目の前に現れた琢磨を掴まえて、彼は魔物に操られた者への懸念など胸中にある不安を隠さず彼に話した。
「もしナナルさんに何かあれば私は直ちに船に駆けつけますから!」
 ファングの熱い思いに『了解した』と快く返答し、連絡を怠らない事を琢磨は約束した。

(カオスの魔物の言葉は信用できない。が、常に偽りであるわけではないというのが更に厄介だな)
 その頃、クーフス・クディグレフ(eb7992)はバの捕虜の独房へと足を運んでいた。その房の近くには魔物に魅了された例の3人の騎士が入っていた小部屋もあったが、今は空だ。魅了の効果は1週間ほどで失せたらしい。また、怪我を負ったミケーネは未だ救護室のベッドの上であった。グラン・バク(ea5229)は達人級の鑑定スキルを用いて彼女の精神状態を調べ、それをカフカや仲間に伝えた。彼の見立てによれば彼女が魔物に毒されている気配は無かったが、ただ彼女はこの戦の後は貴族の花嫁となり、一線を退く覚悟であった。
「魔物に憑依されなかったのは幸いでしたが、でもそうなる可能性も十分にあったのです。私の心は尊い騎士のそれではなく、ただの安っぽい女のものになっていたのですから」
 彼女は時間が許すならリューズとゆっくり話したいとも言っていた。女同士、男には語れない事もあるのだろう。

「食事はしっかり取っておられるか」
 独房の鉄の仕切り越しにクーフスが捕虜に声を掛けるが、返事はない。捕虜は黙って壁を見つめていた。
 敵とはいえ相手は騎士なのだ。質として用いる事に気が進まないクーフスではあったが、皆の総意では仕方ない。
「このような特殊任務に配属されるということは優秀な騎士なのか、或いは貴君らは規格外なのか」
「私は兎も角、仲間を侮辱するのは許さんっ! 許されるのであれば今ここで貴様と決闘しても構わん!」
 真っ直ぐな気性の若者であった。生まれた場所が違えば、あるいは彼はメイの国の勇気ある騎士となっていただろうとクーフスは思った。それはかの魔戦士とて同じなのか? 彼がカオスニアンではなく人間として生まれていたなら‥‥。
 彼を森で開放する際には再戦を約して別れようと心に決め、クーフスは房の前を去った。

●出発
「うー‥‥前回は酷い目にあったわ。あたしは呪われやすいのかねー」
「そうなのか! やっぱり呪われやすいのか!!」
「やっぱりって何よ‥‥って、あんた何してんの?」
 と驚くフォーリィ・クライト(eb0754)の首に琢磨が葫を繋いで作った首飾りを掛けた。一体どこから葫を――。
「俺、あいにく十字架は持ってないけど携帯用の聖書なら持ってるからこれも預けておくな。それと、王都に戻ったらすぐに祈祷師に厄払いしてもらおうなっ!」
 やや混乱しているようではあったが彼は真面目にそう彼女に告げた。
「琢磨、そう慌てるな。同じ手を二度も食う俺たちじゃない」
 そう言ってアリオスが琢磨の背中をぽんと叩き、フォーリィも元気な笑顔を返した。
 馬やペットに荷物を積み終えた彼らがダロベルを下船しようとした時、皆の前に姿を見せた巫女の腕をソフィアがしっかと掴んだ。
「お願い! ナナちゃんだって言い辛い事もあると思う。でもね、私はあんな得体の知れない魔物からじゃなくてナナちゃんから聞きたいの!」
「ソフィア‥‥」
 ふいに巫女の顔が曇るが、ソフィアは折れずに踏ん張った。
「カオスの魔物は私達が苦悩せざるを得なくなるような話をきっとすると思うの。それが真実か否かは別としてね。でも友達の言葉ならどんな話でも耐えられるし、怖れに負けはしないのよ。私達皆、ナナちゃんの友達ですもの。ねっ、皆!」
 ソフィアの言葉にそこにいた全員が頷いた。
「分かった‥‥皆がそれを望むのなら」
 巫女は瞳を閉じると、ある夢の話を語った。
 彼女は漆黒の闇に身を横たえていた。体中が痛くて起き上がれない。節々は熱を帯び肉は腫れ上がって心臓は破裂しそうな程激しく鼓動を刻む。だが、遠くで冒険者の勝鬨が聞こえるのだ。ああ、彼らは勝利する。彼らは虹竜の導きの元、船を漕ぎ出す。やがてそれは段々と小さくなって遂には見えなくなる。
「そして私は暗闇の中で静かに目を閉じる。お前たちは必ず勝つのだ――己を信じろ」
 そう言ってナナルは笑った。

「ソフィア、しょんぼりしない♪」
 森の中を頭を垂れて歩く彼女にフォーリィが声を掛ける。
「我らが最後まで巫女をお守りし、王都にお連れすればよいだけだ」
 仲間に励まされてソフィアにもようやく笑顔が戻った時、グランの忍犬が人の気配を感じて吠える。やはりバの兵士たちが待ち伏せをしていたのだ。リューズはヒスタ語を使用して相手に礼を示した上で休戦交渉を申し出た。彼らは捕虜の即時解放を交換条件にこれを受諾。彼らも又魔物を警戒しているのか敵の大将は館には行かない事を冒険者に告げて後、速やかに森を去った。彼らと対話を望む者もいたが、残念ながら歓談する余裕はこの時双方には無かった。

●館の晩餐
「招待しておいてこの様な門番を置くとは無粋な気もしますが‥‥まあ、大きいだけでは的としては物足りませんわね」
 というジャクリーンの強気の言葉通り、冒険者は難なく門番のアクババをやっつけてしまった。
 前衛で囮に入ったグランらに注意が向いた所にバルザーが黒十字の長槍を投げつけ、射撃隊が一斉に矢を放ち、ファングがスマッシュEXを放った所で魔物は消滅した。

「ようこそ、わが館へ」
 豪勢な食事が並べられた広間へ彼らを通した魔物がそう挨拶をするとアリオスがこれに応じた。
「まだ名前を聞いてなかったよな。俺はアリオスだ」
「私はかつてダバと呼ばれ、ここでは罪なる翼と呼ばれている」
 と魔物は穏やかに答えて、また手品のように掌に水晶玉を出してそれを傍の席にいたソフィアに手渡した。
「約束通りお渡ししよう。君たちなら壊すのは簡単だ。ただし――その玉が割れた瞬間から決戦が始まると思ってほぼ間違いないだろうね。カオスドラゴンは早く君たちを倒したがっている」
「カオスドラゴン!」
「真紅の光とは何の事だ!?」
 声高に叫ぶ冒険者を制して魔物は話を続けた。
「カオスドラゴンは竜戦士同様、最強の戦士にして最強の兵器だ。だが攻撃されれば当然ダメージは受ける。それを補い再生する役割を持つのが
『真紅の光』だ。それは絶えず竜の足元で輝いているが、この光に包まれた物体も攻撃されれば疲弊する。例えばゴーレムや通常の武器でも
『真紅の光』にならそれなりのダメージを与えられるだろうね」
「そんな事をなぜ俺たちに話す!?」
 そう叫ぶファングに魔物は意味ありげな笑みを浮かべた。
「その光る物体と同じ仕組みを竜戦士も持っているんですよ。ただしそれは物ではなく選ばれた――」
「それが巫女だと言いたいの? 巫女が竜戦士をその身をもって助けると」
「とんだ奇弁です。私たちはお前の嘘に惑わされたりはしない!」
 毅然とそして優美に微笑み返すソフィアに続いてアレクセイが強い口調で斬り返した。
「信じる信じないは勿論自由だ」
 おやおやという風に大袈裟に驚いた顔を見せてから、魔物は飲み物に口を付けた。
「カオスの穴を封じられてもお前は平気なのか」
 ふとリューズが静かに尋ねると魔物は頷いた。
「貴様達は何故この世界に来た?」
 ファングの問いに『来るべくして』と魔物は答えた。
「ではバとお前の関係は? ペンドラゴンを知っているのか?」
「そんな名は知らん。私には意味の無い事だ」
「それじゃーあんたの目的は何なのよっ、私たちの魂を集める事じゃないのっ?」
 今ここでこいつを倒した方がいい。でないと必ずナナルが狙われる――フォーリィはそう直感した。
 魔物は彼女が剣を抜くのと見て楽しそうに笑い、そして炎の息を吐こうとした。が、その刹那アリオスの放った銀の鏃が魔物の顎を射抜いた。
「グ‥‥グギャアアア――――ッッッ!!!」
「何度も同じ手を食うか、馬鹿者っ」
 アリオスはそう怒鳴ると素早く次の矢を放ち、仲間も一斉に攻撃に出た。彼らは魔物に反撃の隙を与えず武器を持ち替えては撃ち続けたので魔物は血のようなものを飛び散らせながら瀕死の状態で床に伏した。
 彼らが止めを刺す瞬間に、だが魔物は顎に刺さった矢を引き抜いて言霊を唱えた。
「壊せ――」
 そう言い終わると魔物は消滅した。すると操られたソフィアとジャクリーンはテーブルの上にあった水晶玉を壊し、食器や家具を壊し始めた。仲間が二人を抑えると今度は館が大きく揺れ、と同時に琢磨から連絡が入る。何か異変が起こっているらしかった。

●巫女
 館を出た冒険者はすぐ近くで待っていたダロベルに大急ぎで乗り込んだ。空は次第に暗黒の闇となり町や遺跡が崩れてゆく。やがて島が跡形もなく消え去ると、次に不気味な荒野が闇の中に現れた。闇に包まれて通ってきたはずの穴の通路はすでに見えない。
「始まる」
 その荒野に赤い輝きを認めるとナナルは冒険者に言った。
「竜戦士になれるのは一人だ。カオスドラゴンは竜戦士に任せて他の者は赤く輝く金属らしき物体を攻撃する事。カオスドラゴンの武器は鋭い爪と炎の息と熱線の息で、
『真紅の光』は防御のみで攻撃能力はない。だが、バの兵はこれを死守せんと防壁を作り挑んでくるだろう。バの船の動きにも警戒が必要だ。そして何より重要な事は竜を倒した後は全速力で地上へ脱出すること。あいつを倒せば退路は必ず見えてくる」
 巫女の言葉に皆が頷く。
「ここがカオスの穴を守る最後の戦場である以上、敵は死に物狂いで向かってくるだろう。だが、この旅の初めに私は言ったはずだ。我らは『覚悟』を決めねばならない。忘れるな。この覚悟は未来へ繋がる覚悟なのだ」
 この時すでに巫女の体を薄青い光が包み始めていた。
「‥‥阿修羅の剣が敵の気配を感じ取っている。間もなく私の体もこの青い光と共に変化するだろう。だが私の思いはいつでも皆と一緒だ。皆と共に戦い、最後まで必ず皆を守ってみせる。ここまで付いてきてくれて‥‥本当に有難う!」
 そう言うや否やナナルはブリッジを駆け下りた。
「ナナルっ!」
 彼女を追おうとした仲間をグランが制した。
「俺たちが今やるべき事は彼女を追う事じゃない。まずは自分達に出来ることをしよう。託し託された者達の為にも」
 義理が重たい渡世‥‥と言葉で言うは容易いが、とグランは思う。やがて青い光に包まれたナナルは真紅の光に対峙するが如く闇に覆われた荒野に降り立った。
「ナナルはダロベルが総力を挙げて敵から守ってみせる。だから皆は――」
「分かってますよ、琢磨さん」
 冒険者は琢磨の手から阿修羅の剣を受け取った。決戦の火蓋が今切って落とされたのだ。

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∴/荒野
●/恐獣部隊
◎/ガナ・ベガ
○/ゼロ・ベガ
凸/バグナ
▼/真紅の光
■/カオスドラゴン(一体)
△/巫女

●今回の参加者

 ea0439 アリオス・エルスリード(35歳・♂・レンジャー・人間・ノルマン王国)
 ea3972 ソフィア・ファーリーフ(24歳・♀・ウィザード・エルフ・ノルマン王国)
 ea5229 グラン・バク(37歳・♂・ナイト・人間・ノルマン王国)
 ea7482 ファング・ダイモス(36歳・♂・ナイト・ジャイアント・ビザンチン帝国)
 ea8745 アレクセイ・スフィエトロフ(25歳・♀・レンジャー・ハーフエルフ・ロシア王国)
 eb0754 フォーリィ・クライト(21歳・♀・ファイター・ハーフエルフ・ノルマン王国)
 eb4197 リューズ・ザジ(34歳・♀・鎧騎士・人間・アトランティス)
 eb4244 バルザー・グレイ(52歳・♂・鎧騎士・人間・アトランティス)
 eb4270 ジャクリーン・ジーン・オーカー(28歳・♀・鎧騎士・エルフ・アトランティス)
 eb7992 クーフス・クディグレフ(38歳・♂・鎧騎士・人間・メイの国)

●リプレイ本文

●序
「さあ、ナナル殿と共に戦おう! そして一緒に帰ろう‥‥誰一人欠ける事無くだッ!!」
「「「オオ――――ッッ!!!」」」
 遥か前方の敵を見据えて吠えるリューズ・ザジ(eb4197)の声が暗黒の戦場に高らかに木霊する。
 シーハリオンの巫女と共に阿修羅の剣を求める旅が始まってから幾度と無く繰り返した決意を今此処で形にするのだ。彼女は冷たいヴァルキュリアの制御胞の中で拳を握り締めた。
 ダロベルから出撃したゴーレム隊は銀ゴーレムのヴァルキュリアにリューズが、銅ゴーレムのオルトロスにバルザー・グレイ(eb4244)とクーフス・クディグレフ(eb7992)が、そして射撃に特化した鉄のゴーレム、アルメリアにジャクリーン・ジーン・オーカー(eb4270)が搭乗し、敵ゴーレムと対峙。恐獣部隊を蹴散らして『真紅の光』へと生身で特攻を仕掛ける部隊にはソフィア・ファーリーフ(ea3972)、ファング・ダイモス(ea7482)とフォーリィ・クライト(eb0754)が。竜戦士の奇跡の力の消耗を補う役を負った巫女ナナルを守るべく彼女の守衛に入るアレクセイ・スフィエトロフ(ea8745)、それらの戦況を上空から網羅し、バリスタで的確に支援する任にアリオス・エルスリード(ea0439)。そうして、仕留めるべき巨大な混沌竜に竜戦士となって挑むのがグラン・バク(ea5229)であった。
「打ち合わせ通り、モナルコスにはナナル殿の直掩隊に回って頂く。我ら冒険者がどれだけピンチでも巫女の防衛に専念、こちらの応援には入らず終始後方の守りを固めてもらいたい。宜しくお願い致す!」
「承知!」
 騎士団の鎧騎士らにそう伝えると、バルザーは仲間と共に進軍を開始した。
 彼の進言により、退路を確保するための味方グライダーによる哨戒も騎士団の鎧騎士によって交代で開始された。バの艦による特攻を牽制しての事である。又、撤退用のチャリオットにも搭乗者が割り振られ、まさに味方総動員での決戦となった。ダロベルから各部隊への指令は風信機及びテレパシー能力を持つ琢磨を通して行なわれた。

 さて、敵軍を打ち倒すべく歩を進める冒険者の目にも巨大なカオスドラゴンの姿ははっきりと見えた。かの暴君竜ティラノサウルスの3倍はあろうかというその巨体の前では流石の金属ゴーレムも太刀打ち出来ない。2本の脚で立つその黒い化け物の背には巨大な蝙蝠のような翼が生えており尾は太く長く、その鋭く曲がった爪に掴まれたなら大型恐獣もいとも簡単に引き裂かれてしまうのではないかと思われた。
「今この時は故郷の想いも借りるとしよう――この世界のため、俺に少しだけ力を貸してくれ」
 不気味な眼光を放つ混沌竜を睨みながら、グランは仲間から渡された『阿修羅の剣』をその鞘から引き抜いた。と同時にグランの体が青い光に包まれる――。

『ゥッ‥‥グワワアアアォォォ――――――ッッ!!!』
 グランを包む目も当てられぬほどに眩しい光はみるみるうちに巨大化し、カオスドラゴンのそれに等しくなった。その体は金色に輝く甲冑に覆われており、まさしく人型と竜の形を併せ持つ巨大なゴーレムのように見えた。彼がイメージしたのだろうか、その左手には炎の文様が描かれた盾が、右手には竜の紋章の剣が握られている。
「久しいな相棒」
 剣を翳して彼は微笑む。阿修羅の剣の奇跡の力によって現れた、郷里で分かれた半身ともいうべきその剣を再び手にして彼は未知なる敵へ向かっていった。

●巫女防衛
 モナルコスが巫女の周囲を固めるのを見て敵のゼロ・ベガが恐獣部隊と共に動いたが味方ゴーレムがこれを抑止、だがゴーレムの脇をすり抜けて大型恐獣がナナルを目指して爆走した。
「的が大きくて助かるな」
 バリスタの照準を合わせるアリオスが呟いた。ちなみに彼の射撃術はすでに超越レベルである。ダロベルの大蒼穹から一斉に矢が放たれると恐獣は巫女の足元へ辿り着く手前で次々に倒れていった。
「なにやらナナルは覚悟を決めているらしいが、琢磨認定上の中の美少女が失われることは世界の損失だ」
 以前、好みにうるさい琢磨がナナルを美少女と認めた事を思い出してアリオスが小さく笑うと、傍にいた弓兵が不思議そうな顔をする。
「冗談はさておき‥‥子供は人類の希望だからな。一人失われればそれだけ未来が閉ざされる。巫女が嫌だと言っても皆で連れて帰ろう」
 兵にそう話しながらアリオスはガナ・ベガに狙いを定めた。ヴァルキュリアが接近戦を始める前に少しでも相手にダメージを与えておくのだ。だが、彼がゴーレムに攻撃を始めると同時に、敵のフロートシップがゴーレム隊から後方の巫女へ目標を変えて動いた。

「ナナルっ、大丈夫ですか!? ナナルっ?」
 アレクセイがナナルの元に駆けつけた時、彼女の体は青い光を放ったままで地上から50cmほど浮かんだ所で静止していた。直立不動の姿勢で宙に浮かぶ巫女の瞳は堅く閉ざされ、アレクセイの問い掛けにも答えない。
「せめてアリョーシカの背に乗せる事が叶えば‥‥」
 ペットのユニコーンに乗せる事が出来れば、敵に接近されてもナナルを逃がす事が出来る。そう考えたアレクセイがナナルを動かそうと彼女の体に触れたその瞬間――。
「あツぅッ‥‥ッ!」
 青い光――それ自体は熱を帯びていないのにナナルの体は燃えるように熱い。だが、アレクセイは諦めなかった。
「必ず貴方を無事に帰してあげますっ‥‥何があろうとも、どんな結末が待っていようとも!」
 彼女は熱さを堪えてナナルを力任せに抱き上げると強引にユニコーンの上に乗せた。巫女は同様に少しだけ宙に浮いていたのでユニコーンは熱がらなかった。まるでナナルがユニコーンを気遣うように‥‥。
「有難う、ナナル‥‥」
「アレクセイ殿! 敵艦からの砲撃が始まりますっ!! 我々が盾になりますから、巫女様を――!」
 そう叫んだモナルコスの上腕に敵のバリスタから放たれた矢が当った。
「必ず守ってみせますから‥‥全てが終わったら、また皆と一緒にお茶会しましょうね」
 石のように物言わぬ巫女に、それでも彼女を安心させる様にアレクセイは笑った。そして、向かってくる恐獣部隊のカオス兵目掛けて彼女はオークボウの矢を放った。

●決戦
「ナナちゃん、夢を話してくれて嬉しかったです。私たち‥‥友達だよねっ」
 フォーリィの馬に同乗したソフィアはこの戦場に魔法学校の制服姿で挑んだ。
「この制服は親友をこの手で倒した時に着ていたもの。だからこそ私は願う‥‥ナナちゃんを貴方の元へはいかせない。その為に今、力を貸して欲しいの!」
 ソフィアは水晶のダイスを握りしめてグラビティーキャノンを詠唱する。狙いはガナ・ベガ。味方を巻き込まないように慎重に方向を定めてから彼女は魔法を発動させた。超越級魔法は成功率が低い。それでも彼女は信じた。皆の未来を必ず手繰り寄せてみせる――と。そして、その驚異的な重力波は見事敵陣に貫通した。
「よしっ! こっから先は通行止めなんで通りたかったら死ぬ気で来るか死んでからにしてもらうわよっ!!」
 巫女を討たんと攻め入る恐獣にフォーリィのスマッシュが炸裂する。彼女は多少の負傷なぞ気にする事なく全力全開で敵をぶっ飛ばした。
「戦いが長引けばナナルさんが危険だ。ここは短期決戦を!」
 ファングはそう叫ぶとバグナに一騎打ちを挑んだ。
 相手より先に一撃を当て、敵がダメージを負い狙いが下がった所で回避と攻撃を繰り返す。格闘術超越級にして重量のある武器を自在に操れるファングに機動力で劣るバグナは敵では無かった。ナナルの為に用意したメイ行きの転移護符を携えたままでファングは果敢に戦い続けた。

 同様にゴーレム戦も熾烈な展開を見せていた。上空では敵艦が地上の巫女を猛撃、アリオスが乗るダロベルが防戦に入っている。
「アルメリア、此の戦いで終わりにする為に貴方の力を貸して頂戴!」
 ジャクリーンは後方からゴーレム弓で仲間を支援した。敵艦が動いた時彼女はどちらを攻撃すべきか一瞬迷ったが、真紅の光を壊さない限りこちらに勝利はない。そう判断した彼女は全神経をガナ・ベガに集中した。
 一方、バグナ1騎を撃沈したバルザーはゼロ・ベガをクーフスにまかせて自身は騎馬隊と連携して敵恐獣部隊の殲滅を図った。
「さて、封印を完遂する為にもやるべきことを片付けるとしよう」
 オルトロスの技量を持ってすれば大型恐獣も怖れるには足らない――そう気合を入れて後、彼はゴーレム剣を振りかぶり恐獣の脚部を狙い撃った。

「国に捧げた命、ここで朽ちても悔いは無いっ!」
 ゼロ・ベガの騎士はそう叫んでクーフスに突進する。敵騎士は予想通りクーフスが船で会話した捕虜であった。
「その様子ではカオスの魔物に魂を売ったわけではなさそうだなっ」
 クーフスはいつものように我慢強い戦術でゼロ・ベガをじりじりと追い込んだが、敵も今回は思うようには体勢を崩さない。だが、ここで彼を捉えておけば騎乗した仲間が真紅の光へ向かう事が出来る。クーフスは粘りに粘った。
 そしてリューズはガナ・ベガをあと一歩の所まで追詰めていた。ソフィアの重力波とアルメリアの矢がガナ・ベガの装甲や間接部にかなりのダメージを与えていたのだ。彼女はチャージングを仕掛けてガナ・ベガの脚部を破壊した。行動不能に持ち込めれば良いとの判断だ。
「貴君もこんな穴の中で死にたくはないだろう。部下を率いて速やかに投降し、我らに付いて来い!」
 彼女はバの兵士の生き残りが居れば捕虜として連れ帰る事が許されるようカフカに願い出ていた。彼女らしい進言であった。行ってきます――カフカにそれだけを告げて彼女は戦場へ降り立った。
「只で負けてやるわけにはゆかんな!」
 だが敵騎士は残る力を振り絞りヴァルキュリアの片足の踵を砕き、その後にガナ・ベガは沈黙した。

 ***

 同じ頃、敵を駆逐しながらフォーリィとファングはようやく真紅の光が立つ場所に来ていた。ソフィアも一緒である。
「さぁて、とっとと終わらせて全員で帰るわよっと‥‥ナナルと甘い物ツアーもあるしねっ!」
「ナナルさんが我らの勝利を祈っている。邪魔なものはこの一撃で打ち砕くのみ!」
「じゃ、三人で一気に叩き割りますか」
「はいっ!」
「一撃必殺‥‥唸れ、石の王――――――!!!」
 勇者の叫びと共に『真紅の光』は見事に破壊された。

 ***

 竜戦士は正面から混沌竜に突貫した後、まさに互角の戦いを続けていた。竜は炎と熱線の息を吐いたがグランは盾を翳して懸命に耐えた。一瞬、頑張れとナナルの声が、そして仲間の声が聞こえた気がした。
 彼は剣を交えることで相手がどのような感情を持ち、何を感じているのか理解しようとした。だが、混沌竜がその身に宿すものは破壊への底知れぬ執着でしかなかった。
「俺は戦うことでしか語れない。ならばせめて俺達の熱き魂の鼓動刻んで逝け!」
 願わくば混沌に変化をもたらす流転と浄化を――そう念じながら放たれたグランの一撃に、再生能力を失ったカオスドラゴンは遂に倒れた。

●脱出
 混沌竜が倒れると、途端に周囲に激しい揺れが起った。暗闇は取り除かれ出口も見えたが、荒野はすでに地の底へと崩れ始めている――勝利に酔う時間は残されていないのだ。彼らは巫女の命通り、迅速に脱出の準備に移った。
 剣を納めて元に戻ったグランと負傷した兵をチャリオットが回収し、ゴーレムもダロベルへ帰還する。ナナルを気遣ったアリオスはペットのグリフォンで船を飛び出した。ジャクリーンもグライダーで後を追おうとしたが、アルメリアから降りたばかりの彼女の身を案じて琢磨がそれを制した。
 アレクセイは意識を失ったままのナナルをアリオスに引き渡すと、自身もユニコーンと共に帰還した。
 ダロベルに帰り着いたナナルに、おかえりなさいとソフィアが優しく声を掛けた。

●地上へ
 ダロベルは空洞の天井が崩れ落ちる前にかろうじて通路に戻った。ゴーレムと兵を回収したバの艦もギリギリの所で間に合ったようであった。
 全速力でダロベルが地表へ出る直前、混沌の力が作用したのか船体は燃え盛る大きな炎の渦に包まれた。――が、その時ダロベルを柔らかな光が包み、直ちに炎を消し去った。思えばそれはこの地に宿る竜と精霊の加護であったかもしれない。
 冒険者も兵も皆一様に負傷したが、死者は殆ど出なかった。カオスの穴は文字通り塞がれ、後には荒地が残った。
 王都へ戻った冒険者には精竜白金貨章が授与され、称号も授与された。称号の数が増えた者にはKBC関連のものが外される形になったが、KBCに助力のあった者は今まで通り本部の方で称号を残すとのことである。
 また、ナナルは今も昏睡状態で王宮で静養中であるが、王のもとを訪れた虹竜の話ではやがて目を覚ますとのお告げがあった。

「そのペンダントが似合う素敵な淑女になって下さいね」
 ベッドで眠るナナルにアレクセイは銀のペンダントを贈った。それは彼女が駆け出しの頃に依頼者からもらった記念の品であった。
「使命は果たしたのですから、此れからは自らの幸せの為に生きて下さい」
 傍に立つジャクリーンもそう声を掛けた。
「土産話にするには機密事項が多過ぎますけど、一回り大きく成長したと胸を張って国に帰れそうです」
 仲間にそう言って笑う彼女は、この後ウィルへ戻るという。
 また、罪なる翼のような魔物が今後もこの地に混沌を齎すのだろうかと暗い思いがアリオスの胸を過ぎったが、彼も今日の所はその身を休めることにした。役目を終えた阿修羅の剣は王に戻され、琢磨はすぐにまた別の戦地へ赴く事になった。(フォーリィの厄払いは一時延期となった)

 ナナルが目覚める日を待ちながら、冒険者たちはこの旅を忘れる事無く再びそれぞれの道を歩み始めるだろう。