●リプレイ本文
●序
「さあ、ナナル殿と共に戦おう! そして一緒に帰ろう‥‥誰一人欠ける事無くだッ!!」
「「「オオ――――ッッ!!!」」」
遥か前方の敵を見据えて吠えるリューズ・ザジ(eb4197)の声が暗黒の戦場に高らかに木霊する。
シーハリオンの巫女と共に阿修羅の剣を求める旅が始まってから幾度と無く繰り返した決意を今此処で形にするのだ。彼女は冷たいヴァルキュリアの制御胞の中で拳を握り締めた。
ダロベルから出撃したゴーレム隊は銀ゴーレムのヴァルキュリアにリューズが、銅ゴーレムのオルトロスにバルザー・グレイ(eb4244)とクーフス・クディグレフ(eb7992)が、そして射撃に特化した鉄のゴーレム、アルメリアにジャクリーン・ジーン・オーカー(eb4270)が搭乗し、敵ゴーレムと対峙。恐獣部隊を蹴散らして『真紅の光』へと生身で特攻を仕掛ける部隊にはソフィア・ファーリーフ(ea3972)、ファング・ダイモス(ea7482)とフォーリィ・クライト(eb0754)が。竜戦士の奇跡の力の消耗を補う役を負った巫女ナナルを守るべく彼女の守衛に入るアレクセイ・スフィエトロフ(ea8745)、それらの戦況を上空から網羅し、バリスタで的確に支援する任にアリオス・エルスリード(ea0439)。そうして、仕留めるべき巨大な混沌竜に竜戦士となって挑むのがグラン・バク(ea5229)であった。
「打ち合わせ通り、モナルコスにはナナル殿の直掩隊に回って頂く。我ら冒険者がどれだけピンチでも巫女の防衛に専念、こちらの応援には入らず終始後方の守りを固めてもらいたい。宜しくお願い致す!」
「承知!」
騎士団の鎧騎士らにそう伝えると、バルザーは仲間と共に進軍を開始した。
彼の進言により、退路を確保するための味方グライダーによる哨戒も騎士団の鎧騎士によって交代で開始された。バの艦による特攻を牽制しての事である。又、撤退用のチャリオットにも搭乗者が割り振られ、まさに味方総動員での決戦となった。ダロベルから各部隊への指令は風信機及びテレパシー能力を持つ琢磨を通して行なわれた。
さて、敵軍を打ち倒すべく歩を進める冒険者の目にも巨大なカオスドラゴンの姿ははっきりと見えた。かの暴君竜ティラノサウルスの3倍はあろうかというその巨体の前では流石の金属ゴーレムも太刀打ち出来ない。2本の脚で立つその黒い化け物の背には巨大な蝙蝠のような翼が生えており尾は太く長く、その鋭く曲がった爪に掴まれたなら大型恐獣もいとも簡単に引き裂かれてしまうのではないかと思われた。
「今この時は故郷の想いも借りるとしよう――この世界のため、俺に少しだけ力を貸してくれ」
不気味な眼光を放つ混沌竜を睨みながら、グランは仲間から渡された『阿修羅の剣』をその鞘から引き抜いた。と同時にグランの体が青い光に包まれる――。
『ゥッ‥‥グワワアアアォォォ――――――ッッ!!!』
グランを包む目も当てられぬほどに眩しい光はみるみるうちに巨大化し、カオスドラゴンのそれに等しくなった。その体は金色に輝く甲冑に覆われており、まさしく人型と竜の形を併せ持つ巨大なゴーレムのように見えた。彼がイメージしたのだろうか、その左手には炎の文様が描かれた盾が、右手には竜の紋章の剣が握られている。
「久しいな相棒」
剣を翳して彼は微笑む。阿修羅の剣の奇跡の力によって現れた、郷里で分かれた半身ともいうべきその剣を再び手にして彼は未知なる敵へ向かっていった。
●巫女防衛
モナルコスが巫女の周囲を固めるのを見て敵のゼロ・ベガが恐獣部隊と共に動いたが味方ゴーレムがこれを抑止、だがゴーレムの脇をすり抜けて大型恐獣がナナルを目指して爆走した。
「的が大きくて助かるな」
バリスタの照準を合わせるアリオスが呟いた。ちなみに彼の射撃術はすでに超越レベルである。ダロベルの大蒼穹から一斉に矢が放たれると恐獣は巫女の足元へ辿り着く手前で次々に倒れていった。
「なにやらナナルは覚悟を決めているらしいが、琢磨認定上の中の美少女が失われることは世界の損失だ」
以前、好みにうるさい琢磨がナナルを美少女と認めた事を思い出してアリオスが小さく笑うと、傍にいた弓兵が不思議そうな顔をする。
「冗談はさておき‥‥子供は人類の希望だからな。一人失われればそれだけ未来が閉ざされる。巫女が嫌だと言っても皆で連れて帰ろう」
兵にそう話しながらアリオスはガナ・ベガに狙いを定めた。ヴァルキュリアが接近戦を始める前に少しでも相手にダメージを与えておくのだ。だが、彼がゴーレムに攻撃を始めると同時に、敵のフロートシップがゴーレム隊から後方の巫女へ目標を変えて動いた。
「ナナルっ、大丈夫ですか!? ナナルっ?」
アレクセイがナナルの元に駆けつけた時、彼女の体は青い光を放ったままで地上から50cmほど浮かんだ所で静止していた。直立不動の姿勢で宙に浮かぶ巫女の瞳は堅く閉ざされ、アレクセイの問い掛けにも答えない。
「せめてアリョーシカの背に乗せる事が叶えば‥‥」
ペットのユニコーンに乗せる事が出来れば、敵に接近されてもナナルを逃がす事が出来る。そう考えたアレクセイがナナルを動かそうと彼女の体に触れたその瞬間――。
「あツぅッ‥‥ッ!」
青い光――それ自体は熱を帯びていないのにナナルの体は燃えるように熱い。だが、アレクセイは諦めなかった。
「必ず貴方を無事に帰してあげますっ‥‥何があろうとも、どんな結末が待っていようとも!」
彼女は熱さを堪えてナナルを力任せに抱き上げると強引にユニコーンの上に乗せた。巫女は同様に少しだけ宙に浮いていたのでユニコーンは熱がらなかった。まるでナナルがユニコーンを気遣うように‥‥。
「有難う、ナナル‥‥」
「アレクセイ殿! 敵艦からの砲撃が始まりますっ!! 我々が盾になりますから、巫女様を――!」
そう叫んだモナルコスの上腕に敵のバリスタから放たれた矢が当った。
「必ず守ってみせますから‥‥全てが終わったら、また皆と一緒にお茶会しましょうね」
石のように物言わぬ巫女に、それでも彼女を安心させる様にアレクセイは笑った。そして、向かってくる恐獣部隊のカオス兵目掛けて彼女はオークボウの矢を放った。
●決戦
「ナナちゃん、夢を話してくれて嬉しかったです。私たち‥‥友達だよねっ」
フォーリィの馬に同乗したソフィアはこの戦場に魔法学校の制服姿で挑んだ。
「この制服は親友をこの手で倒した時に着ていたもの。だからこそ私は願う‥‥ナナちゃんを貴方の元へはいかせない。その為に今、力を貸して欲しいの!」
ソフィアは水晶のダイスを握りしめてグラビティーキャノンを詠唱する。狙いはガナ・ベガ。味方を巻き込まないように慎重に方向を定めてから彼女は魔法を発動させた。超越級魔法は成功率が低い。それでも彼女は信じた。皆の未来を必ず手繰り寄せてみせる――と。そして、その驚異的な重力波は見事敵陣に貫通した。
「よしっ! こっから先は通行止めなんで通りたかったら死ぬ気で来るか死んでからにしてもらうわよっ!!」
巫女を討たんと攻め入る恐獣にフォーリィのスマッシュが炸裂する。彼女は多少の負傷なぞ気にする事なく全力全開で敵をぶっ飛ばした。
「戦いが長引けばナナルさんが危険だ。ここは短期決戦を!」
ファングはそう叫ぶとバグナに一騎打ちを挑んだ。
相手より先に一撃を当て、敵がダメージを負い狙いが下がった所で回避と攻撃を繰り返す。格闘術超越級にして重量のある武器を自在に操れるファングに機動力で劣るバグナは敵では無かった。ナナルの為に用意したメイ行きの転移護符を携えたままでファングは果敢に戦い続けた。
同様にゴーレム戦も熾烈な展開を見せていた。上空では敵艦が地上の巫女を猛撃、アリオスが乗るダロベルが防戦に入っている。
「アルメリア、此の戦いで終わりにする為に貴方の力を貸して頂戴!」
ジャクリーンは後方からゴーレム弓で仲間を支援した。敵艦が動いた時彼女はどちらを攻撃すべきか一瞬迷ったが、真紅の光を壊さない限りこちらに勝利はない。そう判断した彼女は全神経をガナ・ベガに集中した。
一方、バグナ1騎を撃沈したバルザーはゼロ・ベガをクーフスにまかせて自身は騎馬隊と連携して敵恐獣部隊の殲滅を図った。
「さて、封印を完遂する為にもやるべきことを片付けるとしよう」
オルトロスの技量を持ってすれば大型恐獣も怖れるには足らない――そう気合を入れて後、彼はゴーレム剣を振りかぶり恐獣の脚部を狙い撃った。
「国に捧げた命、ここで朽ちても悔いは無いっ!」
ゼロ・ベガの騎士はそう叫んでクーフスに突進する。敵騎士は予想通りクーフスが船で会話した捕虜であった。
「その様子ではカオスの魔物に魂を売ったわけではなさそうだなっ」
クーフスはいつものように我慢強い戦術でゼロ・ベガをじりじりと追い込んだが、敵も今回は思うようには体勢を崩さない。だが、ここで彼を捉えておけば騎乗した仲間が真紅の光へ向かう事が出来る。クーフスは粘りに粘った。
そしてリューズはガナ・ベガをあと一歩の所まで追詰めていた。ソフィアの重力波とアルメリアの矢がガナ・ベガの装甲や間接部にかなりのダメージを与えていたのだ。彼女はチャージングを仕掛けてガナ・ベガの脚部を破壊した。行動不能に持ち込めれば良いとの判断だ。
「貴君もこんな穴の中で死にたくはないだろう。部下を率いて速やかに投降し、我らに付いて来い!」
彼女はバの兵士の生き残りが居れば捕虜として連れ帰る事が許されるようカフカに願い出ていた。彼女らしい進言であった。行ってきます――カフカにそれだけを告げて彼女は戦場へ降り立った。
「只で負けてやるわけにはゆかんな!」
だが敵騎士は残る力を振り絞りヴァルキュリアの片足の踵を砕き、その後にガナ・ベガは沈黙した。
***
同じ頃、敵を駆逐しながらフォーリィとファングはようやく真紅の光が立つ場所に来ていた。ソフィアも一緒である。
「さぁて、とっとと終わらせて全員で帰るわよっと‥‥ナナルと甘い物ツアーもあるしねっ!」
「ナナルさんが我らの勝利を祈っている。邪魔なものはこの一撃で打ち砕くのみ!」
「じゃ、三人で一気に叩き割りますか」
「はいっ!」
「一撃必殺‥‥唸れ、石の王――――――!!!」
勇者の叫びと共に『真紅の光』は見事に破壊された。
***
竜戦士は正面から混沌竜に突貫した後、まさに互角の戦いを続けていた。竜は炎と熱線の息を吐いたがグランは盾を翳して懸命に耐えた。一瞬、頑張れとナナルの声が、そして仲間の声が聞こえた気がした。
彼は剣を交えることで相手がどのような感情を持ち、何を感じているのか理解しようとした。だが、混沌竜がその身に宿すものは破壊への底知れぬ執着でしかなかった。
「俺は戦うことでしか語れない。ならばせめて俺達の熱き魂の鼓動刻んで逝け!」
願わくば混沌に変化をもたらす流転と浄化を――そう念じながら放たれたグランの一撃に、再生能力を失ったカオスドラゴンは遂に倒れた。
●脱出
混沌竜が倒れると、途端に周囲に激しい揺れが起った。暗闇は取り除かれ出口も見えたが、荒野はすでに地の底へと崩れ始めている――勝利に酔う時間は残されていないのだ。彼らは巫女の命通り、迅速に脱出の準備に移った。
剣を納めて元に戻ったグランと負傷した兵をチャリオットが回収し、ゴーレムもダロベルへ帰還する。ナナルを気遣ったアリオスはペットのグリフォンで船を飛び出した。ジャクリーンもグライダーで後を追おうとしたが、アルメリアから降りたばかりの彼女の身を案じて琢磨がそれを制した。
アレクセイは意識を失ったままのナナルをアリオスに引き渡すと、自身もユニコーンと共に帰還した。
ダロベルに帰り着いたナナルに、おかえりなさいとソフィアが優しく声を掛けた。
●地上へ
ダロベルは空洞の天井が崩れ落ちる前にかろうじて通路に戻った。ゴーレムと兵を回収したバの艦もギリギリの所で間に合ったようであった。
全速力でダロベルが地表へ出る直前、混沌の力が作用したのか船体は燃え盛る大きな炎の渦に包まれた。――が、その時ダロベルを柔らかな光が包み、直ちに炎を消し去った。思えばそれはこの地に宿る竜と精霊の加護であったかもしれない。
冒険者も兵も皆一様に負傷したが、死者は殆ど出なかった。カオスの穴は文字通り塞がれ、後には荒地が残った。
王都へ戻った冒険者には精竜白金貨章が授与され、称号も授与された。称号の数が増えた者にはKBC関連のものが外される形になったが、KBCに助力のあった者は今まで通り本部の方で称号を残すとのことである。
また、ナナルは今も昏睡状態で王宮で静養中であるが、王のもとを訪れた虹竜の話ではやがて目を覚ますとのお告げがあった。
「そのペンダントが似合う素敵な淑女になって下さいね」
ベッドで眠るナナルにアレクセイは銀のペンダントを贈った。それは彼女が駆け出しの頃に依頼者からもらった記念の品であった。
「使命は果たしたのですから、此れからは自らの幸せの為に生きて下さい」
傍に立つジャクリーンもそう声を掛けた。
「土産話にするには機密事項が多過ぎますけど、一回り大きく成長したと胸を張って国に帰れそうです」
仲間にそう言って笑う彼女は、この後ウィルへ戻るという。
また、罪なる翼のような魔物が今後もこの地に混沌を齎すのだろうかと暗い思いがアリオスの胸を過ぎったが、彼も今日の所はその身を休めることにした。役目を終えた阿修羅の剣は王に戻され、琢磨はすぐにまた別の戦地へ赴く事になった。(フォーリィの厄払いは一時延期となった)
ナナルが目覚める日を待ちながら、冒険者たちはこの旅を忘れる事無く再びそれぞれの道を歩み始めるだろう。