●リプレイ本文
●疑心
「えっ、俺まで借りちゃっていいのか?」
ダロベルのブリッジでバルザー・グレイ(eb4244)からテイルリングを渡された琢磨は驚いた顔でそう言った。
「無いよりマシ程度だが、戦場ではそれが生死を分ける事も無いとは言えぬしな」
「うっかり無くすんじゃないわよ!」
と、横から釘を刺すフォーリィ・クライト(eb0754)に琢磨がぶつぶつ文句を言っているのを横目に、バルザーは提督と巫女にも複数の魔法のリングを差し出した。
「これより先は御身を狙ってくるものも増えると思いますし、死蔵させていても仕方ありませんので是非お役立て頂きたい」
「いつもすまないな、バルザー。この礼は戻ったら必ずするぞ」
「はい、ナナル殿。必ず皆で我らが王都へ帰還致しましょう」
バルザーの言葉に巫女は笑顔で応えた。
「じゃあ、俺は少しだけミケーネ殿に声を掛けてこよう。今ひとつ顔色も冴えないようだったしな」
と、つい先ほどブリッジを出たミケーネを追うとグラン・バク(ea5229)が断りを入れた。塔周辺の地図を見ながら作戦の詰めを行なっていた他の冒険者たちも異論は唱えなかった。
「ふぅ、私が阿修羅の剣の護衛とは‥‥重要な役目ですが少々気後れしそうです。でも弱音は言ってられない状況ですね」
グランの背を見つめながらアレクセイ・スフィエトロフ(ea8745)が小さく呟いた。
「すまぬ、アレクセイ。非力な私では‥‥」
「気にしない、気にしない♪」
申し訳なさそうに俯いたナナルの背をソフィア・ファーリーフ(ea3972)がドンっと叩き、アレクセイも優しく微笑み返す。
明るく振舞ってはいるものの、同じ魔法使いとして巫女に助力出来ないものかと心を痛めるソフィアであった。
**
これより少し前、冒険者たちはある相談をカフカ提督に持ち掛け、内容を察したカフカは彼らをブリッジの奥の私室に通した。
「ミケーネ殿の事ですが‥‥」
やや言い難そうにリューズ・ザジ(eb4197)が口火を切る。だが、彼女の言動には明らかに不審な点があり、カフカもそれは分かっていた。
「グライダーで少数で潜入して来る時点で強敵である事は確実だし、彼女の様子を見るに敵がカオスの魔物である可能性も高いと俺は見る」
アリオス・エルスリード(ea0439)は冷静にそう言い切った。ミケーネは賊を斬ったと言うが死体が無い以上、冒険者が警戒するのは当然の流れであった。
「聖水やムーンアローを使って兵士全員を試す事も出来ますが」
そう提案するソフィアに、だが提督は静かに首を振った。
「君たちの不安は分かるが、提督としてそれは許可出来ない。ミケーネも拘束しない。今回彼女には数名の兵を付けて小火の出た精霊機関の警備に当ってもらおうと思う」
カフカの言葉を受けて冒険者たちの間に動揺が走る。だが、それまで黙って話を聞いていたグランが口を開いた。
「まあ、少し落ち着け。真偽がどうあれ疑心という事実は兵に動揺を走らせる。我々は今この船以外に身を置く場所を持たない。逃げ場の無い所でパニックを起こしたらどうなるか想像はつくだろう?」
清濁ひっくるめて受け入れる――それが彼の流儀であった。
「‥‥」
「ほい、極秘資料」
「極秘‥‥資料?」
と、琢磨が皆の前に出したのは以前カオスの穴周辺の探索に出た調査隊に加わった者のリストだった。グランがカフカに依頼しようとしたのを琢磨が請けたのだ。
「何でも疑って掛かるのは諜報部の仕事。でも大将はいつ何時でも味方を信じなくちゃな」
物事には常に表と裏、光と影がある。そして提督には例えそれが奇麗事だと言われようとも騎士として長として守るべき信念があった。
「フン。正論でもお前に言われると何か引っ掛かるな」
「どーゆー意味だよっ、アリオスっ!」
と冒険者がそれらに目を通している間にカフカはミケーネをブジッリに呼び寄せ、警備の件を告げた。と同時に『石の中の蝶』でブリッジ内を確認していたバルザーがほっと胸を撫で下ろす。結果は白。蝶はピクリとも動かなかった。
●塔へ
冒険者とゴーレム部隊はダロベルより降下し、騎兵と共に塔を目指した。丘の麓を程なく進むと遺跡の手前でバグナと中型恐獣が待ち構えているのが見えた。
「琢磨様の予想通り、ガナ・ベガは後方ですわね」
風信機を通してアルメリアに搭乗したジャクリーン・ジーン・オーカー(eb4270)の声が届くと、オルトロスに搭乗しているクーフス・クディグレフ(eb7992)がそれに答えた。
「ガナ・ベガが修理中の敵艦の護衛に当っているとするならば、あいつが出てくる時は敵艦も浮上してくるかもしれん。そうなる前に塔攻略隊を無事に送り届けねば」
作戦会議で様々な意見が飛び交った中で、ジャクリーンとクーフスは塔の攻略に主眼を置いていた。
確実に信用できる者だけで艦内の拠点を防衛し、まずは状況の悪化を食い止めるというジャクリーンの意見にも理はあるし、敵の増援を警戒し、時間を有効に使いたいというクーフスの意見も尤もであった。だが、同時に艦内の不安要素も早急に除く必要もある。結果として遺跡の敵戦力に対し若干の兵力低下は避けられなかったが、ファング・ダイモス(ea7482)の分業交代制によるバリスタ弾幕強化案によってその点をカバーする事となった。
「ゴーレムと翼竜は任せたからねっ! ソフィア、落っこちないようしっかり捕まっててね」
「はいっ!」
と威勢良く答えるソフィア。
「さって時間だねー、皆、気合入れていこうか――――っっ!!」
「「オオ――ッ!!」」
前進を始めたバグナを見て、フォーリィの号令が偽りの青空に木霊する。
グランとフォーリィ、ソフィアによる塔攻略隊のすぐ後に対恐獣用に隊列を組んだ騎士団が続き、彼らを守るようにゴーレム部隊が前に出た。
「ここは何としても耐えるぞっ、そうすれば勝機は必ず我らに――!」
バグナの鎧騎士にも聞こえるようにクーフスは叫んだ。敵の指揮官が優秀であれば数が減ったゴーレムに疑念を抱くのは当然――そこを逆手に取り混乱を招こうという策であった。そしてその声に応えるようにダブルシューティングEXも織り交ぜたアルメリアの射撃が冴え渡り、矢を避けきれずに足を取られたバグナはその場に崩れ落ちた。
「いかんっ、私も集中しなければ!」
ヴァルキュリアと共に戦場に立ったリューズの心にはまだミケーネへの危惧が残っていた。彼女らしからぬ言動が参加表明時からとは思えない。あれはもっと純粋な決意による筈だ――では先日の敵の乗船時から異変が? だが、リューズは一旦それを振り捨てて眼前の敵に対峙する。
ヴァルキュリアの圧倒的な力でバグナをねじ伏せると彼女は躊躇いもせずにゴーレム剣をその脚部の付け根に突き立てた。
●侵入者
一方、出撃したと見せて密かに艦内に留まったアリオスとバルザーはミケーネに気付かれないように精霊機関のある機関室の奥に潜んでいた。
(皆は敵に浸透されることの怖さがわかっているのだろうか‥‥ま、そのための俺だが)
天界で過去に様々な魔物と戦った経験からアリオスは慎重を期していた。と、そこへ突然3人の騎士が前触れもなく訪れると、機関室の入口に陣を張るミケーネらに剣を抜いた。
「何のつもりだ、お前たち!」
「リリス様のご命令だ。そいつを壊す」
「リリスだと? あの魔物の事かっ」
「ミケーネ様、逆らえば貴方の帰りを待つ王都の家族に害が及びますよ」
したり顔で一人の騎士がそう言うと、ミケーネも思わず剣を抜いた。
「これ以上の屈辱はもう我慢ならぬ‥‥家族の進言を無視して乗船したのは私の罪。我が罪ならばこの身をもって贖おう!」
刹那、剣を振り上げたミケーネの右肩に矢が突き刺さる。魔物に魅了された3人の騎士の一人が放った矢であった。
「ミケーネ!」
「ミケーネ殿!」
赤い血に染まった腕から剣を落とした彼女の前に颯爽とアリオスとバルザーが躍り出た。
「疑って悪かったな、ミケーネ‥‥だが、これで帳消しだ!」
アリオスは素早く狙いを定めて騎士たちの腕や足を的確に撃ち抜いた。バルザーは倒れた3人の騎士とミケーネの介抱をその場の兵に任せると蝶の指輪を持ってアリオスと共にブリッジへと急いだ。
**
その頃、ファングはある船室の扉の前で一人の騎士と対峙していた。彼は巫女の姿が見えないので探しに来たと言い、船室への入室を求めたがファングは頑として断った。ファングが守っている部屋の中にはアレクセイと巫女ナナルが潜んでいたのだ。その部屋は攻防を踏まえて予めアレクセイが目星を付けておいた場所であった。
巫女は騎士が部屋に近づいてきた時から陽魔法で明らかな敵意を察知しており、たった一人でやって来る事から最悪の、つまり彼が魔物本人である場合も指摘した。
「お任せ下さい、必ずお二人を守ってみせます。偉大なるタロンよ、世界を守る為に俺に希望を守る力を――!」
ファングは祈りを捧げてから剣と盾を構えて部屋を出た。
アレクセイは精霊碑文学のスキルを持たない巫女にスクロールの代わりに隠身の勾玉を手渡しながら部屋の隅の陰に連れて行き、自分も扉のすぐ後ろで『阿修羅の剣』を背負ったままで静かに剣を構えた。
「どうしても入れては頂けないのか」
「無論です」
騎士の問いをファングはぴしゃりと撥ね付けた。すると、
「では仕方ない」
そう言って騎士は魔法を使うべく本来の姿に戻った。その姿はかつて王宮に現れた小さな魔物と同じだった。魔物はふわりと宙を舞うと魅了の魔法を詠唱したがファングにその魔法は効かなかった。
「冒険者を侮るな――っ!」
刹那、ファングの魔剣が魔物の体を鋭く突いた。
●塔の魔物
「やっぱりあんただったのね――っ! ここで会ったが百年目、覚悟なさい!!」
(フォーリィ殿は気合十分だな‥‥今回俺の出る幕は無しか?)
と、フォーリィの傍らで剣を抜いたグランの心情は兎も角。
味方の援護を得て何とか塔の最上部まで登りつめた3人は、そこで捕虜が語っていた魔物に出くわした。最上部の部屋の天井は高く、中はガランとしていて、大きな窓が2つあるだけであった。
かつて阿修羅の剣本体を巡ってアンビリヨン島で冒険者と戦ったその魔物は、またも物腰穏やかに冒険者に挨拶をした。
「お嬢さん、久しぶりだな。他のお二人には初めましてという所かな」
長身で男前の魔物はちらりと二人を見下ろしてそう言った。
「なんだかムカつくわっ‥‥兎も角水晶玉を探さないと‥‥」
「探しモノはこれかな?」
「「ああああ――――っっっ!」」
3人の目の前でまるで手品を見せるかのように魔物は美しく輝く水晶玉を造作なく掌の上に出してみせた。ソフィアは瞬時にグラビティーキャノンを放ったが、魔物はふわりと身を翻してこれを避け、直撃を受けた塔の壁には長い亀裂が走った。
「塔を壊すつもりかな? ここから堕ちたら生身の体では結構辛いですよ」
そう言って大男の魔物がにこりと笑う刹那、フォーリィがまず斬り込んだが男はそのまま彼女に自分の腕を斬らせ、グランの直刀を際どく受け流すと塔の天井高く浮き上がった。
「逃げるとは卑怯だぞ!」
「逃げはしませんよ、まだね」
そう言って男は服の袖に掛かっている長い髪の毛のようなものをつまみ上げた。
「これは赤毛のお嬢さんの髪の毛だ」
「あ、あたし?」
刹那、男が小声で何か呟くと次の瞬間フォーリィが悲鳴を上げた。
「目が‥‥目が見えないっ‥‥どうして‥‥なんでえっ!!」
狼狽する冒険者に『呪いはほどなく解ける』と告げて後、男は話を続けた。
「どうでしょう? 皆さんはこの水晶玉が欲しい。私はあなた方とお話がしたい。もしあなた方が私の招待に応じてこの遺跡の先にある森の中の館まで来てくれたならこの玉はお渡ししましょう」
「取引には応じません!!」
「では永遠にこの町の空を眺めている事です」
ソフィアに冷たくそう言い残して魔物は窓から飛び立とうとした。
「待ってくれ! 俺たちは生憎この場所には詳しくない。出来れば地図か何かもらえないだろうか。ついでに森の詳しい状況も教えてもらえると有難いが」
「グランさんっ!」
(フォーリィもこの状態で今はこちらの部が悪い。ここは大人しくあいつの誘いに乗ってみよう)
「くっ‥‥」
グランに諭される中、フォーリィは悔しげに呻いた。
「ふむ‥‥いいでしょう」
男は宙に浮いたままで言葉を続けた。
「森の中は一本道だから迷う事はない。ただし、私はゴーレムという無粋な兵器は嫌いだから全員徒歩か馬で来て下さい。冒険者全員です。巫女の魂には惹かれますが、まあ、巫女についてはその限りではありません。『阿修羅の剣』も船に残してもらって結構。どうせ私には触れられない」
「では、剣には手を出さないと?」
「そうじゃない。剣を欲しがっているのはバの兵たちだ。ああ、館の晩餐会にはバの国の者にも声を掛けるが彼らが来るかどうか私は知らない。ただ、彼らが勝手にあなた方を森で待ち伏せるかもしれないが、ゴーレムの持込はしないよう私から釘を刺しておこう。それから」
「なんだ、まだあるのか」
流石のグランも面倒臭そうに尋ねる。
「ええ、これは重要な事だよ。館の門番のアクババは獰猛な禿鷹でね、私の言う事など聞きません。羽を広げれば4m以上になり、大きな牛ぐらいなら掴んで空中に持ち上げる事も出来る。皆さん、気を付けていらして下さい」
「水晶玉はその時に必ず」
「ええ、ついでに巫女と竜戦士とやらの秘密についても教えて差し上げよう。カオスドラゴンと真紅の光についてもね」
「真紅の光‥‥なんですか、それは‥‥キャアッ!」
ソフィアの問いに炎の息で答えると、大男の魔物は水晶玉を抱いたまま塔の高い窓から舞い、やがて姿を消した。
それからほどなく遺跡の奥から狼煙が上がった。どうやら撤退の合図のようで、塔の外で戦っていた敵の兵はこぞって遺跡の奥へ引き返した。
「役に立てなくて‥‥ごめんっ」
塔の階段を下りるグランに背負われたフォーリィは悔しそうにそう呟いた。ダロベルに帰還した彼女の姿を見て琢磨がどれほど慌てたかは書くに及ばずだが、幸いミケーネの傷は浅く、黒きシフールに魅了された騎士たちは隔離され、術が解けるまでの間厳重な監視がついた。
尚、バの国の捕虜は艦内にて未だ拘束中であり、又、フォーリィの視力が戻った翌日、琢磨の独断により非公式に蝶の指輪を使用して艦内を隈なく探索した所、魔物は探知されなかった。今回の戦闘で倒したバグナは3騎、中型及び大型恐獣ほぼ1個群、翼竜2騎。ガナ・ベガが前衛に現れた所で突然の敵の撤退、幕引きとなった。
さて、冒険者は次なる『館の晩餐会』にどう挑むのか。