混沌竜封印

■キャンペーンシナリオ


担当:月乃麻里子

対応レベル:8〜14lv

難易度:やや難

成功報酬:34 G 36 C

参加人数:10人

サポート参加人数:-人

冒険期間:10月20日〜12月23日

リプレイ公開日:2007年10月27日

●オープニング(第2話リプレイ)

●斥候
「くれぐれも無理はするな、琢磨殿、有事の際には躊躇わずに二人を乗せて戻ってくれ。搭載限界値ギリギリだが、無茶な飛行さえしなければ危険は無いはずだ」
 アレクセイ・スフィエトロフ(ea8745)とフォーリィ・クライト(eb0754)を乗せた2騎のグライダーは浮遊する町の広場から少し離れた草叢に敵の視界を避けるようにして降り立った。操縦者はバルザー・グレイ(eb4244)と上城琢磨である。
「こっちでゴーレム戦になったらあたしは残って合流するから、敵艦の方は宜しく頼むわね、バルザー!」
「承知!」
 フォーリィの激励にしっかと答えると、バルザーは3人に見送られながら再びグライダーで空へと浮上した。他方、町に降り立った琢磨らは町をすり抜けて、その先にあるらしい遺跡へと探索の足を延ばさねばならなかった。
 浮遊する奇妙な町に遭遇した冒険者らは早速島に索敵を掛ける事にした。具体的にはソフィア・ファーリーフ(ea3972)がミラーオブトルースで町全景を映し、巫女が陽魔法を用いて補助に当った。そこから得られた情報では、広場の先の丘陵付近から強い魔法反応が見られた。
「遺跡‥‥塔の上の水晶玉‥‥それを取り除けば新たな道が」
「ナナちゃん?」
 ソフィアに声を掛けられてナナルは我に返った。恐らく町を抜けた丘辺の遺跡に敵の本陣がある――というのが巫女の出した結論だ。だが、ダロベルを追って来た敵艦もすぐ間近に迫っており、カフカは冒険者と協議の上で先に敵艦を撃落とす事を決めた。その間にアレクセイら斥候部隊で少しでも敵地の情報を掴もうという作戦である。尤も町からの退路を確保する為にはグライダーが必要だったのだが、貴重な鎧騎士を割くわけにも行かず、先日飛行講習を受けたばかりの琢磨がその任に就く事となった。同情すべきは後に乗るフォーリィであったが、それは兎も角。

「では私たちも早速仕事に掛かりましょうか」
 そう言って所持したインビジブルのスクロールを確認するアレクセイの手がふと止まる。彼女は腰にぶら下がっている阿修羅の剣をじっと見詰めた。カオスの穴の中では安全な場所など何処にもない。それはダロベルの中とて同じ事だと巫女は言い、彼女に持って出るよう勧めた。冒険者はその言葉にいささかの疑念を抱いたが彼らは巫女に従った。
「んー、広場で戦闘になったら艦に残るのは射手のアレクセイとアリオスと‥‥ブリッジはソフィアだけになるのかな」
「ああ、グランもファングもゴーレム戦に加わると言ってるからな。それがどうかしたのか?」
「‥‥いやっ、何でもないっ」
 この時フォーリィの胸に一抹の不安が過ぎったのだが、先行したアレクセイからGOサインが出たので彼女は琢磨と共に遺跡に向かって歩を進めた。

●空戦
「敵がこちらに戦力を割いた事で地上の生存率が上がったと思う事にするか」
 アリオス・エルスリード(ea0439)はリューズ・ザジ(eb4197)が操縦するグライダーの後部座席で弓の調子を見ながらそう呟いた。
「ここで一気に後顧の憂いを断つ。その為にも敵には派手に沈んでもらわねばな」
「我等の目的は翼竜部隊を牽制し混乱させる事。ソフィア殿らが集中して攻撃出来るよう、本艦目掛けて飛んでくる奴らは片端から落す事にしよう」
 後部座席に騎士団の弓兵を乗せたバルザーは、仲間と共に出撃の号令を緊張した面持ちで待ち構えた。

「ナナル、岩壁の幻影は上手く作れそうか?」
「当然だ。グラン、私を誰だと思っている」
 ちょっと偉そうにグラン・バク(ea5229)に流し目を送って後、巫女は静かに詠唱に入る。通路から出て来る敵の視界を壁の幻影で塞ぎ、艦の動きに乱れが生じた隙に集中砲火をお見舞いしようというグランの策である。
「何らかの方法で町側の部隊と通信を行っている可能性もあるので不意打ちを仕掛けるとはいえ油断はできませんね」
 ヴァルキュリアに搭乗する為ゴーレム格納庫へ向かったジャクリーン・ジーン・オーカー(eb4270)の進言に従ってダロベルは敵の攻撃範囲の死角を考慮に入れつつ不思議な空洞内に布陣し、状況を開始した。
「今だッ、撃て――――ッッ!!」
 刹那、ダロベルの精霊砲が火を吹き、同時に甲板上のヴァルキュリアのゴーレム弓がビュイイ――ンと鈍い震動音を響かせた。続いて間を置かずにソフィアのグラビティーキャノンが敵艦の精霊機関付近を狙って放たれる。彼女は先の対艦戦での経験から攻撃のコツをかなり掴んでいた。だが、敵も負けてはおらず体勢を立て直すと十数騎に及ぶ翼竜部隊を艦から出撃させた。敵はグライダーを温存しているのかその姿を見せないが、ダロベルから飛び立った味方のグライダーは率先して翼竜の騎手や弓兵を射落とした。翼竜本体はバリスタの餌食となるのだ。
「前には浮遊する町、後ろにはFSか、厄介だな」
「フロートシップは今ここで仕留めるんですっ!」
 そう気合を入れて断言する魔法使いのソフィアに圧倒され、思わずファング・ダイモス(ea7482)も気合を入れて吠えた。
「ちょこまかと鬱陶しい奴らだ。だが、この艦には一兵たりとも乗船はさせんぞ!」
 そう叫びながら長槍を振り翳し、甲板に近づく翼竜共と応戦するのはクーフス・クディグレフ(eb7992)だ。翼竜と対峙する度、彼の脳裏にカオスニアンのある戦士の顔が浮かぶ。『魔戦士イザクと話がしたいなら、まずは生きて帰る事さ』――琢磨の言葉を思い返しつつ、彼は槍を握る手に力を込めた。
「艦長! 敵艦に火の手が上がりました!」
 オペレーターの声に思わずブリッジがどよめいた。精霊砲、銀ゴーレムの弓、重力波動による連続攻撃が見事に功を奏したのだ。だが――。
「グライダーだ!」
 前方から敵のグライダーが2騎向かって来る。グライダーの速度は翼竜とは桁違いだ。油断すれば即こちらがやられる。だが、リューズらは敵の挑発には乗らずにまずは距離を保った。そのほんの一瞬、ダロベルを振り返ったアリオスの瞳にもう一騎のグライダーが目に入った。3騎目のグライダーは味方の死角に潜み、翼竜部隊が執拗に攻めている甲板とは違う舷に近づいた。
「しまった! 奴ら乗船する気だ!」
 だが、アリオスが叫ぶと同時に敵のグライダーが宙を裂くようにして突撃して来る。アリオスは仲間が敵の気配に気付いてくれる事を祈りながら眼前の敵に弓を引いた。

●町へ
「あと10分は休めそうかな」
 ダロベルのゴーレム格納庫の床に転がりながらリューズは思わず零した。
 敵艦は船底左舷から炎を上げながら町の広場の先の丘辺に降下した。それに伴い交戦は中断、冒険者は次の戦いの為に暫しの休息を取っていた。
 アリオスは敵兵が甲板から侵入しなかったかと船内を確認して回った所、副官のミケーネが『賊は斬り捨てた』と答えた。一方、遺跡付近の大雑把な調査を終えた琢磨からのテレパシー連絡を受けたカフカは、広場に居座るゴーレムを打ち倒す為にゴーレム隊を町に降ろした。
 グランはゴーレムの肩に乗り一緒にカタパルトから出て来たのだが、その時の勇姿は良いとして、ゴーレムの肩まで攀じ登るのはいささか骨が折れたようである。
 やがて、人気の無い町を通って広場へ向かう途中でゴーレム隊は元気溢れるフォーリィと合流した。
「やっと暴れられるわねー! やっぱあたしに忍び仕事は向かないわっ」
「暴れるのもいいが、俺たちには敵の鎧騎士を捕縛する役目もあるんだぞ」
「この場所について詳しい情報を得る必要もあるし、殺してしまっては意味がない」
 と真剣にフォーリィに諭すグランとファングではあったが、彼女の目は戦闘に掛ける闘志ですでに爛々と輝いていた。

 やがて味方のゴーレムの姿を捉えた敵のガナ・ベガが剣を高く振り翳した所で両者の戦いは始まった。
 フォーリィはゴーレムと共に降ろされた愛馬に跨り、機動力を生かしつつバグナの前後左右に回りこんで果敢に攻め、グランは重心を崩させる為に巨大なハンマーを振り下ろしてはゴーレムの脛から膝を狙った。同じくファングもその長身を生かして揺さぶりを掛けつつ敵の足を壊す事に努めた。実際、剣豪の天界人が繰り出すバーストアタックやスマッシュは頑強なゴーレムにも十分有効であり、回避力の高さが彼らの身を守った。
「魔物に組みせし者に騎士道は不要。ゴーレムの格が違うがこの場に出てきた己が不運を嘆け」
 オルトロスを駆るバルザーは戦闘能力の高さをもって容赦なくバグナを圧倒した。敵も銀ゴーレムを出している以上、雑魚は早期に片付けるのが道理。彼はバグナを殴り倒すとその上に跨って真っ先に脚部を砕いた。
 一方、クーフスはオルトロスでゼロ・ベガに対抗した。
「最悪他への増援に向かわせないように抑えておくだけでも良し!」
 そう指針を決めたクーフスの剣に迷いは無かった。彼はフェイント攻撃に比重を置くと根気強く粘りの攻撃をみせ、隙を伺ってはディザームを放ち、ゼロ・ベガは遂に身を守っていた盾を落とした。
 そして敵の主力ガナ・ベガに対するのはリューズのヴァルキュリアであった。又、ジャクリーンもアルメリアに搭乗し後方から的確な援護射撃を行いリューズを助けた。彼女の策はポイントアタックを使って装甲の隙間を突き、手足の関節部分を破壊、機体の活動を停止させるもの。だが、ガナ・ベガはやはり他のゴーレムとは感触が異なった。機体の性能もそうだが、恐らくは操縦者の腕も相当高いのだ。
「ここで負けるわけにはゆかぬ! カオスの穴を封印する為に!」
「穴を塞いで何とする? 我等は魔物の力を借りずとも、強欲なメイの国など打破してみせる!!」
 強欲とは何たる侮辱――リューズでなくともバと戦う者は皆そう思っただろう。だが、敵はなぜ我等を憎み、敵対するのか。侵略行為を行なっているのはバの国だというのに‥‥。
「一旦お引き下さい、隊長! ここは私が死守します!」
 クーフスが盾を奪い、鎧もボロボロになったゼロ・ベガはそれでも力を振り絞って両者の間に割って入った。
「無茶を言うな! くそ、退却だ! 本陣まで退く!」
 号令と同時にゼロ・ベガは最後の抵抗に出た。ゼロ・ベガは体を張ってガナ・ベガとバグナの制御胞から脱出した仲間の逃走を助け、その代償に自らが捕虜となった。
 その潔さに冒険者は肝を抜かれたが、ともあれ彼らは勝利した。

●遺跡
 話は後になったが、ゴーレム戦を空から支援するはずだったダロベル内では別の事件が起こっていた。
 ゴーレム隊を降ろして離陸した直後、艦の精霊機関付近から小火が出たのである。アリオスの勧めで消火体制を整備しておいたおかげで大事には至らなかったが、それが不審火であった事が艦内に不穏な空気を齎していた。

「アレクセイ、お帰り〜」
 少しでもナナルの助けにと彼女の側に残された陽の妖精が、ブリッジに上がって来た主人の胸に飛びついた。
「ナナル、剣を‥‥」
 とアレクセイが腰に手を動かすのをナナルが留めた。もう暫く持っていろという事だ。その時、彼女は刺さるような視線を感じ取る。視線の主はミケーネであった。
「皆お疲れさん。とりあえず分かった事を報告するよ」
 そう言って琢磨はブリッジに揃った冒険者の前で描いたばかりのマップを広げた。


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↓町へ

■/高い塔
□/遺跡
仝/木
+/岩
━/壁
∴/平地
●/恐獣部隊
凹/フロートシップ
凸/バグナ
◎/ガナ・ベガ(琢磨が出した推定位置)

「結構な包囲網だが、これを掻い潜って俺たちは塔の最上部まで上り、そのどこかに置かれている水晶球を探し出して壊す。でなければ擬似空間である空は消失せず俺たちは先に進めない。そういう事だな」
 琢磨の言葉に巫女は頷いた。
「カオスドラゴンに関する情報は無いのですか?」
 不安そうに尋ねるソフィアに再び琢磨が答えた。
「王宮に眠っていた古書や記録を調べ直して分かったのは、そいつが火を噴いたり魔物と共通の能力を持っているらしい事、恐らく再生能力が備わっている事‥‥くらいかな。俺ももう少しデータが欲しいけどね」
「巫女に関する‥‥」
 と言いかけてソフィアは口を閉じた。巫女の話が伝説の内に残っていない事に彼女は言い知れぬ不安を抱いていた。
「巫女は私たちが全力でお守りしましょう」
 彼女の不安を察したジャクリーンがそう言ってソフィアの肩を抱き、フォーリィもその場を和ませる為に声を上げた。
「あ〜〜お腹すいちゃった! 皆で何か美味しいものを捜しに行かない?」
 彼女の一声で冒険者たちは一先ずキッチンへと向かった。ナナルも嬉しそうに皆に従った。
 やがてブリッジに残った琢磨とカフカが地図を眺めて唸っている所へ一人の騎士が新たな情報を伝えに来た。捕縛した捕虜がカオスの魔物が塔にいると吐いたのだ。背に翼を持つ容姿端麗で穏やかな物腰の大柄な魔物は冒険者を手厚く迎えるだろうと捕虜は不敵に笑ったという。

【敵兵力】
カオスの魔物
ガナ・ベガ 1騎(今回戦ったもの)
バグナ   5騎
大型恐獣部隊 2個群
中型恐獣部隊 2個群
翼竜部隊の数は不明。

 そして艦内に残る僅かな不安要素――アリオスが空戦時に甲板近くで見た敵兵だ。
 カフカはミケーネを問い正したが、斬った兵の死体は放り出したと彼女は供述を変えなかった。それは彼女らしからぬ事だった。だが、冒険者は前に進まねばならない。旅はまだ始まったばかりなのだ。

●今回の参加者

 ea0439 アリオス・エルスリード(35歳・♂・レンジャー・人間・ノルマン王国)
 ea3972 ソフィア・ファーリーフ(24歳・♀・ウィザード・エルフ・ノルマン王国)
 ea5229 グラン・バク(37歳・♂・ナイト・人間・ノルマン王国)
 ea7482 ファング・ダイモス(36歳・♂・ナイト・ジャイアント・ビザンチン帝国)
 ea8745 アレクセイ・スフィエトロフ(25歳・♀・レンジャー・ハーフエルフ・ロシア王国)
 eb0754 フォーリィ・クライト(21歳・♀・ファイター・ハーフエルフ・ノルマン王国)
 eb4197 リューズ・ザジ(34歳・♀・鎧騎士・人間・アトランティス)
 eb4244 バルザー・グレイ(52歳・♂・鎧騎士・人間・アトランティス)
 eb4270 ジャクリーン・ジーン・オーカー(28歳・♀・鎧騎士・エルフ・アトランティス)
 eb7992 クーフス・クディグレフ(38歳・♂・鎧騎士・人間・メイの国)

●リプレイ本文

●疑心
「えっ、俺まで借りちゃっていいのか?」
 ダロベルのブリッジでバルザー・グレイ(eb4244)からテイルリングを渡された琢磨は驚いた顔でそう言った。
「無いよりマシ程度だが、戦場ではそれが生死を分ける事も無いとは言えぬしな」
「うっかり無くすんじゃないわよ!」
 と、横から釘を刺すフォーリィ・クライト(eb0754)に琢磨がぶつぶつ文句を言っているのを横目に、バルザーは提督と巫女にも複数の魔法のリングを差し出した。
「これより先は御身を狙ってくるものも増えると思いますし、死蔵させていても仕方ありませんので是非お役立て頂きたい」
「いつもすまないな、バルザー。この礼は戻ったら必ずするぞ」
「はい、ナナル殿。必ず皆で我らが王都へ帰還致しましょう」
 バルザーの言葉に巫女は笑顔で応えた。
「じゃあ、俺は少しだけミケーネ殿に声を掛けてこよう。今ひとつ顔色も冴えないようだったしな」
 と、つい先ほどブリッジを出たミケーネを追うとグラン・バク(ea5229)が断りを入れた。塔周辺の地図を見ながら作戦の詰めを行なっていた他の冒険者たちも異論は唱えなかった。
「ふぅ、私が阿修羅の剣の護衛とは‥‥重要な役目ですが少々気後れしそうです。でも弱音は言ってられない状況ですね」
 グランの背を見つめながらアレクセイ・スフィエトロフ(ea8745)が小さく呟いた。
「すまぬ、アレクセイ。非力な私では‥‥」
「気にしない、気にしない♪」
 申し訳なさそうに俯いたナナルの背をソフィア・ファーリーフ(ea3972)がドンっと叩き、アレクセイも優しく微笑み返す。
 明るく振舞ってはいるものの、同じ魔法使いとして巫女に助力出来ないものかと心を痛めるソフィアであった。

  **

 これより少し前、冒険者たちはある相談をカフカ提督に持ち掛け、内容を察したカフカは彼らをブリッジの奥の私室に通した。
「ミケーネ殿の事ですが‥‥」
 やや言い難そうにリューズ・ザジ(eb4197)が口火を切る。だが、彼女の言動には明らかに不審な点があり、カフカもそれは分かっていた。
「グライダーで少数で潜入して来る時点で強敵である事は確実だし、彼女の様子を見るに敵がカオスの魔物である可能性も高いと俺は見る」
 アリオス・エルスリード(ea0439)は冷静にそう言い切った。ミケーネは賊を斬ったと言うが死体が無い以上、冒険者が警戒するのは当然の流れであった。
「聖水やムーンアローを使って兵士全員を試す事も出来ますが」
 そう提案するソフィアに、だが提督は静かに首を振った。
「君たちの不安は分かるが、提督としてそれは許可出来ない。ミケーネも拘束しない。今回彼女には数名の兵を付けて小火の出た精霊機関の警備に当ってもらおうと思う」
 カフカの言葉を受けて冒険者たちの間に動揺が走る。だが、それまで黙って話を聞いていたグランが口を開いた。
「まあ、少し落ち着け。真偽がどうあれ疑心という事実は兵に動揺を走らせる。我々は今この船以外に身を置く場所を持たない。逃げ場の無い所でパニックを起こしたらどうなるか想像はつくだろう?」
 清濁ひっくるめて受け入れる――それが彼の流儀であった。
「‥‥」
「ほい、極秘資料」
「極秘‥‥資料?」
 と、琢磨が皆の前に出したのは以前カオスの穴周辺の探索に出た調査隊に加わった者のリストだった。グランがカフカに依頼しようとしたのを琢磨が請けたのだ。
「何でも疑って掛かるのは諜報部の仕事。でも大将はいつ何時でも味方を信じなくちゃな」
 物事には常に表と裏、光と影がある。そして提督には例えそれが奇麗事だと言われようとも騎士として長として守るべき信念があった。
「フン。正論でもお前に言われると何か引っ掛かるな」
「どーゆー意味だよっ、アリオスっ!」
 と冒険者がそれらに目を通している間にカフカはミケーネをブジッリに呼び寄せ、警備の件を告げた。と同時に『石の中の蝶』でブリッジ内を確認していたバルザーがほっと胸を撫で下ろす。結果は白。蝶はピクリとも動かなかった。

●塔へ
 冒険者とゴーレム部隊はダロベルより降下し、騎兵と共に塔を目指した。丘の麓を程なく進むと遺跡の手前でバグナと中型恐獣が待ち構えているのが見えた。
「琢磨様の予想通り、ガナ・ベガは後方ですわね」
 風信機を通してアルメリアに搭乗したジャクリーン・ジーン・オーカー(eb4270)の声が届くと、オルトロスに搭乗しているクーフス・クディグレフ(eb7992)がそれに答えた。
「ガナ・ベガが修理中の敵艦の護衛に当っているとするならば、あいつが出てくる時は敵艦も浮上してくるかもしれん。そうなる前に塔攻略隊を無事に送り届けねば」
 作戦会議で様々な意見が飛び交った中で、ジャクリーンとクーフスは塔の攻略に主眼を置いていた。
 確実に信用できる者だけで艦内の拠点を防衛し、まずは状況の悪化を食い止めるというジャクリーンの意見にも理はあるし、敵の増援を警戒し、時間を有効に使いたいというクーフスの意見も尤もであった。だが、同時に艦内の不安要素も早急に除く必要もある。結果として遺跡の敵戦力に対し若干の兵力低下は避けられなかったが、ファング・ダイモス(ea7482)の分業交代制によるバリスタ弾幕強化案によってその点をカバーする事となった。
「ゴーレムと翼竜は任せたからねっ! ソフィア、落っこちないようしっかり捕まっててね」
「はいっ!」
 と威勢良く答えるソフィア。
「さって時間だねー、皆、気合入れていこうか――――っっ!!」
「「オオ――ッ!!」」
 前進を始めたバグナを見て、フォーリィの号令が偽りの青空に木霊する。
 グランとフォーリィ、ソフィアによる塔攻略隊のすぐ後に対恐獣用に隊列を組んだ騎士団が続き、彼らを守るようにゴーレム部隊が前に出た。
「ここは何としても耐えるぞっ、そうすれば勝機は必ず我らに――!」
 バグナの鎧騎士にも聞こえるようにクーフスは叫んだ。敵の指揮官が優秀であれば数が減ったゴーレムに疑念を抱くのは当然――そこを逆手に取り混乱を招こうという策であった。そしてその声に応えるようにダブルシューティングEXも織り交ぜたアルメリアの射撃が冴え渡り、矢を避けきれずに足を取られたバグナはその場に崩れ落ちた。
「いかんっ、私も集中しなければ!」
 ヴァルキュリアと共に戦場に立ったリューズの心にはまだミケーネへの危惧が残っていた。彼女らしからぬ言動が参加表明時からとは思えない。あれはもっと純粋な決意による筈だ――では先日の敵の乗船時から異変が? だが、リューズは一旦それを振り捨てて眼前の敵に対峙する。
 ヴァルキュリアの圧倒的な力でバグナをねじ伏せると彼女は躊躇いもせずにゴーレム剣をその脚部の付け根に突き立てた。

●侵入者
 一方、出撃したと見せて密かに艦内に留まったアリオスとバルザーはミケーネに気付かれないように精霊機関のある機関室の奥に潜んでいた。
(皆は敵に浸透されることの怖さがわかっているのだろうか‥‥ま、そのための俺だが)
 天界で過去に様々な魔物と戦った経験からアリオスは慎重を期していた。と、そこへ突然3人の騎士が前触れもなく訪れると、機関室の入口に陣を張るミケーネらに剣を抜いた。
「何のつもりだ、お前たち!」
「リリス様のご命令だ。そいつを壊す」
「リリスだと? あの魔物の事かっ」
「ミケーネ様、逆らえば貴方の帰りを待つ王都の家族に害が及びますよ」
 したり顔で一人の騎士がそう言うと、ミケーネも思わず剣を抜いた。
「これ以上の屈辱はもう我慢ならぬ‥‥家族の進言を無視して乗船したのは私の罪。我が罪ならばこの身をもって贖おう!」
 刹那、剣を振り上げたミケーネの右肩に矢が突き刺さる。魔物に魅了された3人の騎士の一人が放った矢であった。
「ミケーネ!」
「ミケーネ殿!」
 赤い血に染まった腕から剣を落とした彼女の前に颯爽とアリオスとバルザーが躍り出た。
「疑って悪かったな、ミケーネ‥‥だが、これで帳消しだ!」
 アリオスは素早く狙いを定めて騎士たちの腕や足を的確に撃ち抜いた。バルザーは倒れた3人の騎士とミケーネの介抱をその場の兵に任せると蝶の指輪を持ってアリオスと共にブリッジへと急いだ。

  **

 その頃、ファングはある船室の扉の前で一人の騎士と対峙していた。彼は巫女の姿が見えないので探しに来たと言い、船室への入室を求めたがファングは頑として断った。ファングが守っている部屋の中にはアレクセイと巫女ナナルが潜んでいたのだ。その部屋は攻防を踏まえて予めアレクセイが目星を付けておいた場所であった。
 巫女は騎士が部屋に近づいてきた時から陽魔法で明らかな敵意を察知しており、たった一人でやって来る事から最悪の、つまり彼が魔物本人である場合も指摘した。
「お任せ下さい、必ずお二人を守ってみせます。偉大なるタロンよ、世界を守る為に俺に希望を守る力を――!」
 ファングは祈りを捧げてから剣と盾を構えて部屋を出た。
 アレクセイは精霊碑文学のスキルを持たない巫女にスクロールの代わりに隠身の勾玉を手渡しながら部屋の隅の陰に連れて行き、自分も扉のすぐ後ろで『阿修羅の剣』を背負ったままで静かに剣を構えた。
「どうしても入れては頂けないのか」
「無論です」
 騎士の問いをファングはぴしゃりと撥ね付けた。すると、
「では仕方ない」
 そう言って騎士は魔法を使うべく本来の姿に戻った。その姿はかつて王宮に現れた小さな魔物と同じだった。魔物はふわりと宙を舞うと魅了の魔法を詠唱したがファングにその魔法は効かなかった。
「冒険者を侮るな――っ!」
 刹那、ファングの魔剣が魔物の体を鋭く突いた。

●塔の魔物
「やっぱりあんただったのね――っ! ここで会ったが百年目、覚悟なさい!!」
(フォーリィ殿は気合十分だな‥‥今回俺の出る幕は無しか?)
 と、フォーリィの傍らで剣を抜いたグランの心情は兎も角。

 味方の援護を得て何とか塔の最上部まで登りつめた3人は、そこで捕虜が語っていた魔物に出くわした。最上部の部屋の天井は高く、中はガランとしていて、大きな窓が2つあるだけであった。
 かつて阿修羅の剣本体を巡ってアンビリヨン島で冒険者と戦ったその魔物は、またも物腰穏やかに冒険者に挨拶をした。
「お嬢さん、久しぶりだな。他のお二人には初めましてという所かな」
 長身で男前の魔物はちらりと二人を見下ろしてそう言った。
「なんだかムカつくわっ‥‥兎も角水晶玉を探さないと‥‥」
「探しモノはこれかな?」
「「ああああ――――っっっ!」」
 3人の目の前でまるで手品を見せるかのように魔物は美しく輝く水晶玉を造作なく掌の上に出してみせた。ソフィアは瞬時にグラビティーキャノンを放ったが、魔物はふわりと身を翻してこれを避け、直撃を受けた塔の壁には長い亀裂が走った。
「塔を壊すつもりかな? ここから堕ちたら生身の体では結構辛いですよ」
 そう言って大男の魔物がにこりと笑う刹那、フォーリィがまず斬り込んだが男はそのまま彼女に自分の腕を斬らせ、グランの直刀を際どく受け流すと塔の天井高く浮き上がった。
「逃げるとは卑怯だぞ!」
「逃げはしませんよ、まだね」
 そう言って男は服の袖に掛かっている長い髪の毛のようなものをつまみ上げた。
「これは赤毛のお嬢さんの髪の毛だ」
「あ、あたし?」
 刹那、男が小声で何か呟くと次の瞬間フォーリィが悲鳴を上げた。
「目が‥‥目が見えないっ‥‥どうして‥‥なんでえっ!!」
 狼狽する冒険者に『呪いはほどなく解ける』と告げて後、男は話を続けた。
「どうでしょう? 皆さんはこの水晶玉が欲しい。私はあなた方とお話がしたい。もしあなた方が私の招待に応じてこの遺跡の先にある森の中の館まで来てくれたならこの玉はお渡ししましょう」
「取引には応じません!!」
「では永遠にこの町の空を眺めている事です」
 ソフィアに冷たくそう言い残して魔物は窓から飛び立とうとした。
「待ってくれ! 俺たちは生憎この場所には詳しくない。出来れば地図か何かもらえないだろうか。ついでに森の詳しい状況も教えてもらえると有難いが」
「グランさんっ!」
(フォーリィもこの状態で今はこちらの部が悪い。ここは大人しくあいつの誘いに乗ってみよう)
「くっ‥‥」
 グランに諭される中、フォーリィは悔しげに呻いた。
「ふむ‥‥いいでしょう」
 男は宙に浮いたままで言葉を続けた。
「森の中は一本道だから迷う事はない。ただし、私はゴーレムという無粋な兵器は嫌いだから全員徒歩か馬で来て下さい。冒険者全員です。巫女の魂には惹かれますが、まあ、巫女についてはその限りではありません。『阿修羅の剣』も船に残してもらって結構。どうせ私には触れられない」
「では、剣には手を出さないと?」
「そうじゃない。剣を欲しがっているのはバの兵たちだ。ああ、館の晩餐会にはバの国の者にも声を掛けるが彼らが来るかどうか私は知らない。ただ、彼らが勝手にあなた方を森で待ち伏せるかもしれないが、ゴーレムの持込はしないよう私から釘を刺しておこう。それから」
「なんだ、まだあるのか」
 流石のグランも面倒臭そうに尋ねる。
「ええ、これは重要な事だよ。館の門番のアクババは獰猛な禿鷹でね、私の言う事など聞きません。羽を広げれば4m以上になり、大きな牛ぐらいなら掴んで空中に持ち上げる事も出来る。皆さん、気を付けていらして下さい」
「水晶玉はその時に必ず」
「ええ、ついでに巫女と竜戦士とやらの秘密についても教えて差し上げよう。カオスドラゴンと真紅の光についてもね」
「真紅の光‥‥なんですか、それは‥‥キャアッ!」
 ソフィアの問いに炎の息で答えると、大男の魔物は水晶玉を抱いたまま塔の高い窓から舞い、やがて姿を消した。
 それからほどなく遺跡の奥から狼煙が上がった。どうやら撤退の合図のようで、塔の外で戦っていた敵の兵はこぞって遺跡の奥へ引き返した。
「役に立てなくて‥‥ごめんっ」
 塔の階段を下りるグランに背負われたフォーリィは悔しそうにそう呟いた。ダロベルに帰還した彼女の姿を見て琢磨がどれほど慌てたかは書くに及ばずだが、幸いミケーネの傷は浅く、黒きシフールに魅了された騎士たちは隔離され、術が解けるまでの間厳重な監視がついた。

 尚、バの国の捕虜は艦内にて未だ拘束中であり、又、フォーリィの視力が戻った翌日、琢磨の独断により非公式に蝶の指輪を使用して艦内を隈なく探索した所、魔物は探知されなかった。今回の戦闘で倒したバグナは3騎、中型及び大型恐獣ほぼ1個群、翼竜2騎。ガナ・ベガが前衛に現れた所で突然の敵の撤退、幕引きとなった。
 さて、冒険者は次なる『館の晩餐会』にどう挑むのか。