●リプレイ本文
●ダロベル
「船内の空気が心なしか澱んでいるな」
次の作戦会議の為に冒険者がブリッジに上って行くのを踊り場の少し離れた所から眺めていた巫女ナナルが隣にいた琢磨にそう呟いた。
「多少は仕方ないだろ。家族と離れ、深い穴の中に何週間も釘付けにされて、おまけに戦闘はいつ始まるかわからないという緊張感に絶えずさらされて‥‥。よほどの精神力がなければ弱音を吐かない方が不思議だよ」
「なるほど、それでお前は幼い少女を前にして弱音を吐いているわけか」
都合の良い時だけ子供になるな! と返したいのを堪えて琢磨は小さく笑った。確かにナナルの言う通りだ。だが――。
「心配するな、琢磨。お前たちがカオスの穴を封印し、王都へ凱旋する日は近い」
「ん‥‥今何か言ったか?」
船内の防火設備の強化策を纏めた書類に目を通していた琢磨が慌てて巫女に尋ねたが、彼女はただ静かに微笑むのみであった。
「まあ、普通に考えて罠だよな。話がしたいというならその場でしても良かったんだ。 目的は戦力の分断か何かの時間稼ぎか‥‥どっちにしろ、ろくなものじゃないな」
晩餐会についてアリオス・エルスリード(ea0439)が意見を述べると、それにジャクリーン・ジーン・オーカー(eb4270)が続く。
「彼の狙いが何なのか分からないのは不安ですが、それに出席せねば進展はなさそうですわね」
「鬼が出るか蛇が出るか、それでも敵を知る為にも避けて通れない道ですね。私は館へは阿修羅の剣を持参せず、ユニコーンのアリョーシカと共にナナルの元に残そうと思います。彼女の精神安定を兼ねてサーシャも残してゆきますね」
陽の妖精はアレクセイ・スフィエトロフ(ea8745)の傍で明るく元気に飛び回っている。
「それから相手は恐らく『言霊』を使えるから話を聞く間中も絶対油断するなよ」
「呪い、言霊‥‥魔物とは厄介だな」
アリオスの説明にリューズ・ザジ(eb4197)が思わず唸る。だが、それらを打ち破らねば勝利は無いのだ。
その後冒険者は館の門番への対策を話し合ったが、ソフィア・ファーリーフ(ea3972)はこの日に限って発言が目立たなかった。皆が気付かない所で彼女はある決意を固めていた。
会議の後、リューズはバルザー・グレイ(eb4244)と共にカフカ提督の元を訪れた。現在ダロベル内に拘束中のバの捕虜を森へ連行する承諾を得る為である。
「彼らはバの国の騎士。魔物に操られているばかりではない強い意志もありました。捕虜の返還を条件に一時休戦を申し入れてみます」
「それから我々が出発した後はダロベルを浮上させてはいかがでしょうか。少なくとも敵ゴーレム部隊の相手はせずに済みますし、合流地点は琢磨殿のテレパシーで伝えてもらえば問題もないでしょう」
カフカは彼らの申し出を承諾した。状況が状況である。捕虜の件は自分が責任を持つと述べ、カフカは二人を笑顔で送り出した。
「カオスの魔物め、一体何を考えている!」
蒼き蝶を内側から食い破ろうとした奴が冒険者を船から引き離すなど――どうも嫌な予感がする。
装備を整え終えたファング・ダイモス(ea7482)は琢磨を探していた。英雄ペンドラゴンは国を救ったがカオスの穴は封印出来ず、巫女の伝承も伝わってはいない‥‥。
「あ、ファング、フォーリィ知らないか」
目の前に現れた琢磨を掴まえて、彼は魔物に操られた者への懸念など胸中にある不安を隠さず彼に話した。
「もしナナルさんに何かあれば私は直ちに船に駆けつけますから!」
ファングの熱い思いに『了解した』と快く返答し、連絡を怠らない事を琢磨は約束した。
(カオスの魔物の言葉は信用できない。が、常に偽りであるわけではないというのが更に厄介だな)
その頃、クーフス・クディグレフ(eb7992)はバの捕虜の独房へと足を運んでいた。その房の近くには魔物に魅了された例の3人の騎士が入っていた小部屋もあったが、今は空だ。魅了の効果は1週間ほどで失せたらしい。また、怪我を負ったミケーネは未だ救護室のベッドの上であった。グラン・バク(ea5229)は達人級の鑑定スキルを用いて彼女の精神状態を調べ、それをカフカや仲間に伝えた。彼の見立てによれば彼女が魔物に毒されている気配は無かったが、ただ彼女はこの戦の後は貴族の花嫁となり、一線を退く覚悟であった。
「魔物に憑依されなかったのは幸いでしたが、でもそうなる可能性も十分にあったのです。私の心は尊い騎士のそれではなく、ただの安っぽい女のものになっていたのですから」
彼女は時間が許すならリューズとゆっくり話したいとも言っていた。女同士、男には語れない事もあるのだろう。
「食事はしっかり取っておられるか」
独房の鉄の仕切り越しにクーフスが捕虜に声を掛けるが、返事はない。捕虜は黙って壁を見つめていた。
敵とはいえ相手は騎士なのだ。質として用いる事に気が進まないクーフスではあったが、皆の総意では仕方ない。
「このような特殊任務に配属されるということは優秀な騎士なのか、或いは貴君らは規格外なのか」
「私は兎も角、仲間を侮辱するのは許さんっ! 許されるのであれば今ここで貴様と決闘しても構わん!」
真っ直ぐな気性の若者であった。生まれた場所が違えば、あるいは彼はメイの国の勇気ある騎士となっていただろうとクーフスは思った。それはかの魔戦士とて同じなのか? 彼がカオスニアンではなく人間として生まれていたなら‥‥。
彼を森で開放する際には再戦を約して別れようと心に決め、クーフスは房の前を去った。
●出発
「うー‥‥前回は酷い目にあったわ。あたしは呪われやすいのかねー」
「そうなのか! やっぱり呪われやすいのか!!」
「やっぱりって何よ‥‥って、あんた何してんの?」
と驚くフォーリィ・クライト(eb0754)の首に琢磨が葫を繋いで作った首飾りを掛けた。一体どこから葫を――。
「俺、あいにく十字架は持ってないけど携帯用の聖書なら持ってるからこれも預けておくな。それと、王都に戻ったらすぐに祈祷師に厄払いしてもらおうなっ!」
やや混乱しているようではあったが彼は真面目にそう彼女に告げた。
「琢磨、そう慌てるな。同じ手を二度も食う俺たちじゃない」
そう言ってアリオスが琢磨の背中をぽんと叩き、フォーリィも元気な笑顔を返した。
馬やペットに荷物を積み終えた彼らがダロベルを下船しようとした時、皆の前に姿を見せた巫女の腕をソフィアがしっかと掴んだ。
「お願い! ナナちゃんだって言い辛い事もあると思う。でもね、私はあんな得体の知れない魔物からじゃなくてナナちゃんから聞きたいの!」
「ソフィア‥‥」
ふいに巫女の顔が曇るが、ソフィアは折れずに踏ん張った。
「カオスの魔物は私達が苦悩せざるを得なくなるような話をきっとすると思うの。それが真実か否かは別としてね。でも友達の言葉ならどんな話でも耐えられるし、怖れに負けはしないのよ。私達皆、ナナちゃんの友達ですもの。ねっ、皆!」
ソフィアの言葉にそこにいた全員が頷いた。
「分かった‥‥皆がそれを望むのなら」
巫女は瞳を閉じると、ある夢の話を語った。
彼女は漆黒の闇に身を横たえていた。体中が痛くて起き上がれない。節々は熱を帯び肉は腫れ上がって心臓は破裂しそうな程激しく鼓動を刻む。だが、遠くで冒険者の勝鬨が聞こえるのだ。ああ、彼らは勝利する。彼らは虹竜の導きの元、船を漕ぎ出す。やがてそれは段々と小さくなって遂には見えなくなる。
「そして私は暗闇の中で静かに目を閉じる。お前たちは必ず勝つのだ――己を信じろ」
そう言ってナナルは笑った。
「ソフィア、しょんぼりしない♪」
森の中を頭を垂れて歩く彼女にフォーリィが声を掛ける。
「我らが最後まで巫女をお守りし、王都にお連れすればよいだけだ」
仲間に励まされてソフィアにもようやく笑顔が戻った時、グランの忍犬が人の気配を感じて吠える。やはりバの兵士たちが待ち伏せをしていたのだ。リューズはヒスタ語を使用して相手に礼を示した上で休戦交渉を申し出た。彼らは捕虜の即時解放を交換条件にこれを受諾。彼らも又魔物を警戒しているのか敵の大将は館には行かない事を冒険者に告げて後、速やかに森を去った。彼らと対話を望む者もいたが、残念ながら歓談する余裕はこの時双方には無かった。
●館の晩餐
「招待しておいてこの様な門番を置くとは無粋な気もしますが‥‥まあ、大きいだけでは的としては物足りませんわね」
というジャクリーンの強気の言葉通り、冒険者は難なく門番のアクババをやっつけてしまった。
前衛で囮に入ったグランらに注意が向いた所にバルザーが黒十字の長槍を投げつけ、射撃隊が一斉に矢を放ち、ファングがスマッシュEXを放った所で魔物は消滅した。
「ようこそ、わが館へ」
豪勢な食事が並べられた広間へ彼らを通した魔物がそう挨拶をするとアリオスがこれに応じた。
「まだ名前を聞いてなかったよな。俺はアリオスだ」
「私はかつてダバと呼ばれ、ここでは罪なる翼と呼ばれている」
と魔物は穏やかに答えて、また手品のように掌に水晶玉を出してそれを傍の席にいたソフィアに手渡した。
「約束通りお渡ししよう。君たちなら壊すのは簡単だ。ただし――その玉が割れた瞬間から決戦が始まると思ってほぼ間違いないだろうね。カオスドラゴンは早く君たちを倒したがっている」
「カオスドラゴン!」
「真紅の光とは何の事だ!?」
声高に叫ぶ冒険者を制して魔物は話を続けた。
「カオスドラゴンは竜戦士同様、最強の戦士にして最強の兵器だ。だが攻撃されれば当然ダメージは受ける。それを補い再生する役割を持つのが
『真紅の光』だ。それは絶えず竜の足元で輝いているが、この光に包まれた物体も攻撃されれば疲弊する。例えばゴーレムや通常の武器でも
『真紅の光』にならそれなりのダメージを与えられるだろうね」
「そんな事をなぜ俺たちに話す!?」
そう叫ぶファングに魔物は意味ありげな笑みを浮かべた。
「その光る物体と同じ仕組みを竜戦士も持っているんですよ。ただしそれは物ではなく選ばれた――」
「それが巫女だと言いたいの? 巫女が竜戦士をその身をもって助けると」
「とんだ奇弁です。私たちはお前の嘘に惑わされたりはしない!」
毅然とそして優美に微笑み返すソフィアに続いてアレクセイが強い口調で斬り返した。
「信じる信じないは勿論自由だ」
おやおやという風に大袈裟に驚いた顔を見せてから、魔物は飲み物に口を付けた。
「カオスの穴を封じられてもお前は平気なのか」
ふとリューズが静かに尋ねると魔物は頷いた。
「貴様達は何故この世界に来た?」
ファングの問いに『来るべくして』と魔物は答えた。
「ではバとお前の関係は? ペンドラゴンを知っているのか?」
「そんな名は知らん。私には意味の無い事だ」
「それじゃーあんたの目的は何なのよっ、私たちの魂を集める事じゃないのっ?」
今ここでこいつを倒した方がいい。でないと必ずナナルが狙われる――フォーリィはそう直感した。
魔物は彼女が剣を抜くのと見て楽しそうに笑い、そして炎の息を吐こうとした。が、その刹那アリオスの放った銀の鏃が魔物の顎を射抜いた。
「グ‥‥グギャアアア――――ッッッ!!!」
「何度も同じ手を食うか、馬鹿者っ」
アリオスはそう怒鳴ると素早く次の矢を放ち、仲間も一斉に攻撃に出た。彼らは魔物に反撃の隙を与えず武器を持ち替えては撃ち続けたので魔物は血のようなものを飛び散らせながら瀕死の状態で床に伏した。
彼らが止めを刺す瞬間に、だが魔物は顎に刺さった矢を引き抜いて言霊を唱えた。
「壊せ――」
そう言い終わると魔物は消滅した。すると操られたソフィアとジャクリーンはテーブルの上にあった水晶玉を壊し、食器や家具を壊し始めた。仲間が二人を抑えると今度は館が大きく揺れ、と同時に琢磨から連絡が入る。何か異変が起こっているらしかった。
●巫女
館を出た冒険者はすぐ近くで待っていたダロベルに大急ぎで乗り込んだ。空は次第に暗黒の闇となり町や遺跡が崩れてゆく。やがて島が跡形もなく消え去ると、次に不気味な荒野が闇の中に現れた。闇に包まれて通ってきたはずの穴の通路はすでに見えない。
「始まる」
その荒野に赤い輝きを認めるとナナルは冒険者に言った。
「竜戦士になれるのは一人だ。カオスドラゴンは竜戦士に任せて他の者は赤く輝く金属らしき物体を攻撃する事。カオスドラゴンの武器は鋭い爪と炎の息と熱線の息で、
『真紅の光』は防御のみで攻撃能力はない。だが、バの兵はこれを死守せんと防壁を作り挑んでくるだろう。バの船の動きにも警戒が必要だ。そして何より重要な事は竜を倒した後は全速力で地上へ脱出すること。あいつを倒せば退路は必ず見えてくる」
巫女の言葉に皆が頷く。
「ここがカオスの穴を守る最後の戦場である以上、敵は死に物狂いで向かってくるだろう。だが、この旅の初めに私は言ったはずだ。我らは『覚悟』を決めねばならない。忘れるな。この覚悟は未来へ繋がる覚悟なのだ」
この時すでに巫女の体を薄青い光が包み始めていた。
「‥‥阿修羅の剣が敵の気配を感じ取っている。間もなく私の体もこの青い光と共に変化するだろう。だが私の思いはいつでも皆と一緒だ。皆と共に戦い、最後まで必ず皆を守ってみせる。ここまで付いてきてくれて‥‥本当に有難う!」
そう言うや否やナナルはブリッジを駆け下りた。
「ナナルっ!」
彼女を追おうとした仲間をグランが制した。
「俺たちが今やるべき事は彼女を追う事じゃない。まずは自分達に出来ることをしよう。託し託された者達の為にも」
義理が重たい渡世‥‥と言葉で言うは容易いが、とグランは思う。やがて青い光に包まれたナナルは真紅の光に対峙するが如く闇に覆われた荒野に降り立った。
「ナナルはダロベルが総力を挙げて敵から守ってみせる。だから皆は――」
「分かってますよ、琢磨さん」
冒険者は琢磨の手から阿修羅の剣を受け取った。決戦の火蓋が今切って落とされたのだ。
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∴∴凸∴凸∴∴∴∴∴∴∴
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∴/荒野
●/恐獣部隊
◎/ガナ・ベガ
○/ゼロ・ベガ
凸/バグナ
▼/真紅の光
■/カオスドラゴン(一体)
△/巫女