混沌竜封印

■キャンペーンシナリオ


担当:月乃麻里子

対応レベル:8〜14lv

難易度:やや難

成功報酬:34 G 36 C

参加人数:10人

サポート参加人数:-人

冒険期間:11月03日〜01月06日

リプレイ公開日:2007年11月09日

●オープニング(第3話リプレイ)

●疑心
「えっ、俺まで借りちゃっていいのか?」
 ダロベルのブリッジでバルザー・グレイ(eb4244)からテイルリングを渡された琢磨は驚いた顔でそう言った。
「無いよりマシ程度だが、戦場ではそれが生死を分ける事も無いとは言えぬしな」
「うっかり無くすんじゃないわよ!」
 と、横から釘を刺すフォーリィ・クライト(eb0754)に琢磨がぶつぶつ文句を言っているのを横目に、バルザーは提督と巫女にも複数の魔法のリングを差し出した。
「これより先は御身を狙ってくるものも増えると思いますし、死蔵させていても仕方ありませんので是非お役立て頂きたい」
「いつもすまないな、バルザー。この礼は戻ったら必ずするぞ」
「はい、ナナル殿。必ず皆で我らが王都へ帰還致しましょう」
 バルザーの言葉に巫女は笑顔で応えた。
「じゃあ、俺は少しだけミケーネ殿に声を掛けてこよう。今ひとつ顔色も冴えないようだったしな」
 と、つい先ほどブリッジを出たミケーネを追うとグラン・バク(ea5229)が断りを入れた。塔周辺の地図を見ながら作戦の詰めを行なっていた他の冒険者たちも異論は唱えなかった。
「ふぅ、私が阿修羅の剣の護衛とは‥‥重要な役目ですが少々気後れしそうです。でも弱音は言ってられない状況ですね」
 グランの背を見つめながらアレクセイ・スフィエトロフ(ea8745)が小さく呟いた。
「すまぬ、アレクセイ。非力な私では‥‥」
「気にしない、気にしない♪」
 申し訳なさそうに俯いたナナルの背をソフィア・ファーリーフ(ea3972)がドンっと叩き、アレクセイも優しく微笑み返す。
 明るく振舞ってはいるものの、同じ魔法使いとして巫女に助力出来ないものかと心を痛めるソフィアであった。

  **

 これより少し前、冒険者たちはある相談をカフカ提督に持ち掛け、内容を察したカフカは彼らをブリッジの奥の私室に通した。
「ミケーネ殿の事ですが‥‥」
 やや言い難そうにリューズ・ザジ(eb4197)が口火を切る。だが、彼女の言動には明らかに不審な点があり、カフカもそれは分かっていた。
「グライダーで少数で潜入して来る時点で強敵である事は確実だし、彼女の様子を見るに敵がカオスの魔物である可能性も高いと俺は見る」
 アリオス・エルスリード(ea0439)は冷静にそう言い切った。ミケーネは賊を斬ったと言うが死体が無い以上、冒険者が警戒するのは当然の流れであった。
「聖水やムーンアローを使って兵士全員を試す事も出来ますが」
 そう提案するソフィアに、だが提督は静かに首を振った。
「君たちの不安は分かるが、提督としてそれは許可出来ない。ミケーネも拘束しない。今回彼女には数名の兵を付けて小火の出た精霊機関の警備に当ってもらおうと思う」
 カフカの言葉を受けて冒険者たちの間に動揺が走る。だが、それまで黙って話を聞いていたグランが口を開いた。
「まあ、少し落ち着け。真偽がどうあれ疑心という事実は兵に動揺を走らせる。我々は今この船以外に身を置く場所を持たない。逃げ場の無い所でパニックを起こしたらどうなるか想像はつくだろう?」
 清濁ひっくるめて受け入れる――それが彼の流儀であった。
「‥‥」
「ほい、極秘資料」
「極秘‥‥資料?」
 と、琢磨が皆の前に出したのは以前カオスの穴周辺の探索に出た調査隊に加わった者のリストだった。グランがカフカに依頼しようとしたのを琢磨が請けたのだ。
「何でも疑って掛かるのは諜報部の仕事。でも大将はいつ何時でも味方を信じなくちゃな」
 物事には常に表と裏、光と影がある。そして提督には例えそれが奇麗事だと言われようとも騎士として長として守るべき信念があった。
「フン。正論でもお前に言われると何か引っ掛かるな」
「どーゆー意味だよっ、アリオスっ!」
 と冒険者がそれらに目を通している間にカフカはミケーネをブジッリに呼び寄せ、警備の件を告げた。と同時に『石の中の蝶』でブリッジ内を確認していたバルザーがほっと胸を撫で下ろす。結果は白。蝶はピクリとも動かなかった。

●塔へ
 冒険者とゴーレム部隊はダロベルより降下し、騎兵と共に塔を目指した。丘の麓を程なく進むと遺跡の手前でバグナと中型恐獣が待ち構えているのが見えた。
「琢磨様の予想通り、ガナ・ベガは後方ですわね」
 風信機を通してアルメリアに搭乗したジャクリーン・ジーン・オーカー(eb4270)の声が届くと、オルトロスに搭乗しているクーフス・クディグレフ(eb7992)がそれに答えた。
「ガナ・ベガが修理中の敵艦の護衛に当っているとするならば、あいつが出てくる時は敵艦も浮上してくるかもしれん。そうなる前に塔攻略隊を無事に送り届けねば」
 作戦会議で様々な意見が飛び交った中で、ジャクリーンとクーフスは塔の攻略に主眼を置いていた。
 確実に信用できる者だけで艦内の拠点を防衛し、まずは状況の悪化を食い止めるというジャクリーンの意見にも理はあるし、敵の増援を警戒し、時間を有効に使いたいというクーフスの意見も尤もであった。だが、同時に艦内の不安要素も早急に除く必要もある。結果として遺跡の敵戦力に対し若干の兵力低下は避けられなかったが、ファング・ダイモス(ea7482)の分業交代制によるバリスタ弾幕強化案によってその点をカバーする事となった。
「ゴーレムと翼竜は任せたからねっ! ソフィア、落っこちないようしっかり捕まっててね」
「はいっ!」
 と威勢良く答えるソフィア。
「さって時間だねー、皆、気合入れていこうか――――っっ!!」
「「オオ――ッ!!」」
 前進を始めたバグナを見て、フォーリィの号令が偽りの青空に木霊する。
 グランとフォーリィ、ソフィアによる塔攻略隊のすぐ後に対恐獣用に隊列を組んだ騎士団が続き、彼らを守るようにゴーレム部隊が前に出た。
「ここは何としても耐えるぞっ、そうすれば勝機は必ず我らに――!」
 バグナの鎧騎士にも聞こえるようにクーフスは叫んだ。敵の指揮官が優秀であれば数が減ったゴーレムに疑念を抱くのは当然――そこを逆手に取り混乱を招こうという策であった。そしてその声に応えるようにダブルシューティングEXも織り交ぜたアルメリアの射撃が冴え渡り、矢を避けきれずに足を取られたバグナはその場に崩れ落ちた。
「いかんっ、私も集中しなければ!」
 ヴァルキュリアと共に戦場に立ったリューズの心にはまだミケーネへの危惧が残っていた。彼女らしからぬ言動が参加表明時からとは思えない。あれはもっと純粋な決意による筈だ――では先日の敵の乗船時から異変が? だが、リューズは一旦それを振り捨てて眼前の敵に対峙する。
 ヴァルキュリアの圧倒的な力でバグナをねじ伏せると彼女は躊躇いもせずにゴーレム剣をその脚部の付け根に突き立てた。

●侵入者
 一方、出撃したと見せて密かに艦内に留まったアリオスとバルザーはミケーネに気付かれないように精霊機関のある機関室の奥に潜んでいた。
(皆は敵に浸透されることの怖さがわかっているのだろうか‥‥ま、そのための俺だが)
 天界で過去に様々な魔物と戦った経験からアリオスは慎重を期していた。と、そこへ突然3人の騎士が前触れもなく訪れると、機関室の入口に陣を張るミケーネらに剣を抜いた。
「何のつもりだ、お前たち!」
「リリス様のご命令だ。そいつを壊す」
「リリスだと? あの魔物の事かっ」
「ミケーネ様、逆らえば貴方の帰りを待つ王都の家族に害が及びますよ」
 したり顔で一人の騎士がそう言うと、ミケーネも思わず剣を抜いた。
「これ以上の屈辱はもう我慢ならぬ‥‥家族の進言を無視して乗船したのは私の罪。我が罪ならばこの身をもって贖おう!」
 刹那、剣を振り上げたミケーネの右肩に矢が突き刺さる。魔物に魅了された3人の騎士の一人が放った矢であった。
「ミケーネ!」
「ミケーネ殿!」
 赤い血に染まった腕から剣を落とした彼女の前に颯爽とアリオスとバルザーが躍り出た。
「疑って悪かったな、ミケーネ‥‥だが、これで帳消しだ!」
 アリオスは素早く狙いを定めて騎士たちの腕や足を的確に撃ち抜いた。バルザーは倒れた3人の騎士とミケーネの介抱をその場の兵に任せると蝶の指輪を持ってアリオスと共にブリッジへと急いだ。

  **

 その頃、ファングはある船室の扉の前で一人の騎士と対峙していた。彼は巫女の姿が見えないので探しに来たと言い、船室への入室を求めたがファングは頑として断った。ファングが守っている部屋の中にはアレクセイと巫女ナナルが潜んでいたのだ。その部屋は攻防を踏まえて予めアレクセイが目星を付けておいた場所であった。
 巫女は騎士が部屋に近づいてきた時から陽魔法で明らかな敵意を察知しており、たった一人でやって来る事から最悪の、つまり彼が魔物本人である場合も指摘した。
「お任せ下さい、必ずお二人を守ってみせます。偉大なるタロンよ、世界を守る為に俺に希望を守る力を――!」
 ファングは祈りを捧げてから剣と盾を構えて部屋を出た。
 アレクセイは精霊碑文学のスキルを持たない巫女にスクロールの代わりに隠身の勾玉を手渡しながら部屋の隅の陰に連れて行き、自分も扉のすぐ後ろで『阿修羅の剣』を背負ったままで静かに剣を構えた。
「どうしても入れては頂けないのか」
「無論です」
 騎士の問いをファングはぴしゃりと撥ね付けた。すると、
「では仕方ない」
 そう言って騎士は魔法を使うべく本来の姿に戻った。その姿はかつて王宮に現れた小さな魔物と同じだった。魔物はふわりと宙を舞うと魅了の魔法を詠唱したがファングにその魔法は効かなかった。
「冒険者を侮るな――っ!」
 刹那、ファングの魔剣が魔物の体を鋭く突いた。

●塔の魔物
「やっぱりあんただったのね――っ! ここで会ったが百年目、覚悟なさい!!」
(フォーリィ殿は気合十分だな‥‥今回俺の出る幕は無しか?)
 と、フォーリィの傍らで剣を抜いたグランの心情は兎も角。

 味方の援護を得て何とか塔の最上部まで登りつめた3人は、そこで捕虜が語っていた魔物に出くわした。最上部の部屋の天井は高く、中はガランとしていて、大きな窓が2つあるだけであった。
 かつて阿修羅の剣本体を巡ってアンビリヨン島で冒険者と戦ったその魔物は、またも物腰穏やかに冒険者に挨拶をした。
「お嬢さん、久しぶりだな。他のお二人には初めましてという所かな」
 長身で男前の魔物はちらりと二人を見下ろしてそう言った。
「なんだかムカつくわっ‥‥兎も角水晶玉を探さないと‥‥」
「探しモノはこれかな?」
「「ああああ――――っっっ!」」
 3人の目の前でまるで手品を見せるかのように魔物は美しく輝く水晶玉を造作なく掌の上に出してみせた。ソフィアは瞬時にグラビティーキャノンを放ったが、魔物はふわりと身を翻してこれを避け、直撃を受けた塔の壁には長い亀裂が走った。
「塔を壊すつもりかな? ここから堕ちたら生身の体では結構辛いですよ」
 そう言って大男の魔物がにこりと笑う刹那、フォーリィがまず斬り込んだが男はそのまま彼女に自分の腕を斬らせ、グランの直刀を際どく受け流すと塔の天井高く浮き上がった。
「逃げるとは卑怯だぞ!」
「逃げはしませんよ、まだね」
 そう言って男は服の袖に掛かっている長い髪の毛のようなものをつまみ上げた。
「これは赤毛のお嬢さんの髪の毛だ」
「あ、あたし?」
 刹那、男が小声で何か呟くと次の瞬間フォーリィが悲鳴を上げた。
「目が‥‥目が見えないっ‥‥どうして‥‥なんでえっ!!」
 狼狽する冒険者に『呪いはほどなく解ける』と告げて後、男は話を続けた。
「どうでしょう? 皆さんはこの水晶玉が欲しい。私はあなた方とお話がしたい。もしあなた方が私の招待に応じてこの遺跡の先にある森の中の館まで来てくれたならこの玉はお渡ししましょう」
「取引には応じません!!」
「では永遠にこの町の空を眺めている事です」
 ソフィアに冷たくそう言い残して魔物は窓から飛び立とうとした。
「待ってくれ! 俺たちは生憎この場所には詳しくない。出来れば地図か何かもらえないだろうか。ついでに森の詳しい状況も教えてもらえると有難いが」
「グランさんっ!」
(フォーリィもこの状態で今はこちらの部が悪い。ここは大人しくあいつの誘いに乗ってみよう)
「くっ‥‥」
 グランに諭される中、フォーリィは悔しげに呻いた。
「ふむ‥‥いいでしょう」
 男は宙に浮いたままで言葉を続けた。
「森の中は一本道だから迷う事はない。ただし、私はゴーレムという無粋な兵器は嫌いだから全員徒歩か馬で来て下さい。冒険者全員です。巫女の魂には惹かれますが、まあ、巫女についてはその限りではありません。『阿修羅の剣』も船に残してもらって結構。どうせ私には触れられない」
「では、剣には手を出さないと?」
「そうじゃない。剣を欲しがっているのはバの兵たちだ。ああ、館の晩餐会にはバの国の者にも声を掛けるが彼らが来るかどうか私は知らない。ただ、彼らが勝手にあなた方を森で待ち伏せるかもしれないが、ゴーレムの持込はしないよう私から釘を刺しておこう。それから」
「なんだ、まだあるのか」
 流石のグランも面倒臭そうに尋ねる。
「ええ、これは重要な事だよ。館の門番のアクババは獰猛な禿鷹でね、私の言う事など聞きません。羽を広げれば4m以上になり、大きな牛ぐらいなら掴んで空中に持ち上げる事も出来る。皆さん、気を付けていらして下さい」
「水晶玉はその時に必ず」
「ええ、ついでに巫女と竜戦士とやらの秘密についても教えて差し上げよう。カオスドラゴンと真紅の光についてもね」
「真紅の光‥‥なんですか、それは‥‥キャアッ!」
 ソフィアの問いに炎の息で答えると、大男の魔物は水晶玉を抱いたまま塔の高い窓から舞い、やがて姿を消した。
 それからほどなく遺跡の奥から狼煙が上がった。どうやら撤退の合図のようで、塔の外で戦っていた敵の兵はこぞって遺跡の奥へ引き返した。
「役に立てなくて‥‥ごめんっ」
 塔の階段を下りるグランに背負われたフォーリィは悔しそうにそう呟いた。ダロベルに帰還した彼女の姿を見て琢磨がどれほど慌てたかは書くに及ばずだが、幸いミケーネの傷は浅く、黒きシフールに魅了された騎士たちは隔離され、術が解けるまでの間厳重な監視がついた。

 尚、バの国の捕虜は艦内にて未だ拘束中であり、又、フォーリィの視力が戻った翌日、琢磨の独断により非公式に蝶の指輪を使用して艦内を隈なく探索した所、魔物は探知されなかった。今回の戦闘で倒したバグナは3騎、中型及び大型恐獣ほぼ1個群、翼竜2騎。ガナ・ベガが前衛に現れた所で突然の敵の撤退、幕引きとなった。
 さて、冒険者は次なる『館の晩餐会』にどう挑むのか。

●今回の参加者

 ea0439 アリオス・エルスリード(35歳・♂・レンジャー・人間・ノルマン王国)
 ea3972 ソフィア・ファーリーフ(24歳・♀・ウィザード・エルフ・ノルマン王国)
 ea5229 グラン・バク(37歳・♂・ナイト・人間・ノルマン王国)
 ea7482 ファング・ダイモス(36歳・♂・ナイト・ジャイアント・ビザンチン帝国)
 ea8745 アレクセイ・スフィエトロフ(25歳・♀・レンジャー・ハーフエルフ・ロシア王国)
 eb0754 フォーリィ・クライト(21歳・♀・ファイター・ハーフエルフ・ノルマン王国)
 eb4197 リューズ・ザジ(34歳・♀・鎧騎士・人間・アトランティス)
 eb4244 バルザー・グレイ(52歳・♂・鎧騎士・人間・アトランティス)
 eb4270 ジャクリーン・ジーン・オーカー(28歳・♀・鎧騎士・エルフ・アトランティス)
 eb7992 クーフス・クディグレフ(38歳・♂・鎧騎士・人間・メイの国)

●リプレイ本文

●ダロベル
「船内の空気が心なしか澱んでいるな」
 次の作戦会議の為に冒険者がブリッジに上って行くのを踊り場の少し離れた所から眺めていた巫女ナナルが隣にいた琢磨にそう呟いた。
「多少は仕方ないだろ。家族と離れ、深い穴の中に何週間も釘付けにされて、おまけに戦闘はいつ始まるかわからないという緊張感に絶えずさらされて‥‥。よほどの精神力がなければ弱音を吐かない方が不思議だよ」
「なるほど、それでお前は幼い少女を前にして弱音を吐いているわけか」
 都合の良い時だけ子供になるな! と返したいのを堪えて琢磨は小さく笑った。確かにナナルの言う通りだ。だが――。
「心配するな、琢磨。お前たちがカオスの穴を封印し、王都へ凱旋する日は近い」
「ん‥‥今何か言ったか?」
 船内の防火設備の強化策を纏めた書類に目を通していた琢磨が慌てて巫女に尋ねたが、彼女はただ静かに微笑むのみであった。

「まあ、普通に考えて罠だよな。話がしたいというならその場でしても良かったんだ。 目的は戦力の分断か何かの時間稼ぎか‥‥どっちにしろ、ろくなものじゃないな」
 晩餐会についてアリオス・エルスリード(ea0439)が意見を述べると、それにジャクリーン・ジーン・オーカー(eb4270)が続く。
「彼の狙いが何なのか分からないのは不安ですが、それに出席せねば進展はなさそうですわね」
「鬼が出るか蛇が出るか、それでも敵を知る為にも避けて通れない道ですね。私は館へは阿修羅の剣を持参せず、ユニコーンのアリョーシカと共にナナルの元に残そうと思います。彼女の精神安定を兼ねてサーシャも残してゆきますね」
 陽の妖精はアレクセイ・スフィエトロフ(ea8745)の傍で明るく元気に飛び回っている。
「それから相手は恐らく『言霊』を使えるから話を聞く間中も絶対油断するなよ」
「呪い、言霊‥‥魔物とは厄介だな」
 アリオスの説明にリューズ・ザジ(eb4197)が思わず唸る。だが、それらを打ち破らねば勝利は無いのだ。
 その後冒険者は館の門番への対策を話し合ったが、ソフィア・ファーリーフ(ea3972)はこの日に限って発言が目立たなかった。皆が気付かない所で彼女はある決意を固めていた。
 会議の後、リューズはバルザー・グレイ(eb4244)と共にカフカ提督の元を訪れた。現在ダロベル内に拘束中のバの捕虜を森へ連行する承諾を得る為である。
「彼らはバの国の騎士。魔物に操られているばかりではない強い意志もありました。捕虜の返還を条件に一時休戦を申し入れてみます」
「それから我々が出発した後はダロベルを浮上させてはいかがでしょうか。少なくとも敵ゴーレム部隊の相手はせずに済みますし、合流地点は琢磨殿のテレパシーで伝えてもらえば問題もないでしょう」
 カフカは彼らの申し出を承諾した。状況が状況である。捕虜の件は自分が責任を持つと述べ、カフカは二人を笑顔で送り出した。

「カオスの魔物め、一体何を考えている!」
 蒼き蝶を内側から食い破ろうとした奴が冒険者を船から引き離すなど――どうも嫌な予感がする。
 装備を整え終えたファング・ダイモス(ea7482)は琢磨を探していた。英雄ペンドラゴンは国を救ったがカオスの穴は封印出来ず、巫女の伝承も伝わってはいない‥‥。
「あ、ファング、フォーリィ知らないか」
 目の前に現れた琢磨を掴まえて、彼は魔物に操られた者への懸念など胸中にある不安を隠さず彼に話した。
「もしナナルさんに何かあれば私は直ちに船に駆けつけますから!」
 ファングの熱い思いに『了解した』と快く返答し、連絡を怠らない事を琢磨は約束した。

(カオスの魔物の言葉は信用できない。が、常に偽りであるわけではないというのが更に厄介だな)
 その頃、クーフス・クディグレフ(eb7992)はバの捕虜の独房へと足を運んでいた。その房の近くには魔物に魅了された例の3人の騎士が入っていた小部屋もあったが、今は空だ。魅了の効果は1週間ほどで失せたらしい。また、怪我を負ったミケーネは未だ救護室のベッドの上であった。グラン・バク(ea5229)は達人級の鑑定スキルを用いて彼女の精神状態を調べ、それをカフカや仲間に伝えた。彼の見立てによれば彼女が魔物に毒されている気配は無かったが、ただ彼女はこの戦の後は貴族の花嫁となり、一線を退く覚悟であった。
「魔物に憑依されなかったのは幸いでしたが、でもそうなる可能性も十分にあったのです。私の心は尊い騎士のそれではなく、ただの安っぽい女のものになっていたのですから」
 彼女は時間が許すならリューズとゆっくり話したいとも言っていた。女同士、男には語れない事もあるのだろう。

「食事はしっかり取っておられるか」
 独房の鉄の仕切り越しにクーフスが捕虜に声を掛けるが、返事はない。捕虜は黙って壁を見つめていた。
 敵とはいえ相手は騎士なのだ。質として用いる事に気が進まないクーフスではあったが、皆の総意では仕方ない。
「このような特殊任務に配属されるということは優秀な騎士なのか、或いは貴君らは規格外なのか」
「私は兎も角、仲間を侮辱するのは許さんっ! 許されるのであれば今ここで貴様と決闘しても構わん!」
 真っ直ぐな気性の若者であった。生まれた場所が違えば、あるいは彼はメイの国の勇気ある騎士となっていただろうとクーフスは思った。それはかの魔戦士とて同じなのか? 彼がカオスニアンではなく人間として生まれていたなら‥‥。
 彼を森で開放する際には再戦を約して別れようと心に決め、クーフスは房の前を去った。

●出発
「うー‥‥前回は酷い目にあったわ。あたしは呪われやすいのかねー」
「そうなのか! やっぱり呪われやすいのか!!」
「やっぱりって何よ‥‥って、あんた何してんの?」
 と驚くフォーリィ・クライト(eb0754)の首に琢磨が葫を繋いで作った首飾りを掛けた。一体どこから葫を――。
「俺、あいにく十字架は持ってないけど携帯用の聖書なら持ってるからこれも預けておくな。それと、王都に戻ったらすぐに祈祷師に厄払いしてもらおうなっ!」
 やや混乱しているようではあったが彼は真面目にそう彼女に告げた。
「琢磨、そう慌てるな。同じ手を二度も食う俺たちじゃない」
 そう言ってアリオスが琢磨の背中をぽんと叩き、フォーリィも元気な笑顔を返した。
 馬やペットに荷物を積み終えた彼らがダロベルを下船しようとした時、皆の前に姿を見せた巫女の腕をソフィアがしっかと掴んだ。
「お願い! ナナちゃんだって言い辛い事もあると思う。でもね、私はあんな得体の知れない魔物からじゃなくてナナちゃんから聞きたいの!」
「ソフィア‥‥」
 ふいに巫女の顔が曇るが、ソフィアは折れずに踏ん張った。
「カオスの魔物は私達が苦悩せざるを得なくなるような話をきっとすると思うの。それが真実か否かは別としてね。でも友達の言葉ならどんな話でも耐えられるし、怖れに負けはしないのよ。私達皆、ナナちゃんの友達ですもの。ねっ、皆!」
 ソフィアの言葉にそこにいた全員が頷いた。
「分かった‥‥皆がそれを望むのなら」
 巫女は瞳を閉じると、ある夢の話を語った。
 彼女は漆黒の闇に身を横たえていた。体中が痛くて起き上がれない。節々は熱を帯び肉は腫れ上がって心臓は破裂しそうな程激しく鼓動を刻む。だが、遠くで冒険者の勝鬨が聞こえるのだ。ああ、彼らは勝利する。彼らは虹竜の導きの元、船を漕ぎ出す。やがてそれは段々と小さくなって遂には見えなくなる。
「そして私は暗闇の中で静かに目を閉じる。お前たちは必ず勝つのだ――己を信じろ」
 そう言ってナナルは笑った。

「ソフィア、しょんぼりしない♪」
 森の中を頭を垂れて歩く彼女にフォーリィが声を掛ける。
「我らが最後まで巫女をお守りし、王都にお連れすればよいだけだ」
 仲間に励まされてソフィアにもようやく笑顔が戻った時、グランの忍犬が人の気配を感じて吠える。やはりバの兵士たちが待ち伏せをしていたのだ。リューズはヒスタ語を使用して相手に礼を示した上で休戦交渉を申し出た。彼らは捕虜の即時解放を交換条件にこれを受諾。彼らも又魔物を警戒しているのか敵の大将は館には行かない事を冒険者に告げて後、速やかに森を去った。彼らと対話を望む者もいたが、残念ながら歓談する余裕はこの時双方には無かった。

●館の晩餐
「招待しておいてこの様な門番を置くとは無粋な気もしますが‥‥まあ、大きいだけでは的としては物足りませんわね」
 というジャクリーンの強気の言葉通り、冒険者は難なく門番のアクババをやっつけてしまった。
 前衛で囮に入ったグランらに注意が向いた所にバルザーが黒十字の長槍を投げつけ、射撃隊が一斉に矢を放ち、ファングがスマッシュEXを放った所で魔物は消滅した。

「ようこそ、わが館へ」
 豪勢な食事が並べられた広間へ彼らを通した魔物がそう挨拶をするとアリオスがこれに応じた。
「まだ名前を聞いてなかったよな。俺はアリオスだ」
「私はかつてダバと呼ばれ、ここでは罪なる翼と呼ばれている」
 と魔物は穏やかに答えて、また手品のように掌に水晶玉を出してそれを傍の席にいたソフィアに手渡した。
「約束通りお渡ししよう。君たちなら壊すのは簡単だ。ただし――その玉が割れた瞬間から決戦が始まると思ってほぼ間違いないだろうね。カオスドラゴンは早く君たちを倒したがっている」
「カオスドラゴン!」
「真紅の光とは何の事だ!?」
 声高に叫ぶ冒険者を制して魔物は話を続けた。
「カオスドラゴンは竜戦士同様、最強の戦士にして最強の兵器だ。だが攻撃されれば当然ダメージは受ける。それを補い再生する役割を持つのが
『真紅の光』だ。それは絶えず竜の足元で輝いているが、この光に包まれた物体も攻撃されれば疲弊する。例えばゴーレムや通常の武器でも
『真紅の光』にならそれなりのダメージを与えられるだろうね」
「そんな事をなぜ俺たちに話す!?」
 そう叫ぶファングに魔物は意味ありげな笑みを浮かべた。
「その光る物体と同じ仕組みを竜戦士も持っているんですよ。ただしそれは物ではなく選ばれた――」
「それが巫女だと言いたいの? 巫女が竜戦士をその身をもって助けると」
「とんだ奇弁です。私たちはお前の嘘に惑わされたりはしない!」
 毅然とそして優美に微笑み返すソフィアに続いてアレクセイが強い口調で斬り返した。
「信じる信じないは勿論自由だ」
 おやおやという風に大袈裟に驚いた顔を見せてから、魔物は飲み物に口を付けた。
「カオスの穴を封じられてもお前は平気なのか」
 ふとリューズが静かに尋ねると魔物は頷いた。
「貴様達は何故この世界に来た?」
 ファングの問いに『来るべくして』と魔物は答えた。
「ではバとお前の関係は? ペンドラゴンを知っているのか?」
「そんな名は知らん。私には意味の無い事だ」
「それじゃーあんたの目的は何なのよっ、私たちの魂を集める事じゃないのっ?」
 今ここでこいつを倒した方がいい。でないと必ずナナルが狙われる――フォーリィはそう直感した。
 魔物は彼女が剣を抜くのと見て楽しそうに笑い、そして炎の息を吐こうとした。が、その刹那アリオスの放った銀の鏃が魔物の顎を射抜いた。
「グ‥‥グギャアアア――――ッッッ!!!」
「何度も同じ手を食うか、馬鹿者っ」
 アリオスはそう怒鳴ると素早く次の矢を放ち、仲間も一斉に攻撃に出た。彼らは魔物に反撃の隙を与えず武器を持ち替えては撃ち続けたので魔物は血のようなものを飛び散らせながら瀕死の状態で床に伏した。
 彼らが止めを刺す瞬間に、だが魔物は顎に刺さった矢を引き抜いて言霊を唱えた。
「壊せ――」
 そう言い終わると魔物は消滅した。すると操られたソフィアとジャクリーンはテーブルの上にあった水晶玉を壊し、食器や家具を壊し始めた。仲間が二人を抑えると今度は館が大きく揺れ、と同時に琢磨から連絡が入る。何か異変が起こっているらしかった。

●巫女
 館を出た冒険者はすぐ近くで待っていたダロベルに大急ぎで乗り込んだ。空は次第に暗黒の闇となり町や遺跡が崩れてゆく。やがて島が跡形もなく消え去ると、次に不気味な荒野が闇の中に現れた。闇に包まれて通ってきたはずの穴の通路はすでに見えない。
「始まる」
 その荒野に赤い輝きを認めるとナナルは冒険者に言った。
「竜戦士になれるのは一人だ。カオスドラゴンは竜戦士に任せて他の者は赤く輝く金属らしき物体を攻撃する事。カオスドラゴンの武器は鋭い爪と炎の息と熱線の息で、
『真紅の光』は防御のみで攻撃能力はない。だが、バの兵はこれを死守せんと防壁を作り挑んでくるだろう。バの船の動きにも警戒が必要だ。そして何より重要な事は竜を倒した後は全速力で地上へ脱出すること。あいつを倒せば退路は必ず見えてくる」
 巫女の言葉に皆が頷く。
「ここがカオスの穴を守る最後の戦場である以上、敵は死に物狂いで向かってくるだろう。だが、この旅の初めに私は言ったはずだ。我らは『覚悟』を決めねばならない。忘れるな。この覚悟は未来へ繋がる覚悟なのだ」
 この時すでに巫女の体を薄青い光が包み始めていた。
「‥‥阿修羅の剣が敵の気配を感じ取っている。間もなく私の体もこの青い光と共に変化するだろう。だが私の思いはいつでも皆と一緒だ。皆と共に戦い、最後まで必ず皆を守ってみせる。ここまで付いてきてくれて‥‥本当に有難う!」
 そう言うや否やナナルはブリッジを駆け下りた。
「ナナルっ!」
 彼女を追おうとした仲間をグランが制した。
「俺たちが今やるべき事は彼女を追う事じゃない。まずは自分達に出来ることをしよう。託し託された者達の為にも」
 義理が重たい渡世‥‥と言葉で言うは容易いが、とグランは思う。やがて青い光に包まれたナナルは真紅の光に対峙するが如く闇に覆われた荒野に降り立った。
「ナナルはダロベルが総力を挙げて敵から守ってみせる。だから皆は――」
「分かってますよ、琢磨さん」
 冒険者は琢磨の手から阿修羅の剣を受け取った。決戦の火蓋が今切って落とされたのだ。

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∴/荒野
●/恐獣部隊
◎/ガナ・ベガ
○/ゼロ・ベガ
凸/バグナ
▼/真紅の光
■/カオスドラゴン(一体)
△/巫女