事件2
担当:
佐嶋ちよみ
吹く風は潮気を帯びながらも爽やかに、初夏から本格的な夏へ向かう準備運動をしているがごとく。
白い海鳥たちが鳴き声を交わし青空へ翼を広げ旋回している様は自由の象徴だった。
『日本国南方の海を回遊しよう〜一泊二日の旅』参加者で、港は賑わっていた。
観光潜水艇では潜れる深さも限られるが、一日中を海の底で過ごせるというのは魅力的である。
かくいう私とて、海の神秘に魅了された一人だ。大学の講義そっちのけでバイトに励み金を作り、参加している。
近年では深海魚も頻繁に打ち上げられると聞く、そういった生き物と対面する機会があるかもしれないし、夜行性の生態を目の当たりにすることもできるだろう。
夜の数時間は浮上し、空気の入れ替えと星空の鑑賞が予定されている。太平洋沖合で観る空も、さぞ美しいことだろう。
刻が来て、船着き場へと皆々が並んでゆく。私はゆっくりと最後尾についた。
二十名ほどの、乗客たちの様子を眺める。
年齢も身分も統一感が無く、学校はどうした仕事はどうした何処の時代からやってきた、そういった人々が個性豊かに揃っていた。
抜きんでて目を引く存在が幾つかあるけれど、平凡な男子学生たる私が掛ける言葉を持ち合わせるわけもなく、目の保養に留める。
さて、並んでいる間にパンフレットへ目を通そうか。
フロアは、三つに分けられている。
一つはメインフロア。中央に在るハッチから、梯子を降りてすぐの位置。十五ほどの窓へ張りつくように座席があり、乗客はそこで海底世界を楽しむ。
二つは休息フロア。メインフロアの半分ほどの広さ。船尾に位置する。窓は少ないがテーブル席が設けられている。
メインフロアの座席もテーブルに変形することができ、つまり乗客は食事を二つのフロアに分かれて行なうというわけだ。
三つめがスタッフ用のもので、一番狭い。船首方向に在り、艦長・ガイドといった者たちが休んだり食事の準備をする場所である。
それぞれに、頑健とは言い難い簡素な仕切りが施されていた。企画にはダイビングも盛り込まれているので、準備の際に男女が別れる必要があり、その為でもあろう。
あっという間に、船は海底へと沈んでゆく。
海の中は、存外に明るかった。
「あっ」
誰かが叫んだ。
「人が」
人が?
――人が、溺れている
かくて。潜水艇に手を掛け、こと切れている若者が確認されたのであった。
抜けるように白い肌。緑の黒髪がうなじへ纏わりついている。
年は二十代前半といったところだろうか。濡れたまつ毛は長く、美青年と呼んで差支えない容姿。
が、冷たく硬く、動かない。
ガイドの女性が、恐る恐る手を伸ばす。『彼』の他方の手には、何かが握られているようで、何がしかのヒントになるのではと考えたようだ。
その中には、月桂冠を頂いた若者の頭部をあしらった象牙細工が在った。
彼女は魅入られるように己が手にする。
「……きゃっ?」
瞬間、若者の手首が伸びた、彼女のその手を掴む、反射で払いのける―― 若者は、笑った。
若者は笑い、そうして海の深みへと還って行った…… ように、見えた。
茫然自失の表情で、艦内へ戻ったガイドは体験した全てを語った。目の焦点は合っておらず、恐怖に震えている。
然もありなん、女性一人で心細かったであろう。誰かを呼ぶ間もなく、一連のことは起きたというのだ。
件の象牙細工は、重要な証拠品だとして艦長が預かったという。
神秘的な美しさで、手に吸い付くような感触だったと彼女は話した。
そして後に、彼女はダイビングスーツを着ることなく、呼ばれるように夜の海へと飛び込んでしまった。
理由は、誰にもわからない。
逃げるように、船は沈む。沈んでゆく。朝は近い。
明らかに、船は沈みすぎている。潜航可能な深度を越えているように思う。
それでも艦内に異常が見られないという異常な状況を前に、何をどう動けというのだろう。
――無線が通じない
艦長の悲鳴が響いた。
ひちゃり、
船首方向……明らかに艦内から、生き物がもたらす水音が響く。
何処から。何時の間に。何が……?
私が居るのは、メインフロア。
前方にはスタッフ用のフロアを挟んで艦長がいる。
後方の休息フロアには、乗客の数名がいるはずだ。
ダイビングスーツを着用して海へ逃れることも可能だろうが、耐えうる深度であろうか。
「海底遺跡だ!」
休息フロアから、声が響いた。
――海底遺跡? この辺りでは、なかったはずだが……。
首をひねりながら、私も窓を覗く。
いつの間にか濁っている海水の奥底向こう。見えるような、見えないような。
記録に残らぬそれは、この異変に対し何がしかの意味を持つのだろうか。
緊張と恐怖と狂気で強張る体の側面、窓の向こうを、見たことも無い魚がスイと泳いでいった。
深い海の住人が、この船を取り巻いているようであった。
全てはここから、始まるのである。
○ライターよりご案内○
●状況
夜明け前で、ほのかに薄暗い。日本国南方、太平洋沖合。
沈みゆく観光潜水艇にて。
通常であれば数10mの深度までしか潜航しないはずだが、明らかにそれ以上を沈んでいる。
原因は不明だが、艦としての形・能力は維持している。
何かに誘われるように沈んでおり、海底には遺跡のような影が見える。
海水は濁っており、水中の見通しはあまりよくない。
●潜水艇内について
(←船首)【操縦室||スタッフ用フロア||メインフロア||休息フロア】(船尾→)
||……簡素な仕切り
・メインフロア前方に、外へ続く梯子・ハッチがある
・スタッフ用フロアから、生き物による水音が響いている
・現在、乗客はメインフロア・休息フロアとバラバラに分かれている
・全20名の乗客+艦長1名+補助スタッフ2名
・女性ガイドは、海へ失踪
・乗客のうち、4名ほど目を引く存在がある
●こんなことができます
・スタッフ用フロアで、一足先に活躍
・ハッチを開けて、中央フロアへ降臨
・潜水艇を取り巻いて、更なる深淵へ引き寄せる
・引き寄せた、その先で……?
・一般乗客を狂気の沙汰へ追い込む
・謎の4名へアプローチを試みる ※返り討ちも覚悟下さいませ
・その他、思い思いの行動。
オープニングに出ている設定・単語などを活用し、自由に組み込んでくださいませ