事件4
担当:
旅硝子
――千葉県某市沖にて、老漁師の話。
わしと一緒にこの第八優福丸に乗ってた男どもは、みぃんないなくなっちまった。
この街じゃ、誰かがいなくなるなんざ珍しいことじゃねぇ。だから、俺の話ば聞いてくれんのも、あんた達だけじゃ。
思い出すのもおぞましゅうてならんが、全部知っとることはお話しするで……嗚呼、南無南無。
そう、一番最初は、あの外国人の仏さんだったんじゃ。
この第八優福丸が鰹漁に出たのは、初鰹の季節の頃じゃった。うちの船でやっとったのは引き網漁でな、いつもより随分獲れたと嬉しゅうて、もう甲板で捌いて刺身にして、地酒で乾杯しとる奴までおった。
最後の引き網が上がったのは、その時じゃった。がらんがらんと引き揚げ機の重い音が、こりゃ期待できるじゃろとみんなで騒いだ声が、まだ耳に残って離れん。
もちろんその後に見たもんもじゃ。
「なっ……」
あの声は、引き揚げ機を回しとった洋平じゃ。言葉に詰まって何も言えんかった洋平の隣で、息子の洋太郎がすぐ後におっそろしい悲鳴を上げた。
「ぎぃやぁぁぁぁぁああああアアア!!! 人が! 人が死んどる!!」
そのあと洋太郎はぶくぶくと泡吹いて倒れちまって、慌てて何人かで囲んで仮眠室ば連れてってやった。
でも、他の漁師どもはそんなに驚いちゃいなかったかもしれんねぇ。なんせここの海岸ってのは、妙な海流のせいで世界中のどざえもんが集まるなんて言われとるところじゃ。他の漁船の網に死体が引っかかってたなんてのもちょくちょく聞くし――わしら第八優福丸が出会ったんは、こいつが最初で最後じゃったけど。
じゃけど、その網には他になんにも掛かっとらんかった。なのに引き揚げ機の音が随分重かった気ばしたけど、そん時は死体んことで頭がいっぱいだったでのう……今思えば、あれは……あ、ああ? 続き? そうじゃの、全部話すと言ったからのう。
その仏さんは、綺麗な顔したまだ若い男じゃった。髪も黒くて肌も日焼けしとったから日本人かと思ったんじゃが、若い頃外国さ行って勉強しとった東四郎が、「こいつぁ外国人じゃ」と呟いとったもんで、わしらもそういうもんかと頷いた。
「多分ラテンの方じゃ。イタリヤか、ギリシヤか、スペイン人かもしれんのう」
とりあえず仏さんば船さ引き上げてやって、まん丸く開いた目ば閉じてやろうとしたんじゃが、なかなか上手く行かんかった。
「けど、水で死んだ割にゃ綺麗な仏さんじゃの」
「日本ば来て泳いどったら溺れちまったんかねぇ……南無、南無」
みんなで手さ合わせて、港さ着いたら警察に連絡しようと思っとった。――そん時じゃ。
「しかし、随分面白い首飾りば着けとるねぇ」
そんなこと言いながら仏さんの首元さ手ぇ伸ばしたんは、悪戯もんの晋八じゃった。
「阿呆、仏さんの持ちもんさ手ぇつけんじゃねぇ!」
「盗らねぇよ!? ちょっと見るだけさ」
んなこと言って晋八が、なんかデカくて白くて綺麗な首飾りさ手ぇ伸ばして……ああ、あんこと思い出したら、今でもゾクゾク背筋が寒くなるでよ。
ちょっとそこの瓶取ってくれんか。……なぁに、ただの酒じゃよ。酒でも呑んどらんかったら、思い出して正気じゃおられんのじゃ。
そう……晋八が首飾りば持った時、仏さんの目がさらにカァッ! と見開いたんじゃ。
ありゃ、お寺さんの仁王像みたいな顔じゃった。いや……それよりももっと、恐ろしいもんじゃった。
びちゃん、びちゃん、びちゃん、って音がして、なんじゃと思ったら仏さんの足が動いとって、しかもヒレみたいになっとって、甲板ば叩いとって――びっちゃぁん、と海に飛び込んだんじゃ。
首飾りは糸が切れて、晋八の手ん中さ残っとった。
酔っ払っとらん。俺は酔っ払っておらんかった。酔ってた奴もおったが、船長が呑んじゃいかんからの。
今は……呑まなきゃやってられん。なぁに、ちゃんと船は動かせとる。もう少しじゃ。
――けど、それから何も起きんかったら、あのことは夢だと俺も、みんなも思えたじゃろうに。
誰もなぁんも言わんで帰って、まだうわごと言っとった洋太郎を病院ば運んで、酒ば浴びるみたいに呑んで寝て、じゃけどうとうとしたと思ったらあの目ば思い出して起きて……朝起きたら、洋太郎と晋八が死んどった。
洋太郎はあの後ガタガタ震えながら、なんぞわけのわからんことを叫び続けて、明け方力尽きたみたいに息引き取ったと聞いた。
晋八は……死んだと言ったが、本当は見つかっとらん。けど、この船の甲板に、遺書と晋八の靴が置いてあった。
『海の神様が呼んでいる。首飾りが案内してくれる』
警察はわけがわからんから、狂って自殺したんじゃろって言っとる。
けど、第八優福丸に乗っとったみんな、おかしいって思っとった。
――甲板にあったんは、遺書と靴だけじゃねぇ。
あの首飾りも、ちょこん、って置いてあったんじゃ。
人死には、それで終わりじゃなかったんじゃ。
洋平は、洋太郎が死んで一回りも二回りも小さくなっとったが、家で酒ば呑みすぎて死んだ。
……ってことになっとる。けど、洋平の胃ん中さ入っとったんは、酒じゃのうて海水だったそうじゃ。
東四郎も死んだ。あいつは他の船の奴さこの話して、笑われたんに怒って喧嘩したらしい――東四郎も相手も、2人とも死んじまった。
そして、どっちん時も、死体のそばには首飾りがあったんじゃ。誰も、動かしとらんのに。
その話ば聞いた俺は、首飾りば海さ投げ込んだ。――どうなったか?
ほれ。ここにある。
投げ込んで、これで助かったと思って機関室さ戻ったら、ちょこんってこいつが置いてあったんじゃ。
――綺麗じゃろ。あの外国人の仏さんに、よう似とる。
けど、これがわしのとこにあるってことは、もう駄目じゃ。、
海の神様が、呼んどるんじゃ。
……お前さん達4人ば連れてきたんは……お前さん達のことも神様が呼んでおるからじゃ。
ほぉら、ここじゃ。潮がぐるんぐるんと渦巻いて、これできっと海の神様んとこさ行ける。
ん? 一緒に死ぬ気はないから舵を貸せ? いかんいかん、ここまでこの首飾りに関わったからにゃ、ここで帰っても無駄死にするだけじゃ。
この渦の下には、絶対神様が棲んどる。そこに辿り着ける。
それに、第八優福丸も連れてっちゃろうと思ってな、ボイラーに仕掛けが――ああ、動いたようじゃ。
(直後、爆発音と共に第八優福丸との無線が切断。第八優福丸は消息を絶つ)
(船長である井尾平蔵の死体は、海岸に打ち上げられているところを発見された。しかし、無線によって判明した4名の同行者については、未だ行方はわかっていない――)
○ライターよりご案内○
CMFキャラクターの皆様、冷たく深く昏い海へようこそ!
神話生物の皆様、ここは皆様のフィールドです。ご存分にご活動くださいませ。
CMFキャラクターの皆様は、普通の人間であれば明らかに窒息し、気絶するであろう長く速い海流に引きずられ、ある建造物の中で目を覚ますことになります。それはどこか神聖で、それでいておどろおどろしく、美しく醜いまるで神殿のような場所です。入口は固く閉ざされており、外には出られないように思われます。
CMFキャラクターの皆様が「私はこのような能力やこんなこともあろうかとと持ってきたアイテムで水中でも呼吸が!」とおっしゃったり、神話生物の皆様がサポートすることで、意識を保ったまま建造物に辿り着くこともできるかもしれません。それが、幸せかどうかはわかりませんが……。
なお、首飾りにつきましては、CMFキャラクターの皆様の元にございます。
どのように扱って頂いても構いませんが、それがどうなるか……お楽しみくださいませ。
この建造物で何が起きるかは、皆様の行動次第です。もちろん建造物は神話生物の巣窟となっており、人智では理解できぬ行動をする者達や、危険な存在で溢れています。
何が待ち受け、結末がどうなるのか――それは、この物語に関わる全ての存在によって決まります。
それでは、どうか楽しく恐ろしく快く気持ち悪い物語に致しましょう!