それゆけ、オーストラリア探検隊!

■クエストシナリオ


担当:姫野里美

対応レベル:

難易度:

成功報酬:-

参加人数:17人

サポート参加人数:-人

冒険期間:2007年10月01日
 〜2007年10月31日


エリア:オーストラリア

リプレイ公開日:11月05日05:51

●リプレイ本文

●風よ、吹け
 アリスの外側では、激戦が続いていた。
「ああもう。何てこずってんのよ! あんたらより何倍も小さいのにっ」
 木製とは言え、中々落とす事の出来ない外壁に、苛立ちを隠せない様子で、ヒノミが叫ぶ。その苛立ちに呼応するように、激しく足踏みするティラノ。おかげで、地響きがアリスを襲っていた。相当混乱しているように見えるのは、間違いではあるまい。
「船に向かった連中が戻ったら一気に逆転、といきたい所だ‥‥それまでは何が何でも守りきらなきゃあ、な」
 自分のやった事が、彼女の動揺を誘い出しているようだ。長期戦に持ち込んだ張本人に、イグニスがダークを差し出した。
「そう思ってるなら、こいつを打ち込め。すでに結界は発動させてある」
「大丈夫なのか?」
 怪訝そうに言うJJに、イグニスは頷く。
「駄目で元々。岩舟が来る前に、何とかして弱体化させないとな」
 だから、自分よりも射撃の得意な者に頼ろうと言うわけだ。もっとも、セラは自身の武器で弾幕を張るのに忙しい。だから、彼に白羽の矢が立った様だ。
「わかった。やってみるさ」
 こくんと頷いて、それを受け取るJJ。
「どうしても狙いが固定できん。やっぱり無理か‥‥」
 その間に、イグニスはオフシフトで攻撃を回避しつつ、COを四重合成しようとしていたが、どうやっても二つが限度だ。
「どっちか片方にしとけ。この状況だと、ソニックブームで的確に当てた方がいいぜ」
「わかった。例のあわせ技は、秘密の必殺技ってところだな!」
 JJにそう言われ、彼はポイントアタックで、急所を狙う。
「く‥‥! 捕まってたまるか!」
 そのJJ、何とかダークを投げつけようとするが、範囲内に近づくのは、中々難しそうだ。
「うわっ! しまった!」
 しかも、走っている間に、上空から空竜が降りてくる。イグニスは他の面々の相手をしていて、間に合わない。
「く‥‥っ!」
 振り上げられる爪。だが、その刹那だった。
「‥‥よう。大丈夫か?」
 吹き飛ばされる空竜。
「ルカ! 無事だったのか!」
 見上げれば、怪我の痕跡なんぞ欠片も残していない相棒の姿。
「それがあんたの大事な相棒くん? やっぱり生きてるじゃん」
「当たり前だ。絶対に‥‥生きて帰る。アイツとそう約束したんだ。だからこんなトコロで、あんなヤツ等にやられる訳にはいかないんだよ‥‥!」
 ヒノミに言われ、笑みを消した姿で、ブレーメンソードを携えるルカ。だが、ヒノミはそんな彼とJJのセットを見て、ぽふんっと手を叩いた。
「あー、いい事考えた。2人とも殺しちゃえば、あたしの思い通りに出来るじゃないっ。うん、それで決定☆」
 明るく言ったものの、繰り出されたのは、尻尾の強烈な一撃。
「当たるかよッ」
 普通の人間なら、軽く当たってしまいそうな速度だったが、ルカはそれを軽々と避けて見せた。そして、ジャンプした勢いを利用し、その尾に、ブレーメンソードの一撃を振り下ろす。
「ちっ。避けるのは大丈夫だが、この一撃だと、カウンターアタックは使えないな‥‥」
 それでも、削れるのはわずかだ。そして、攻撃力を考えると、命中に難のあるスマッシュをカバーするだけの受け止める術はない。
「そろそろ決着をつけてしまいたいところだな。長い因縁にも‥‥」
 ルカと同じように戻ってきた恭也、暴れているティラノを見て、そう呟く。
「‥‥しかし、黒服のヤツ――ビロードっていったっけか、アイツが言ってたことがどうにも気になるな」
「どう言う事だ?」
 ルカに言われ、怪訝そうに首をかしげる彼。そんな恭也に、彼は見てきた事情を話した。
「なるほど、話を聞くと、フィアットの奴も所詮は操り人形か‥‥」
「確か“操り人形”がどうのって‥‥。‥‥クロウを倒せばヒノミの嬢ちゃんの洗脳も解ける、か?」
 納得する恭也。しかし、その弁にルカは首を横に振る。
「けど、通常の操り方とも違うみたいだから、その辺は期待しない方がいいか‥‥」
 開放した後、何らかの浄化手段が必要だろう。あのクロウとビロードが、ボスクラスの奴に、簡単に解けるような呪いをかけているわけがない‥‥と。
「‥‥そういえば顔だしてるのは一人だけ、か。今回で決着をつけてしまいたいところだが‥‥姿が見えないとなるとなんともだな‥‥」
 おまけに、その張本人達は、前線はヒノミと空竜ご一行様にお任せして、影すら見えない。その光景を見たイグニス、はたと気付く。
「意識を上空に集中させておいて、その隙に地上戦力を送り込んでくる、という可能性もあるかもな」
「裏で糸を引いている奴がいる‥‥という事だな」
 頷くルカ。どこかに隠れているのか、何かを待っているのか分からないが。
「いずれにしろ、あいつらを叩き潰さなければ、始まらない‥‥」
 黒幕をひっぱり出すにしても、前衛で大暴れ中のティラノが潰されない限り、姿を見せる事は無いだろう。だが、それでもルカは、注意深く周囲を見回した。
「もし、もしヒノミを操るのに条件が必要だとするなら、その“サイン”は戦いの中で必ず出てくるはずだ。いくらデビルって言ったって、範囲は限られてる‥‥」
「イグニスの弁が正しいなら、相手は地上近くに潜んでいるはず‥‥。そして、ルカが見付かったのは‥‥えぇい、邪魔するなっ!」
 その話を伝え聞いたレオーネも、同じように監視するべく、空へと舞い上がった。人影を見逃さないよう、ウィバーンにも指示し、地上に目を凝らす。しかし、それでもデビル達は中々姿を見せない。
「逆に考えよう。俺が敵だったら、囮を使う時どうする?」
「そうだ。背後に回りこむ。バックアタックは、戦でも戦闘でも基本!」
 イグニスの台詞に、レオーネははたと気付いた。そして、持っていたデビルを感知するマジックアイテムに、魔力を込める。
「石の蝶よ。悪しき存在を、我が前に示せ!」
 ゆっくりと羽ばたき始める蝶。その羽ばたきは次第に激しくなる。すぐ近くに潜んでいるようだ。
「‥‥そこだぁぁぁっ!」
 潜んだモノを見つけ出すのは、追跡人の領分。見つけた暗闇に、闇を照らすダークの刃が延びる。
「あー、見付かっちまったっすね、けど、たった一騎では、役不足っすよ!」
 現れたのは、クロウ。カラスのように抜け目ない男。
「クロウ‥‥! てめぇっ!」
 それに踊らされたルカ、ここが正念場とばかり、ブレーメンソードを振りかざす。しかし、その周囲には、ディノニクスを母体にした空竜が、護衛とばかりに立ちふさがった。
「くっ。これじゃあ、手出しが出来ない‥‥!」
 上空には、素早いラプトル。近づこうにも近づけない。
「レオーネ! これを使えっ!」
 と、その時だった。イディアの声がして、ばらばらとアリスの資材がぶっ飛んでくる。太いものでは、人の腕ほどもある丸太も含まれている。
「飛ばしてきたっすね。けど、その量じゃね!」
 それでも、イディア1人では、飛ばせる量は限られている。馬鹿にしたようにあっかんべーと舌を出すクロウに、彼女はこう言ってのけた。
「弾幕って言葉を知ってるか?」
「何‥‥」
 そう言えば、資材の嵐に紛れて、ルカの姿が消えている。
「こっちだ‥‥!」
 そう声がして、ブレーメンソード付きの彼が頭上から降ってきた。
「‥‥離せよっ」
「うるせぇ! 寄生虫のしつこさってのを見せてやる‥‥いいか、運命ってのはなァ、勇気ある者に味方するんだよ!」
 取り付いた彼を振り払おうとするが、ルカは決して引かない。と、その時だった。
「そこまでだ。観念するんだな」
 ごごごごご‥‥と、アリスの真上に姿を見せるのは‥‥岩船。
「‥‥‥‥ずいぶんとお早いお付で」
「あれにぶち抜かれたくなければ、さっさと戻る事だな」
 その先頭には、槍弓が納まっている。だが、クロウはそれでも、笑みさえ浮かべていた。
「‥‥‥‥甘く見ない方がいいっすよ」
 そう言って、きしゃあと雄たけびが響く。その場所は、アリスの月道方面だ。
「まさか‥‥」
「‥‥切り札は、最後の最後まで取っておくものって、知ってるっすか?」
 まだ、分はこちらにある。そう言いたげなクロウ。ルカを振り払うのをやめ、取り付かせたまま、ディノニクスに飛び乗っていた。
「ミーファ、ここは任せた。私達は、表に戻るぞ」
 岩舟の‥‥空飛ぶ幻を生み出していたミーちゃんに、牽制を頼むイディア。と、彼女はキャロと共に、「わかったのら! 任せるのら!」と、その維持に努める。
「あいつら、囮部隊と合流する気だ」
「ちょうど良い。どうせみんなそこに集まる。もう少しだ!」
 イグニスの台詞に、JJがそう答えて後を追う。本物の岩舟が戻るまで、対応するのは、一箇所に集まった方が都合が良いから‥‥と。
 風は、こちらに吹き始めたようだった。

●火竜王、覚醒
 ヒノミは、とうとうティラノに魔法を使わせ始めていた。ただ、元々ただの恐竜だった存在に、無理やり載せているせいか、一発一発はたいした事はない。それでも、下手をしたら、アリス自体が炎上しかねない状況に、冒険者達は頭を抱えていた。
「やっぱり、あのファイヤーボールがうっとおしいな‥‥」
「ミカエルが見たら憤死するぞ。あいつ、精霊をデビルに弄ばれる事、相当キてたからな」
 恭也とルカがそう言い合う。今、岩船に向かっている炎熱の女帝殿は、あたしの大事な炎精霊をーーーと、かなりお怒りモードだった。
「飛び道具には飛び道具と言いたいところだが、俺達のパワーじゃ限度がある‥‥」
 何とかして、動きだけでも止めないと‥‥と、周囲を見回す恭也。と、JJはすっと前に出て、こう言った。
「なぁ、火竜の中の精霊さんよ‥‥いいように使われるだけじゃ、悔しいだろ?」
「何を、言って‥‥」
 怪訝そうなキャシー。だがJJは、顔を上げ、ティラノを見据えたままだ。
「一矢報いたくないか? ティラノを弱体化させるだけでもいい。名前が要るんなら今、付けてやる」
 いや、彼はティラノを見ているわけではなかった。その体に宿る、真紅の宝玉。そう、体内に囚われているはずの、火の精霊に語りかけているのだ。
「百万の情熱、“ミリオンフレイム”ってのでどうだ?」
 かぱり、と開いた口に宿る火精の輝きが増す。
「さあ‥‥起きろ!!」
 それでもなお臆さず、JJはそう叫ぶ。
『悪くない、名だ』
 聞こえたのは、まるで無骨な戦士のような声。その瞬間、ティラノの動きがぴたりと止まる。
「ちょっとぉ、そんなのに惑わされないでよね!」
 ヒノミがまるで動かない馬を鼓舞するかのように、腹を蹴り飛ばすが、まったく動かない。そんなティラノに、イグニスがこう言った。
「いい加減疲れたろ、竜の王。今楽にしてやる‥‥!」
 黙れとばかりに牙を剥くティラノ。それを、オフシフトで避けたイグニスは、両腕の刃を、その身で明滅する宝珠めがけて、振り下ろした‥‥。
「きしゃああああ!!」
 雄たけびと共に、転がり落ちる、宝珠。
「オノレ‥‥。ヨクモアタシノカラダヲ‥‥。コウナッタラ、ナニモカモフミツブシテヤル‥‥」
 響くのは、おそらくヒノミが残して行った残留思念のようなもの。だが、そう言っている割には、ティラノは、目の前の敵に、手当たり次第に襲い掛かるだけ。まるで、痛みにもだえるかのように。
「どうする? 絶賛発狂中って感じだが」
「ここが正念場だ。暴れているだけなら、何とか出来るだろ。ライダー達にも手伝ってもらって、邪魔してやろうぜ!」
 ただ暴れているだけなら、いくらでも対処できる。そう思ったルカの台詞に、周囲が「おう!」と勢い良く答えたのは、言うまでもない。

●暁から昇る希望
 その頃、岩船の上部では。
「えーーん、数が多いです〜」
 ウォーターボムで、空竜を相手にしているハイド。中々その攻勢を退ける事が出来ず、ちょっと涙目になっている彼の横で、刀を振り下ろしていたさくらがこう言う。
「諦めないで下さい。きっと、たどり着けますから」
 そんな戦う彼女の姿を見て、ハイドくんも「は、はいっ。頑張りますっ」と、ミストフィールドを弾幕代わりに張り巡らせた。
 と、その刹那である。
「動いた!?」
 足元が、ごごごご‥‥と、地響きを立てるようにして動き始める。気付けば、岩船はゆっくりと浮上していた。
「もう少し‥‥だったら、邪魔のは吹き飛ばしてしまいましょう!」
 そう言って、彼女は刀の代わりに魔法を唱える。その風は暴風となり、周囲の空竜達を吹き飛ばしていた。
「すごい‥‥。さすがはさくらさんです‥‥」
「ありがとうございます」
 照れたように軽く会釈をするさくら。だが、その時だった。
「あぶなっ!」
 残っていた空竜が、さくらへと襲い掛かる。
「え‥‥!」
 刹那、盾となったのはハイドの方。
「は、ハイド様っ!」
 崩れ落ちる彼を抱きしめるさくら。
「きしゃああ!」
 空竜は、してやったりと言った態度で、その爪を血に染めている。
「何するんですかっ! よくもハイド様にっ!」
 そんな空竜を、一刀のもとに切り伏せるさくら。
「大丈夫か? さくら、ハイド!」
 起動を終えた刀也が、援護をするべく甲板に上がってくる。ゼルスも同じだ。
「怪我はありませんか?」
「私は大丈夫ですけど、ハイドさんが‥‥! しっかりしてください」
 若干パニくっているさくら。その腕の中で、血にまみれている少年を見て、2人は事情を悟る。
「だ、大丈夫です‥‥よ。た、たぶん‥‥」
 真っ青な顔をして、にこりと笑ってみせるハイド。しかし、それを癒す白魔法使いの少年は、岩舟の中だ。
「く‥‥。キリルは制御で手一杯だ‥‥。急いでくれ!」
 アリスまでたどり着けば、回復をしてくれる者もいるだろう。刀也が黒曜石に懇願すると、吹き付ける風が増した。
 そして。
「見えてきた!」
 しばらくして、遠くに見える見慣れた村の姿。その周囲は、まるで結界を張っているかのように、淡く銀色に‥‥ちょうどホーリーフィールドの魔法を発動しているかのように包まれていた。
「ハイド様のこと、お願いします」
 だが、その結果いの外側には、空竜と‥‥ティラノの姿。それを見たさくら、ハイドを預け、すっくと立つ。
「さくら‥‥」
「だって、空竜さん達は、魔法で追い払うだけでは駄目ですもの」
 ぎゅっと唇をかみ締め、その思いの乗せられた斬鉄を握り締める。
「さぁ来なさい。私の大切な方に、手出しはさせません!」
 挑発するように、その刃を突き刺すような型を取るさくら。空竜は、機動力は高くとも、それほど知能は高くないらしく、すぐに向かってきた。
「ちょっとぉ! 一撃必殺砲みたいなのは、まだ見付からないのぉ?」
「そんなに都合よくはいきませんよ。使えるものは、可能な限り使って結構ですから!」
 白輝の希望前では、魔力を調整しながら、ゼルスがそう叫んでいる。それを聞いたミカエル、とりあえず、アリスへの空襲を妨害できれば良いとばかりに、魔法を施す。
「と、とりあえず。フレイムエリベイションくらいはかけておかなくちゃ‥‥」
 が、宝珠にかけてもあまり意味はなさそうなので、その対象は、自分自身だ。
「えぇいっ。俺の黒曜石に手を出すなーー!」
 その間、十手をガードにしつつ、剣でスマッシュEXを叩き込む刀也。思わずそんな事を言ってしまい、当の黒曜石に「誰がお前のだ。勝手な事を言うな」と窘められている。
「大物が出てきましたよ」
 そうして‥‥それぞれの手段で、空竜達を退けていると、やがて現れたのは、宙に浮かぶティラノザウルス。
「あいつはどうやっても、牽制がやっとだろうな‥‥」
 ため息と共に、そう呟くゼファー。見ると、足元の方では、無事だったらしいルカが、クロウを追いかけて、その行動を邪魔している。だが、ダメージを与えるには至っていない。
「試してみたいことがあるんですが、よろしいですか?」
「構わん。何とかして、不利を誘い込め!」
 その様子を見たゼルス、意を決したように、ゼファーへと尋ねる。と、彼女はそう言って矢を放ち、注意をこちらへと向けた。
「黎明の黄玉よ。空に流れる風よ。我が魔力を受け継ぎて、その力を示したまえ!」
 それと同時に、ゼルスは持っていたロッドへと、魔力を注ぎ込む‥‥。
「く‥‥。ものすごいパワーですね‥‥」
 増幅したそれは、まるで見えないプレッシャーのように、ゼルスの体へと圧力をかけてくる。ぞの魔圧とも言うべき力は、ゆらりと人の姿へ凝り、良く知った精霊の姿へと変わって行った。
『盟友よ。今こそ我が力、貸し与える刻』
 黎明の黄玉は、そう言って、まるで大砲を撃つかのように、右腕を空中のティラノへと向けた。
「共に道を切り開かん‥‥!」
 そう言って、ゼルスが己が得意とする風の呪を唱える。刹那、心に浮かんだ名を、彼は口に載せる。
「食らいなさい! 名は‥‥ボォルトフロムザブルー!」
 
 どごぉぉぉぉぉぉん!!!

 空と大地の力が合わさる時、轟音と共に、空竜達が吹き飛ばされる。生まれるは天地をつなぐ、風と大地の色をした、二重螺旋の巨大な竜巻。それは、ティラノを巻き込み、地面へと叩き落していた。
「ちっ、どうせ偽モンでしょ! いい加減にしなさいよね!」
 魔力を込めるヒノミ。と、ティラノが再び起動する。だが、そこに赤い炎の力は宿らない‥‥。
「残念だが、アレは本物だ」
 そんな彼女に、そう言う恭也。見れば、幻ではない証に、ミカエル達岩舟チームが乗っている。
 だが。
「後方に、敵接近! これは‥‥」
 サーチ役になっていたらしいゼファーが、警告を発した。見れば、地面に落ちたはずのティラノが、黒い瘴気に覆われて行く。
「奴か‥‥。キリル、岩船を空中待機させる事は可能か?」
「は、はいたぶん‥‥」
 刀也の問いに、頷く彼。
「このまま船を固定。ハイド殿の手当てを。その間に、奴らを殲滅する!」
「わかりました!」
 それを聞いて、力強く宣言するゼファー。残る黒き闇を、この地から払う刻が、迫っていた‥‥。

●闇を打ち砕け!
 駆けつけた岩船。その船上では、怪我をしたハイドに、キリルがリカバーを施していた。
「これで、大丈夫です」
「すみません」
 何度も謝るハイド。そんなマーメイドの少年に、ゼルスが水精霊の宝珠を渡しながら、こう続けた。
「さくらさんが心配しますから、後ろから援護をお願いしますね。水精様も一緒ですし、充分届くと思いますよ」
「はいっ」
 そうアドバイスを受けたハイドは、そのさくらを援護する為に、ウォーターボムを放っている。彼自身は初級レベルしか使えないようだが、その精霊宝珠のおかげで、専門レベルまで、威力が上がっていた。
「なかなかやりますね‥‥」
 それでもなお、涼しい顔をして。姿を見せるは、空竜ディノニクスを率いた黒幕‥‥ブロード。
「現れたな‥‥」
 因縁の浅からぬ‥‥。いや、むしろ生贄になりかけた刀也が、装備していた武器を投げ捨て、代わりに取り出しやすくしたジャイアントソードへと換装する。
「私も格闘に切り替えた方が良さそうだな」
 そう言って、停泊した船から下りるゼファー。そして、自らにフレイムエリベイションを唱える。
「動きを鈍らせないとっ!」
 そのゼファーから、梓弓を借りていたキリル、そう言って矢を放つ。
「相手が奴なら、弓を使う必要はないか。キリル、乗っている空竜を狙え!」
「はいっ」
 将を射んとすれば、まず駒を。ジャパンかどこかの諺だったような気がするが、正確には覚えていない。それでも、その意図するべき事は分かる。言われたキリル、その矢先を、空竜の翼へと向けた。
「おっと。その程度では、ねぇ?」
 だが、ブロードは、そう言って軽く合図をして見せた。その瞬間、空竜達はまるで彼らを包囲するように、波状に並んでみせる。
「まぁいい。ラブコールは謹んでお受けしようか」
 フィアットが、まるで空竜を兵士のように扱う。暗黒騎士につもりなのだろうか。さっと手を振り下ろすと、空竜達はいっせいに船へと襲い掛かる。
「悪いね、こっちも引けないんだよ! どうしてもさ!!」
 両手持ちのジャイアントソードを、豪快に振り下ろす刀也。その圧倒的な破壊力は、刀也の技量ともあいまって、決して安くないダメージをたたき出す。
「ほほぅ。これは少し本気を出さねばならない‥‥か!」
 空竜の1匹が、あっと言う間に切り殺された。地面へと落ちて行く彼を見て、フィアットは2〜3匹同時に襲い掛からせる。
「刀也殿、援護する!」
 その包囲網を破らんと、ゼファーが矢を番えた。
「お嬢様は、後ろに控えているものですが‥‥そうも行かないようですね」
 が、そこにはブロードが、やはり手勢を連れて立ちはだかる。
「そんなものは予想済みさ!」
 しかし、囲まれたと思いきや、外側から不意打ち気味に、刀也のヨーヨーが炸裂する。ブランと銀貨で出来た即席の品だが、威力だけは負けないらしく、空竜に命中する。
「ふん。こんなものは飾りさ。本命は‥‥こっち!」
 フィアットが、ぱちりと指を鳴らした。と、同時に、外側で他の面々と格闘していたティラノが、空竜達と合流する。
「させるかよっ!」
 だが、その行く手を阻んだ者がいた。そう‥‥ルカである。
「‥‥っ」
 受けた傷は三倍返しと言わんばかりに、彼の手からブレーメンソードが振り下ろされる。達人級の剣技を持って振り下ろされたそれは、クロウに文句を言わせない。永遠に。
「今だ!」
 その隙を付いて、キリルが一発しかないブランの矢を、シューティングPAの技で持って、ティラノの目へと狙い撃つ。
「どうやら、間に合ったみたいだな。今のうちだ。こいつを使え!」
 JJが、その隙に、吹き飛ばされていた魔法の槍‥‥ヴェノマスを投げた。
「オーラパワーセット!」
 受け取ったキャシーが、オーラの力をその刀身に宿らせる。それを渡されたファンは、シューティングPAの要領で、狙いを定める。
「羽さえ砕けば、ただのティラノ‥‥。仲間が何とかしてくれる‥‥!」
 その、大きな翼を。空中にとどめている楔を‥‥撃ち砕かんと。
「きしゃあああああ!!」
 ティラノが、そう叫んで突っ込んでくる。それはちょうど、槍弓の真正面。
「貫けぇぇぇぇぇぇ!!!」
 引き絞った槍は、ちょうど羽の根元に炸裂する。そう、ヒノミが座す背中の中央部だ。
「きゃああああっ!」
 羽根を奪われたティラノから、振り下ろされるヒノミ。そのまま、森の方へと転がり落ちて行く‥‥。
「く‥‥」
 不利を悟ったのか、悔しげにそう言って、撤収しようとするフィアット。だが、その後ろにはブロード。
「これは、考え直さねば‥‥。フィアット、貴様には盾になってもらう」
「まさか‥‥」
 対峙していた刀也が気付いた時には、もう遅かった。ブロードが、その背中に、宝珠のような物を押し付ける。
「ふ、ふはははは‥‥!」
「ちっ。スイッチを押されてんじゃないっ!」
 刀也、目を覚まさせるように、ジャイアントソードを振り下ろすが、それは狂気に満ちたフィアット自身の手によって阻まれてしまう。
「倒すしか‥‥なさそうですね‥‥」
「‥‥わかってる」
 キリルが、哀しげにそう言うと、刀也は迷いを振り切るように、呟いて、ぎゅっとソードを握り締めた。
「これでいい」
 一方、ブロードの姿が消える。そのかすかな羽音に、ゼファーは気付いたように叫ぶ。
「逃がすか!」
「ぐぅっ」
 その手から、刃が飛んだ。それは、蝿になって逃げようとしたらしきブロードを、地に落ちたティラノの背へと縫いつける。
「ビロードさん。貴方達は間違っています」
 そこへさくらが、今まで誰も面と向かって宣言しなかった事を言い出した。
「野生の肉食恐竜は、どれだけ凶暴でどれだけ恐ろしく、他の者を食らうとあっても、それは自然の中の営み。そこに悪意があるわけではありません」
 虎や狼、熊やライオン。数多くの野生動物達と同じ。ただ、命をつなぐ為に。それは、自分達人間と変わらない、生活の為の手段。
「操られた人や、羽の恐竜も同じ、それ自身が悪意を持って害をなしているわけではありません。
けれど、あなたは違います。明確な、自身の悪意で行動するモノ」
 しかし、ブロード達デビルは、そうではない。だから。
「ならば、私も手加減はしません。ただ切り伏せるのみ。そう、遠く京の地を離れようとも、新撰組のその想いは傍らに」
 斬鉄が、輝きを増した。思いを受け継ぐその刃は、愛する者への思いを、込められた魔力へ変える。
「すなわち――――『悪』『即』『斬』!!」
 振り下ろされる刃。それは、フィアット自身の身へ受け止められてしまう。
「はははは! その強い思い、もっとぶつけて来い。心地良い感情ぞ!」
 狂気の力は、痛みすら変えてしまうものなのだろう。そう思った刀也は、静かに前へと出ていた。
「とうとうたがが外れたみたいだな。なら、せめて俺の手で引導を渡してやる」
「刀也さん‥‥」
 キリルが、その横顔を伺うが、影に隠れた表情は見えない。いや、見せたくないのかもしれない。
「これで‥‥終わりだ!!」
 纏った闇の鎧ごと、切り裂くように。バーストアタックとスマッシュを合わせた刃は、それでもなお、笑い続けるフィアットを、鎧ごと切り裂いていた。
「このぉ! 待てっ!」
 ブロードは、ゼファーの放つシャスティフォルから逃げようとしている。と、そこへミカエルが船を動かしていた。
「逃がさないわよ! 総員、対衝撃準備!」
 魔力が、膨れ上がる。それは、黒曜石の姫が預かる対デビル用の結界。
「対魔法フィールド展開。離力、フルチャージ!」
「こ、こんなところで‥‥っ」
 その圧倒的な質量と範囲に、さすがのブロードも、それまでのクールな表情を一変させて、慌てふためく。しかし、ミカエルの手は揺るがない。
「これより、突撃を敢行! いっけぇー!」
「うわぁぁぁ‥‥‥‥‥‥様‥‥ッ‥‥」
 逃げる間もなく、船によって潰されるデビル。最後に呟いたのはきっと、魔界かどこかの上級種だったのだろう‥‥。

●これから、どうする?
 そして、一夜が明けた。
「何とか、方がついたな‥‥」
 散らかった資材を回収するだけで一晩かかった。だが、空竜達の死骸はそのままになっている。それを見て、深くため息をくつファン。
「後片付けは、結構大変だけどな。結局、ヒノミの嬢ちゃんは行方不明だし‥‥」
 JJが周囲を見回してそう言った。邪魔にならないようにどけるか埋めるかするだけでも、結構大変だ。
「その辺でひっくり返ってそうな気配だけどねぇ‥‥」
 セラが、壮絶な現場を見回してそう言う。殺しても死にそうにない性格から、そんな事場が出てくるのだろう。
「でもすごいですね。水脈図を見つけちゃうなんて」
 そのセラと同じくうみチームだったさくら、アクアシップから見つけ出した地図の写しを見て、そう言う。
「これとそこのフロートシップがあれば、新しい冒険にも、対応できるんじゃないかしら」
 レディさんが、そう言って元・岩船‥‥いや、フロートシップと呼んであげよう‥‥を指し示す。
「え。どう言うことです?」
「こう言う事さ」
 怪訝そうに首をかしげるさくらに、恭也が本国から送られたと言う紋章つきの羊皮紙を見せた。イディアが、翻訳した物を添える。
「これは‥‥ギルドの開設申請?」
「ああ。王宮に、月道をもう少し通りやすく出来ないか、かけあってみるんだ。返事は来月だと思うが、フォトドミールの再興だって、まだこれからだろ?」
 正直、ここにいる面々だけでは足りないだろう。アリスと言うしっかりした拠点がある以上、他の冒険者も、そして商人や土木関係者も呼べる。そうすれば、すぐにフォトドミールも作り直せるはずだと。そう彼は計画を話した。
「やっぱり、問題は山積みなんですね」
 はぁっとため息をつくゼルス。
「もっとも、今度は希望に満ちた問題だけどな」
 刀也がそう言った。船は二台。補給場所もある。そうすれば、もっと遠くまで足を延ばせるだろう。今積み上がっているのは、その遠出が前提だから。
「さぁっ。敵もいなくなった事だし、晴れて交流大宴会よっ!」
「おーーー!」
 ミカエルが、補給された食料を手に、そう宣言する。こうして、本国でも収穫祭が行われる頃、オーストラリアでは勝利の宴が催されるのだった。