二つの理想

■クエストシナリオ


担当:みそか

対応レベル:

難易度:

成功報酬:-

参加人数:31人

サポート参加人数:-人

冒険期間:2007年04月01日
 〜2007年04月31日


エリア:イスパニア王国

リプレイ公開日:04月26日23:34

●リプレイ本文


<???>
「この状況にいたって、お前の率直な意見を聞こう」
「異分子の洞察眼は優れたものがあります。切られるはずであった会戦の火蓋はずれこみ、少しばかり強引な手に出なければならなくなりました」
 少し汚れが目立つコップを傾け、音もなく灰色の液体を喉に通す男。先ほど放った部下は実力のままに動くだろうが、それでもあるいは不足が出るかもしれない。
「失敗は許されないぞ」
「なに、御心配なく。すべては予定通りです。全ては最初から繋がっているんです。彼らが少しくらい賢明だとはいっても、運命には逆らえない。あとは、お任せしましたよ」
 手を軽く振りながら、草原に足を踏み出す男。彼の視界の先では、今にも戦いの火蓋が切って落とされようとしていた。


<デヴァーレ・陣地>
「結局手掛かりも得られないまま待ちに徹するなんて性に合わないんだけどねぇ‥‥あちらさんの出方を見る為にもちょいと引いてみるのも手じゃない?」
 溜息混じりの前置きをしてから団員達に提案するジョセフィーヌ・マッケンジー(ea1753)。彼女にとってみればここで一戦を交えることもなくこの場から退くことなど本意ではないが、敵の誘いだとわかっているのにみすみすそれに乗るほど猪武者になった覚えなどない。
「敵の動き、現在の状況、そしてこの敵の存在‥‥それが妥当でしょうねぇ。僕達はあの魔術師と戦いに来たのであって、なにもカスティリア王国の警備隊と戦いたいわけじゃない。相手の目的が見えないのなら、ここは一歩引くことが妥当でしょう」
 同じく溜息混じりのヲーク・シン(ea5984)。情報収集に次ぐ情報収集なんていうのは彼の趣味ではないが、護る女もなしに相手にするには今回の話は大きすぎる。
 冒険者達の意見を受け、撤退の準備を手際よく始めるデヴァーレ。こちらの様子をうかがうように尚も展開する敵の面々も状況を整理しているのか積極的な動きを見せようとはしない。
「異議はないな。相手は挑発しているつもりなんだろうが、こちらもプロだ。リスクは限りなく少なくしよう。ホセ。
 腕組みをしたまま動かない、団長であるホセに声をかけて準備を促す氷雨絃也(ea4481)。ホセは数秒の間隔を置いて、荷物に手をつける。
「おか‥‥団長、落ち着いたら話いいかな? ちょっと聞きたいことがあってさ」
「わかった。ジョー。だが、警戒だけは怠るなよ」
 割り切りの悪いホセの動きを視界に、声をかけるジョセフィーヌ。ホセが悪人であるとは思えないが、まだ何か、自分に知らないようなことを隠している可能性は高い。
「まあまあジョセフィーヌさん、つのる話はまた後でするとしまして、今はとりあえずここから離れましょう」
「そうだな‥‥相手さんも、今のところ動きはしないようだし」
 言葉を交えてこの場から立ち去る三名の冒険者と団員達。襲撃者達はまるで彼らに道をあけるかのように、つかず離れずを繰り返している。

「‥‥もし居るんなら出てきたらどうだい? 噂の魔術師さん。居ないのかい? それともこのジョーさんの弓が怖くてどっかで震えてるのかな」
「おぃ、ジョー‥‥!?」
 膠着した状況に苛立ちを覚えたのか、襲撃者達へむけて大きな声を発するジョセフィーヌ。氷雨は覚えたてのスペイン語を発して彼女を制止しようとしたが、彼の言葉が終わる前、彼らの瞳に・・・・夜に終焉を告げるかの如き業炎の光が飛び込んできた。
「あら? 案外短気?」
「じょ、あんな炎、いったいどうやって起こしているんだ?!」
 僅かに噴き出した汗を親指一本で拭うと、その水分を弓の弦に馴染ませるジョセフィーヌ。彼女の背後では動揺した様子の傭兵が何か喋っていたが、『冗談じゃない』を飲み込んだというだけで、彼女は口元を緩ませる。
「‥‥ここから逃げられては困る。なるほど、それもまた道理でしょうね。頼りにしてますよ傭兵の皆さま。ちょっとばっかり激しい戦いになりそうですよ」
 ロングソードを引き抜き、周囲の状況を確認するヲーク。先ほどの炎の光で見えた敵の数は5名。夜目にそれほど自信があるわけではないが、夜間戦闘で敵の位置関係をおろそかにするわけにはいかない。
「各員後退しながら戦闘‥‥・・・・できるほど甘い相手ではないだろうな」
「もちろんだホセ。それに、あの魔術師が出てきた時点でここから退く理由はなくなった」
 ランタンの炎を強くし、地面に置く氷雨。酒場に現れた魔術師、奴が出てくるとなればこんな光は気休めに過ぎないかもしれないが、僅かな要因でも勝敗を分ける手段には十分成り得る。

「‥‥ォ!!!」
 草原に漏れる僅かにくぐもったような声。そして肉の裂ける音。すらりと剣を抜き放った傭兵と襲撃者とは、そこかしこで戦闘を始める。暗闇の中、己の位置を知らせたくないのか、無言の中で戦闘は繰り広げられる。
「おいでなさったねぇ魔術師さん。‥‥そこぉ!!」
 ジョセフィーヌが放つ矢はいななく弦と共に風を裂く。闇の中に消えたそれは‥‥微かな明かりをもって彼女に返答とする!
「退けジョー! 来るぞ!!」
 微かな光はボゥッと僅かに瞬いたかと思うと、巨大な炎球の脅威となってジョセフィーヌの視界へと現れる!
「わかってますよお頭! こういう場面は慣れっこです!」
 素早く姿勢を動かし、岩陰に身を飛び込ませるジョセフィーヌ。魔法の炎がチリチリと彼女の足を焦がし、ジョーはしびれるような間隔を足に覚える。
「‥‥短気かと思ったら、ずいぶんと無口になったもんじゃない魔術師さん。刺さった矢が痛いんじゃないの?」
「‥‥‥‥」
 ジョセフィーヌが投げかけた言葉は闇に消え、地面にポタリと落ちた矢だけが返答となって彼女の聴覚に入り込む。ジョーは素早くリカバーポーションを服用すると、足の痺れを緩和させる。
「あるいはここではもう話す必要はなくなった‥‥そういうことですかねぇ!?」
 樹木がガサガサと揺れ、魔術師の『頭上』からヲークが現れる! 振りかぶられたロングソードは、この日一番の戦功を立てようと唸り声をあげる!
「随分と憶測が好きなようだなてめぇら? 下手な考えは、てめぇらの寿命を縮めるだけだゼェ!」
 飛び込んだ声に、咄嗟に剣を防御に使うヲーク。直後に襲ってきた猛烈な衝撃は、彼を数メートル離れた草原の上に叩きつけた。
「グフッ‥‥?!」
「落ちた場所が悪かったな冒険者。お前に恨みはないがここで死んでもらう!」
 叩きつけられた衝撃で肺の空気をすべて吐き出してしまったヲークの視界に入る銀の刃! 視界が赤く、とにかく紅く染まり、鮮血は下卑に口元をゆがめた男の顔にかかる。ロングソードが力なく大地に落下し、襲撃者は大声をあげる。
「ハハッ! ザマはないな冒険者。お前達が他の国で何をしてきたのかに興味はないが、ここはナバーラだ! 俺たちよ‥‥俺たちに勝てるなんて‥‥ゴォ!!」
「勝ち誇るのは‥‥相手を確実に殺してからにしていただきたい!」
 自らの血を相手の顔面に吹きかけ、膝を顎に叩き込むヲーク。骨が軋みをあげる音が鳴り、襲撃者は顔を大きくのけぞらせる。
「て‥‥めぇ!! いいんだよ俺たちは勝ち誇って! ここで俺は、てめぇを殺すんだ!」
 お返しとばかりに脇腹に膝を叩き込む襲撃者。だが、その行動が結果として仇となり、ヲークは首と腕の筋力で相手を突き放すことに成功する。
「氷雨さん!」
「わかった‥‥この断末魔、貴様が最後に耳にする言葉として相応しい!」
 ヲークの声が草原に響けば、敵の攻撃を払いのけた氷雨が魔剣「トデス・スクリー」を構える。
『ヴオォオァァアアア!!』
 ビリビリと氷雨の耳に入る断末魔の二重奏は‥‥反響すらすることなくその場で途絶えた。


●事件の裏と真相への道。
「一人殺したら英雄気取りか?! それならこれから二人殺す俺はさぞ褒め称えられるんだろうなぁ!」
 一息つく間もなく、先ほどヲークを弾き飛ばした男が氷雨へと身体を跳躍させる。見れば男はその線の細い身体に似つかわしくないほどの巨大な・・・・メイスのような武器を握り締めており、疾風の如き速度で冒険者たちへと迫る。
「‥‥そこまでにしておけ、フリィス。どうしてお前が、お前『達』がここにいるんだあぁああ!!」
「ホセェ! 雇われれば戦う、それが俺たちの流儀じゃなかったかなぁ?!」
 重厚な金属音が草原に響き渡り、ホセに弾き飛ばされるフリィスと呼ばれた襲撃者。体制を立て直した男は、巨大メイスを構えなおす。
「この国は、ナバーラはどうなってもいいのか?!」
「ジュリオみてぇにアラゴンの力を借りることがナバーラを滅ぼすってんならそうだろうなぁ! 勘違いをするなよホセ、『エルマロのおっさんが死んだ時、ナバーラはもう滅びた』! そうなったらもう俺の‥‥ッ! 邪魔するか女ァ!?」
 肩に突き刺さった矢を投げ捨て、その矢を放った張本人であるジョセフィーヌを睨みつけるフリィス。獰猛な獣のようなその瞳は、否が応でも死の危機感と共に彼女の拳に力をこめさせた。
「昔あんたみたいな武器を持った奴がいてさぁ。‥‥どういうわけかわかんないけど、いけ好かない奴だったんだよ!」
「ハッ! 笑わせるな女ぁ!」
 矢をつがえるジョセフィーヌ目掛けて罵声を発する襲撃者。ジョセフィーヌが狙いを定めた時、二人の間には視界を奪う炎の壁がたちのぼった。
「喋りすぎだフリィス。プロなら無言で仕事を達成しろ。‥‥もう少し戦うんだ」
「面白いことを邪魔するなよあんた! この『無気力』ホセと戦えることなんて滅多にねぇんだ! 楽しませてくれよ!」
 草が猛風と共に舞い上がり、メイスは振り落とされる!
「退けフリィス! 今ならまだ間に合う!」
「‥‥お前は、ナバーラの傭兵なのか?!」
 その一撃を回避するホセと、助力に入る氷雨。投げかけられる訴えと質問はメイスの地鳴りにかき消される。
 彼が攻撃を繰り出すたびに地鳴りのような音が小刻みに鳴り響き、大地は振動を開始する。

「ッ! やばいですよお頭! ここから退かないと!」
「どうしたんですかジョーさん? この程度のコケ脅しで‥‥‥‥」
 地響きが『続く』中、耳に入ってきた違和感に叫ぶジョセフィーヌ。ヲークは叫ぶ彼女自身に違和感を覚え、徐々に明るくなってきた視界の先を見ようと眼を凝らす。
 大きくなっていく地響き‥‥‥‥その先にいたのは‥‥ターバンと羽根とを頭に装飾した騎馬兵、グラナダ軽騎兵隊!
「チィッ、時間切れかよ! ここでオサラバさせてもらうぜ!」
「下衆が‥‥こんなところに出てきたか。全員撤退!!」
 炎の柱が巻き起こり、いななく騎馬。生き残った襲撃者達は、薄明かりの中をナバーラへと進んでいく。

「どっ、どうする?」
「どうするもこうするもないでしょう。下手に逃げると逆効果。何もやましいことなんてしていないんですから、この場に残って事情を説明するだけです」
 溜息混じりに言葉を紡ぐヲーク。戦い自体を避けるつもりだったが、ここはカスティリアとの国境からも少し離れている。どちらかといえば侵犯行為を行っているのがあちらである以上、下手なことにはなるまい。

 冒険者達の前に現れたグラナダ騎兵隊は、逃げていった者を追いかけると同時に彼らの前に立つ。


 ‥‥グラナダ軽騎兵隊。
 それはイスパニア大陸に残された最後のアラビア勢力である。かつては大陸の大半を支配していたアラビア勢力であるが、ジーザス教徒曰く『希望の日々』『最良の日々』であったレコンキスタによって大陸からみるみる内に追いやられてしまった彼らは、今では大陸南端のグラナダとその周辺に僅かに勢力を残すのみとなり、カスティリア王国に忠誠を誓っている。


「グラナダからこんなナバーラの土地までご苦労なことだな。だが、あんまり深追いはしないことだ。このあたりは田舎とはいっても、ジュリオの兵くらい控えている」
 下馬せず傍によってきた兵士に忠告交じりの言葉を投げかける氷雨。せっかく一戦を避けるために不利な状況を選んだのに、ここでグラナダ騎馬兵に下手を打たれてしまっては何のために戦ったのかすら分からない。
「‥‥お前、イスパニアの人間ではないな? この者とどういったかかわりがある?」
 倒れた襲撃者の一人を指差す兵士の一人。氷雨は自分の傷を見せて正体不明襲撃者であることを説明しようとし‥‥ホセに制された。

「ナバーラ傭兵団、デヴァーレ団長。ホセだ。こいつらについては俺から説明させてもらおう。だが、できれば馬上から降りてくれないか。‥‥同じ王国なんだ。武器さえおさめていればまともに話すこともできる」
「なるほど。少しは話のわかりそうな奴であるな。いいだろう。知っていることを話してもらおう」
 武器を下ろし、ホセのもとへ歩んでいくグラナダ兵。話はしばらく続き、こちらの事情をすべて話す形で決着がついた。

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●手段と目的
<上空>
「副団長さんからもらった手紙は用意しましたけど、みんな力を貸してくれるかしら」
「紛いなりにも傭兵団という集団の形をとっているのですからそれは問題ないと思いますわ。それよりも問題は‥‥オズボーンさんを撃墜したような敵が、本当に私達を援軍に向かわせてくれるかどうかということですわ」
 ペガサスに乗り、援軍と補給を求めてデヴァーレ本部へと目指すセクスアリス・ブレアー(ea1281)とクレア・エルスハイマー(ea2884)。
 鬱蒼とした木々と険しい道を避け、空を飛べば町までそれほどの距離ではないが、それだけ目立つことになる。
 オズボーンが行方不明になったことから考えても敵が飛行兵器を持っていることに疑いようはなく、そうなれば敵がこちらの行動をみすみす逃す理由もない。
『WIIIIII!!』
「‥‥やっぱり、そう簡単に通してはくれないようね」
 遠くから聞こえてくるモンスターのいななく声。だが、不思議と驚くことはない。あれほどのオークとであったのだ。飛行モンスターが数体いたところで不思議でもなんでもない。
「セクスアリス、ごめん。少しだけ操縦を変わって!」
「えっ?! でも、私‥‥‥‥」
「手綱を掴んでいるだけでいいわ。大丈夫、この子は素直な子だから」
 狼狽するセクスアリスに手綱を持たせ、フォルセティーの操縦から解放されるクレア。少しぐらつくような感覚は受けるが、長く付き合ってきた愛馬である。自分が触れられる場所にいる限りは、仲間と同じく信頼しなければならない。
「容赦はしないわよ。炎よ、天を焦がす光となれ!!」
 身体が赤い光に包まれたかと思われたその刹那、クレアの放った巨大な炎球は敵の一団を包み込んだ。


<山中>
「このまま退けば、奴らは其の間に引き払うだろう。それでは結局何も得られん。
それに今退いても、どうせまたいつか合間見えることになりそうだ。
衝突するのが今かそうでないかだけの違い。ならば、このまま先へと進む」
「それには同意だが、これ以上先に進むことは厳しくないか? 補給がなければ戦えない以上、先に進んで補給を難しくすることは得策ではない」
 今後のことについて話し合うルシファー・パニッシュメント(eb0031)とアイン・アルシュタイト(ec0123)。善は急げとクレアとセクスアリスを補給に向かわせたまではよかったが、彼らが今圧倒的に不利な状況に置かれているということに変わりはない。
「補給もなく、敵のホームポジションで、どこに、どれだけいるかも分からない敵と戦うですか‥‥確かに得策ではないですね」
「どちらにしろ、今後の禍根の種を見逃すわけにはいかんでござるがな。ここは一旦時間を置くことも勇気でござろう」
 アインの意見に同意する秋朽緋冴(ec0133)とアルバート・レオン(ec0195)。こちらを挑発してきた敵の行動、こちらの現状、そしてこの『場所』。戦闘しながらでは見えてこないことも、頭を冷やして冷静になって考えてみれば分かることもある。
「‥‥ッチ! ここで足止めか。面白くもない話だな」
 副団長と会話を交わしながら現在の状況を整理し始めた仲間を視界に、ルシファーは気持ち悪げに道に唾を吐き出した。
「んじゃ、俺は痛い思いはしと〜ないからこのへんで帰るわ」
 飛火野に至っては、この依頼に興味すらなくなったのか、一人道を引き返していったのであった。

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●襲撃と真意
『GUUUU‥‥」
「ここは‥‥‥‥」
 きょろきょろと周囲を見回す飛火野裕馬(eb4891)。
 敵と味方の裏をかき、味方から離れて森の中に飛び出したまではよかったが、考えてみれば彼にはこの森の地理もなければ、数多くの敵に囲まれた状況を打開するだけの実力も(ついでに言えばその実力をいかんなく発揮するための食料も)ない。
 意表をついて敵の懐に入り込む戦術は必要であるが、それは十分な準備と裏づけがあってこそ成り立つものでもある。無闇やたらに飛び出しては、その命すらも危うくなってくる。
 周囲に獣の声が聞こえる。徐々に近付いてくるその声は、オーガのものとも少し違う気がするが、敵が放ったモンスターであることには間違いあるまい。

「退けと言った筈だガ」
「‥‥道に迷ったみたいなんやなぁ。まいった、こら。おいとまさせてもらうわぁ」
 モンスターの声を引き裂くようにして、凛とした声が裕馬の耳に飛び込んでくる。
 霞刀に手をかけることもなく、声がする方とは逆方向に逃走する裕馬。だが、背を向けた彼に待っていたのは、背中から深々と突き刺さった矢であった。
「貴様は私を馬鹿にしているのカ?」
「いや、そんなつもりじゃなかったんやけどな〜‥‥。ちょっと、まち〜な〜。あんたらに聞きたいことがあんねん」
 冷酷に響く声にも、背中に突き刺さった矢を引き抜きながらあくまでマイペースに返答する裕馬。時間稼ぎの側面もあったが、純粋にこの、本当に嫌味なばかりに謎だらけの敵が一体何の目的のために自分達を襲撃してきたのかに興味がないとすれば嘘になる。
「あんた、軍隊経験があるんじゃないんかな? でなきゃこれだけのオーグラの組織、あれだけ的確に纏められんやろ」
「‥‥‥‥返答すると思ったカ?」
 裕馬の脚に突き刺さる矢。しびれるような痛みが全身に駆け巡り、彼は足を抑えたままその場でゴロゴロと転がる。
「それだけじゃないなぁ。その訛りや。ここの国の人間じゃないってことは‥‥ッ!」
 眉間目掛けて飛んできた矢をすんでのところで回避する飛火野。こちらを殺せない理由が相手にあるのではないかという淡い憶測はこの時点で吹き飛んだ。
 これ以上の質問は無駄だと、森の影に隠れて敵の姿をうかがう裕馬。せめて敵の姿を判別しなければ、この傷を負った意味すらもなくなってしまう。

「ふン、姿をいつまでも隠す必要すらそもそも存在しなイ。‥‥死すべき貴様にはなァ!」
「アアアァァアア!!」
 叫び声が重なり合い、刃が鮮血をほとばしらせる。傷を負った男は、前に出すぎたと冒険者達と距離をとった。
「お前一人おいしい思いをしようとしても無駄だぞ裕馬。コイツは俺の獲物だ!」
 ふわりとその長い金髪が風に舞い、裕馬の後を追って飛び出してきたルシファーが現れる。
「‥‥そういうつもりでもなかったんやがなぁ」
「似たようなものだ。抜け駆けは許さん!」

 虚を突かれる形となった襲撃者はルシファーから距離を取ろうとバックステップを行うが、ルシファーはそうはさせまいと身体を前方へ跳躍させる。 
 そして前に進む力と後ろに下がる力、どちらが強力であるかなど、この世に住む誰であっても当然のように知っている!
「‥‥ちぃッ! 助けろハーマイン!!」
「ヨムド、お前はもう少し頭のある奴だと思っていたゾ」
『!?』
 ルシファーがその違和感に気付いた時にはもう遅い。彼が防御する間もなく、このうっそうとした木々の中から、まるで一点を狙いすましているかのように、彼の腕に矢が深々と突き刺さった。
「大丈夫かルシファーさん?!」
「ッ、最初から二人いたのか。しかもあの弓使い、かなりの凄腕だぞ」
 痛む腕を抑えながら周囲の気配を探る裕馬とルシファー。しかし彼らがどれだけ耳を澄まそうとも、『一人分』しか敵の気配を察知することはできない。
「ハッハ! 我ら地獄の連隊が本気を出したからにはお前達に勝機はない。撤退か、死亡か、好きな方を選ぶのだな」
「ヨムドとか言ったか? お前はどうでもいい。さっさと‥‥」
『GUUUU!!』
 ルシファーの会話を遮るように彼の頭上から落下してくる獣。咄嗟にルシファーは刃を上に向けるが、敵はなんなくその攻撃を弾いてみせる。
「オオォオオ!!」
 刹那、ルシファーの頭上で鈍い音が鳴り、モンスターが衝撃に負けて弾き飛ばされる。
 モンスターに体当たりを仕掛けた男は、身体が痛むのか顔をしかめながら二人の方へ向く。
「お前達、俺に助けられていてどうするんだ‥‥」
「まあそれはいいっこなしやがな。こなかったら来なかったで困ったやろ?」
 状況はどうであれ仲間と合流したことにしかめていた表情を緩めるアルバート・オズボーン(eb2284)。騒ぎを聞きつけて隠れていた場所から抜け出した彼の傷は深く、武器すら持たない様子であったが、命に別状はなさそうだ。
「往生際が悪いぞオズボーン。屑が三匹集まっても所詮は屑よ! 脇役以下はこの舞台から退場してもらおうか!」
「気をつけろ! 吹雪が来るぞ!」
 オズボーンの声に合わせて樹木の陰に隠れる三名の冒険者。凍てつく風は森をざわめかせ、猛風となって周囲を包み込む。
「半端ないなぁ〜。こいつは、とんでもないわ〜‥‥‥‥!!」
 岩陰に隠れていた裕馬の首筋を掠める矢。傷の深さの割には激しく鮮血が噴き出し、裕馬は慌てて掌でそれを抑えようとする。
「吹雪の中で少しずれたカ」
 冷たく響くもう一人の男の声。裕馬は悪寒と共に身体を目を開き、相手の姿を探そうとするがまったく目視することができない。
「どうなっとるんや?!」
 叫ぶ声だけが森の中に消えていく。握り締めた霞刀は小刻みに震え、いつ飛んでくるかも分からない矢と魔法は身体を硬直させる。
「一旦撤退するぞ! ここで戦っても何の得もない!」
 叫ぶオズボーン。聞こえるだろうが、そんなことは関係ない。こうなってしまった以上、仲間と合流する以外に彼に生き残る道はないのだから。
「逃がすと思うカ?」
 やけに下手なイスパニア語と、地鳴りのような音‥‥モンスターが大移動を始める音だけが、痛んだ身体に反響するように響いてきた。


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●思考と接点
 クレアとセクスアリス、そして飛火野とルシファーがいなくなってから早数日。
 地図を見詰める秋朽、レオン、アインの三名。
「‥‥‥‥おなかがすきましたね」
「‥‥‥‥」
 ポツリと呟いた秋朽の言葉に二人と他の傭兵も同意する。予定ではあと一日もすればクレア達が援軍を連れてやってきてくれるはずだが、手持ちの食料も既に使い尽くし、今は地図を眺めることと、空腹を嘆くくらいしかすることがない。
「まあ腐るな。暇な時間だったが、収穫がなかったってわけじゃない」
 (足りなかった部分は豊富に余った時間を用いて付け足した)地図を鼻息も荒く広げるアイン。彼らが実に数日の(考えようによってはとても貴重な)時間をかけて製作した『推論』は以下の仮定をあらわしていた。

「モンスターがどうやってここに集められたか。それはここにおいて大きな問題ではない。‥‥知りたいことは知りたいが、推測以上のものにはならないだろうからな」
 地図現在地点の周囲を指先でぐるりとなぞるアイン。どの勢力が集めているか、仮定することは簡単だが、それは情報を整理していないこの段階で行うことはまだ早すぎる。
「重要なのは、彼らがここからモンスターを集めてどうするのかということでしょうか? まさかエチゴヤの飼育場だったってこともないでしょうからね」
 泥を指先につけ、地図に線を這わせる秋朽。
 考えてみれば当然のことだったのだ。謎のモンスター、謎の襲撃者、謎の男、謎の遺跡。それらは『謎』などという一般的な言葉の裏側に隠されて分かりにくくなっているが、行動の裏側には常に何か目的が存在する。
 そしてこれだけのモンスターを統率する目的、それはただ一つに決まっている。
「『攻める』つもりでござろうな」
 レオンの言葉はとてもシンプルなものであったが、それだけに真実に一番近いものであった。
 結論はいたく単純なものであった。モンスターを集めて行うこと、それは『攻撃』以外のものに他ならない。しかもいかに飼いならされようとも、獰猛ゆえに動物ではなくモンスターと呼ばれる生物たちである。ここから移動することはかなわないだろう。
「つまり、ここ付近の村を襲撃する可能性が高いってことですか。‥‥アインさん。ここから一番近い村の名前はなんですか?」
「一番近いか‥‥距離的には似たり寄ったりだが、隠れながら移動することを考えると‥‥‥‥『ミテーナ』って名前の村だな」

 呟くアイン。その村は‥‥‥‥今、この大陸を動かすすべての始まりになろうとしていた。

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●始まりは唐突に
(もしジュリオの兵に会っても交戦は極力控えて欲しい)
 それがアルベルトが彼らにかけた唯一の制約だった。山賊退治という、歴戦の冒険者であればこれまでに幾度となく達成してきたであろう依頼。
 それもこのたったひとつの条件によってひどく難解な依頼になる。
「ってことはジュリオさんの兵に会う可能性があるってことだろうなぁ。制約条件が『二つ』ある中でしんどい依頼になりそうだ」
 溜息を吐く名無野如月(ea1003)。彼女の視線の先には、もうひとつの制約条件(というよりは懸案事項)であるカルロス2世が騎馬に乗っていた。
「いやはや2世様、騎乗された姿も勇壮なものでありますな」
「‥‥ハハッ、相変わらず口だけはうまいなオルト」
 なにやら友情を深め合うきっかけでもあったのか、二世はオルト・リン(ec0192)と随分仲がよくなっていた。オルト曰く『一流のノミニケーション』があったらしいが、どうにもこうにもうさんくさい。

「でも、乳業を営むだけの小さな村になぜ山賊が出るのかしら?」
「乳業を営む村にもそれなりに蓄えはあるということだろう。ハイリスク・ハイリターンとローリスク・ローリターンのどちらを選ぶのかは人によるさ」
 デモリス・クローゼ(ec0180)の素朴な疑問に淡白に返答するカミロ・ガラ・バサルト(ec0176)。

 カミロの出身国がイスパニア王国だからわかるというものもある。ナバーラは外から見れば確かに貧しい国家であるが、内部から見れば決して侮ることが出来ない王国であったことは明らかだ。
 国内産業が栄えていないからこそ、人は犯罪の道へと走る。
 なぜなら奪うつもりのものが最初から手に入っていれば、リスクが目について行動を躊躇するからだ。
失うのは怖いが、何かを得なければならない。微々たる糧を求め、傭兵団の影に怯えながら細々と簒奪を続ける。
 ナバーラの山賊とは往々にしてそのようなものだ。
(「問題は、どうしてアルベルトがその程度の山賊の討伐を俺たちに命令しているかということだ。俺たちを信用していないのか? 2世を疑っているのか? そもそもこの依頼の目的は『山賊退治ではない』のか?」)
 思考は見事に堂々巡りを演じる。気に病んでも仕方がないということは理屈で分かっている。
 あるいは純粋な心を持つには、自分は少しばかり経験を積みすぎたのかもしれない。あの少年のような瞳を持っていたとき、過去の自分にそんな時期が存在したのかどうかすら、もはや思い出すことはできない。

「どうしたカミロの旦那? ウィットなあんたもいい男だが、しっかりしてもらわないと面倒なことになるぜ。てっぺんがつくづく何を考えてるかわからないから今はいいが、村に着いたら本当に『イイ男』になっておくれよ」
 カミロの肩に手を回し、冗談めかした笑顔で話しかける如月。煙草の香りが混じった息を顔に、カミロは苦笑いを浮かべながら村の方向を眺める。
 先行しているミトナ・リプトゥール(ec0189)と・叶朔夜(ea6769)がうまくやってくれているのか、遠目に見ただけでは村に違和感は感じ取れない。
 
「フフフ、あれがミテーナ村か、小さな村であるが、数年後、ナバーラがこの王土を復興する際には伝説に残る村となろう。我らの英雄譚の始まりとなるにはふさわしい村ではないか諸君!」
 遮るように発された二世の声は、木々の間を通って遠く村まで響いていく。山賊を退治して何がどう伝説になるのかはわからないが、彼の言葉には歪むところはひとつもない。
「すばらしいお考えですねカルロス二世。カルロス一世もそのように豪胆なことをおっしゃられたのでしょうか?」
 竪琴を片手に、ニコリと微笑むフィディアス・カンダクジノス(ec0135)。どこまでがお世辞でどこからが本気なのかは分からないが、この旅に目的意識が見出せてきたのか、その声は心持ち弾んでいるように聞こえる。
「いい質問だなお前。カルロス一世はなんといっても弁舌家としての能力に秀でていた。絶望的な状況でも常に希望を持たせ、そして必ず最後は『10の内6割の勝ちを拾った』のだ。名言は語ればきりがないぞ‥‥例えばだ、『前回私が言ったことは必ずしもそのようなニュアンスにとられるような台詞ではなかったが、しかし断定できるものではない。状況の変化と共に‥‥」
「‥‥村に到着したみたいね、カルロス2世。まずは挨拶をお願い」
 まだ村までは多少の距離があったが、話がとてつもなく長くなりそうだと感じたデモリスはカルロス2世の演説を中断させる。村は‥‥不気味なほど静かであり、一通の置手紙だけが彼らを出迎えたのであった。

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●商船護衛
「ん〜〜〜、よく来てくれたね君たち。しらじらしいかもしれないけど、一応ハジメマシテと言っておこうか。今回の依頼主であるヴァウル・デ・バルスだよ。以後、お見知りおきを」
 集まった冒険者達にうやうやしく礼をする『自称』ポルトガル海軍提督代理ヴァウル・デ・バルス。彼は挨拶をするのもそこそこに、冒険者達全員へジュースをふるまい、簡単な海図を提示すると共に今回の依頼内容について説明を始める。
「ちょっと疑問があるんだけどいいかしら? 商船の護衛なんて、いきなりそう、来るのかしら? 実力試されているような気もしないでは、無いけど‥‥そんなに有名なのかしら? ‥‥いや、ただ珍しいだけなのかもしれないけど」
「そうそう、それにヴァウルさん達ポルトガルは何でザラウズにー? 『将来性』を考えたら相手は首都の方が儲かるんじゃ?」
 完全に相手のペースにて始まった依頼だが、情報を少しでも集めようと質問をはさむクヒスイ・レイヤード(ea1872)と氷凪空破(ec0167)。
 ヴァウルは、彼らの質問に少しだけ考えた後、ゆっくりと、しかし途切れることなく口を開く。

「『興味本位』そう言いたいところだけど、こうして依頼主と被依頼主として会うんだから、お互いに信頼関係は重要だね。そう、かのナバーラ国王、ジュリオが好きな言葉でもあることさ。『信用』『信頼』これがないと人は本来の力の半分も発揮できない。
 ‥‥話がそれるのはお好きではないかぃ? それじゃあもう少し分かりやすく言おうか。端的に分かりやすく返答するとなると、前者の質問に対しては『君たちは自分のことを過小評価し過ぎだ』、後者の質問に対しては、僕たちはあくまで商人であり、そしてもっと重要なことは船は海しかはしれないってことさ」
 一旦言葉を止め、値踏みをするような視線で冒険者たちの反応をうかがうヴァウル。
 数秒の静寂が彼らの間に流れ‥‥沈黙を破るように、再び口を開こうとする。
「つまり、目的はお金ということですか?」
「ご名答! シリル・ロルカ(ec0177)君だったかな? 君には先日の屋台での出来事といい、やられっぱなしだねえ。そう、お金なんだ。何か汚いイメージをもたれるとどうしようもないんだけど、僕たちがこのナバーラまではるばるやってきたのは、お金のために他ならないんだよ。
 まあ当然といえば当然だけどね。なにしろ僕は今、海軍提督代理ではなく、商人なんだから。
 シリルに向けて『グッ』と親指を立てるヴァウル。そして彼は尚も言葉を続ける。
「そういえばまだ最初の質問に返答していなかったね。なぜ君たちを雇ったのか。それは簡単なことさ。‥‥君たちは自分たちが考えているほど無名な存在ではないんだよ。僕も依頼主だからね。大切な積荷を守るためなら、少し高いお金を出しても有能な護衛を雇うさ」
「その大切な積荷とはなんなのでござるか?」
 香月七瀬(ec0152)の率直な質問。ヴァウルはその質問にそれまでのポーカーフェイスを崩し、軽く息を吐くと、いつもの調子で言葉を紡ぎ始めた。
「いいだろう。ふだんならそういうことは機密事項なんだけどね。なにしろ今回は信頼関係が大事なんだ。積荷の中身は ―― 武器なんだ。詳しくは実際に自分の目で確かめてくれないかな? ほら、百聞は一見にしかずって言うだろう?」
 ヴァウルの声はどこまでも飄々としており、冒険者達は危うくこの言葉が意味するところすら理解できないところであった。


<幕間>
「タリスマンの親分! とんでもなく大きな船が近付いてきますぜ! 旗印はポルトガル! 間違いないです、こいつぁ久しぶりの大物の予感ですぜ!!」
 細くしていた眼を『カッ』と見開き、遠くから近付いてくる大きな船舶を確認する海賊の一人。傭兵産業程度しか産業といえるものがないナバーラでは、襲う船も小型船舶ばかりでまともな『商品』を積んだ船にまみえることなど滅多にない。
 仕方なく海賊と名乗りながらも港付近の町を襲っては傭兵団に追い立てられる、なんとも細々とした生活をおくっていたが、ここでポルトガルの船を襲撃すれば一攫千金も夢ではない。
「積荷は何かな、おかしら?」
「知るか! 傭兵以外ならなんだろうと大歓迎だ! おっしてめぇら出陣だ! 商船に化けていくぞ。元ナバーラ傭兵の実力を見せてやろうじゃねぇか!!」
 タリスマンが拳を突きたてると共に歓声が湧き上がり、食器がスプーンによってけたたましい音を立ててテーブルの上で踊り跳ねる。
「うっし! ポルトガルなんて楽勝だ! さっさと攻め込むぞてめぇら!! 大きな獲物だ、ここいら一帯の奴らを集めちまえ!」
『オオオォオオ!!!!』
 歓声をあげるのもそこそこに、矢継ぎ早に船に乗り込む海賊たち。手柄の独り占め? 気にすることはない。獲物は常に最大戦力で。これはナバーラ傭兵の鉄則だ。手柄を独り占めしようとしたものから死んでいく。事実(リアル)を知っているからこその行動は、今、事実を知らぬ行動としてあらわれようとしていた。


<戦いの時>
「きょうはずいぶんと賑やかでござるな」
「‥‥どうしたの? 波の音しか聞こえないけど」
 きっかけは突然起こった。船の上からのんびりと海を眺めていた香月七瀬(ec0152)が呟いた一言にリンカネーション・フォレストロード(ec0184)はきょろきょろと何か不振な点がないかあたりを見渡す。
 海面には付近の住民のものらしい船が帆を開き、ぽつぽつと浮かんでいたが、とりたてて不審な点など見当たらない。それほど珍しい光景ではないであろう。リスボンや江戸であったなら。
「おかしいぞ! あんなに船はナバーラに浮かばない!」
 船を構成する板の繋ぎ目が見るようになったとき、叫ぶカジャ・ハイダル(ec0131)。
 ナバーラは傭兵以外ほとんどの物品を産業として持たぬ国である。簡単な移動手段や数少ない定期便が浮かぶことはあるが、いかに小船といえど、あれだけの数の『一般船』が浮かぶことなどない。

『気付かれたかぁ! だが久しぶりの大物だ! そっちの積荷、根こそぎもらっていくぜ!」
「来るぞ! 積荷がなんだろうと依頼は依頼だ。守り通せ!」
 帆の裏側に張り付くようにして隠れていた海賊と早河恭司(ea6858)の声が交錯する。剣が引き抜かれる音がそこかしこで聞こえ、小船はみるみる内に輸送船へと近付いてくる。
「ポルトガル船を逃がせないの?!」
「ダメだ。こうなると小船の方が圧倒的に船足は速いし、待ち伏せされている可能性もある。変わりに‥‥止めてやるっ!」
 カジャ・ハイダル(ec0131)の掌から重力波がほとばしり、小船に直撃する。粗末な船はあっという間に穴があき、海賊達は次々と海へと飛び込んでいく。
「もぐって近付く奴に気をつけなよ。一発踏みつければ大丈夫さ!」
 潜水状態から船の縁にしがみ付き、よじ登ろうとする海賊を足の裏で踏みつけるクリムゾン・コスタクルス(ea3075)。ついでミドルボウに矢を番えて射れば、飛び移ろうとしていた襲撃者が海中に落下する。
「あらよっと!」
「ック、クリムゾンさんどこに行くんですか!?」
 鷹杜紗綾(eb0660)の声が海原に流れる中、クリムゾンはさらによじ登ろうとしてきた海賊を踏み場に、敵船に飛び移る。攻守が局地的に逆転した展開に、船にいた海賊は動きが止まる。
「面倒くせぇ! 一気に決めさせてもらうぜ!」
 番えた二本の矢が次々と敵を射抜き、不安定な足場で強い衝撃を受けた敵は頭から水面に落下する。大きな音と共に水飛沫が大きくあがり、波紋は人の形に広がっていく。


 小船が輸送船に近付くにつれて船舶は自然と限定的な個所に集まり、船に飛び移るというクリムゾンが使ったような至極シンプルな戦法のブームが訪れる。
「ちぃっ! 元ナバーラの傭兵を甘く見るなよ女ァ!」
「それほど誇りに思う職責なら最後まで完遂するでござる!」
  海賊の一人がクリムゾンに攻撃を仕掛けようと刃を振り上げるが、その刃は振り落とされることなく七瀬によって弾かれる。
 海上戦に慣れていないのはどちらも同じ。肩書きも同格。
 それならば、楽な相手と戦いつづけていたか、冒険を求めてイスパニアまで旅に出たかということで、実力は絶望的なまでの開きを見せていく。

「クソォ、当たれええぇええ!!!」
「大丈夫、見える!」
 ガチリという軽快な音と共に海賊が放った刃は紗綾のバックラーに弾かれる。
 全力で振るった刃が受け止められたということのショックなのか、呆然とする海賊は両手に持ち直された紗綾の剣によって、海に落下していった。
「これなら‥‥‥‥!!」
 冒険者との戦いで次々と海中に落下、戦意喪失、逃亡していく海賊達を視界に紗綾は安堵の息を吐こうとしたが、次の瞬間、全身を震え上がらせるような『殺気』に感づいて再び盾を構える。
 彼女の視界の先には‥‥気配すら感じさせることなくここまで近付いた、日本刀を構えた男の姿があった。
「‥‥死ぬか?」
 言葉が耳に入り終わった頃にはもう遅い、すらりと抜かれた刀は紗綾の予測域などあっさりと超越して彼女の胸元目掛けて迫る!
「逃げろ紗綾!!」
 男の側面から突き出されるもう一本の日本刀、霞刀! 拍子木の音が彼の叫び声の中で小さく鳴り、紗綾の胸に突き刺さる予定であった剣は霞刀と激突する。
「ッ! 止まってくれるか!?」
 サイコネキシスで男‥‥よく見ればジャパンの「侍」のようにも見える敵の動きを止めようとするカジャ。だが、敵の動きは止まるどころか緩まることもなく、跳躍した肉体は彼目掛けて移動する。
「これでどうですか?」
「いきますよ〜〜!」
 カジャ目掛けて刀が振り上げられる間際、シリルと氷凪が放ったふた筋の月明かりのような光の矢が男に突き刺さる。顔を僅かにしかめ、距離を取ろうとする男。
「苦戦しているような助っ人侍! このタリスマンが力を貸してやろう!」
 小さな船がグラグラと揺れ、タリスマンと名乗った男が部下を数名引き連れ、侍の前に立つ。彼は大ぶりの剣を持つと、まるで見得を切るかのように冒険者全員を『ギョロリ』と見開いた眼で睨みつけた。
「ハーッハハ、俺は過去を否定はしねぇ! 俺はこの職業が大好きだ。好きなときに寝、好きな時に起き、好きな時に奪う! ナバーラの傭兵よりもよっぽど自由で快適な暮らしだ!!」
 大柄な彼の体重に合わせてグラグラと揺れる小船の縁をバランスよく歩き、徐々に冒険者のもとへと近付いていく。
「失礼しますが、今回の最大の目的は、商船の警護なんですの」
 しかしそれを妨げるために次の刹那、リンカネーション・フォレストロード(ec0184)によって放たれた暗闇がタリスマンを覆う。
 おぼつかない足場の中で方向感覚を失った彼は、派手に脚を踏み外して水面へ落下していった。
「ぐぉぁ!」
 叫び声と水飛沫が共に派手に飛ぶ。バラバラと雨のように海水が頭上から降り落ち、さらにシリルのイリュージョンにかかったタリスマンはなかなか船にあがることもできない。
 海賊たちは大将がやられてしまった(海中に落下してしまった)ことにショックを受けて一転及び腰となる。

「くそぅ! こうなったら俺だけでも! 侍、お前もついてこい!」
「待つでござる!」
 数で圧倒的に勝りながらも攻めきることのできないふがいなさに憤慨し、フック付ロープを頼りにポルトガル船へ乗り込むガルバアと侍の男。その行動に気付いた香月らは追いかけるが、少し出遅れてしまう。
「ガルバア‥‥どうするつもりだ?」
「制圧はもう無理だ。繋留している船に、積荷を一個積んでずらかるぞ!」
 剣を滅茶苦茶に振り回し、甲板に転がっていた、恐らくデッキブラシか何かが入っている箱を手に持つガルバア。積荷が必要なものであるか、価値があるものかどうかということはもはや彼にとってはどうでもいい。
 『ポルトガル船から何か荷物を奪った』それだけの出来事、言い訳を勝ち得るために、ただ必死であった。

「ガアアァアアア!! さぁ、ずらかるぞ! これ以上こんなところに残っていられるか!」
 襲い掛かってきた傭兵をなんとか蹴散らし、船の側面にくくりつけられていた小船に飛び移る。
「逃がさないわよ。ここから‥‥‥‥ヴァウルさん?」
 今にも逃げようとする二人に追撃をくわえようとしたヒスイを、ヴァウルが片手で制する。ヒスイは反論を試みようとしたが、彼が放つ言い知れない威圧感に躊躇してしまう。
 
「やれやれ、もう終わりかい? やはり傭兵すらやめてしまうような根性なしにはこの船は落とせないのかぃ? ‥‥サムライ君、冒険者たちの言い方に倣えばたこ君、きみだけは違うと思っていたんだけどねぇ。これが最後のチャンスだ。我々のもとにきたまえ。君に新天地を見せる準備が僕にはできているんだ」
「断る。貴様のような腐った目はもう見飽きた也」
 いつもと同じおどけた調子で、しかし殺気を隠しもせず言葉を紡ぐヴァウル。しかし侍は唾を海に吐き出すと間髪入れることなく反対の意を述べる。
「そうか、残念だよ。結局わかってもらえないなんてねぇ!」
 言葉が終わる前に、ヴァウルの掌から炎が噴出す。小船などあっという間に乗り込んだそれが消えた時、二人の姿はもうそこにはなかった。