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二つの理想
■クエストシナリオ
担当:
みそか
対応レベル:
‐
難易度:
‐
成功報酬:
-
参加人数:
31人
サポート参加人数:
-人
冒険期間:
2007年09月01日
〜2007年09月31日
エリア:
イスパニア王国
リプレイ公開日:
12月16日01:39
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●リプレイ本文
●ポルトガル王国
「戦況は思わしくないのか?」
ポルトガル海軍副提督、ヴァウル・デ・バルスはいらだちを隠せぬ様子で、自らの館で傍らに控える側近に問いただした。
「はっ。申し訳ございませんが‥‥」
床に向いたまま、搾り出すように声を発する側近。
現在、彼の率いるポルトガル軍は歴戦の冒険者たちを先頭に立て、カスティリア軍と交戦中であった。
万一逃亡者が出たときは追っ手として刺客を出すことも考えていたのだが、幸いその手札を切る必要もなさそうだ。
とはいえ、戦況は決して楽観できるものではない。
カスティリア王国軍団長、マルティン・ロペスの神がかり的ともいえる采配もあり、ポルトガル側は押され気味であった。
「如何いたしましょう? ここは、いったん兵を退かれた方が‥‥」
「いや、まだですね」
カスティリア軍の猛攻を支えるのに精一杯、という自軍の状況は充分認識しつつ、ヴァウルは答えた。
「不利なことは判っているさマルケス。だが、退却するにも潮時というものがある。特に負け戦の時は優勢な敵軍に一矢報いる『英雄』を作り出さなければいけません。
負け戦だから逃げるっていうんじゃ誰だってできますよ。英雄をつくれば却って兵たちの士気を高めるということもあります。たとえ‥‥賞金首を使っても――」
チラリと側近を眺め、思考を纏めようとするヴァウル。
実はもう一つ、彼は心待ちにしている伝令があった現在の戦局さえ一変するはずのあの報せさえ来れば‥‥
「ヴァウル様、面会を求める者たちがきていますが、いかがなさいましょうか?」
側近の言葉に、はっと顔を上げる。だが、そこに現れたのは彼の待っていた伝令ではなく、3人の冒険者だった。
「‥‥さて、わざわざお越しいただいたところ悪いんだけど、何の用かな? 君らには手紙で連絡すると書いたはずだが」
「ぶっちゃけ、ポルトガルでこの戦争を仕切っちゃおうよ。ついでにこの国の未来もね、てお話です」
話の口火を切ったのは、氷凪空破(ec0167)であった。彼の声を聞き、ヴァウルは軽く息を吐く。
「『蒼の海鳥』に所属する未来の大剣豪としてポルトガルに協力するでござる。まずはナバーラ・アラゴンとの同盟の橋渡しでござろうか」
続けていうのは香月 七瀬(ec0152)。
冒険者たちは、ジュリオ・アルベルト両軍の講和を機に、ナバーラ・アラゴン・ポルトガルによる三国同盟を具申するために訪れたのだ。
「カスティリアを倒して終わるようには思えない、ここでアラゴンの背後にあるナバーラを味方につけたおくのは悪い話じゃないはずだ。デ家にとっても悪くない話だろ、ナバーラはデ家の邪魔にはならない」
カジャ・ハイダル(ec0131)の口から「デ家」の名が出たところで、ヴァウルの眉がピクッと動く。側近にその場からの人払いを命じた。
「‥‥続きを聞こうか。で、君らは僕にどうしろというのだ?」
「エステーリャ城で行われる調印式に、俺達も参加したい。そのための便宜を図って欲しいんだ」
「でさ、ぶっちゃけ、アラゴンとポルトガルて負けるよね? 戦力は兵士の数を2乗して数えましょうとお父さんが言ってました! つまり、戦力差は225万対81万‥‥絶望的。占うまでもありません」
ポルトガル副提督が顔をしかめるのも構わず、空破がずばりと指摘する。
「アラゴンだってそれは分かってる筈です。ナバーラが一つに纏まり自分達と一緒にカスティリと戦ってくれるなら大きなメリットですよ? ナバーラもこのままアラゴンとカスティリアの間に挟まれて滅亡よりも自治や権利について折り合いつけた方が良い。ジュリオ王ってその辺を一番理解してると思う」
彼らの提案を纏めると、ナバーラの調印式には自分たちが向かう。ヴァウルには密使を飛ばし各国の折り合いを整えてほしいということであった。
「デ家の復権戦争でも勝者の国のデ家が一番の権威を得るんでしょ? この国のデ家やヴァウルさんも悪くないと思う」
最後に空破は念を押すように、
「この戦争はデ家の復権が目的なら、相手を完全に滅ぼすわけじゃない‥‥でいいですよね?」
と、ヴァウルに問いかけた。それは、彼にとって、否、彼らにとって、ヴァウルに突きつけられた最後通告であったのかもしれない。
無言で彼らの言葉を聞いていたヴァウルが、やがて口を開いた。
「‥‥非常にすばらしい案だと思う。ポルトガルとナバーラが同盟を組む。それはこの大陸に新しい風を吹き込むことになるだろう。成る程、ナバーラとポルトガルが同盟を組めば、すべての問題は解決するかもしれない。
アラゴンはカスティリアと今さら組むわけにもいかない以上、此方に寄るしかない。アルベルトは反対するだろうが、ジュリオ王であれば断りはしないだろう。
そして、僕たちが戦わないと決めた時点でカスティリアは大混乱さ。何しろ、この一連の計画の頭に持ち上げられた僕が裏切るっていうんだ。
デ家の人間は分裂に分裂を繰り返して消えるのがオチさ。もっとも、僕や君たちのところには暗殺者がダース単位でおくられるだろうが‥‥今さらそんなことは問題ないのかもしれない。
まったく‥‥君たちの行動力には関心させられる。僕個人としては、今すぐにも諸手をあげて君たち一人一人を抱きしめたいくらいさ」
ヴァウルの言葉に、僅かに口元をほころばせる冒険者たち。
‥‥だが、彼らの期待は、次にヴァウルが発した一言によって脆くも打ち砕かれた。
「だが、同時に僕はポルトガルの副提督であり、デ家による反乱シナリオの『表向きの』代表もある。
国と家に縛られた僕みたいなものさ。君たちの案はすばらしい。だが、それはポルトガルと、デ家の利益になるだろうか? 答えは違う。」
「聞いてくれないのでござるか?」
露骨に表情をしかめたカジャの前に立ち、消え入りそうな声で言葉を紡ぐ七瀬。
ヴァウルは彼女の表情を一瞥すると‥‥冒険者を見ることなく、吐き捨てるように、自らを叱責するかのように言葉を紡いだ。
「‥‥デ家が望む未来は人々の幸せじゃない。『再』レコンキスタという名の、身勝手な大陸分割さ。
だが、僕は一度その流れに入ってしまった。今さらどうすることもできない。 ‥‥すべてはとっくの昔に決まっていたんだ! ポルトガルとアラゴンとナバーラが同盟を組み、圧力に反抗すると見せかけて、デ家がカスティリア内部で反乱を起こし、ポルトガルとアラゴンが‥‥デ家がこのイスパニアを制圧するっ! それまでにどれだけの死体が横たわるか‥‥反吐が出るようなシナリオさ」
金色の髪をかき乱し、唾を飛ばしながら叫ぶヴァウル。
「それで、どうするんですか?」
「‥‥‥‥」
空破の一言を聞き、冒険者たちに向き直ったヴァウルの表情は‥‥とても‥‥冷たかった。
「世の中にはどうしようもないことがあるんだ。
君たちの人生で今までそんなことが何度あったか、僕にはわからない‥‥だが、これはそのうちのひとつさ‥‥もう僕には止められない。エンリケの爺さんががそうだったように‥‥ね」
机から乱暴に取り出した羊皮紙を投げ捨てるヴァウル。そこには‥‥エンリケから、彼にしたためられた手紙が‥‥ただし筆跡の違う何名もの手が加えられて、届いていた。
「これは‥‥ヴァウル、どういうことだ?!」
「僕は君たちに追っ手を差し向けなければならない。例の複合魔法使いさ」
叫ぶカジャの言葉が耳に入らないように、淡々と、事務員のように言葉を発するヴァウル。
「カスティリア、ナバーラ、グラナダ、どこに行くかは君たちに任せる。そこなら君たちをかくまってくれるだろう。
私の船がリスボンに停泊している。書状を見せれば、好きなところに連れて行ってくれるはずだ」
唐突に腕を振り上げ、手からファイヤーボールを放つヴァウル。
天井の一部が焼け落ち、死体が部屋に落下する。
「できれば皇女も連れていってほしい。僕は彼女を殺さなければならない‥‥カスティリア王国の仕業にしてだ。‥‥1時間後に追っ手を呼ぶ。伝令を殺し、僕を脅迫したことにする」
羊皮紙にサインをし、カジャに手渡すヴァウル。
彼は突然の事態に呆然とするしかない冒険者達にうやうやしく礼をすると、全員の手の甲にキスをした。
「‥‥変えられるものなら、変えてほしい。職務に生きるしかなくなった人間の生き方を」
ヴァウルの見せた表情は‥‥笑顔だった。
冒険者たちが館を去った後、ヴァウルは伝令の死体から手紙を取り出し目を通した。
――カスティリア国内による、デ家派勢力の反乱。
「ついに‥‥始まったか」
東西の隣国を相手に戦っているさなかの内乱。この内憂外患に、大国カスティリアといえども総崩れは免れないだろう。
いまこそ、陣容を整え一大決戦を挑むときだ。
つい先刻まで冒険者たちに見せた「一人の人間」としての苦悩の色は消え去り、男の顔は再び国家とデ家の野望を担うポルトガル副提督のものとなった。
あの若者達が、ひょっとしたら動き出した運命を変えてくれるかもしれない――という一抹の思いも心の片隅にある。だが、それも所詮は大海に投じた一石。
この巨大な潮流は、何人にもとどめることはできまい――。
●ナバーラへの出発
「ここが『小さな女の子を殺すような国』ならばあたしはそれを変えたい! 皇女様の為に‥‥皆が幸せに暮らせる国に!」
リスボンから戻ってきたカジャたちから事情を聞いた鷹杜 紗綾(eb0660)は憤然として叫んだ。
国とデ家にがんじがらめにされたヴァウルの立場にも同情できなくもないが、だからといってまだ幼い皇女アンリエッタを巻き込むような事態は容認できない。
彼女を襲ったあの傭兵、フィリスはポルトガル側によって処刑されていた。
皇女暗殺未遂という罪を思えば当然の処分だろうが、そこには何らかの「口封じ」という意図がありありと見えている。
「ヴァウルは全くもって面倒なことばかり頼んでくるな‥‥」
早河 恭司(ea6858)もぼやいた。
ポルトガルとデ家のやり口は確かに気に食わない。が、ナバーラで行われる調印式へ向かい、ポルトガルとの同盟を勧めるという形での協力はしてやるつもりだった。
ともあれ、皇女をポルトガル特使として調印式へ出席させ、ナバーラとの同盟を申し込む内諾は取り付けた。
ジュリオ側とアルベルト側の調印が無事に済めば、とりあえずナバーラの内戦は終わる。さらにうまくことを進め、ナバーラ・アラゴン・ポルトガルの大同盟を成立させてしまえば、大国カスティリアへの牽制にもなる。
「戦争がキリのいいところで終わったらさー、ヴァウルさんが各国のデ家やポルトガル派と連絡を取り、沢山お見合い相談やったらどーだろ?」
空破がいった。
「カルロス一世は一人で4国を無理に立たそうとするからいけなかったんだ。だから立たせる人がいなくなったら潰し合うんだよ」
同盟内部、いずれカスティリアとも縁談を数多く取り付けることで4国の勢力図をかき混ぜ、百年くらい後に連合政府でも作ればいい。あちらを叩けばこちらも痛い状況を作れば、小さい争いは起きると思うけど大規模な戦はなくなるだろう。
縁談で他国との間を取り持つなら皇女も死ななくていい。
「戦争は儲かるからやるんだとお父さんが言いました‥‥誇大妄想かな? これ」
やや楽天的かもしれないが、それが彼の考えだった。
もっとも、今のデ家を突き動かす原動力は「損得」ではなく「復讐」という情念である。あくまで戦火の拡大とイスパニア制覇を狙う彼らがどう出るかは、空破にも予測がつかないが。
「ナバーラへの道としてはカスティリアを横切るルートを選ぶことになる。敵地を突っ切るわけだから当然アクシデントも予想されるんだよなぁ」
「いや‥‥ヴァウルがリスボンに船を用意してくれたから、海路を行くのが安全だろう。問題は、刺客の複合魔法使いということになるが‥‥」
先刻の館で見た光景を思い出しつつ、カジャ恭司に答えた。
あのときヴァウルが見せた炎の魔法は、どことなく例の魔法使いの術に似ていた。まさか同一人物ではないだろうが、あるいは何らかの縁ある人物かもしれない。
いずれにせよ方針は決まった。現在、ポルトガル陣営に滞在する冒険者たちは皇女を護衛して調印式の行われるナバーラへと向かう。
現地では、いまはジュリオ派、アルベルト派と敵味方に分かれてしまったかつての仲間達とも再会することになるだろう。
「これで戦争が終わって、たくさんの血が流れることを防げればよいんですけどね‥‥」
ヒスイ・レイヤード(ea1872)が、感慨深げに呟いた。
●ナバーラ・エステーリャ城
「まさか敵地に乗り込みこのような提案をしてくるとは‥‥彼らには、敬服せざるをえないね」
アルベルト側冒険者たちから送られた書状を読み、ゼナイド・ドリュケール(ec0165)は苦笑いして頭を振った。
戦いの中で美しさを増した彼女の髪がふわりと揺れる。
自分は目先の戦いの事しか頭になかったのかもしれない。
まだまだだな――と思う。
間もなく彼らは留守中ザラウズを守る一部の仲間を残し、アルベルトを護衛してこのエステーリャ城へと訪れる。
となれば、彼女が取るべき道もひとつ。
調印式の成功させ、特にアラゴンの不必要なナバーラ介入を防ぐ。
警戒すべきはアラゴン側によるジュリオ暗殺だ。これを防ぐためには、敵味方に分かれていたアルベルト側冒険者たちとの連絡も不可欠だろう。
「こうなった以上、情報は共有すべきだろうね。彼らの知りたい情報、かつてのアラゴンに対する同盟の内訳やその他有益そうなものは、ジュリオの許可を得て彼らに伝えよう」
「エンリケ様が毒を盛られたようですから、毒の可能性を皆さんに示唆して注意を促します。解毒剤は持っていますが‥‥とりあえず、アラゴンからの文や花には注意して下さいね」
妊娠9ヶ月のお腹を抱え、習慣のリトルフライでぷかぷか宙に浮きつつ、シェリル・シンクレア(ea7263)がいう。
聞けば、ポルトガル側が皇女アンリエッタを特使に調印式への参列を希望しているという。わざわざ皇女を向かわせる以上、先方にも何か重要な外交提案があるのかもしれない。
「いずれにせよ、忙しくなりますね」
調印式や戴冠式の段取り。対外国の書類の整理――身重の体を抱えつつ、細かい事務作業を彼女はまめまめしくこなしていった。
「アラゴン、カスティリア、ポルトガル‥‥などなど。これらを抑えてイスパニアを良い方へと進むように兄弟が力を合わせて頑張りましょう♪」
●調印式 〜 歴史が動く瞬間というものに、人は何度も遭遇する。だが、立ち会えることはほぼない 〜
「来たか‥‥この時が」
その日、本拠地のザラウズを出たアルベルトは冒険者たちの厳重な警護の下、調印式の会場となるエステーリャ城の門をくぐった。
城下町の沿道には見物の群衆が鈴なりに押し寄せ、アルベルトに対して「謀反人」と罵声を飛ばすジュリオ派の者もいれば、長く続いた内乱が終わりを告げることに安堵の表情を浮かべる者もいる。
「確かにジュリオは外の連中を引き入れて、ナバーラ精神への背信者とも言えるヤツだった。私も陣頭じゃあそう言って暴れてたが、それは『この間』までの話だ」
名無野 如月(ea1003)が馬を寄せてアルベルトに語りかける。
「世間じゃアルベルトの御大将がジュリオに降った、なんて言われてるが‥‥私が見るに、全く逆だね。少なくとも精神的には、だ。連中がアラゴンと手を切って、私らと協調路線を取るつもりになったのはどうしてだと思う? ジュリオが、アルベルトのナバーラ魂に開眼させられたのさ‥‥そうだろ? 大将」
「‥‥‥‥」
若き弟王は、口許を厳しく引き締め黙っている。
彼も、今回の和睦を心から受け入れているわけではない。
如月にいわれるまでもなく、ナバーラの民――特に彼を理想に燃えた若き英雄として支持していた者たち――の間でそういう風評が立っていることは百も承知だ。
そしてその横顔を見つつ、如月は思う。
ジュリオはその賢さゆえに理屈倒れの「理想」に陥っていた。反面、こちらの弟は王としての器では負けるかもしれないが、その「理想」は、まさにナバーラという国そのものだったのではないかと。
(「もっとも‥‥純粋過ぎて、現実的じゃないのが玉にキズなんだろうけどな」)
これまでの戦いで負った傷をいたわるように撫でながら、考える如月。
とにかく、兄弟の不毛な争いを終わらせるには、ます話を「勝敗」の次元から変えねばならない。
口を閉ざすアルベルトに対し、さらに言葉を継ぐ。
「だからこそ、だ! どうして戦った? ナバーラを守りたいから、だろう? ならばどうする? お兄ちゃんは気づいたみたいだぜ?」
「火を広げるか、または抑えるか。器量等関係ないわ。思ったことを言えば良いのよ」
ちょうど反対側から、やはり従者として同行するデモリス・クローゼ(ec0180)も助言する。
「主は見ています。しかし神は助けることはしません。これを乗り越えてから助けてくれるんです」
「判って、いる‥‥」
低い声で、アルベルトはそれだけ答えた。
「正直、私にゃ政治のことなんてさっぱりだけど‥‥大きな仕事になるってのは確かみたいだね。ここは弓の弦を締めなおして掛からないと」
やはりアルベルトの身辺警護に付き従い、ジョセフィーヌ・マッケンジー(ea1753)は弦の張り具合を確かめる。
城内に入ったからといって油断はできない。どこに暗殺者が潜み、弓による狙撃を仕掛けてくるか判らないからだ。
(「むしろ、これからが本番‥‥ってね。‥‥なぁ、朔夜?」)
ジェスチャーだけで交信をするジョー。
今回の入城にあたっては叶 朔夜(ea6769)に影武者としてわざと目立つ王族の衣装を着せ、アルベルト自身には地味な軍装を着て貰いカモフラージュとしている。
そして彼女自身も出発前に職人を雇って自分の弓の整備を入念におこなっている。、周辺の警戒には怠りない。
(「怖いのは腕利きの弓使い‥‥特にあのハーマインなんかに狙われた日には‥‥面倒くさいことになりそうだけどね。まあ、決着をつけるいい機会でもあるけど」)
うっすらと額に浮かんだ汗を片手で拭う。
惜しむべくは、せっかく捕らえたトマスからハーマインの居所を聞き出す前に死なせてしまったことだ。
‥‥いや、殺されてしまったと言うべきか? とにかく、貴重な情報源はもういない。
『地獄の連隊』は既に解散してしまったようだが、彼の矢がどこからアルベルトやジュリオを狙っているとも限らない。
「来るならこいってんだ。今度こそ、あんたの胸に真っ赤な薔薇を咲かせてやるからさ!」
唇を湿らせ、感覚を研ぎ澄ませるジョセフィーヌ。国の歴史ではない‥‥彼女の行方を決める戦いも、すぐそこまで迫っていた。
やがて一行は調印式の会場へ到着した。
安全上の事を考えれば城内の密室で行うべきだろうが、城下の民に広く内戦の終結を伝えるため、調印はあえて城の中郭前に設営した天蓋の下で行われることになっていた。
むろん、会場の警備はジュリオ側・アルベルト側双方の冒険者たちで連絡を取り合い、目立たない形ではあるが厳重に行われることになっている。
朔夜は式の妨害、暗殺を試みる為利用出来そうな場所や警備の穴、暗殺者が自分の目から見て付け入りやすい場所、アルベルト、ジュリオが式場に入るまでのルート、潜んで狙撃に使えそうな場所の有無などを重点的にチェック。
また毒殺を未然に防ぐ為、飲食物、食器の用意に関わる人物を限定し、万一何か混ぜられた時に反応が出る銀食器使用を提案していた。
会場警備全般については、氷雨 絃也(ea4481)の提言によりエスティーリャ城主たるジュリオ側の指揮下で行われる事となった。これにはアルベルト陣営、ことに彼の理想を信じて従ってきた義勇兵たちの間から異論がでなかったわけではないが、今は形式上の細かい事で言い争っている場合ではない。
「ナバーラの未来は全てのナバーラの民のもの。内戦を制したとてナバーラの民の半数を失ってからでは、遅い。
アルベルトはナバーラが再びひとつになる機を見出した。ジュリオもまた然り。お前達にその機は、見えているか?」
カミロ・ガラ・バサルト(ec0176)の言葉に、結局は彼らも同意せざるを得なかった。
むろんカミロとてアルベルトを見放したわけではない。兄弟の和解とナバーラ統一が実現した時には、新生ナバーラにおける基盤の発展に全力を注ぐ心積もりであった。
「お二方とも、よろしいでしょうか?」
中郭前の広場に押しかけた群衆の前、いよいよジュリオとアルベルトが調印の席につく。
卓を挟んで向かい合う兄弟の顔はややこわばり、口を開いて交わす言葉はない。
袂を分かった二人がこうして出会ったのである。
次に会う時は剣を交えるときであると二人とも考えていただろう。
――だが、考えてもみろ? いったい、この骨肉の争いで互いになにを得られたというのか?!
国土は荒れ、傭兵は倒れ、村は焼け落ち、美しい港町は見る影もない。
なにをすればよかったのか、過去に遡って考えることはできないが‥‥
『だが‥‥正しくなかったことは、紛れもなく事実だ』
心に同じ言葉が宿ったのか、二人は、その理想に燃えた視線を再び前方へ向けた。
<そして、調印式は始まる>
「はじめないのか、アルベルト?」
「‥‥もう少し、待とう」
彼らが言葉を交わしたのは、この会談という大きな舞台に出演するもう一人の役者についてについてであった。
式の準備は整ったが、役者がまだ揃っていない。
ナバーラが同盟を結んだだけでは、大きな転換点となるが、歴史は大きく動かない。
今回の調印式にあたって絃也は各国に国王、もしくはその名代を招聘する親書を送らせていた。両派の和睦、並びにジュリオの国王即位を広く公のものとするためである。
もっともアラゴン、カスティリアからは何の返答もなく、ポルトガルからも‥‥表立ってであるかどうかは分からないが、特使として皇女アンリエッタを派遣することになっていた。
そして、アルベルト軍の入城に遅れること1時間ほど――ポルトガル側の冒険者たちに守られたアンリエッタが無事エスティーリャ城に到着した。
船と馬車を乗り継いでの2週間に及ぶ長旅は幼い皇女にとって相当の負担だったようだが、
それでもアンリエッタは気丈にジュリオ、アルベルトの兄弟に挨拶し、ポルトガル王国を代表し両者の調印を見届ける旨を宣言した。
「よく来れたな。‥‥そちらはどうだ?」
「おぃ、久しぶりに会ったんだからちょっとは砕けてくれって。‥‥簡単に話すぞ」
ポルトガル側から来航した冒険者たちにも、また格別の感慨がある。
その一人、カジャはカミロと軽く腕を合わせると、ナバーラ側冒険者たちにこれまでの経緯を手短かに説明した。
デ家の陰謀の一端を担う副提督ヴァウルの複雑な胸の裡。自分達が来訪した目的は調印式の後に対カスティリア三国同盟を提言するためであること。
また、リスボンの港で襲撃してきた例の複合魔法使いを返り討ちにしたこと等。
ヴァウルがデ家の陰謀における「表の顔」であることは、生前のトマスの証言から既に判明している。だが、全てを裏で操る真の黒幕については未だに謎のままだが。
もっとも三国同盟の件については、カミロを始めアルベルト側の冒険者たちがあまりいい顔をしなかった。ポルトガルはまだしも、今回の内戦の元凶であるアラゴンと再び同盟を結ぶのには抵抗感を覚えたからだ。
「‥‥だけど、必要なことなのでござる」
「わかった。‥‥その話は、また後にしよう。とにかく、今はこの調印式を無事に終わらせるのが先決だ」
香月の強い意志のこもった言葉を受けて、カミロはしばらく思案した後‥‥簡潔にこたえた。
群衆の見守る中で始まった調印式の流れは、心配をよそにスムーズに進んでいた。
両軍の停戦と捕虜交換。名実共にジュリオをナバーラ新国王として即位させること。
アルベルト自身はナバーラの北半分を治めるザラウズ公として認知され、また王弟として今後の国政に一定の発言権を有すること。そ
して何より、内乱によって荒廃した国土の復興と、2つに引き裂かれた民の心を再び結束させること――。
もっとも、これらの諸事項は予め使者を介しての事前交渉で既に合意が成立していることなので、会議自体は形式的なものに過ぎない。
カミロ自身は、事前交渉の際にジュリオがアラゴンと締結した同盟内容を密約部分も含めて公表すること、そして正式な同盟破棄を盛り込むことまで主張したのだが、結局ジュリオ側を追い詰め過ぎて調印式じたい流れてしまっては元も子もないので、その件については未だ曖昧なままである。
「これにて、決議といたします」
両国の副官をつとめたシェリルとヴァーレーンが、サインがかかれた紙を持ち上げる。
最後に両者が筆を執って講和条約の書類に調印。ジュリオとアルベルトの兄弟は席を立ち‥‥堅い表情のまま‥‥ぎこちなく、手をとった。
――結局、両者とも固い無表情のままではあったが。
「‥‥どちらにしろ、この瞬間に国はひとつに戻ったんだ。まずは第一歩‥‥でも、ほんとに大変なのはこれから、みんな頑張ろうね」
護衛も兼ねて最前列で見守っていたミトナ・リプトゥール(ec0189)が微笑する。
フィディアス・カンダクジノス(ec0135)が立ち上がり、竪琴をつま弾いて調印式の成功と平和の訪れを称えるサーガを歌った。
その歌声は式典を見守る群衆の胸に染み渡り、人々にもナバーラ国内の戦が終わった実感が徐々に広がっていく。
「おおおおおぉおおおおお!!!!!」
「ジュリオ陛下、アルベルト殿下万歳!」
「ナバーラ万歳!!」
先ほどまでの殺気すら感じられる雰囲気が嘘のように、拳を突き上げ、湧き上がる聴衆。
群衆の一角から広まったその歓声はたちまち広場全体へと広がり、ある者は歓喜に顔を輝かせ、ある者は頬を涙で濡らし、人々は諸手を挙げて新国王とその弟を称えた。
と、そのとき。
歓呼に湧く広場の数カ所から、素早く調印の席に向かって走り寄る影があった。
服装こそごく平凡な農民だが、その動きは明らかに訓練された兵士のものだ。
「――刺客ってか?! 甘いんだよ!」
会場の誰よりも先に、その存在に気付き、弓を構えるジョセフィーヌ。変装したつもりだろうが、農民に化ければ警戒しないなんて時代は、彼女の中ではとうの昔に過ぎている。
彼女の合図によって会場の警護にあたっていた冒険者たちはジュリオたち要人の身辺に付く、あるいは駈けだして暗殺者を迎え撃った。
「この流れ‥‥変えさせない、変えさせるわけにはいかない!」
弓矢による狙撃に備え、ミトナが天蓋の周囲にミストフィールドを張る。
数名の刺客たちはいずれも隠密潜行の心得があるようだったが、剣の技量はせいぜい一般兵士レベル。プロの暗殺者とは言い難いものだった。
「その程度の腕前で調印式の妨害とは、片腹痛いでござるよ!」
突き出されたナイフの切っ先を軽々と弾き、気合と共に拳で刺客を殴り倒す七瀬。
ついで襲い掛かってきた敵も、同様にあえて剣は使わず体術で殴り倒す。生け捕りにして、後で雇い主の名を吐かせるためである。
仲間が倒されるのを見るや、侵入者たちは再び隠密潜行で身を隠し群衆の中へと紛れ込む。
「逃げられるとでも思っているのか!」
姿は覚えたと、すかさず後を追う冒険者たち。
「アラゴンからの刺客か? ‥‥にしては、不甲斐なさすぎるな」
ジュリオの身辺にぴたりとついて剣を構えるゼナイドが、不審げに呟いたとき。
「――ま、ひとつお手柔らかにお願いしますよ。彼らはイラムス殿からの借り物ですから」
ミストフィールドの向こうから、見覚えのある禿頭の男が、含み笑いを浮かべつつ歩み寄ってきた。
「オルト・リン(ec0192)‥‥!?」
冒険者たちが、それぞれの思惑をもとに、驚き、あるいは警戒を強める声をあげる。
「‥‥詳しく聞こうか。アラゴンの差し金か‥‥あるいは、別の提案か」
剣から手と、視線から殺気を離さないまま、オルトとの距離をはかるカミロ。
それは問いかけているというよりも、放たれる必殺の一撃を準備しているといった形容が相応しくも感じる。
「うまくいかないとわかっていながら襲撃者をさしむける。‥‥ここに辿り着くまでの方策だとすれば、随分と荒っぽいな」
やや穏やかな声を発するゼナイド。彼女はオルト以外に誰か襲撃者がいないかと警戒する。
「いやいや。わたくしとて、あの程度の連中にあなたがたの警備が破れるなどとは思っておりませんよ。
彼らにはちょっと囮を演じてもらっただけ‥‥そう、こうしてジュリオ陛下、アルベルト殿下にお目通りするためにね」
そういって、オルトはアルベルトとジュリオに向かって恭しく一礼する。
「ほほぅ。そちらにいらっしゃるのはポルトガルのアンリエッタ皇女‥‥これは興味深いですなぁ」
「‥‥話はそれだけか? ならばアラゴン王に伝えろ。式典への参列者は、もっと礼儀を弁えた者を寄越せとな」
式典への招待状をアラゴンにも送り無視された絃也が、皮肉を込めて呟く。
オルトに向けられる無数の視線。それは、彼が少しでも心に動揺を見せようものならば、瞬時に彼の命を奪い取りそうにも感じる。
「こいつは手厳しい。ともかく、この場であなた方と戦う意志はありません」
だが、彼はあくまで微笑を崩さず、両手を挙げ丸腰であることを示すと、
「わたくしが本日伺ったのは、先ほども申し上げたとおり、新ナバーラ国王であらせられるジュリオ陛下とお話したいがため」
「‥‥ならば、なにが望みか、言ってみよ」
ジュリオが冒険者たちを手で制し、一歩前に出た。
現時点で、ナバーラとアラゴンの同盟は形骸化したといえ、公式に破棄されたわけではない。目の前の男がアラゴンの密使であるというなら、いちおう話だけでも聞く義理はあると思ったのだろう。
「恐悦至極。様々な経緯はあれど、こうしてジュリオ様が即位なされた以上‥‥ナバーラとアラゴンの同盟は、未だ有効かと存じます」
「‥‥‥!」
ジュリオ・アルベルト双方につく冒険者たちがいきりたつ。
逆に、ポルトガルから来た一行は複雑な表情になった。
アラゴンとの再同盟は、こちらから切り出すはずの提案だったからである。
「もちろん、内乱で疲弊した貴国に、共にカスティリアと戦おうとまでは望みません。ここは妥協案として限定的同盟――つまり、アラゴン軍のカスティリア侵攻に際して通過の自由と補給の確約をいただきたいのです」
「限定的? 仮にそうだとしても、カスティリアを敵に回すことに変わりはない。その提案、ナバーラにとって何の得があるというのだ?」
「国境を接さない処に味方を作るべき。これ政治の基本」
「‥‥どういうことだ?」
ジュリオからの問いかけに、オルトはより一層顔を低く下げ、応える。
「仲良く国境を接していられるなら、いっそ1つの国になった方が効率的。同盟を組もうが組むまいが、いずれナバーラはアラゴンに呑み込まれましょうぞ。
ならば、その野心を先にカスティリアの方へと逸らし、両者を疲弊させるのが良策というものでは?」
「‥‥その言葉、受けたとしても、とてもアラゴンの密使が言うとは思えないな。‥‥何が言いたい?」
「では、率直に申し上げましょう」
オルトの口許に薄笑いが浮かび、黒い瞳が兄弟の魂を吸いこむように細まった。
「アルベルト殿下の理想は、ただザラウズの領主に収まることだけですか? ジュリオ陛下の野心は、ただナバーラ1国の王になるだけで満足されますか? ‥‥そんなものではないはず。今ならば、デ家の反乱で内憂外患を抱えたカスティリアを潰し、同時にアラゴンにも比する領土と国力を得る千載一遇の好機――お二人がお望みなら、このオルト・リン、あえてアラゴンを裏切ってでもお力添えしましょうぞ」
●次回行動指針
デ家が起こした反乱により、イスパニア大陸ではカスティリアとポルトガル・アラゴンの戦いが続いています。
戦況は現在カスティリア王国が内乱に押される形で徐々に押し込まれており、戦線こそ後退していないものの、
防衛ラインの縮小は時間の問題だと思われています。
ナバーラは同盟を結んだことにより、南北で統一を結成しましたが、アラゴンはナバーラ国境付近に軍を構えています。
ナバーラに所属する冒険者は今後のナバーラの方針を決めてください。
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