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二つの理想
■クエストシナリオ
担当:
みそか
対応レベル:
‐
難易度:
‐
成功報酬:
-
参加人数:
31人
サポート参加人数:
-人
冒険期間:
2007年10月01日
〜2007年10月31日
エリア:
イスパニア王国
リプレイ公開日:
01月16日19:10
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オープニング
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●リプレイ本文
〜 激動の時代? 随分と格好いい言葉だが、住民にとっても権力者にとってもそれはロクなものじゃない。
そんなものはとっとと終わらせるか、 あるいは、起こさないのが指導者の役目だ
好きで傭兵国家など統治しているわけじゃないんだよ、ワシは 〜
カルロス1世の口癖より
●アラゴン〜バルセロナ
「国王陛下もご出陣なされたと? カスティリアでの戦況はそんなに悪いのですか?」
館の庭園で花の手入れをしつつ、コモディンは王宮からの使者に尋ねた。
「はっ。先だってカラトバ騎士団に大敗、エンリケ様の暗殺と不祥事が相次ぎ、前線の士気は著しく下がっております」
いわゆる勅使ではない、非公式の密使は、それゆえに目立たぬ庭師のような服装で彼の足許に恭しく片膝を突いていた。
「そのうえ、ナバーラのジュリオ王からは、反乱軍のアルベルトと和睦の調印を行うとの一方的な通告が――」
「‥‥つまり、我が国はナバーラへ介入する大義名分を失ったわけですね? 結構なことじゃないですか」
パチン、と蕾の一つを庭鋏で切り落とし、コモディンは笑顔が地になったような穏和な面差しを、少しだけ皮肉げに歪めた。
「賢王」エンリケの名声に隠れ殆ど表に出ることはなかったが、彼もまた長年アラゴン王ペドロ4世に仕え、懐刀といわれた軍師の一人である。もっとも国王がナバーラ内戦に介入すると決めた際、宮廷でただ一人反対論を唱えたため、アラゴンそれ以来すっかり不興を買い、自身の館に幽閉同然に閉じ込められるはめになったが。
だが、事実として彼が危惧したとおり、ナバーラのジュリオと呼応してカスティリア方面へ出兵したイラムス将軍は失態を重ね、そして内戦で疲弊したナバーラは遠からず対カスティリアの同盟から脱落することになるだろう。
聞けばカスティリア国内ではデ家派勢力の反乱が発生したというが、「残虐王」ペドロ1世のもとあまたの名将を擁するあの大国がそう簡単に覆るとも思えない。
(「いわんこっちゃない。だからデ家の連中の甘言などに、耳を貸すべきではなかったのですがねえ‥‥」)
「いいえ。陛下におかれましては、あくまで今回の『聖戦』を遂行するお覚悟。つきましては、コモディン様にも軍師としてナバーラ国境までお越し願いたいと」
「何ですと?」
コモディンは驚いて振り返った。アラゴン王が自ら国境に出向いたのは、てっきりカスティリア相手の停戦交渉のためかと思っていた。だがあくまで戦争は継続し、しかも開戦に反対した自分をも前線に呼び出そうという。
(「陛下は、いったい何を考えておられるのだ‥‥?」)
ともあれ、非公式とはいえ勅命には逆らえない。密使には呼び出しに応じる旨を伝え、コモディンも館の中へと引き返した。
彼の悪い予想が正しければ、間もなくこのアラゴンは国家として最悪の道を選択する。そしてその後始末をさせられるのが、よりによってこの自分だ。
(「やれやれ‥‥私もせいぜい毒殺されないよう用心しなくてはなりませんね。エンリケ殿の様に‥‥」)
執務室に戻ったコモディンは家人に旅支度を準備させると共に、信頼のおける――すなわちデ家の息のかかっていない――白セージと聖騎士たちの招集を命じた。
●ナバーラ〜エステーリャ城
「申し上げます! アラゴン軍が国境を越え我が方の陣営を急襲。現在、大軍をもってこの城に迫っております!」
早馬を走らせ城内に駆け込んだ伝令が、鞍から飛び降りるや息を切らしながら告げた。
ジュリオとアルベルト兄弟をはじめ、調印式会場にいた者たちの視線が伝令に釘付けになる。
確かに今回の調印式がアラゴン側にとって望ましいものでないことは、誰もが承知していた。だが、カスティリア軍という共通の敵を相手にした現状で、こうも露骨な強硬手段にでようとは――。
「‥‥どういうことだ?」
ジュリオは目の前に立つ禿頭のクレリックに向き直り、低い声で問いただした。
「い、いや、わたくしは何も‥‥何かの間違いでは?」
だが男がくどくど言い訳している間にも第2、第3の伝令が城内に飛び込み、刻々と情勢を伝えてくる。アラゴン軍は本国からの支援も含めて総兵力およそ2万。もはや牽制や威嚇といったレベルではない、城攻めまで視野に入れた本格的な侵攻作戦である。
クレリックの顔から血の気が引き、死人のごとく青ざめた。
「なぜこんな時に‥‥役に立たない馬鹿め!」
「‥‥どっちにしろ、お互いヤキがまわったってことさね」
名無野 如月(ea1003)があくまで冗談めかして、しかし柄から手を離すことなく返答する。
「旦那、アラゴンを裏切っても構わないっていってたけど‥‥相手も国ひとつ背負っているってだけのことはあるさ」
「‥‥‥」
「‥‥ともあれ、これをもって我がナバーラとアラゴンの同盟は破綻した。つまりそなたの身柄も今後は捕虜として扱わせて貰う」
無言でその額から汗を流すクレリックを、ナバーラ兵が拘束し引き立てていく。
そこに、つい先刻まで悪魔のごときオーラで王兄弟を誘惑していた策士の面影はなく、ただ自らの野望に挫折した哀れな男の姿だけがあった。
王兄弟を守っていたゼナイド・ドリュケール(ec0165)、ミトナ・リプトゥール(ec0189)、あるいはポルトガルより皇女アンリエッタを護衛してきたカジャ・ハイダル(ec0131)ら冒険者らは、その光景を複雑な心境で見守っていた。
野望を秘め、この会議場に現われた彼であったが。しかし彼もまた、かつては同じ船に乗りこのイスパニアにやってきた「仲間」の一人であったのだ。
思えば一年近い月日の間、流転する運命の中で幾人かの仲間が姿を消し、そしていま、一度は敵味方に分かれていた仲間達がナバーラ再興という目的の下、手を取り合って一つに集まろうとしている。
(「策士策に溺れる、か‥‥あるいは、我もまた、彼奴と同じ穴のむじなだったのかもしれないな」)
天を仰ぎ、冒険者と同じく過去を思い浮かべるジュリオ。
ただ国のため、「強いナバーラ」を復興せんがため、あえてアラゴンと手を組んだ。
しかしそれは果たして正しい選択であったのか? そこに己の野心、明らかに自分より人を魅了する純粋な弟への敵愾心、あるいはデ家の血筋でない己の出自に対する劣等感はなかったのか?
「‥‥だが、今は甘んじてこの名前も受け入れる覚悟はある」
「その通り。ぼんやりしている暇はないぞ。こうなった以上、もはやアラゴンと再同盟どころではない。‥‥おあつらえむきに全員揃っているんだ。これからとる行動はわかりきっている」
氷雨 絃也(ea4481)の言葉に、一同はそれぞれ頷く。未だつながりあったばかりとはいえ、この小さな国をひとつにしたのは彼らの意思である。
王国が死地に赴くには、まだ若すぎる。
「うむ。 ‥‥全員に伝令! 直ちに兵を集め、アラゴンを迎え撃つ!」
「お待ち下さい、兄上‥‥いえ陛下!」
ジュリオは調印式の代表を務めたシェリル・シンクレア(ea7263)ら、会場に集まった面々に声をかけ、出兵の準備を命じたが、アルベルトがそれを制止する。
若き王弟は自らジュリオの足下に跪き、深く頭を垂れた。
「陛下にはおかれましては、ナバーラ国王としてこの城を守って頂かねばなりません。アラゴン撃退の役目――このザラウズ公、アルベルトにお任せ下さい!」
傍らで何かいおうとしたヴァーレーンを手で制し、若者は真っ直ぐな眼差しで兄の顔を見上げた。
「‥‥私を王として認めるのか?」
「ある者にいわれました。自分は王の器にあらずと――調印に従い、進みましょう!」
歯を見せて笑うアルベルト。
目先の正義に捕らわれるあまり過ちを犯しました。
国のため、民のため、このナバーラを再興するという心は一つだったはずなのに‥‥だ。
彼は決して燃える町を忘れたわけではない。同胞相討ち、祖国を荒廃させてしまった自らの徒‥‥先に進むことができるなら、肩書きほど無駄なものはない。
自ら過ちを認めてもなお輝きを失わぬ弟の笑顔を見つめながら、ジュリオは己の心の奥底で凝り固まっていた氷塊が、静かに溶けていくのを感じていた。
「聞き届けた。‥‥ナバーラの軍勢、全ておまえに預けよう」
「‥‥はっ!」
アルベルトは一礼すると立ち上がり、自らを警護していた冒険者たちに向き直った。
「おまえたち、今日までよく私についてきてくれた‥‥だが、この戦いで生きて戻れる保証はできない。無理強いはせぬから、立ち去りたい者はこの場で遠慮無くいって欲しい。今までの報酬はまとめて払おう」
「いまさらくだらない冗談だ。 伊達や酔狂でこの国に戻ってきたわけではない」
カミロ・ガラ・バサルト(ec0176)が大袈裟に肩をすくめたれば、他の冒険者たち‥‥如月、ジョセフィーヌ・マッケンジー(ea1753)、フィディアス・カンダクジノス(ec0135)、デモリス・クローゼ(ec0180)、ミトナ・リプトゥール(ec0189)、叶 朔夜(ea6769)らも同様に頷く。
「深追いはするなよ。カスティリア軍の動向もある。今の我々に、アラゴンと全面戦争を戦う余力はない」
釘を刺すように話す氷雨。
「いったん国境まで押し戻したら‥‥できれば、イラムス将軍に停戦交渉を持ちかけてほしい。ポルトガルも含めた3国同盟の件も含めてな。戦争で勝利すればすべて解決するというのは‥‥今さら言うまでもないが、大きな妄想だ」
「あぁ、わかっている」
アルベルトは微笑した。
「ただ闇雲に剣を振りかざし、隣国を寄せ付けぬだけが『独立』ではないと‥‥兄上と、お前たちから学ばせてもらった。だから‥‥」
「敵影!!」
アルベルトの言葉が終わらないうちに、騒然とする会場。兵士が悉く弓を持ち、上空に現われた点にめがけて矢を放とうとする。
「撃つな!! ‥‥心配ない。あの『二人』は味方だよ。せちがない世の中だ‥‥少なくとも知り合いはそう思うことにしてる」
ジョセフィーヌの声にあわせ、矢を振り絞っていた手から徐々に力を緩める兵士たち。
――上空から何かが鳥のように舞い降りたかと思うと、それはたちまちフライングブルームに乗った人影となって調印式の会場へと降り立った。
「せっかく大将がいいこと言おうとしてたのに、ちょっとばかしタイミングが悪かったねぇ」
「‥‥苦労して帰ってきたんです‥‥もう少しだけ‥‥いたわってください‥‥」
空から降り立った二人‥‥フォルテュネ・オレアリス(ec0501)、大宗院 透(ea0050)の2人は、フライングブルームから降りると同時に、その場に倒れこんだ。
「大変! すぐに‥‥‥‥‥‥みんな、治療室に運ぶの手伝って!」
考えるより先に身体を動かし、真っ先にかけつけたミトナはあろうことか二人を同時に持ち上げようとしたが‥‥皆の力を借り、二人を治療室まで運んだのであった。
●ナバーラ南部〜国境付近
ナバーラ・カスティリア・アラゴン3国の国境が交わる地域。
「‥‥これだけの兵がいれば‥‥ナバーラもひとたまりもあるまい」
嘲笑を上げながら、2万の軍勢を率いたイラムスが意気揚々とナバーラ領へと進撃していく。
目指すはエステーリャ城。アルベルト軍との講和を快く思わず、アラゴン軍傘下に加わった一部の旧ジュリオ派ナバーラ軍が案内役として先導している。
「あの城にジュリオとアルベルトがいるなら好都合。調印式など、城ごと踏みにじってくれるわ!」
エステーリャ城を陥落させた後は、捕らえたアルベルトを人質に、傀儡王としてジュリオを立てナバーラを掌握。そのままカスティリア侵攻の足場とする。
「すばらしい‥‥」
どれだけ考えても恍惚すら覚える。もはや同盟など必要ない。力でねじ伏せナバーラを属国としてしまえば、これまでの失策も全て帳消しになる!
後方には予備兵力として、アラゴン王ペドロ4世自らが率いる1万の軍勢も控えている。
脅威があるとすればカスティリア軍による側面からの攻撃であるが、カスティリア本国で発生したデ家派勢力による反乱が、状況を有利に塗り替えてくれた。
グラナダの騎兵団は半島南部でポルトガル海軍に釘付けにされ、以前に苦杯を喫したカラハド騎士団もデ家反乱鎮圧のため急遽中央に呼び戻されたと聞いている。現在、国境付近には守備兵としてわずかなカスティリア軍が残っているだけのはずだ。
ナバーラがいくら統一されたといっても、つい昨日までは敵味方で争っていた者同士の連合軍。おそらく指揮系統さえまともに機能していないだろう。
「いずれはジュリオも始末して、この私自身がナバーラの王となるのも悪くない」
全てはイラムスの楽観的な予測に過ぎなかったが、戦争の最中‥‥彼に、もはやその思考を疑う余裕は存在しなかった。
そんなアラゴン軍の行軍を、小高い丘の上から見守る一群の騎兵隊があった。
「動き出したな‥‥」
馬上から眼下の光景を眺めつつ、片眼を黒革の眼帯で覆った男が呟いた。
尖った頬と細く鋭い隻眼。カスティリア軍の紋章入りの鎧を身にまとっている。
カスティリア「犬狼」騎士団長、エルウィン・ベルトロ。
中央の反乱鎮圧のため後退したカラトバ騎士団長ディエゴ・デ・バリディアと入れ替わる形で、つい先日着任したばかりの将軍である。
「今日は記念すべき日になる。おまえらも、末代の語り草によく見ておけよ」
「何をでありますか? 将軍閣下」
不思議そうに聞き返す副官を見向きもせず、男は酷薄そうな笑みを浮かべた。
「アラゴンだろうがナバーラだろうが‥‥我がカスティリア王国に弓引く者がどういう運命を辿るか、それを賢者どもが歴史に書き残すからさ」
そういうベルトロの背後には、丘の陰に隠れるようにして彼が中央から率いてきた軍団3万が控えている。
もっとも、その中で彼自身が直率する正規軍「犬狼騎士団」はわずか5千騎。残り2万5千は、トレドから進軍する途中で募った傭兵と民兵からなる軽装歩兵中心の混成軍である。中には山賊まがいの連中や、あの悪名高い「悪魔の連隊」の残党まで混じっていた。
いってみれば数だけ強引にかき集めた雑兵の群だが、それでいいのだ。
ベルトロにしてみれば、彼らは最後の1兵まですり潰しても惜しくない、いわば「使い捨て」の兵団なのだから。
もしペガサスに乗って上空から見下ろせば、彼らが戦術的には奇妙ともいえる陣形を敷いていることが判ったろう。
質はともかく数だけは膨大な歩兵部隊2万5千を前衛から中衛にかけて一塊に配置し、その後方と両翼に正規軍の騎兵部隊を配置している。騎兵は短弓を武器とし機動力を重視した軽騎兵を中心としていた。
正規軍の騎兵を弓の弦に見立てると、動員兵からなる歩兵部隊はちょうど番えられた「矢」ということになる。ギリギリまで引き絞られたその巨大な「矢」を何時、何処に向けて放つか――それはベルトロの胸ひとつだった。
『汝はひと月、東部国境を死守せよ。その間に反乱は鎮められるであろう』
カスティリア王・ペドロ1世からはそう命じられている。
だがエステーリャ目指して進軍する、見かけだけは煌びやかなアラゴン軍の騎馬隊を値踏みしつつ、ベルトロは思った。
(「こりゃひと月も要らねえな。今日1日でカタがつきそうだ」)
「傭兵どもに伝えておけ」
人呼んでカスティリアの「犬狼将軍」は、副官に短く命じた。
「捕虜を取る必要はねえ。手当たり次第に皆殺しだ‥‥敵兵の首一つにつき銀貨1枚、将軍首なら金貨10枚出すとな」
●アラゴン領内・北西部 (夢見がちの軍隊ほど、脆く、儚い)
「なっ‥‥!?」
ナバーラ・カスティリアと国境を接するアラゴン側に陣を敷いていたアラゴン王・ペドロ4世は我が目を疑った。
エステーリャ制圧に向かったイラムスから勝利の報告があり次第、自らも兵を進めて本格的にカスティリア侵攻作戦の指揮を執るつもりだった。
だがその日の夕刻、戻ってきたのは戦勝を伝える使者ではなく、ボロボロに傷つき亡者のごとく虚ろな目をした、数えるほどの友軍だった。
一体、前線で何が起こったのか?
相手は内戦で疲弊したナバーラ軍。カスティリア軍の主力は中央の反乱により撤退していたのではなかったのか?
生き残りの兵を捕まえて問いただしても、ただ恐怖に駆られた目でうわごとのようにブツブツ呟くだけで、状況が全く判らない。
指揮官イラムスは生死不明。その日国境を越えたアラゴン軍2万のうち、生きて帰ってきた者、わずか3千。
1万7千名――アラゴンが擁する総兵力のうち、実に1/3を超える数の兵が、わずか一日にして蜃気楼のごとくナバーラの大地に消え失せた。
「こ、こんな事が‥‥余は悪い夢を見ておるのか?」
もはや「儀式王」としての威厳も忘れ、馬上から降りたアラゴン王は、やがて大地に身を伏せ、血が出るまで拳を地面に打ち付けながら泣き喚いた。
「イラムス! この愚か者め! ‥‥返せ! 余の軍団を返せぇーっ!!」
「これはどうも‥‥困ったことになりましたなぁ、陛下」
振り返ると、そこにたった今フライングブルームで到着したのか、バルセロナから召喚した軍師・コモディンが立っていた。
「こうなると、もはやカスティリア侵攻どころではありませんね‥‥いや、下手するとナバーラ軍までもが余勢を駆って攻め込んでくるやもしれません」
「ど、どうすればよい? コモディン、今となってはおぬしだけが頼りじゃ」
「どうもこうも‥‥何とか外交で乗り切るしかないでしょう?」
コモディンは主の傍らへ歩み寄り、小声で耳元へ囁いた。
「もうデ家とは手をお切りなさい。――カスティリアと停戦するには、他に選択の余地はございません」
「それは‥‥そんなことをすれば‥‥」
「暗殺ですか? ご心配なく。既に手は打ちました」
コモディンは懐から一枚の書状を出し、ペドロ4世にそっと見せた。
一読した王の顔が、愕然としてこわばった。
「‥‥正気か? 何ということを‥‥」
「ナバーラとカスティリアの司令官に軍使を送って下さい。これを『材料』に、何とか停戦に持ち込めるよう交渉いたしましょう‥‥彼らが持っているもうひとつの『材料』と合わせれば、心配するに及ばないことです。陛下におかれましては、どうぞ御心を安んじられますよう」
そういって、コモディンは穏やかに微笑んだ。
もっとも彼の場合平素から笑顔が地のようなものなので、この場合の微笑は「無表情」と同義であったが。
●エステーリャ城・深夜
「アルベルトさんたちは‥‥どうしているでしょうね‥‥」
「うむ。無事に話がまとまってくれればよいでござるがな‥‥」
心配そうに話しかけるヒスイ・レイヤード(ea1872)の傍らで、香月七瀬(ec0152)は、浮かない顔で答える。
国境を越えて攻めてきたアラゴン軍を迎え撃つため、ザラウズから連れてきた自軍の兵2千、そしてジュリオから借りた城兵5千――合わせて7千の兵を率い、アルベルトはナバーラの命運を賭けて出陣した。冒険者たちも、全て護衛として行動を共にしている。
もたらされた伝令によれば、アルベルト軍は数に勝るアラゴン軍を辛くも打ち破り、国境方面に撃退したという。この時点で、少なくともアラゴンによるナバーラ占領という最悪の事態は回避された。
が、問題はその後だ。
撤退を開始したアラゴン軍に対し、予期せぬ伏兵――東から降って湧いたように現れたカスティリアの軍勢が襲いかかり、殆ど全滅に近い損害を与えたのだという。
伝令からの報告書を読むだけでも、それはもはや戦というよりはただ一方的な虐殺と呼ぶのに相応しい、身の毛もよだつ光景であったことが伝わってくる。
「‥‥最悪の事態も、想定しなければならんでござろうな」
香月の言葉が示すとおり、これはナバーラ側にとっても不測の事態であった。
確かにアラゴンという国には信用がおけないし、これまでにも数々の煮え湯を飲まされてきた。しかしそれはそれとして、既に有名無実のものになったとはいえ、カスティリアに対抗するナバーラ・ポルトガル・アラゴンによる3国同盟は将来的にこの国の安全を保証する計であったにもかかわらず、その一角が早くも潰え去ってしまったのだ。
現在、ナバーラ南部の国境地帯にはカスティリアの将・ベルトロ率いる大軍が布陣し、またアラゴン側の新軍師・コモディンの呼びかけにより、アルベルトも交えた3者会談が行われているという。
もはや壊滅状態のアラゴンがこのうえどんな条件で停戦を持ちかけて来たのかは不明だが、ともかく今は最悪でも現状維持、カスティリア軍の牙がこのナバーラに向けられないことを祈るしかない。
またカスティリアのベルトロ、アラゴンのコモディンはいずれも初めて聞く名であり、一体いかなる人物かも不明である。
これについては現在、氷雨 絃也(ea4481)がルシファー・パニッシュメント(eb0031)らと合流してカスティリア領内に、大宗院 透(ea0050)が再びアラゴン領内に潜入し情報を集めている最中だった。
現在このエステーリャ城に滞在している冒険者たちは、皇女アンリエッタを護衛してポルトガルから来航したヒスイら5名、国王ジュリオを守るゼナイドら2名、そしてアラゴンから生還したフォルテュネ・オレアリス(ec0501)の計8名ということになる。
ここで心配なのは、デ家一派による新国王ジュリオの暗殺だった。
フォルテュネらが持ち帰ったエンリケの手紙により、既に彼らの勢力がアラゴン国内に深く浸透していること、カスティリアの領土分割を餌にペドロ4世を抱き込んでいることは判明した。また彼らの「表の指導者」がポルトガル海軍副提督、ヴァウル・デ・バルスであることも筆跡などから判っている。
しかしながら、ヴァウルのさらに背後から全てを操っている「真の黒幕」については未だに判然としない。今回の戦が一段落してアルベルトたちが無事帰還したら、改めてその件について調査に乗り出すつもりだとカジャはいっていたが。
問題は、その前にジュリオやアンリエッタに対して暗殺者が送られる可能性だ。
警備は厳重にしいているが、エンリケやトマスの例もある。可能性はできるだけ消しておきたかった。
現在城内にいる者たちで手分けして2人の身辺警護にあたる手はずになっていた。本音をいえばポルトガル組の冒険者たちとしては皇女の護衛に専念したかったのだが、現在ジュリオの側近を務めるシェリルは出産を間近に控えた体で無理はさせられず、いざというときたたかえるのが自分たちを除けばゼナイドとフォルテュネだけではさすがに心細い。
「‥‥しかし、皮肉な話ね‥‥」
ふとヒスイが呟いた。
「何がでござるか?」
「私たちはカスティリアからナバーラを、いえイスパニア全体の平和を守るためにあの3国同盟を提案したのよ‥‥? なのに、今回の戦乱を目論んだデ家は、肝心のポルトガルやアラゴンに強い勢力を築いている‥‥もう、いったい誰が敵で、誰を味方と信じていいのやら‥‥」
「確かに‥‥ややこしい話でござるな」
七瀬も首を捻った。未来の大剣豪を目指して武の道一筋に生きてきた彼女にしてみれば、現在のイスパニアが置かれた複雑怪奇な情勢はまさに理解の外だ。
大波が打ち寄せる海岸で、凄腕の剣士を相手に一騎打ちを演じる‥‥そこまで至れば話は至極単純だが、どうにも戦争というものは、剣豪の意地でできているものではないらしい。
「せめて、トマスが死に際にもらしかけたという黒幕さえ判れば――」
そのとき。
(「ヒスイさん、七瀬さん! いそいでジュリオ様の元へ!」)
急を告げるシェリルからテレパシーが、2人の意識へ直接呼びかけてきた。
「そう簡単にさせませんよ、暗殺者さんたち」
誰へともなく呟き、敵の位置を把握しようとするシェリル。
出産後期のため動きのとれない彼女ではあったが、城内に侵入する不審者の監視は怠らない。ジュリオの寝室に迫る怪しい人影を感知するや、警備兵を含めた冒険者達に伝令を送る。
ヒスイと七瀬がかけつけたとき、燭台の明りの落とされた暗闇の中で、黒装束の男達数名を相手に立ち回るカジャとゼナイド、そしてフォルテュネらの気配があった。
黒革の鎧に黒覆面、手にした短刀まで黒く塗った暗殺者たちは明らかに訓練されたプロであり、その腕前は先日調印式を襲ったイラムスの手勢など比較にならない。
「てめぇらぁ! 誰の命だ!」
「‥‥」
カジャの激昂のような叫び声にも返答はない。
ジュリオやアンリエッタの寝室周辺には予めライトニングトラップを仕掛けていたのだが、効き目がなかったところを見ると、彼らは電流を防ぐ魔法を施した特製のブーツを履いているのだろう。
「どちらにしろ‥‥一個人が雇ったという腕前ではないですね」
この一年、伊達や酔狂で戦いの中を潜り抜けてきたつもりはない。数こそ違うとはいえ、その自分たちと互角にわたりあえる−−恐らくは暗殺者の集団なのだ。考えたくはないが‥‥
「関係ない! お前たちが誰だろうと、通すものか!」
鮮血が宵闇の中に飛び散り、男がぐったりと倒れる。止めとばかりに男を蹴り飛ばし、鍵のあいた扉ごとはね飛ばすゼナイド。
彼女は寝室の中では両手に日本刀を構え直すと、窓から差し込む微かな月明かりを頼りに、影のような刺客たちと切り結ぶ。背後ではジュリオも自ら剣を取り、身構えていた。
「ジュリオ王、我ら一族のためにそのい‥‥!」
「やっと口をあけてくれたかと思ったらそれですか?!」
携帯していたヒーリングポーションを呑み、叫び声と共に起き上がろうとした男をフォルテュネが氷の棺に閉じこめた。
だが、そのフォルテュネの背後に、鈍く金属の刃が光る。
「警備兵はまだですか?! なにをやっています!」
「兵士の離反相次ぎ、警備に手が‥‥」
呪文で相手を切り刻んだシェリルは、同じく戦うナバーラ兵へ叫ぶが、返ってきたのは混乱から立ち直れていない、消え入りそうな声であった。
「多少外縁はやられてもいい! こちらに戦力を集中させるんだ! 目的を見誤るな!」
ストーンアーマーで肉体を硬化させたカジャは自ら敵の懐に飛び込み、ローリンググラビティーで重力を反転させ暗殺者を天井に叩きつける。尚も立ち向かおうとした者は‥‥振り向き際に、刃で切りつけられ、倒れた。
「遅れたでござる!」
その場へさらにヒスイと七瀬が駆けつける。
「っ‥‥」
形勢不利――と見たのか、暗殺者の一人が何かの呪文を高速詠唱で唱え、瞬間、寝室の中が目映い閃光に包まれた。
「しまっ――!?」
目が慣れたとき、既に刺客達の姿はなかった。
「ちっ、逃げられたか‥‥」
「でも、一人は生け捕りにしました!」
氷の棺に捕らわれた男を指さし、フォルテュネがいう。
ただし相手がプロの暗殺者ならば、氷が溶けて喋れる状態になったとしても、そう簡単に雇い主を白状するとも思えないが。
「しかし、こんな城内深くまで潜り込んでくるとはな‥‥それに奴ら、ライトニングトラップを見抜いてやがった。これはひょっとして‥‥」
「城内の何者かが手引きした。‥‥そういうことだな。‥‥誰が手配したのか、言わずともわかるが‥‥」
カジャが口走りかけて躊躇った続きを、ジュリオが引き取るようにいった。
「これがデ家の恐ろしさだ。奴らはこのイスパニアの至る所に勢力を伸ばし、陰から監視している。ポルトガル、アラゴン‥‥そしてこのナバーラも例外ではない」
そして皇女アンリエッタの事実上の亡命を受け入れ、アルベルトと和議を結んだことで、現在のジュリオは公然とデ家を敵に回している。
『ダース単位の暗殺者が送られてくる』
ポルトガルを発つ前、ヴァウルから聞かされた言葉は、決して単なる脅しではなかったのだ。
「ちょっと待て! いま、皇女の寝室を守っているのは誰だ!?」
カジャが慌ててその場にいる面々を確認した。
アンリエッタの側にいるのは、鷹杜 紗綾(eb0660)と早河 恭司(ea6858)の2人のみ。
「まずい! こう簡単に退いた所を見ると、奴らの狙いは――」
ゼナイド、フォルテュネ、それにヒスイをジュリオの護衛に残し、カジャと七瀬は急いでポルトガル皇女の寝室へ向かう。
近道である城の廊下へ出たところで、七瀬は右の二の腕に焼けるような痛みを覚えた。
「くっ!?」
月明かりの差す廊下の窓。向かい側に建つ見張り塔の上に小さな人影を見た瞬間――カジャもまた、左肩に矢を受けてその場に倒れた。
月明かりのみを頼りに、この距離から狭い窓を通して狙ってくる、正確無比な弓の狙撃――。
「‥‥ハーマイン!?」
やはり城内の裏切り者の手引きにより侵入していたのか。そうなると、これはアラゴンも加わっているのか?
急所こそ外したものの、鏃には毒が塗ってあったらしい。
廊下に倒れ、それでもなお這いずって皇女の部屋へ向かおうと足掻くうち、2人の意識は次第に遠のいていった。
●決意と実力、ふたつは繋がっているのか
「ぐああっ!?」
恭司は右の脇腹を押さえ、壁際にもたれかかったままズルズルと床にくずおれた。
傷を押さえた指の間から血が滴り、絨毯に赤い染みを広げていく。
「‥‥弱いな、貴様‥‥」
男の口から、蔑むような声がもれた。
総髪に垂らした漆黒の髪。その髪と同じく闇色のレザーアーマーに身を包んでいる。
明らかに東洋人と思しき、やや頬のこけた狷介な容貌の中で、鋭い一重瞼の両眼が飢えた狼のごとく異様な光を宿していた。
男は寝室の入り口を護る城兵2人を瞬く間に斬り倒し、ライトニングトラップのない正面扉から堂々と押し入ってきた。
そして、霞刀で斬りかかっていった恭司の刃を紙一重でかわし、抜く手も見せぬ脇差しの一閃で彼に深手を負わせたのだ。
あえて大刀を抜かなかったのは、やはり屋内での斬り合いを想定してのことだろう。
「その女以外に用はない‥‥退け」
ベッドの上で恐怖に硬直するアンリエッタを庇っていた侍女達は、その一声で悲鳴を上げることすらできず、その場で萎縮して動けなくなってしまう。
東洋人の言葉は、侍女達の忠誠心さえ一瞬にして砕くほどの、それじたい凶器といっていい殺意を孕んでいた。
東洋人の剣士と皇女の間に立つ者は、ただ独り紗綾だけとなっていた。
「退く‥‥悪い冗談ね!」
呪文を唱えアイスコフィンを放つが、効き目はない。相手の指先がピクリと動くと共に、彼女は柄を‥‥自らの心を奮い立たせると共に、握り締める。
(「護ってみせる‥‥たとえこの身に代えても!」)
かつてと同じダガーを抜き、全ての思いと願いを込めて腕を降り抜く!
――が。
剣士の姿が視界から消えたと見るや、次の瞬間両足に激痛を覚え、紗綾は悲鳴を上げて前のめりに転倒した。
「‥‥っ!?」
相手は上段から素早く身を沈め、紗綾のダガーをかわすと同時に、彼女の向こうずねに斬りつけていた。
一連の動作に無駄などなく、動きは倒れた今となっても、思い起こすことすらできない。
骨まで達する傷の痛みに、一瞬意識が遠のく。
半ば霞のかかった視界の中で、紗綾は男が皇女のベッドに歩み寄り、寸刻の躊躇いもなく「仕事」を済ませる光景を、ただ為す術もなく見守るしかなかった。
「‥‥くだらぬ。‥‥すべては儚‥‥っ!」
「言いたいことはそれだけか? もう少し、語り合えればと思っていたが‥‥終わりだ!」
皇女の寝室、部屋すべてをふるえさせる殺気と共に突き出された『拳』が、皇女の喉に刃を突きたてようとしていた琥珀の身体を壁に弾き飛ばす。
「殺気‥‥久しぶりの殺気だな。面白い也、早河‥‥だったか? お前の名を聞いておこうか」
戦いの中で忘れぬうちにと、懐から一通の手紙を取り出し、無造作に床に落とす琥珀。口元に浮かんだ笑みは、これから僅か数合の戦いを待ち望んでいるようにも思える。
「さっき言ったばかりだ。‥‥お前と語り合うのは終わりだ」
早河は待女の一人から剣を奪うように受け取ると、実力差も省みず、琥珀との距離を一歩ずつ詰めていく。
琥珀は口元に笑みを浮かべたまま‥‥背中に、壁の感触を感じていた。
「阿ッ!!」
狭い部屋などものともせず、上段に構えた刃を振り落とす琥珀。
チリチリという音と共に天井から火花が噴出し、刃は暗闇に残像すら残さず振り落とされる。あまりにもの速度に、反応すらとれない恭司。
「‥‥ぬかったわ!」
紗綾が目を閉じた時、彼女の視界を多い尽くしたのは紅く染み付いた絨毯。
力任せに絨毯を引いた恭司に、琥珀はギリリを歯を噛み締めながら、尚も刃に力を入れる。
布の裂ける音と共に恭司の肩の肉が裂けるが、僅かに浅い。琥珀はそれを察知したのか、後方に飛びのく。
「やるようになったではないか冒険者。まさか‥‥っ!」
「悪いな‥‥紗綾」
琥珀の声を遮るように、絨毯にできた亀裂を広げ、刃を捨て足を踏み出す恭司。突き出された刃は胸の付近に突き刺さる。肉のさける音、口から飛び出す鮮血。声にならない悲鳴。
「‥‥こうするしか‥‥思いつかなかった‥‥。はやく‥‥にげろ‥‥」
刃を胸から出しながら、呟く恭司。彼の目にうつった、抱きしめるように動きを制した男からは‥‥笑みは消えていた。
時が‥‥流れた。
「なにをしている琥珀。仕事はどうした!?」
「‥‥っ! 黙れ、我らは使い捨てよ、裏切られ続ける仕事などくだらん!」
ハーマインの声に我に返った琥珀は既に動かなくなっている恭司を刃ごと投げ捨てると、舌打ちと共に皇女に視線を向けようとする。
「尋常に‥‥勝負!」
「早く逃げるんだ! 早河は俺たちがなんとかする!」
だが、次の瞬間には香月、カジャが部屋の扉を突き破り、彼らの視界を覆い尽くす。
「‥‥」
形勢不利とみた二人は、木戸を突き破り、部屋から逃走していった。
「追うな! 怪我人の治療を第一とする!」
ジュリオの声が耳に入る中、紗綾は腕の中の少女の息を聞きながら‥‥意識を失った。
●イスパニア大陸〜北方海上
「風と波が強くなって来ましたね‥‥この季節には珍しい」
「ご心配なく、航海には支障ありませんよ。さあ、それよりヴァウル様」
「‥‥ああ」
舷窓から強風に波立つ海面を眺めていたヴァウルは、副官・マルケスに促され、軍議の席に戻った。
「では、そろそろ本題に入ろうか」
長方形のテーブルを囲むのは、副提督のヴァウル以下ポルトガル海軍の主だった艦長や陸戦隊の将軍たち。
テーブルの上座から、それら幕僚たちを睥睨するように見渡す軍装の男がいた。
雪のような白髪の生え際が額のかなり上まで後退し、顔には深く皺が刻まれているものの、肩幅の広いがっしりした体格とその血気剛なる眼光は、とても齢七十を過ぎた老人のものとは思われぬ。
ポルトガル海軍提督にして今回の上陸作戦の総司令官、ホアン・デ・ララ。
「状況は既に話した通りだ。ヴァウルを脅し、畏れ多くも皇女を拉致した傭兵どもは、リスボンより海路ナバーラへと逃走し、あろうことかナバーラ王ジュリオは彼奴らの亡命を受け入れたという――」
そこまでいってからヴァウルを見やり、
「そうそう。リスボンで亡くなった叔父上のこと、心よりお悔やみをいわせてもらおう」
「‥‥いえ。国のため、そして我らデ家一族のため最期まで身を尽くし、叔父上も本望だったことでしょう」
「で、あろうな」
ホアンは頷き、再び正面に向き直る。
「ともかく――これは我がポルトガル王国への最大級の侮辱であり、事実上の宣戦布告といっても過言でない。従って我が艦隊は、今一度彼らに皇女殿下の無事な引き渡しを要求し、それが拒絶された時は‥‥」
わずかの間をおき、老提督は重々しく告げた。
「ナバーラを大陸の平和を乱す反乱分子とみなし、実力をもって制裁を加えるものとする!」
(「引き渡そうにも、皇女は今頃‥‥全て計画通りというわけですか? 提督」)
ヴァウルは卓の上で手を組み、静かに瞑目した。
暗雲に覆われ、ますます荒波の高まる海原を蹴立て――。
ホアン・デ・ララ率いるポルトガル王国海軍の大艦隊は、一路ナバーラを目指していた。
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