二つの理想
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■クエストシナリオ
担当:みそか
対応レベル:‐
難易度:‐
成功報酬:-
参加人数:31人
サポート参加人数:-人
冒険期間:2007年02月01日 〜2007年11月31日
エリア:イスパニア王国
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『ナバーラ王国』
かの王国は広大なるイスパニアの中で最も資源に乏しく、しかし強大な国であった。
まずナバーラは地理・地勢的に恵まれているとは言い難い。
狭い国土の大半を山岳地帯が占める王国はお世辞にも肥沃とは言えず、牧畜・乳業が産業とも呼べないようなレベルで発展しているに過ぎない。
南方にはイベリア半島統一を狙うペドロ4世治める『アラゴン王国』。西方には半島最大勢力を誇る、ペドロ1世の治める半島最大の強国『カスティリア王国』。
北に目を向ければ地中海があり、東に目を向ければ厳格なる帝国、神聖ローマの姿がある。
対外的な見識から見れば、ナバーラとはまさに「緩衝地域」であった。
日増しに対立を深めるアラゴン・カスティリアの間に入るように、両国のご機嫌をとり、なんとか命脈を保つ王国‥‥。
イベリアに住まわぬ者であれば、そう決め付け、嘲笑することもできたであろう。
しかし王国は、事実を知らぬ愚か者の嘲笑の息に吹き飛ばされるほど脆弱ではなかった。
15万の国民の内、数万を数える傭兵は荒れるイベリア半島において一目も二目も置かれていた。ナバーラ王国の国土ではなく、国民は間違いなく緩衝材ではなかったのだ。
‥‥そう、「狡猾王(エル・マロ)」の名で知られていたカルロス一世が没するまでは。
<ナバーラ王国・エステーリャ>
「アレル様、只今カルロス一世様の甥にあたるカルロス二世様と名乗・・・・」
「よい、能書きは聞き飽きた。・・・・脅迫か、服従か、協調か、布告か? 用件だけを手短に述べさせよ」
未だ座り慣れぬ王座に腰を降ろし、頬杖をつきながら部下と、壁の向こうにいるであろうカルロス二世らしい人物を一瞥する青年。名をジュリオ・フェリペ・ローグという。
カルロス一世が突然の病気に没してから2ヶ月。
緊迫するイベリア半島の中、緩衝地帯として命脈を保ってきたナバーラは、もはや「緩衝地帯」でもなければ「王国」であるかどうかすら怪しくなってきていた。
狡猾と揶揄されていたものの、圧倒的な対人交渉能力と変わり身の早さを持った権力者は、間違いなく国家の安全を護っていた最大の功労者であった。
それは検証するまでもなく、つい先日まで「ナバーラ」を名乗る王国が浮かび上がっては消えていったことからも容易に推察できる。
「だが彼は決定的なミスを犯した。あなたが本当に正当な継承権を持つカルロス二世だとしても、そこだけは認めてもらわなければならない。そう、『後継者を育てていなかった』という事実だけはね」
「‥‥‥‥」
鋭い視線で睨みつけられ、表情を堅くするカルロス二世。
傍らの部下は継承権を持つはずの彼に言葉を促すが、蛇に睨まれた蛙のように言葉はいつまで待とうとも出てくることはない。
『独立心に富む』
それはイスパニアの国民性をあらわす際によく使われる言葉である。
自らに囲まれた枠を大切にし、異質なものを追い払おうとする。
それはアラビア勢力に支配されていたイベリア半島を奪取したレコンキスタなどに顕著にあらわれている。
そしてナバーラにおいてそれは最も顕著であると言える。ナバーラがナバーラという名前でいられた理由、それはひとえに唯一の産業である『傭兵』の力に拠るところが大きい。
総人口15万人に対して動員兵力5万。若者のほとんどは傭兵を経験するという独特な風土を持ったナバーラは、それゆえに外貨を獲得でき、他国から侵略されることもなかった。
いざとなれば国を護るために
「だが、それはどうか? 今やこの国はナバーラ王国と名乗る国が乱立し、自国内でやみくもに唯一の産業を消費する状態だ。疲弊する前に、すべてに決着をつけなければならない!」
「‥‥そのような言い訳で、自らが行ってきた愚行をすべて正当化するつもりか!?」
テーブルと共に空気を揺らしながら、部屋の中に響き渡るカルロス二世の言葉。
青年がとった行動、それは‥‥ナバーラの南部、イベリア半島統一の野望を抱く、ペドロ四世治めるアラゴン王国の助力を得るというという選択であった。
<ナバーラ王国北部・ザラウズ>
イスパニア・ザラウズは美しい町である。
貝殻のようなアーチを描いて伸びる海岸線に沿って家が立ち並び、そのすぐ向こう側には山緑が色合いを添えている。
その町から歩くこと数十分‥‥木々の間に隠れるようにして、その城はあった。
「答えろ。どこからっ‥‥!」
木々の間を縫い、刃と刃とが激突する。甲高い金属音は木々の間から小鳥たちを一斉に飛び立たせ、血と肉塊が飛び散る戦場にアクセントを加える。
「ガアァアア!!」
戦士が渾身の力をこめて振り落とした刃は大地に突き刺さる。土片が放物線を描いて飛び散り、舌打ちと共に砂埃が舞い散る。
「答えろ。お前はどこから来た? 兄のもとからか、それともアラゴンからか?」
戦士の一太刀をバックステップで回避した少年‥‥そう、まだ青年と形容するよりはその呼称がしっくりとくる少年は、夕日に照らされ赤く染まった金髪を指先でかきあげながら、戦士へ問い掛けの言葉を紡ぐ。
「‥‥‥‥オオォアアァオ!!」
だが、少年の問いかけに返ってきたのは暫しの静寂と、絶叫ともとれる咆哮と共に再び振り上げられた刃! 軌道は紅く滴る鮮血ではなく、赤き夕日を切り裂かんと少年の頭目掛けて振り落とされる。
「っつ!」
渾身の力と咆哮とを込めて振り落とした刃の先にあったものはまたも舌打ち!
戦士の全体重を乗せた一撃は岩を砕き、彼の視線は・・・・目の前の、ガタガタと揺れる荷車に向く。
「この国は、ナバーラは俺が取り戻して見せる!」
荷車を踏み台に高く、高く跳躍した少年。ようやく状況を理解した戦士は慌てて頭上へと視線を移すが、刃を構えるまでには至らない。
「っちぃ! これが‥‥ぁ‥‥」
木々の間から零れる光は、銀の刀身に日を映し‥‥戦士を大地に伏した。
「‥‥何も喋らなかったってことは、最悪の場合を視野に入れておいたほうがいいんだろうな」
剣を鞘に収め、安堵の息を吐く少年。
騒ぎを聞きつけたのか、こちらに駆けてくる数十の足音が耳に入る。
少年の名はアルベルト・フェリペ・ルイス。アラゴン王国の力を借りて王国再統一を試みるジュリオの弟である。
<場面は再びエステーリャへと戻る>
「‥‥正当化ではないのだがな」
王宮の木戸の影から、肩を落として帰るカルロス2世を見るジュリオ。
何ら成果をあげず、ほんの一言しか叫ぶことができなかった彼ではあるが、取り巻く市民から彼に寄せられる沿道の声援は温かい。
事実はどうであれ、アラゴン王国がナバーラに与える影響力は日に日に増している。
『自称』カルロス2世が心配するような事実になることもそう遠くない未来に訪れるのかもしれない。そして緩衝材が緩衝材として機能しなくなった時、現実がどのような形でイスパニアへ訪れるのか、それは火を見るより明らかなことなのかもしれない。
「だが、どちらにしろ時間は遡ることはできない。‥‥自分がとった道ならば、最後まで突き進んでみせよう!」
拳を振り上げ、壁を叩くジュリオ。その姿は自らの不安を押し殺しているようであり、それでいて彼の瞳は、揺るがぬ強い光をたくわえていた。
「アラゴン王に伝達しえおけ。北に在すアルベルトの所領を制圧し、ナバーラの争いを終焉させるとな!」
「‥‥それは、本格的にアラゴン王の力をお借りするということでよろしいのですか?」
ジュリオという若い主の言葉に息を呑む従者。首都エステーリャは既に制圧しているとはいえ、この国唯一の『産業』である傭兵は、感情に流されるがゆえに非常に流動的だ。義勇軍が次々と反発する中、さらに強硬策に打って出るとするのであれば、それは国全体を敵に回すことに他ならない。
「そう受け止めてもらって構わない。‥‥他国から傭兵を受け入れてもいい。とにかくこのナバーラを、一刻も早く統一するのだ!」
「ハッ!」
簡単に一礼し、部屋をあとにする従者。歩く姿がぎこちないのは、彼もまた‥‥真実をわかっていながらも、踏ん切りがついていないのだろうか?
「理想は理想という言葉だけで片付けられるほど甘くはない。‥‥そんなことは、レコンキスタの後で証明されたはずだろうアルベルト!」
誰もいなくなった部屋で、自分に言い聞かせるように叫ぶジュリオ。
「『ジュリオ』『ジュリオ!』どうしてこんな子供のような名前なのだ!? 兄であるのに弟よりも。
アルベルト、お前は幸せだ。まだ幼く、現実から眼を背けても生きてゆける。理想にひきつけられ集まった仲間も数多い! ゆるぎない精神、燃える思想! どれをとってもこの兄より秀でている。
‥‥だが、だからこそ、私はお前を今のうちに叩かなければならない!」
口から発せたれた声は木戸から飛び出すこともなく、部屋の中でただ反芻していった。
●冒険者ギルド
「ナバーラ王国って名前を知っているか? イスパニア北東部にある人口15万人の内5万人が兵力、最大にしてほとんど唯一の産業が傭兵業っていう国で、まぁお前たち冒険者にとっては敵みたいなところだ」
依頼内容を質問するため集まった冒険者を前に、ギルドの職員は冗談めかした言葉を発する。
「本来こういうところにはお前たちみたいな冒険者が行く必要もないんだろうが、数ヶ月前にそこの王様が病死してから事態は一変だ。ナバーラ国内は無数の『自称』ナバーラ王国が立ち上がって、王国内の争いで戦乱が絶えないときている。
‥‥つまり、お前たちの飯の種なら腐るほど転がっているということだ」
ギルド職員が指差す依頼書の山・山・山! 山脈のように連なるその依頼書の中身はゴブリン退治から護衛、傭兵募集、士官募集まで、戦乱に明け暮れる王国からは外からの強力な『助っ人』を必要とする声が絶えることはない。
場所が場所であるから依頼の長期化は免れないだろうが、長期間にわたり依頼を受け続けられるというのだから、そこから得られる人的・物理的・金銭的経験はどれほどのものなのだろう?!
「どうだ、行ってみないか? やりようによっては、この冒険は間違いなくひとつの国の行く末を変えるものになるかもしれない。依頼書を写すのは無料だ。
とにかく忙しくなるだろうが、それだけに充実するっていうのは保証するぜ。‥‥急げとは言わない。イスパニアへ行く決心がついたら、俺のところへ来てくれ」
依頼書を手渡し、口笛を吹くギルド職員。
世界の西‥‥まだ見ぬ王国には、どんな事件が待っているのだろうか?
冒険者は依頼書を最後まで読むと、自らの気持ちを告げるために口をゆっくりと開いた。