若き獅子たちの伝説
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■クエストシナリオ
担当:秋山真之
対応レベル:‐
難易度:‐
成功報酬:-
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:2007年02月01日 〜2007年11月31日
エリア:ビザンチン帝国
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●世界の都
朝日に映える漣。朝風に進む大船は東西の珍貨を載せ海を征く。湾を閉ざす青銅の鎖が沈み道を拓く。麗しの都コンスタンチノープル。主の代官たるコンスタンティヌス帝によって立てられし帝都。海峡の向こうに遙か祖先の地トロイを望む。半島を縦断する、堀と三重の城壁。その堅固さは並び無く、その美しさは主の御国を思わせる。
世界を支配したローマ人の裔は、かつての栄光を失ったりと言えども健在。他国に類を見ない常備軍を擁し、黒の教えの総本山たる偉容を持つ。市街には目を驚かす巨大な闘技場や風呂があり、帝都より伸びる舗装道路は広くどこまでも平坦。
世界から集まるのは珍貨だけでは無い。北はノルウェイから南はエジプト、西はブリタニアから東は遙かジャバン。実に様々な人々が住む。国教はジーザス教黒であるが、白の教えやブッダの教え、果ては敵国トルコのアラビア教まで、実に多彩な宗教が容認されている。なんとなれば、魂を裁くのは主の手にあり人の手には無いからである。
いや、こんな事で驚いては不可ない。ジーザス教では同性愛は堕地獄の罪であり、異種族結婚もこれに準ずる。しかし、ビザンツの法は相手の同意が有れば裁けないのである。正常な同種族男女の場合に合法であることは全て合法。ただ正式の結婚を許可するクレリックは居ないだけである。
午後になると風呂が解放される。安価な入浴料なので庶民でも毎日利用する。サウナ・温冷水・温冷塩水‥‥。別料金で垢取りやマッサージのサービスもある。
「ベリサリウス閣下。お痩せになりましたな‥‥」
気安く声を掛けるのは、先ほど道で物乞いをしていた老人。
「おう。爺さん。景気はどうだ?」
当たり前のように言葉を返すベリサリウス。だがベリサリウスと言えば12神将の筆頭とも言える高官である。それがかくの通り対等の口を利いている。
天に二つの陽は照らず。ビザンツでは主の代官たる皇帝陛下只お一人だけが偉く、彼の臣下と言う立場では大臣も物乞いも同等なのである。まして、風呂の中は無礼講。官位官職も裸になれば区別無い。世のしがらみからも放たれてリフレッシュする場所だ。ために高位高官は市井の声を聞くために利用することもしばしと言う。
但し、ベリサリウスのような声望の有りすぎる者にとっては諸刃の刃。彼の赤心は疑いもないが、あまりの人気に皇帝陛下から自分を脅かす者と警戒され、配下の軍団の定員を減らされている。それ故、彼も古代ローマ依頼の風習である支持基盤、クリエンティスを多く抱えようと心を砕いている。
●12神将
ビザンツは全土を12の軍管区に分け、防衛の拠点となる都市を建設している。その拠点に武器と食料を備蓄し、侵略が有れば現地の守備兵を以て時間を稼ぎ、帝都からの軍団到来を待つ。一朝事ある時は帝都に置かれた常備軍が速やかに街道を進軍し、救援に駆けつけるのである。平時の軍団は街道の補修や水路の整備、橋の架け替え等土木に従事し、怠ることなく鋭気を保持している。
さて、今日は月に一度の特別な日。見給えあの人だかりを。あれは帝都にいる全ての兵士と官僚への給料の支払いである。軽輩の者から順に、畏くも皇帝陛下の手から給料が支払われるのである。兵士は軍団の背骨たる百人隊毎にお目見えして忠誠を誓い、百人隊長に手渡される給料を分配する。未明から夜更けまで続くこの支払いは、兵士達に誰が主君であるかを徹底させる大事な儀式である。
「ひさしぷりだなマルティヌス」
声を掛けたのは顎髭を蓄え槍を担い甲冑をまとったドワーフ。ノルウェイ王弟ハロルドである。12神将の中で最も冒険者気質を持つ彼は、頻繁にパトロールと称する小規模人数の遠征を行い、地方の治安に貢献している。
対するマルティヌスはローブ姿の魔法使い。学者風の容貌はちょっと目には武官には見えない。それもそのはず、ハロルドとは反対にマルティヌスは平時帝都に常駐し自らの研究に没頭している男なのだ。しかし、彼は秘蔵の恐るべきギリシア火や装甲馬車を有する輜重軍団の長でもある。
「帝都に不穏な空気はない。じゃが、異教徒どもの動きに注目すべき点がある」
対岸アナトリアのアラビア教徒がなにやら準備しているらしい。
「わしが探りを入れておこうか?」
ハロルドが言うと
「それは困る。お主の威名は知られ過ぎており、要らぬ刺激を与えるやも知れぬ」
「ならば、冒険者を募り、派遣するとしよう」
マルティヌスの言をもっともであるとハロルドは言った。
●エルレオン
ひょい。と皇帝陛下に運ばれる皿から無造作に料理をつまむのは、不死の百人隊を率いるジル。世に百傷のジルと呼ばれる若き武将。ハーフエルフの例に漏れず激情家だが部下思いで知られる帝国随一の剣の使い手である。
「どうもお主は不躾過ぎる」
苦言を呈するのはケチで有名なヨハネス。必要な遠征費もぎりぎりまでそぎ落とすほど金に細かい。
「ケチケチすんな。これも務めだ」
皇帝陛下直属の親衛隊、不死の百人隊は毒味も兼ねる。しかし、毒味にしては喰う量が多い。
「貴様は少し細かすぎる。財政官に職替えしたほうがいいんじゃねーか?」
軽口を叩くジルに
「誰もがお主のような精鋭を任されているのではない。一人につき1日1アサリオンの節約が、1軍団1年でノミスマ金貨2000枚以上の金を浮かす」
「だからと言って、粗悪なパンでは病気になるがな」
この二人の考え方も水と油だ。それぞれに一理あって決着が見えない。そこへ、
「相変わらずだな二人とも」
「「‥‥陛下。いつの間に」」
皇帝陛下のお出ましである。
「ジル。不死の百人隊より10人ほど、結婚の許可を申し出ている者が居る。彼ら隠退者の欠員を補う候補を備えよ」
「‥‥軟弱者め。獅子の指輪を許されし者のうち、主立った者は各国へ派遣されております。今帝都にある者は未熟者ばかり、しばしご猶予を」
獅子の指輪とは、武術・魔法・学問に通じた精鋭武官エルレオンの証である。エルレオンとは、先ず腕が立ち、史学・神学・兵学に通じ、さらに魔法まで使いこなす者にしか許されぬ身分。こんな条件は、通常転職を経験しなければあり得ない。結構稀な存在である。そして、不死の百人隊はその中でも選りすぐりの者を選抜する。しかも独身で諸国遍歴の経験を持つ者に限られていた。
「精鋭とは不便なものだな。いざと為れば代わりがない」
「抜かせ。数ばかり多くても役には立たん」
言い争う二人。皇帝が止めよと言っても、
「陛下は無駄飯を食らうへなちょこを頼りとされるのか?」
とジル。
「代わりのない精兵は気安く使えませぬ。彼らがお役に立つときは、既に負け戦ですぞ」
とヨハネス。天地の創り主の代官たる至尊の皇帝陛下に遠慮もへったくれもない、まるで怒鳴りつけるような物言い。他国ではあり得ない光景である。
しかし、これがビザンツの常識。理があれば皇帝陛下を面罵することも臣下の権利の一つである。もちろん皇帝の命には服従の文字しか許されない。但し、部分的に皇帝の命令に反していても、終局的に命令に従う行動であれば許される。名実の実を尊ぶのがビザンツの国柄であり、黒い猫も白い猫もネズミを獲る猫が良い猫とされるのであった。
●異教徒
荒涼とした岩山。切り立った岩肌に無数の穴が点在する。その一つを冬至に近い冬の陽が照らす。穴の行き止まりまで射し込む光。冬を凌ぐ蝶の群が天井にへばりついている。
その中に一人の異形の戦士。白い毛の上着を着て、腰に異国の曲刀を下げた若者だ。
「いと高きお方の名において命ず。汝自身を語れ‥‥イルム・ナーメ!」
するとぼろぼろの巻物は語りだした。
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エルハナンの子アブシャロム。この地に遁れ国を建てん。
ソロモン秘術を尽くすとも、主は彼を見捨て給わじ。
竪琴、打ち石、そして杖。
主は耐えることの出来るよう、脱出の道をも備え給う。
三つの徴を賜りて、この地の境を封じたり。
ソロモンは正しすぎ、知恵が有りすぎ、滅びの道へ。
ボアズの枝のアブシャロム。主に召されこの地を護らん。
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男は何度も試みたが、一篇の詩を繰り返すのみ。
「これだけか‥‥」
ため息を吐くように言葉がこぼれた。
●布告
満月の日。広場に高々と2つのおふれが掲げられた。
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・近衛兵候補の募集
近衛兵候補を募集する。来年初頭、試験のための闘技会を行う。
吾と思わん者よ来たれ。
・通信使募集
アナトリアにあるビザンツの飛び地に教会が建つ。
教会の基(もとい)にするため聖遺物を届ける者を募集する。
かの地の現状も報告して貰いたい。
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その布告をまだ子供と言えるような歳の子が、じっと見ていた。
「あのう‥‥なんて読むのですか?」
まだラテン語は読めないらしい。傍らの騎士が読んでやる。
「坊主、どこから来た? 名は何という?」
異国の服、腰には大小二本の剣。見かけぬ姿に騎士が尋ねると
「ジャパンです。本姓は源、名字は佐藤、名は御法(みのり)と申します。亡くなった父・兵衛尉(ひょうえのじょう)が四十の時の子なので、源氏に因んで付けてくれました」
「すると坊主は一人なのか? ならば良いことを教えてやろう。このビザンツで身を立てようとするなら、悪いことは言わん。しかるべき有力者のクリエンテス(子分・支援者)になれ」
ビザンツの有力者はパトローネス(親分・保護者)として、自分のクリエンテス(子分・支援者)を機会あらば持とうとする。それが自己の勢力を増すためでもあり、様々な人材を集めるためでもある。外国の領主や酋長も、ビザンツと上手くやって行こうとするならば、有力者をパトローネスに持つ事になる。そうすれば、いろいろと助言や協力が得られるからだ。
「その歳では今直ぐは無理だが、いずれローマ市民権を得ると良い」
騎士は説明する。ローマ市民は裁判を受ける権利を持つ。罪人の取り調べの時にローマ市民ならばむち打たれることはない。裁判で刑が確定する前にそんな事をし表沙汰になれば、むち打った者の方が処罰される。
「貰うにはどうすれば良いですか?」
「ビザンツ人は生まれながらのローマ市民だ。簡単な方法では、軍に25年勤めるか医師・クレリック・教育従事者になる事だな。著しい軍功を上げた褒美や皇帝陛下への莫大な献金の代償に賜る事もある。また、近衛兵に成れば無条件で貰える」
御法は興味深く聞いていた。
この地を訪れし冒険者よ。ここは黒の聖地である。君の道程に幾多の試練が待ち受けるだろう。道を歩くのは君。山に登るのも君。歌を歌うのも話しかけるのも、涙を流すのも微笑みかけるのもまた君なのである。
今、旅立ちのこの朝に、君よ心の舵を取れ