若き獅子たちの伝説

■クエストシナリオ


担当:秋山真之

対応レベル:

難易度:

成功報酬:-

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:2007年03月01日
 〜2007年03月31日


エリア:ビザンチン帝国

リプレイ公開日:03月21日18:10

●リプレイ本文

■第二回:冬の行進

●悪所
 光有るところに影がある。ここ帝都にも暗部はある。汚れた場末の悪所でも、夜の闇とランプの明かりが美しく飾り立てる。劣化した魚油の臭い煙がぼんやりと人の顔を浮かばせる。
 とある芝居小屋。銅貨を支払いイワン・コウルギ(ec0174)は中へと進む。
 松明の灯に照らされて中央で踊る半裸の女性。体つきからまだ少女の域を抜けて居らぬ事が判る。寝そべり大麦の粒を浴びて鶏を放つ淫靡なショウ。イワンから見て同種族のようなのでかなりそそられる。踊り子は娼婦を兼ねていることが多い。ショウと酒で魅き着けた男と個人的に懇意となり、一夜の恋を愉しむと言う寸法だ。
 踊り子や娼婦はいちおう自由民。奴隷保護のため帝国の法が規制しているからである。但し抜け穴がある。解放奴隷には奴隷を保護する法は適応されないため、自分を買い戻す金の借金で縛られているケースがあるのだ。また貧しい者が多い。亭主が客を引き女房が客を取る者もいる。
 とは言え、借金で縛られているとか、生活のためだけで無いのがこの商売の不思議なところ。高貴な身分の奥方が、一夜のアバンチュールを求めて身を売る話も珍しくない。金に困らぬ奥方は、逆に顔役に金を払い、客の金と奥方の金が同業者同士の互助基金にプールされる寸法だ。
 闇の中に蠢く虚構。それが夜の帝都の姿でもあった。

「イワンの旦那」
 呼ばう声に振り向くと、繋ぎの男がそこにいた。

「そうか。親父さんが戦死して、母親が病気で‥‥」
 黙って金貨を3枚握らせた。厳つい顔のイワンに、思いがけない優しさを受けて、少女は目をぱちくり。
「こんなに?」
 金貨3枚と言えば、慎ましく暮らせば庶民が半月、いや、場合によっては1ヶ月口を糊することが出来るほどの大金である。
「母親が人間なら、もうかなりの歳になる‥‥。足りないか?」
 人とエルフの間に生まれたハーフエルフ。彼女の1年は人間の2年。世の偏見もあるだろうが、それよりもっと辛いのは、子の成長を待たず早く死に別れる運命にある。帝都は他より食料事情が良いとは言え、三十路で亡くなる女性も多い。彼女は幸運な部類だろう。17歳と自称するハーフエルフの娘だ。その親はかれこれ五十路に届く。ビザンツでは老婆と言える歳である。
「ありがとうございます。近衛様」
「その替わりと言ってはなんですが、あなたに協力して欲しい。これから任務で異国へ参ります。帝都を離れると色々と疎くなります。情勢を知らず出世に響いては敵いませんので、街の噂などいろいろと教えて頂きたい」
 さらに3枚握らせる。
「はい‥‥」
 娘はこくりと頷いた。

●ローマの晩餐
 大理石の壁とベンチ。そこに勇士達が横になる今回の合格者。
 卓に並ぶ料理をつまみながら話は進む。横に寝そべり食事をする。こういうキチンとしたものは久しぶり、また暫くこういう機会も無いだろう。宮廷が寄越した召使いが給仕をし本格的な晩餐は続く。
 一見のんびりとした風だが一同の目は険しい。

「ふむ‥‥」
 ヴァレリー・セティオニス(ec0166)が唸る。提示された候補地が帝国のあちこちにあるのだ。片っ端から当たるとしても、この時代大した冒険となる。
 蜂蜜を混ぜた酸っぱい葡萄酒を口に運びテオフィロス・パライオロゴス(ec0196)が言った。
「俺としては、今回受けた任務をしっかり、そしてすばやく達成したいと思う。アッタロス2世の街・クルージュ・マケドニア・デルファイ・セルビア南部・ロードス島。候補地が多いが、まずは、端から攻めて行くというのが一番じゃないか? と思うんだがどうだろう?」
「そうですね」
 リョウ・アスカ(eb5646)は頷く。
「私はここに来てまだ日が浅いです。どこが重要な場所なのかも解りません。ただ、一番可能性が高い場所から順に潰していくのは探索における常道でしょう」
 パンを割きながら、落ち着かなそうな長渡昴(ec0199)の声。食事も修行の一環であり、正座して会話せずに行うものと、性根に叩き込まれている彼女は、かえって緊張するようだ。
「俺はどこでもいい。但し、アラビア教徒が姿をやつして側にいるかも知れないことを肝にさえ銘じておく必要がある。奴らは魔法で、遠くの音を聞き・読めぬ文字を読み・全ての国の言葉を操ると聞いている」
 ヴァレリーが注意を促す。
「みなさん特にこだわる持論は無いようです。テオ殿。それであなたはどこがあやしいと思います?」
 ゆったりとて構えているような感じのイワンが聞いた。唯一彼だけが、全くと言って良いほど。いや、不気味なほどに落ち着いている。
「そうだな。テオはどこを押す?」
 ヴァレリーが
「テオさんは?」
 リョウが、そして昴がテオフィロスへと視線を合わせた。

 すうっと息を吸い。
「俺は第一候補としてロードス島を推す。その訳は聖地エルサレムに近く、使徒パウロも直接訪れて伝道している上に、アラビア教徒に対する最前線の島でもあり、海上の重要拠点だからな。地理的にも真っ先にアラビア教徒が調査に入るだろう。後回しにしてもしもそこに存在したら、権利書がアラビア教徒の手に渡ることは必定。それにここが外れであっても、アッタロス2世の街がアナトリアにあるから、ちょっと回り道した程度で済むだろう(それに、古代文明の遺跡がいろいろある場所だから、見聞を広めるのに悪くもないだろうしな)」
 皆、テオフィロスの意見に異存はなかった。その権利書とやらがどんな物かも解らぬ以上、アラビア教勢力に間近い場所から手を着けるのは道理であったからだ。帝国領内部ならば、奪われても奪還のチャンスはある。
 こうして良き先はロードス島に決定した。

●滲む街
 港がカステラ色に暮れ、夕映えの中に滲む頃。一行の船はエフェソに辿り着いた。街の上に真闇が迫り、もうすぐ門が閉じられる。林を成す帆柱で港は埋められ、海鳥の声が高く響く。
 船着き場近くでは、労働者に賃金が支払われている。どこからか集まったおかみさん達が、亭主が博打や酒場で使っちまわないように囲んですぐさま取り上げる光景。
「どこでも同じなんですね」
 ルスキニア・サビーヌス(ec0338)がくすりと笑う。人の営みはどこへ行っても変わらないようだ。
 当地の習わしに合わせ、船を降りる前に薄布で支度をする。
「もともと、女性の肌を強い日差しから守ると言うのが根拠であるそうだが、後からそれに慎みと貞操と言う意味が加わったそうである」
 荷物をまとめながらガルシア・マグナス(ec0569)が解説する。
「アン。あなたもやっとくといいわよ」
 身支度を手伝うルスキニアに
「武器の携帯はOKだけど、公然と持ち歩く必要があるのでしたね」
 確認を取るアン・シュヴァリエ(ec0205)。使節故に普通の旅人以上の特権を有してはいるが、それ故に悶着の種は避けたいところだ。単に個人の諍いでは済まない可能性がある。彼らを守る護衛達も下船、役人に身分を示す鑑札を見せ、案内を受ける。
 一行は街の中に一等目立つ塔を目印に歩いて行く。主に召されし者の砦、エフェソ教会である。その時鐘が鳴った。
「急ぎましょう。夕方の礼拝です」
 早足で進んで行く。風に乗って主の誉め歌が流れてくる街を。

♪闇から光へ 我は進む
 ただ主(しゅ)にありて 我は歩まん
  シュロの樹影も バラの美園も
  我はめしいて まだ見えじ
 ダビデの御子(みこ)よ 我を哀れみ
 我がこの目を 開き給え

 誰かが通るや 何ぞありしか
 物乞う我は つゆぞ知らじ
  主(しゅ)が来ませりと 教える声も
  我はめしいて まだ見えじ
 ダビデの御子よ 我を哀れみ
 我がこの目を 開き給え

 我をば疎う エリコの人は
 黙れと阻み 遮るばかり
  声を張り上げ 我は叫ばん
  我はめしいて 主(しゅ)を呼ばう
 ダビデの御子よ 我を哀れみ
 我がこの目を 開き給え

 主(しゅ)の召す声に 立ちて真っ直ぐ
 主(しゅ)のおそばへと 我は歩めり
  何を求むや 主の問い掛けに
  誉れも富みも いかでか望む
 ダビデの御子よ 我を哀れみ
 我がこの目を 開き給え

 ダビデの御子は 救いの主(ぬし)ぞ
 めしいの目を開け 捕らわれ人(びと)を
  闇に住む者 連れだし給う
  我はめしいて 主(しゅ)を呼ばう
 ダビデの御子よ 我を哀れみ
 我がこの目を 開き給え♪

 マルコの10章46節から52節(+イザヤ書42章7節)を歌った歌である。
「異教徒に囲まれているだけあって、この地は切実に主を求めているのだな」
 ガルシアは感心した風に言う。困難に遭ってこそ、信仰は純化されると言うのだろうか? 丁度銀が炉で、金がルツボで練られるように。

●海を家なるつわもの達
「さぁ出発だ! 用意は良いか?」
 テオフィロスはひょいと軽やかに帆柱に登る。身軽さを見込まれて見張り台に立つ。それぞれに軍資金を受け取り懐は豊かだが、先は長い。海路ロードスを目指す船の力仕事に勇士達も加わる。合図に合わせて帆に穴を開けて通している帆綱を引くと、四角い帆が生き物のように形を変える。ビザンツ海軍の帆は、ノルウェイ王弟ハロルドがもたらした北方船の利点を生かしている。羊毛で縦に重石を垂らして織り上げた帆布は、従来の麻布と違って自在に撓む。追い風を余すことなく捕まえ、帆を変形させることにより横風でも航行できる。風上へ進むためには高等技術が要るが、順風に恵まれ船は滑る。波濤を切って進む船は、速度を上げるに連れ浮き上がる。この爽快さは乗ってみなければ判るまい。飛沫を上げて走る走る走る。
「いつもこんなんだと良いですね」
 合図に合わせて引いたり緩めたりしながら、リョウは感心する。どういう理屈かは判らないが、風を捕らえて飛ぶように。
 軍船使用の名目は新人教育である。金こそ掛からないがしごかれ通し。今は風があるから良いが、小型の船故兵が漕ぎ手も兼ねる。凪いできたらオールを取るのである。今でもロープを鉦と太鼓の合図で引いたり緩めたり。 
「なぁ‥‥。よもや襲う馬鹿は居ないと思うが、船の漕ぎ手かよ〜」
 大型のガレー船なら奴隷か囚人の仕事だ。
「ムチがないだけましと思え。海賊が襲ってきたらギリシア火で返り討ちだ」
 海上で船火事を起こしたらお手上げだ。襲う馬鹿は居ないだろう。それに小型の軍船だけに船足も速いし小回りも利く。
 バシン! 船長の鞭が軽口を叩くヴァレリーの手の甲を打った。
「無駄口は叩くな」
(「ムチも付いてるのかよ」)
 船では風のため声が聞き取りにくい。重要なこと以外おしゃべりは禁物である。そうでないといざと言う時、命に関わる事故が起こる。それも一人で済めば御の字と言うような。
 ロードスまで3日の日程。オール漕ぎや星で方角を知る方法など、実地で訓練。海に叩き込まれて無理矢理泳がされたりもした。
「船の決まり事とは命を守るためにある。軽く考えているとおっ死ぬぞ」
 過去の新人で、踏んだロープに足を絡め取られ、嵐の海に投げ出された者もいたと言う。一つ間違えば命取りになるのが海の世界。
「海軍は、敵軍と海。同時に二つの敵と戦うのだ」
 船長はそう心得るよう申し渡した。

●ブリタニアの公女
 化粧は薄め。教えられた道を辿り、イーシャ・モーブリッジ(eb9601)は約束の時刻にサロンへ向かう。整ったフォルムの町並みを眺めつつ、蔓バラの門を潜る。門には衛士が二人。ハルバードを構えて立っていた。
「ごきげんよう。テオドラ様のお招きを受けました」
「この先に専用の風呂がある。手前の部屋で服を脱ぎ、身を清めてから先の部屋の服を着ろ。その世話は中の召使いが行う」
「え?」
「恥をかかぬよう、絹の服と首飾りも用意してあるから安心しろ。召使いは女だ。化粧品も備えてある」
 衛士は手短に告げる。
(「親切心からかしら? それとも手の込んだ身体検査?」)
 イーシャは言葉に従い、先に進む。
「うわ。いい香り。これってバラ水かしら?」
 召使いが七人控えていて、服を脱がせ浴室へと誘う。芳香の満ちる贅沢な湯だ。
 オリーブの石鹸水に浸した布で身体を洗い髪を梳き、召使い達は細々と世話をしてくれる。念の入ったマッサージもあり、まるで王侯貴族の扱いだ。
 最近風呂に入ることが当たり前になってきている帝都での暮らしだが、ここまで気持ちいい風呂も珍しい。
 絹の服をまとい、用意のアクセサリーを着ける。召使いから渡された絹の袋には50枚の金貨があった。これで今後の対面を保てと言うことなのだろう。

 調子よいリズムを刻む竪琴の響き。それは高く低く、風を歌う樹のように。インクルージアで綴られる、コミカルな内容と韻の織りなす物語の題は『豚の息子』。
 喝采の中、サロンの女主人はゆっくりと立ち上がった。
「待ってたわよ。ブリタニアの公女イーシャさん」
 目配せしながら話しかける。異邦人でも身分によって扱いが違うのが、ローマの流儀。確かにこの血にはイギリス貴族のそれが流れている。しかし、庶流で家は没落。復璧すべきほどの家名では無い。ビザンツは能力次第で出世できる国と聞き、自分の幸運を試しにやってきた。ここで金持ちのパトローネスを得つつあるのも運命なのだろうか?
「常葉に美しきテオドラ様。お召しによりまかり越しました。しもべは作法もおぼつかぬ田舎者。粗忽者ゆえ無礼の程も御座いましょうがなにとぞお許しを」
 すっと頭を下げる。
「まぁ。あなた。そんな末席に居らずいらっしゃい」
 テオドラは手招きし、サロンの面々を紹介する。吟遊詩人、彫刻家、歴史学者に旅の剣士‥‥。道化や軽業師も居れば泥棒の名人と自称する者もいる。見るからに賑やかなサロンである。今日からイーシャもそのお仲間だと言うわけだ。

●エフェソ教会
 礼拝の終わり。荘厳な祈りの言葉が会堂に響く。賛美歌の調子をとる太鼓の音も、軍隊のパシッと言うそれではなくボクッと言う純朴な音だ。
 新しき歌を以て主を誉めよ。人々の歌を白妙の衣の聖歌隊が先導する。夕の礼拝に参列する使節団は聖歌隊が聖歌隊の間近にありて、畏くも皇帝陛下から託された聖遺物の箱を捧げ持つ。
「兄弟よ。我らの祈りが聞き入られた事を感謝しましょう。主の民は増え、新たな聖堂を建てることとなりました。ここに皇帝陛下から託された聖遺物があります。これは使徒パウロが伝道の費用を得るために造って売った敷物の切れ端です」
 ルスキニアが重々しく、主に召されし人々に開示する。これこそは地の涯てまで福音をもたらした魔法の絨毯なのだ。
 ガルシアは、使徒ヤコブの剣を使い十字を切る。罪と天国を隔つ神の義のを示す横。その障壁を破る縦線は一人子を与えられた神の愛。魔を切り裂くような閃光が闇の中に浮かび上がる。
 全会衆はその煌めきに、己が心の重荷を断ち切られたかのような安らかな気持ちを覚えた。

 その夜。無事引渡しを果たした一行は、案内された寝所に入る。ろうそくの良い香りが漂う部屋の中。男女別の部屋だ。
 ベッドは木製で乾した麦藁と薄い毛布とが掛けられている。潜り込むと、どんな上等な寝具よりも暖かかった。
「なんだかすごく贅沢ね」
 ルスキニアが感想を漏らす。
「蜜蝋だよね。あれ」
 礼拝に使うろうそくの流用だろうか? 寝具の質素さとは対照的である。
 男のほうも同様であった。但し、護衛の者は交代で不寝番。寝るものも騎士の習いで、剣を抱いて寝る。
「では、皆様ごゆっくり」
 若いクレリックが燭台の明かりを吹き消した。

●海賊船
 近衛候補達がしごかれて、身も心も綿屑のようになっていた頃。東の空が明らんできた。
「あれは?」
 見ると一筋の煙。
「テオフィロス! 上れ!」
 号令一下、テオフィロスがマストに登り目を凝らす。
「商船が襲われています!」
 朝日に浮かぶようにこちらからは見えるが、向こうからは闇に紛れて見えないだろう。煙は真っ直ぐに上っている。襲う船の規模は、こちらと大差ない。
「総員オールを取れ! 全速前進!」
 リズミカルに太鼓が叩かれる。軽快な船は見る間に速度を増し、波を蹴立てて一直線。息を荒げる漕ぎ手達の目に、見る間に船が昇って来る。あの旗は帝国のご用を務める商人の物。太鼓のリズムは突撃速度にテンポを挙げた。
「衝突用意!」
 総員身を伏せ跳ね飛ばされないようにしっかりと掴まる。
 ずしんと鈍い音。商船を襲っていた船にぶち当たった。
「切り込め!」
 鍵縄が飛び、一番手はヴァレリー。続いて昴が雪崩込み、マストからテオフィロスが援護射撃。ついでイワン。一番遅れて重たいクレイモアをひっさげたリョウが躍り込む。
 足場は悪いが、アスカのクレイモアに動揺する海賊達。必殺の一撃が剣ごと敵の頭蓋骨を叩き割る。対蹠的に巧妙な闘いはイワンである。慣れたステップで舞うように切り伏せる。そして昴の身体が輝いた。とんぼに構え前と左から同時に襲いかかる敵を、霞刀を振るって一触に斬る。
「きぇぇぇぇぇぇ! チェストー!」
 猿(ましゅら)の如き昴の雄叫び。足を止めず走りながら切り伏せるのは示現流独特の業である。見る間に海賊船は血を以て紅に染まる。相手は多勢、手加減の余裕はない。
 斬り結ぶヴァレリーの後ろから、忍び寄る影。不意を付いて剣を構えて身体ごと抱き刺しにせんとぶつかってくる。
「ばかな‥‥」
 まるで背中に目が付いているかのようにヴァレリーは身を避け、タタラを踏んだところを叩き斬る。肩で背を測ることになったそいつは、数歩走り自分の首に躓いて倒れた。
「ヴァレリーさんがこんな手練れだとは存じなかった」
 カバーに駆けつけたテオフィロスの感嘆に、
「ふん」
 と鼻で笑い。
「実力と言いたいところだが、実はたまたま剣に映っただけだ」

 まもなく海賊螺旋は制圧された。生きている賊も殆どが重傷。手を吊った商船の船長が挨拶に来る。
「おかげで助かりました」
「ところで船長。船はロードスに向かっていたが、その次はどこに行く?」
「数日間で荷を入れ替えた後、アナトリアの方へ」
「ふーん。見れば護衛の兵は散々な状況だが‥‥」
 ヴァレリーが交渉に入る。軍艦の経験も貴重だが、できれば離れたいと思っていたのだ。そして、商船の護衛は都合良い口実であった。

●街角
 都市は貝のように殻を持つ。帝都の3重の城壁は有名だが、ここエフェソの守りも相当な物だ。街の造りも敵の侵入を想定している。外に開かれた港と、何者をも受け入れる教会。そして侵入者を阻む城壁。
 殊に正門裏門の要は二つの塔。下部が緩やかな放射状にカーブしているのは、落石を誘導して侵入者をなぎ倒すため。
「変わった造りですね」
 アンは所々に赤い帯がある城壁を眺めて呟いた。
「主の生誕より250年ほどして完成したと言われています。細かい切石の間に、こうしてレンガを挟んで強度を増しているんですよ」
 警護の一人、モリス・マンサールと言う男がそう言った。名前からしてノルマン系の男だが、ビザンツの鍬兵隊の出でその手の専門家らしい。
「そう言えば、皆さんのお名前は?」
 と、ルスキニアが尋ねたが、モリスは笑って
「仮の名ならば答えましょうが、真の名はご容赦を。皆、それぞれに事情を抱えています。平たく言えば、素性を明かせぬ務め‥‥と、申しましょうか」
「モリス殿は永く他国にお出でと聞いたが、それもお役目か?」
 ガルシアの問いにモリスは
「今の務めは、皆様の護衛の長。但し武術の腕前の方は下から数えた方が早いですが。どちらかというと道案内が私の仕事になります」
 にこやかに答えた。
「さ、街の案内はお任せ下さい。どちらへ行かれますか?」
 先に、買い物や現地の人との交流をしたいと希望していたアンとルスキニア。
「あまりお金は持ち歩かない方がいいのね?」
「ええ。お考えの通り、銅貨中心にと銀貨を少し。万一に備えて金貨を数枚程度別にお持ちになるのがよろしいかと」

●市場
 市場は日差しのパレット。ビザンツの飛び地とは言え、アラビア教文化の影響を受けるエフェソの街。
「ほらぁ。御法」
「ちょっと待って下さい」
 護衛兼荷物持ちの御法を連れて、ルスキニアとアンは市場に来ていた。賑わいは帝都程では無いにしても、人の営みが交わる所。
「アン様にはこの御色が似合いますわね♪ あらあらこちらも可愛らしいですわ♪」
「んぐ‥‥」
 羊の串焼きを頬張り幸せそうなアン。ハーブと果汁を中心にした塩を利かせた特性ソース。多分少量の香辛料も使っているのだろう。それとも子羊の肉なのか? とても柔らかく香ばしくジューシィだ。
「へぇー。完全に血抜きして居るんですすか」
「ああ、血はカサカサに為るまで抜き取ることが決められている。その替わりに、汁気をソースで補うんだ。果汁によって肉が美味く軟らかくなる。ハーブや香辛料は癖を無くしワインは味を深める」
 異国の服を着た売り子が自慢げに解説する。
「ほら、そこの固まりは砂糖(黒砂糖)だ。さて、食い物はそのくらいにして品を見てくれ。お客さんの若さが引き立つ綺麗な布だよ。ほら、乳香水はいかがかな? 一杯サービスするよ」
 乳香水とは、乳香を焚きこめた素焼きの壷に水を入れて、甘みを加えた水のこと。
「ほんと。冷たくてあまいですね」
 アンも一口ご相伴。香りが甘みを感じさせるのだ。
「‥‥で、おいくらにしていただけますの?」
 ルスキニアは布地を手に取り聞いてみる。
「このくらいでは?」
 指で示す。明らかに吹っ掛けている値段だ。
「あらあら。ここは砂漠のど真ん中ではありませんわよ。たかがお水一杯のおまけで、その値段はありませんわ」
「高貴なご身分の奥方にしては、しみたれたことを。ではこれではどうかな?」
 ちょいと値を下げる。
「異教徒にはその相場なのかしら? ここらあたりが相場ですわ」
「ルスキニアさま。(ちょっとそれは‥‥)」
 アンの目にも原価割れしてる値に見える。だが相手も心得たもの。
「そんな商売していたら、首吊りものですね。しょうがない。これでどうで‥‥」
 和やかにおしゃべりしつつ値段の交渉は続く。

「あいたたた!」
 御法が近くにいた子供の手をねじ上げた。
「アンさんのお財布を返して下さい」
 ポトリと落ちた袋が一つ。注意はしていたが、二人のおしゃべりに夢中になっていてその隙を突かれたようだ。アンは中身を改める。中身は問題なかった。
「ちょっと待って」
 返したので、スリの子を放そうとする御法を止め。
「あなたはお金が必要なのね。だからあなたに喜捨します。もう盗んでは不可ませんよ」
 諭して適切と思われる額を渡す。10日は暮らせる程度の金を。
「裁きの日にアッラーはあなたを弁護されるでしょう」
 スリの子供は、金を受け取るとアンを言祝いで立ち去った。
 こんなアクシデントもあったが、丁々発止とやり合う内にずいぶんな時間が流れ、ようやく妥当なところで纏まってきた。
「これ以上は無理ですよ」
「じゃあ。その値で何かおまけを付けて下さいな」
「奥方様。参りましたな。ではこの端切れを付けましょう。良く水を吸う木綿なので、化粧取りにお使い下さい」
 支払いの段になり、ルスキニアは少し多めに手渡した。
「とても楽しかったわ。また寄らせていただきますわね♪」
「あなたに神のご加護を」
「これからスミルナへ行くのですけれどお知り合いの商人はいらっしゃるかしら?」
「アリーと言う従兄弟がいる。主に香料を商っているよ。安物から上物まで幅広く」
「ありがとう。尋ねてみるわね」

●ロードス島
 ロードス島はアナトリアかに18km西方に位置する。皇帝ティベリウスの隠棲の地であり、使徒パウロが訪れた土地。
「400年程前、アラビア教の初代スルタンが打ち壊したとされる太陽の巨神像がここにあったそうだ」
 テオフィロスは帝都の図書館で仕入れた話をする。
「アラビア教徒の中には、芸術を解さず破壊して仕舞う狂信者もいますからね」
 偶像と美術を混淆する輩はどこにでも居る。それはジーザス教徒とて例外ではない。
「高さ15メートルの台座の上に34メートルの彫像と言うから、さぞそ壮観な眺めだったんだろうな」
「像の股の間を巨船が通ったとありましたね」
 ヴァレリーやリョウも事前準備は怠りない。敵国に近い島だけあって、ロードスの街は堅固な城壁が張り巡らされ、しかも拡充が現在進行形である。
「それでは、みなさん。船の補修もあるので10日後の未明に出発です。9日目の夜には戻ってきて下さい」
 商船の船長はそう言った。それまでに戻ってこなければ置いて行くと言う意味である。

 一行は居酒屋に宿を取った。今回の費用として帝国から受け取った金は各々金貨100枚。かなり潤沢にある。敵の勢力圏にあってこの先どんな入り用があるか判らない。時には思い切ったワイロや、金の力で船を調達するような局面もあるだろう。先ずはそれを安全に小分けするところから作業は始まった。
 その後。ヴァレリーは酒場の人々の間に混じって行く。自分の酒量を量り、ほんのりと顔が色づきながらも、頭が冷たく冴え渡る程度に調整し、酩酊の振りをして、
「この地は歴史が古いからな。あちこちに古代の遺跡があるらしい。7日ばかり滞在するが、何か見物はあるかい?」
 ヴァレリーは酒の肴に切り出した。そうして差し障りのない話をした後、
「最近の景気はどうだい。ここじゃ何が買いだ? いや何。小銭が貯まったんで、少しばかり大きな土産を手に入れて、一儲けしたいんだ」
 酔客の、気持ちが大きくなった些かホラ話めいた話ならば、要らぬ警戒はされまい。それが彼の計略であった。話が話だから、物資や人の流れなど目立った変化に話題が行くのも当然の成り行きである。大した情報は得られぬものの、聞き込みは全く不信感を持たれなかった。
「最近は海賊が出るので物の値段が上がり気味だよ。さっきも海賊に船が襲われたって言うし」
 護衛の分、物価が高くなっていると言う。
「ふむ。‥‥そう言えば、蝶の谷と言うのを聞いたことがあるか?」
「蝶の谷? 知ってるが、あんな物ただ綺麗なだけだぞ」
「獲っても問題ないか?」
「問題ないが、あんなものどうするんだ?」
「いやな。帝都の好事家が美しい蝶にご執心でな。珍しいのを持って行くと金になるんだ。無論キチンと標本にしたり、生かしたまま届ければの話だが‥‥」
「金持ちの遣ることはわからんね。じゃあ、案内したらいくら寄越す?」
 金貨を5枚卓に置き、
「手付けだ。後で同じだけ払う」
「おい。しっかりしろ。金貨だぜ」
「あ!」
 慌てて引っ込め、銀貨に換える。
「おまえ、そろそろ酒を飲むな。あとから詐欺呼ばわりされるのはごめんだぞ」
 この手の金は多すぎてもいけない。

●冬の行進
 ガルシアと御法の二人を囲み、囮の隊は出立した。ガルシアはともかく御法はてんで頼りなさそうに見える。魔法が使えると聞いているが、乱戦となれば魔法使いは不利。剣も魔法も使えると言うことは、両方が不十分と言う可能性もある。
「御法も、早くガルシアさんを助けられるくらいになってよね」
 言いつつアンはパラのマントを渡す。
「万一の場合はこれで隠れることが出来るわ。いい? 無茶はしちゃだめだよ」
 敵が何者か判らぬ為、釣り出す事で話は決まっていた。

 2日目の昼。道が峠に差し掛かり、雪が降ってきた。やがて雪は風を呼び、視界は狭まる。襲撃者が居るとすれば、絶好の機会。ガルシアはずっと懐手で幾重にも布で巻いた焼き石を握る。警護の者もそれに倣っているので、悴んで不覚をとる危険は少ないだろう。
「誰だ!」
 あと100歩足らずの峠の頂上に吹雪を背負った毛皮をまとう百ばかりの人影。
「物取りや人違いなら去れ! 自分をトルコの保護下にあるビザンツの正使と知っての所行か!」
 鷲の旗を高く掲げる。それは、襲撃者が二国を同時に敵に回すことを意味した。ただの盗賊ならば自重するであろう。
 だが、返答は矢叫びの嵐。馬車を盾にし迎撃体制。影に隠れて矢で応戦。とは言え風上に陣取る敵には当たらない。対して向こうは風を味方に吹雪に紛れて飛来する矢。分が悪いったらありゃしない。
「矢を節約しろ!」
 ガルシアは味方に命じる。多勢に無勢。当たらぬ矢を浪費しては、いざという時何もできない。物陰で御法が印を結び、魔法を唱える。と、いきなり吹雪が止まった。
「出来た!」
 御法のウィンドレスの呪文が成就した。会心の成功だったらしい。敵の姿がはっきりと明らかになる。服装は土地の者らしい。とは言え彼我の戦力は10対1ほどの開きがある。並みの者なら数を頼んでくる筈だ。しかし、
(「‥‥厄介な奴らだ」)
 襲撃者は失敗したと知るや、忽ち撤収に移る。こちらが追撃を掛けれないことを計算の上で峠の向こうに姿を消した。失敗した以上速やかに離脱する。これは暗殺者のやり方である。それから5分と経たぬ後である。釣りだした襲撃者を叩くための本隊が到着したのは。

●出航
 近衛候補達はロードス島で蝶と戯れ日を過ごした。時間切れで船に戻り、負傷して下船した護衛達の場所に座る。
「ルカ‥‥」
 テオフィロスは遠い目をしながら誰かの名を呼んだ。

●第3回『若い星の歌』選択肢(同時実現可能なものは複数選択可能)
ア:【蝶の谷】の候補地へ向かう (協議して一つを選択・移動時になにかあるかも)
イ:七教会の○○で○○(移動時になにかあるかも)
ウ:○○殿に侍る(同意が有ればPC指定も可)
エ:○○への転職準備(初期になれるクラス限定)
オ:愛とロマンに生きる
カ:謎のアイテムを調べる
キ:その他

 ビザンツは自分で道を切り開いてやろうと言う上級者向きです。セーフティーネットとして参加者は毎回のプレイングに以下の符号を付けることが出来ます。符号が意味する事を重点的に処理されますので、必ず明記してください。符号は矛盾しない限り複数書けます。勿論、目安ですので、プレイング如何によっては個人描写も業績を上げることも両立いたします。

A:プレイング重視。
 仮令それを通すことでどんな酷い目に遭うとしても、書いたとおりの行動をさせて欲しい。

B:成り行き重視
 分かり切った失敗行動の場合。出番が無くなっても良いからその部分のプレイングを無視して欲しい。

C:描写重視
 大したことが出来なくても良いから、個人描写を多くして欲しい。
(物語の展開が遅くなる傾向があります)

D:業績重視
 個人描写が無くとも、希望する方向に状況を動かしたい。

今回のクロストーク

No.1:(2007-03-05まで)
 アラビア教徒の地で、新しい医療技術が開発されました。なんと、他人の地を使って流れ出た血を補う技術です。そこで問題です。3設問分のスペースを使って是非を論じてください。続く二つが賛否論の論拠です。

No.2:(2007-03-05まで)
 否定論:
聖書は血を食することは禁じている。十字架の救いの後、使徒行伝にもこう書いてある。
「偶像に犠牲としてささげられた物と血と絞め殺されたものと淫行を避け」
この新しい技術は、倫理的にどうであろうか?

No.3:(2007-03-05まで)
 賛成論:
人は母の胎においては血によって養われ、主の血によって罪を贖われる。血の治療を拒むのは、母と主を拒むことに等しい。血の提供は血を流して命を贖う十字架の似姿ではないであろうか?