熱砂の地にて
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■クエストシナリオ
担当:高石英務
対応レベル:‐
難易度:‐
成功報酬:-
参加人数:19人
サポート参加人数:-人
冒険期間:2007年02月01日 〜2007年11月31日
エリア:エジプト
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それは、黴臭さがたちこめる暗闇だった。
ほのかな蝋燭の灯りが一つ、不安げに揺らめく中、その部屋に集まった数人の影が、言葉をゆっくりと紡ぐ。
「導は、すでに出ております」
「そう、か」
静かに漏れだした声に応えるように、きっぱりとした声が場に響く。
狭いこの部屋に反響して広がっているためか、その声音は誰が口にしたものかは判然とせず、全員が同時に発した声のようにも聞こえる。
「やはり、現れるのだな、昏き夜よりの太陽が」
「はい。避けられぬ流れであろうと」
その不思議な響きを残したまま、やはり声たちは話を続けた。だが、不穏そうな暗き運命について語っているにもかかわらず、それぞれの声には諦めの響きはなく、また驚きの揺らぎもない。
「昇る太陽はまた沈まねばならぬ。黄昏を喚ぶことのできるものたちを、彼の地へと」
この声だけは、ただ力強く、ただ一人の言葉として発せられた。
幻惑の響きを持つ灯りの下に座るものたちは、その結論にすっと立ち、そしてかねてより決められていたかのごとく、淀みなく動き出した。
じりじりと、強い太陽の日差しが大地を照りつける。
年が明けた、欧州でいえば未だ冬の季節であるというのに、この暑さはいかんともしがたい。故郷イギリスの湿った霧を思いだしながら、現在エジプト総督の地位にあるヘンリー・ソールトは苦々しい笑みを浮かべた。
ヨーロッパの人間でありながらも中東の大国に頭を垂れ、忠誠を誓った彼の人物は、その地位を利用し私腹を肥やしているとの噂が絶えない。だが、黒い腹を持っていようとも、その才覚と抜け目のなさは、少なくとも総督の地位にふさわしいものを持っている。
その彼の前には地元の人間だろうか、日に焼けた肌を持つ部下が、調査の報告をするために資料を渡してかしこまっていた。
「‥‥芳しくないな」
ヘンリーの口から出た声は、笑みと同じ苦い声だった。その響きを耳にした男は、恐縮し、頭を改めて垂れる。
「2ヶ月ほどで、徴税の倉庫が3つもやられている。辺境とは言え、だ。相手は訓練したでもない、所詮は市井の組織。それがなぜここまで頑強に抵抗し、我々をかき回せるというんだ?」
もたらされた報告は、先頃よりエジプトに広がる、民衆の叛意についてだった。
エジプトの地は遥かなる古代ローマの時代、この地ではクレオパトラが全盛を誇ったプトレマイオス朝の断絶より、中東の領域を支配するものに従う歴史を重ねてきた。古きはローマ帝国から、今では中東領域を支配するアラビアの勢力範囲にあり、人々は常に、忍耐と隷属を強いられてきたと言えなくもない。
そのエジプトでは今、太陽の神を崇める人々が「アトン」を名乗り、古きエジプトの栄光を取り戻そうと活動を広げていた。
虐げられていた人々の思いゆえか、古き栄光を取り戻すというお題目が人々の心をくすぐるゆえか。
初めは小さな農民の反抗と思われたこのアトンは、近年では総督の指揮下にあるエジプト人兵士までもが兵役を投げ出し、参加をはじめているというほど、大きくなっていたのである。
ここまでの事態はヘンリーの想定外だった。中東の勢力に取り入り地位を得て、自らの財を大きく肥やす。それにはうってつけの地と思えたのだが、このままアトンを放っておけば、無能の烙印を押され、地位を追われることは間違いない。
「強硬に、早急に対処する必要があるな‥‥まずは、人を集めるのが肝要か? それとも、奴らの根拠地を突き止めるか‥‥」
「それと、噂によりますと」
思案の外からもたらされるその声に視線を向ければ、頭を垂れていた男は何か思い出したように言葉を紡ぐ。
「民たちの間で噂になっております。太陽の神がアトンの元に降臨する。その力と導きが、南にある栄光あるところよりもたらされ、エジプトは真にエジプトの民のものとなる‥‥と」
「力と、導き?」
「もしや、本当に太陽の神が降臨するのでは‥‥?」
「下らん!」
心配そうな表情で視線を送る男の言葉を、ヘンリーは一蹴した。
中東に総督として迎えられる立場であっても、彼はジーザスの教えを信じるものである。太陽の神など彼にとっては、しょせん知らざるものが騙されている偶像に過ぎない。大方、太陽の神とは強力な精霊であろうというのだろうが‥‥。
「無知な輩の迷信に決まっている‥‥しかし」
何かを思いついた総督の声に、男は怪訝そうに見上げると、そのままヘンリーは一つの下知を下す。
「絶好の機会かもしれん。その噂、なんとしても調べ上げろ。そのためにも南の地に探索隊を出すこととする」
「探索隊、ですか?」
「そうだ。その噂が本当なら、奴らの強力な「力」を奪うことで打撃を与えることができるだろう。そうでなくともそれだけの伝説がある場所なら、財宝も期待できるだろうしな」
にやりと笑む総督の顔に、ややあきれたものを感じながらも、男は命に従い、準備をはじめるべく席を立とうとする。
「できるなら探索隊の面々は‥‥他国の人間がよいな。この地に住むものや中東のものたちでは、いささか不安が残る。それに、この地で金を落としてくれれば万々歳というものだ!」
「みんな、まもなくだ」
強い熱射のなかにたたずむ、日差しを避けるかのように建てられた小さな民家。日干し煉瓦を用いて作られたその小屋の中、薄青い影が広がっている場所で、男は真摯に、集まっている仲間達に声をかける。
「エジプト人による故国の統治と、そして偉大なる太陽の神の教えを広めること。私たちの理想と努力、熱意は民人たちだけではなく、中東に味方していた兵士達にも伝わった。彼らが手を貸してくれるということは、全てのエジプトの民が私たちの理想を望んでいるといっても過言ではないだろう。故国が取り戻される日は、近い」
「しかしアデムサーラ」
取り巻きの一人が語りを遮って、疑念を口にする。
「わしたちの活動も大きくなった。確かに兵士たちもが賛同してくれるのは助かるが、エジプト総督がこのまま黙っているとは思えんぞ?」
「そうだ、兵士が逃げ出すようじゃ、奴らも沽券に関わる。軍が出てきたら、やばいんじゃないのか?」
その言葉に周りのものも一様に疑問を口にするが、アデムサーラは静かにそれを制した。
「だからこそ今の勢いを生かしたまま、彼らが動くよりも早く、行動すべきだろう。相手が軍を繰り出す前であれば、民も決心をつけやすい。そのためにもネフィラには各地を周り、苦しむ民たちを助けてもらっている」
ネフィラ‥‥遠き欧州の地からこの地にたどり着いた女性であり、成り行きもあっただろうが、アデムサーラたちに共感し、よく協力してくれている人物である。彼女の持つ精霊魔法があればこそ、これまでのアトンの、力を必要とする行動はうまくいっているといえる。
「‥‥それに、だ。私たちには太陽の神がついている」
「本当なのか? 眉唾じゃないのか?」
「まったくの嘘とは思えんが‥‥」
アデムサーラが希望と決意を込めて放った言葉。その裏づけとなるパピルスの紙片とそれに書かれた内容を知る男は、まだ疑念を含めた言葉でアデムサーラに問いかけた。
パピルスの紙片はかなり古く、骨董品というのはお世辞のような、よくこの時代まで残っていたといっていいほど古びていた。
だがそこに描かれた太陽の神とピラミッド、そしてエジプトの大地を表す絵はまったく色褪せていない。まるで、神の加護でもあるかのように‥‥。
その紙片に目を落とし、アデムサーラは信念を込めた声を投げかける。
「少なくとも、これが魔力を帯びた、力あるものの手による品だということは間違いない。それが吉であれ凶であれ、謎を解き明かすことは私たちの力になってくれる。目的を、達するための」
その紙片に書かれた内容は、古き太陽の神が眠るという遺跡。そして一片の詩。
「太陽が南より昇るとき、エジプトの栄光はよみがえる」
それの意味するところは、いまだ判明はしていない。
こうして、世界の各地に冒険者を求める依頼が行われた。依頼の主はヘンリー・ソールト。エジプト総督じきじきの探索隊編成とのことである。
「最近、エジプトの歴史に連なる重要な遺跡について、私は情報を得ることとなった。
これをそのまま、忘れられた砂の中に埋もれさせていいだろうか? 否、それはエジプトの民たちのみならず、世界全体に対して非常な損失であると私は考える。
だが現在、エジプトは心無い人々により荒れる一方で、満足な探索が行えない現状だ。
ゆえに、今世界の有志に呼びかけて、古き遺跡を捜索することを私は願うものである‥‥」
その依頼と時期を同じくして、まことしやかな噂が一つ、流れるようになった。
それはある種の予言、あるいはまじないの言葉に聞こえる内容。
「遥かなる熱砂の大地、そのさらなる南に置いて、新たなる太陽が昇る。それは人々を苦難へと導く太陽、ゆえに昇らせてはならぬ‥‥」
かくして、冒険が始まることとなる。