熱砂の地にて

■クエストシナリオ


担当:高石英務

対応レベル:

難易度:

成功報酬:-

参加人数:19人

サポート参加人数:-人

冒険期間:2007年07月01日
 〜2007年07月31日


エリア:エジプト

リプレイ公開日:08月05日05:00

●リプレイ本文

「時は満ち足り」
 黄金に輝くは太陽の神の力か。自らが作り上げた神殿の、その地下の玄室にある、古びた玉座にて、イクナートンは高らかに、その時の到来を告げた。
「月の光が甦った。我と対になる月が新たに昇り、満点の空を偉大なる威光で染め上げられる」
 朗々と語る王の前に集うは、百はくだらぬ、死人の兵たち。
 正しく木乃伊とされた古きからの清き者もあれば、ただ最近死したみすぼらしい雑兵もある。その列は玉座の間だけにおさまらず、王の視線が届かぬ廊下、闇夜、隙間、その他全てに充ち満ちていた。
「我らが宮に集いし、生を越えた死、死を越えた生を身につけし臣民たちよ‥‥今こそ、我が支配すべき大地と栄光を取り戻す時だ‥‥!」
 されど歓喜の声は聞こえず。
 兵たちは王の命に従い、武器を取ると、整然と、太陽の下に向けて歩みを進めていた。


■天を覆うは厄災、地に満ちるは凶気


「スフィンクスが消えたって?」
「ええ、いつの間にやら。‥‥そこのお嬢さんのように、姿消しの魔法でも使ったのでしょうか」
 場所は太陽の‥‥いや月の遺跡に立てられた、天幕の一つ。楠木麻(ea8087)の呆れたような驚きに応えるアルフレッド・ディーシス(ec0229)の視線の先では、言葉の不慣れによるものか状況がわからずきょとんとした少女と、その娘に水を進める、まったく同じ顔をした少女がいた。
「まったく、色々と聞こうと思ってたのにな」
「伝承によれば、スフィンクスより良い助言や協力を得るには、そやつの出す謎を解かなければならぬそうな」
 ラミア・リュミスヴェルン(ec0557)と少女‥‥甦った古代の女王と名乗るメリトアテン‥‥の両方を見比べつつ、アナスタシヤ・ベレゾフスキー(ec0140)は麻をなだめるようにつぶやく。
「そもそも精霊は、人間に干渉しようとは考えぬ。あてにしすぎるのも問題じゃろうて」
「そうでなくとも、何か、感づいたのかも知れませんね」
 女術士の言葉に、少女のために新しい水を持ち天幕に入りながら、ティレス・フォンターヌ(ec1751)も思い当たるように言葉を紡ぐ。
「イクナートンが崇めるのは太陽の神。それに、スフィンクスはファラオの守護者であって、彼女より上位の存在ですから」
 そんな女の声にあてが外れたという雰囲気が漂う中、一同の視線はラミアとメリトアテン、二人の少女へと注がれる。
 違うところといえば、日に焼けた小麦色の肌と踊りにより健康的な引き締まりを見せる体つき、そして短く切りそろえた髪をラミアが持っていることだろうか。メリトアテンの肌はやや病的に思える月の光のように白く、その黒髪は肩を越え、背中にまで流れる夜闇の川というべきものだった。
「しかし、本当に彼女を生け贄に捧げなければいけないのでしょうか‥‥こう、似た人間が何人もいるようでは、疑問ですね」
「そうだ‥‥本当に必要かもわかんねえのに、かわいそうだぜ。別の手段があるはずだろ」
 観察の沈黙をティレスが破り、それに、この地に来てからの愛刀を手入れしながら話を聞いていた土佐聡(ec0523)も同意すると、フェネック・ローキドール(ea1605)は静かに二人を見つめながら同意の心でうなずく。
「もしかしたら、その資格が必要でなくなる方法があるかもしれません。そのために、話を色々と聞かなければいけないでしょうね」
「‥‥彼女は」
 言葉がわからぬながらも、自分が話の中心にいることに気づいたのか、メリトアテンはこれまでの世話もあわせて、慣れたフェネックの魔法を通じ、自分の思いを言葉に変える。
「捧げである、と。ファラオの王権を示すもの。そして、太陽の時を終わらせるための月の夜、その夜の帳を引くための捧げである‥‥」
「それは‥‥その、あなたの意志なのでしょうか?」
 ラミアの発した疑問をやや逡巡し、フェネックが伝えるが、だが少女はそれに唖然と目を泳がせていた。
「どうなのでしょうか?」
「わからないんだろ‥‥家ってのは、どこも変わらないしな」
 聡はその戸惑った様子のメリトアテンを見て、小さくつぶやく。
「自分の意志よりも何よりも、家の意志‥‥そのために生きていたなら、わからないだろうさ」

 状況はよい方向に流れてはいない。山本建一(ea3891)はそう、報告を見て思いながら、目の前の女に視線を移した。
 だが女は、今や総督代行となったにも関わらず、いつもと変わらぬ様子で香茶を口に含んでいる。
 場所はカイロにあるエジプト総督府の一角。その部屋の外には、いかにも雇われといった風貌の女が守りについているのみだった。
「状況は、よろしくはないようですね」
「ええ」
 改めて状況を口にしても、やはりメハシェファはいつものような微笑みを浮かべるのみだった。
「総督府や街内の、防備を固めなければいけません。それに、無闇な暴力に市民が巻き込まれないようにしなければ」
「それについては」
 メハシェファは山本の懸念を含んだ声にも、やはり動じた様子は見せず、小さく言葉を返す。
「お任せいたしますわ。総督閣下が居られぬ今、あなただけが頼りですもの」
「‥‥そのことですが」
 メハシェファのまったく変わらない表情と様子に、思わず怪訝な口調を見せつつ、健一は市井に流れる噂を口にする。
「どうやら、ヘンリー総督が生きている、との噂があります。姿を見た者もいると」
「あら。でも、噂は噂‥‥本当は、どうなのかしらねえ」
「確かに、真実はわかりません」
 まるで明日の天気がどうだというような世間話の様子で答える女。男はそれにややいらだちのようなものを感じつつも、話を続ける。
「でも、総督がいることで戦いがおさまるのであれば、その噂の真偽を確かめることを優先すべきでしょう。それに、横槍を入れられ、総督にもしもの事があれば、混乱をさらに深く‥‥」
「そんなに簡単なことではないわ」
 その時初めてだろうか、男を遮って女は感情を強く表し、そして笑いを響かせた。
「ヘンリー総督はあくまで、エジプト総督府の顔であるだけ。その顔がすげ変わっても、この地がサラセンの‥‥異国の支配を受けているという事に変わりはないの」
「なおさら、そういうことなら」
「もう、あの大根役者ではこの戦いは、止められないということ」
 その結論にどのような意味を感じているのだろうか、女はひとしきり笑った後、男の疑問の表情を見、そして目を閉じる。
「言ったでしょう? 溜まった膿は毒でしかないのよ。爛れた恨み、負の感情が爆発したのだから‥‥だから」
 男の鋭い視線を受け止めながらも、女は余裕のある、ある種の愉悦を浮かべていた。
「総督なんて、ただのきっかけに過ぎない‥‥歴史の流れは全ての変化を望んで、動いているのよ」

「それは‥‥一体、どういう事でしょうか」
 遺跡から離れた平野に張られた勇壮な天幕。このアマルナに到着した討伐隊が建てたその一つ、最も大きな天幕の中に、シェセル・シェヌウ(ec0170)の声が響いた。
 その声の響きには、職務ゆえに抑えているものの、相手の発言を疑う色が見て取れる。
「聞こえなかったか? もう一度言おう。探索は中止し、君たちは難民とともにカイロに戻るんだ」
 目の前にいる討伐隊の武将はイッサとか言っただろうか。アン・シュヴァリエ(ec0205)とエセル・テーラー(ec0252)の行動を補佐‥‥いや実際は監視すべく、ニー・ギーレン(ez0194)の配下の中から残ったものである。
 やや小太りなその体を揺らし、髭をしごきながら、武将と討伐隊の面々は、集まった探索隊の人々を見渡し、再び告げる。
「君たちも、今の状況はわかっているだろう。アマルナは魔物に占拠された。それは残念なことで、可能な限り助けなければならない」
 これからの方策‥‥探索の継続とそのための行動、そして難民の処遇‥‥を切り出した瞬間の否定。イッサはまるで、聞き分けのない子供に命令するかのように、杓子定規に口を動かしていた。
「しかし、それよりもカイロが大変なのだよ。総督府が、な」
「ですが、ここまで来て何もせずに引き返すのですか?」
「無論」
 アルフレッド・ディーシス(ec0229)の問いかけをじろりと睨み、咳払いを一つしながら、イッサは返答する。
「我らの一部は監視と魔物の牽制にこのまま残る。だがそうなると、君たちのような非戦闘員がうろちょろしていると、迷惑なのだ」
「まあ、言い分はわかるが‥‥だが今、彼奴らを叩かずして、いつ叩くというのじゃ?」
 現状の魔物たちの報告をまとめた‥‥その中に、月とそれを意味するであろう少女メリトアテン、それにツタンカーメンの幽霊については意図的に書かれていない‥‥紙片を見つめながら、アナスタシヤ・ベレゾフスキー(ec0140)はイッサに低く問い返した。
「そうだぜ。相手は魔物だし、数も多いんだ。戦える人間、それも魔物と直接やりあった経験がある奴らは一人でも多い方がいいだろ?」
「不死者との戦いなら、私たちも力をお貸しできます」
「‥‥どうやら」
 土佐聡(ec0523)と、それに同意するようにうなずくエミリア・メルサール(ec0193)の声に、イッサはじとりと、不信を絡めた視線を浮かべていた。
「君たちは立場というものを、理解しておらんようだな」
「‥‥こっちに届いている報告によるとね」
 突然の言葉に疑問の表情を浮かべるものもいる中、アンはばつが悪そうに、聞かされた事実を口にする。
「カイロでのアトンとの戦闘中に、ヘンリー総督が行方不明となったわ。生死は、不明」
「‥‥総督閣下の後ろ盾が危うい現在は、おとなしくしろ、と」
「そういうことだ」
 シェセルのつぶやきを見下げるように睨み返して、イッサはふんと鼻を鳴らした。
「これは、ヘンリーの身勝手からだからな。最悪、探索隊や生き残りなぞ魔物に食われて、いなかったことにしても、私は一向に構わんのだ。その辺をよく考えて、もらいたいものだな」
 そして吐き捨てる言葉とともに、男は席を蹴って天幕の外へと消えた。

「それで、お主たちは」
「ええ、ワセトに向かおうと思ってますよ〜」
 討伐軍と探索隊の話が始まったのと同じ頃、ユイス・アーヴァイン(ea3179)の提案に、ホルスは同席する若長の代わりに返答した。だがその顔は、返事の声の静かさとは裏腹に、変わらぬ強硬な表情を浮かべている。
 討伐隊との連動と時を同じくして、守人たちとの話も始められた。こちらは政治的観点など何もなく、少女を助けるか否かのただ一点で、話は対立し、平行している。
 当の少女‥‥古代の女王たるメリトアテンは、詳しくはわからぬものの、険悪な雰囲気に静かにうつむいていた。
「そこでの調査が進めば、もしかしたらさ、みーんな助かるかもしれないんだよ。生け贄なんかしなくてもね〜」
「そうです‥‥むやみに命を散らせる必要がなくなるかもしれません」
 ひらひらと飛んで希望に満ちた声を上げるケヴァリム・ゼエヴ(ea1407)にあわせて、ネフェリム・ヒム(ea2815)は真摯に、言葉を繋いだ。
 だがその様子に答えようという意思は、男にはないようで、そのまま厳しい双眸を変えずに、ホルスは尋ね返しで答える。
「だが、もう不死の王は蘇ってしまっている。そして、今にでも力を取り戻すべく、月を求めようとしているのだぞ!」
「ですからぁ」
 これまでに何度も繰り返されてきた言葉を、呆れた感じはしつつもユイスはまたつぶやいた。
「それ以外にも何とかする方法を早く見つけるために行くんですよ〜」
「そんな方法など、あるわけが無かろう」
「どうでしょうね〜?」
 鼻を鳴らす男の前で、ユイスはクスリと、小さく笑みを浮かべる。
「この地にジーザズの教えが入った後、あなた方の信じる神は、民のために心を入れ替えて従ったとか、そう聞いたんですよねー‥‥そんな神様が、他の手段なんてまったくなしに、有無も言わさず古い教えだけで命を奪うような真似をするんでしょうかね〜?」
「確かに、当時の人間‥‥とは言いがたいですけれど」
 不信の眼を向けたままの相手に、ティレスはアナスタシヤに憑いているあの霊のことを考え、やや言いよどみながらも、皆の総意を一つ告げる。
「当時のことを知ることができる今、何かもっとよい手段が見つかるはずです」
「だが‥‥」
「いいだろう。お前たちの言う通り、今は月の命を奪わない」
 まだ続けようとするホルスの食い下がりに被さるよう、若長は制止を告げ、一同を見渡した。
「しかし、予言は成就しつつあります。王が蘇り、月も今ここにいる。そのような時に、不確かな手段に身を委ねれば、この地は滅ぶ!」
「だが、我々でいがみ合っていてもしょうがあるまい。敵は不死者であり、この者たちではない」
「しかし‥‥」
 ホルスの不満げな声を、若長は自嘲気味な笑みを浮かべて受け流す。
「今だけという話をすれば、あれがイクナートンの手に渡らなければよい。なら、今は逃がせば事は済む」
「意外、ですね」
「ほう?」
 若長の返事と問い返しに、ティレスは静かに目を閉じる。
「守人の長、と言うことであれば、もっと強固に、月の命を要求されるかと思いましたが」
「もう、人をそんな風に決めてかかっちゃだめだよー」「よー!」
 振りもあわせて、ケヴァリムは妖精とともに飛びながら女につぶやく。
「おいらを助けてくれたのだって、この人たちなんだからさ」
「別に他意はないし、情にほだされたわけでもない」
 シフールの好意を気にせずに、若長は鼻で笑い、自らの思うところを皮肉げに告げる。
「イクナートンは月を求め、そして奴を倒すには月の命が必要だ。‥‥今、我らの目的は、あの娘がいなくても達成できる」
「何か、手段がある、と言うことでしょうかね〜」
 ユイスはそのまま席を立ち、旅支度を始めようとする守人たちに声をかけると、若長は一瞬、男と視線を絡ませた。
「何も、月はただ一つではないということだ。我々はルクソールの方に‥‥村に戻る」
「っ、あの娘はお前たちに預ける。好きにするがいい」
 ホルスはそうして鼻を鳴らすと主人より一足先に天幕を出、若長はそれに苦笑を浮かべて、天幕を覆う幕を持ち上げる。
「任せるからには、悲しませるなよ‥‥人は、悲しむために生まれているわけではないからな」

 そして日は天頂を過ぎ、陽射しが黄色みを帯びて柔らかくなった頃、夕闇にはやや早いその時に、一同は天幕に集まっていた。
「そうか、討伐隊はそういう態度かよ」
 討伐隊と守人、それぞれの交渉より戻った一行の話を聞いて、ジョバンニ・ベルツォーニ(ez1112)は思った通りだと肩をすくめた。そのまま、口と表情をしかめると、大きく男はため息をつく。
「さて‥‥これからどうする?」
「あなたが、それを聞くのですか?」
 ジョバンニの言葉に、シェセルはすぐに問い返すと、男は苦笑を浮かべて近くの水を手に取り、唇へと流し込んだ。
「あいつの生死がわからん以上、そもそも探索を続けたいといっても十分なバックアップがねえ。だから俺は、難民を連れて、カイロに戻るつもりだ」
「やめちまうのかよ」
「しょうがねえだろう」
 聡の言葉に、ジョバンニは髭についた水滴を落としながらつぶやく。
「アマルナが落ちて、難民がここに来た時点で、まともな発掘はもう無理だ。そしてスポンサーも‥‥この探索を望みやがった奴も、行方不明。戻って、別の仕事を探す方がいい」
「しかし、この現状を放っておくのですか? 私たちだけでもなんとか出来るはずです」
「そうだよ、せっかくみんなが集まったっていうのにさー」
 弱気な隊長の言葉を聞いてのネフィリムとケヴァリムの抗議に、ジョバンニは眉をひそめながらシフールを見つめる。
「だけどな、この事件を解決するには手が足りない。難民を守りながら、敵を追い払い、謎解きに各地を回る‥‥やれるかい、ぼーず?」
「そりゃ無理だけどー‥‥でもおいらはぼーずじゃないんだからな」
「なるほど。難民は彼らに任せ、奴らとの戦いのために必要な調べは我々だけで、というところか」
「ああ。ああいう輩にはとりあえず従っておくスタンスが必要だ。それに、あの野郎の言い分じゃないが、非戦闘員がうろつくと色々面倒だろうし、難民を見捨てれば、寝覚めが悪そうだからな」
 怒った風にじゃれつくシフールをあしらいながら、シェセルの確認にジョバンニはうなずくと、一同も地図を覗き込んで、それぞれの意見を改めて告げる。。
「なんとかして、討伐軍にアマルナの方の牽制をしていただきたいですね。難民の方が逃げるためにも。それと‥‥」
「我々が、ワセトへ向かう隙を作るためにも、か」
「それぐらいはさせてもらうわ‥‥そのために、来たはずだったのに」
 エミリアの提案に悩む一同を見て、アンは真摯に言葉を紡ぎ、ジョバンニと視線を合わせた。隊長はそれに応えてうなずくと、安心を呼び込むように、にかりと笑う。
「なに、船とかの足の手配や、これ以上の邪魔はないように力は尽くす。それだから、この災厄を止められるのはお前たちだけだぜ‥‥」
「ありがたい‥‥ああ、わしは、ケベルとともにルクソールへと向かうつもりじゃ」
 その場に浮かんでいるであろう霊体を気安く指差して、アナスタシヤは一同に告げる。
「こ奴が、この時に甦り、そして血縁のものが月と呼ばれる生け贄である‥‥何か、つかめるかもしれんと思うてな」
「おいらは、また守人のみんなが揉めたりしないよう、ついて行こうかなっと」
「では、女王様は、私たちと一緒にワセトへ‥‥それぞれの調べを果たしたら、また会いましょう」
 アルフレッドの言葉を心に留めて、一同はうなずきあった。

 総督が生きていた。
 その、雨期の合間の晴天のその日に、カイロに広がった噂は、今までにない真実みを帯びていたがゆえに、即座に各勢力を震撼させた。
「カイロに、総督が‥‥?」
「はい」
 メハシェファはもたらされた報告に、気づかれぬほどの小さな笑みを浮かべると、話の先を続けるように兵士に促す。
「カイロに現れました総督は、太陽の神を信望し、エジプトの民のために尽力すると宣言いたしました。あわせてギーレン将軍とアトンにも、休戦のための協定が送られたそうです」
 続けて兵はその懐から書状を取り出すと、女にそれを手渡す。
「‥‥このことについて、知っているのは?」
「他の主だった方は、この内容を同時にお届けしております」
「そう」
 書状に書かれていた内容は、ヘンリー・ソールト(ez0187)を改めてエジプトと中東の橋渡しに据え、その目付としてアトンの人間であるウィングなる人物を補佐とし、政治などの改善を提案するものだった。その最初として、今起こる戦闘の手打ちを進言し、各勢力が講和を結ぶことが記されている。
「それで、ヘンリー総督は?」
 メハシェファは興味なさげにすうと書状をまとめると、懐に入れつつ兵の報告に耳を向ける。
「戦場で兵たちに、今の書状と同じ内容と、そして民たちへの謝罪の言葉を演説し、そして巨大な鳥に乗って去っていった、との報告があります」
「茶番ねぇ‥‥」
 口端だけを釣り上げる女の笑みに兵士が目を奪われると、その瞬間に立ちあがり、女は廊下へと歩み出す。
「ど、どちらへ?」
「すぐに、各所に声明を出しなさい。ヘンリー総督は、我らが帝国への反逆者である。見つけた場合は生死を問わず、と」
「しかし!?」
 突然の命令に戸惑う兵士の問い返しに、女は特に動じた様子はない。
「総督が敵に取り込まれたとはいえ、相手は平和的解決を望んでいます。それに、それだけの重大な内容であれば、他の方々と協議なされる必要があるかと‥‥」
「そう、ねえ。確かにその通り、満点の解答だわ。でもね」
 控える男と同じ目線に立つと、女は静かに、その柔らかい唇を開いた。
「あなたは、名誉ある帝国の兵士かしら。それとも、反乱に共感する愛国の人なのかしら?」
「い、や、そ、それは‥‥」
 吐息さえもすぐに触れそうな距離に、ただ一枚のベールで遮られた女の瞳と唇。その向こうで蠱惑的に輝く女の眼が、兵士の平静を奪っていた。
「わかっているでしょう? これは、平和を望むように見せかけた、暴虐なのです。人を欺くがゆえに、タチの悪い毒」
「‥‥はい」
「ですから、私は」
 その言葉の一つ一つが告げられるに従い、兵士のそれまでの威勢はどへ行ったのか、静かに女の言葉にうなずいていた。
「その毒の治療に、強き薬を用いなければならないのです。そう、薬を飲んで、そして倒れたとしても、毒で死ぬ不名誉よりは、良いでしょう‥‥?」
 すでに兵士は、女の言葉にうなずき、そしてゆっくりと命令を伝えるために歩いていくのみであった。

「さて」
 一人つぶやき、烏哭蓮(ec0312)は目端に映るカイロの町並みへと視線を移した。
 ここ数日、あの噂が広まってからは、本格的な戦いは起こっていなかった。もちろんその噂とは、ヘンリー生還す、の報である。
 その時、同時に現れた巨鳥と仮面の男の話に烏は忍び笑いを漏らすと、しかし苦虫を噛み潰したように目だけを笑わせていなかった。
「‥‥あの猿どもは、これからどうするつもりなんでしょうね」
 行方をくらました後、突然現れたヘンリーの言葉。それは、自分がアトンの太陽の神に帰依し、その上でこの地を良くしていくため尽力していくというものであった。
 だがその演出もむなしく、すぐさま、総督府とギーレン将軍の部隊からは逆賊とのレッテルを貼られ、アデムサーラは信用に値せずとの声明を叩きつけられている。
 それでも戦いが起きていないのは、ヘンリーが私兵を投じ、またはその演説に共感を覚えた者たちが参加して、ある程度の兵力が存在しているため‥‥それぞれが喉元にナイフを突きつけあっているからだった。
 誰かを刺しても、誰かに刺される。そしてまだ誰もが、自分だけは無傷でいたいと考えている。
「世迷いごと、ですね」
「そう、思うだろう?」
「‥‥勇者殿、ですか」
 その、今では尊大に聞こえる、昔は情熱が感じられた声音を聞いて、烏は振り向かないままアデムサーラ・アン・ヌール(ez0192)に返事する。
 やや暑い、雨の後の湿気を含む空気の向こうには、ある意味、自分と似た、しかしそれでいて似つきもしない笑みを浮かべた男が、砂の大地を踏みつけて近づいてきていた。
「ヘンリーは、馬鹿なことをしたものだ‥‥今さら帰依などと、誰が信じようか?」
「愚かしさは、誰も変わりませんよ」
 猿同士ではね、と口の中で噛み潰し、烏はにこりと作り笑いを浮かべる。
「総督の意見を受け入れれば、血が流れることはないでしょう。でも、我らが勇者は、それをしなかった。あのような者が、神に太陽の神の威光を知るとは思えないという、素晴らしい、ご判断」
 その皮肉めいた言葉に、男は口端を釣り上げるのみだった。
 その瞳は確か、草原のような青さを讃えていたはずだったが、今は、どこかの仄暗い水の底に溜まる泥を覗き込んでいるかのように感じられる。
「濁った水を清めるためには、血が必要になってしまった」
 風と湿気にほつれる前髪を直しつつ、思いを溜めた声音でアデムサーラは語りかける。
「数多の血が流れれば、それはナイルの流れとともに汚れを払い、熱砂の大地を浄化する‥‥今は、誰がナイフを振り下ろしてもおかしくはない。ではそれを」
 ギリと、乾いた皮膚が軋んだような気がした。そのまま握り拳を突き出して、アデムサーラは暗い瞳を光らせる。
「我々が振り下ろし、我らが神への供物としよう」
「‥‥あなたは」
 冷ややかな視線を一瞬浮かべ、しかし烏はすぐにいつもの笑みを浮かべた。
「この地をどうするつもりですか。あなたを信じ、ついてくる、ともに戦う仲間の思いを?」
「さあ?」
 振り返りもせず、男は静かにつぶやいた。
「神への熱狂、新たなる再生に向けての儀式に、そんな些細なことなど、気にするものか‥‥」

 雨期の合間にかいま見えた、久しぶりの太陽。その下で、遺跡から外に出たテティニス・ネト・アメン(ec0212)は、手にした金属の護符を握りしめた。
「もう、王は遺跡を離れたのね」
 手がかりを探しにと訪れた、不死者の王が悠久の時を眠っていたはずのその遺跡は、すでにもぬけの空で、塵芥の一つさえも残っていなかった。
 ただ残されていたのは、歴史と古代の文字と、それに隠された真実のみ。その古き文字が読めるのであれば、あるいは何かがわかろうというものだが、しかし今、彼女たちにはその手段は無く、そのための時間はあまりにも残されていなかった。
「アデムサーラ」
 その手の中にある護符の感触を確かめながら、女は小さく、その名をつぶやく。
「テティ」
 後ろから現れたアフロス・エル・ネーラ(ez0193)は、気遣うように小さく、友の名を呼ぶ。
「これから、どうする?」
「彼を元に戻す方法さえわかれば‥‥それだけで、良かったのに‥‥」
「どうにかして、止めなければならないわ。こんなの、間違っている。彼の‥‥いえ、彼はこんなことをしない人よ」
 そう告げるネフィラの瞳は、悲しみに満ちていた。その雰囲気にを感じ取ったのか、テティは目の奥に温かいものを感じ、じわりとした何かを眼に覚える。
「サラ」
 その温かい感触を抑えるように、女は太陽の輝く青い空を仰ぐ。
「私を守って‥‥そして、あなたも無事でいて」
 その願いは、この地に満ちる者たちが願う、しかし今は叶えられることがないように思える願いであった。


今回のクロストーク

No.1:(2007-07-03まで)
 カイロではメハシェファが指揮する総督府と、ギーレン将軍の遊撃隊、アデムサーラのアトンがにらみ合っています。アマルナでは、守人と遺跡の探索隊が合流し、郊外には討伐隊が進んでいます。どこと協力しますか?

No.2:(2007-07-03まで)
 「月」とされる少女の命を捧げれば、イクナートンを倒す力が手にはいるといいます。守人は奪われる前に滅すべしといいます。奪われないために命を奪いますか、戦うために捧げますか、それとも別の策がありますか?

No.3:(2007-07-01まで)
 あなたのバック(あるいはあなた自身の資金力)で調達したいものがありますか? あれば、どうやって連絡をつけてどう運んでもらいますか?