熱砂の地にて

■クエストシナリオ


担当:高石英務

対応レベル:

難易度:

成功報酬:-

参加人数:19人

サポート参加人数:-人

冒険期間:2007年03月01日
 〜2007年03月31日


エリア:エジプト

リプレイ公開日:03月29日22:40

●リプレイ本文

■砂の大地の向こうより

 欧州から見れば彼方の熱砂、かつて最古たる文明の一つが歴史を刻み、しかし今はその栄光も砂の下に埋もれた、遥けき大地。
 そのエジプトの中心から恵みのナイルをさかのぼり、さらに奥に位置するはアビュドス。彼の町は小さく人も少ない場所であるが、人の営みはないわけではない。
 その地を簑として隠れるものたちこそアトン。古きエジプトの栄光を取り戻すことを夢とし、太陽の教えの元、今の支配者、搾取するものに対するべく、立ち上がったものたちである。

 照る太陽の光の下、民衆はその場所に向けて集っていた。
 彼らが手に持つは農具や棒等、その辺りで手に入れた、間に合わせの武器。アトンの蜂起に合わせて、各地で不満を告げるべく立ち上がったものたち。
 その視線の先には、戦いが起こることを予測したのか、曲刀を腰に差し槍を身に帯びた、エジプトの兵士たちが警戒を強めている。
 両者の間を駆け抜ける砂塵の響きが、静かに染み渡るにらみ合いを、陽光の強さとともに大きくする。
 その時だった。
 空から突然一陣のつむじ風が舞い降りて、辺りの困惑を大きくする。
「静かにしろ」
 砂塵を巻き起こした存在は、体長は10mはあろうかという巨大な鳥だった。周りの人々が巻き起こる風に目も開けられないような状況で、鳥ならぬその背に立つものが、静かに声を広げる。
「な、‥‥何奴?」
「名乗るほどのものではない」
 手にした弓を引き絞り、目元をマスカレードの仮面で隠した天城は答え、辺りを睥睨する。
「あえて名乗れば‥‥マスカレードウィング。俺は、血を流すことを好まない」
「勝手な‥‥反乱者がよくいう!」
 守備隊長とおぼしき人物が髭を揺らして駆け、槍を投げつけた。だがその巨体に比べれば針のごとき槍はいくらかかすり傷を負わせただけで、続く巨鳥のただの叫び声に一同は唖然として様子を見るのみ。
「こちらの願いは一つ。どうか、この場所にある物を民に返して欲しい」
 いつでも放てる殺気を矢と言葉に込めながらも、マスカレードウィングと名乗った男は優しく告げた。
「そうしてくれれば、こちらは大人しく退こう。だがもし、要求が受け入れられない場合は、あなたたちの命を奪うことも、止むなしと思っている。どうか、賢明な判断を」
「その通りですよ」
 熱砂の熱気の中で冷や汗を流す守備部隊に、また、別の冷たい声がかけられた。
 声に振り向く視線の先には、一人の白き肌の男。その周りを取り巻き蠢くは、このエジプトの地で幾年もの歳月を経て乾いた、木乃伊たち。陽光の逆光に笑む男と怪物たちの様子に、あるいは物語の世界かと、一種の幻惑が脳裏に漂う。
「私としても、この地にて手に入れた下僕たちを試したくもありましてねぇ。まあ短生種に望むべくはないでしょうが‥‥賢明な判断を望みますよ?」
「そ、そんなことのめる、わけが、なかろうっ!」
 警告というよりは脅迫。
 数ではなく、覇気の差。気を吐く守備隊長の答えもむなしく、守備兵は及び腰で、隙あらば離脱しようとしているもの数多い状況が、すでに結論を告げていた。
「見事な手並みね‥‥まあ、平和的とは言いがたいけど」
 遺跡の探索へと旅だったアトンを率いるアデムサーラ・アン・ヌール(ez0192)の代わりに、二人の目付にとやってきたネフィラ‥‥アフロス・エル・ネーラ(ez0193)は、襲撃の趨勢に苦笑混じりの声を上げる。
「力の差を見せ付け相手を服従させれば、誰も死なずに済むという点では平和的だろ。それに、他に交渉材料もない」
「私としては、下僕を増やしたいところ、ではあるのですがねぇ」
「‥‥まあ、上手くいくかは相手次第だな」
「その通りだ」
 哭蓮の嘆息に応じる天城の声に、荒縄で縛られた守備隊長が憎々しくつぶやく。
「先日到着された隻眼の猛将、ニー・ギーレン様にかかれば、貴様らの反乱など、ものの数ではない。せいぜい自分たちの夢を楽しんでおくことだな‥‥!」

「はーい、水だよぅっ」
 元気な声と一緒に水の入った桶を持ちながら、よろよろ飛ぶのはケヴァリム・ゼエヴ(ea1407)。その飛ぶ先には冒険者たちが連れてきたペットや探索隊の荷運びラクダなど、様々な動物たちが集まり、身を休めていた。
 エジプト総督ヘンリー・ソールト(ez0182)の探索隊がここと決め、アマルナ近くの遺跡を探り始めてから早半月。探索の手は進まなくとも、ともにある動物たちの世話は欠かせないものである。ケヴァリムはシフールにしては珍しいといえる細やかな気配りの元、いざという時に役に立つに運びの獣たちの世話をかって出ているのであった。
「君たちも大変だねえ‥‥まあ、がんばるんだよ」
 少年は動物たちの間を飛びまわって水桶に水を入れ、もう一つの餌桶にも奮発して手に入れたよい干し草やら現地の魚肉やらを投げ入れて、疲れた表情に見えるペットたちを励ました。
 季節は3月とはいえ、砂漠や荒野では木陰のような安らげるところはほとんどなく、荒涼としたその場所は昼夜の寒暖の差も激しい。当然荷を運びいざという時は遺跡の片づけに奔走することとなる動物たちの消耗は、苦労を口にする言葉のない動物たちの間でも大きくなろうというものだ。
「あーあー、こんなに汚しちゃって‥‥」
 水を浸した布と剃刀の刃物を持って、ケヴァリムは丁寧にペットたちの毛並みを手入れしていく。すでに慣れたもので、午睡の微睡みのままペットたちは特に抵抗する素振りもなく、されるがままに毛並みを整えられていく。
「お、すごいじゃん」「じゃん♪」
 手際のよいケヴァリムの動きに、頭に妖精を載せたまま感心しているのは土佐聡(ec0523)。
「長くやってるからねー‥‥あれ、用?」
 ともに旅をはじめた二人組のせいか、妖精のタッシリナージェルもいつの間にやらなついている様子。聡の方を振り返り小首を傾げるケヴァリムに、頭の上からよいしょと妖精を下ろしながら、少年はうなずき返す。
「とりあえず、町の方へ行くんだってさ。あと1時間位で行くって」
「おっけ〜。‥‥いいもの買ってきてやるからな〜」「からな〜」
 買出しと情報収集を仲間たちに任せ、警備に残るつもりの土佐にウィンク、ケヴァリムは妖精と一緒に動物たちの周りを飛べば、動物たちから喜びともとれる鳴き声が返ってきた。

「しかし‥‥芳しくないな」
 時は昼下がり、場所はアマルナの街。田舎の町に見られる憩いの小さな食事屋で、その店の中の大半を占めるテーブルに置かれた陶器の瓶から水パイプの煙を吸い込み、代わりにため息を吐き出しながら、シェセル・シェヌウ(ec0170)はつぶやいた。
 男の胸に溜められた息の源は、この南の地にまで伝わる噂。
 それは、中東本国からやってきた隻眼の猛将の字を持つ将軍、ニー・ギーレン。中東にて信仰される、東の仏教、西のジーザス教とも異なるアラビア教の使徒にして、一騎当千の武人であるという。
「やはり、ヘンリー総督の統治が問われていると」
「そういうことに、なるな」
 アルフレッド・ディーシス(ec0229)の静かな懸念に、シェセルは水パイプによる眩みも手伝って顔を歪め、また息をついた。
 ヘンリー総督は自らの利材を肥やすべく、中東はサラセン帝国に忠誠を誓ったともっぱらの噂であり、当然、直接の賄賂や供物によるお目こぼしは、日常茶飯事だったといわれる。
 しかしギーレン将軍はそのような政策がアトンをはじめとする反乱を招いたとし、武力を用いての各地での取り締まりを強め、エジプト北部にその名を轟かせ始めていた。
「その辺、餅は餅屋に任せておいて‥‥今はできることをするしかないでしょうね〜」
 地域の伝承歌をまとめたフェネック・ローキドール(ea1605)のスクロールを斜め読みしながら、麦の粥の入る器の前でさじをくるりと、ユイス・アーヴァイン(ea3179)はいつもの通りににこりとする。
「そうですね。‥‥あの遺跡について何かわかったんでしょうか?」
 大皿に盛られた蒸した魚を切り分けながら、ラミア・リュミスヴェルン(ec0557)は町の様子も気にしつつ、周りに尋ねる。
「今回の遺跡には直接関係ないかもしれないけど、面白い話は聞けました」
 少女の疑念に答えてフェネックはアルフレッドと目配せすると、いつも使っている羊皮紙ではない、古びたパピルスを取りだした。その触れれば崩れそうな端々の痛み具合は、紙片が重ねてきた歴史の流れを感じさせる。
「先日、カイロで言いました、太陽の神様なんですけどね〜」
「何か、わかったのか?」
「残念だけど、別の話になりますねー」
 間髪入れない答えに軽く肩を落とすアナスタシヤ・ベレゾフスキー(ec0140)に、ユイスは別の面白みがあると、続けて言葉を紡ぐ。
「この街の作られたいわれについて‥‥この街を作り上げた古代エジプトの王は、太陽の神を崇めていたそうですよ〜」
「そうなんだ?」
 大きなパンを抱えてひらひらとするケヴァリムに、ユイスは視線と指先でパピルスを見るよう、うながした。その先には太陽を図案化したと思われる紋様と、その下で威容を誇る古代エジプトの王が描かれている。
「ですが、王は悪政を行うようになり、人々を迫害したとか〜」
「結局伝説では、王は太陽の神とともに神官たちに呪いをかけられ、永遠に封印されたと伝わっているそうです」
 吟じるように、フェネックはシェセルの勧めに従いこの地の古老に聞いてきた物語をつぶやき告げる。
「‥‥その王様は、どこに封じられたんですか?」
「それを調べるのは私たちの仕事でしょうね〜‥‥でも」
 ユイスはにこりと微笑んで、おそるおそる尋ねるラミアに、静かに告げる。
「私たちの探索が正しければ、呪いの封印が解かれるかもしれませんねぇ」

 それは、幾度目かの襲撃だったろうか。
「ニー・ギーレン?」
 ロック鳥の背に乗り天を移動する途中の天城は、ネフィラのつぶやいた人名に訝しげに声を上げた。
「ええ。隻眼の猛将と呼ばれる、中東きっての武人よ。不死身の、とも呼ばれているわ」
「それは困りますねえ。死んでいただいてこそ、色々と面白いのですが」
 ネフィラの告げるその人物の評するところに烏は目を細めると、冗談めかしたようにつぶやいた。
「噂はあくまで噂だ。本当のところは、どうだかな‥‥そろそろだぞ」
 乗ったロック鳥の下、流れる景色と打ち合わせの内容を記憶で照らし合わせ、目的の場所に近づいたことを悟ると、烈閃は一声告げ、巨鳥は一声応えて地上へとゆっくりと降り始める。
 天城と哭蓮がアトンに協力を始めてから早一月。ロック鳥という巨大な生き物は、その姿だけで守備のものをおびえさせ、無血での反乱を進めるのには大きな力となっていた。
 だが。
「兵たちの展開が速いですねえ‥‥どうやら、噂の短命種でしょうか?」
 今回の目標となる倉庫と、その周りを囲む兵士たち。地上に見える兵たちは、それまでの凡百のそれとは異なり、集まっている人々の群れと天より射す影に、規律正しく散会を開始した。集まっていた民衆は、地上にて待つアトンのものたちが声を上げるよりも早く、包囲され動きをせばめられていく。
「‥‥やばいか?」
 ロックが羽ばたきを強くしながら、ゆっくりと地上に着陸する。巻き上げられた砂塵は周囲を被い、埃とともに人々の口をざらつかせる。
「聞け。おとなしく‥‥」「撃て」
 常と同じ、烈閃が放つ降伏を進める声は、間髪入れぬ太き殺意の声でさえぎられた。その言葉に従い兵士たちは冷静に矢をつがえると、現れた怪物に向けて矢の雨を降らせる。
「突然のご挨拶ですねぇ」
「ふん、反乱者に容赦をする必要なぞ、あるものか」
 矢の大勢はロック鳥の体に当たり、やはりカスリ傷にしかならぬとはいえ、降る矢の雨には生きた心地はしない。
 その雨が止むと、頭にまいたターバンを揺るがせ、颯爽としろマントを翻したニー・ギーレンとアラビアの兵たちは一気に歩を進め、いまだ展開に驚き混乱を残す民衆たちを鎮圧すべく襲い掛かる。
「貴様ら!」
「主の相手は、この俺よ!」
 敵の動きと呼びかけられた声に、天城は即座に弓を引き絞った。
 声と同時に駆け込み、ギーレンは細身の曲刀を引き抜くと、手首の加減、その刃の滑りを大きくして一気に切り裂く。痛みを告げる叫びが巨鳥より発せられ、緋の色の線がギーレンの剣より宙に舞って走る。
「!」
 烈閃は目元を隠す仮面の向こうより狙い、引き絞った弓で中東の戦士を狙い撃った。首筋、急所を狙うその一撃は過たず吸い込まれ、ずぶりと突き立つ。
 しかし。
「ぐわっ」
「どうした、効かぬな‥‥」
 矢が刺さった瞬間、ギーレンの後ろの兵士が一人、突然叫びを上げて倒れ伏し、ギーレンは首筋に刺さった矢を引き抜きながら、何もなかったかのように不適に笑んだ。
「‥‥行きなさい」
「戻るぞ、鷲羽!」
 鏃より滴る血を振り舞いて迫る男に、烏は下僕たる木乃伊をけしかけると、烈閃は辺りを見回し、アトンのメンバーと暴徒たちが逃げたのを確かめつつ、血塗れた巨鳥に飛び立つよう命を下した。
 不気味なうめきとも軋みとも思える音を立てながら、黒の法、クリエイトアンデッドで仮初めの命を得た死人は、ゆっくりとギーレンと中東の戦士を取り囲む。
「死霊使い‥‥冥府魔道の邪悪の使徒か」
「言いますねぇ‥‥ですが、この素晴らしき法を知らぬとは、短命種は無知ですね」
 ギーレンのつぶやきに烏は目を細めると、それを合図のように木乃伊が戦士に打ちかかった。
 一撃をすとかわすと、それに続く戦士の一撃が滑らかに腕が切り落とし、切り離されたそれは乾いた砂に落ちて転がる。
 烏の舌打ちに合わせてネフィラが高速で結印し、嵐を吹かせると、体勢を崩したギーレンの隙をついてロック鳥はふたたび空に舞い上がった。
「‥‥どういうことだ」
 体勢を崩した男に殴りかかった木乃伊の一撃が、戦士ではなく周りのものたちに傷を与えていくのを見て、飛び立つ鳥の背、天城は疑念の声を上げる。
「なにやら、私たちの知らない魔法でも使っているのでしょうかねぇ。非常に、興味深いですよ」
 折角の木乃伊を失い、やや残念そうに哭蓮はつぶやくと、一方、目の前で繰り広げられた不死身の法に興味を覚えていた。

「総督閣下、ギーレン将軍のご帰還です」
「‥‥わかった」
 昼下がりというには少し早いか、エジプト総督府の公的な謁見の間。その間で告げられた呼び出しの声に苦虫を噛み潰すと、ヘンリーは不承不承、返事を上げた。
 その声に従うよう、ギーレンは部屋に入ると、目の前に座るエジプト総督に軽く一礼する。
「ニー・ギーレン、ただいま戻りました」
「さすがだな、将軍。こちらに参られてからの獅子奮迅の活躍、まことにすばらしい!」
 ヘンリーは一転にこやかな笑みを浮かべると、大声でねぎらいの言葉をかけつつ、立ち上がった。
「アトンの伸長は貴殿の活躍により、食い止められていると聞く。さすがは隻眼の猛将、名にたがわぬ活躍よ」
「‥‥私は武人であって、お飾りではありませんからな」
 剣呑な響きに聞こえる声にヘンリーの眉根が寄せられ、横にて佇む補佐のメハシェファは、ベールの奥で見えぬ笑みを浮かべる。
「だが将軍。力で押さえつけるだけが政治ではないぞ。民たちの心を悟り、そのためのことをせねば、偉大なるサラセンの御方々であっても、統治は難しいというものだ」
「なるほど、確かに‥‥ですが、主人が誰かということは忘れさせてはなりますまい。それを忘れれば、統治も何もなくなるということ、お忘れなきよう」
「‥‥話も色々とありましょうが、本日はこれまでにて‥‥お疲れでしょう、将軍?」
 二人と、謁見の間に広まる雰囲気を見てとったのか、メハシェファがとりなすように微笑み、言葉をかけると、それを呼び水に話の輪は閉じ、集まった人々が解散する。
「お久しぶりですね」「ええ。久しい、というには、そう日はたっていないと思うけれど」
 会見の後の人々の流れ。その中で山本建一(ea3891)は、ギーレンについて現れたエセル・テーラー(ec0252)と再会の挨拶を交わすと、ともに廊下を歩み、カイロに吹く風をふたたびともに受けた。
「こちらはメハシェファといっしょに、日々鍛錬の毎日です。いざという時、刀が錆びついていては問題ですから、ね」
「真面目なのね」
「ええ‥‥それで、あなたがふたたび、ここに来れたのは?」
 風を受けての男の問いに、エセルは少し考えるような、遠い視線で言葉を紡ぐ。
「メハシェファの言葉を聞いてから一月、エジプトを‥‥この地を回ってみたわ」
 彼女が立ち寄った地方の村々は、貧しいながらも温かく迎えてくれた。そんな村であってもアトンと、それに手助けをする怪人物たちの噂、そしてそれらを包んでこの地に広がる活動の流れは、若き人々には熱狂を持って受け入れられていた。
「でも‥‥アトンの人々はともかく」
 エセルは静かに、そのときの思いを反芻する。
「それに参加している人々は、ただ、自分たちの暮らしをよくしたいだけだった」
 心の平穏をとるのであれば、ヘンリー総督の治世の元、ただ貧しさに耐えればよい。だが人は、心の平穏のみにて生きるにあらず、日々のパンがなければ生きてはいけないのだ。
「‥‥アトンの行動は、間違っていると?」
「一概には言えないわ。彼らが目指している古代エジプトの復興。それが何なのか、わからなければ。でも」
 廊下の分かれるところ、そこまで歩き、立ち止まりながら、山本はエセルの言葉の続きを待った。
「人々の目指すところが思想や理想の対立ではないのであれば‥‥もっと平和に解決できると思う」
「そのために、一度戻ってきたのですね?」
 健一の問いかけに女は軽くうなずくと、男は右手を差し出し、そして女はそれを握り返した。

「まったく、厄介な仕事じゃのう」
「そうですね。もう少し簡単に終わればいいんだけど」
 苦笑とあわせて、アナスタシヤ・ベレゾフスキー(ec0140)は目の前のくすんだ水に向かって大きく息を吐き、フェネックもその様子に軽く笑んでは嘆息した。
 探索に必要なものは資金、知識、そして人手。全てに限りがあり、また穴を掘り遺跡を調べる以外にも、人の営みとして炊事、洗濯、その他雑務というものは存在する。都市であれば金を払ってやらせることもできるだろうが、プライバシーや人での関係もあり、そういうことは自分でやるか、みんなでやるかのどちらかしかない。
 それはさておき、女が集まって何かをしていれば、おしゃべりと井戸端会議は世の常。それはこの場所に集う遺跡の発掘者でも、冒険者たちでもかわりはない。
「あの人ったらもう! 遺跡を掘るのは男の仕事、ってのはまあいいけど、子供じゃないんだし、帰ってすぐにメシメシ、叫ばなくってもいいってのに!」
「‥‥がんばっても、男は腹に入れば皆同じ‥‥そんな感じねえ」
 そうしてテティニス・ネト・アメン(ec0212)は手にした野菜の皮をするりとむくと、手際よく滑らかに皿のほうへと放り投げた。
 文句は言っていても探検家の妻、こんな作業は慣れっこなのか、サラはテティニスと二人で歌い踊るように、料理と文句の山を形作る。
「でも、大変でも、ずっといっしょにいるのは、すごいと思いますよ」
「そう! そうなのよ。あの人、あたしがいないと炊事とか洗濯とかダメダメなのよねぇ‥‥ほんともうっ、しょうがないんだからっ」
 ラミアの笑い声にサラは間髪いれずに黄色い声で応えれば、まあそういうものは犬も食わないねと一同、にこやかに笑いをあげる。
「無事、この発掘が終わるといいですよね」
「‥‥そうね」
 自らの仕事を終えて料理の私宅に手を出そうと用意するフェネックの声に、サラはうって変わった静かな呟きを漏らした。
「どうしたの?」
「あの人、絶対、何か隠してるのよねー‥‥このあたしに隠し事って、いい度胸だと思わない?」
 テティニスの言葉にぶんぶんと包丁を振りながら、頬を膨らませてかわいい風に、サラは不満を漏らす。
「何を隠しているんでしょうか?」
「女、かしら?」
「まさか、それはないわね。でも」
 すとんと、野菜を切り落とし、サラは思いを巡らした。
「ヘンリーが関わっててあたしに言えない事だから、転がり方によっては、絶対悪い方向に転がるわよ‥‥もう、あの二人は!」

 暗闇の中、ぼんやりとした灯りを頼りに、ユイスはその手に持った小瓶を投げつけた。獣頭の石像が建ち並ぶ暗き闇より迫る包帯の巻かれた死体は、割れた瓶から飛び散る液体にその身を焼かれ、悲鳴ならぬくぐもりをつぶや気暴れる。
 続いて聡が手にした刃を振るって切り裂けば、目の前の暴れる黄泉還りは切り裂かれて砕け、その動きを止めた。
「そっちはどう?」
「こちらも、片が付いた」
 目の前で石と化して動きを止めるマミーを見つめながら、くるりと楠木麻(ea8087)は踵を返すと、ケヴァリムの持つ灯りの下、現れた数対のマミーは全て、物言わぬ死体へと戻ったことがわかる。
「大丈夫〜?」
「ああ‥‥まったく、いきなり襲って来やがって」
 飛び寄ってきたケヴァリムの尋ねに軽く息をつき、体にある傷の様子を確かめながら、土佐は辺りを改めて見回した。
 石柱の列の下、大地の秘密の中に隠されていた太陽の遺跡。重き石の扉をどけて続く細い通路を進んでみれば、たどりついたのは大きな広間だった。広間にはエジプトの古き神々だろうか、獣頭人身の像が建ち並び、ひんやりとした空気が暗闇とともに充満していた。
「次は、どっちに向かえばいいのかしら」
「ほんとですね‥‥」
 フェネックのつぶやきにラミアが小首を傾げ、灯りを掲げながら近くの石像へと歩を進めようとすると、それにすと、鞘にしまった刀を突き出して、聡は歩みを制した。
「え?」
「こういうところだと、よく罠があるだろ。あんまり動き回ると、あぶねーぞ」
「あ、は、はい、そうですよねっ」
「こちらに、道が続いているようですね。行きましょう」
 アルフレッドが辺りと仕掛けられた罠を警戒した後、一行はさらに奥へと続く通路へと歩を進めた。
 その通路にはしっかりとした石段が組まれており、地下へと‥‥冥府へと続く処刑台の階段のようにも思える。幅は異様に狭く二人並べば精一杯。だが天井は高く、有名な名城の大広間よりもさらに高く、天に刺さるように延びていると思われた。
「地図を作る必要は、今のところなさそうじゃの」
「そうですね〜‥‥見つかりにくいところなんで、それ以上はいらないと思ったのでしょうか〜」
 拍子抜けしたように道を記録するアナスタシヤに、いつもの調子でユイスは返事。そのまま一行は闇の中を進んでいく。
 10分だろうか、あるいはもっとだろうか。暗闇と単調な階段のせいで感覚が狂ったかと思われた時、目の前は開けた。
「これは‥‥」
 列の先頭を歩き警戒していたアルフレッドは、目に飛び込んできた光景に思わず息を飲む。
 そこは、巨大な空間だった。四角く1辺は100mはあろうか、その側面の壁は滑らかに削られ、太陽を意味するであろう黄と黄色を基調とする極彩色に彩られており、それが天然自然のものではないことを主張している。
 その中央に、やはり金色に輝くピラミッドが厳かにそびえたっていた。
「これが、太陽の遺跡とな‥‥」
「わざわざ地下にこんなもん作るなんてなあ」
 アナスタシヤの嘆息にあわせて、聡は率直な感想を述べる。ケヴァリムは妖精とともに驚きながら辺りを飛び回っていた。
 その驚きの中、アルフレッドは気配を感じ、皆にうながすと、弓を構えて遺跡を見上げる。
「警戒するな、小さき者よ」
 空間に反響して、凛とした声が響き渡る。
 その場に動く影。影は、ピラミッドに寄り添うように現れると、肉食獣と猛禽類の素早さを持って、一同の前に降り立った。
「スフィンクス!」
「噂に聞くあれが‥‥」
「ここはエジプトの遺跡ですからね〜」
 アナスタシヤの声に獅子の体に載る女の顔は艶然と笑みを浮かべると、口端を釣り上げるように声を転がす。
「妾のことを知っておるようだな。なれば、妾が現れ、求めることはわかっておろう?」
「えーと‥‥謎かけって奴?」「やつ?」
 小さな羽ある者二人の言葉に、スフィンクスは意を得たりと静かにうなずく。
「‥‥命が惜しいならそこをどくんだ。お前ぐらい、戦ってもわけがない」
「そう急くな、小さき者」
 楠木の声と合わせて武器を構えようとする一行に向けて、スフィンクスは諭すように声を流し、微笑のまま、遺跡に寄り添った。
「妾の満足だけの謎かけであれば、それでもよかろう。だがこの謎は、この先に進むための鍵ゆえに、汝らは答えなければならぬ‥‥」

それは偉大なる神にひれ伏す者。全てのものが従えしもの。
それは神に従うがゆえに神なき時は存在すること能わず。
だが神が去れば、その身は解けて消えるもの。
悲しき我は、果たして誰か?

「それが、スフィンクスの謎かけ、か‥‥」
 月のない夜の、探索隊の天幕の前。野営の者たちが集う焚き火の場で、シェセルは報告を聞いて神妙につぶやいた。
「スフィンクスを倒すこと難しくない。でも、その先がある、ということ」
「‥‥何か、ヒントはないのかよ?」
「今のところは‥‥」
 麻のつぶやきに合わせた聡の問いかけに、フェネックは今まで調べたこの地の伝承を思い描きつつ、軽く首を振る。
「扉に刻まれていた言葉がわかれば、あるいは‥‥解読が得意な方がいるので早く進めたいですね」
「そう、じゃのう‥‥」
 女からの視線を受けてアナスタシヤは宙を見つめながらうなずくと、向こうに安置された、引き上げた扉の石板に視線を移す。
「‥‥ヒントを待つか、自力で考えるか、というところか」
 その時、誰も気づかぬまま。闇の中より、黒衣を身に纏った者たちが染み出るように、探索隊の周りに現れると、天幕に火を投げかけ、抵抗するものに刃を振るう。
「‥‥襲撃!?」
「警備の者は何をやっていた!」
 シェセルの叱咤の声が響く中、冒険者たちは自らの役割に合わせてすぐさま散り、集う。
「‥‥気をつけて!」
 フェネックの危険を告げる声と同時、襲撃者の暗く濡れた刃が人足の腕を切り裂いた。そのまま止めを刺さずに次の獲物を狙う相手の様子に、女は駆け寄り懐から陶器の小瓶を取り出す。
「毒です、これは」
「アサッシン、という奴ですかね‥‥」
 治療にと薬を含ませながらのつぶやきに、いつもの様子よりも静かに、ユイスは声を上げ、周囲を見やる。
 火のつけられた天幕に驚いて馬が駆け出して何人かの人足を跳ね、あるいはまだ眠っていた人足が体を熱くする炎に驚いて、悲鳴とともに飛び出した。
「おい、誰か水を持ってこいって!」
「破壊消化しかないか?」
 聡と麻が燃える天幕に近づけば、その場に飛び込み曲刀を振るう戦士たちが襲いかかる。毒無き白刃の刃が二人の刀と交錯して火花を散らし、続けて振るわれたそれぞれの刃は、大きくそれぞれの腕を切り裂きあった。
「‥‥違う?」
 脳裏に浮かぶ一団と、知識、記憶、あるいは噂と照らし合わせても異なる一団を見て、テティニスはつぶやきながら、混乱に乗じて馬車を動かそうとする男たちへと走り寄る。だがその動きにあわせて立ちはだかった男が、流れるような体術の元、隙の空いた場所にカウンターアタックを叩き込むと、1mほど吹き飛んで女は砂に倒れ伏した。
「天候操作で、何とかならないんですか!」
「聞いてはいるが、この晴れ間ではそれほど都合がいいものではない‥‥!」
 矢を放って警戒するアルフレッドの言葉にシェセルは応えながら、縄につなげたナイフを飛ばす。だが闇夜も味方につけた相手はそれをかいくぐり、火と破壊という混乱を探索隊に振りまいていた。
「ハイッ!」
 そして闇の中、拍車をかける音と馬車の音が響くと、現れた時と同じように、謎の襲撃者はまた、その姿を消していった‥‥。

今回のクロストーク

No.1:(2007-02-28まで)
 今回の旅の中で、あなたが直接会いたいのは誰?

No.2:(2007-02-27まで)
 はじまった遺跡の探索。狭い入り口から入れば、隙間がなく、石像が立ち並ぶ部屋だけである。何を探るのか?

No.3:(2007-02-26まで)
 ヘンリー総督/ジョバンニ隊長/ネフィラ/その他偉そうな人が、何か隠してそわそわしている様子。どうする?

No.4:(2007-03-02まで)
 あなたは、運命を信じるか?

No.5:(2007-03-05まで)
 あなたの親・祖父母・あるいは先祖はどういう人ですか?

No.6:(2007-03-08まで)
 あなたと仲間たちが何者かに襲撃された。どうやら相手の目的はあなただけらしい。何か心当たりはありますか?