熱砂の地にて
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■クエストシナリオ
担当:高石英務
対応レベル:‐
難易度:‐
成功報酬:-
参加人数:19人
サポート参加人数:-人
冒険期間:2007年06月01日 〜2007年06月31日
エリア:エジプト
リプレイ公開日:06月30日18:47
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●リプレイ本文
そは、地の底よりも低き場所、永劫の夜よりも暗き闇。
その広間に降り注ぐは太陽の化身たる陽精霊の陽光にて、真なる太陽にあらず。
死人の王の守護神にはそれが似合いかと嘲笑するものがいれば、そは怒りに触れて塵へと還り給う。
そは、永久に死者が眠る都。無限の従者が眠る場所。太陽王イクナートンが手にした、永久の煉獄、暗き太陽を崇める、祭祀の地なり。
「我は‥‥求む。愛しき月を」
暗き黒闇にかすれるようなうめきが響く。
「その優しき光‥‥その優しき姿‥‥ああ、永劫なる支配者の側にこそ、お前は美しい‥‥」
かすれたうめきは、包帯の衣擦れか、仮面の金属が軋む音か。
闇の王都で、ただそれは泣き声を上げていた。
■彼方よりの煉獄
「‥‥まさか、それは本当か?」
陽光を天幕で遮る、砂漠の野に作られた陣屋。その一画で将の一人が驚きの声を上げると、伝令はそれを諾と認めるように、ただうつむくのみだった。
エジプトの南部、アマルナ近辺で起こったとされる謎の反乱を鎮圧するために出陣したエジプトの軍団は、突然の魔物の襲撃に後退を余儀なくされていた。ルクソールから川に沿って下ったところまで陣を退いた部隊は、敵が人ならざる魔物と認識を新たにし、着実に勝てる戦術とともに、少しずつ、アマルナへの道を切り開いている。
だが、その小さな前進の中、もたらされたのは冗談にも聞こえる内容だった。
「カイロに、アトンが迫っている、だと?」
ギロリと、目の亡き瞳にて睨みつけるは中東の猛将、ニー・ギーレン。だがその将軍のきつい尋ねにも、やはり伝令はかしこまり、諾と答えるのみだった。
「まさか‥‥今この時期に、アトンが動くだと?」
「いやしかし、噂では、アトンの奉ずる神が甦ったというが‥‥」
「うろたえるな」
伝令の変わらぬ様子と場を包む沈黙に耐えきれず、ざわざわと騒ぎ出した部下たちを一喝し、ギーレンはじろりと、話の先を促した。
「ルクソールへの撤退を機に、各地でアトンが気勢を上げ、カイロへと進軍しています。その途中で彼らは、古き王の帰還とともに、今の世に神罰を告げる、と公言し、それに応じた農民も数多く加わっている模様です」
「不遜な‥‥」
「‥‥そんな」
軍議に出席していたエセル・テーラー(ec0252)は、重苦しい使者の報告を聞き、重い心の中からぽつりと漏らす。
「彼らは‥‥アトンは、エジプトのために戦っている、のではなかったの?」
「しかし、まずいですぞ、将軍」
そんな女の迷いなど関係のないように、従軍していたアラビア教の信徒は、改めてギーレンに申し立てる。
「総督府の元々の兵は、残念ですが我らのごとき信念もなければ、実戦の経験も浅い烏合のものばかり。我ら、偉大なるサラセンの兵がいない今、カイロと総督府は裸も同然」
「その通り」
同調するように髭をしごきながら、別の将が声を荒げる。
「今現在、エジプトの守りはあの腰抜けのヘンリーと日和見の女のみ。これでは、我らが帝国の威光は到底、示せませんぞ」
「だが」
その罵声を遮るように、ギーレンは重々しく告げると、一同の静まりを待って言葉を続けた。
「今、この場より即時去り、カイロの守りを固めるが得策‥‥ではなかろう?」
その言葉を発した声と事態の重さに、一同は反論も疑問も挟まず、押し黙った。
南より現れた魔物の軍勢は、ミイラなどの不死者だけではなく、伝説に謳われるような獣頭人身の鬼族や、あるいは腐肉を喰らう虫の大群、砂漠の自然を体現した精霊など、多種多様により集まっていた。作戦に従いそう見せているという部分はあるものの、やはり部隊を分割するには、今の状況は厳しいといえた。
「カイロを守るという点だけにおいては、今迫る人災と後に来る魔物。どちらをとっても同じことよ」
「ですが‥‥」
「よろしいでしょうか」
天幕の中にたちこめた迷いの空気を切り裂くように、アン・シュヴァリエ(ec0205)はつと、声を上げる。
「現在の状況がどうであれ、やはり、カイロを放っておくことはできません。ここでカイロが落ちては、それこそ敵の思う壺です」
そこまで一気に言いあげて、女は辺りを見回すと、周りのものが聞き入る様子を見せているのを確認して、言葉を続ける。
「そのような状況だからこそ、ここは、将軍自らがカイロに向かわれるのがよろしいかと」
「では、この場は?」
「将軍が帰ってきたという噂があれば、それだけでカイロの敵は混乱するでしょう。その一方で兵をこの場に多めに残して持ちこたえる‥‥あるいは、そのままアマルナを叩く」
答えに、水を打ったように場は静まったままで、辺りを値踏みしているように見える女の視線と、ギーレンの閉じた瞳が広がるのみ。
「確かに、次善の作であればそれだろう、な‥‥だが、そこまでいうのであれば」
冷ややかにギーレンはつぶやきながら腰の刀を手にすると、アンの方へと放り投げた。それを受け取り、重みに気を張る女に向けて、変わらぬ厳しい視線を向けたまま、将軍は声を響かせる。
「勝算はない、とは言わせん、が」
「もちろんです‥‥英雄なんていなくても、皆が力を合わせれば。それを証明してみせます」
ギーレンは決断するや否や、諸将に伝達しつつ軍の編成を考えると、漏れ聞こえたアンの言葉に、ふと、苦笑を浮かべる。
「英雄とは、ただ強大な敵を打ち倒すだけのものではない。人が、なしえぬことをするもの。それが英雄よ」
そして視線をもう一人の女に向けながら、男は静かに続く言葉を告げる。
「その動きにより、時代が、世界が動いたのであれば、それは英雄だ‥‥事の大小にかかわらず、何かを成したものが、英雄であり、それは常に一人ではない‥‥気負うなよ」
その言葉に続いて、将軍はいつもよりは柔らかな笑みを、二人に向けた。
「さて、いつになったら休息できるんでしょうかねぇ」
じりじりと照りつける、夏に向けての太陽。遺跡の石の影でその陽光の強さを思いながら、ユイス・アーヴァイン(ea3179)はスクロールを開き、そこに描かれた文言を読み取った。
呪文に続けて発動した魔法の効果により溢れ出した水を壷に受けると、男は一息をつき、すぐにもスクロールを読み返して魔法を発動させる。
「調子はどうだ」
「まずまず、ですかね〜」
用意した壷が全て満杯となった報せを受けて、それを運ぶ人足とともに現れたシェセル・シェヌウ(ec0170)の問いかけに、ユイスは小首を傾げながら答える。
「スクロールの魔法でそれなりの水は確保できますが‥‥今、スクロールを使える人で水を作ったとしても、一度に2日分しか確保できませんよ〜」
「2日に一度は、水作り、か」
予想通りのユイスの答えに、シェセルはやはり、嘆息を隠せなかった。
「どうしても、難民のことが問題になりますね」
「もう少し水を作りましたら、明日はオアシス探しに行きたいところですけど、ね」
そう答えながら、現状の重さにアルフレッド・ディーシス(ec0229)はユイスと肩をすくめあった。
「やはり‥‥ひとまずは、防備を固めるしかない、か‥‥」
現状を把握しての改めてのシェセルのつぶやきに、一同は、それが望まざるとも同意しなければならないことを理解していた。
アマルナから助け出した、あるいは噂を頼りにたどりついた難民は50名はおり、これまでの人足の数と合わせれば、大所帯と表すには表しきれないほどの規模に膨れあがっていた。当然食料も足りず、水はかろうじて魔法に頼り何とかしている状態だ。
「聖なる母に仕える司祭の方がいれば、少しは腹の足しにもなったでしょうが」
「まあ、悩んでもしょうがありませんよ〜」
アルフレッドのつぶやきに、ユイスはあくまで調子を変えず、次の水のための壷を探して引き寄せる。
「どう、ここから切り返すか、だな‥‥アマルナでの食料補充と捜索、そして、ワセトの位置を得ることができれば‥‥」
「もしくは、カイロと連絡を取ることができれば、でしょうね」
シェセルの願望を含んだ言葉に、フェネック・ローキドール(ea1605)は先日旅だった仲間のことを思い、小さな希望を載せて同意する。
だが、それが実を結ぶにはまだ時と方策の壁は大きく、今は望みが薄いと思わざるを得なかった。
「くそっ」
遺跡の地下にそびえるピラミッドの近くに石を投げ捨てながら、ジョバンニ・ベルツォーニ(ez1112)は小さく毒づくと、その場にどかりと腰を落とした。
「副葬品の中にめぼしいマジックアイテムでもあるかと思ったんだがな。それにしても何の手がかりもありゃしねえ」
「まさに、八方ふさがりという奴じゃな」
遺跡のもう少し上側で表面に刻まれた文字を、作られた解読表と照らし合わせて調べていたアナスタシヤ・ベレゾフスキー(ec0140)は、男の不満に同意して小さく息をついた。
遺跡の表面に刻まれた内容は、イクナートンとその周辺に起こったと言われる、表向きの事件を描いたものだった。後世にその危険性を警告している物語というべきものであり、もう、今までに知ったこと以上の真実が記されているわけではない。
「まあ、番人がおるゆえに、強固な守りとか特別な封はいらぬのかもしれんのぅ」
すでに伝えることは伝え終えたのか、最近はだんまりを決め込むスフィンクスを見下げて、女は肩をすくめて空を見上げる。
「のう、ケペル‥‥スフィンクスの言葉は聞いておったか」
「‥‥ああ」
「‥‥なんだ、一体?」
アナスタシヤの周りから漏れた諾の声に、ジョバンニが怪訝な表情を見せるものの、女と幽霊はそれに慌てた素振りを見せず、聞かせるように言葉を紡ぐ。
「彼女は、アトンの太陽に照らされた影。アモンの信仰によりその立場を失いし哀しき者。王の血族、そして自らの身を望みに捧げし者‥‥では、望みとは、なんじゃ?」
「さあな。前にも言ったように、私が死した後、魂として戻るより以前のことゆえ、よくわからんのだ」
ゆっくりと噛み含めるようにケペルは告げると、神妙な雰囲気で推測を述べる。
「イクナートンの墓所と彼女を離して封じたのは、アモン神の神官たちの思惑だろう、がな」
「この声は、誰だ?」
「ネブ・ケペル・ラー。あるいは、ツタンカーメンといった方が通りがよいかの」
「‥‥前に聞いていた、あれか? 見えるかどうかって」
男の問いかけに女は簡単に答えると、続けてさらに、古よりの訪問者に問いかける。
「イクナートンの墓所はどこじゃ? お主がいたルクソールの近くかえ?」
その予測に幽霊は否定するような雰囲気を見せると、ジョバンニがふと、思いつきを口にする。
「‥‥アマルナの町の近く、だな? そうだろう!」
「!」
「‥‥そうだ」
「古代のエジプト人て奴は、ナイルを挟んで同じような遺跡をよく作るという」
ジョバンニは当たった、当たってほしくない予測にターバンを引きずり下ろすように髪を掻きむしると、近くの土に棒で地図を描いた。
柄の長くねじ曲がった箒のようなナイルの図と、数カ所の町を表す点を書き込むと、今自分たちがいる遺跡を×で書き、そしてアマルナの町に当たる場所に大きく○をつける。
「あそこのお姫様が西にあるんだったら、そのまま東‥‥太陽の昇る方角に遺跡を作ってもおかしくねえ。いや、逆に呪い封じの意味で、後からこっちを作ったのか?」
「なら、なぜ奴は早くにこちらに来ぬのじゃ?」
「この場所を知らないというのが、一番望ましいところではあるが」
状況の報告と現状の把握にやってきたシェセルは、今広がる疑問に答えつつ、その地図をじっと見つめる。
「古代のエジプトでは、都市とその守り神が王の栄華を決めたと聞く。自らが作り出した祭祀の町を手にする前には、こちらにも動けない‥‥そう考えているのだろう」
「そうだと、いいんだがな‥‥」
気休めのような答えを手にした一行は、そしてやはり、問題の解決となる氷のある遺跡の頭頂を見つめた。
部屋の外、町の遥か遠くから鐘の音のように響くのは怒声。続けて慌ただしくなりつつある総督府の様子に、山本建一(ea3891)は一言、つぶやいた。
「始まったようですね」
「ええ‥‥今はそのような時ではないというのに」
エジプト総督府の応接の部屋で、男と相対したテティニス・ネト・アメン(ec0212)は、一瞬、悲しみに顔色を変え、言葉を返す。
カイロの町の郊外には、2週間ほど前からだろうか、アトンとそれに賛同する者たちが集まっていた。全国からアトンの呼びかけに応じた者たち、農民や民人は次第に膨れあがり、その数だけならエジプト総督府の兵の数を大きく上回っている。
難民とも見える彼らとエジプトの兵たちの緊張は日に日に高まり、そして今、砂塵の山が崩れ去るように一気に決壊したのか、暴動と戦いへと発展していた。
「しかし、よく無事にこちらにたどり着けましたね」
「一人であれえばなんとか、くぐりぬけることも可能でしたから‥‥」
それにひとまずの納得を見せながら、山本はテティのもたらした連絡の書簡の内容を思い出す。
そこに書かれていたのは、探索隊の現状と遺跡の正体、そして今アマルナの町を襲っている敵についてであった。
「もう少し、早く確認できればよかったのですが」
そうすれば、ギーレン将軍もこのエジプト総督府もさらなる策が練れたであろう。
両者にはその思いと、しかしこれ以上の最良の手が打てたとは思えないという点で、意識は一致していた。
「戦いが始まってしまいました。総督やメハシェファ様がお会いになられる時間があるか‥‥」
「何としてでもあってもらわなければ」
男のつぶやきに意見するよう、テティは強く声に出す。
「カイロのこともわかるけれど、でも、探索隊の方がもっと切実よ」
それからややあって、その場に現れたのはメハシェファ。中東の本国より送られた官吏の一人。いわゆる、猫の首に付けられた鈴だろうか。
女は、数ヶ月ぶりに会う探索隊の一人ににこやかに微笑んで、軽く礼をする。
「残念ですけれど、総督閣下は今、お会いになれないそうです‥‥まったく、戦いというものは嫌ですわね」
「‥‥今の状況は?」
「郊外で、アトンとの戦いが始まった様子。数と勢いで勝るアトンが押しているようですわね」
その淡々と語られた様子に唇を噛み、テティはきっと、メハシェファを見据える。
「何とか、総督には会えないのでしょうか」
「残念ですけれど」
メハシェファは悲しそうに首を振り、静かに繰り返された言葉を答える。
「あのような方でも、このエジプトの支配者、そして顔。戦いの指揮をとらなければならない今すぐは、無理ですわね」
「‥‥どうにかなりませんか?」
その時だった。
山本の問いかけに応えたように、何かが建物を揺らしたような響きが突然広がった。
それは数度小さな響きを伴うと、部屋の外、廊下では騒ぎが広がっていく様子が感じ取れる。
「何かしら‥‥」
「‥‥総督の部屋の方ですね。行ってみましょう」
「では、お気をつけて」
そうやって警戒しつつ席を立つ二人を、メハシェファはこともなげに、面白そうに見送った。
総督府の奥にある、優雅な自らの私室において、人を遠ざけながら、ぶつぶつとヘンリー・ソールト(ez0187)はつぶやいていた。
「まったく、突然の反乱とは‥‥俺の立場も考えて欲しいものだ」
身勝手な言葉をつぶやきながらも総督は、戦士としての勘を働かせて周囲の空気を感じつつ、目の前の机に置いた簡素な地図を睨みつけながら報告を待つ。
もちろん、今日はまだ町の外縁での戦いが始まったばかり。それも組織的にではなく、突発的な、ある種の事故ともいう戦いだ。それほど急を要する判断や報告、状況の変化は必要ないだろう。
そう思っていた。
その時、何かが総督府の建物を突然揺らすと、窓近くの強度の弱い壁が何かに強く、突き崩される。
「!」
飛び散る板戸と壁の破片、そして建物を揺らす衝撃に一瞬バランスを失ったヘンリーは、なんとか体勢を整えると、窓の向こう、冷酷にこちらを見つめる猛禽類の瞳を確認する。
「なんだとっ」
ヘンリーが怒声を吐き捨て、オーラを練り始めると同時、巨鳥は窓を崩しつつ、総督を狙ってくちばしを突き入れた。
「‥‥手加減はしろ」
別方より男性の声が響くと、巨鳥はくちばしを引っ込めて窓をまた崩しつつ、中をのぞきこむ。
「ほう、噂のアトンの魔物使いか」
かろうじて一撃を避けたヘンリーは柱の影に隠れつつ、ふたたびオーラを練り、詠唱を始める。
「おとなしくしてもらおう」
「そうは行くか‥‥!」
ヘンリーの気合いに、その身が光に包まれると、手に握られるはオーラの剣。
そして大声とともに男は巨鳥に一気に駆け寄ると、全体重を勢いに変えて、その光る剣を叩き入れる。羽毛が切り裂かれ、生々しい血の臭いが香ったと思った瞬間、鮮血が一気に吹き出し、巨鳥は苦しみの叫びを上げて身をよじる。
「な、に?」
「ただ無駄に生きているわけではない‥‥俺を飾りと思ったか!」
ウーゼルの突進力と達人の域にあるオーラの剣で巨鳥を鮮血に沈めると、とりあえず久しぶりの運動に肩で息をしつつ、ヘンリーは男と対峙し、ふたたびオーラを練り上げる。
「どうした、それで終わりか!」
男‥‥天城烈閃(ea0629)は仮面を軽く直しつつも、手にした魔力を帯びた短剣を投げつけた。それは一気にヘンリーの急所を狙い撃ち、血を溢れさせる。
「く‥‥オーラボディが先だったか‥‥?」
「残念だが、おとなしくしてもらおう‥‥そうすれば、命までは取らない」
鷲羽の傷の深さに事を先に進めようとつぶやいた男は、改めて手に戻ってきた短剣を構え直し、牽制する。
「本当だな? 命の保証はあると‥‥」
敵は手負いの獣と無傷の男、対してこちらは、傷を負った自分にまだ来ぬ衛兵。突発的であるがゆえの、混乱の隙は意外に大きかった。
「‥‥いいだろう。ここで無駄に命を捨てても、俺にも、お前らにも得はあるまい? 俺もまだ死にたくはない。信用してやろう」
忌々しそうに鼻を鳴らすと、捨てることのできぬオーラの剣を柱に突き刺し、総督は恭順の意を示した。
時は変わり、遥かな南、アマルナの近く。
「いけるよ、大丈夫!」
天空を見上げていたケヴァリム・ゼエヴ(ea1407)は、すぐさまジプシーに伝わる秘技とともに踊りを踊ると、そのどんよりとした曇りの空が雨雲に変わっていく。
「でも、天気を操れるのは、正直1時間位しかもたないんだなっ」
「それだけあれば、十分よ」
「本当に、突破できるんでしょうか」
雨に変わり始めた天候を見て、覆面を引き上げながらニヤリと笑うホルスに、タッシリナージェルとケヴァリムのそれぞれに抱きつかれたネフェリム・ヒム(ea2815)は、心配そうな声を上げる。
「戦うのではなく、突破するだけだろう。なら」
ホルスが静かに息を整え、天空を切り裂くようにその拳をあげると、空気が裂けた感触が素人の肌にも感じられる。
「足手まといがいても、十分よ」
「足手まといとは心外ですね」
周りでもホルスと変わらぬ、探索隊を気にしない様子の守人たちを見て、駿馬にまたがったティレス・フォンターヌ(ec1751)はため息をついた。
守人たちの決行する時は今。曇る日取りをケヴァリムの力にて雨と換え、その隙をついての強行突破。道理には敵うものの運の強い計画に、その時期が今ここに来たことは、幸運としかいいようがない。
「いいか、皆のもの!」
十数名の守人たちに向けて、若長と呼ばれる人物は声を高く上げ、鼓舞の声を張り上げた。
「天空の神も我らに味方し、太陽神は今、地の底に籠もる。今こそ、古に伝えられる月を滅し‥‥未来をつかむ時だ!」
「そうと決まったわけではないでしょうに」
「だよねー」「ヨネー」
「静かに」
エミリア・メルサール(ec0193)の呆れたようなつぶやきに同意するガルゥと妖精を、ネフィリムがたしなめると、すっとラミア・リュミスヴェルン(ec0557)がその場より立ち上がり、マントをその身に羽織る。
「私は、先にアマルナの町に向かいます‥‥もしかしたら」
その少女には、天空に浮かぶ茶色い一点が見えていたのだろうか、確信の笑みを浮かべながらその場所を離れる。
「みんなが、動いているかもしれません」
「そういうものでしょうか?」
「‥‥いいや、きっと動いてるよ、みんななら‥‥早く、会いたいなあ」
ネフィリムの疑問を打ち消しつつも、思いを新たにするようにケヴァリムは声を上げると、動物たちのもこもこ加減を思い出して、感傷にひたる。
「行くぞ‥‥あの町は我が手にあり。月を取るは我々ぞ!」
「そろそろ、時間のようですね」
「では、みなさん御武運を」
ネフィリムのつぶやきにエミリアが答えると、守人たちは一丸となって、町へと駆け下り始めた。
「大地の力を借りて、くらえっ‥‥グラビティーキャノン!」
グリフィンに乗って低空飛行、すぐ後ろに不死者たちを併走させながら、楠木麻(ea8087)はその手より重力の力を放った。生まれた重力の光は敵を巻き込み、嫌な音を立てながらそれを吹き飛ばすものの、降る死体の雨の中、人身獣頭の鬼やさらに強大な不死者が、突破してくるのが見える。
「く‥‥がんばれ、婆娑羅!」
主人の呼びかけに一鳴き応えると、グリフィンは速度を上げた。だが入り組んだ街中の低空飛行では、その距離を離すのも適当ではなく、次第に追いつめられていくと感じられる圧迫感が大きくなる。
その時だった。
「‥‥コアギュレイト」
路地横から結印を無視しての短音の音が響くと、追い先頭を走る一体の魔物が突如、動きを固められた。後続の魔物は狭い路地裏、留まったそれに巻き込まれるように体勢を崩すと、歓喜の叫びもない無慈悲な刃がその魔物たちを横からなぎ払う。
「え‥‥?」
「わーい!」
面食らった麻の目の前、喜びの声を上げる男のシフールが飛び込むと、ケヴァリムは戦場であることをとりあえず置いておくかのように再会に喜ぶ。
「大丈夫だったんだ! よかったー!」
「たー!」
「ちょ、ちょっと、待って!」
首にすがりつくシフールと妖精の歓迎に、麻は慌てながら路地を見つめる。
「大丈夫ですか?」
「怪我は‥‥ないようですね」
路地から現れたネフィリムはケヴァリムの首根っこを掴み持ち上げると、エミリアは少女の体を一瞥して、大きな怪我のないことを確かめる。
続けてあらわれた覆面の者たちは、周囲を警戒し、起きあがろうとする魔物たちに止めを刺していく。
「こいつらは‥‥!」
「ちょ、ちょっと待って、とりあえず、今は味方だよ」
「味方、だと?」
「ええ」
魔法を放とうと印を結び構えた少女の訝しげな声に、ティレスは軽くうなずいた。
「敵の敵は味方、そういう意味での、味方ですけど」
「‥‥ふぅん」
女の肩をすくめる様子にひとまず手を下ろした麻は、魔物の迫っていなかったもう片方の道へと視線を移すと、そちらの方からは、自分の陽動に従って町に入っていった、他の仲間が見えた。
「大丈夫でしたか」
「わーいっ」
馬を引き、ラミアの先導に従うアルフレッドの横、喜びの声より早く風が舞うと、その後ろを警戒して振り返っていた土佐聡(ec0523)へと突進する。
「わっ!?」
「久しぶりだよ〜心配かけちゃってごめんね?」
「それは、こっちの台詞だよっ」
ケヴァリムをもみくちゃにするように聡は抱きしめると、その感動の強さと体の痛みに目を白黒させつつも、再会を喜び合う。
「うるわしい再会については、遺跡でもできますよ。それよりも‥‥」
アルフレッドは微笑みながら肩をすくめると、現れた覆面の守人たちを見回す。
「話は大体、彼女から聞きました。で、どうするおつもりですか?」
「‥‥まずは」
周りを警戒させつつ、覆面の一行のリーダーと見える男は、その覆面の下から若い男の声で答える。
「改めて、あの遺跡に我々も向かわせてもらう」
「話を聞いていると言ったな‥‥ならば、従うのが身のためだぞ」
「ホルスさん!」
ホルスと呼ばれた覆面の男の恫喝にケヴァリムは叫び、探索隊の面々に警戒の色が走る。
覆面の者たちも警戒を強めるものの、目の前の男の様子に、すと、長は一同を制した。
「‥‥まさか、もう「月」を?」
「私たちも、あそこを枕に死者の仲間入りというわけにはいきませんから、ね」
その言葉にアルフレッドはにこりと微笑むと、一同にこの場を離れるようにと提案した。
アマルナへの襲撃と潜入がはじまるより、やや前の時。
「本当に、大丈夫なんでしょうか〜」
「不安は、残るがな」
地下のピラミッドより運び出され、疑似の陽光の下におかれる氷の棺を見て、ユイスは面白そうにつぶやくと、シェセルは別の顔色でうなずいた。
「だがこのままにしておいても、敵が攻めてきた時に、機動力が削がれる。それは‥‥確かに問題だ」
「他に、方法もねえしな」
スフィンクスが彼女を守るだけの存在で、他に守るものなどないということを聞き、決断したジョバンニだったが、しかし他の者たちと同じように封印を解くことに不安を隠せなかった。
「封印しておけば、もしもの時のためにも、少しの防壁になるかもしれませんけど」
「どうじゃろうな」
フェネックのつぶやきにアナスタシヤは内心嬉しそうに言葉を紡ぐ。
「あの封印自体は、普通のアイスコフィンと同じように解くことができる。なれば、敵がここに来て見つけられれば、同じ事じゃぞ」
「そうだ‥‥それに」
シェセルは視線をあげ、アナスタシヤの後方の辺りを見据えると、続けて解凍がはじまった氷の棺に視線を映す。
「敵のことについて、何か重要なことが得られる可能性が、ある‥‥」
そしてかなりの時がたち、その氷の棺の最後の一滴が滴となって垂れ落ちると、封じられていた少女はその体を力無く崩し、ゆっくりとその場に横たわる。
「大丈夫か?」
「ん〜、息はしているようですね〜」
フェネックがテレパシーを用意する間、女を助け起こしたユイスとアナスタシヤはその様子を確認し、封が無事解けたことを見てとった。
「本当に、これでいいのか?」
「運命は、回り始めた」
ジョバンニの疑念のつぶやきに、スフィンクスが面白そうに答えを返す。
「だが、回らねばただ座して待つのみ。破滅に進む運命であろうとも」
「‥‥とも?」
聞きとがめたシェセルの問い返しに、やはり魔物は変わらぬ調子で答えるだけ。変わらぬは、傍観者の立場。
「進まねば、死よりも、破滅よりも逃れることはできぬ」
「おや、気づいたようですね〜」
男が意味を問い返そうとした瞬間、女の目がゆっくりと開くのを見てユイスがつぶやき、一同は今は、その周りに駆け寄る。
「‥‥今は」
少女は、この場のものは幽霊しかわからぬ言葉でつぶやき、フェネックはその思念を皆に伝える。
「太陽は昇ったのでしょうか‥‥父は‥‥」
「まだ、本調子ではないようですね〜」
「ほら、休ませてあげないと‥‥早く運んでよ!」
つぶやき、ふたたび気を失うように目を閉じた少女を見て、サラ・ベルツォーニ(ez1130)は大きく声を上げて、ぼんやりとしている夫他男性一同を焚きつけた。
「やはり、カイロはこれくらいでは落ちないようだな」
「そのようですね」
アデムサーラ・アン・ヌール(ez0192)の薄い笑いにあわせるよう、烏哭蓮(ec0312)はその前で慇懃に笑みを浮かべた。
高まった緊張により日が天頂をかすめる頃から突発的にはじまった、アトンとエジプト総督府の戦いも、その日が傾き夕暮れへと姿を変えるより前に、その日はおさまった。
数に勝るアトンの暴動を、何とか防衛隊が抑えたという状況に落ち着いたものの、町の入口のいくつかはアトンに抑えられ、人々がまださめやらぬ興奮で暴れているという。
そしてもう一つ。戦場には、ヘンリー提督が行方不明になったとの噂が流れていた。
どこからはじまったのかも不明な噂は、激突が始まってしばらくしてから起こった、総督府での謎の地響きと防衛隊の混乱により信憑性を増しており、一人歩きした噂は総督はすでに死亡しているとの内容にまで発展している。
「今、総督府の方はメハシェファとかいう女が、指揮をとっているようですねぇ‥‥猿のくせに、よくやります」
「そしてここに隻眼の猛将か‥‥また、面白くなってくるな」
そして男は、冷えた笑みを浮かべると、大きな笑い声を上げた。
アトンにさらに合流する者たちからの話では、ギーレン将軍がアマルナの混乱を片づけ、カイロに取って返してきているという。
「不死者の王がそう簡単に負けるわけはありません。部隊を分けただけでしょう。我が勇者殿には、恐れるべくもないでしょうしねえ」
そう、噂の内容を分析した烏は、アデムサーラの浮かべた酷薄で老獪な笑みに、冷ややかに視線を投じて息をつく。
「絶望を見せてやろう‥‥我らが神の威光と、民の勇気の前には、何の役にも立たないということを」
「ヘンリー総督は?」
「わかりません」
崩された総督の私室を歩く、ベールを被った女が一人、和装に身を包んだ男が一人。メハシェファの問いかけに、その部屋の現状と報告を総合して、健一は静かに首を横に振った。
「死体はなく、また怪鳥に乗る人影を二人、見たという話もあります。さらわれたのかもしれませんが」
「‥‥誰が、一体?」
突然の事件に、テティは呆然とつぶやくしかできない。一体、誰がこんなことをしでかしたのだろうか。
「犯人はアトン、でしょうね。将がいなくなれば、ギーレン様もいない今、どうにかなるかと思ったのかしら」
目を細め、女はころころと笑いを浮かべると、男の方を振り向いて一言つぶやく。
「ヘンリー様のことは残念ですが、諦めるしかありませんわ。生かされているとは思えませんもの」
「人質、という可能性は?」
女の瞳に冗談と嘘が含まれていない様子を見てとって、健一は一言返事すると、女は迷いを振り払うかのように首を振って、つぶやいた。
「エジプトの民全てを迷わせ先導する者たち、そして総督府に怪物を連れて襲撃するような者たちが‥‥私たちと交渉する気があるとは思えませんわ」
そのまま流れ得るように、すべてが決まっていたかのように、メハシェファは静かに命令を告げる。
「迫るアトンを防がなければなりません。ヘンリー様の弔いも兼ねて、敵を殲滅するのです」
「そんな‥‥! 相手は、この国の大事な民たちよ。それを、殲滅だなんて!」
「あら、そうかしら」
テティの訴えを見つめる女の瞳は、路傍の石を見るよりも冷たく暗く光っていた。
「膿は全て出し、そして治療しなければいけませんわ? この国が、真に生まれるためには、問題は全て取り除かなければ、ね‥‥」
今回のクロストーク
No.1:(2007-05-28まで)
氷付けの女性の氷を解凍しますか? そしてその理由は?
No.2:(2007-05-30まで)
アトンを名乗る手段が、カイロを襲撃しようとしています。あなたにできることはなんですか? あなたはそれをおこないますか?
No.3:(2007-06-02まで)
アマルナの街は陥落し、ギーレン将軍の鎮圧部隊はルクソールに止まっています。討って出ますか? 守りに入りますか? それとも他の手段を講じますか?
No.4:(2007-06-02まで)
あなたは今回、誰を信用して動きますか? 誰ならばこの事態を打開できますか?
No.5:(2007-06-03まで)
今回、あなたが所属している勢力・グループが、目的を成功させるためには、他の誰/グループと協力すべきでしょうか。そのために、何が必要だと考えますか?
No.6:(2007-06-04まで)
「あ、あんたは‥‥!?」という勢いで、誰かに出会ってしまいました。さて、それは誰でしょう?
No.7:(2007-06-05まで)
プレイング送信後、「‥‥忘れてたー!」と気づいたことはありますか?(笑) あるならそれはどういう内容でしょうか?