熱砂の地にて

■クエストシナリオ


担当:高石英務

対応レベル:

難易度:

成功報酬:-

参加人数:19人

サポート参加人数:-人

冒険期間:2007年08月01日
 〜2007年08月31日


エリア:エジプト

リプレイ公開日:10月06日02:56

●リプレイ本文

「さすがに、この辺りはまだ、暑いものですね」
 陽射しに照らされながらそうマリウス・ゲイル(ea1553)はつぶやくと、数日滞在した町並を見渡した。
 インドゥーラ国から神聖ローマ帝国へと向かう途中。本来であれば、中東勢力の庇護下にある国のいくつもの港と陸路の宿場町を経由し、揉め事も込みで数ヶ月旅をしなければいけない行程であるが、月道であればその長い道のりも一瞬で済む。
 しかし月道なきこの先、目指すローマに向かうには、船で一月の航海が必要だった。
「しかし、荒れているとは聞いていましたが、これほどとは‥‥」
 船を待つ間に感じた、街中の不穏な状況に、マリウスは潮風を受けながら一人ごちる。
 様々な外国の人々が集まる玄関口として、比較的治安のよいはずの港だったが、必要以上に思える兵士の警戒は空気を強くし、彼らの努力にも関わらず表通りにまで難民らしき人々の影がちらほらと、見えている。
「‥‥また、立ち寄る時もあるでしょう。その時は」
 まもなく船が出港するとの報せを聞いて、ほんの少しの間滞在したこの地にふと、マリウスは思いをはせる。
「その時はこの空のような安らぎが人々に訪れていればよいのですが‥‥」


■悠久の刻の悪意


 カイロの街にはその大きさに比べれば、いくつもの小さな路地が血管のように街中に広がっていた。その狭い道は街の外延部に程近く、そこでは地の利を巡って何度か、アトンと総督府の間で小競り合いが繰り返されている。
 その戦いの傷跡を物語るように、暑さに侵食されて腐臭を奏で、ハエを群がらせた死体がそこかしこに転がったまま、その無惨な姿を衆目に晒している。
「さて‥‥」
 そこに、数人の護衛のみを伴って現れた烏哭蓮(ec0312)は、日よけのマントの裾をひるがえしながら、艶めかしく白い腕を露わにすると、手にした信ずる神のシンボルを揺らしながら、色鮮やかな唇から朗々と呪言を漏れ唱える。
 その魔力が完成すると、乾いた腐肉を骨につけた死体はゆるりと立ち上がり、物言わぬ僕となって烏につき従うように寄り添った。
「では、行きましょうか」
 後ろで、出でた死者の様子を奇異の目で見つめる護衛に、侮蔑を絡めて視線を返せば、やや腰が退けた様子で諾の意を唱える兵士たちとともに、烏は僕を前に立てて前進する。
「さあ、今のうちに総督府に打撃を与えておかねばね‥‥死してなお、その英雄のために動く僕たちよ、敵を打ち崩すのです」
 誰が流したのかは不明だが、巷では、ヘンリー総督に太陽の神の告げが下ったのは本当らしいとの噂が流れていた。
 その中ではエジプトに混乱を招く魔女としてメハシェファの名前がささやかれ、その魔の手から中東を救うべく、ヘンリー総督を助け、なお立ち向かわせているのだという。
「誰が流したか、わかりやすい噂、ですねえ。勇者様を差し置いて栄光ある神に帰依したとは、誰も思わないでしょうに」
 だが理解しやすい物語というものは、総じて受け入れ安くもある。事実と照らし合わせれば表面は同じく見えるこの噂は、末端のものの困惑を大きくし、各勢力の動きをさらに制限していた。
「動かなければ、どちらにしろ運命に飲まれてしまうもの‥‥いきますよ」
 甦った死者たちは、その時間の限りを尽くして戦うべく、主の声に従って歩みを早めた。

 それは、古びた遺跡というべきであろうか。悠久の時がそのまま封じ込められたかのような静かな場所に、数名の人影が訪れていた。
「ここには、王は葬られてはいないようですね。いわゆる神のための葬祭殿でしょうか」
「古きものの遺跡、ですか」
 近くの瓦礫をひっくり返しながらのアルフレッド・ディーシス(ec0229)の言葉に、エミリア・メルサール(ec0193)は感慨深げに周囲を見回した。
 場所は、遥かエジプトの南方に位置するテーベ。古きよりの都として有名なこの町は、その外れにいくつもの遺跡がそびえさせており、それはテーベの街に人々の言葉に上るほどの、過去の威光を偲ばせていた。
 神殿は砂塵の彼方、堂々とそびえているものの、幾千年の時による風化はその姿を確実に色褪せさせていた。表面に刻まれた古代の文字も、探索隊の面々にとってはこれまでの遺跡探索での経験故に読めるところのある貴重なものであったが、凡百の、探索に縁のない人間にとってはただの落書き以下でしかないだろう。
「何か、有用なものが見つかればよいのですが」
「残念だが」
 少女を連れて石段を登り、辺りをきょろきょろと見回すティレス・フォンターヌ(ec1751)の言葉に、ふと、そこに座っていた老爺の口から声が漏れた。
「ここはすでに悠久の時を経た遺跡。今は居らぬ神がその時を懐かしむだけの場でしかない」
「‥‥詳しい手がかりは、ここにはない、と?」
 老爺のつぶやきにシェセル・シェヌウ(ec0170)は眉をひそめ、横に立つ少女‥‥メリトアテンに視線を移す。
「あの‥‥ココ、どこ、デス?」
 1ヶ月ほどの間ともに暮らしたこと、そして元々の素養があったのだろうか、数千年の時を経て甦った王女は、日常の会話であれば片言ながらに通じるようになっていた。
「ここは、ワセトと呼ばれる古き都です‥‥ご存じないのでしょうか?」
「眠りについていた間の、遺跡なのでしょうかね」
 ティレスの伝える街の名にも、少女はわからずに首を傾げるようで、その様子にアルフレッドは軽く肩をすくめる。
 エジプトの神は、神の守護する都とその統治者によってたびたび変わったと伝えられている。ワセトにアモンの信仰が強く根付いているのであれば、それと対する形となったアトン信仰の元にいた王女が詳しいことを知らないのも無理はないことかもしれない。
「この地に伝わるのは、イクナートンとも、その他のファラオとも、遥かに隔絶された物語」
 少女の困り方を助けるかのように、老爺は吹きすさぶ風と舞う砂のなか、ゆっくりと神殿の奥に歩みを進めていた。
「月はイシス。太陽たるオシリスの生まれ変わりを助くるは彼女のみ。その月の加護は王女、神権を与えるものへと通ず。そは、悠久の昔より語り継がれし王権の流れなり」
「つまり、月を得るものこそがこの地の王権を神々に認められる、と」
「伝説に見立てた呪いというのも、よく見られることですね」
 老夜の語る伝承を、然りとばかりにうなずくメリトアテンを見て、アルフレッドとティレスは納得したように静かにうなずいた。
「では、守人とは一体? アトン神とも、アモン神とも、どちらの神官とも違うような気がするが」
「アノ、人たちは‥‥」
 シェセル・シェヌウ(ec0170)の疑問の言葉に応じ、王女は静かに、声音をつぶやいた。
「あの人、タチハ、世界のありようを守る人。デモ」
「でも?」
「そのありようを守るために、自らを差し出さなければイケナイ、心囚われた人タチ」
 その、王女の囁きは、優しくも悲しい音色に彩られていた。

 天から輝く暑い日ざしは、監視者のようにも、何かを罰しているようにも思える。
 その暑い日ざしの向こう側にかすんで見えるは、王家の谷。はるか古代よりこの地に在りし、王たちが眠る墓の群れである。
「はい、どいたどいたー!」
 ややふらふらとしながら両手に水の入った皮製の壷を持って、ケヴァリム・ゼエヴ(ea1407)は水を配りに、作業中の人足のみんなの元を飛んでいた。
 王家の谷に眠るは、数多の王族。その中の一人ネブ・ケベル・ラーことツタンカーメンの言葉に従い、一行は甦った不死者の秘密を探るべく、彼の者の墓を発掘を開始していた。
「しかし、これだけラクチンな発掘もないわ予ねぇ‥‥あの人がうらやましがりそ」
「だが、本当に大丈夫か? ほら、よく噂じゃファラオの呪いって言う奴が‥‥」
「それは大丈夫じゃろう。ここにほれ、当人がいるのじゃからな」
 おどけた様子で声を漏らす人足に向けて、陽射しに目を細めながらアナスタシヤ・ベレゾフスキー(ec0140)は空を見つめる。
 そこには靄か霞のような人型の歪みが浮いており、そうであるのが当然のようにそこにある。その歪みこそが目にはしかと確認できないネブ・ケペル・ラーの幽霊であった。
 墓の主が発掘の許可を許し、大まかな場所もわかるのだから、サラのつぶやきもうなずくしかない。
「手がかりがすぐにでも、見つかればよいのですが」
「まったくですね」
 やはり照る陽射しの強さに目を細めながら、フェネック・ローキドール(ea1605)はネフェリム・ヒム(ea2815)とともに、発掘現場の、ひんやりとした闇の中を覗き込む。
「空いたぞ!」
 奥からの叫びと同時、ごとりという音とともに大きな石が持ち上げられると、数千年閉じこめられてきたひやりとした空気が漏れだしてきた。その向こう側の闇にはじんわりと滲んで見えるよう、石段が階段となって続き、一行を導いている。
 渡された松明を持ち、ケヴァリムが妖精とともにぱたぱたと進むと、ネフェリムはうなずき、他の人足と供に穴の中へと進んだ。
 20段ほど下りるとはその穴は横になり、謁見の間に進むかのように通路は延びている。
「結構、豪勢なところですね」
「さすがは王様のお墓、というところかしら?」
 壁面に記された象形文字と当時の人々の姿を描いたレリーフ、目の前で通路をふさぐ御簾に施された緻密な彫刻を見て嘆息するネフィリムとサラは、そのまま、促されるように先に進もうとした。
 その瞬間、物陰に隠れていたのか、隠されていたのか。干からびたミイラが飛びかかった。人足の一人が腕を切り裂かれ、慌てて転ぶのも構わず、狂乱するようにその死体は次の相手を探し、気勢を上げるように口を大きく開ける。
 その時、サラを後ろにやりながら思い切り蹴り出したネフィリムの足がミイラの腹を捕らえた。質量の違いも加えての衝撃にミイラがよろけると、その隙に一同は工具を手に取りいっせいに殴りかかる。
「大丈夫でしたか?」
「ああ、もうあまり暴れない方がいいよー」
 囲んでなんとか動かないまでに相手を砕いた人足たちにケヴァリムが大きく息をつくと、その通路の先に見える御簾の中、王墓の前に一同は灯りを差し入れた。
 広がったランタンの光があたりを照らし出し、いくつもの財宝の姿を露わにすると、人足たちの間からは嘆息の息が漏れる。
「現場は保存ね‥‥そのために、高い金払ってるんだから」
「どうじゃ、ケベル?」
 宝物にのみ注意の行く者へのサラの釘刺しに、明らかに口を尖らせる人足たちをよそ目に、アナスタシヤは見慣れたであろう墓‥‥ツタンカーメンの王墓そのものを、本人の霊に尋ねかけた。
 その霊は空気を動かし、ゆっくりと宝物の間を回ると、ふと、目にした赤い色合いに目を止め、ふわりと近づいていく。
「これは‥‥」
「矢車草、ですかね?」
 植物についていくらか知識を持つネフィリムがつぶやくのと同時、霊体はそっと、その側に畳まれたパピルスの紙片を動かそうと試みた。
 その様子に気づき、フェネックが手に取り開いたそのパピルスは、何かの魔法によるものだろうか、今その場で書かれたかのようにみずみずしく、抵抗なく開かれる。
「何が書いてあるのじゃ?」
「ちょっと待ってねー‥‥」
 手紙書かれた象形文字を見て、未知なる言葉を理解しようと魔法を唱え、ケヴァリムが飛んだ。
「エーと‥‥私は、ここに‥‥これが記すだったから‥‥あの男は、魂を、売った、のだと?」
「それは‥‥」
 魔法の効果か、途切れ途切れにケヴァリムが読み上げる内容に、幽霊は感慨深げにつぶやいた。その様子は見えるわけではないが、悩みに頭を抱えているようにも思える。
「何か、思い当たることでも」
「‥‥身内での揉め事の証、じゃな」
 問いかけに、言いにくそうに空気を淀ませるツタンカーメンに、アナスタシヤは大きく溜め息をつくと、ケヴァリムより手紙を受け取り、その目の前に見せつける。
「魂を売ったとされるのは、アイ‥‥それが父を、全てを狂わせたのだと」
 目の前に差し出された手紙に書かれた言葉に、妻の筆跡に幽霊は、その現実を受け入れざるをえなかった。

 砂塵の中にたゆたうナイルの川べりに建てられた一幕の陣屋。そこに、二人の男が相対していた。
 そこから北に離れたカイロの町では、最近、アトンの操る死者の群れが現れたとの報もあるが、この場所はまだ戦には突入しておらず、静か、といえば静かな場所である。
「失礼だが、いくつかな」
 その中でニー・ギーレン(ez0194)は重々しく、警戒を含ませながら山本建一(ea3891)に尋ねかける。
「‥‥今年で、30となります」
「ふむ。やはり、東洋人というのは年がよくわからん。若いくせによくやると思ったものだが」
 返事を聞いて開口一番、言い放つと、何かの冗談のつもりだろうか、ギーレンはにやりと笑んだ。その値踏みするような表情を見つめつつ、山本は口に水を含み、これからの言葉のために湿らせる。
「今日、伺ったのは他でもありません。総督府の混乱を収めるために、将軍の言葉をいただきたいのです。今、総督府はヘンリー総督の策により混乱を来たしています」
 予想はしていたのだろうか、男の頼みに動揺した様子は見せず、ギーレンは思案を巡らせるように髭をしごいていた。
 結局、メハシェファは総督府の権力を握ったにも関わらず、最低限の執務以上のことを行おうとしなかった。それが、今巷に広がる魔女の噂を気にしてのことなのか、それとも別の策があるのかは、直接尋ねれば女は笑みによってかわすだけで、真実の心根を聞けたものはいないらしい。
 熱砂の外に立てられた天幕は、空気の入れ替わりはあれど、陽射しの強さは薄い布など関係なく身体を射し、体力を奪っていく。緊張も手伝ってか、一息つくように水をまた含み、外の風景を目端に捕らえて、山本は現状についての思うところの訴えを続けていた。
「現在は、いくつもの流言飛語が飛びかい、一方で積極的な戦いの姿勢も示されていない。このままでは兵は気力を削ぎ落とされて、ただ無意味な争いが広がるのみです。今は強く、そして道を示せるものが立たなければいけません」
「それは、お前ではだめなのか?」
「‥‥やはり余所者では、だめでしょう」
「‥‥果たして、それだけですむ話かな?」
 ギーレンの問いかけに悲しげに見える笑みをたたえると、それまでの余裕はすべて横に置いたように、将軍は隻眼の向こうにあるないはずの眼で男を見据えた。
「お前は、この先総督府をどうするつもりだ? それによっては、俺も協力は確約はできん」
「総督府を守る、ではだめですか?」
 その答えが耳に届くや否や、鼻で笑いながらギーレンは立ち上がり、天幕の外を開いた。風の動きが一瞬さわやかに、しかし次瞬には焼け付くように山本の肌を苛んでいた。
「帝国本国はその統治にいくつもの策を張っている。ヘンリーだけでこの反乱を解決できないとみるや、俺を即座に送り込み、それとは別にこの国の裏側を探っていた」
「‥‥」
 淡々と状況を語る目の前の男の言葉に、山本は静かに耳を傾ける。
「どうやら、そちらの間者たちは壊滅させられたらしく、現地の工作員もほとんどやられたようだが‥‥決定的な証拠をもっている人物をこちらで確保してな」
「そういう状況なら、話は早いのでは?」
「ああ。ただ、踏みつぶすだけなら十分なものを得ている」
 少々の疑念をまぶした問いかけに、重く強い、恐怖の響きをもつ口調でもって、今の状況の答えとする。二人はそれぞれが視線をぶつけ、そして緊張が熱砂の暑さを怜悧な刃物のごとき冷たさへと変える。
「敵対すると判明した今の総督府と、反乱者を全て倒すのであればな‥‥だが、その混乱は後々までの惨禍を極めよう」
「それは、望むところではない‥‥?」
 健一の問い返しに将軍は髭を揺らしながらうなずくと、口端を笑みに歪め、しかし心から笑うものではない笑みを讃えた。
「今の混乱‥‥本国戦力を一気に投入すれば、それで終わりだ。だが、それでは野火のように火種は残る。お前のような有志をあたら失うことにもなるだろう。されば、どうするか?」

 闇の帳が降りた後、その葬祭殿は人気もなく、神秘の気配だけがそこに充ち満ちていた。
 唯一、その場にあるのは焚き火の灯りのみ。その揺らめく明かりの炎をみて、アルフレッドは静かに、言葉を紡ぐ。
「スフィンクスは、この遺跡にはいないのでしょうか。守り神と聞いていたんですけどね」
「残念だが」
 老爺は、焚き火の火をかき混ぜながら短くつぶやくと、その言葉に場は静まりかえる。
「‥‥スフィンクス、ハ」
 メリトアテンと呼ばれる少女は小さく、その沈黙を破るように言葉を発する。
「遺跡の守りトシテ、神の代わりデ、いマス‥‥神がアル場所では、意味はナシ、です」
「つまりは、この場所にはスフィンクスを必要としない、そういう神がいるのですね?」
 アルフレッドの確認に一同は答えを返さなかったが、これまでの老爺の態度からすれば、それは答えぬことによる肯定ととれた。
「推測は可能ですが、もう少し、しっかりと答えていただけないでしょうかね」
「‥‥この地の神であるアモンは」
 アルフレッドの肩をすくめながらの言葉に、エミリアは思い出したように一つの物語を語る。
「神学の中でも、その名を見出すことができます。曰く、ルシファーに従った天使の堕天の際に、デビルとも、神とも異なる道を選んだ者たちの長として。‥‥エジプトの神々はその、天使の末裔なのでしょうか?」
 エミリアはそうして顔を上げながら、老爺を見つめる。
「そうであれば?」
「神の僕として、人々を導くことを選んだ彼らに敬意を払い、それに手を貸すことが今は最上と、考えます。そして」
 ややためらいがちに、老爺の問いかけにエミリアは答えると、シェセルの思案する表情に一つ、息をついた。
「今、この地に災厄をもたらす悪魔の遣いと戦わなければなりません」
「‥‥セトは一体、何が目的なのだろうか」
 シェセルは思案から戻りながら、老爺に‥‥いや場の全員に問いかけるように声を出した。
「神話に従えば、オシリスへの復讐、でしょうか」
 ティレスは記憶にある、エジプトの神話の中で語られた、神々の王オシリスとその弟セトの確執と争いを思い出す。
「オシリスは神々の主なるもの。‥‥つまりは、天に坐す我らが神と同じと考えられるのでしょうか。そして、人を誘い力を分け与えると言うことは」
 そのエミリアのためらいがちな言葉は、暗にセトと呼ばれるものの正体が何なのかを暗示していた。

「いたわ、こっちよ!」
 東から降り注ぐ朝焼けの光に包まれるアマルナの街。不死者に乗っ取られ寂れたその街の一角に、希望を込めた女の声が響き渡った。
 アン・シュヴァリエ(ec0205)は自らがあげた叫びの返事を聞く間もなく、目の前に現れた地下へと続く階段を駆け下り、血に濡れたままで太陽の下へと帰還しようとしている数名を助け起こす。
「大丈夫?」
「まあ、私は見た目ほどでは〜。“調べモノ”も残ってますし、そのままくたばるワケにはいかないんですよね〜」
 敵と揉み合った傷だろうか、薄く血を流しながらも手に書を持っていつもの調子で答えるユイス・アーヴァイン(ea3179)に、アンは安堵の息をつく。だが一方で移した視線の先、男の後ろの赤い様子に、女は安堵を捨てて思わず息を飲んだ。
「俺の方はそんなに怪我していない、だから、こっちを早く‥‥!」
 土佐聡(ec0523)の言葉がなくとも、血塗れで少年の体にもたれかかり、動く様子を見せない楠木麻(ea8087)の状況は深刻だった。
 何の力だろうか、麻の手と腹は内側から爆発したように傷が広がり、そこから流れる血の一滴ごとに、女の顔は青く染まっていくように見えた。アンは後ろに来ていたエセル・テーラー(ec0252)とともに、遺跡の入口から遠ざかりながら、近くの馬と回復の魔法を使える人物を探す。
「しかし焦りましたよー‥‥突然、大ボスと会ってしまいまして」
「大ボス? イクナートンのこと?」
 アマルナの街の地図を思い浮かべ、自らのペットが繋がれているであろう方向に向かおうとするユイスのつぶやきにエセルが尋ね返すと、男は困ったように微笑んで、ええとうなずいた。
 その後ろ、怪我した少女を馬に乗せるとすぐ、聡は体を染めた生乾きの返り血の不快な感触も気にせず、近くの剣を手に取り、遺跡へ取って返そうとする。
「どうしたの、一体‥‥」
「まだ、中にラミアが残ってる‥‥連れて行かなきゃ‥‥!」
 遺跡の中で突然、前触れもなく再会したラミア・リュミスヴェルン(ec0557)を思い走ろうとするも、だが聡の体に蓄積された疲労はその脚を蝕み、ぐらりと体勢を崩させた。
「その心はわかるけれど‥‥でも、今は無理よ。退くことが先」
 テティニス・ネト・アメン(ec0212)にそう告げられて周りを見れば、攻め寄せると言うよりは忍び込んだと言うべき、助けに来た戦力は確かに希薄で、今この街に突入できたのも何かの幸運に助けられたからと思える。
 ギーレン将軍が残していった兵たちも、先の戦いで倒れ、あるいは元の部隊へと戻ったのだろうか、この場に残り戦いに参加しているものは、アンたちと行動を共にする中東兵やアマルナの有志たちをあわせても、十数人に満たない。
 闇に溶け込むように魔法にて姿を消していたテティニスは、手にした短剣で動き出した不死者の一つを切り倒すと、歯噛みをしながら遺跡を見つめる少年に、続けて諭すようにつぶやく。
「この様子じゃ、攻めるどころか助けることも難しい‥‥ここから退いて、体勢を整えることの方が大事よ」
「‥‥っ‥‥」
 そのやりとりの間にも怪我人を乗せ、ペットなどの獣たちを取り戻した一行は、潜入者にようやく気づき、ゆっくりと活動を開始した不死者たちの合間を縫って、寂れた町を一気に駆け抜ける。
 アマルナの郊外へと抜け出ることは、比較的簡単だった。その警戒の薄さは、陽動が成功したためか、何かの意図があったのだろうか。その理由は今はわかることはない。
「‥‥その人は?」
「詳しくはちょっと‥‥一緒に牢に閉じこめられていたんですよー」
 そんな中、ユイスたちが連れていた浅黒い肌の男を見て、テティは一瞬言い淀みながら尋ねると、男は取り返した荷物から傷薬を探しつつ、簡単に答えた。
 その、浅黒い肌と白に近い髪をした青年は、外傷はないものの、閉じこめられた影響からかかなり憔悴していた様子が見てとれる。
「‥‥アマルナに住んでいた、神官か何かかしら?」
「さあ、そこまではわかりませんけどね〜」
「ともかく、北上しましょう‥‥手に入れた情報を調べるのも必要だけど、今は、アマルナから離れなくてはね」
 男の素性を調べることや、挨拶もそこそこにすませると、アフロス・エル・ネーラ(ez0193)は一同を見渡して、一言大きく告げた。同時にエセルが、皆でまとめた、イクナートンの眠っていた遺跡の内容をユイスに手渡すと、一同は馬車に、馬に、あるいは駱駝に思い思いにまたがり、あるいは乗り付ける。
「北上して、カイロに向かうべきかしら。総督府の軍勢と協力できれば、だけど‥‥」
「情報交換のためにも、先に向かった隊長たちとも話をしておきたいわ」
 アンとテティの思案する言葉に挟み込むよう、ほつれ汚れた髪もそのままにユイスは遠くに離れていくアマルナを見つめる。
「もうすぐ、死者の軍勢も北上して、儀式を行うという話です。アモン神官の末裔とかいう人たちも何をするか皆目検討つきませんし‥‥これは、大変になってきましたね〜」
 手渡された資料に目を通しながら、何かを感じたかのような男の言葉に、一同は緊張の中、死者の都から離れるべく、騎獣に鞭を入れる。
 北へと向かう途中、一度だけ振り返れば、朝日の逆行に浮かぶその影は、死者に乗っ取られた町を蝕む、古きからの悪意の染みの様にも見えた。
「九柱神、そして太陽神アモン・ラーよ。どうか、ご加護を‥‥」
 テティのふと漏れた願いは、しかし他の誰にも聞かれることはなかったようだった。

「さて‥‥ここで誰がチェックを、勝負に手をかけるのかしら」
 そこは総督府の建物の屋根の上。その場に支えなしに、しかし危なげなく立ちながら、メハシェファは艶然と微笑んだ。
 女の眼下に広がるは、混乱を極めたカイロの町。
 総督の裏切り。動かぬ将軍。総督府に反乱の声を上げるものもあれば、超自然の不死者の群れが大地を汚す。
 言いようのない、先の見えぬ不安と混乱に、今まさに人は支配され、溺れ沈もうとしていた。
 不安は判断力を奪い、そこから逃げるためにただ暴力に走り、あるいは無気力に返る。古い紙に次第に虫食いの穴が広がっていくように、その混乱は不安という名の蟲となって恐怖の穴を広げていた。
「まもなく、この熱砂の地は大いなる災禍に見舞われよう。そのときに生まれ出るのは、果たして、何かしら」
 その問いかけは誰へのものだろうか。
 そして女の後ろにいつの間にか現れた浅黒い肌の男と異形の獣人ともに、女はくすりと笑うと、そのまま闇の中へと染み込むように消えていった。


今回のクロストーク

No.1:(2007-07-29まで)
 なぜなにNPC! エジプトの解説を頼むなら、誰の何というコーナーがいいでしょうか?


No.2:(2007-07-27まで)
 臨時総督府のヘンリー、総督府のメハシェファ、アトンのアデムサーラ、派遣軍のギーレン。あなたはどの勢力を支持しますか?

No.3:(2007-08-06まで)
 あなたの位置は今、一体どこでしょうか? 共通・個別リプレイで明確に書かれている場合はその場所を、書かれていない場合は今月のプレイングに最初にいたい位置を書いてください。

No.4:(2007-08-10まで)
 第2回調査。ズバリ、ラスボスは誰でしょう!(PC/NPC問わず) 理由もお書き添えください。

No.5:(2007-08-08まで)
 あなたは今、助けたい人がいますか? その人のために、あなたは何ができますか?

No.6:(2007-08-15まで)
 あなたが今回、言わなければならない/言いたい言葉はなんですか? それは誰にですか?

No.7:(2007-08-13まで)
 あなたは、敵を許せますか? また、どんな理由があれば敵を許せますか?

No.8:(2007-08-15まで)
 あなたには幸せになって欲しい人がありますか? どうすればその人は幸せになれると思いますか?