熱砂の地にて

■クエストシナリオ


担当:高石英務

対応レベル:

難易度:

成功報酬:-

参加人数:19人

サポート参加人数:-人

冒険期間:2007年02月01日
 〜2007年02月31日


エリア:エジプト

リプレイ公開日:-

●リプレイ本文

 陽はすでに高く昇り、朝靄も晴れたエジプトの都、カイロ。中東勢力の支配の象徴である総督府の謁見の間には、20は越えようかという人々が集まっていた。
「意外と、少ないみたいだねー」
「あんだけ派手にやったんだから、もっと、人が来るかと思ったんだけどな」
 ぱたぱたと後をついて回るフェアリーのタッシリナージェルとともに、陽の光の届かぬひんやりとした部屋を飛びながら、ケヴァリム・ゼエヴ(ea1407)は何とはなしにつぶやき、旅を供することとなった土佐聡(ec0523)もそれに同意した。
「実際にはこれでも大規模ですよ」
 その二人の感想に微笑みながら、アルフレッド・ディーシス(ec0229)は声をかける。
「あと、荷物を運ぶ人足と、荷馬やラクダを世話する人員が加わるのですから、総勢50はくだらないでしょう。大商人のキャラバン位はありますね」
「だけどよ」
 その言葉に土佐は頭をかきながら、どうも納得のいかない風。
「日本やイギリス、果てはロシアまで声をかけて、この人数って、ちょっとなあ」
「いや、よく集まってくれた諸君!」
 疑問の声と辺りに広がっていた沈黙は、その大きな一声で閉じられることとなった。
 奥から現れたその声の主は、エジプト総督ヘンリー・ソールト(ez0187)。後ろにシェセル・シェヌウ(ec0170)ともう一人、黒髭の偉丈夫を連れての登場である。
「突然の呼びかけ、短い間に、これだけの勇気ある、栄誉を求めるものたちが集まってくれたこと、このヘンリー、感激している」
「それはいいんだけどよ、おっさん」
 響けばうるさい笑いを上げながら話を続けようとするヘンリーに、土佐は先手を取るよう、つっこみ一つ。
「ほんとに大丈夫なのかよ? 情報があるっていっても、南ってこと以外何もわかってねーんじゃ、何もわかってねぇのと同じじゃんか」
「心配するな、少年」
 ともに入ってきた、総督よりも頭半分は高い、2mはあろうかという黒髭の男は、土佐を見下ろし、ニヤリと歯を見せる。
「ここに冒険者たちが集まるまでの間、この俺が情報を集めている」
「目指すは、ワセト。ローマの支配に落ちるよりも遥か昔に都とされていた地だ」
 笑う偉丈夫、ジョバンニ・ベルツォーニ(ez1112)の言葉を継ぐよう、シェセルは静かに目的の地を告げた。
「で、それがどこにあるってんだよ」
「それは、これからの探索にかかっている! 大体、情報がすぐに出てくるような遺跡が手つかずで残っていると思うか?」
 理屈ではある。しかしその辺の楽観論に、部屋の雰囲気はやや沈んだのは否めない。
「それよりも‥‥今回、遺跡の探索だけでは終わらないと思っている」
 総督を前に姿勢良く立つ少女、楠木麻(ea8087)はそう告げて、じっとヘンリーと、そして周りの冒険者を見回した。
「遥かなる熱砂の大地、そのさらなる南に置いて、新たなる太陽が昇る。それは人々を苦難へと導く太陽、ゆえに昇らせてはならぬ‥‥」
 女が吟じるその言葉に、幾名かの冒険者が眉をひそめた。最近、アトンの伸長とともに広まったという、謎の文言。その意味するところはまだ誰もつかんでいないとされる。
「それが人に仇なす魔物であれば、それを倒すことが黄金聖志士の使命。そのために今回の探索に加わるのです」
「‥‥目的は問わん。探索が成功するのであれば、な」
 麻の名乗りにヘンリーは眉をひそめながらつぶやいた。
「探索隊はジョバンニ氏を隊長とする。また我が部下、シェセルを副隊長として、探索隊の管理を行うこととする。それから」
 ヘンリーはシェセルより渡された紙片を見て、フェネック・ローキドール(ea1605)へと視線を移した。
「異国の学久の徒でありながら、その学びし言葉の力はこの地の者よりも優秀であると聞いている。麗しき貴女に、全体の通訳をお任せしたい」
「謹んでお受けいたします」
「では、出立は3日の後。皆の成果を期待している!」
 ヘンリーの告げた探索の始まりの言葉に、一同はそれぞれの思いを巡らせた。

「遺跡って、ルクソールよりもさらに南、なんだっけ?」
「総督様の話によれば、どうもそのようですわね」
 太陽が中天を過ぎた、昼下がりのカイロ。出発前にまだ数日がある間、一同は酒場や繁華街を中心に情報を集めることとなった。
 フェアリーとともに踊りを披露していたケヴァリムは一息をついたところで、伴奏を担当していたフェネックや、その他の仲間たちと遅い昼食も兼ねて飯屋で合流する。
「この地の歴史より普通に考えれば、ルクソールのあたりがもっとも怪しいはずじゃがのう」
 ルクソールはカイロより南に数日、下った場所にあり、王墓と思われるものをはじめとして、いくつもの遺跡が集まっていることで有名な街であった。
 それは、この地を初めて訪れたアナスタシヤ・ベレゾフスキー(ec0140)でも、少し調べればわかることである。
「盗掘品の流れを簡単に調べてみましたけれど、やはり、ルクソールのあたりのものが出回っているという感じでしょうか。それ以外の場所からの出土品ともなれば、大当たりを探すような感じですね」
 裏町の様子見より戻ったアルフレッドは、いくつかのガラクタを会した一同に見せながら、足で集めた情報を披露した。
「でしたら、後、調べるのは現地の伝承でしょうかね〜。太陽の神様については、ちょっと面白いことがわかりましたよ」
「何?」
 仲間を見回し、にこやかに言葉を紡いだユイス・アーヴァイン(ea3179)に、楠木は静かに、だがしっかと話に食いつく。
「神の名なんですが、アトン、という名ですね。この地で古い時代に信仰されていた太陽神の一つに、その名があるのですが〜」
「アトン‥‥ってぇと‥‥まさか?」
「ええ」
 話は耳に、串焼きを口にほおばる途中、土佐は思い当たったように声を上げ、ユイスはにこやかにうなずいた。
「今エジプトに反乱を起こしている組織の名前と一緒です。そして、太陽の神がよみがえるという伝説。絶対、裏になにかありますよ〜」

 探索隊が大仰なセレモニーとともに、カイロ中の人々に祝福されるように送り出されてから、すでに2週間近い日がたとうとしていた。
 すでに行程はナイルにて上ったルクソールを過ぎて数日。遺跡を探しながらの砂漠の旅路は、ヘンリー総督の各地への回状と、探索隊の中核として任命されたシェセルとアルフレッドにより問題なく手配されていた。
 ワセトと目されるのは、ナイルに沿ったさらなる南にあるという偉大なる都、テーベ。もちろんそレまでの道のりには、悠久の歴史に生まれては消えた遺跡は隠されており、どれもが目的の場所であるという可能性を秘めている。
「‥‥気が、ついたか」
「ええ」
 陽が沈み月が顔を現す黄昏時。シェセルは不穏な気配を感じ取り、フェネックに耳打ちする。
「数日前からあとをつけてきているようだな。盗賊だろうか」
「あまり、組織だった行動はできていないようですね。囲み方は普通です」
 野営のための準備を始めた周りの荷運び人足に悟られぬよう、アルフレッドも調子を合わせて話を綴る。
「そろそろ、こちらを狙ってくる頃あいだろう‥‥今日の警戒は強めておく必要がある、か」

「これって、何が書いてあるのかなあ?」
「それを読み解くのが面白いんですよ〜」
 焚き火の前、眠った妹分を置いておいて、ケヴァリムとユイスは一つの巻物を前に話に興じていた。
 しかしそれは表向きの素振りであり、二人はこっそりと魔法を用いて、辺りを探って警戒を強めている。
 二人に限らず、何者かに狙われている、との話に、冒険者たちはいつもより警戒を強めつつ、休んでいた。
「結構、近づいてきてるみたい‥‥暗いからよく分からないかな」
「少なくても20はいるみたいですね‥‥ラミアさんは大丈夫でしょうか?」
 ケヴァリムは魔法で透かしたスクロールの向こうを目を凝らして確認し、ユイスは脳裏に浮かぶ大きな呼吸の数をひとまず数える。
「どうだ、調子は」
 ざと砂を踏み、現れたのはベルツォーニ。その横には妻のサラが、仲睦まじく寄り添っている。
「よくわからないわ。ほんとにただの野党かしら」
 焚き火に近寄りながら、テティニス・ネト・アメン(ec0212)は声と眉をひそめ、問いかけに答える。
「ま、何も分かっていない今、襲ってくるならただの野党だ、問題ないだろうよ」
「そうでない場合は?」
「いわゆる秘密結社のような、目的があって襲ってくる奴ら、だろうな」
 シフールの問いかけにニヤリと笑みを浮かべると、大男は髭を数本引き抜いた。
「その‥‥結社だと、どうなんのさ?」
「ああいう奴らは恐いぞ、蛇よりもしつこい。地獄の底まで追いかけてくる」
「その口ぶりでは、会ったことがあるんだろうの」
 だが、アナスタシヤの鈴のような問いかけに、男は一瞬眉根を寄せて、答えを返さなかった。
 勘の鋭いものであれば、空気が変わりうなじに針が刺さるような感覚を覚えただろうか。ベルツォーニはサラを近くの天幕へと追いやると、冒険者たちに目配せをし、中東風の曲刀を引き抜く。
「その辺の話は、見てのお楽しみといこうかい!」
 続けて、闇夜に鬨の声が響くと、全身を黒い布で覆った一団が、四方より走り寄る。
 砂の上をものともせぬその速さに、すれ違いざまくぐもった悲鳴を上げるが早いか、冒険者の一人が砂を血の色に染めて仰向けに倒れた。
「敵かよっ‥‥たく、気分よく眠ってたってぇのに!」「てぇのに〜」
 頭に口ぶりを真似る少女を乗せながら土佐は駆け出すと、他の天幕に声をかけながら、鯉口切る手も軽く、霞刀を抜き放った。
「うわ〜!」
「!」
 飛び逃げるケヴァリムを襲おうとする黒服に向けて、聡は宙を薙ぎ切り一閃。速さで生まれた衝撃波が砂を蹴散らし、ざくりと敵を切り裂いた。
「敵に一人で当たるでない。この砂上では相手の方が動きが早いぞ」
 乱戦になれば、高速詠唱を使えず、また攻撃の魔法も持たないウィザードは足手まといになりかねない。アナスタシヤは身を返して荷の影に隠れながら、注意の声を上げて仲間を喚起する。
「‥‥違うよう、ね」
 テティは襲ってくる敵の様子をじっと見つめ、見定めると、構えた曲刀で敵の一撃を弾いて体勢を崩し、その隙に後方へ下がって守りに向かう。
「どうやら、ただの野盗のようだな!」
 フェネックとユイスに斬りかかる男たちの前に割って入ると、ベルツォーニは一気に手にした曲刀を振り払った。無骨に振り回された一撃になぎ払われ、数人が一度に吹き飛ぶと、突如飛来した刃と矢が、起き上がろうとした敵の喉を貫く。
「何をしているんですか」
「無理をしないようにしてくれ」
「は、これ位はするべきだろう、なあ、嬢ちゃん、兄ちゃん?」
 弓を手に駆け寄るアルフレッドと縄についた刃を引き戻しながら舌打ちするシェセルに、ベルツォーニは豪快に笑ってユイスとフェネックを見据えた。

「くそ、意外につええぞ、こいつら!」
 混戦の様子を見て、野盗の頭とおぼしき男は、濁声とともに唾を吐き捨てた。30人は越えようという仲間はすでに10名以上倒されており、相手の抵抗の強さに残りも及び腰となっている。
「‥‥退き時か?」
「そう、簡単に!」
 男の逡巡に差し込むよう、夜闇が声を上げ、ゆっくりと動くと、透明な刃が頭の脇腹を薙ぎ裂いた。
 月明かりに目を凝らせば、魔力により光を曲げて見えぬ姿を手にした少女が、凛と立っている。
「このまま、帰しませんよ」
「くそっ、魔術使いが、姿をあらわしやがれぇ!」
 血の痛みが浸透するにつれ、半狂乱気味に大声で叫びながら、頭はその手の刀を振り回した。
 姿は見えなくなっていても、その身は消え去ってはいない。不意に刃に当たらぬよう、距離を取りつつラミア・リュミスヴェルン(ec0557)は様子を見、タイミングを計る。
 その刹那。
 突如、砂地から何かが飛び出し砂塵を撒き散らすと、音を聞き後ろを振り返ろうとした男の頭に、がさりと覆い被さった。
「っ!? ぎゃ、ああああぁぁ!」
 黒く汚れた爪が男の柔らかい目玉を大きく抉り、食い込んだ指がミシミシと骨を軋ませる。そのままぶんと野菜を引き抜くように、それは勢いに任せて腕を振り払い、合わせて男は数m先に転がりぐたりと倒れる。
「な、何‥‥?」
 砂の海から砂面を割って現れたのは、妙に腕の長い、人の形をしたものだった。その表面は黄色く変色しカサカサに乾いた包帯が巻き付けられており、古びた表面は、人型の虫のようにも見える。
 頭と思われる、腕の間の盛り上がった場所からは、月光に反射して黄色く濁って見える目が二つ、ただラミアを見下ろしている。
「こ、来ないで!」
 ラミアは意を決し、手にした漆黒の刃を振り払って、その異形の表面をざくりと切り裂いた。だが傷からは何もあふれず、大きく切り裂かれた事実もなかったかのように、モノは醜い爪のついた腕を振り下ろした。
 落ち着けばその攻撃を見切るのは容易く、少女は大振りの腕をかわして刃を突きつける。だが相手は痛みを解せず、そのまま動き続けていた。
「どきなさい!」
 叫びの一瞬後、闇夜に黒い光が一条、宙を裂いた。それは相手の体に命中すると、メキメキと音を立て重力とともに体を歪め、切り裂かれ不安定になった体躯を一気に崩壊させる。
「大丈夫か?」
「‥‥はい。でも、これはなんでしょうか」
 重力を操るグラビティーキャノンの魔法で敵を仕留めた楠木に、ラミアは問いかけ、それに少女は近づきながら答えた。
「おそらくは木乃伊‥‥この地ではマミーと呼ばれるもの。不死者、成仏できずに迷い出た死人だ」
「でも、なぜこんなところに?」
「何か」
 戦いが終わり、周囲の状況を確かめにきたシェセルが、少女の疑問に答える。
「遺跡が近いのかもしれん。マミーは、遺跡の守り主ともいわれるからな‥‥」

「首尾は」
「今のところ問題は、なく」
 暗く、湿った黴臭さの漂う密室。その中に浮かぶのは蝋燭のぼんやりした灯りと、それに照らされる人々の影。
 一人ではなく、集団でもなく。ただ人々は意志をたゆたわせる。
「南よりの、古き太陽を阻止するために。そのための導きは終わりました」
「よかろう」
 集団でも個でもない人々の中から、一つ、年を経た老爺の声が浮かび上がった。
「まだ、先の世のたゆたう様子は変わらぬ。怠るでない。すでに太陽の先触れは現れた」
 老爺の声は反響して広がり、静かに聞き入る周りと相まって、部屋そのものが声で満たされているようだった。
「新たな導きと、その続き。努々、怠るべからず」
「怠るべからず」
 水面に落ちた水滴とそれが作り出す自然の王冠のように、老爺の声一つが皆に伝わり大きなものとなると、暗き部屋は闇の静寂に包まれた。

「しかし、天城くんも物好きですね」
「何が」
 口端を歪める烏哭蓮(ec0312)の忍び笑いを気にした風もなく、天城烈閃(ea0629)は相づちを打った。
 場所はアビュドスの郊外、粗末な家さえも見当たらない野原。さらに離れた場所にサルームより乗ってきたロック鳥を隠し、二人はこの地に根拠を構えるといわれるコプト教と会おうとしていた。
「死神が好むような場所を、わざわざ尋ねるところが、ですよ」
「戦いに来たわけじゃない」
 岩陰に寄りかかり辺りを見回しながら、烈閃は相手の問いにこともなげに答える。
「ただ、俺自身は友として、陽の精霊のことを知りたいだけだ」
「ほう」
「だから、太陽の精霊を信ずることが何か、この地を見て学びたい。それだけだが?」
「短生種にしては、面白い考えですねえ」
 男の信ずる答えを聞き、烏は喉の奥で笑いを漏らしてつぶやいた。その笑いに天城は一瞬眉をひそめるものの、すぐに、辺りの気配に注意を変えて心を構える。
「お出ましのようですね」
 気配はすぐに形をとって、二人を囲む十数人の人影となった。集まったものたちのほとんどは、その立ち方、雰囲気からすれば、特別な技量は持たない普通の民。そして囲みの要所にはちらほらと、実戦経験があると推測される戦士らしき姿が見える。
「‥‥あなたたちは、一体何者なのかしら」
 逡巡により均衡が保たれていた緊張を、一人が進み出て尋ねとともに崩した。声の高さからすれば相手は女性だろうか、その声音は警戒はあるが恐れはない。
「俺達は敵ではない。陽の精霊について学びたいと思い、ここに来た次第だ」
「どういうことかしら」
 静かに、敵意のないことを示す天城に、女は警戒を解かずに問い返す。
「ここは、ただの田舎の村よ。あなたが求めるようなことはなにもないわ」
「では‥‥コプト教の人々がどこにいるのかを教えて欲しい」
 漏らした質問に、周囲の緊張が強くなるのを、二人はしっかりと感じ取っていた。だが数の上では10倍近い人数に囲まれているにもかかわらず、二人の余裕は様として消えない。
「さっきも言った通り、俺は陽の精霊を学ぶためにこの地に来た。だから、同じところを信ずるものとして、教えを濃い、あるいは協力したいと思っている」
 風とそれが舞い上げる砂の音しか聞こえない沈黙が、辺りを支配する。
「‥‥いいでしょう」「ネフィラ!」
 天城の瞳を見据えた女は、まだ不満のこもる周りをその一言で制した。
「嘘をついている様子はないわ。私たちの敵ではないということも、力になれるということもね。でも‥‥」
 そのままやや視線を冷たくして、ネフィラと呼ばれた女はもう一人の、陰気に微笑む男を見つめた。
「あなたは、どうなのかしら」
「ただの観光です‥‥では、すまないようですねぇ」
 静かな目で一同を見やり、烏は懐にしまった符を手で触りながら、言葉をつづる。
「私は生き死にというものに興味がありましてね。この地での葬儀の仕方やミイラの作り方を学びたいと思っているのですよ」
「ミイラ、ね‥‥」
「エエ。今でも、ミイラ職人はいるのでしょうかねえ、アトンの方々?」
「まさか」
「そうですか。でも」
 冷笑とも呼べる苦笑で女が否定するのを聞き、男は張りついたような笑みを強めてうなずいた。
「あなた方は古きエジプトの作法には詳しいでしょう。そういうことを、ご教授いただければ、ね」

 探索隊が盛大に送り出されてから早3週間。祭りを終えたあとの、月も半ばを過ぎたカイロの町並みは、よくこの街を知らない山本建一(ea3891)とエセル・テーラー(ec0252)にとっても、寂しいものと感じられた。
 その寂しさとあわせるかのように、アレキサンドリアからここまでの道中にも聞こえた、いくつもの不穏な噂がひっそりと街中を駆けている。
 一つはアトンの活動。今回の総督の行動が彼らを刺激したのか、エジプトの端では民たちによる暴動が止むことはなく、官憲に報ずることなくみて見ぬふりを決め込むものたちの数も日増しに増えていると、噂は語っていた。
 あわせて、ヘンリー総督の下手を見た中東の本国が、隻眼の猛将と呼ばれる将軍をエジプトに派遣することを決めたという噂が、街の不穏さを煽り、閑散とした寂しさを彩っていた。
「どうにかして、つなぎをとっておきたいものですが」
「総督以外の、エジプト総督府の人間と?」
「はい」
 疑問を含んだエセルの問いかけに、健一は軽くうなずく。
「まだ、この国に来て日は浅いですから、いろいろな方向から見ておく必要があるでしょうし」
「色々な、方向ね‥‥」
 山本の言葉に、エセルは自らの同期と状況を鑑みて、静かに納得する。
「興味深い、話ね」
 路地近くを通りながら声を抑えた会話を続ける二人に突然、風そのもののような声が声かけた。
 振り返ればいつの間にか路地の向こうに、青みがかった黒衣を着た女性が、静かにたたずんでいた。
「いまのこの情勢で、そうした見方をしようだなんて‥‥あら、そんなに警戒しなくてもよいのよ」
 突然のことに態度を固くする二人を見て、女はころころと笑いかける。
「突然、そう言われても困りますね」
「あなたは誰?」
「そうね、それが先かしら‥‥私はメハシェファ。中東より、エジプト総督の方を補佐するよう、派遣されてきているものですの」
 口元はヴェールの向こうにて見えず、目元はあくまで涼やかに動ぜず。メハシェファと名乗った女は歌うように言葉を続ける。
「補佐といいましても、実際には監視、というのかしら。ヘンリー様は優秀ではありますけれど、忠義に欠け利に走るきらいがありますから」
「その監視役の方が、冒険者に何の用?」
「あらあら」
 エセルの警戒した物言いに、しょうがないという風に、メハシェファは目を細めた。
「ぶしつけかもしれませんけれど‥‥どうかしら、総督府にお仕えする気はないかしら? もちろん、条件はあなた方の望みをお聞きしての上で考えましてよ」
「‥‥私は、遠慮しておくわ」
 やや長い沈黙の後、エセルはため息とともにそう答える。
「まだ、私には見えていないもの。この国で、どう行動していくべきなのか。だから、政治には身を置かないのが、今は最善だと思うし」
「賢明ですわね」
 小さな吐息とも微笑みともとれる息を漏らし、女は艶然と告げる。
「でも、賢明さは行動しない愚かさともいいますわ。波に乗り遅れることは往々にしてありましてよ‥‥あなたに、運命の御加護がありますよう」
 その笑顔を張りつかせるよう、そのまま視線を移し、女は問いかけを続ける。
「さて、あなたはどうかしら。東洋からの勇ましい御方?」

 襲撃のあった夜から幾日か、カイロを発って3週間は過ぎようというところ。探索隊は歩みを止め、そして朝の弱い陽光のなか、野営の用意をはじめていた。
 その場所は先日、マミーに襲われた場所からそう離れてはいない、岩山と砂漠の境目である。
「少し、守りに不安があるな」
「ま、何とかなるぜ。遺跡探しってのはそういうもんだ」
「‥‥警戒するしかありませんか」
 障害物も木立さえもなく、ほとんど開けた場所という野営地の立地に不安を覚えるシェセルとディーシスを、ベルツォーニは豪快に笑い飛ばした。
「それよりさ、早く、遺跡を探そうよ。何か見つからないと、ここが当たり! かどうかもわからないんだからさ」
「そうですわね」
 愛ロバのろばばばば☆ から荷物を運びながらケヴァリムがにこやかに言い、これまでの野営で手にした炭を、人足から木と紐をもらって簡素な筆記具としつつ、フェネックもうなずく。
「遺跡の大きさはわからぬものかの」
「今の段階じゃあ、難しいな」
 岩陰で日を避け辺りを吟味するアナスタシヤの言葉に、ベルツォーニは肩をすくめた。
 ただの冒険者であれば宝を見つけて帰ればよいが、今回は総督肝いりの探索隊。しかもウィザードの数は多く、否応にも砂に埋もれた歴史を含めて、まだ見ぬ知識への意気は高くなる。
「このあたりの遺跡は、あれだ、ピラミッドみたいにでかでかとしてねえからな。地下に穴掘って、って言うのが多いはずだぜ」
「‥‥入ってみるまではわからぬ、ということか」
 男の言葉に、女は岩山の側面、控えめだがしっかりと彫られたエジプトの神々の像と、それに挟まれた暗き入口のいくつかにため息をつく。
「もう少し、この地の伝承を調べた方がよさそうじゃの」
「そうですね〜。そういうところに、何かヒントが隠されているかもしれませんし、ねぇ」
「そこも含めれば、街が1日ほどのところにあるのは幸い、と考えるべきか」
 スクロールを片づけながら、ユイスはアナスタシヤの言葉に同意し、遺跡探索の開始を総督へと報告しようとしたためるシェセも、手をとめずにうなずいた。
「ユイスさん、竜を回していただけませんか? 買い出しに向かいたいんです」
「いいですよ〜。では、いっしょにこのあたりの話を調べにいきましょうか?」
 渡りに船、アルフレッドの言葉に、ユイスは承諾する。
 ナイルに沿う小さな町、アマルナより西に約1日。こうして遺跡の探索は始まったのである。

今回のクロストーク

No.1:(2007-02-08まで)
 ルクソールを越えてさらに南、1週間ほどの道程で、夜中、探索隊の周りに怪しい気配がある。しかしその正体はようとして知れない。あなたはどうするか?

No.2:(2007-02-10まで)
 あなたの信ずるものは何か?