熱砂の地にて

■クエストシナリオ


担当:高石英務

対応レベル:

難易度:

成功報酬:-

参加人数:19人

サポート参加人数:-人

冒険期間:2007年09月01日
 〜2007年09月31日


エリア:エジプト

リプレイ公開日:12月15日13:03

●リプレイ本文

思いは、なによりも強い。
思いは、すべてより尊い。
思うことは、生きていく糧となり、死に逝く心を強める。
思うことは、全てを肯定し、全てを手にする力を与える。
だがそれは、時を越えることができようか?
だがそれは、人を超えることができようか?

‥‥そしてそれは。
世界を業火で焼くことを赦すのだろうか‥‥?


■月欠けし空に星は満ちて


「意外と、冷えるものじゃな」
 東より白々と陽の証が射し込む頃。吐く息を白く染めながら、アナスタシヤ・ベレゾフスキー(ec0140)は身を震わせ、羽織っていた毛布を引き寄せた。
 熱砂の地、エジプトといえど、夜は陽と火の精霊に嫌われているのだろうか、寒々とした温度が氷を呼ぶに近いこともある。
「周りの様子より、その姿のせいだと思うけどなっ」
 ぱたぱたと羽をはためかせ、涼しい空気の中を朝餉の準備をしながらケヴァリム・ゼエヴ(ea1407)はじとりと女を見つめると、それに応じるようにアナスタシヤはくしゃみを一つ、響かせた。
「さて‥‥これから、北に向かうのですか?」
「そのほうがいいと思います。ですけど‥‥」
 温めただけの味気ない湯でも、冷えた体には優しく染み渡る。起きて火の番をしながらカップを手渡すネフェリム・ヒム(ea2815)の問いかけに、フェネック・ローキドール(ea1605)は小さく、口ごもるように答える。
「確かにここでの調査が終わった以上、ジョバンニの奴を追うのが筋じゃろうがのう」
 耳で聞き目を向けた仲間の様子にふと感じ、アナスタシヤは探索隊隊長の名を出しながら、女と目を合わせる。
「まだ、何かあるというのですかね?」
 出立の準備を始めようと忙しく動くサラ・ベルツォーニ(ez1130)を見つつ、何者にも聞かれぬようにか声を潜めたネフィリムの問いに、フェネックとアナスタシヤはあわせるつもりはなくとも、同時にうなずいた。
「‥‥夜が騒いでいます。大きな、何かよくないことが起きる前触れの、そういうざわめきが」
「ん〜‥‥いわゆる、女のカンって奴かな?」「か〜な〜?」
 静かな空気の流れる場を和まそうと、ケヴァリムが笑いつつ答え、タッシリナージェルも真似して飛び回るものの、周りの表情は固いままだった。それを見て、椅子代わりの丸太に腰を下ろすと、ケヴァリムは大きく息を吐く。
「‥‥王様が、来るせい?」
「おそらくは、のう‥‥」
 つぶやきに応えながら、アナスタシヤは昇る朝日の中に、宙を透かしてみる。
 気配はするが、いつもであれば一行の近くについて離れない霊は、やはり今、そこにはいなかった。
「‥‥動かなくてはどうしようもないでしょう。予定の通り、合流に向かうのが良いでしょうね」
 ひとまずのネフィリムの提案に一同はうなずくと、出発の準備を手伝うべくそれぞれが動き出した。

「あいつは、大丈夫かよ?」
「まだ、意識は曖昧だけど‥‥命に別状はないみたい」
 天幕から水桶をもって出てきたアン・シュヴァリエ(ec0205)に土佐聡(ec0523)が尋ねると、女は肩をすくめて焚き火の回りに座った。
 アマルナから離れて既に1週間はたっただろうか。陸路で北へと向かった仲間たちを追う一行であったが、拾った怪我人のこともあり、思うとおりの行程を進められてはいなかった。
「本当に、間に合うのかしら」
「だけど、怪我人を置いていくわけにはいかないしね‥‥」
 アンの言葉の裏の気持ちを代弁するようつぶやく楠木麻(ea8087)と顔を見合わせると、二人はどちらからともなくため息をつく。
「ところで、あの男。あいつって一体何者なんだろう?」
「まだ、話は聞けていないけど、おそらくはイクナートンに対立する神の神官じゃないかしら」
 聡が枝を折り火にくべながらつぶやいた言葉を、アンは気がついて応える。それに合わせるように一瞬炎が大きくなり、一同を明るく照らす。
「あの服装だし、そうでもなければ閉じ込められている理由もないわ」
「確かにそうですね〜」
「‥‥何か、わかったのかよ?」
 逃避行もとい合流のための旅路の間、ユイス・アーヴァイン(ea3179)は手に入れた死者の書と、イクナートンの眠っていた遺跡から写された文面を見比べていた。道行の中にはそれを使えるジプシーが一人も居ないため、リードセンテンスのスクロールをアフロス・エル・ネーラ(ez0194)と順に使いながら、何とか解読は進められている。
「何か、でいいなら、わかりましたけれどね〜‥‥」
 いつもの調子、だが声の張りは言い淀むように、ユイスは困ったような苦笑混じりで、近くの砂に書いて説明しようと細い枝を捜した。
「本当は、もっとじっくりやりたいんですけどね〜‥‥ですから、わかってることはあまり多くないんですけど、ご容赦を〜」
「わかったから、早く本筋に入ってよ」
「どうもですねー、あのイクナートンが封印されたのは、悪魔の陰謀のようなんですよ〜」
 手をひらひらさせて苦笑する男の様子に麻が待ちきれずにつっこむ間にも、ザリザリと音を立てて砂の上に線が引かれていく。
 ユイスが書き込んだのは、案山子のような人を表す印といくつもの矢印。その横にはイギリス語とアラビア語で単音節の言葉が書き込まれる。
「まあ簡単にまとめますと‥‥かつて、イクナートンはただひとつの太陽の神に信仰を集め、これまでの信仰を否定したそうです〜。それに憤った一人の神官がいて、それは古きエジプトの神と契約を交わし、神の力を手に入れた。だから不敬な王を永遠に封印したという大義名分みたいですね〜」
「‥‥だけど、その神は悪魔だった?」
 アンのつぶやきに軽くうなずくと、一人の、『アイ』と書かれた人印に×をつけて、ユイスは言葉を続ける。
「この神官アイと契約したのがセト。この地では悪神と呼ばれる神の一人でしたっけ‥‥?」
「‥‥何にしても穏やかじゃあないってことか」
 皆の心を代弁するかのような麻の言葉に合わせたかのように、炎はひときわ、大きく燃え上がった。

「さて、急がなければなりませんね」
 日が落ちた後の小休憩、夜半を過ぎて熱気が去った後の出立の準備の中、ティレス・フォンターヌ(ec1751)は準備に手を動かしながら誰に向けてではなしにつぶやいた。
 テーベに探索に出ていた一行は手に入れた情報を元に、早急に三連の星‥‥オシリスの腹、西洋ではオリオンと呼ばれる星になぞらえたと伝えられるギザの三大ピラミッドを目指していた。
「もう少し、早く進めればいいですけどね」
「‥‥ごめんなさい」
 そのアルフレッド・ディーシス(ec0229)の言葉にメリトアテンは静かに頭を下げると、男は小さく微笑んで、少女の顔をあげさせる。
「気にしないでください。私たちが好きでやってるんですから」
「隊長たちがきっと間に合わせてくれる。だから、我々に任せて欲しい」
 アルフレッドとシェセル・シェヌウ(ec0170)はそう答えながらも、今の状況を冷静に考える。
 イクナートンやセトよりも早く、目的のピラミッドにたどり着く。それはあまりにも分が悪い賭けであった。だからこそ、先に北上しているジョバンニ・ベルツォーニ(ez1112)への手紙が早く届き、迅速な動きがあることを望むのが一つの手ではあった。
「でも‥‥全ては私の、そして、私の父のせいです」
 その少女の表情は、かつての封印よりよみがえった時の盲目的なものではなく、人としての温もりが宿っていた。数千年前の因習ではなく今の世の考え方を聞いたこと、そして妄執の怪物と化した父イクナートンの存在は、彼女の心を溶かして変えたのと同時に、重き責を追うことも意識させていた。
「父がその身と心の弱さゆえに魔女に騙されたこと。それによって生まれたアモンの神官たちとの亀裂。私が‥‥生まれていたこと。全てが‥‥遥けき遠き未来世の民たちを苦しめることとなったのですよ?」
「あなたが生まれたことは、あなたのせいではないでしょう」
 エミリア・メルサール(ec0193)は少女の震える声に悲しそうに笑み、そして少女の肩を抱いた。
「でも、人を導く神たるファラオが‥‥人を苦しめる災厄となったのは、事実です。私が王妃として、ファラオの位を受け継ぐ資格を持っていたことも」
「‥‥憎むべきは呪いをかけた悪神セト。イクナートン王も、歪められた悲しき被害者にしか過ぎない」
 豪華な絨毯を宙に広げ、その浮かんだ上に荷物を載せながら、シェセルはこともなげに応える。
「あなたの、そしてあなたの父が思う王になれなかった‥‥だけど、その後悔に囚われることはますます、あなたたちの業を深めるだけです」
 エミリアと視線を合わせて、アルフレッドは少女を優しくエスコートして、借り受けたラクダに乗せる。
 そうして一行は出立の準備を整えると、まだ白くはならない空を見つつ、急ぐ旅を再開した。
「魔物となったとしても、全ては、救われなければなりません。‥‥それは、あなたもですよ」
「運命に流されるだけではなく‥‥逆らいましょう。神の決めた道であろうとも」
 エミリアとティレスの言葉に、メリトアテンは静かにうつむき、目元を押さえながらうなずいた。

 カイロの町に怒声が響き渡る。それは攻めるものの鬨の声であり、攻められるものの悲鳴であった。
 その喧騒の中、総督府の一室では変わらずの、頭の存在しない対策会議が続けられている。
「それで、将軍は?」
「将軍は」
 山本 建一(ea3891)は会議の席上で尋ねられた声に返事しながらも、上司の‥‥今の総督府の責任者であるメハシェファの姿を求めて視線をさまよわせた。今行われている、総督府の方針を決めるべき会議の席上、何を思っているのだろうか、メハシェファはまったく姿を現そうとしていなかった。
「戦況を確認した上で、挟撃を含む何らかの支援をしてくれる、との約束をいただいています」
「なんと!」
 山本の逡巡する答えに一同が激昂し、ざわめく中、しかし男の瞳に探し求める女の姿は見当たらなかった。
「隻眼の猛将が、聞いて呆れるわ! 今更臆したか!」
「本国からのさらなる援軍は望めん。どうやって兵たちを静めるべきか‥‥」
 カイロ郊外に陣取るニー・ギーレン(ez0194)将軍の、予想だにしなかった態度に会議の席が騒然となる中、山本はいつもの文官を捜して見つけると、騒ぎに乗じてともに席を離れる。
「メハシェファは?」
「先ほど、中庭の方に‥‥」
 その答えを聞くが早いか、健一は喧噪の中を足早に動き、そして中庭へ向かいその中を覗き込んだ。
「あら、どうされまして?」
「‥‥あなたは」
 陽の光を受けて小鳥と戯れ、こともなげにつぶやく女を見て、一つ、男は思いを込めた息をつく。
「今の、この状況をどうお考えなのですか?」
「試練の時と、いうところ‥‥かしらね?」
 質問に、もう答え飽きたというような響きを乗せて、小首を傾げて答える女の瞳には、疑問の欠片も映っていなかった。
 いや、何も映って見えなかったという方が正しいだろうか。
「将軍は動くことを恐れ、本国も火種に手を入れたくはない。アトンと元総督は嵐のように動き回り、南よりは不死者が迫り来る」
「‥‥あなたは」
 水が高いところから低いところへと流れるように、自然な笑みを讃えてつぶやく女に、山本は改めて、自分の疑念を口にする。
「この地が、民たちが戦渦に、災いに巻き込まれているというのに」
「詮無きこと、ですのよ?」
 言葉が虚に響く、その感覚を心の底で思いながらの健一の言葉は、やはり虚ろな女の闇に反響して、虚しく響くのみだった。
「その一言で、済ませてしまえるのですか」
「‥‥もう、わかっているのではなくて?」
 その問いかけは、これまでの手応えのない言葉の中で、唯一手応えがあるもの。手にした重みに身を固くしつつ、その横をすり抜ける女を背中で、男は見送る。
「迎えた試練の時は残酷なもの。それは全てが盲いて隠された、霧の中の真実」
 振り返りもせず、女は謳うように告げると、廊下へとその身を消していく。
「ありがとう。あなたの誠実さは素晴らしく気持ちがよく‥‥滑稽だったわ」
 嘲りと変わりに忽然と姿を消した女に、山本は文官と視線を合わせると、すぐさま将軍の陣幕へと足を向けた。

「気分は、どう?」
 うっすらと、力無く目をあけ天井を見つめる男にエセルは尋ねかけると、男はその身を起こそうと手を床にかけた。
 場所は河岸にある村の一つ。迫る魔物の軍団の噂に村人たちが避難を終えたその村にある一つの空き家で、一同は一時の休みを取ろうと支度しているところ。村に着くやや前、別に伝があるとの話をしたテティとネフィラは別のルートを通って、三連の星と思われる遺跡へと向かっている。
「おい、無理するなよ」
「気にしなくていい、大丈夫だ」
 男は聡に答えながら頭を軽く振ると、差し出された水の入った椀を手に取り、その中身を口に含む。
「ところで、すぐで悪いのですが‥‥あなたのことをお聞きしたいの」
 男が意識をはっきりとさせたと聞き、集まってきた仲間たちから進み出て、アンは男の体を支えながら、静かに言葉を切り出した。
「あなたはアトンに抗する神の、名のある神官では?」
「‥‥彼女たちは?」
「彼女たちですか〜? 急いでもう、北に向かいましたよ〜?」
 辺りを用心深く見回す男の尋ねに、ユイスはいつもと変わらない調子で、死者の書を脇に置きながら答えを返す。
「『アトンは抑えるから、ファラオはお願い』だって‥‥そういうことだ、わかってるんだろ?」
「そうか‥‥私は残念ながら名のある神官ではない。アデムサーラ、皆からはそう呼ばれている」
 男は、麻の訝しむ声に目を閉じ、そしてすぐに自らの名前を言い放った。その名前に気がついたものはすぐに、そうでなくとも周りの様子を察して、一同は息を飲んだ。
「あでむなんとかって、ことは、もしかして‥‥」
「そう、アトンのリーダーとか言う人ですよ〜」
 アデムサーラ・アン・ヌール(ez0192)は二人のやり取りにうなずくと、皆を見回し言葉を探して逡巡する。
「どうしたのですか」
「いや、言葉が見つからないだけだ。‥‥滑稽な、道化にはな」
「道化って‥‥そんなこと言うなよ」
「全くだ。そんな風に言われたら、死にかけてまで助けた意味がないじゃない」
 自嘲気味に笑う男に、憮然とした表情で聡と麻はつぶやいて、じろりと男を睨みつける。
「だが、私はこの地の人々を助けたかった。それだけだったはずなのに‥‥正しきものを見失って人々を煽り、そして今は騙され捕らえられた私の代わり、私の姿をした何かが、人々を無意味な戦いへと駆り立てている。これが、道化でなくてなんだというのだ?」
「でも、今は沈んでいても何もならないですよ〜」
 うつむく男にのんきに聞こえる調子で答えながら、ユイスは大きく伸びをする。
「どうやらお探しの方は、あなたのお仲間のようでがんばっていらっしゃいますし〜。それに、ここまで来たら私たちも一緒です‥‥毒を食らわばテーブルクロスまで、と昔の人は言ってますから〜」
 いつものよくわからない故事成語をつぶやく男の柔らかい様子に、アデムサーラは様子を変えないまでも、それまでよりは落ち着いた息を吐き、顔を上げた。
「そう、だな‥‥私には償わなければならないことがある。それは、私の命に代えても」
「ま、仲間は多い方がいいし。がんばろうぜ」
「あなたがいるだけで回避できる、そういった戦いもあります。私たちの目的は同じ。だから、協力を」
 アンはそうしてアデムサーラの手をとると、青年は険の取れた表情でその瞳を見つめた。

 かくして場所はカイロ、総督府とアトンの戦場を整えるための場所。
 北へと急いだテティニス・ネト・アメン(ec0212)とネフィラは、アトンの集う陣幕にたどり着いていた。既に仲間たちは戦いに出ているのだろうか、陣幕に人気はなく、喧騒のみが遠くから響いてくる。
「あの男の正体を早く暴かなくちゃ‥‥このままでは、どうなるかわからないわ」
「ええ、でも、時間が足りなさ過ぎる‥‥」
 その人気のない中でも確実に見つからないようにと注意して進みながら、テティニスは小さくネフィラにつぶやき、ネフィラもそれにうなずいて応える。
 長き旅に収穫は有ったものの、すでに戦況は動いており、アトンにおいてアデムサーラに次ぐものたちをすべて、説得に回る時間は残っていなかった。二人はこれ、と思われる人物に接触し、あるいは手紙を送って状況を把握してもらった上で、明確な返事が来る前に動かなければならなかった。
「‥‥あんな奴でも残っていてくれると、いいんだけど」
 ネフィラは希望をつぶやき、テティニスが見張る中、豪華な天幕のひとつにその体を滑り込ませる。
「あんな奴、で悪かったですねぇ」
 烏 哭蓮(ec0312)はそうして皮肉気な笑みを浮かべ、振り向きながら立ち上がった。
「よく、残っていてくれたわ」
「あなたからのラブレターが面白かったですから、残りましたよ」
 ネフィラたちからの手紙をちらりとのぞかせ、また胸元にしまうと、烏はテティニスも呼んで、天幕の中に座る。
「で、今の勇者様は偽物、だと?」
「そうなの‥‥あなたに、心当たりはない?」
「ない、というわけではないですね。時々、口調が変わったり、何か別の表情があったことであれば」
 テティニスの問いに、烏はこれまでのアデムサーラの様子と、その言葉の何かしらの気味の悪さをを思い出していた。
「どうにかして正体を暴かなければ、もっと大変なことになるわ。彼は今、どこにいるのか‥‥」
「! な、なに?」
 テティニスが言葉を発したそのときだった。まるで示し合わせたかのように、突然ネフィラが叫ぶと、その目を押さえてうずくまる。
「どうしたの、一体?」
「目が、目が見えない」
「そうだろう」
 悲鳴のような声に天幕の奥から答えたのは、しゃがれた男の声。誰も入ってきた様子のないその場所で、影を透かしてみれば、いつの間にやらそこにいた禿頭の男が、いやらしく笑みを浮かべていた。
「誰!?」
「ご挨拶だな」
 テティニスがネフィラをかばいながら、ナイフを構えて睨みつけると、男は面白そうに喉を忍ばせて笑う。
「君たちが大好きな、勇者殿だよ。その顔も、見忘れたかね?」
 ゆっくりと立ち上がりながら男は粘土細工をいじるかのようにその顔をこねると、一瞬後には見慣れたアデムサーラがそこに立っていた。見たことのない笑みを浮かべたまま近づくそのアデムサーラは、烏の肩を叩き、そして見下げるようにネフィラをねめつける。
「もっともわしの貴い御姿は、初めて見せたがね」
「まさかアイ‥‥あなたが、全てを仕組んだのね?」
 震えるネフィラを見つめながらテティニスはそう言い捨てると、その短剣を握る手に力を込めた。
 その瞬間、アイの身体を黒いもやが覆うと、黒き炎の塊が女の体を包み込み、衝撃で吹き飛ばす。
 応じるようにすぐさま黒い光を発した烏の魔力が、アイの体を蝕もうと届くが、それはあっさりとはじかれた。次の瞬間、強烈な拳が烏に叩き込まれると、その頬を赤く染め口から赤い飛沫を飛ばしながら、男は天幕に倒れる。
「いい気になるな。それに、この女の目を呪い奪ったのはわしだ。すぐに、殺しても構わんのだぞ?」
「外道、ですね‥‥」
「君が言うのかね?」
 立とうとした男の顔面に蹴りを入れ、手を踏みにじりながら、アデムサーラの顔をしたアイは見下げて笑う。
「優性種‥‥いい響きだ。わしの元にくれば本当に、全てを超える力を得ることができる」
 後ろからのテティニスの刺すような視線をネフィラを狙いながら牽制し、アイはぼそりと言葉を続けた。
「わしに‥‥セト様に協力すれば、望むものは何でも手に入る。逆らえば死が待っているだけだ‥‥」
「私たちに、どうしろと?」
「協力しないのであれば」
 テティニスの問いかけと闘志を失わない瞳に目を丸くしながら、アデムサーラは天幕の外に悠然と向かう。
「別にそれでも構わない。ネフィラの命が惜しくないのであれば、な」
「‥‥助けて欲しければ、従えというのですか?」
 そのことにアデムサーラは答えず、ただ嘲りに満ちた笑い声を上げながら天幕の外へと消えていった。

 ついに始まったアトンと総督府の総力戦と見えるぶつかり合いは、カイロの町を完全に混乱に落としていた。
 街の各所で兵士と人と民たちがぶつかり合い、しかし誰もそれをまとめることができないという恐怖だけが広がって、混乱が水に落とした墨のように広まっていくのみ。
 その中、ヘンリー・ソールト(ez0187)とともに駆けながら天城 烈閃(ea0629)は総督府の中心部を目指す。
「意外と、簡単にたどり着けそうだな」
「そうは行かないのが戦場というものじゃないのか?」
 そうして街路の目の前に現れた総督府の兵に向けて、天城は立ち止まりながら弓を引き絞り矢を放って倒すと、さらに奥の、総督府の建物へと向けて走った。
「‥‥あれは!」
 そんな青年の目の前に現れたのは、間違うことなきアデムサーラの姿。そうして後ろに目配せすると、ヘンリーはうなずき、不適ににやりと笑う。
「予定の通りだ‥‥メハシェファを倒すためにも、うまく死んでくれよ?」
「‥‥お前がな!」
 毒々しい叫びが上がると、振り返った天城の視界に、オーラソードの光を携えたヘンリーの姿が映った。
 その不意打ちの鋭さもあわせてオーラの刃は男のわき腹を抉り、背中側までも達する。
「何を、き、さま!」
 呻きながら光の刃を体から抜くと、目の前のヘンリーと後ろのアデムサーラ、その二人を交互に天城は見比べた。
 その視線が突然、止まる。
 後ろにいたはずのアデムサーラだったものは、目の前で形を崩し、もうすでに一人の女の姿をとっていた。
「さて、お遊戯は楽しかったかしら?」
「‥‥メハ、シェファ、だと?」
「そうだ」
 口端だけで笑んで、その眼光を曇らせることなく、ヘンリーは烈閃を牽制しながら睨みつける。
「そろそろ、俺も後がないんでな。お遊戯に付き合ってる余裕はさらさらないってわけだ」
「‥‥総督府から追われたお前が、このままやって、それを解かれると思ってるのか?」
 傷に苦しい息を吐き訴える男に、ヘンリーは何事もなかった風に、肩をすくめる。
「別に、だめならここの宝をもって高飛びさ。それに許してもらうんじゃない、あの女と組んで、総督府を、帝国を従えるのよ!」
 ヘンリーの下卑た笑いに距離をとろうとした瞬間、背中から浴びせられた地獄よりの黒い炎が男の身体を焼き、倒れさせる。飛ぶ意識にすぐさま腰にぶら下げたポーションを取り出して口に含むと、その傷を回復の魔力が癒していく。
「‥‥しぶといのね‥‥うっとおしいんだよっ!」
 メハシェファが鋭く吐き捨てると、その体が弾けるように大きくなり、異形の獣人がその顎を開いて鋭く牙を突き立てた。すんでででかわした天城の後ろには、だが今は壁しかなかった。
「じゃあ、さようならだ、な」
 そのまま叩き潰すように差し出されたセトの平手が、天井を叩き潰すかと思われた瞬間、それは勢いよく男の頭上を通り過ぎていく。
 走りこんだ誰かは烈閃を突き飛ばすように倒すと、そのまま襟首を掴んで、流れるような動作で引きずるように路地から離れた。
「‥‥あんたは?」
「話は後だが‥‥ギーレンに協力している、というところだ」
 女は路地から立つ破壊の土煙を見ながらナイフを構えると、その路地から元の美しい美貌のままで現れたメハシェファを睨みつける。
「あら、まだ逆らうのかしら‥‥呪いでは、足りないというわけ?」
「おい、ヤバそうだからな、俺は先に行かせてもらうぜ」
 ハサネ・アル・サバーハ(ec1600)の向こう、カイロ郊外から攻め寄せてくるギーレン軍の軍旗の動きを確認し、ヘンリーは舌打ちすると、メハシェファの返事も聞かずにあたりにいた兵士とともに撤退する。
「待て!」
「さて‥‥残念ね」
 赤い舌を無表情に口元に滑らせ、メハシェファ‥‥いやエジプトの悪神セトは邪悪な笑みを浮かべる。
「あなたに構ってる暇はもうないの。太陽を月が隠し、そして冥界の蓋が開く時はまもなく来るわ‥‥」
 そうしてセトは土煙に一瞬にしてまぎれると、そのままつと、姿を消した。

 カイロの戦いの趨勢は意外なほど早く決した。それは、油断をしたアトンの横腹をギーレン将軍が迅速についたこと、そして総督府とアトン、それぞれの上が示し合わせたかのように、明確な行動を行わなかったことから、歴戦の部隊である将軍の軍にとっては、混乱する末端を叩きつぶすことは赤子の手をひねるようなものだった。
「‥‥これで、よかったんでしょうか」
「案ずるな。この方法でなければカイロは本当に落ちていた、そう思っておけ」
 総督府の建物の近くに立って、山本は一人つぶやくと、その後ろから供を待たせて、ギーレンが近づいてくる。
 二人の目の前にあるのは、この1年見慣れたはずの、エジプト総督府の建物。だがそのほとんどはアトンの兵士に攻撃により、見るも無惨なほど破壊されていた。
 山本は軍議の途中メハシェファが消えたことを知り、即座にギーレンの出陣を要請した。先日からの会談で敵の存在を認識していなければ、それでも間に合うことはなかっただろう。
「ですが、この街の破壊は行われてしまった。‥‥メハシェファの思い通り、というところでしょう」
 迅速な要請の変わりにまとめがいなくなった総督府は、アデムサーラという旗印を持つアトンに抗することはできず、こうして建物そのものが破壊されたことで、満足に代行もできない、機能は停止した状態だ。ギーレンの部隊が代わりを務めたとしても未だ郊外にて沈黙を続けるアトンも、どう動くかわからない。
「しかし、ヘンリーの奴は、何を狙っていたんだ?」
「わかりません」
 髭をしごきながらふとつぶやかれたギーレンの疑念に、山本はすぐに頭を振る。
「ですが、悪魔と手を組んでまで欲しいものがある、ということなのでしょう」
 その力は、財宝は何なのか、この場にいるもので答えられるものはいなかった、

 そは冥界の奥底につながる扉だろうか。そこは、淀んだ黒い光が水のように讃えられた場所。
 そこに一瞬、月の光が輝き走ると、空間の隙間をこじ開けるように現れたのは黄金の仮面を被りし古の不死王、イクナートン。
「イクナートン」
「おお、月よ‥‥よく、待っていてくれた」
 祭壇の前、黄金の剣を手にして立つは、ラミア・リュミスヴェルン(ec0557)。少女はこの地の神官に見える装飾品を身につけ、ただ立ちすくんでいた。
「アマルナに残りし月の装置。その力は使い果たしたものの‥‥まもなく我らは神となる。そのような瑣末ごとに心奪われることもなくなるのだ」
 そう次げ、表情のない仮面に喜びを表しながら、一歩、一歩、階段を上るイクナートンを、ラミアは制止できなかった。
 その巨大な体躯が階段を上り終わり、祭壇の前で二人は相対する。
「さあ、月よ。時は至れり」
「いいのです、イクナートン」
 ラミアは決意を込めて顔を上げ、そして正しくファラオと相対すると、その手の剣を握る力が強くなり、滑り止めがわりにと申し訳なしに巻かれた皮をぎりと鳴らす。
「貴方は長く、苦しみすぎました」
「その通りだ。我は貶められ、責め苦を受けた。それも、いま少しで終わる!」
 その声と重なるよう、太陽王の剣はイクナートンの胸へと吸い込まれ、どさりと何かを突き通す。
「‥‥?」
「後はウチに任せて‥‥今度こそ、安らかに」
 剣がラミアの手より抜かれると同時、イクナートンを黄金の輝きが取り巻いた。
 それはゆっくりと女に、剣に吸い込まれて行き‥‥そして玄室は太陽の光に包まれていた。


今回のクロストーク

No.1:(2007-10-11まで)
 あなたの目的を達するため、あなたが今、欲しい『力』はなんですか? それを得るためにはどのような代償を払いますか?

No.2:(2007-10-12まで)
 あなたの夢枕に誰かが立ちました。それは誰ですか? その人のアドバイスはなんでしょうか?

No.3:(2007-10-15まで)
 エジプトクエストで「デウス・エクス・マキナ」が起きた場合、一番いやなオチはなんでしょうか?

No.4:(2007-10-22まで)
 あなたはこの戦いが終わった後、どこに向かいますか? それともこの地に止まりますか?

No.5:(2007-10-22まで)
 今、合流したいのは誰ですか? その人の場所を知っていますか?