熱砂の地にて

■クエストシナリオ


担当:高石英務

対応レベル:

難易度:

成功報酬:-

参加人数:19人

サポート参加人数:-人

冒険期間:2007年05月01日
 〜2007年05月31日


エリア:エジプト

リプレイ公開日:05月30日05:37

●リプレイ本文

「き、貴様ら‥‥このようなことをして、ただですむと思っているのか!」
 それは色あせた、黴の臭いも薄れてしなくなるほど、古き記憶。偉大なる太陽の御子である王は、神官たちの突然の所業にただ、歯噛みするのみだった。
 偉大なる太陽の化身、神の御子に対して、反逆を試みるなどと!
「王よ、あなたの神は我らに繁栄をもたらしてくれただろうか? いや、否。ゆえに」
 ずいと、人々の中から前に進み出た初老の神官は、王に向けて淡々と告げると、その言葉に合わせるように兵士が王を取り囲み、玉座を降りるように促す。
「あなたと、あなたの神にその責を担っていただく‥‥偉大なるアモン神ではない、太陽の偽神を信じた報いを」
「下がれ、余は‥‥ファラオなるぞ!」
 だが、その叫びを聞き届けるものは一人としていなかった。自らを追い立てる元の臣下たちの所業に、王は冷えた瞳で辺りを睨みつける。
「よかろう、偉大なるアトン神と余を軽んじた、愚か者共よ‥‥永劫の時の果てに、我は月を手にして、太陽となりてこの世に戻りたもう。死と生を超越した、永遠の太陽となりて!」


■死者の蝕


「おっと、あれは‥‥」
「あーれは?」
 場所はルクソールにほど近いナイルの川縁。
 4月に起こった、突然のナイル上流の川路の封鎖に、官民問わず、様々な船が足止めを余儀なくされていた。その中には、新たに加わる予定の人員と補給物資を載せた、エジプト南部探索隊一行の船も含まれている。
 エジプト総督府の紋章を帆に掲げる船の周りを、フェアリーのタッシリナージェルと飛び回っていたケヴァリム・ゼエヴ(ea1407)は、その中に、頭一つ高いなじみの顔を見つけてつぶやくと、一気に止まらず飛び出した。
「ねっふぇりーんっ」
「‥‥おや?」
「‥‥ばぶっ!?」
 明らかに目の前から突っ込んでくるシフールを、気づかぬふりで立ったままのネフェリム・ヒム(ea2815)に、ケヴァリムは変な声を上げながらぶつかると、そのあときゅうとその胸板を滑り落ちた。
「おや、何かの虫かと思ってしまいましたよ、ガルゥくん」
「‥‥むー」
 落ちる途中のケヴァリムをつまみ上げるように持ち上げると、ネフィリムはにこやかに笑い、シフールは扱いの不満に顔をしかめる。
「ひどいじゃない、せっかく向かえに来てあげたのにさ‥‥他の人はどこ?」
「全く、再会の挨拶くらいで‥‥ああ、あちらですよ」
 ぶーたれるシフールの声にネフィリムは肩をすくめると、周りを見回して、近くに来ていたエミリア・メルサール(ec0193)とティレス・フォンターヌ(ec1751)を指差して紹介する。
「あら、その子は?」
「船の中でも話していた、ガルゥくんです」
「どーも、ケヴァリムです」
「でも、どうしてこちらに? 探索隊が発掘している遺跡は、まだまだ先だと聞きましたけれども」
「それ、なんだけどさぁ‥‥」
 手短な挨拶を終え、この場所での再会に問いかけるエミリアの声に、ケヴァリムは口ごもりながらつつと、後ろに視線を移した。
「見つかったのか?」
 男の視線の動きにあわせ、かけられた声の先には、若長とホルス、そしてラミア・リュミスヴェルン(ec0557)が供のものと一緒に立ち、一行の再会を見つめている。
「あの人たちが探索隊の?」
「いえ、ちょっと、違うんですけど‥‥」
 ティレスの問いかけにラミアは困ったように答えを返すと、顔を隠した二人は不躾にも思えるように、鋭く一行を見渡した。
「この人たちは探索隊の人じゃないんだけど、でもちょーっと色々あって、今は協力してるんだなっ」「なっ」
「協力、ですか‥‥」
 ひらひらと飛び回るケヴァリムの言葉に、ネフィリムは小首を傾げて、相手の言葉を少し待った。
「望まぬとも、協力せざるを得ない状態だ」
 やや高い、凛とした男の声を響かせると、若長は一同を見回し、軽く息をつく。
「せざるを得ないとは、随分な言いようですね」
「本来ならば」
 ティレスの苦笑をまぶした言葉を無視したように、ホルスと呼ばれる付き人は強く、言葉を咎めるようにつぶやき返す。
「我らが掟と言い伝えは、我らのみで片を付けるのが慣わし。外の者を巻き込むなぞ、毛頭その気はなかったのだ」
「でも、もう巻き込まれちゃったんだな」
「ええ、それに」
 ばつが悪そうに目を逸らすホルスの前を飛びながらシフールはうなずき、ラミアは続けるように言葉を紡ぐ。
「ウチ‥‥たちもあまり、無関係というわけでないようですから‥‥」
「探索隊の発掘してる遺跡が、どうやら今回の騒動の原因みたいなんだ」
「原因、ですか‥‥?」
「ああ」
 エミリアの声にあわせて、若長が顔を覆う覆面を取りながらつぶやくと、そのラミアとそっくりの顔をした男に、やはり一同は息を飲んだ。
「彼の遺跡にこそ、奴らが求める月がある。奴らがたどりつく前に、全てを終わらせなければ‥‥」

 太陽は、容赦なく砂まみれの大地を照らし、あぶっていた。その陽射しは岩砂漠の中にある、ちょっとした岩の日陰であろうとも、空気を焼いて、じりじりと人の体を蝕んでいる。
 天城烈閃(ea0629)はその熱気の中で、遠目に霞んで見える、あの冷たい死者の穴蔵を見張っていた。
「面倒なものを呼び起こしてしまったな‥‥」
 手にした干し肉を口に運び、噛み千切りながら、烈閃はじっと思いを込めて言葉を紡ぎだした。
 すでに見張りを続けて1週間ほど。他にも入口があるのだろうか、自分たちが前に入った場所から迷い出る死者も少なく、真実を知らないものからすれば、まったくの平穏そのものに見えた。
「彼のアモンを報ずる、邪悪なるものどもに‥‥確かに奴はそう、言ったな」
 ここ数日の収穫のなさに男は意を決して立ち上がると、一人ごちながらその場を引き払うよう、用意を始める。
「アモン、というのがどのような存在なのかわからないが、イクナートンに対抗しうる存在だとして‥‥どうやって、その手がかりを得るか、だな」
 仮の宿りとしての、天幕の骨を外して畳みながら、天城はこの地に来たばかりのころ、流れていた噂を一言ずつ思い出していた。
「太陽が南より昇るとき、エジプトの栄光はよみがえる‥‥蘇るエジプトの栄光とは、あの木乃伊のことだろう。だが、太陽を昇らせてはならない‥‥イクナートンの復活をさせてはならない、というのは‥‥?」
 この地に来てから数ヶ月、天幕の畳み方にも慣れた天城の脳裏に、一つのひらめきが残る。
「‥‥アモンを報ずるという、奴のいう末裔は、今の世でも生き残っているということ、か。それならば、この事態に姿を見せるはず」
 まとめた荷物を背負い、改めて振り返り、遺跡の入口を見つめた天城は、数瞬後に踵を返して歩みを進める。
「だが、イクナートンは、なぜ今、蘇ったんだ? はるか昔の時代、奴を滅することはできなかったのか‥‥?」
 それに答えを返すのは、ただ熱砂の地の砂塵の風のみだった。

「このたびは、総督府の中に席をお貸しいただき、ありがとうございます」
「いや、気にするな。高名なるビザンチンよりの客人であれば、なおのこと断る理由もない」
 カイロにあるエジプト総督府の謁見の間。その場所で療養の礼をと頭を垂れるアン・シュヴァリエ(ec0205)に対し、ヘンリー・ソールト(ez0187)は微笑み、言葉を告げる。
「しかも、療養が済んだとはいえ、すぐに民人のために発つというのは、豪気なること。騎士としての心根をわきまえておられる立派な御仁を粗略に扱えば、このヘンリーの恥となろう」
「いえ、それこそ騎士として民人を救うため、当然のことです」
 ナイル川の途中、ルクソールより南の流域との連絡が絶たれたのは4月の終わり。その少し前に新たに旅立っていったエジプト南部探索隊の後詰めは、ルクソールで足止めをされていた。
 このままでは探索の続行もままならぬと判断した総督府‥‥というよりはヘンリー総督‥‥は事態を解決すべく、鎮圧軍を派遣することを決定。間髪いれずに精兵による軍の編成が行われた。
 アンはビザンチンの地より療養のためにこの地を訪れ、そしてそのまま、客将として、今回の出兵に協力することを申し出ていた。
「豪気なのは構わんが」
 出立に向けての最後の調整とばかり、謁見の間に集まった総督府の居並ぶ面々。その中から頭一つ高いニー・ギーレンは、アンに向けて強く言葉を放つ。
「病み上がりで女の身。無理をして、我らの足手まといならぬよう、お願いしたいものだな」
「‥‥心得ております」
「頼んだぞ、ギーレン殿!」
 静かに頭を垂れるアンの返事をかき消すよう、ヘンリーは大声で笑いながらギーレンに視線を向ける。
「私と、そしてメハシェファは政務もあり、このカイロを離れるわけにはいかん。連日のアトン、並びに反乱者の鎮圧もあり、大変ではあろうが、あなただけが頼りなのだ」
「‥‥わかっております」
「言葉だけは、殊勝なものよね」
「ええ」
 瞳は笑わぬ男二人の言葉の流れに、アンは肩をすくめて、隣にいたエセル・テーラー(ec0252)に声をかけた。
「でも私たちは、私たちの思いのために、動くだけ」
 交わされる言葉の前では、ヘンリー総督による編成が発表され、出立の日とその陣容が確認されていく。
「異国の人間であるにもかかわらず、この地の人たちを助ける‥‥大口を叩いたからには、行動しなければならないわ」
 エセルの決意を込めた言葉を耳にして、アンはにこりと笑みを浮かべる。
「私たちは誰のためでもない。私たちの誓い‥‥民たちを助けるために、動くのだから」
「‥‥ええ」
 まだ道は見えない。だが、走ることはできる。エセルはその思いとともに、横の女騎士の言葉にうなずいた。

「結構、色々な伝承が記されていますね〜」
 太陽の遺跡と呼ばれる、砂塵の地下に眠るピラミッドの前、細長く続く通路を登ったところにある入り口近くの部屋にて、ユイス・アーヴァイン(ea3179)は灯りを手元に調べつつ、つぶやいた。
 部屋には古びた像やミイラの残骸だけではなく、壁面をはじめとして、所々に、神話と伝説に由来すると思われる象形文字と彫刻が施されていた。はがれた塗料とメッキのことを考えると、明るい太陽の下であれば、遺跡そのものが荘厳な風景を醸し出していただろう。
「色々って、例えばどんなものが記されているのかしら?」
「そうですね〜、ちょっと待っててくださいね‥‥」
 テティニス・ネト・アメン(ec0212)の問いかけに、これまでの一連の調査で、ジプシーの魔法やスクロールの力で読み集めた内容をまとめ、ユイスはざっと、その内容を明らかにする。
「言ってしまえば、神様同士の戦いについてですね〜」
「というと、ルシフェルやサタンと、大いなる神の戦いというようなものかの?」
「いえいえ」
 近くで調査を手伝っていたアナスタシヤ・ベレゾフスキー(ec0140)の問いかけに、男は振る振ると首を横に振る。
「古い時代のエジプトでは、神‥‥おそらくは強力な精霊や英雄というものでしょうけど‥‥が、支配者とともにあったそうですねぇ」
「そうね‥‥我が国の太陽の神は、時と場所を変えて何柱もあったと聞くわ」
 テティニスの言葉にユイスはうなずき、いくつかの壁面の文字を指し示す。
「その中でも、この遺跡が作られた時代には、二柱の太陽の神が争っていたということです〜。一つは、古きよりエジプトにある太陽神、アモン・ラー。もう一つは新たに即位した王が立てた、唯一絶対の太陽の神、アトン」
「まあ、権力争い、というやつかの」
「そんなところでしょうね〜」
 ユイスはそして立ち上がり、懐から取り出した王名表を記したパピルスをその場に広げた。
「イクナートンとは、アトンに愛されし者、という意味です〜。アトン神を信望し、アモンを元に政治を我がものとしてきた神官団を御するべく、唯一の神を選び出したということですけれど〜」
「それが、政の失敗により、王としての権威と神の正当性は失われ、そして追いやるはずだった神官団の力を逆に取り戻させた‥‥というところですか」
 状況を推測しまとめるフェネック・ローキドール(ea1605)にユイスはうなずくと、王名表をしまい、部屋の中を見回した。
「しかし、それにしても本体の王様は、一体どこに葬られたんでしょうね〜‥‥?」

「ところで、あなたに名を進呈したいんですけど」
 地の奥にある、太陽が一筋だけ光明を射す、太陽の遺跡のピラミッド。その前で寝そべるスフィンクスに向けて、楠木麻(ea8087)はニヤリと笑みを浮かべた。
 なお、その身に付けた数々の幸運グッズと本人の強い主張により、不幸と囁かれた二つ名は一応、周囲の記憶からは薄れたようで、本人はご満悦である。
「その名は‥‥『うしちち』です! ジャパン語で光という意味ですよ」
「また、勝手なことを‥‥」
 夜になり、さらなる遺跡の調査に出ていたアナスタシヤは、麻の宣言に肩をすくめると、スフィンクスは笑みを絶やさず続けて口を開く。
「それは、光栄なること。では、妾からも汝に名を進呈しよう」
「へえ!」
「そうじゃな‥‥」
 期待に満ち溢れる少女を見下ろし、ちらりとスフィンクスは麻の胸当たりをのぞく。
「『コムネ』という名じゃ‥‥これは、古き言葉で『聖なる勇者』を意味し‥‥」
「‥‥っ!?」
 スフィンクスの笑う声に麻が刀を抜こうとするのを周囲の者が抑えると、スフィンクスは遠慮なく、体を揺らして笑いを上げた。
「斬る、斬ってやる!」
「まあまあ、名は体を表すというし」
「お前が言うなぁっ!!」
「どうかしたんですか?」
 青き男装でピラミッドから出てきたフェネックは、目の前で暴れる麻とそれを抑える一同を見て、アルフレッド・ディーシス(ec0229)に静かに尋ねかける。
「まあ、ちょっとしたじゃれ合いみたいなものです‥‥そちらの首尾は?」
「特に何も‥‥太陽の影とあるからもしや、と思ったのですが」
 祖父より受け継ぎし伝統の服装と儀式をもって、フェネックはムーンロードの魔法を執り行ったが、特に変化は感じられなかった、という。
「しかし、冷えますね、ここは」
「さもありなん」
 スフィンクスが女のつぶやきを聞き、そのまま言葉を紡ぐ。
「氷にて封ぜられる月のためには、仕方なきこと」
「アイスコフィン、というわけかの」
 アナスタシヤが番人の言葉を知識に照らし合わせて尋ねれば、それは諾とうなずいた。
「太陽が来るまで、あるいは太陽を昇らせぬものが来るまで。彼女は永劫に全ての時を止めねばならぬ。それを望み、そして眠りについたがゆえに、妾はそれを護らねばならぬ」
「それは一体、いつの時代です?」
 アルフレッドはユイスから聞いた王名表と、その時代の人物の知識を思い浮かべながら質問する。
「アモンの栄光が沈み、アトンが太陽として昇りし時。アトンに愛されし者イクナートンの治世が終わり、アモンの申し子、ツタンカーメンの御代」
「話と、符合しますね」
 件の、削られていた王名の上にはネブマアトラー、その空白の下にはツタンカーメン、ケプルケプルウラーと、確かにその時代に符合した、歴代のファラオの名が記されていた。
「‥‥それで、彼女は一体誰なんです?」
「彼女は、アトンの太陽に照らされた影。アモンの信仰によりその立場を失いし哀しき者。王の血族、そして自らの身を望みに捧げし者」
「さっぱり、わからないんだけど」
「イクナートンに関連する王族であれば、王妃のネフェルティティかあるいは、その娘でツタンカーメンの王妃となった、アンケセナーメンだが‥‥」
 怒りを収めた麻が、スフィンクスの歌うような答えに疑問を浮かべれば、シェセル・シェヌウ(ec0170)は歴史の知識から、その候補と思われる者の名を幾名か上げた。だが、番人はそれ以上答えることはなく、静かに笑みを浮かべるのみである。
「ひとまず、棺を奥に移動させておきましょう」
「そうじゃの、アイスコフィンであれば解凍するのも容易い。必要であればいつでも、復活してもらえるはずじゃ」

 中東の地にあって、西洋に向けて開かれた扉の一つであるカイロの都。ただ、そのような開かれた場所であっても、民人の心から、または為政者の立場から生み出された闇は、あまねく巨大な帳となって街を包み込んでいた。
 その、心の暗闇を滑るように、エジプト総督府の中、動く影がある。
 昼の間は総督府を組み上げるピースの一つとして動いていたそれは、今、影の一部として総督府の闇に立っていた。
 昼間に頭に入れておいた全ての知識と感覚を頼りに、女は闇に映る影としてその場を走ると、目的の部屋の中へと滑り込む。
 簡素な、その女の部屋の中には、特にこれといったものはないようだった。
 ただ一つ、机の上の書面をのぞいては。
 板戸の窓の隙間から射し込む月明かりの導きに従い、女はその内容を透かしてみるものの、アデムサーラと読める宛名書き以外には、それには何の言葉も書かれてはいない。
 その秘密の読書の途中、ふと、気配が部屋に迫るのを感じて、女は身を固くする。窓より離れ入口に近い壁の横に身を潜めると、そのまま息を殺して、近づく気配を待ち受ける。
 数は、1‥‥少なくとも複数ではない。
 扉の死角に隠れて様子をうかがうと、扉の前の廊下で近づく足音は立ち止まり、そして、扉がゆっくりと開いていった。
「不用心な方だ。‥‥このようなものを広げたままで」
 手にしたランプの灯りを供として部屋の中に立ち入った山本建一(ea3891)は、机の上の、いつもはないであろう様子に小さくつぶやくと、片づけつつ、部屋の中をのぞこうと振り返る。
「!」
 女の決断と行動は早かった。山本の理性もすぐに動き、外へと逃げ出す影に走りながら懐に手を入れる。
 昼預かった書簡以外にとっさに投げるべきナイフもないことに舌打ちしながらも、男はそのまま廊下を走り、庭園へと抜けるその影に向けて、距離を測って、立ち止まって結印を組んで詠唱を呼び出した。
「‥‥ウォーターボム!」
 神皇より下賜されし、自然にあまねく広がる精霊の力を用いる術にて、山本は小さな水球を作り出すと、それは意志持つかのように宙を滑り、女の足元を捕らえる。
 一瞬にしてくわえられた衝撃にがくりと、女の足が止まるものの、それは簡単な打ち身を作った程度だろうか、続けて変わらぬ様子で女は塀の脇の階段を駆け、一気に外へと消えていった。
「何者でしょうね‥‥」
「どうか、いたしました?」
 弾けた水と駆ける音に周囲が騒がしくなると同時、疑念を挟む山本の横に、肩にショールを掛けたメハシェファがすと立っている。
「賊ですね。今のところ、何か盗られた様子はないようですが‥‥あれは、不用心なのでは?」
「あら、何のことかしら」
 とぼけるようにころころと笑いを漏らす女の態度に、健一は言葉をつぐみ、次の流れを待つ。
「‥‥鼠は、燻りだしてこそ面白いものよ。おいしい餌のにおいに、何が飛びつくのかしらと思ってみたけど」
「鼠、ですか」
「そうよ」
 健一のためらいを含んだ返事に、やはり女はいつもの笑みを浮かべるのみだった。

「一体、何なんだよ!」
 砂埃にまみれるは血の臭い。その中を土佐聡(ec0523)は毒づきながら走っていた。
 路地の横から逃げ出した人の前に割って入ると、そのあとを追い来るミイラに向けて、少年は斬撃を叩き込む。
 かさと乾いたものを切る感触に続けてミイラが切り刻まれると、その包帯の向こうからは干からびた木にも見える体が露わとなった。
 間髪入れず横より、縄のついた刃がミイラの首筋に打ち込まれると、そのひるんだところに聡は最後の一撃とばかりに刃を叩き込み、切り伏せる。
「偵察だけと思っていたのだがな」
「一体、どこから湧いて出たのでしょうか」
 周囲にいつでも矢を放てるよう、警戒しながら駆け寄るアルフレッドに、息つく聡と合流しながら、シェセルは苦くつぶやいた。
 場所はアマルナの街。遺跡近くに息づいた静かなこの街は今、惨禍に襲われていた。
 ナイル川の川路が分断されてより半月は過ぎただろうか、その時より突然、ミイラの大群が街に押し寄せたのである。その数は50は下らず、強力な防備も精兵もないこの街は、ただなすすべもなく、死者の侵食に蝕まれていた。
 ミイラの爪は鋭く、そして痛みを感じずに命を奪い、病を撒き散らすその姿行動は、まさに天秤の裁きを放棄した、アヌビスの癇癪のように死を広めていく。
「この大群、我々だとて手こずるというに‥‥!」
「‥‥グラビティー、キャノンっ!」
 街路を一つ越えた向こう、魔力の解き放ちが凛として放たれると、道を滑るように伸びた黒き帯に巻き込まれた死者の一部が、重力崩壊をおこし砂のように砕け散っていく様がいくつも目に映った。
「我は、民を守護する黄金聖志士‥‥死者たちよ、恐れなくばかかってこい!」
「そちらはどうですか」
「手が回らない、か‥‥」
 魔法で敵の集団を蹴散らしながら現れた楠木に、アルフレッドが尋ねると、少女は唇を噛みつつ、つぶやくしかできなかった。
「特に、あれがヤバイ‥‥あんなのが出てくるなんて予想外だ!」
「離れろっ!」
 民家の入り口から転がり出てくるように走った土佐が一気に叫び、それに一同が離散した次瞬、簡素な土壁を破壊しながら長大な鎌が振り下ろされると、地面を揺らして土埃を起こす。
「アヌビスの従者か‥‥?」
「おそらくは、牛頭鬼の‥‥ミノタウロスの変種!」
 土煙の中に浮かぶ影は、2mを越す体躯に、ジャッカルの頭をした巨大な生き物だった。それはけたたましく吠え声を上げると、巨大な鎌を一気に構え直して、冒険者たちと距離を測る。
「ミノタウロス並みなら‥‥ちょっと、私たちだけでは荷が重いですかね」
「この刀じゃ、あれが精一杯だっ」
 悔しそうな視線で聡が睨む先には、ざくりと大きな、しかし血を拭き出させるだけで致命ではない切り傷が腕に刻まれているのみだった。
「これ以上は無理か‥‥退くしかあるまい」
「町の人には何とか、逃げてきてもらうしかないかと思いますが」
 シェセルとディーシスはそう決断すると、聡と麻に目配せする。
「燃えろ、小精霊‥‥グラビティーキャノン!」
 麻の全力の魔法が一気に獣人を貫くと、その太き腕はねじ曲がり、そして肉と骨が断裂する一瞬の破砕音がモンスターの悲鳴と重なった。
 その向こう、さらにもう一匹の獣人が現れるのを背に見ると、一行はまだ走れる街人たちとともに、街路を、街の外に向けて駆けていった。

「諸君! 偉大なる太陽の神の末裔たる、栄光あるエジプトの有志たちよ!」
 それは、ギーレン将軍がナイルの封鎖を鎮圧すべく旅立った後。
 駐屯していた兵士たちを退けてより、村の広場の中央で、アデムサーラ・アン・ヌール(ez0192)は声高らかに、集まった人々に呼びかけた。
「この大地に、太陽の神アトンと、その御子たる偉大なるファラオ、イクナートンが黄泉還った。この再生こそは、古きエジプトの栄光を、今のこの世にあまねく広めるための、天よりの啓示なのだ!」
「‥‥変わりましたね」
「やはり、そう思う?」
「あれはあそこまで、信心深くはなかったでしょう?」
 民衆を前に熱く弁舌を振るうアデムサーラを見て、怪我の負った服を着替えた烏哭蓮(ec0312)は、アフロス・エル・ネーラ(ez0193)に皮肉げな笑みを漏らした。
「彼は、私たちが逃げる時には、確かにあの遺跡に残っていた。そして、あなたが倒れている数日の間に、いつの間にか戻ってきていた」
 ネフィラはそう、戻ってきた時の様子を改めて説明し、そして熱っぽく語る男の顔を見つめた。
「それからよ‥‥彼はみんなを煽り、戦いを声高に叫ぶようになった」
「‥‥ほう。冥界の者たちにでも、魅入られたのですかねぇ。まさに、人が変わったというところでしょうか?」
 烏はそのまま、演説を右から左に流しながら、ニヤリと女のほうを見る。
 その笑みとからかいを含んだ言葉を聴かなかったように、ネフィラは真摯に男を見つめ、男も張り付いた笑みを薄くはずした。
「頼みがあるわ。あなたには、このままアトンに協力してほしい‥‥それも、幹部として」
「いいのですか? 私が猿どもを導くなんて‥‥面白い冗談ですよ」
「あなたの態度はわかっているわ‥‥でも」
 ネフィラは耳に障る響きを含んだ言葉と、絵空に聞こえる演説の中、烏の瞳を真芯に捕らえて言葉をぶつける。
「アデムサーラの‥‥今の彼の言うままでは、けして栄光は、平和は訪れない。あるのは、全ての破滅‥‥そういう気がするの。それは‥‥私は哀しいことだと思う」
「諸君! 今こそ、生と死を越えた英雄となって‥‥この誇りある大地を我々の手に取り戻そうではないか! 汚らわしき、偽神の、不遜な外国人の手から、我々の手に!」
 目を笑わせない男の耳に広がるは、死地へと赴けと命ずる英雄の声と、それに呼応する人々の叫びだった。
 うっとうしそうにそれを見つめ、そしてそのまま息を吐くと、烏は静かに息をつく。
「‥‥まあ、あの古ぼけたものが王を名乗るのも、面白い冗談ですね。この地の死者も調べたりませんし‥‥いいでしょう? 引き受けましょう」

今回のクロストーク

No.1:(2007-05-08まで)
 ずばり! ラスボスは誰でしょう(笑)

No.2:(2007-05-03まで)
 PC、NPCを問わず、あなたの物語・冒険を成功させるためには、誰と協力すればよいでしょうか? 1人だけ答えてください。

No.3:(2007-04-30まで)
 あなたは5月1日に、どこにいますか? リプレイの終了後1週間の移動が取れるとして、考えてください。なお、不可能な場所が答えの場合は、前回のリプレイ終了時と同じ位置となります。

No.4:(2007-05-11まで)
 ギーレン将軍がナイル川の反乱を鎮圧に出陣するそうです。それを聞いた時のあなたの一言は?(無ければ行動でも可)

No.5:(2007-05-11まで)
 アマルナの街がミイラの大群に襲われているそうです。それを聞いた時のあなたの一言は?(無ければ行動でも可)